SS05 あなた関数

運命の人は計算で求められた。

「ねぇ、平木さん。私たち結婚を前提に付き合ってみない?」
「そうだね。感情関数、運命関数、生命関数、価値関数……。こんなにも一致する相手なんてこの先一生現れないよ」
「私もそう思う」
 麻衣は身体の震えが止まらなかった。
 ついに運命の人と出会えたのだから……。

 この世におぎゃあと生まれたその日から、人は五十個の関数に運命付けられて生きていく。
 それが現代の世の中の常識だ。
 健康状態、価値観、勉強、運動。人にはそれぞれ個性があり、適性があるが、それを時間tの関数として表したものをバイオ関数と呼んでいる。
 この究極の個人情報は誕生時の遺伝子検査と小学校卒業時に義務付けられているMRIによる思考調査から割り出され、以降、人生の様々な場面で活用されていく。
 例えばスポーツ、仕事への適性から健康の維持、人との関わり方まで、応用は多岐に渡り、常に個人から離れることはない。
 交通事故などによる不慮の死こそ予測不能だが、その人の”生き様”を予測できることはすでに多くの研究によって証明されていた。
 もちろん結婚もその一つ。
 幸せな結婚とはすなわち、いかにして多くの数値が合致する相手を見付けられるかということと同義語だった。
 なぜならこうして結ばれた人たちの離婚率は限りなくゼロに近く、各メディアが行う幸福度調査でもそれは裏付けれらている。
 何より麻衣はこれまで多くの愛し合うカップルを目にして大人になった。
 直観には誤りも多いが、科学的データに裏付けられた数式は嘘をつかない。求める相手の理想像、--好みの容姿や性格などは、すべて培った経験と持って生まれたDNAによって決まっている。そんな当たり前の事実は今、科学的に証明されていた。

「あなたと出会えたのは嬉しいけど、私、時々思うんだ」
「何を?」
「こんな風に時間tに年齢を代入して得られる結果に縛られてる私たちって、本当に幸せなのかなって」
「おかしなことを言うね。実際に皆、穏やかに暮らしているじゃないか。争いごともめっきり減ったし。そんな現実を君だって享受しながら生きてきたわけだろう?」
「それはそうなんだけど、これ以上の”解”がないとは言い切れないでしょう?」
「まあね」と苦笑した彼も、多分一度は考えたことがあるはずだ。
「確かにこの組み合わせが結婚の”黄金比率”だって言われてるけど、それはあくまで結果論であって、数学的な意味合いはよく分かっていないらしいからね」
「でしょう? だったらもっと素敵な組み合わせがある可能性だってあるわよね。
 だけど今、そんな冒険をする人はいなくなった。皆これが”最適”だって信じてるから。
 だから人は今以上の”幸せ”を放棄したのかもしれない」
「でも麻衣さんはそれを模索してみる勇気がある?
 世界中の研究者を出し抜くには、それこそ人生を掛けるしかないからね」

SS05 あなた関数

SS05 あなた関数

運命の人は計算で求められた。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-19

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