やさしい刑事 第三話 「目撃者」
これは俗に言う『刑事ドラマ』ではありません。凶悪犯罪を解決する訳でも無く、アクション・シーンもありません。
あくまでも、非日常的な視点から『心の綾』と『命の絆』を捉えて描いたファンタジー・ドラマです。
従いまして、警察組織・その他の考察も曖昧です。実在する地域・団体・人物とも無関係です。
主人公:やさしい刑事
名前:不明。周りから「ヤマさん」と呼ばれているので「山田」とか「山本」とか、ありふれた名前と思われる。
年齢:不詳。どこにでもいる風采の上がらない中年男。独身。過去に婚姻歴あり。
所属:本庁(多分警視庁?)と思われるが、詳しい所属は不明。
特徴:人に見えないものが見える。なぜそうなったのかは、物語の中で明かす予定。
やさしい刑事 第三話 「目撃者」(前編)
「通報が入りました!T町の住宅街にある家の二階で老婆のマンジュウ(遺体)発見時刻は午後4時50分。第一発見者は隣家の奥さん。どうやらコロシ(殺人事件)のようです」
飛び込んできた刑事の報告に、帰り支度に取り掛かっていた主任刑事は、いったん天を仰いでから振り向いた。
「やっぱりな~。何だか今日は真っ直ぐに帰れそうもない予感がしていたよ」
そうして、すぐさま上着を着直すと、デカ部屋に詰めていた捜査官たちに号令を掛けた。
「出るぞ!平野刑事。工藤刑事。浜崎も付いて来い!」
「はい!了解しました」平野刑事以下、デカ部屋に詰めていた刑事たちが答えた。
刑事たちは、直ちに二台のパトカーに分乗し、現場の警備に当る警官たちと共に警察署を出た。
春先の夕暮れの空はどんよりと曇って、今にも泣き出しそうな気配がしていた。
「昨日は天気が良かったのに、今日は降りそうだなぁ~。面倒なヤマじゃなきゃいいが…」主任刑事がそう言った。
「そうですねぇ~、降られると何かと捜査の邪魔になりますからねぇ~。イヌの応援も頼めないし…」平野刑事も言った。
「まぁ、面倒にならない事を祈るしかないか」
「きっと大丈夫ですよ。ヤマさんの勘はイヌより鋭いから…」
「おい、おい、俺はイヌ扱いかぁ~?平野刑事」
「いや、そう言う意味じゃあ~。頼りにしてます!…って事ですよ」
「下げてみたり、持ち上げたり、ひどいやつだなぁ~、お前は」
そんな話をしながら、刑事と警官たちが事件現場に到着したのは、午後5時30分を回っていた。
殺人現場に着いた刑事たちは、早速、第一発見者の立会いの下に、死体の検分を行った。
外傷が無いところを見ると、死んだ老婆は、どうやら首を絞められて殺されたようだった。
主任刑事は、現場検証に立ち会ってもらった第一発見者の隣家の奥さんを早々に帰宅させた。
事件には直接関りが無いと判断し「聞きたい事ができたら、こちらから出向きますから」と伝えておいた。
旦那さんも帰宅する頃だし、夕飯の支度もあるだろうと、やさしい主任刑事は気を使ったのだった。
ほどなく鑑識捜査班が到着し、二階の老婆殺害現場の仏間にフラッシュが瞬いた。
鑑識捜査官は、白いチョークで遺体に沿って白線を引き、入念に殺された老婆の体を調べた。
「やはり死因は絞殺か?」主任刑事は鑑識捜査官に尋ねた。
「そう見て間違いないですね。縊死痕から推察すると、死後20時間前後って所かな?」
「そうか~、昨夜の犯行だとすると、ゲンニン(現場確認)に立ち会ってもらった隣の奥さんのゲン(証言)とも一致するなぁ」
「部屋が荒らされて無いと言う事は、やはり顔見知りの怨恨絡みでしょうか?仏壇の中の現金や通帳もそのままだし…」
一緒に捜査に加わっていた平野刑事がそう聞いて来た。
「まぁ、そのセンもあるわなぁ…に、してもホシ(犯人)は余程あわててズラかったらしい」
