好きっていったら
ハマトラの同人BL小説です。
pixivに載せているものを転載しています。
pixivには蒼の名前で投稿していますが、蒼は二次創作をする際の名前で、夏希はオリジナル小説を書くときの名前として使い分けています。
ナイス×セオの小説です。
BLの要素を含みますので、苦手な方はご注意ください。
年上キラーセオにやきもきするナイスのお話です。
春の気配が漂う横浜。
お洒落に紛れる胡散臭さがくせになる、カフェノーウェア。
ムラサキは、はたと雑誌の特集が目に留まった。
『彼氏にしたくない男特集~1位マザコン 2位オタク 3位妙に嫉妬深い……』
『なんか、友達にも嫉妬してきて、正直超ウザイんですよね、マジで』
こんな奴そうそういないだろう。どこか遠くの世界の話だと視線を上げた先、ストローをかじりながらオレンジジュースを飲むナイスがそこにいた。
好きっていったら
「レシオさん、この前はありがとうございました! レイがお世話になりました!」
黙々と新聞を読み進めていたレシオに、セオが頭を下げた。
さっと新聞をたたむレシオは、なに……という前置きをして、表情を変えずに言った。
「俺は医者としての務めを果たしただけだ」
お礼と言ってはなんですが……。
セオはカバンから小さなビニール袋を取り出すと、それを無表情なレシオに手渡す。
「そのカツサンド、すごく美味しいんです!」
横浜羽高校購買のカツサンド。いつも争奪のための激戦が繰り広げられるそれの価値をレシオはしらない。けれども、高校生の少年から手渡された素朴なお礼の品、その気持ちを純粋に嬉しいと感じたようだ。
レシオは昼食を済ませた後だったが、パンのラップ包装を破り、豪快に一口かぶりついた。
「うむ、なかなか美味いな」
よかったです!
そう笑うセオは、再度頭を下げて自分が座っていた席へ戻っていった。
それを見送るレシオはコーヒーを一口飲んで、読んでいた新聞に目を戻した。
「あのレシオちゃんが人のカバンに入ってたもの食ってるよ」
そう言って目を丸くするのは、いつものごとくカウンターに座るバースデイ。その隣では、一部始終を見ていたナイスがバースデイの言葉に耳をそば立たせた。
「どういうこと?」
「あの潔癖症のレシオちゃんだぜー? あんなもん貰ったら、いつも俺に回ってくるのにさ」
製造された所は衛生的な工場であったとしても、どんな流通経路で持ち主の手に渡り、その主がどんな保存の仕方をしていて、それがやがて自分の手元に来たのか。バースデイに潔癖症と呼ばれるレシオは、そういったところまで気にしてしまうほど、神経質だったのだ。
「へぇ……」
ナイスの心情は穏やかではなかった。
そんな神経質なレシオが、セオから貰ったパンはその場で食べたのだ。そこに深い意味はなかったとしても、その事実はナイスの心境を乱す。
「なんでセオはレシオにお礼言ってたの?」
「この前、セオっちとレイちゃんが来て勉強してたんだけどな、途中でレイちゃん、具合悪くなっちまってさー。ちょうどレシオちゃんがいたから、診察して、持ち合わせの風邪薬出してやったのさ」
医者ってまじすげーよな。
レシオのことをまるで自分のことのように、得意げに話すバースデイ。しかし、ナイスはその話の半分も聞いていただろうか。
事情さえ理解できればよかったのだ。
――お礼、ね……。
ナイスには、具合が悪くなったレイを心配するセオを寸分の狂いなくイメージすることが出来た。きっと、勉強なんてそっちのけで看病したに違いない。家まで送っていたのかもしれない。
それはセオの優しさであると分かっているのに、ナイスの心には荒波が立ち、落ち着かなかった。
「マスター、オレンジジュースちょうだい」
少しでも冷静になろうと、ジュースを注文してみたのはいいものの、それは根本的な解決にはならなかった。
「なぁセオっち、お前どこまで進んだよ?」
「今テスト期間だって言ったじゃん。全然進んでないよ」
「なーんだよ、俺今46レベになったぞ」
教科書とにらめっこしながら、ムラサキと同じテーブルでペンを握るセオは、眉間にしわを寄せながら顔を上げた。
バースデイはスマートフォンを片手に、きらきらと光る画面を誇らしげにセオに見せつける。
「はや! 俺追いつけなくなるじゃん!」
「社会人と学生の差ってやつかね」
にひひと笑いながら、再びゲームを再開するバースデイ。そしてその隣、人差し指で机をトントン叩くナイスは差し出されたジュースを受け取って、グラスのひんやりとした感覚に目を細めた。
気に食わない。
つい最近まで、はじめを除くノーウェアの連中のうち、セオが敬語を使わないのはナイスだけだったはずなのだ。それが、少し顔を出さない間に、バースデイと仲良くなってるだけでなく、敬語を使わなくなっているではないか。
「社会人の方がレベル上げする時間あるって、問題ですけどね」
コネコがメガネを整えながらツッコんでみるものの、バースデイはにゃははと笑うばかり。
「バースデイ、本当に働いてるの?」
「失礼な! 今日だってこれからお仕事あるんだぜ」
なぁレシオちゃん!と張り切るバースデイ。
やれやれといった顔でページをめくるレシオは、数日振りの依頼だとぼやく。
しかし、そんなことはナイスの眼中に無かった。
――今、呼び捨てにした……?
