RISOU

何年か前に、他のサイトにアップしたものですが。今風にメールをラインに変えたりしました。
私自身がラインをやらないので、多少のつじつまが合わない部分もあるかも・・・。そこはおおめに見ていただいて~^^;
感想をいただけると、飛び上がって喜びますので宜しくお願いします☆ヽ(∇⌒ヽ)(ノ⌒∇)ノ☆

第一話(1)

 加藤美咲は、16歳。都立高校、1年生だ。

 美咲の趣味は、もっぱらラインで友達と話すこと。

 勉強と称して、自室でラインをしている。
 
 とにかく、学校に行っていない時は、ケイタイを片時も離す事は無い。

 今も、ベッドに寝転がって、友達3人とラインで会話中だ。

 ラインの内容はといえば、


『今日の授業、タル~』

『チョ~ 眠かったヨね~』

『担任 キモ~』

『マジ、キモ~』


 といった調子だ。会話になっていない。なっていないが、本人同士はこれが会話だと思い込んでいるのだから致し方ない。



「美咲!」


 階下から母の声が飛んできた。


(今ライン中だよ)

「美咲!!」


 母親の声の音量が更に上がる。


「はーい!」

「お風呂、入りなさい! ガス代が掛かるから!」

「はーい!」

(知らないよ、そんな事)


『風呂だってさ~』

『そう』

『ガス代がどうのって……』

『うちの親も言うよ』

『入ってくるよ』

『いってら~』

『ほいほい』


 という会話を3人とするわけだ。

 入浴中も、脱衣場にケイタイを置いておく。

 ケイタイが着信すれば、湯船からザバッと上がり、ケイタイを取る。
 
 水分がケイタイに悪い事は分かっていながら、細心の注意を払おうとはしない。


(壊れたら、機種変すればいいし)


 というのが、美咲の安易な考え方だ。

 ケイタイを開き、メールを確認すると、恋人からのメール。


『今、何してる?』

『お風呂、出たらメールするね』


 と返信すると、もの凄い勢いで体を洗い、あっという間に着替えが終了する。

 母がよく行動が遅いと言うが、実際はやる気になればかなり早く動けるのだ。

 ならばいつも動いてくれと、どこの親でも思うだろうが、そうは行かないのが高校生というもの。

 娘が出た事を確認すべく、母が風呂場に来ると悲惨な状態。


「美咲!美咲!!」


 と、怒鳴っている。


「はーい。何?」


 言っても仕方がないけどね、という気持ちが母の顔に現われている。


「お風呂を見てごらんよ」

「何よ」


 美咲が風呂場を覗くと、さすがに不味いなと感じるが、そこは女子高生、あえて開き直る。


「これが?」

「あんたねー。タオルはタオル掛けに掛けなさいよ。


湯汲みは転がってるし、シャンプーの容器も倒れてるでしょ」


「あんまり細かい事言ってると、シワが増えるよ」


 親が怒ったところで、真剣には聞き入れない。

 それが今時の高校生なのか、美咲の性格なのか。


「次はちゃんとやりなさいよ」

「はーい」


 自室に戻り、ケイタイを手にする。


(本当に小さいことで、うるさいんだから。あんなお母さん、いなくなればいいんだよ!)


 そう思いながら、話しの続きをしようとケイタイを手に取ったところで、着信音が流れた。

 聞いたことの無い曲だ。

 友達からのメールは、一人一人着信音を変えている。

 その一人一人の曲を全て覚えている。

 曲を聴いただけで、誰からのメールで、誰からの電話なのかが分かる。

 たとえ、音を消してバイブレーターにしていても、作動音の長短で誰なのかが分かるのだから、ある意味一芸なのかも知れない。

 美咲はケイタイを眺めた。


(誰だろう?こんな曲、設定してないし。
まぁ、いいか。見てみよう)


 小さなディスプレーに『新着メール』とある。

 センターボタンを押し、受信ボックスを開く。


『アンケートに答えて、豪華ハッピーを手に入れよう!』


 と、ある。


(アンケート? 豪華ハッピー?)


 何だか、その表現が可笑しく笑いが込み上げてくる。


(豪華賞品っていうのは聞くけど、豪華ハッピーってなんだよ)


 メールを開く。


『このアンケートは、あなた様だけにお送りする、豪華ハッピーつきです』



(私だけに送ってるって……無作為でしょうが)



『アンケートに答えて、豪華ハッピーを手に入れてください』



(アンケートに答えるだけで、ハッピーになれるんならね)



『アンケート回答後、送信ボタンを押して完了となります』


 よくある内容だ。

 美咲は暇つぶしに、という軽い気持ちで送信者不明のアンケートの回答を始めた。

 豪華ハッピーを目指して。

第一話(2)

 アンケート画面へ飛ぶ。

 第一の設問が目に入る。



『あなたのお母さんは、優しいですか?』



「何これ?」と、噴出してしまう。

 どんなアンケートを答えれば、豪華ハッピーを獲得できるのかと思ったら、母親についてのアンケートだ。

 美咲は画面をスクロールさせた。

 答えは、【YES】or【NO】。

 美咲は躊躇うことなく【NO】をクリックする。



第二問『あなたのお母さんは、よく怒りますか?』


【YES】



第三問『どんな時に怒りますか?』自由にお書きください。



ちょっと考えて書き出した。


『小さな事でうるさく怒る。例えば、お風呂場が片付いてないとか。学校からの帰りが遅かったとか。洋服が散らかってるとか』



 書きながら、情景が脳裏に浮かぶ。

 毎日、毎日、同じ事の繰り返しで、よく飽きないものだと思うほど、繰り返している。

 美咲の部屋に入ってきては、ゴミが散らかっている。洋服が出しっ放しだ。片付けなさい。

 玄関に至っては、靴が出しっ放しだ。あんたは、女なのだから、家に上がる時は靴をしまいなさい。

 食事の支度を手伝え、片づけをしろ、洗濯物をたため。

 とにかく、次から次へと文句が多い。
 
 他の家も同じなのかと、友達に聞くと、多少の差はあるが、似たようなものだと分かる。

 分かるが、自由でいたいという気持ちが大きいだけに、母親の存在がうっとうしくてたまらない。


第四問『お母さんに、どうなって欲しいですか?』自由にお書きください。


 お母さんにどうなって欲しいか?

