Ecstasy
一
この男の名は真也と言うのだが、彼は根っからのマゾヒストだった。ネットの掲示板でサディストの人を探しては、彼の肉付きがあってだらしない体を、存分に甚振ってもらっていた。相手は男でも構わなくて、唯、自分の肉体を、傷め付けてさえくれたならば、それは快感に変わったのだ。しかし彼はまだ、マゾヒズム的な性快感の絶頂に達したことがなかった。その理由は、彼の相手をする人物に対して、彼自身が、心から愛を抱いたことがないからだった。少なくとも、彼はそのように思っていた。簡単に言えば、彼は、心から愛を抱いた人に自身の体の上から下までを、無惨なボロボロな姿にされたかったのだ。だが、彼にはそのような人がいない。彼自身、人を本気で好きになったことがないのだ。彼には、恋愛という概念は存在せず、唯、マゾヒストとしての欲望だけが、彼の脳内に存在していた。どちらかと言えば、彼が淫らな行為(マゾヒズムを刺激する性行為)を望むことに、私達の持つ、恋愛に対する観念が働いていた、と言っても間違いではないだろう。
二
真也は、根っからのナルシストだった。自分の容姿は、数ある人のなかでも、際立って整っていると思っていた。彼は鏡を見る度に、「俺がもう一人いてさえくれたなら、俺は今までにない、快感を手に入れることができるに違いない。」と考え出したのは、いつの頃からだったのだろうか……
三
真也は、これまでに幾度となく、自分の持つマゾヒズムの要求を、様々な人に刺激してもらってきた。その相手は、男でもお婆さんでも構わなくて、唯、自身の要求を満たしてくれさえすれば良かったのだ。しかし、多に渡って、尋常でない性行為をしてきた彼だったが、一度も彼の心を絶頂に到らした経験はなかったのだ。毎回、行為が終わった後には、説明のつかない、ぼんやりとした不安だけが、胸に残っているのだった。
或る日、彼は洗面台に立って、鏡を見てみれば、目の前には、心からうっとりしてしまうほどの、容姿が整った美男が一人写っていた。(作者は、全くそのように思えない。このような自惚れは、一線を超えたナルシスト特有のものなのだろう)
ふと、真也は、鏡に写っている人物に犯されたくて仕方がなくなった。彼は、彼自身に甚振られることを懇願した。そして、彼は想像に移したのだった。
四
真也は、異常な想像の果てに、その脳内に描かれた絵の実現へのアプローチに試みたのだった。彼はキッチンへと赴き、ナイフを持ち出して、洗面台に戻った。
真也が、思考の末に辿り着いた、快感を手に入れる方法とは、見るも無様で無惨な自虐行為だった。最初は度を越さないように、ナイフを浅く、体中に入れていたのだが、次第には、興奮してきたためか、刃の傷も深くなっていた。始終、鏡に写る男を見ながら、その整った美しい容姿ね美男に(自惚れというよりも、妄想的な自惚れである)傷を付けられている自分を鏡で見ながら、彼はいつの間にか、気絶して倒れていた。丁度、快感が絶頂に達したときだった。
五
運が良いのか悪いのか、彼が倒れて、時間がさほど経たないうちに、彼の母親が、体調不良のために早引きして帰宅したのだ。洗面台に行けば、全裸で血だらけになっている息子を見て驚愕した。
彼は、マゾヒストのためか、脈の通ってある場所は把握しているらしいが、今回ばかりは、興奮のために、母が早退していなければ、大量出血で、命はなかったらしい。医者に聞かされたのだった。
後、彼は、精神病院に長期入院して、異常な性癖を直したらしい。
Ecstasy