聞き間違うはずもない。セオが「バースデイ」と、呼び捨てにしたのだ。
驚きを隠せないナイスは、液晶画面をタッチするバースデイに確認した。
「呼び捨て、許してんの?」
「別によくねぇ? セオっちカワイイでしょ。弟みたいな感じで」
液晶に釘づけだったバースデイは、ナイスの表情を知らない。見てしまっていたらさすがの彼でも、自分の発言のどこが間違っていたのか、頭を抱えることになったはずである。
ナイスは自分の心に芽生えた嫉妬心に気が付いた。
今までは、殺された美術教師北沢の一件や、温泉、沖縄など、他に比べてセオとの関わりが多かったという自負もあり、油断していたのだ。セオがノーウェアに足を運ぶ回数が増えれば、他の人と仲良くなるのは必然。
『自分が一番セオに好かれている』
知らず知らずのうちにそんな自信があったのだ。ついさっきまでは。
――なんでこんなにイライラしてんだよ俺は。
自問してみたところで、答えは分かり切っていた。問いただす必要などなかったのだ。
「ムラサキ先生」
「あのな、俺の本業は教師じゃない」
「でも、今は俺の勉強みてくれてるじゃないですか。だから先生かなって」
少し恥ずかしそうに、けれどもはっきりとそう告げるセオに対して、ムラサキはムキになることもできず「好きにしろ」と問題を放り投げた。
そんなやり取りを、ナイスが聞き逃すはずがない。
「なになに、ムラサキに勉強教えてもらってんの?」
ジュースを手に持ったナイスがセオの隣の椅子に腰かける。
どれどれ……と、真横からノートを覗き込むナイスは、セオとの距離を強引に縮めた。
「俺が教えてやろうか?」
悩めるセオの肩を組んで密着するナイス。
彼の算段では、セオは躊躇なくナイスに鞍替えするはずだった。無口なムラサキに指導されるより、和気あいあいと楽しく勉強できる自分を選ぶはずだという自信があったのだ。
……しかし。
「やだよ。ナイスくん、途中式教えてくれないじゃん」
「え、途中式?」
「昔、解き方教えてもらおうとした時もさ、俺さっぱりわかんなかったよ」
衝撃だった。まさか、自分が拒否されるなんて。
どんな理由であれ、自分がセオに拒まれるなんて。
今この瞬間に起こったことを認めるわけにはいかず、ナイスは何食わぬふりをしてセオと距離を取った。
「他にわかんないことないの?」
全然平気です。という顔をしながら、オレンジジュースのストローを噛むナイスを、ムラサキは目の端で捉えていた。
「生物と化学はレシオさんに教えてもらってるし、数学はムラサキ先生に教えてもらってるし……」
「レシオはいいとして、ムラサキが金にならないことしてんの? 家庭教師代取られてね?」
「俺をどんな非道人間だと思ってるんだお前は。いいだろう、セオくんなんだし。これくらい、何てことはない」
――あんなケチケチ野郎のムラサキまで……。
仏頂面で自分を睨むナイスに、深いため息をひとつ吐くムラサキ。
「子供かよ」という台詞をぶちまけることは思いとどまり、眺めていた雑誌に視線を戻す。
『なんか、友達にも嫉妬してきて、正直超ウザイんですよね、マジで』
雑誌の記事に寄せられたそんな生の声が妙に頭から離れない。神妙な面持ちでペンを走らせるセオの隣で、ふてくされたようにジュースをすするナイスが哀れで仕方がないムラサキである。
「ねぇナイスくん、この答え合ってる?」
「合ってる」
「なんか、怒ってない?」
「別に」
隣のナイスに正誤の判断を求めたセオの表情が途端に曇る。
これまで何とか冷静を取り繕っていたナイスも、そのいら立ちをコントロールできなくなってきているようだった。
セオに八つ当たりし始めるナイスに、見かねたムラサキが口を開きかけたその時。
「こんにちは」
いつもと同じように、皺の無いスーツを着こなしたアートがやってきたのだ。
「アートさん!」
「セオくん、お疲れ様。どう? 調子は」
