世にも奇妙な女の夢 第3夜 ピアニスト

世にも奇妙な女の夢 第3夜 ピアニスト

ストーリーテラー登場


皆さんは、かの作曲家フレデリック・ショパンの名をご存じですね。19世紀前半のパリで活動していた彼は、感情と幻想を重んずるロマン主義音楽を代表する音楽家で、その繊細な演奏技法と曲調から、「ピアノの詩人」と称賛されています。

 ところで、これよりお見せする物語の中には、まさに「現代のショパン」と呼ぶのにふさわしいピアニストが登場します…。


「ピアニスト」


これは、マリエットがいつか見た夢である。

 ある若手の男性ピアニストがプライベートな演奏会を開くと聞き、マリエットも彼の自宅へ行った。そこには既に彼女の男友達2人がソファーに腰掛けていた。きれいに拭かれてあるガラスのテーブルの上には白いレースのテーブルクロスが敷かれてあり、さらにご丁寧にも人数分のアールグレイティーとメープルシロップ味のクッキー6枚がテーブル上に用意してあった。

 家の奥から演奏者が入ってくると、3人は彼を拍手で迎えた。彼は背筋を伸ばして聴衆を見ると、椅子に座り、フランツ・リストの名曲「愛の夢 第3番」を演奏し始めた。

 弾き始めてから1分ほどしたとき、ギュンサクは早くも目と口を閉じ、頭を縦に振ってリズムを取っていた。ランディは、幸せそうな上目遣いで、口を僅かに開いていた。マリエットはというと、目の前に澄み渡った青空と一面に広がるかぐわしい花園が見えたので息をのんだ。そのうえ、少し離れたところには、見たことのない美青年がこちらに向かって手を振っていた。

 マリエットは頬をばら色に染めて笑みを浮かべると、彼のほうへ走っていった。その美青年のそばまで行くと彼と手をつなぎ、花園の中を楽しげに走り回った。彼女はこれ以上ないほどの笑顔で、彼の顔から目を離さなかった。その瞳は細かいダイヤモンドでも散りばめたかのように美しく輝いていた。

 やがて2人は手を取り合い、モデラートの速度で回り出した。マリエットは有頂天の叫び声を上げた。自分は何と幸せなのかしら!という思いが彼女の心からあふれ、叫び声となって出てきたのだ。

 気が付くと、彼女の目の前からあのファンタジックな風景は消え、そこには若きピアニストと聴衆がいるだけであった。紅茶とクッキーは少しも減っていなかった。演奏者は背筋を伸ばし、僅かにどや顔をしてこちらを向いて立っていた。マリエットも男たちも隣家にまで聞こえそうなほどの拍手を送った。

 37歳のピアニストは再び椅子に座ると、今度はゲオルク・ヘンデルの「サラバンド」を弾き始めた。マリエットの目の前には、ホテルのスイートルームのような空間と、先ほどの幻想の中に現れた、あの美形の男性が見えた。彼と彼女の距離は、先の幻想よりもはるかに近くなっていた。彼はおもむろに右手を差し出すと、右の口角を上げてマリエットを見た。彼女は何の迷いもなく彼の手に自分の手を載せると、踊り始めた。彼は優雅にステップを踏み、彼女は片方の手でスカートをつまんで踊った。彼女自身はこのたぐいのダンスなどろくにしたこともないというのに、パートナーに劣らぬ華やかなステップを踏むことができた。

 やがて曲が終わると、彼女の目の前には黒髪のピアニストの姿があった。彼女は再び惜しみない拍手を彼に送った。彼は先ほどと同じように真っすぐに立つと、小さなどや顔をして、
「どうもありがとう」
 と挨拶をすると一礼し、自室へ入っていった。マリエットをはじめとする聴衆たちは、2、3軒先まで聞こえそうなほどの拍手を送った。

