いくじなし
「小説を書きたいんだが」
俺は言った。「何も書くネタが思い浮かばんのだよ」
「なんでもいいから書けばいいじゃない」
幼馴染のユミが言った。
「なんでもいいからっつってもな。ほんとに書くものがないときは何も書けないものなんだよ。なんかいいネタでもあればいいんだが」
小説を書きたいのに、書きたいものがないというのは考えてみればおかしな話かもしれない。俺は小説が書きたいのではなく、物書きというステータスがほしいだけなのだろうか。
「それってほんとは書きたくないんじゃない?」
いたいところ突いてくる。というかさっき俺が考えたことと同じ。
「そう言われると微妙なんだけど。たぶん小説って、表現欲だけで書くものじゃないんだよ。物書きというスタイルのもつ雰囲気に憧れるというか」
「作家って小説書くのが好きな人がなる仕事じゃないの? 書くことが好きでもないくせに作家になったってシンドイだけだと思うな」
うぐっ・・・やっぱりそうだろうか。
「正一はさ、なんで作家になろうと思ったの?」
ユミには何度か俺の夢は作家だと話してきた。
「いや・・・なんとなく、だけど。」
「なんとなくかい」 ユミは時々シラフで突っ込みを入れる。
「しょうがないだろ、理由なんかないんだから。それより書くことねーかなー」
「恋愛モノとかは?」
「思いつかねぇし」 恋愛経験ゼロの俺には恋愛小説はちとハードルが高い。
「じ…実体験とか書き起こしてみればいいんじゃない?」
「付き合ったことないからムリ」
「そ、そーなんだ・・・」
なぜか歯切れ悪くなるユミ。
「じゃ、じゃあさ、しょーいち、ためしに私と付き合ってみない?」
「え…?」
一瞬、脳がフリーズした。
「や…小説書くためだよ、小説。参考になるかと思って…」
「ばーか、なに言ってんだよ。俺がお前と付き合うわけないだろ」
「そっ…そうだよね。なにいってんだろ私」
…二人の間を沈黙が支配した。5秒ほどだったのだろうが、その10倍は時が流れたように感じた。
テンパッて突っぱねてしまった。やっちまったかも、これ。もしかして、ユミ、告白してくれたのか?
「ま、まあ」
先に口を開いたのは俺だ。
「幼馴染との友情みたいな? のがテーマの小説はありかもしれないな」
チキンだぜ…われながら。
「それなら書けるしな。早速執筆に取り掛かるぜ」
「うん…がんばって」
ユミは悲しみとも不満ともつかない顔で言った。
こーやってチャンスを逃し続けるんだなぁ、俺みたいな草食系野郎は…。
机に座り、幼馴染に背を向けて、俺は静かに溜息をこぼした。
いくじなし
小説を最後まで書いたことがなかったので、ひとつは終わらせようと思って、意地と根性で書き上げた作品。