沈丁花

三十年ぶりに出会したクラスメートの一夜限りの物語

…ネンレイカクニンガ ヒツヨウナショウヒンデス…

スキャンした瞬間、レジスタが喋る

「お客様は成人していらっしゃいますね

お買い上げは210円になります」

小銭入れから250円取り出しカウンターに置く女

「はい、250円からお預かりします

40円のお返しになります

レジ袋の方は?」

耳障りなコンビニ言葉にも、いつしかそれが当たり前のように耳に慣れてしまった女

要らない と手先でジェスチャーする女の掌に、レシート・お釣り の順番に乗せた店員は、マニュアル通りにテープを貼った商品を両手で差し出す


PTAの会合があると余所行きの服で出掛けたものの、これと云って時間を潰す方法が思い浮かばず

バス停のベンチに腰掛けた女は、テープの貼られた缶ビールをプシュッ…と開けた

テープの貼られた缶ビールに口をつけ飲んでいると、コンビニの店先に腰掛けカップラーメンを啜る学生の心境が少しだけ分かったような気分になり、ほくそ笑んだ

路線バスを数台やり過ごし飲み干した缶を灰皿代わりに一服し夜空に煙を吐き出した

ゴーッと、けたたましい排気ブレーキの音と共に大型トラックがバス停に止まった

「本日の路線バスの運行は終わりましたよー」

邪魔臭い、バスではない大型トラックの半分開けられた助手席の窓から聞こえた


女は何食わぬ顔で煙草をふかす

「幾ら待ってもバスは来ないよ」

女は、いい加減絡まれては迷惑と煙草を缶の中に落としベンチから立ち上がる

そして、歩道を歩こうとした時、声の主が立ちはだかった

女は チッ と舌打ちし相手の顔を見た

『あら?』

「よっ!」

『何年ぶりかしら…

高校卒てからだから…

んー 30年ぶりかしら?』

「そんなに経つのか…どーりで寝つきと目覚めが早いハズだ」

『フッ…変なの』

女が笑う


二人は高校の同級生、互いに意識していたが、親と受験に邪魔され交際には至らなかった

二人は別々の大学へ進み、卒業・就職・結婚とそれぞれの人生を歩んでいた


「どーした?今時分…」

『脱走よ!』

「脱走?」

『マンネリからの脱走…そんなとこ

あなたは?』

「勝手気侭なトラック家業さ

自由が欲しくて離婚したよ」

『ふーん… 離婚かぁ

私もしちゃおうかな離婚!

脱走ついでに』

「ついでにするもんじゃないと思うよ離婚なんてさ

そんな事より、学生ん時 好きだったんだぜ お前のこと」

『なになに?

30年目のカミングアウト?


それともウケ狙い?』

「ったく…マンネリかの脱走なら、アバンチュールしない? 俺と」

『いいわねぇ、脱走の片棒担いでくれるの?』

「うん担ぐ担ぐ!
さぁ乗って」


当ても無く彷徨う二人、会話も途切れがちになった頃ホテルのネオンに吸い寄せられていた

「行く?」

『何処へ?』

「アバンチュールさ」


女は俯き、ホンの少しだけコクリと首を縦に揺らした

部屋に入ると勝手知ったように湯を張る男

緊張を悟られまいとソファーに座る女の手を取り立ち上がらせる男

窮屈な抱擁のあと、促されるまま浴室へ…

男は冷えたビールをグラスに注ぎ、ひと息に飲み干す


二本目のビールに手を伸ばした時、風呂場から女の声が聞こえた


『ゴメン、少し暗くして…』

「あぁ…」

男は照明を落としグラスにビールを注ぐ

女は、その背中越しに通り過ぎ風呂上がりの火照った
カラダをベッドに沈めた

男は飲みかけのグラスをコトンとテーブルに置き、石鹸の香りに導かれベッドに忍び寄る

女は男の気配を背中て感じると、隙間無く触れ合う二人のカラダが境目を越え融合してゆく感覚…

マンネリに諦めていた堕ちてゆく喜びを頭に甦らせ

女は自分の鼓動を全身に感じ乍ら、オンナになる瞬間を待ち望んだ


女の身に纏うサテンのシーツをスルスルと足元に手繰り寄せ、一糸纏わぬうつ伏せの裸体を見つめる男

餅のように白く透き通る柔肌の太股から円熟美を感じさせる臀部

それとは対照的に括れた腰は、しなやかに弧を描く背中を誇張していた

やがて男の視線は、撫で肩から二の腕へと流れるようなラインへと移る



カラダ中に電気が流れ、ピンと伸びた二肢の先で反り返る爪先…

艶(なまめ)かしく動く腰に繋がれ、美しく仰け反る背中…

唯一、律を保っている撫で肩から二の腕の先には、何かにしがみつかずにはいられない指先…



そんな情事が刹那に男の脳裏を掠めた

だが、男はサテンのシーツを手に取り、そっと裸婦にかけた


男は目を伏せ冷蔵庫に手を伸ばし、プシュッとビールの栓を抜きグラスに注ぐ

悟られまいと小刻みに震えるサテンに、女の涙を感じた男はトンと灰皿を鳴らした

直ぐにでも抱ける状況下ではあるが、その先がうまく描けない

男は少しだけ時間を巻き戻し、そう考えた


すべて分かって抱かれるオンナ

なるのは簡単だが、だからこそ抱けずにいる男

時間だけが無情に流れてゆく


男が挽れた珈琲の薫りに女は目覚め、温かなカップを両手で包み窓の外に目をやる

少し冷たい春風に沈丁花の白い花が揺れていた

沈丁花

日本に在る沈丁花
・強い芳香
・殆んどが雄株
・実は有毒
それらの要素を取り入れた文章仕立てのつもりですが…

沈丁花

三十年ぶりに出会したクラスメートとの一夜限りのアバンチュールとは…

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2011-11-16

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted