おかえりの時間
ハマトラの同人BL小説です。
pixivに載せているものを転載しています。
pixivには蒼の名前で投稿していますが、蒼は二次創作をする際の名前で、夏希はオリジナル小説を書くときの名前として使い分けています。
ナイス×セオの小説です。
BLの要素を含みますので、苦手な方はご注意ください。
ナイスの帰りを待ちわびるセオのお話です。
――ナイスくんがいない。
変わり者が集まる喫茶。そうセオは認識している。
いかついマスターの横にはなぜか尻尾のあるメガネっ子。眼帯の自称医師に、チャラそうなサンダル兄さん、いつも何かを食べてるバイザー女子に、野獣と乳でか少女。
あとは、イケメン教育実習生と……超速ヘッドホン男子……。
「セオくん、あいつならまだ戻ってないよ」
カフェノーウェア。
初めてハマトラに依頼を持ちかけたあの日以来、ずいぶんと入り浸るようになった喫茶はとにかく普通と違っていた。
「そう……ですか」
セオは力なくカウンター席に一人で腰かけた。今日はレイを連れずに来ている。
端の席でははじめが黙々とカレーを食べている。イスを一つ挟んで隣のバースデイは何やらスマートフォンでゲームをしているらしい。
「なになにセオっち、もうこれで3日連続じゃん?」
「4日連続です!」
コネコはいつものように尻尾を左右に揺らしながらグラスを拭いている。他に「客」の姿は見当たらず、バースデイの発言を訂正する余裕があるというのは、少々悲しくもある。それだけ暇なのだ。
マスターは何も言わずに氷の入ったグラスをセオの前に置いた。
「何か用あんのー? 依頼ー? ここに便利屋もいるよー?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど……」
「あそう? まぁ心配はいらねーと思うけどね」
セオはぴくりとした。
こんなチャラチャラしている男に自分の内心を悟られるなんて思ってもみなかったのだ。
セオが、どうしてわかったの?と書いてある顔でバースデイを見つめると、彼は腹を抱えて笑った。
「セオっちもう、バレバレだから! 会いたくて会いたくて仕方ないって顔してっから!」
「なななッ、何言ってんすか!? 俺は別にそんなんじゃ!」
「おいバースデイ、あまり子供をからかうな」
顔を真っ赤にするセオに救いの手を差し伸べてくれたのは、我関せずのスタンスを崩さずにいたレシオだったが、それでも読んでいた新聞を閉じようとはしない。最低限のフォロー。
自分の相棒が絡んでいるからと重い腰を上げたのは「ハマトラ探偵事務所」でコーヒーをすすりながら、今月の売り上げの決算しているムラサキだった。
「電話に出ねぇのはたぶん電池が切れてるからで、どこ行ってるかは俺も知らん。まぁ、金にならないことをしているのは確かだろうな」
相棒がそう言うならばそうなのだろう。
セオは相槌を打ちながら、良く冷えた水を一口飲んだ。
――考えすぎなのかな。
自分よりも彼を良く知る人々の中で、誰もが彼の心配をしていない。
4日も帰ってきていないというのに。
「ムラサキ先生は心配じゃないんですか?」
「校外で先生呼びはやめろ」
バースデイが吹き出して笑う。
「心配じゃないと言えば嘘になるが、あいつが帰って来なかったことは無いしな」
几帳面に付けられたノートを閉じ、ムラサキは立ち上がった。
「信じて待っててやれ。お前が心配してたって聞いたらあいつも喜ぶだろ」
「っ……あ、はい」
ぽんっとセオの頭を撫でたムラサキは、「ごちそうさん」と告げながらコネコにコーヒー代を払って店を去っていった。
「ぶはは! セオっち、顔真っ赤だぜ!」
「う、うっさいな!」
――信じて……。
誰も心配していないわけではなかった。
ここにいる誰もが、心配する以上に彼を信じて待っているんだと、そんな単純なことにさえ気が付かなかった。
セオは赤く染めた頬をかきながらカウンターに肘をついて俯いた。
――俺、かっこわりぃ。
「もう、バースデイさんがいじめるからセオくん落ち込んじゃったじゃないですかー!」
かっこ悪さもあった。しかし、ムラサキに言われてとにかくうれしいことがあった。
――喜んでくれるかな。
赤くなった頬の色はなかなか引かず、心なしか心拍数も上がっている気がする。
「あーあ、こりゃ重症だ。レシオせんせー」
「バイタル異常なし。心拍数が高いぞセオ」
「勝手にミニマム使って俺の身体見ないでくださいっ!」
気のせいではなかった。
セオは残っていた水を一気に飲み干した。
冷やされた水が食道を駆け下り、胃に入っていくのが分かる。これで少しは心拍数が下がるだろうか。平静を保てるだろうか。
セオは一度深呼吸をした。
「みんなしてセオくんをからかいすぎですよー」
はい、おかわりのお水です。
差し出された水。
容姿はともかくとして、言動がもっとも一般的なコネコはセオにとってのオアシスだった。二杯目のオアシスの水に口を付けるセオ。
ようやく落ち着いてきたような気がして、小さく息を吐いた。
「セオくん、甘いものは大丈夫?」
「は、はい。好きです……けど」
「そう、よかった」
頭の上に疑問符を並べるセオは、困惑した表情でマスターの手元を眺めた。
するとそこには、何やら非常に甘そうな、美味しそうな……。
「ホットケーキ、食べるよね?」
「食べまっ……でも俺、今あんまりお金なくて」
「大丈夫。バースデイが払ってくれるっていうから」
「お、俺!?」
「いただきます!」
マスターがセオの前にそっと置いてくれたのは、焼きたてのホットケーキに、たっぷりの生クリームとイチゴが添えられた豪華なプレート。
何とも言えない甘ったるい香りは、些細な悩みや嫌なことを消し飛ばしてくれそうだった。たとえば、変人共にからかわれたことだとか。
「……おいしそう」
「おいセオっち、まさか一人で全部食うとか言わないだろうな」
「え? ……えぇ?」
いつの間にやら隣からプレートを覗き込んでいるはじめと、払うことになるなら相応食わせろと言わんばかりのバースデイ。
ケーキは2枚。綺麗に三等分?バースデイには1枚?はじめちゃんには一口でいい?
食い意地を張る二人に挟まれ、思考回路がフル回転のセオ。マスターの厚意でもたらされたホットケーキが、セオに新たな試練を与えてしまったらしい。
「マスター、はじめにホットケーキを食わせてやってくれ」
「レシオちゃん! 俺の分は!?」
「社会人は自分で払え」
「ケチ医者! マスター! もうひとつ!」
結局どうなったのだろうと考えあぐねてマスターを見上げたセオ。
マスターはそんな、小鹿のようなセオにそっと微笑んで、淹れたてのコーヒーをプレートの脇に置いた。
「大丈夫、セオくんのは全部サービスだから」
セオはケーキとマスターに手を合わせた後、生クリームが程よく溶けた最初の一枚に、豪快にかぶりついたのだった。
マスターのホットケーキは絶品だった。
少しだけ彼のいない時間を忘れられた気がして、セオは満足感と共に、形容しがたい索漠感に襲われていた。
――楽しかったのに……。
そこにたった一人いないだけでこうも違うものなのか。横浜港の見える公園で落日を迎えるセオは、そんな歯の抜けたような感覚を持て余す。
ベンチに腰かけ、鳴る気配のないケータイの電源を入れてみても、何の変化もない。
ただ、そこに彼がいないことを再認識するだけ。
『信じて待っててやれ』
ムラサキのその言葉が何度も頭の中で反響する。
――信じたくないわけじゃない。俺だって信じたい。……だけど……。
セオはただの高校生だった。
彼と関わってきた時間は短く、知らないことだって多い。同じ学園に通っていて、ミニマム能力を持つ人々とは根本的に違う何かがあるような気がしていた。
分からない壁が確かに存在していると、セオはいつも心のどこかで感じてしまう。
だから、ムラサキやバースデイが彼を信じているようには、どうしても出来なかった。
どうしても、ただただ心配だった。
ただただ、会いたかった。
「ナイスくん……」
咄嗟にもれた言葉は、夕暮れを舞うカラスの会話にかき消されるはずだった。
いや、間違いなくかき消されていたのだ。
それなのに。
「お、セオ?」
それなのに今、自分の目の前には何食わぬ顔でいるこの男は一体何なんだと。
セオは身体に電撃が走ったかのように立ち上がった。
「ナイスくん!?」
「おう、久しぶり」
ナイスだったのだ。間違いなく。
何度もメールをして、電話もして、ノーウェアに通い詰めて、それでも会えなかったナイスが今目の前にいる。音速のミニマムを使ったかのように、突然。
「どこ行って……」
驚きと喜び。
その二つの感情がぐちゃぐちゃに入り乱れると、人は悲しくもないのに涙を流すものなのかと、セオは働かない頭でそう感じていた。
「いやぁ、依頼人が報酬払おうとしなくてさー。北の大地まで追っかけて、ついでに観光して……っておい、セオ?」
「ふっ、く、ナイスくんッ……」
「何で泣いてんの!? 俺? 俺泣かした?」
「ちが、くて……!」
久しぶりに再会した友人が会った途端に泣き始めるという、経験したことのないシチュエーションに戸惑うナイス。
何か説明しようとしているが、泣きじゃくったままで、全くセオの言語が理解できない。
嗚咽を漏らすセオを見かねて、ナイスはセオの髪をくしゃくしゃと撫でまわした。
「焦んな焦んな。俺はどこにも行かねぇから。落ち着け」
「ふ、ぅっ、ナイズぐん……!」
あやしたつもりが余計にわんわんと泣き始めたセオ。
見つけた時には泣いていなかったセオが自分を見た瞬間から泣き始めたということは、多少なりとも自分に関係はあるのだろう。その程度のことしかイメージできず、ナイスはお手上げだった。
制服の袖で涙をぬぐい、鼻水をすする姿をどうにかできるような策も思い浮かばず、ナイスはセオをふわりと抱きしめた。万策尽きた後の、最後の手段。
途端、セオはぴくりとも動かなくなった。まるで呼吸さえも止めたのではないかと思う程、石像のように動かなくなってしまったのだ。
「ナイス……くん?」
「人って、誰かの心臓の音聞くと、落ち着くんだってさ」
セオは自身の涙が一瞬で止まったことに気が付いていた。
ほんの数分前、孤独にケータイの液晶を眺めていた自分と、今こうしてナイスの胸に頭を預けている自分。
どちらも現実なのに、あまりのギャップに目が回りそうだった。
――やばい、嬉しすぎて泣きそう……。
見上げた視線の先、ナイスがセオの瞳の奥を覗いて笑う。
「心配、かけたか?」
「っ……そんなっ、別に……」
「そっか」
どこか満足そうに笑うナイス。
そんなナイスの目を直視できないセオは、抱きとめられたまま再びナイスの胸に顔をうずめた。
――やべ……かっこいい……。
何もできず、しばらくムズムズとしているセオに、ナイスはポケットからキャラメルを取り出して語りかけた。
「お土産、食うか? ジンギスカンキャラメル!」
「……なにそれ」
よくわかんねぇけど、うめぇよ。そんなあいまいな回答。
しかもセオが訝しげな表情を張り付けて顔を上げた時には、すでに包み紙がはがされていて、セオに拒否権はなかった。
「ほれ」
「ん……」
ナイスに差し出されたキャラメルを口で直接受け取る。
顔が赤いのは泣いていたせいにできたとしても、高鳴った胸は誤魔化せるだろうか。
そう思って少しだけ距離を置くセオ。
温かく見守るナイスは、目じりに貯まった涙を親指でそっと払ってやった。
「どう? 味は」
「なんか、複雑……」
「うまいべさ?」
「ん、うまい」
すっかり北海道に影響されてしまっているナイスに、セオは自然と笑みをこぼした。
甘いやらしょっぱいやらはっきりしないキャラメルの味もなんだかくせになりそうで、気が付いた時にはもう一個をせがんでいた。
――ナイスくんがいるだけで、こんなに世界が違うなんて。
二人はベンチに並んで座り、ナイスの旅行談に花を咲かせていた。
キャラメルを噛みしめ、今隣にナイスがいるという幸せをかつてないほどに感じるセオ。
この気持ちはもしかして恋なんじゃないかと、薄々気づき始めてはいたが、認めるのが恐ろしかった。
けれど、ころころと表情を変えて無邪気に笑うナイスに見惚れ、自分の気持ちを誤魔化せなくなってきていた。
――どうしよう、すっごい好きかもしれない……。
「で、そろそろセオが泣いてた理由、知りたいんだけど」
「え、あ、その……」
そんなに心配してなかったと言ってしまった手前、心配しすぎてたせいで会えた瞬間に嬉しくて泣いた、などと言えない。セオはきょろきょろと視線を泳がせ、適当な理由をくっつけようとしたが、ナイスに笑われてしまった。
「言いたくないなら、無理して言わなくていいよ。それよか、この後暇か? 晩飯食いに行かね?」
旅費引いても十分なだけ、たっぷり頂いてきたから。
そう得意げに笑うナイスにつられ、頷いたセオは「んじゃ決まりな」と、立ち上がったナイスに腕を引かれて立ち上がる。
――言いたくないわけじゃない。できることなら伝えたい。
何食いたい?と今夜の晩御飯の話を持ちかけてくるナイスに、返事を出来ずにいるセオ。
今このタイミングを逃せば、もうずっと伝えられないかもしれない。そんなことは嫌だ、と。
セオはありったけの勇気を振り絞って、ナイスの言葉を遮った。
「ナイスくん、あの、さっきの話だけど……」
「ん? 北海道で木彫りのクマ買おうとした話?」
「じゃなくて」
「路上に鹿が飛び出してきた話?」
「……じゃなくて……!」
「セオが泣いてた理由な」
おどけていたナイスが、突然声色を変えて温かく笑う。
分かっていたなら最初からそう言ってくれればいいのにと思った反面、緊張していた自分をリラックスさせてくれたのだと感じたセオ。
紡ぎたい言葉が少し軽くなったのを確かに感じていた。
「俺、ナイスくんのことマジで心配してて、でも他の皆は全然心配してなくて……。いや、心配はしてたみたいだけど、俺の思ってる心配とは別で、だから」
全然まとまんねぇ!
そうやって頭を掻きむしるセオを、何も言わずにただ見つめるナイス。
「無事に帰ってくるって信じてたけど、やっぱ心配で、でもちゃんと帰ってきて、嬉しくて、だから……」
止まったはずの涙が再び溢れてくるのが分かった。
堪えきれない涙をせき止めるセオは、どうしても最後まで伝えるため、必死に嗚咽を噛み殺す。
「だから、さっきの、嘘……ごめん」
「うん、知ってた」
ポン、とセオの頭に手を乗せるナイス。
たったそれだけのことで、セオは再び涙を滲ませ、豪快に鼻水をすすり始めた。
「ありがとな、セオ」
そう言いながら、ナイスは自身のシャツの袖でセオの涙をぬぐう。
自分を心配して、涙まで流してくれるセオを愛おしく感じないはずがなかった。
泣きはらした目を擦らないよう、優しく涙を吸い取るナイスにセオは全てを委ねていた。
「何食いたい? ラーメンと寿司以外な」
「なんで?」
「あっちで死ぬほど食ったから」
「ナイスくんって極端だよね……」
最後にぐすんと一度、鼻水をすすりあげたセオは曇りのない笑顔を浮かべてナイスを見上げた。
「何でもいいよ! ナイスくんが連れてってくれるなら!」
「じゃあとりあえず、街に繰り出しますか!」
そう言って軽快に一歩を踏み出すナイスに、半歩遅れて続くセオ。
そういえば、めちゃくちゃに泣きまくった自分を何も言わずにあやしてくれたナイスに、一言もお礼を言っていないと、セオは気づく。
言っていないといえば、もっと大事なことを言っていないのではないか。
隣に並び、名を呼ぶセオは屈託ない笑顔を輝かせ、ナイスに告げた。
「おかえり! ナイスくん!」
「ただいま、セオ」
それと、ありがとう。
言葉になった想いは、セオの一番大好きなナイスの笑顔に変わっていた。
おかえりの時間
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