「誰かにメ(目撃)でも付けられたんでしょうかねぇ~?ヤマさん」
「う~ん…しかし、ホトケの婆さんは一人暮らしだったそうだしなぁ~」
「犯行時刻に他の誰かが尋ねて来たとか…は、ないですかねぇ?」
「だったら即通報があるだろう。平野刑事、後を頼むわ。ちょっと隣の奥さんにもう一辺ウラ(証言)を取って来る」
「はい、了解しました。ヤマさん」
そう言うと、主任刑事は一階まで降りて玄関の戸を開けた。もう事件を嗅ぎつけた野次馬が、パラパラと集まって来ていた。
「ご苦労様です」事件現場の警備に当っていた警官が、主任刑事に敬礼をした。
「あぁ、ヤマ(事件)を嗅ぎつけたブンヤ(記者)たちがわんさか寄って来なきゃいいがなぁ~。しっかり頼むぞ」
そう激励して、主任刑事は隣の家に向かった。隣の家と、事件があった家との間には、壁を挟んで70cmほどの狭い隙間があった。
主任刑事は「蔦矢」と、表札の出ている隣の鉄筋作りの家の前に立って、玄関のドアホンを押した。
「は~い、どちら様でしょうか?」ドアホンの向こうから奥さんの声が聞こえて来た。
「済みません。先ほどは現場検証に立ち会っていただきありがとうございました」
「あぁ、警察の方ですか。ただいま開けます」
玄関のドアがガチャリと開いて、品の良さそうな中年女性が顔を出した。
「あっ、さっきの刑事さんでしたか。どうも失礼いたしました」
「いぇいぇ、こちらこそお忙しい所をお手間を取らせまして、深く感謝いたします」
「あれから何か分かりましたか?」
「いぇ、その件でもう少し詳しいお話をお伺いしたいと思いまして…」
「外が騒がしくなってるようだし、玄関で立ち話をしてると、人が寄って来るといけない。上がってもらいなさい」
ダイニングルームの方から、そう言う旦那さんらしい人の声が聞こえて来た。
「そうですわね。どうぞ、お上がり下さい。刑事さん」
「お忙しい所を済みません。それじゃ失礼させていただきます」
主任刑事が奥さんに案内されてダイニングルームに入ると、眼鏡を掛けた恰幅のいい旦那さんが迎えてくれた。
そのダイニングルームの壁や飾り棚には、たくさんの表彰状やトロフィが飾ってあった。
「いやぁ、私達もびっくりしてるんですよ。まさか、あのお婆ちゃんが…って」その旦那さんが言った。
「えぇ、私も見た時は血の気が引きました。何が何だか分からなくって…」奥さんがそう言葉を継いだ。
「いや~、さぞ驚かれた事でしょう。ご通報いただき感謝いたします」刑事はそう言って頭を下げた。
「いぇね、お婆ちゃんは去年旦那さんを亡くされて、一人暮らしだったもんで、家内が時折様子を見に行ってあげてまして…」
「足がお悪いのに、いつも二階の仏間にいるから『下でお休みになったら』って言っても、亡くなったお爺ちゃんの側に居たいって言われて…」
「そうだったんですかぁ~、何だかお婆ちゃんの気持ちは分かるような気がします」
「今日、主人を送り出した時も、夕方のお買い物に行った時も、玄関が開けっ放しだったんで、もしや!と思って上がったら…」
「いいお婆ちゃんだったのにねぇ。まさかあんな事になるとは…」旦那さんが(信じられない)と言う顔をしながら言った。
「何か、ここ数日変わった事は無かったですか?様子が変だった?とか、誰かに脅されてるみたいだった?とか」
主任刑事がそう尋ねると、奥さんが答えて言った。
「いぇ、特に変な様子は無かったですが…あぁ、そうそう、甥子さんとか言う方が金の無心に来る。と、愚痴をこぼしてましたねぇ」
「甥ねぇ~…昨日の夜、隣から何か異常な物音とか、悲鳴とかは聞こえませんでしたか?」
「う~ん、このダイニングからでは、隣の二階の物音は聞こえませんねぇ…あぁ、そうそう弓子なら」と旦那さんが言った。