ナイスの記憶が正しければ、アートはバースデイ等と比べて、ノーウェアに顔を出す頻度は低いはずである。それなのに、セオがこんなに懐いている。
なぜかこんなに懐いているではないか。
胸を他人に掻き毟られる思いだった。
「この前アートさんに借りた本、すごく分かりやすかったです!」
「僕もあの本でたくさん勉強したからね。役に立ってよかったよ」
――なんでそんなに目キラキラさせてんだよ。
アートを尊敬のまなざしで目つめるセオは、ナイスの知らない表情をしていた。
「セオをとられる!」そう感じたナイスの心は、もう嫉妬の感情でギトギトだった。
自身の旧知の仲であるアートとセオが仲睦まじいことは、本来喜ぶべきことなのだ。しかし今のナイスは、それが理解できても、煮えたぎる嫉妬心を鎮めることはできなかった。
「これ、頼まれていた参考書。近くを通りかかったものだから」
「わざわざありがとうございます!」
「いえ。それじゃあ、頑張ってね」
去り際、セオの頭を撫でていくアート。照れながらも強く頷くセオ。
そんな二人のやりとりを見つめるだけのナイスの心の中で、何かが音を立てて崩れ去ったのが分かった。
「セオ、ちょっと来い」
アートを見送りテーブルに戻って来ようとするセオの腕を掴んだナイスは、嫌がるセオを物ともせず、強引に店から連れ出したのだ。
「ナ、ナイスくん!? どうしたの急に!」
突然のナイスの行動に呆気にとられ、咄嗟に拒否したセオだったが、店を出てからも何も言わないナイスに対して恐怖を覚え、必死でその手を振りほどこうとする。
それでもナイスは沈黙を押し通す。
「ねえ! ナイスくん! 痛いってば……!」
強く握られた腕。黙りこくる背中。性急な歩幅。
目の前にいるのはセオの知らないナイスだった。
自分の何がナイスをここまで怒らせてしまったのだろうと、自分の行動を振り返ってみても思い当たる節が全くない。セオはノーウェアで勉強していただけなのだから。
「痛いよ、ナイスくん……!」
腕に走る痛み、どこに連れて行かれるか分からない恐怖、そして何より普段あれほど優しいナイスが、おそらく自分のせいでこれほど怒りを覚えている。
いくつもの感情が交錯して、セオの心はぐちゃぐちゃだった。
「ナイス、くん……」
涙交じりの声にナイスはハッとした。
早足で待ちゆく人々をかわしながら、ずいぶんと店から離れた気がする。
道の真ん中で立ち止まり、ナイスはそっと後ろを振り返った。
夢中で掴んでいたセオの腕。制服には皺ができ、セオの指先が冷たくなっているのが見ただけでも分かる。
恐る恐る腕から視線を外せば、目じりに涙を浮かべてこちらを見上げるセオと目が合ってしまった。
「わ、悪い……」
「おれ、ナイスくんに何かした……?」
セオの言葉がナイスの胸を刺す。
腕を押さえ、目の前で鼻水をすする姿が何とも痛々しく、一方的に傷つけたセオの心がそのまま表れているようで、ナイスは自らの目を覆いたかった。
いっそのこと抱きしめてしまおうと伸ばしかけた手は、ナイスが自分の意思で制止した。
今、その行為にどんな意味があるのだと。
「ごめん、セオ」
躊躇いなく向けられるセオの視線を受け止めきれず、目を背けるナイス。
自分の醜い感情に目を背けることしか出来ない自分が腹立たしい。情けない。ナイスは爪が食い込むほどに強く拳を握り、言葉もなく、ただ自分への怒りに震えた。
街ゆく人々が不思議そうに二人を見つめては、通り過ぎる。
何があったのかと聞く人もいない。そんな当たり前のことが有り難かった。他人に事の次第を説明できるのなら、こんな事態になっていないのだ。
「戻ろうよ、ナイスくん」
セオは、何も語らずに震えるナイスの手をとって、静かに笑った。
大きく揺れる瞳には涙を抱えたまま、それでも微笑むセオに、ナイスは心を抉られた。
「なんでそんな顔出来るんだよ。俺のことなんか、ぶん殴って一人で戻れば良くない……?」
もうどうにでもなれ。
そんな思いで自虐的に言い放つナイスをセオは、突き放しはしなかった。
「ナイスくんは、意味もなくこんなことしないでしょ。だから俺、理由を聞くまで帰れないよ」
――あぁ、もう……。
どうしてそんなことを平気な顔で言えるのだろう。
ナイスは自分でも気づかぬ間に、セオの華奢な手を力強く握り返していた。
「そういうとこだよ」
「え……?」
「お前本当に自覚ないの? そうやって色んな奴に簡単に心許して、信用して……だからすぐに騙されるんだよ」
「なッ……何だよそれ! 千切れるくらいに人の腕掴んで引っ張りまわしておいて、次はそれ!? 意味わかんないんだけど!」
「わかんないってなら教えてやるよ! まず、レシオにもう食べ物やるな。それからバースデイのこと呼び捨てにすんな。ムラサキに勉強教えてもらうのやめろ。アートに本借りるのやめろ!」
「余計に意味わかんない! 俺、悪い事してないじゃん!」
セオの心遣いが起爆剤となり、堰を切ったかのようにまくし立てるナイス。その剣幕に押し負けるわけにはいかないと、セオも意地になって声を張り上げた。
不思議そうな顔で二人の横を通過していくだけだった通行人は、次第に彼らを迷惑そうに見つめ、遠巻きにして関わらないように過ぎ去るようになる。ナイスとセオ、二人の影は人通りの多い駅前通りの中で不自然なクレーターを作り出していた。
太陽も、そんな二人をやっかんでいるようにその身を潜めつつある。
しかし、当の二人にとってそんなことは気にするようなことではなかった。
目の前で今まさに、理解しがたい言葉を吐いている男と自分しか、この世界にはいないのだ。
「その警戒心ゼロな感じとか、みんなに可愛がられてる感じとか、見ててムカムカすんだよ!」
「なにそれ! 全部悪口じゃん! 意味わかんねえ!」
「じゃあ頭悪いセオに一言で言ってやるよ! お前は俺だけ見てればいいんだよ!」
「はぁ? 頭悪いってふざけんなっ……て……へ……?」
――あれ?
カッとなって言い放った一言。自分の口から出てきたはずなのに、自分の耳で聞いて初めて理解したその言葉。
怒り狂っていたセオがその怒気をなくして戸惑う。現状を理解していないのは、ナイスだけではなかった。
「そ、それこそ意味わかんないよ! なに、それっ、こ、告白じゃん……!」
「はっ恥ずかしいこと言うなよ! さっきのは、その、つまり」
ダメだ、いまさら誤魔化せねぇ……!
核心を突いてくるセオの言葉に心拍数が急増し、この状況をなんとかやり過ごそうと、言葉を模索するナイスであったが、そんな言葉が見つかるはずもない。
事実なのだから。
他の人ではなく、自分を見て欲しい。
そんな単純な思いが根源となって、どす黒い嫉妬心を生み出していたのだから。
その気持ちを伝えれば「告白」となってしまうことも、必然なのだ。
狼狽えるナイスはようやく言葉で誤魔化せないことを悟り、首に掛けられたヘッドホンに手をかけた。
そして小さく一言、セオにゴメンと呟くと、ヘッドホンを耳に当てて軽く一度、指を鳴らした。
セオはこの光景を知っている。
瞬きのあと、何もかもが終わっているその前兆。
セオに抗う時間は1秒たりとも残されていなかった。
世界が、揺れた――
気が付いたときには、周りの景色は何もかも変わっていた。
先を急ぐ人々の波は消え、賑わう商店街の喧騒も遠くなった。
ただ一つ、目の前にいる人物を除いては。
「ちょ、ここどこ!?」
起こった事態を理解してはいるものの、ここがどこであるか、なぜナイスがそんな行動に出たのか、分からないことが多すぎて挙措を失うセオ。
そんなセオを見下ろして深呼吸をするナイスは、破れかぶれの気持ちで、自分の唇とセオの唇を重ね合わせた。
つまるところの……キスである。
突然のキス。
前置きの無いナイスの暴挙に取り乱すセオは、即刻抵抗しようとナイスの胸を押しのけようとした。けれどもその時初めて、頭を後ろから抑えられていることを認識し、自分が逃げられない状況であると気づく。
――なんで俺、キスされてんの……?