 今まで考えた事が無かった質問だ。

 どうなって欲しいか、美咲は考えてみた。


(そうだなぁ。優しくて、何でも買ってくれて、あれこれ文句を言わなくて、料理も手抜きをしないで、いつも綺麗で……お小遣いもたくさんくれる!)


 ケイタイへと書き込む。

 自分の理想の母親像。

 自分に文句を言わない、どんな事をしても笑顔でいてくれる、優しい母親。



 書き込んでから読み直し。

 満足した気分でスクロールする。


『これでアンケートは終わりです。送信ボタンを押してください』


『あなたに、豪華ハッピーが訪れます』



 美咲の指が送信ボタンをクリックする。

 データが送られている画面が出た。

 しばらくすると、【送信完了】の文字。

 たった四問のアンケートで、何が分かるのか知らないが、好きなことを書いて気が晴れた感じだ。


(さて、メールの返事を打とうかな)


 長い長い、ケイタイとの時間が始まる。

 ベッドの上で、多数の友達との会話。指を左右にスライドさせ、文字を打ち込むスピードも神業と言っても言い過ぎではないだろう。

 気がつけば、深夜を過ぎていた。


(いけない! こんな時間だ!
明日も学校なのに……。
あれ? いつもなら、早く寝なさい。電気代の無駄でしょ! って、怒鳴り込んでくるのに、変だな?
まぁ、いいや。ゆっくりメールできたし)


 美咲は、深く考えずに電気を消した。

 そうだ、いつもなら11時を回っても、美咲の部屋の電気が消えないと、母親が入ってきてひとしきり文句を言われる。今夜はそれが無かった。

 変だとは思ったものの、先に寝たのだろうと、深くは考えなかった。

 考えたところで、何も変わらないのだ。

 時計は1時を回っていた。

第二話(1)

 ケイタイのアラームが鳴る。

 カーテンから、朝日が射し込む。
 
 階下では、話し声と笑い声。


(時間だ、起きなくちゃ……でも、もう少し。どうせ時間になっても起きて行かなければ、お母さんが起こしてくれる。遅刻しない程度に……)


 ところが、いつまで待っても母が階段を上がってくる足音が聞こえてこない。

 階下からは両親の笑い声。


(あれ? 何で起こしに来ないんだろう?)


 ケイタイを手に取り、時間を確認する。

 遅刻せずに済むためには、限界の時間だ。
 
 訝しがりながらも、ベッドから起き出し制服に着替え、階下へと下りる。

 リビングへ入ると、いつもなら髪の毛を一つに束ねて、上下スエットが決まりスタイルの母親が、化粧をし、身奇麗にしている。


(今日は、外出するのかな?)

「おはよう、美咲ちゃん」

「おはよう……」

(ちゃん? 久しく聞いてないよ。美咲ちゃんって、ちゃん付けなんて!)

「おう、美咲。起こされなくても起きるなんて、偉いじゃないか」


 父親は、相変わらずだ。可も無く、不可も無く。普通におじさん。


「うん……お母さん、今日出かけるの?」

「何で?」


 笑う母親。


「だって、化粧してる」

「あら、やだ。お父さんにも言われたのよ」


 恥ずかしそうに、父親の顔を見る。

 その視線が、優しい。


(変だな? 夕べ、何かあったの?)

「気持ちを入れ替えたのよ」


 母親は、笑顔で美咲に話した。

 今まで口うるさく文句ばかり言っていたけど、疲れちゃったのだと。

 そしてこれからは、自分に時間を掛けて、優しい母親になるように頑張る・・・・と。


(それって……嬉しいけど。期間限定?)

「ふ~ん、まぁ、頑張ってね」

「頑張るわ!」


 こんな嫌味を言っても、笑って返事を返してくる。

 更にいつもなら、トーストにコーヒーだけの食卓にサラダとベーコン、ゆで卵が並んでいる。


(熱でもあるのかも……。まぁ、いいや。気にしてもしょうがないよね。本人が楽しそうなんだし、迷惑でもないし)


 美咲は久しぶりに美味しい朝食を食べ、学校へと向かった。

 


 学校に着くと、昨日メールしていた友達が声を掛けてくる。

 中でも一番の心友である、田口小枝が元気に挨拶してきた。


「おはよう~、血色いいね」


 と、美咲の顔を覗き込んできた。


「しっかりと朝食を食べると、お肌がつるつる」

「いつも食べてないみたいじゃない」

「いつものは食事じゃないよ。あれはエサ!」

「作ってもらって文句言ってるし~」


 とはいえ、小枝も美咲と変わらない環境だ。

 強いて言うなら、小枝の家は共働きだが、美咲の家は専業主婦。

 それ故、小枝の母親はいつ見ても綺麗なのだ。

 美咲は、小枝の母親に会うたびに羨ましく思っていた。


(今日のお母さんが、これからもずっとだったら、恥ずかしくないんだけどなぁ)