 拍手を終えると、ふいにギュンサクが口を開いた。
「いやあ、彼の演奏技術はさすがだぜ。1曲目聞いたとき、俺、超ふかふかなベッドでゴローンとしてる気分になったもん」
 ランディも小さく笑って
「俺なんか、芝生の上でかわいい女の子とアルプスの山々を眺めてるような気分だったぜ」
 と言うと、メープルクッキーを1枚口にした。

 ギュンサクったら、居眠りしてたんじゃなくて、そんな想像をしていたのね。マリエットは、心の中でそう言った。ギュンサクとランディは、相変わらず大きな声で会話を続けている。
「国立大学卒で博識で、ピアノもこんだけうまく弾けるなんて、恐れ入ったぜ」
「ははっ、全くだ」


 マリエットがアールグレイティーを一口飲むと、彼女の左隣から紳士の落ち着いた声が聞こえた。
「うむ。彼はまさに奇跡のピアニストだ」
 そちらを向くと、50代半ばに見える1人の紳士がいつの間にか座っていた。あら、この人、いつの間に来てたのかしら。マリエットはそう思いながら彼を見つめた。その紳士は、穏やかな口調で話を続けた。
「つまりはね、彼はピアノ1台で聞く者が最も好む人物や事柄のヴィジョンを作り上げ、その者を夢うつつの状態にできるということさ。わかるかい?」
 彼女は彼の言葉の意味を十分には理解できなかったが、あの演奏者は確かに奇跡のピアニストだわ、と思っていた。


 そして帰り道、マリエットはお気に入りのパティシェリーでスイーツをいくつか買うことにした。そこに入り、いつものようにガラスケースの中のケーキやプディングの数々を見つめていた。

 そんな彼女の近くに、身長175センチほどの、小顔で整った顔立ちの青年がいたが、彼女は彼の存在に全く気付くことなく一心に、ストロベリー1個とラズベリー2個が載った白いケーキを見ていた。

 2、3分ほどスイーツを見たあと、彼女は買うものを決めた。女性店員と視線を合わせ、
「この、ガトーフレーズと…」
 と言ったとき、近くにいた美青年も彼女と全く同じ言葉を同じタイミングで言った。驚いた両者は、お互いの顔を見たが、マリエットのほうが驚きが大きかった。というのは、その男性はあのヴィジョンの中に登場した彼女の理想の男性の姿そのものだったからである。

 彼は親切にも、彼女から先に買い物をさせてくれた。彼女はガトーフレーズ1個と、ストロベリー味のマカロン2個を買った。何と偶然にも、彼も彼女と同じ組み合わせの品物を買ったのだった。ケベックを活動拠点とする25歳のシャンソン歌手は、自分の理想の男性から目をそらせることができなかった。

 彼女はようやく店を出ると、少し遅れて店を出た彼と再び視線が合った。彼女の胸はますます高鳴った。彼は彼女と目を合わせたまま言った。
「俺はエヴァン。この街のレストランの新米コックだ」
「へえ、コックさんなの」
「ああ、そうだ。ところで君、名前は?」
 マリエットは一瞬、上目遣いになって答えた。
「マリエット。マリエット・フイエよ」
「マリエット。君にお似合いの名前だね」
 彼女は恥ずかしそうに下を向くと言った。
「ありがとう」

 2人は歩き出した。彼らの帰宅ルートはほぼ同じだった。100メートルほど歩いたとき、エヴァンは立ち止まって言った。
「そうだ。今度、俺が働いてるレストランに来てくれるかい?」
 マリエットは迷わず答えた。
「ええ、ぜひ行きたいわ」

 帰宅後、彼女はあのピアニストのもう一つの能力に気付いたのであった。

世にも奇妙な女の夢 第3夜 ピアニスト

世にも奇妙な女の夢 第3夜 ピアニスト

「世にも奇妙な女の夢」 第3夜です。今回は、シュールでファンタジック、それでいてスイート?な物語です。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2014-03-19

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