人気のない場所まで飛ばされた一瞬とは対照的に、いつまでも続くように長いキスの時間。瞬きを忘れ、じっとナイスを見つめるセオは、ナイスの頬がピンク色に染まっていることに気づく。
――ナイスくん、初めてなのかな……。
自分の置かれている状況についていくことが出来ず、突飛な思考をしてしまうセオ。
もう、抵抗するような気力は残されていなかった。
「ンっ、ぅ……」
離れていくと思っていたナイスの唇は突如として開かれ、生々しく温かい舌がセオの口唇を撫ぜる。予期せぬ感触に驚いたセオは唇を微かに開けてしまい、そんな僅かな隙間からナイスの舌が口腔内に入り込む。
「ふ、ぅ……んっ……」
歯列をなぞり、舌を舐めとられる感覚に覚えがなく、息が苦しい。突っぱねるためにあった手はいつの間にかナイスの服をぎゅっと握り、怖さをも伴う感覚をやり過ごそうとしていた。
けれどもいつの間にか、容赦なく口内を貪るナイスの舌が心地よくなり、セオの目はとろけていった。
「ぁっ……はっ、ぁ」
ようやく解放され、肩で息をするセオ。口の端からは混ざり合った唾液がこぼれ、反射的にそれをぬぐった。
もう、何が何だか分からない。それが正直なところだった。
「ナイス、くん……」
「俺、ずっとセオにとっての一番だと思ってた。今考えれば、すげぇ身勝手な話なんだけど。でも、俺が知らない間に色んな奴と仲良くなってて、すげぇ焦って、どうしようもなくなって、気づいたらセオのこと連れて飛び出してた」
セオの肩に両手を置き、視線を混じらせること無く語るナイスは、少しだけ震えているようであった。セオは先ほどの告白紛いの台詞を思い出し、赤面する。
「じゃ、本当に告白……って、こと……?」
ちらっとセオの表情を確認したナイスは再び視線を逸らし、それを保ったままで小さく一度、頷いた。
その姿を見て、セオはごくりと唾を飲み込む。
――ナイスくんは、俺のことが好き……?
考え込み、黙ってしまったセオを見やり、自分がしてしまったことの重大さを改めて認識したナイスは、セオに背をむけて頭をかいた。
「つまりさ……。俺の勝手な嫉妬で嫌な思いさせちまってごめんなってこと。そんだけ。セオは何も悪くない。……ごめん」
――かっこわりぃな、俺。
がっくりとうな垂れ、これからどうして良いかも分からないまま、無機質な地面を呆然と見つめる。吐き出しそうになるため息を押し殺し、ナイスは頬をかいた。
「そんだけって……おかしいよ」
風にさらわれそうな声で届けられた言葉は全てが届かず、振り向いたナイスが俯くセオに聞き返す。するとセオは声を張り上げてナイスに怒鳴った。
「あんなエッチなキスしといて、そんだけで済ますつもり!? ふざけんな!」
「せ、セオ?」
「俺のファーストキスだったんだぞ! 責任とれよ! ナイス!」
怒鳴り散らすように叫ぶセオの言葉に、ナイスは我に返った。
他に方法が思いつかなかったとはいえ、自分はセオと深いキスを交わしてしまったのだ。
しかも……。
「今、ナイスって、呼び捨て……」
「俺、すげぇ尊敬してた! 昔のことはよくわかんないけど、優しくて、強くて、かっこよくて、何でもできるナイスくんがすごいと思って、ナイスくんと仲良いのが一番の自慢だった!」
――すごい……? 自慢……?