「弓子さん。ご家族の方ですか?」
「えぇ、二階にいる下の娘です。上のはもう遠くの大学に行ってて…おい、お前。ちょっと弓子を呼んで来なさい」
「はい、あなた」
旦那さんにそう言われた奥さんは、ダイニングルームの横にある階段から二階に上がって行った。
しばらくして、母親に手を取られて階段を下りて来た16,7の少女は、右手に白い杖を携えていた。
そうして、キョトキョトしながらおぼつかない足取りで歩いて来て、母親に引いてもらった椅子に腰掛けた。
「娘の弓子です。ご覧の通り生まれつき目が見えなくてね」旦那さんが、そう言って少女を紹介した。
「あぁ、それはご無理を申し上げました。ごめんね弓子ちゃん」
主任刑事がそう言うと、少女は声のする方へ探るように顔を向けて、ニコッと笑った。
「弓子。昨日の晩、お隣で何か変な物音がしなかったかい?警察の方が来られて尋ねられているんだが」
父親にそう尋ねられた少女は、人気を探すように主任刑事の方に向きながら言った。
「あのね。昨夜バイオリンの練習をしようとベランダに出たら、お隣で怒鳴り声がしたので、恐くなって部屋に戻ったの」
「ベランダに出てバイオリンの練習?その時に怒鳴り声が…?」
「弓子はバイオリンをやってるんですよ、刑事さん。まぁ、目も見えないし、友達もできないと思い、不憫に思って幼い頃からバイオリンを習わせてましてね」
「あぁ、それで…」主任刑事はダイニングの壁や棚に飾ってある、たくさんの表彰状やトロフィに目をやった。
「親が言うのも変ですが、才能があったのか?お陰様で、小学生の時からあちこちのコンクールや大会で賞をいただきまして…」
「そうですか~。それはそれは…それでベランダで練習を?」
「はい、隣近所の迷惑にならないようにって、夜遅くまではやってないんですけどね」
「ご迷惑じゃないですかって?お婆ちゃんに聞いたら『いやぁ~、いい音色だねぇ…心が癒されるよ』って喜んで下さってたのにねぇ…」奥さんも付け加えて言った。
「そうですかぁ~、いや、手掛かりをありがとう、弓子ちゃん。お陰で助かりました」
主任刑事がそう言うと、少女はまた声のする方を向いて、ニコッと笑った。
それから、少女は椅子から立ち上がって、母親に支えられて階段を上がって行った。
「どうも、お忙しい所に押し掛けて、お邪魔いたしました」
主任刑事はそう言って旦那さんにお辞儀をして、小雨の降りしきる外に出て蔦矢家を後にした。
やさしい刑事 第三話 「目撃者」 (後編)
主任刑事が蔦矢家から得た情報から、殺害された老婆の甥を重要参考人と見た「捜査班」は甥の立ち回り先を洗う事にした。
担当の捜査官たちも方々に足を運び、主任刑事は、甥の勤め先である町工場の庭先まで聞き込みにやって来た。
「うん、あの野郎ね!一週間も無断欠勤しやがって、首にしてやろうと思ってた所ですが…」町工場の社長は言った。
「誰か、普段の事をよく知っている親しい同僚はいませんでしたか?」
「そうだねぇ~…ああそうだ!お~い溝渕。ちょっと機械を止めてこっちへ来い!」
社長は工場の方に向かって、大きな声で誰かを呼んだ。
「はぁ?、おやっさん。何ですか~?」
油で汚れた手をタオルで拭きながら、30絡みの若い工員が工場の中から出て来た。
「警察の方が来られててな、弦巻の事を聞きたいっておっしゃってる」社長が工員に言った。
「どうも…何かあったんスか?」工員は訝しげな顔で、社長と主任刑事を見て言った。
「知ってる事があったら、何でも話して上げるんだぞ」社長が工員に言った。
「知ってるも何も、こないだあいつに2万円貸したまんまなんですよ~。競馬でスって金が無いって言うから…」
