家においでよ

高校を卒業後
地方にある実家から都会にある大学に入学し寮生活
そのまま都会にある会社に就職して一人暮らし

よくあることだ。と思う。
少なくとも俺はそうだった。

就職してからの半年くらいは慣れない一人暮らしに辟易したものだけれど、
二年目になると流石に勝手が違ってくる。
静かな部屋。
好きな時に好きなことをしても誰にも怒られない。
まさに、自分の城と言ってもいいくらいだ。

ただ、今だにやってしまうのが独り言を言う癖だ。
実家暮らしの時はもちろん、寮生活の時でさえ、
しんとした静まりかえった時間というのは、ほぼ思い当たらない。
当時からすると、静かすぎるのが今の日常だ。

静かなのが苦、と言うわけではないが、賑やかに暮らしてきた経験上
寂しいのであろう、静かな部屋で一人ごちることも俺の日常になってしまった。



「おじゃましまーす」
「はい、どーぞ」
そんな我が家に初めて来た彼女は、部屋をぐるりと見回すと、遠慮がちに荷物を部屋の隅に置いた。
「わー、物が無いね」
「ほっといて」
昨日必死で片付けたんだから、とは言わないでおく。
「それじゃあ、私は何をすればいい?」
「んー。ちょっと時間かかるから、DVDでも見てて」
えー。と言う彼女を無視して、さっさとDVDをパソコンに入れる。
映像が映ると大人しくなった彼女に座布団とひざ掛けを渡し、俺は台所に立つ。

彼女、大学で出会い地元が近くだったことで意気投合し、今に至る訳だが、
今日は、就職を機に、実家に帰っている彼女を呼びよせての餃子パーティーである。
女の子に餃子はどうかと思ったが、休みの日くらい一緒にいたいという気持ちと、以前餃子を作る時に購入した皮が大量に余ってしまっていたのを何とかしたいという気持ちからこのパーティーは開催された。若干、後者の気持ちの割合の方が強い。
結果的には、酒好きの彼女にはピッタリだったということだ。

材料は事前購入してある。
キャベツとひき肉、いたってシンプルにする。ニラは入れないでおく。
みじん切りにするのは時間がかかるのだが、実家でほとんど包丁を握ることが無いらしい彼女にさせるわけにはいかないので俺がやる。
「二人分だから、いつもより多めにするか、思った以上に時間かかるかもなー。」
「よし、切れた、あと何だっけ。レシピどこに置いたっけ?」

「何、独り言言ってんの?」
知らぬうちに独り言を言ってしまっていた自分に気づく。
彼女は座ったまま顔だけこちらに向けて、不審者を見るような目でこちらを見ていた。
「いや、癖です。一人暮らしだと、こうなるんです。」
俺にとっての日常は、彼女にとってはやはりおかしいらしい。
自分でもわかっている分、少し恥ずかしくなって言い訳をする。

「今は、私がいるんだから、私に話しかけてよ」

彼女は少しも照れることなく、ごく普通に俺にそう言った。


その後、彼女に餃子を包むのを手伝ってもらい、完成した餃子と買ってきたお酒をおいしく頂いて、
餃子パーティーは無事に終了した。


あの時、もっとバカにした言葉を言われると思っていた俺は、正直驚いた。
寂しがりやなんだね、とか
それなら実家に帰ったら、とか
そういう類の言葉を想像していた。

彼女のそういうところが、好きだとか、
そしてこういう事を幸せと呼ぶのではないかと思うくらい俺にとっては衝撃的だった。
今度は、もっと一緒に出来ることをしようと思う。
だから、取り敢えずはこれからもよろしくということで、
ねぇ、家においでよ。

家においでよ

家においでよ

  • 小説
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更新日
登録日
2014-03-17

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