「帰りに、駅前に出来たお店に行こうよ!」


 小枝が美咲の腕を引っ張る。


「何の店よ」

「可愛い小物がたくさんあるんだってよ」

「知らないなぁ」

「最近出来たんだよ。お母さんが言ってたもん」


 小枝はお母さん子だ。

 母親から聞いた情報は自分も体験したいのだ。


「いいけど、お小遣い無いんだよね」

「見るだけだからさぁ」


 結局、帰りに駅前の店を見ていこうという事で話が決まった。


 授業が終わり、大方の生徒は部活へと散っていく。

 美咲と小枝は、自称帰宅部。

 二人の意見としては、学校が終わって部活なんて、面倒だという事らしい。

 二人で駅へ向かい、お目当ての店を覗く、確かに小枝の母親が言った通り、可愛い小物で溢れている。

 あれも可愛い、これも可愛い。

 どれもこれも欲しくなる。

 ピアノの形の小物入れ、キャラクターのバック、キラキラした筆箱。

 リップや磁器ピアス。

 お小遣いがあれば買えるのだが、今月は全て使い果たしてしまった。


(こんな事なら、あんなもの買わなけりゃ良かった)


 後悔しても後の祭りだ。

 小枝は、この店に来ると母親に言ったらお小遣いをくれたという事で、小さなポーチを買っていた。


(見るだけじゃなかったのか)


 ちょっと悔しい思いをしながらも、小物達を見て歩いた。


(欲しいなぁ。でも、お母さんに言ってもダメだよね)

(無駄遣いするから! って、角が生えるに決まってるし)


 心の葛藤はあれど、来月のお小遣いが入るまでは身動きが取れない。

 後ろ髪を引かれながらも店を出ると、辺りはしっかりと暗くなっている。


「まずい! 遅くなっちゃったよ」

「7時だよ」

「家に着いたら、7時半近いじゃん!怒られるわ~」


 小枝の家は共働きの為、親が帰ってくるまでに帰れば何も怒られる事は無いというが、美咲の家は母親が専業主婦のため、帰宅時間にはうるさい。


『女の子が遅くまでフラフラしていたら、危ない!』


 というのが、母の持論だ。


(絶対に怒られるよ)


 こうなると、玄関を開けるのが億劫になって来る。


「しょうがない、諦めて帰るさ」


 と、自分を奮い立たせる。

 まるで、酔っ払って帰る父親の気分だ。


「ドンマイだね」

「人事だからそんな事がいえるんだよ。マジ、オニババなんだからぁ」

「美咲ん家のお母さん最強だもんね」

「本当だよ」


 そんな話をしながらも、二人が分かれる道まで来ると、小枝は


「メールするね」


 と駆け出して行った。


(駆けて行けば、それだけ怒られるのが早くなるんだよなぁ。
微妙だよね。早く帰りたいけど、帰っても怒られるのが分かってると……。
マジ、居なくなればいいんだよ。あんなオニババ!)

第二話(2)

 どんなにゆっくり歩いたところで、必ず目的地は近づいて来る。

 家が見え、家の明かりが目に入る。


(お父さんは帰ってないよなぁ)


 父親が先に帰って来ていたら、それこそ怒られるどころではない。

 その時の情景が目に浮かぶ。

 何ヶ月か前に、同じような事をしたのだ。

 その時は、父親が珍しく早かった。


(フェイントですか!)


 と、聞きたくなった程だ。

 あの時は、1時間程母親の怒りが収まらず、逃げて自室に入ろうとしたら、追いかけてきて怒鳴り散らされた。

 ヒステリーかと聞きたくなった。

 今回はそんな事が無い事を祈るしかない。



 そっと、玄関を開ける。

 すると台所から鼻歌が聞こえてくる。
 
 美咲は耳を疑った。


(鼻歌? お母さんが?)


 靴を脱ぎ、下駄箱に靴をしまう。

 こういう時は、二次災害を防ぐために、日頃言われている事をやっておいた方が得策だ。


「遅くなってごめんね」


 と言いつつ、母親のご機嫌を観察する。

 母は、朝同様身奇麗にし、化粧もちゃんと直して、かなりご機嫌な様子。


「お帰りなさい。心配したわぁ」


 と言いながらも、笑っている。


「でも、高校生ですものね。お付き合いもあるし、仕方がないわよね」

(ですものねぇ? 仕方が無いわ・よ・ね?
どうした? そんな言葉、何年も聞いてないよぉ。
お母さんが、女の人に見える!)

「早く着替えていらっしゃい」

(いらっしゃいーーー?)

「う・うん」

「可笑しな子ね。何をぼーっとしてるの?」

「ううん……お母さん、」

「なぁに?」

「……何でもない。」


 どうしてそんなに変わったのか?

 疑問は山ほど湧いてくるが、これが中学生も1年や2年だったら、自分の疑問を投げかけていただろう。

 しかし今は駆け引きが出来る高校生だ。

 ここで余計な事を言って、母親の機嫌を損ねたら、大損をするのは自分だ。


(黙っていよう。うん)


 美咲は自室へ入ると、制服を脱ぎ私服へと着替えた。

 いつもなら制服をハンガーへ掛けるのだが、余りの不思議さにそんな事すら忘れていた。

 すると、母親が入ってきた。


「ちゃんと、制服をハンガーに掛けないと、シワになるわ」


 と言いながら、自分でハンガーに掛けている。

 母が自分で、だ。


(昨日までなら、こんな事有り得なかったよ。
ハンガーに掛けろって、命令口調だったのに)

「お母さん」

「なあに?」

「ありがとう」


 自然と出た言葉だった。

 不思議と口から突いて出た。


「あら、美咲ちゃんからそんな言葉を聞けるなんて、お母さん嬉しいわぁ」


 そうだ、中学2年生位から、母とは喧嘩ばかりだった。

 どんどんエスカレートして、口を聞かなかった頃もある。

 反抗期だから、しょうがないと諦めるような親ではなく、そっちがその気なら、お母さんだってと抵抗された。

 どんなに、怒鳴り返しても、反抗しても、母は美咲の前に立ちはだかった。

 それが今は、優しくにこやかに笑いかけてくる。


(これが、私のお母さん……)