「お金を貸した時、何か様子がおかしかった事はなかったですか?」主任刑事は工員に尋ねた。
「いやぁ~、4、5日したら親戚から金が入るアテがあるって言うから、貸したんですけどね。それっきりナシのつぶてで…」
「そうですか~、何処か弦巻さんが行きそうな場所を知りませんかね?」
「う~ん、駅前のGパチンコか、飲み屋街のスナックFかなぁ~」
「パチンコ屋とスナックねぇ…いや、どうもありがとうございました」
主任刑事が工員に礼を言うと、社長は、工員に工場の仕事に戻るように手で合図をした。
「刑事さん、あいつに会ったら言っといて下さい。金返せって!」
そう言いながら工員が工場に帰って行くと、社長が主任刑事に尋ねて来た。
「何か弦巻が揉め事でも起こしたんですか?刑事さん」
「いや、まだ捜査中なので詳しい事は言えませんが、何かの事件に関っているかも知れませんね~」
「そうですか~…それじゃ、弦巻が顔を出したらすぐにご連絡差し上げますよ」
「ありがとうございます。どうも、お忙しい所をお邪魔いたしました」
主任刑事は社長にそう言って一礼し、町工場の庭先から出て行った。
それから一週間が過ぎたが、主任刑事は老婆殺しの容疑者と思しき、弦巻の足取りを掴む事ができないでいた。
主任刑事だけで無く、弦巻の立ち寄り先に聞き込みに行った、他の捜査官たちからの報告も芳しいものではなかった。
「マルヒ(容疑者)の住んでたアパートの大家がカンカンになってましたよ~。もう三か月も家賃を滞納してるって…」
「スナックFの方もだいぶん未収があるようですね~。ママさんがブゥブゥ言ってました」
「パチンコ屋の従業員も、ここ一週間くらいマルヒの顔を見てないそうですね」
「実家のほうにも立ち寄った形跡はありません。もう何年も帰ってないそうです」
そうして、さらに一ヶ月が経ち、その間、老婆殺しの事件担当捜査官たちは、足を棒にして甥の行方を捜し回った。
しかし、どこをどう探しても、容疑者と見られる老婆の甥・弦巻の足取りは、まったく掴めなかった。
まるで、この世から煙のように消え失せてしまったのか?と、思われるほどに何の痕跡も残っていなかったのだ。
容疑者がほぼ特定できているにも関らず「老婆絞殺殺人事件」は、完全に暗礁に乗り上げてしまった。
とうとう主任刑事も捜査官たちも、事件はほぼオミヤ(迷宮入り)になるか?と諦め掛けていたその矢先。
突然、老婆殺しの事件のあった地域をパトロールしていた巡査から、主任刑事の元へ連絡が入った。
主任刑事は取るものも取り合えず、パトカーに乗って、平野刑事と連絡のあった現場に駆けつけた。
「ご苦労様です。刑事さん」巡査が敬礼をしながら主任刑事を出迎えた。
「どうしたんだ?何か新しい手掛かりでも出て来たのか?」主任刑事は巡査にそう尋ねた。
「いやぁ~、それがですね。蔦矢さんの娘さんが『妙な異臭がする』って言うんで、母親が電話して来たんですがね」
「妙な異臭って、どこから?」
「いや、この家の壁と、隣の家の壁にある隙間からなんですがね」
そう言いながら巡査が指差したのは、蔦矢家と老婆殺しのあった家の間にある70cmほどの狭い隙間だった。
現場には、心配そうな顔をしながら、あの盲目のバイオリン少女・弓子ちゃんと母親も立っていた。
「この前からね。バイオリンの練習にベランダに出たら、ひどい臭いがするんです」弓子ちゃんが言った。
「弓子は目は見えないんですけどね、鼻は人一倍効くんですよ」母親がそう付け足した。
「どうも奥の方に何か引っ掛かってるみたいなんですが、蔓が生い茂っててよく見えないんですよ」巡査が言った。
