ひとが、かなしい10のこと。01
正午をすぎると、この部屋には一番日差しが入る。
二人ともそれが気に入ってこの部屋に決めた。
秋の14時はもう夕暮れの、茜色をしている。
茜色に染められた部屋を抜け出して洗面所へ行き、元々は洗面台に並べられていたものたち、
今は床に放り投げられている歯磨き粉や洗顔フォームだとかそういうものを、
元の位置に戻していく。
投げ捨てられて床に落ちた歯ブラシは、なんとなく使う気がしないので、
そのままゴミ箱に入れる。
今日、被害にあったのはこの洗面所だった。
あるときは玄関だったり、タンスの一番下に入っている靴下だったり、
台所のコーヒーメーカーの置いてあるスペースだったりもした。
彼女は、必ず、僕の期待に答えて残骸を残していく。
制作会社に務める彼女の生活は不規則だったし、
僕はといえばアルバイトを転々としていて、日勤だとか夜勤だとかごちゃ混ぜで、
気づいたら何日も彼女の姿を見ていなかった。
そうやってすれ違うことが嫌で、一緒に暮らし始めたのに、
お互いがお互いの生活に合わせようという思いやりがなければ、
帰る場所が同じということに意味などなかった。そうだと思った。少なくとも僕はそうだった。
しかし、彼女はわざと会わないようにしている気が、した。
いつ帰ってきても誰もいないこの部屋は、妙な冷たさがあった。
一人暮らしのときの冷たさとはまた違う。
彼女自身の姿はなくとも、彼女の私物がそこら中に転々としているから、
彼女の気配だけは常にそこにあった。
何日も彼女に会わず、気配だけを感じて生活していると、僕は忘れてしまいそうになる。
洋服や靴や化粧品などの形での証拠はあるけれど、彼女は自分が作り上げたただの”気配”に思えた。
もしかしたら、彼女も同じなのかもしれない。
ただ、決定的な二人の違いは、僕は忘れそうになる記憶をかろうじてつなぎ止めていることだった。
ある日、僕は、彼女の小さなポーチの中から生理用ナプキンをひとつ、くすねた。
何に使うわけでもなく。彼女を困らせるためだけに。彼女は必ずナプキンを7つ、ポーチに入れていた。
朝、そのひとつがないことに気づいたとき、彼女は気づいたその場で荒れ狂った。
タンスからはみ出た靴下を投げ飛ばし、近くあったティッシュボックスを踏みつけ、
ほんの少し開いているクローゼットの扉を金具が外れてしまうほどの力で閉めた。
信じられないくらいに怒っていた。
明らかに僕が、したこと、に対して。
それから彼女は、僕と顔をこそは合わせないが、
僕がそうしてイタズラすることに激怒していることは確かだった。
結果として、何かが壊されているか、部屋が荒らされているから。
僕がすることに彼女は怒りという返事をする。
顔を合わせなくても、姿を確認できなくても、僕らは確実に何かを共有している。
だから僕は、今日は彼女に何をしようかとそればかり考えている。
それは、彼女とぴったりとくっついて流行りの映画を観ながら
彼女の身体に触れるよりも僕に満足感を与えた。
秋の夕暮れはあっという間にすぎる。目を離した隙に、辺りはすっかり真っ暗になる。
一筋の光さえも入らなくなった部屋の中で、一人ソファに腰を沈めて、
僕は満ち足りた気持ちになる。
ひとが、かなしい10のこと。01