「でもなんだよその言い訳! 嫉妬が原因で俺にキスしたの!? 格好わるすぎじゃん! ここまでしたならちゃんと言えよ! 意気地なし!」
頭を金づちで殴られたようだった。
ナイスの思いは全てが一方通行で、セオのことなどお構いなしだったことに気づかされたのだ。
一方的な上に、相手を縛るような重たい気持ち。結局、向き合えたようで向き合えていなかった、ナイス自身の気持ち。
――こいつ、いつからこんな強い奴になったんだろう。
「俺、セオが思ってるような、すごい奴じゃないよ」
――いや、元々そうだったんだ、きっと。
「優しくできない時もあるし、弱気にだってなるし、セオの言うとおり意気地なしだし」
自虐的にナイスは笑う。けれどもセオは、ぴくりとも笑おうとはしなかった。
ただ一途にナイスの瞳を穿つように見つめる。
「こんな俺なんだけどさ、セオのこと、好きになっちゃったんだよね」
好きで好きで、どうしようもないんだよね。
ナイスは取り繕うことのない笑顔で、セオの視線に応えた。
途端、セオはそんなナイスを抱きしめるように抱き着いた。
「最初からそう言ってよ」
ナイスの背中に手を回し、痛いほどにきつくしがみつくセオ。ナイスは何も言わずにセオを受け止めつづけ、自分自身も気のすむまでセオの温もりを感じていた。
「ナイスくん、もっかいキス……したいんだけど」
日が沈み、人の気配もない路上。お互いの心音も少し落ち着き、色んなことを感じる余裕が出来ていた。
回した手、指先の感覚。温かいナイスの身体、いつもより近い距離、ナイスの匂い。
そのどれもが幸せで、愛おしい。綻んだ顔を上げるセオは、ナイスにキスを強請った。
「おまっ……本当にその顔、自覚なしでやってんの?」
何を言ってるのとでも言いたげな顔で首を傾げ、セオはナイスを呆れさせる。
「そんな顔、俺以外にすんなよ……」
「しなっ、ン、ふっぅ……ぁ」
セオが言い終わるのを待つこともなく、要望通りのキスを始めるナイス。
先ほどのキスを予想していたセオは面を食らうことになる。
――さっきのと、全然違う……ッ。
長く甘いキスの後慎重に入ってきた舌が、しっとりと絡んでくるような生易しいキスではなかった。唇が触れ合った途端にナイスの舌が強引に侵入し、セオの舌をもてあそぶ。時に上顎をなぞられ、時に舌を吸われ、セオは立つ力を徐々に失っていった。
求めていたキスではない。しかし、身体は正直であった。
「あっ、ふ、いき、くるしっ……」
いやらしい水音が響き、どこか遠くの人にまで聞こえているのではないかと思う。吐き出す一方の熱い吐息はナイスにかかり、その度に口内を貪るナイスの舌の動きが変わるような気がしてしまう。
――やば……きもちい、かも……。
うっすらと目を開けてみれば、至近距離にあるナイスの顔。そんな当たり前のことにさえ興奮し、セオは声を漏らした。
「は、ぁ……っ、ン」
力が抜けていくのに、脱落することを許されない。ナイスにしっかりと支えられている腰は、もしかするとセオの全体重をかけても崩れないかもしれない。
セオに逃げ場はなかった。
どれだけ息が苦しいと訴えても、ほんの一瞬、まばたき程度のインターバルしか与えられず、満足な呼吸すらままならない。
朦朧とするのは、快感のせいか、酸欠のせいか。
すっかり思考を停止したセオの頭は、自分の口内で暴れる舌と、混ざり合う唾液を認識することで精いっぱいだったのだ。
「ぅあ、はっ……ぁ……」
数十分にも及んだかのようなキスの末、ようやく解放されたセオはもう自分の力では立てていなかった。
骨抜きにされ、飛んでしまった思考を再び始めようとするが起動しそうにない。
はしたなく唾液をこぼすセオを満足げに見つめ、ナイスは言った。
「あんな顔でキス誘っといて、これで済むと思ってる?」
「え、ぇ……?」
あんな顔と言われても、セオには自覚が無いのだから、濡れ衣を着せられているような気分である。
それでも、今まで自分が何をされていたのかを考えることが限界で、ナイスの発言が何を意味しているのかなど、分かるはずもなかった。
「続き、するよな?」
続き、続き……。
キスの続きとは何なのか、茹であがった頭はその答えを導き出せぬまま。
セオの頭を包むように撫で、艶やかな表情を浮かべるナイスに、セオは無意識のうちに頷いていた。
ナイスの言葉の意味を知るとき、セオはキスをせがんたことを少しだけ後悔するのだった。
――Fin...?――
好きっていったら
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