「もう少ししたらご飯が出来るから、それまで勉強しててね」


 勉強と言われ、我に返るが、嫌な気持ちはしなかった。


(そうだ、小枝にメールしなくちゃ)


 早速ケイタイを取り出しメールを打ち始める。



『家に着いたよ』

『怒られた?』


 すぐに返信が返って来る。


『それが……』

『どうしたの?』

『チョー 優しいんだよ』

『誰が???』

『母親』

『何かいいことでもあったのかな』

『今朝も優しかったけど』

『よかったじゃん』

『うん、そうだね。でも、異常だよ』

『何が』

『あの、優しさは』

『www』



 メールをしていると、母が食事だと声を掛けてきた。

 どうやら父親も帰宅したようだ。

第二話(3)

 食卓は非常に和やかだった。

 父も母も、とても機嫌が良かった。
 
 食事も美味しかった。いつもよりも、豪華で手が込んだものが並んでいた。

 父にビールを注いでいる母を久しぶりに見た。

 父も美味しそうにビールを飲み、会社での話を面白可笑しく母に話して聞かせていた。

 母は良く笑っていた。

 和やかな食卓。

 以前も、こんな感じだった。それが、いつ頃からか、母が怒りっぽくなった。

 母に言わせれば、美咲の反抗期のせいだと言うが、美咲は母の態度に原因があると思っていた。


(この状態が続けばいいんだけどなぁ)

「美咲ちゃん、ご飯終わった? お風呂沸てるわよ」

「うん」

「お父さんは、まだ飲むでしょ?」

「そうだね。今夜は、ビールが上手いよ」

「良かったわ」


 母が冷蔵庫からビールを出してくる。

 珍しい。生活が苦しいからと、毎晩ビールは1缶と言っている母が、自分から2缶目を出しているのだ。
 
 美咲は両親の邪魔をしないように、風呂場へと向かった。

 両親が仲良くしているのは、とても気持ちが良い。

 お風呂にゆっくりと浸かり、のんびりと体を洗った。

 ケイタイを持ってきていない事すら忘れている。

 別段、今までも両親の仲が悪いとは思っていなかった。

 それでも、両親があんなに笑顔を絶やさないのは久しぶりだ。

 湯船の中でぼんやりと、急に変わった母親の事を考えていた。


(どうして急に変わったんだろう? 何があったんだろう? 小枝に聞いてみようかな。)


 小枝に聞いたところで、何が分かるわけでもないが、誰かに相談して、見当違いであっても理由が分かれば、それで自分を納得させられる。

 美咲は風呂から出ると、自室に入った。

 まだ、ダイニングから両親の笑い声が聞こえている。


 自室に入ると、濡れた髪をタオルで拭きながら、ケイタイを手にする。



『やっぱ、変だよ』


 間もなく小枝からのメールが返ってきた。


『何が?』

『母親、メッチャ機嫌がいい』

『いい事じゃない』

『そうなんだけど、そうじゃない』

『www分かんないよ』

『急になんだよ』

『……不倫?』

『えええええええええええ!』

『ないかwww』

『今までの母親からして、考えられない』

『最強だったもんね』

『でも、何で不倫がでてくるの?』

『不倫してると、家族に優しくなるって聞く』

『本当?』

『本当か、嘘か。やったことないから、分からない』

『お互い独身ですから』

『何か、思い当たらないの?』

『ないんだよね』


 と書いて送信。

 送信しながら、ケイタイを眺めていると【送信完了】の文字。

「あ!」と小さく声が出た。


(そういえば、あのアンケート)


 急いで次のメールを打つ。


『アンケート!』


 小枝から、返信が来る。


『ダブルでメールすると、慌てるじゃないか。で? アンケートって何?』

『昨日、変なアンケートが流れてきたんだよ、メールだと面倒だから、電話するね』

『了解』


 美咲は、アドレス帳から小枝の番号を選び電話を掛けた。

 すぐに相手につながり小枝が出た。


「あたし!」

「分かってるよ」

「あのね……」


 昨日の妙なアンケートのいきさつを全て話す。


「ふ~ん。変なアンケートだね」

「そうなんだよね。」

「結構、オバサンがアンケートの発信者だったりして」


 小枝が真剣な声でありながらも、楽しんでいるのが分かる。


「お母さんが?」

「そう、送信して、オバサンのケイタイに戻るの。それを読んだオバサンが、美咲がそんな事を考えているのかって」

「それで、私の理想の母親を演じるわけ?」

「有り得るじゃない?」

「あの最強の母親が?!」

「オバサンだって、昔から最強じゃなかったんじゃないのぉ?」

「そりゃねぇ」

「反抗期の娘をどうしたらいいか! それで、アンケートの形を取って、娘の気持ちを知りたかった、という親心!」

「ほんまかいな?」

「さぁね」

「じゃぁ、送信元不明なのは?」

「何かの会社に依頼したとか?」

「会社に?」

「今はいろいろな会社があるから、送信先を明かさずに送ってくる所もあるよ」

「パソコンは、そういうのあるって聞いたけど」

「パソコンで出来るんだから、ケイタイメールで出来ないはずないじゃない?」

「お母さんが、何の会社に……」

「親の間で流行ってるのかもね。お子さんの本音を聞きますよ、なんて言ってアンケートを流すような仕事」

「ありそうで怖いね。小枝のところには、そんなメール来た事ある?」

「ないよ」

「他の人はどうなんだろう?」

「一斉送信して聞いてみたら?」

「でもそんなことしたら、うちのお母さんが変わったことバレるじゃない」

「いい方に変わったんだから、いいんじゃない?」

「うーん、ちょっとねぇ。この先がどうなるかによるよね」

「じゃぁさぁ、試してみたら?」

「どうやって?」

「お小遣い頂戴って言ってみたら?」

「さすがに、それは……怒るでしょ」

「だから、いいんじゃない。いつもなら怒られるはずが、怒らなかったら、確実に読んでるって事じゃない」


 言われてみればそうだ。

 本当に、母親がアンケートの主で、自分の理想の母親になるべく努力をしているとしたら、小遣いを多少せがんでも、怒りはしないだろう。

 それにしても、これは美咲にとっては大きな賭けだ。

 怒られるか否か。

 怒られるとしたら、依然の母親の激怒が蘇るわけだ。

 寝た子を起こすようなことをして良いのだろうか?