「う~ん、確かに狭くって暗い場所だし、ほとんど見えんなぁ…」主任刑事は壁の隙間に顔を突っ込んで言った。
「事件が発生した場所だけに、一応報告を入れといた方がよろしいかと思って、ご連絡差し上げた次第です」
「いや、ありがとう。確かに何かが腐ったような臭いがするな…おい、平野刑事。投光器を出して来てくれ」
「了解しました。ヤマさん」
平野刑事がパトカーのトランクから出して来た投光器が、家と家の間の隙間を照らし出した。
びっしり蔓の生い茂った隙間の奥の方には、蔓に巻きつかれた何かの大きな塊が見えた。
何を思ったのか主任刑事は、着ているスーツの汚れるのも破れるのも構わず、蔓を掻き分けながら隙間の中に入って行った。
そうして、異様な腐敗臭の元へ向かって進んで行って、投光器に照らし出されている塊を見上げた。
そこには、身体中を蔓に巻かれたまま、壁にぶら下がって死んでいる男の腐乱した遺体があった。
「平野刑事、すぐに鑑識を呼べ!」主任刑事は隙間の中から、外にいる平野刑事に言った。
「了解しました。ヤマさん」平野刑事は、すぐにパトカーの警察無線で警察署に連絡を入れた。
だが、鑑識の到着を待つまでも無く、主任刑事にはその腐乱死体が誰なのか?どうしてそうなったのか?すでに読めていた。
いつもの如く、老婆の所へ金の無心にやって来た甥は、堪りかねた老婆に、素行の悪さをなじられたに違いない。
カッ!となった甥は老婆の首を絞めて殺してしまった。そして、ふと窓の外を見ると、隣のベランダに人影が見えた。
「しまった!見られた」あわてた甥は表に飛び出し、家と家の隙間に入って、生い茂っている蔓を伝って壁をよじ登ろうとした。
ベランダにいた少女が目が見えない事を知らない甥は、殺しを目撃されたと思い込み、少女の口を封じようと企んだのだろう。
だが、少女を狙う事にばかり焦っていた甥は、自分の足元に、別の意外な目撃者がいた事をまったく知らなかったのだ。
それは、日の当らぬ場所で生まれ育って、夜毎、盲目の少女が弾くバイオリンの音に、淋しい心を癒されていた壁の蔓だった。
おそらくは、一瞬の出来事だったのだろう。
一部始終を見ていた蔓は、少女を殺そうとする甥の企みに感づき、彼女を守るために壁をよじ登って来る甥に襲い掛かったのだ。
抵抗する暇も無く、八方から巻き付く蔓に、身体中をがんじ搦めにされ、首を締められた甥は、声も出せずに死んだに違いない。
どんな生き物にも魂はある『壁に耳アリ、障子に目アリ』と昔の人も言った。悪い事はできないものだ。
こうして老婆殺し事件は解決したが、なぜ犯人の甥が、あんな場所で無残な死を遂げたのか?誰にも分からなかった。
ただ、主任刑事だけは知っていた。盲目のバイオリン少女と、日陰に生きる蔓との間に、秘められた心の交流があった事を…
それからしばらくが過ぎて、警察署で新聞を見ていた主任刑事の目は、とある記事に止まった。
そこには、あの盲目の少女が『全国バイオリンコンクール』で優勝したと言う記事が、少女の写真入りで載っていた。
主任刑事はすぐにその新聞を携えて、蔦矢家の狭くて暗い壁にへばり付いて生きている蔓の所へ出掛けた。
そうして、新聞を壁の隙間にかざして見せながら、蔓に話し掛けるように言った。
「お前が命を救った盲目のバイオリン少女が、コンクールで優勝したよ。よかったなぁ~…これからも見守ってやってくれよな」
それが刑事にできる せめてものやさしさだった
春のそよ風が、狭い壁の隙間を通り抜け、蔓がザワザワと揺れ動いた。
主任刑事には、その蔓のざわめきが「わざわざ知らせに来てくれてありがとう」と言う声に聞こえた。
やさしい刑事 第三話 「目撃者」(完) 第四話 「母地蔵」は(執筆中)
やさしい刑事 第三話 「目撃者」