 しばらく考えたが、他に妙案も浮かばず、試してみるという事で電話を切った。

第二話(4)

 階下へ下りると、父は入浴中の様で、母は台所の片づけをしていた。


「お母さん」



 そっと傍へ寄る。

 いつも黙々と皿を洗っている母が、鼻歌を歌いながら楽しそうに食器を洗っている。

 オーラというのが本当にあるとしたら、きっと、今の母親のオーラはピンクに光輝いているのではないかと思った。

 美咲が傍にいる事に気がつき、母が笑顔を向けてきた。



「なあに?」

「あのね…手伝おうか?」



 母の手が止まる。

 嬉しそうに、美咲を見つめ、



「じゃあ、お皿を拭いてくれるかしら?」

「うん…」



 お皿を拭こう等と思った訳では無かったが、行きがかり上仕方が無かった。

 母と並んで、皿を拭き、タイミングを見計らっていたのだ。



「お母さん、あのね」

「はぁい?」

「駅前に可愛いお店が出来たんだよ」

「そう?」

「今日、そこを見てて遅くなったの」



 鼻歌が止まらない。



「それでね。可愛いのがたくさんあって、欲しい物がたくさんあったの。だから、お願い!お小遣い頂戴!」



 ほとんど、捲くし立てるように一気に話した。

 そうしなければ、又激怒された時が恐ろしかったからだ。

 しかし、母はニッコリと笑い。



「いくら?」



 と聞いてきた。



「え?」

「いくら必要なの?」

「えっと…くれるの?」

「いやね~、その位で」



 と、言いながら笑っている。



「…ご…ううん、三千円」

「三千円ね」



 と、財布から三千円を出して美咲に渡してきた。

 今まで、こんな事は有り得なかったのだ。

 父親の会社も大変らしく、ボーナスもカットされたと聞いている。

 母親は、毎日のように節約を口にしていた。

 ガス代が高い、水道代が掛かる、電話代が・・・・。

 とにかく、お金の掛かる事は出来るだけ削減しようと、日々の努力は涙ぐましい程だ。

 父親の小遣いも出し渋っている。それなのに、美咲の小遣いなど追加を請求しても、出してくれるはずは無いのだ。

 出来れば、バイトでもして自分の小遣いくらいは自分で何とかしてくれと思っているだろう。

 現に、高校生になってから、これ見よがしに求人広告を美咲の見える所に置いておいたり、スーパーでバイトの募集をしているとかの情報を提供してくれている。

 しかし、美咲にしてみれば、高校を卒業したら否が応でも働かねばならないのだ。

 今からあくせくしたくはなかった。

 それなのに、三千円を惜しげもなく出してくる母親。



「どうしたの?欲しい物があるのでしょ?」

「う・うん」

(これが、お母さん?)

(最強の大魔神のような人が?)

(もしかしたら、本当にあのアンケートはお母さんが?)

(でも、あのアンケートくらいで、こんなに変われるの?)



 半信半疑。

 いや、どちらかと言えば、全否定したい気分だ。

 まるで、別人ではないか。



「ありがとう」



 三千円を手に取り、礼を言う。



「無駄遣いはダメよ。でも、欲しいものは仕方が無いわよね」



 と笑顔を絶やさない。



(不気味だ・・・・)

第二話(5)

 ベッドに横になり、母親の一日を振り返る。

 振り返っても、考えても、結論は出てこない。



(理想の母親)

(優しくて、綺麗で・・・・)



 ケイタイが鳴る。

 見てみると、恋人の一之瀬真一からだった。



『何してる?』

『ベッドに横になってた』

『何考えてる?』

『当ててみて』

『俺の事』

『笑)ハズレ』

『だよね(笑』

『お母さんのこと』

『どうしたの?』

『急に優しくなってさ』

『どういう意味?』

『それがね…』



 内容を細かく、長文で送る。

 電話をしても良かったが、そんな気分にもなれず、ダラダラとメールを書いた。

 滅多に長文のメールを書く事は無いだけに、真一も真面目に読んだようだ。



『本気で考えてるんだ』

『うん』

『でも、それがアンケートと関係してるとしても、関係ないとしても、いい事じゃないの?

お母さんは、綺麗で優しくなったんだから』

『うん』

『この際美咲も心を入れ替えて、お母さんに優しくしてあげたら?』

『それ、どういう意味?』

『文面どおり』

『私が優しくないという事?』

『それなりに、反抗的だったろ?』

『そういう年頃じゃない』



 真一も同じ年だ。

 美咲の気持ちは分かる。分かるだけに、親に反抗心があることも理解しているのだ。

 それでも、日頃から聞いている美咲と母親とのやり取りは行き過ぎた感じがあった。



『まぁね。お母さんが、私の理想の母になってくれたんなら、それに越した事は無いけど』

『いいことだよ』

『そうだね、原因なんてどうでもいいかも。ていうか、本当にアンケートが原因なら、この際だから元に戻る前にうんとわがまま言った方が得かもね』

『そうだね』

『欲しい物もあるし』

『今のうちだね』

『うん、ありがとう』

(そうだ、今のうちだよ。期間限定で、一週間くらいとか、いやいや、もっと短いかも。
お母さんが、これだけやったんだから、あんたも努力しなさいなんて、言い出しかねないよ。
それなら、今のうちだ。私だって、あのうるささに、ずっと我慢してきたんだから!)



 何だか、やっと霧が晴れた気分だった。



(向こうが、そういう手を使ってきてるんだから、こっちもそれを逆手に取らないと!)



 美咲は近くにあったファッション雑誌を手に取った。

 ページをぱらぱらとめくり、マジックで赤く丸をつけた。



「これが、欲しかったのよ!」



 勢い良くベッドから飛び起きると、母の元へ急いだ。

第二話(6)

 ケイタイが鳴る。いつもの時間のいつものアラームだ。

 しかし、毎晩遅くまでメールをしているので、起きる事が出来ない。

 誰も文句を言わず、誰にも何も言われない生活。

 もう、母親に怒られなくなってから、2週間が過ぎている。


(もう少し…後5分だけ)


 再び眠りに引き込まれていく。


「美咲ちゃん」

(お母さんだ…)

「あら、気持ちよさそうに寝てるのね。疲れてるのかしら…可哀想に」


 そういって、頭を撫でて出て行った。

 起こされない。

 それは、いつまで寝ていても良いという事なのか?

 眠気に逆らえず、学校に行かねばならないと分かっていながらも、眠りに落ちていった。

 なんて気持ちが良いのだろう。

 学校へ行かねばならないのは、分かっている。

 分かっていながらも、朝起こされずそのまま寝ているのだ。

 とろとろと夢の中を彷徨っていた。


 ケイタイが鳴る。

 ケイタイが鳴る。

ケイタイが鳴る。

 鳴り続けている。


 美咲はケイタイを手に取った。

 電話だ。


『もしもし…』

『どうしたのよ!』

『だれ?』

『寝ぼけてるの? 小枝だよ!』

『おはよう』

『おはようじゃないよ! 具合悪いの?』

『何で?』

『学校休んでるから、心配してるんだよ』

『休んでる? 誰が?』

『美咲だよ!』

『え? 今何時?』

『もう、二時限目が終わったよ』

『えーーーー!!!』

『おばさん、起こしてくれないの?』

『うん……アラーム止めちゃったんだ』

『あんた、今日テストだってこと忘れてるでしょ?』

『あー! そうだった』

『追試決定だね。おめでとう』

『最悪ー!』

『しょうがないね、後二時限しかないし、今更どうにもならないよ』


 そうだ、今から着替えて急いで出かけたところで、最後のテストに間に合うわけも無い。

 それより、母は学校に連絡したのだろうか?


『あ、チャイムが鳴ったから切るね』

『ありがとう』

『うん、バイ』


 電話が切れた。

 最悪の展開だった。起こされないという事が、これほどのリスクを伴うとは考えてもいなかった。


(それにしても、さっき部屋に来たんだから、起こしてくれてもいいじゃないか!)


 急に怒りが込み上げてきた。

 それも、自分に対する怒りというよりは、起こしてくれなかった母親に対してだ。

 美咲は、パジャマのまま階下に下りて行った。



階下に下りると、リビングでレース編みをしている母がいた。

 最近はレース編みや小物作りを趣味にしているらしく、あちこちに目新しいものが増えた。

 母は楽しそうに、それらの物を作っては、美咲や父親に見せていた。

 今も編み棒を動かしながら鼻歌を歌っている。髪も綺麗にセットして、化粧もしている。

 まるで、母だけが異世界の人の様だ。

 時間が、母の周りだけ止まっているかのように感じる。

 それにしても、演技だとして、こうも変われるものだろうか?

 美咲はぼんやりと母を眺めていた。


「あら、美咲ちゃん。おはよう」

「おはよう」


 とは言え、当に十時を回っている。


「何で、起こしてくれなかったの!」


 自分が悪いという事は、分かりすぎるほど分かっていた。

 それでも言わずにはいられなかった。

 そして、言っても怒られない事も分かっていた。


「よく寝ていたから」


 母は笑顔で答えた。


「学校があるんだよ!」

「そうね」

「今日はテストだったんだよ! どうしてくれるんだよ!!」


 以前の母なら、こんな自分勝手な言動は許さなかった。

 自分で起きないのが悪い!

 そう言われてしまう。分かっている事を言われると、余計に頭に来て、喧嘩になる。

 それが、今までのパターンだった。

 美咲は思っていた。


(こんな我がままが通る分けがない。さすがに、演技もここまでだろう。
お母さんの限界のはずだ!
お母さんが、これ以上我慢できるはず無いんだ!)


 ところが母親は微笑むと、こう答えた。


「大丈夫よ。風邪引いたみたいで、お休みしますって学校に連絡入れてあるから」と、


 美咲は母の顔をまじまじと見た。


(どうして怒らないの? 限界のはずでしょ!)


 更に続けた。


「今日はテストだったんだよ!」

(テスト勉強はしてないけど)

「今日のテスト受けなかったら、追試になるんだよ!」

「そう……可哀想に……ごめんね」

(え? ごめんねって、こんな勝手な言い分に謝ってる)

「お母さんが悪かったわ」


 本当にすまなそうに、美咲を見つめている。


「……そうだわ! 先生に電話して、お母さんの勘違いでしたって言いましょ。
そうしたら、先生もテストを受けさせてくれるわ」


「バカな事言わないで! それって、追試と同じ事でしょ!!」

「そうなの?」


 母親は本当に分からないと言いたげに、首をかしげた。

 そして、「そうだわ!」と叫んだ。


(今度は何?)


 さすがに、気味が悪くなってきていた。

 演技なのか、それとも真から変わってしまったのか。

 人間とは、こんなにも180度変われるものなのか?


「お腹が空いたでしょ? きっと、お腹が空いてイライラしているのよ」


 そう言われれば、確かにお腹が空いているような気がする。


「もうすぐお昼だから、リンゴを剥きましょうね」


 母親は嬉しそうに台所へ消えて行った。


(あれはお母さんじゃない。最強最悪のババアじゃない。
じゃぁ、何? ……分からない)


 パジャマのままソファーに座る。


(そうだ、最強ババアなら、パジャマのままなんて許さなかった。
今日は、このまま居てみよう。さすがに怒るよね、きっと)


 美咲は、母がいつ以前の母に戻るか、興味があったのだ。

 人間がそんなに長い事。演技を続けられるわけが無いし、変わるわけも無い。


(いくら理想の母親でも、人にアンケートを送りつけて、聞き出すなんて最低な事をしておいて、笑顔を振り
まかれたって、許せないよ)


 自分の勝手な態度を棚に上げて、美咲は怒っていた。

 怒りながらも、母が剥いたリンゴを、美味しそうに食べ始めた。

 母は笑顔のまま、リンゴを剥いた果物ナイフを眺めていた……。

第二話(7)


 その日は終日パジャマで過ごした。

 それでも母親は何も言わなかった。それどころか、平日の昼間に美咲がいることを楽しんでいるようだった。


 父親が帰ってくると、美咲の姿を見て眉根を寄せ


「だらしがない!着替えてきなさい!」


 と怒っていたが、それでも母は笑顔だった。

 夕食の間母は笑顔、そんな母を見て父も笑顔だった。

 ただ違うのは、優しくなった母とは反対に、父が口うるさくなった事だ。

 食事が終わり、母が片づけを始めると、父が美咲に片づけを手伝うように命令してきた。

 今までこんな事は無かった事だ。

 美咲が口答えすると、父は烈火の如く怒った。

 そんな父親と美咲のやり取りを聞いていた母は、笑顔だった。

 まるで、何事も無いかの様に穏やかだ。



 口うるさい父から逃げる様に自室に篭り、ベッドに転がりながら、ケイタイを眺めていた。

 眺めながら、あのアンケートが本当に母からのものだったのか、疑問を感じ始めていた。


(あんなに優しいお母さんが、そんな卑劣な事をするだろうか?)


 そして、父親の変身ぶりも気に入らなかった。


(今までは小言一つ言わなかったのに、何よ!!)


 ケイタイが鳴る。

 小枝からだ。


『今何してる?』


 高校生のメールは、『今何してる?』から始まる事が多いようだ。


『転がってるよ』

『ベッド?』

『うん』

『お母さんはどう?』

『優しいよ』

『いいね~ 相変わらず優しいんだ。続くね』

『そうだね。でも、さすがに今日は参ったね』

『何が?』

『学校。休む事になっちゃったよwww』

『そうだね。でも、怒られないんでしょ』

『お母さんにはね。逆に私がいて嬉しそうだったよ』

『文句ないじゃないか』

『お父さんがね~』

『お父さん?』

『怒りっぽくなったよ』

『そりゃ、仕方ないよ』

『どうして』

『両親が揃って優しいなんて事無いさ』

『あって欲しい』

『無理だ』

『でも、あれはマジうざい!』

『そんなに?』

『かなりね』


 しばらく返信が途絶えたと思ったら、次のメールは


『お風呂入ってくる』

(急に変わるね)


 小枝はいつも急に内容が変わる。

 勿論、小枝だけの事ではない。

 高校生の頭の中はどうなっているのか、ころころと話が変わる。


『はいよ~』

『出てきたら、又メールするよ』

『うん、私もお風呂入るよ』


 メールはそこで終わった。

 返信はない。


(本当に…お父さん、ウザイよ。又、あのアンケート来ないかなぁ)


 ケイタイを眺めながら、アンケートのことを思い出していた。

 あのアンケートに答えた翌日から、母親は変身したのだ。

 それが演技であろうと無かろうと、もうどうでも良かった。

 とにかく優しく綺麗な母が、今の母親の姿なのだ。


(アンケートが来てお父さんが変わったら、天国だよ。
理想の父と理想の母! 友達みんなが羨ましがるよ。
まぁ、無理だろうけどね。あれが、お母さんが送ってきたメールだとしたら、次は無いだろうし)


 そんな事をぼんやりと考えていたところに、ケイタイが鳴った。


(小枝? 早いなぁ…)


 いや、違う!

 この着信音は小枝ではない。

 美咲はケイタイを眺めた。


(これ、設定してない曲。
そうだ!アンケートが流れてきた時も、この曲だった!)


 美咲は急いでケイタイを開いた。



【新着メール】が届いている。


(やっぱり、メールだ!)


 受信箱を開く。

 送信者不明のメール。

 美咲は躊躇する事無く、メールを開いた。



『アンケートに答えて、豪華ハッピーを手に入れよう!』



 とある。


(あの時のアンケートだ! ラッキー!これで豪華ハッピーだよ!)


 美咲は、確かに豪華ハッピーが手に入るアンケート画面をスクロールさせていった。


『このアンケートは、あなた様だけにお送りする、豪華ハッピー付きです』

(そうだよね。私だけよ!)

『アンケートに答えて、豪華ハッピーを手に入れてください』

(分かってる!本当に豪華ハッピーを手に入れたわよ!)

『アンケート回答後、送信ボタンを押して完了となります』



 設問が始まる。

 質問1 『あなたのお母さんは優しいですか?』

【YES】or【NO】

(勿論、YESよ!)

 質問2 『あなたは、豪華ハッピーを手に入れましたか?』

YES!

 質問3 『今と、前のお母さんとどちらがよろしいですか?』自由にお書きください。

(どっちって……前はうるさくて……何をしても怒られて、喧嘩になって……
着てる物だって、スエットで……
髪もぼさぼさで
化粧もしてなくて、友達に合わせるのが恥ずかしくて
料理もちゃんとしないし、いつもレトルトばっかりで……)


 出てくるのは、悪いイメージしかない。


(今のお母さんは優しくて、綺麗で、料理が上手で、笑ってて
ちょっと弱々し気だけど、いやいや、はかなげって言うのかな
それが又いい感じで……
料理も上手で…何を作っても美味しくて
やっぱり、前のお母さんなんて嫌だよ!)

 質問4 『以前のお母さんに戻ったらどうしますか?』自由にお書きください。

(どうしますかって…死ねって感じだよ)

 質問5 『今のあなたに不満はありますか?』自由にお書きください。

(来たよ~ 来た来た!この質問を待ってたのよぉ!
書くわよ!書く書く! 書かずにおかないってば!
自由なんだよね。何を書いてもいいわけでしょ!
まずは……不満は父親……で、何でかって言うと……)

 美咲は父親の悪い所を並べ上げ、最後に『口うるさい父親は要らない、優しくない父親なら、死んで欲しい!』と付け加えると。


「送~信!!」


 と勢い良く、送信ボタンを押した。

 画面に【データ送信完了】の文字がでる。



(これだけ書けば、お父さんも優しくなるよ)


 と、にやりとした。


(あれ? それにしても、誰がこのアンケートを送ってきたんだろう?
お母さん? 何のために?
確認?今のやり方でいいのかって?
だとしたら、お父さんにも見せるよね
そうじゃなくちゃ、書いた意味が無いよ
うーん……何でもいいか
これで、豪華ハッピーよ!
明日の朝には、お父さんも優しくなってるよ!)


 美咲はケイタイを眺めて、ニッコリと微笑んだ。

最終話

 朝日が美咲の部屋のカーテン越しに射し込む。

 心なしか、小鳥のさえずりさえ、かすかに聞こえてくるようだ。

 間もなく、美咲のケイタイのアラームが鳴り出す。

 深夜遅くまでメールをしていたのに、さわやかに目が覚めた。

 体が軽い。

 気分が落ち着いている。

 これで、全てハッピーになれる、そんな想いが美咲を支配していた。

 鏡に映る自分自身を見て、笑顔が溢れる。

 髪をとかし、私服に着替える。

 階下へと階段を下りるのも楽しい。



 ダイニングに入ると、父と母が楽しそうに笑っている。

 休日の朝だというのに、家族みんなが早起きだ。

 父が優しく美咲に声を掛けてきた。


「休日だっていうのに早起きだね」

「目が覚めちゃったの」


 美咲はニッコリと微笑んだ。

 母が美咲に笑いかける。

 美咲も母に笑いかける。

 豪華ハッピーの始まりだ。


 夕方、父が「散歩に行って来るよ」と家を出て行った。

「いってらっしゃい」と優しい笑顔の母。

「いってらっしゃい」と元気に声を掛ける美咲。

 父は気分が良かった。

 家から離れると、ケイタイを取り出しボタンを押す。

 何度も掛けている番号だ。頭の中に記憶している番号。

 決して、登録はしない…番号。


 間もなく相手が出た。

 儀礼的なやり取りがあり、相手が状態を聞いてきた。


『いかがですか、お嬢さんは?』

『いやー、素晴らしいですな。昨日の今日で、あんなに優しい子に変わるとは』

『そうでしょうとも』

『妻の時も驚きましたが、あれだけ我がまま放題になってしまって、妻が歯止めだった事に気が付いた時
は、もうどうしていいか分かりませんでしたよ』

『みなさんそうおっしゃいます。最初は、奥様だけを何とかしたい。優しい妻になるのならと、ところが奥様が優しくなるとお子さんがいう事を聞かなくなる』

『そうなんです。真に、その通りでした!
しかし、あのアンケートにあんな回答を出してくるとは…怖いものですな』

『そうやって、みなさんお子様もとお考えになられます』

『あれじゃぁ…それにしても、素晴らしい限りです。どうやってあんな風に、一晩で変えることが出来るのか、教えて欲しいものですよ』

『お客様、さすがにそれは企業秘密ですから。
ただ、われわれ研究者も同じ人間です。最初は優しかった妻も、年月が経てば変わりますから、何とかして…と考えるのも、当然でしょう。
それが、こういう形になった。われわれの幸せを皆さんにお分けしている次第です』


 相手は電話越しに笑った。

 当然の事だと言わんばかりに。


『そうですな。人間誰でも思うことか…これだけハッピーになれるのだから、100万なんて安いものですなぁ』

『ありがとうございます。それでは又、御用がございましたら、いつでもお電話ください』

『ありがとう。それじゃぁ、又』


 父は晴れやかな顔で電話を切った。

 空が高く感じる。

 父は踵を返すと、家へと歩き出した。



 あちこちの家から、家族の明るい笑い声が聞こえてきた。

RISOU

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
当初は、両親が殺しあうようなストーリーを考えていたのですが、どうもありきたりだなって思いまして^^;
平和的に、お父さんが黒幕だったということにしました。
世のお父さんは、お母さんが昔の若い頃の優しくて可愛かった奥さんに戻って欲しいけど、娘はどう思っているんだろうって(笑)
そんなところから、ラストを変えちゃいました。
どうでしたか?

ちょっと、軽いラストすぎたかな^^;

RISOU

高校一年生の美咲は、口うるさい母親を『うざイ』と思っていた。 靴の脱ぎ方から文句を言われる日常に、ため息が出る。そんな時、一通のジャンクメールが届いた。 暇つぶしにメールを開くと、どこにでもありそうなジャンクメールだった。ただ違っていたのは『アンケートに答えて、豪華ハッピーを手に入れよう』というもの。「アンケートに答えるだけで、豪華ハッピーがもらえるって、なにそれ?」ということで、早速アンケートに答えてみたら……。

  • 小説
  • 短編
  • ミステリー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-16

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 第一話(1)
  2. 第一話(2)
  3. 第二話(1)
  4. 第二話(2)
  5. 第二話(3)
  6. 第二話(4)
  7. 第二話(5)
  8. 第二話(6)
  9. 第二話(7)
  10. 最終話