お迎えにあがりました

睡眠は人間にとって大事な行為の一つだ。
三大欲求の一つに数えられるほどのその行為が、毎晩のように乱される。
それがいかに不快なものであるかは想像に難くないであろう。
何故自分がこんな目に合わないといけないのか。
全く持って意味が分からない。

人には五感という基本的な感覚が備わっているが、それとは別に第六感と呼ばれる超常的な、およそ説明のつかない不可思議な感覚を身に着けている人間が世の中には少なからず存在している。
その感覚は霊感と表現される事もある。死んだ人間を感じる感覚。
何の為に備わるのだろうか。
生きる上で必要かと言われれば、そんな事はない。むしろ不要だ。
しかしそんな感覚にひょっとしたら僕は魅入られてしまったのかもしれない。
連日続くこの金縛りと呼ばれる鎖が、そう思わせた。

今の今までそんなものにかかった事など一度もなかったのだ。
なのに花粉症のように急に発症したかと思えばかれこれ一週間も連続で縛り上げられている。

初めてかかった時の衝撃と恐怖は今でも鮮明に思い出せる。
急に体が目覚めたかと思えば、微塵も筋組織を操る事が出来ず声もあげれない。
全身を隈なく封じられた挙句、抗う事も出来ずに沼に引きずり込まれていくかのような絶望的な恐怖。
自分の肉体なのにこんなにも自由がきかないものかと唖然したものだ。

しかしそれがここまで続くとなれば別物だ。
恐怖よりもうんざりといった具合だ。
寝れば、縛られる。
そうリンクされてしまった今就寝タイムは何とも気の重いものになってしまった。
布団をかぶって目をつぶっている今も、次に目覚めた瞬間にまた体が動かない様を想像しネガティブになっていた。

早く寝なければ。
そう思えば思うほどに寝られないものだ。
現代人の約八割がなんらかの睡眠障害を抱えていると言われている。
ほとんどの人間が安穏たる快適な睡眠を得られていないのだ。
寝るという行為も簡単なものではない。

だから快眠を成す為に人は試行錯誤する。
枕を変えてみたり、睡眠を促す音波を流してみたり。
僕、宮木良太(みやぎりょうた)がその中で取り入れたのは音楽だ。
耳にすっぽりとイヤホンを差し込み、お気に入りの音楽を流し続ける。
五月蠅くて眠れないのではないかと思われるかもしれないが、これが一番効果的だった。
音楽に身を任せていればいつの間にか眠りにつける。
しかし、今となってはその手段も使う事にもためらいを感じる。
なにせ、寝れば金縛りが待っているのだから。

だがそんな事を言ってもいられない。
眠らなければ明日の生活にも響いてしまう。
そして今夜も覚悟を決め、耳元に音楽を注ぎ込んだ。




今は何時だろうか。
少し首を傾ければ壁にかかった時計を確認出来るのだが、そんな容易い動きすら許されない。
今夜も始まったのだ。
指先に力を入れてみる。動かない。動こうという意思が空回りするだけで、実際には1mmも動けていない。

(結局今日もか。)

いい加減嫌になる。
しかし、やはり慣れない。正直言っていまだに怖さを感じる。
一昔前までは、この金縛りという現象も心霊現象の類とされてきた。
しかし近年になって肉体的疲労や精神状態によって引き起こされるものだという科学的説明がつくものだという見解が広まっている。
ただし、全てに説明がついているわけでもない。
急な運動を行ったことも、精神的にぐらつきがあるわけでもない。
何かの意思が働いているとどうしても考えてしまう。

きーんと耳鳴りが始まり、聴覚までもが支配され始める。
気付けばイヤホンは両耳とも外れている。
いつもの事だが、不快極まりない。
だが、ここからが違った。

その異変は初めごく僅かな空気の違いだった。
気配だ。遥か遠くに、何かがいる。
それも大量に。
それだけではない。何故かわかる。
こっちに向かっている。

恐怖が増長していく。体が小刻みに震えはじめる。
どんどんとこちらへ近づいてくる。
すると頭の中にイメージが飛び込んできた。
黒の世界に、灰色の軍隊が行進してくる様が。
灰色の軍勢は人をかたどっているが、シルエットだけでそれ以上の情報はない。
何の感情も持ち合わせない者達。

そして唐突にイメージが自分の部屋を描き出す。
なんだと思ったその刹那、窓の外から軍勢が部屋の中を横断し始めた。
大量の気配が自分のそばを過ぎ去っていく。
これは一体なんだ。こいつらは何者だ。
ひっきりなしに過ぎ去っていく灰色達の行進は止まらない。
ただただ早く過ぎ去れと願うばかりだった。

そんな中、感覚が違和感を捉えた。
違和感というよりは確信めいたもの。
灰色達は僕の事に気付いていないのか、はたまた興味がないだけなのかそのまますり抜けていくだけだ。
だがそんな中、ぽつんと佇んでいる一人の存在が際立っている事に気が付いた。
そして、彼女だけがはっきりと自分に気付いている事だけは分かった。
明確な意思を感じた。
ゆったりとこちらに近付いてくる。

まずい。
頭が危険信号を鳴らし始める。
早く金縛りを解かなければ。

必死で全身に力を込める。しかし上手く力が流れず、虚しくただそこに寝そべっているだけの状態は何一つ変わらない。

(動け。動けよ!)

彼女との距離がどんどん縮まる。
駄目だ。
せめて、声が出れば。
声帯に全神経と力を集中させる。

「…っ…!!」

結果は変わらない。
息すら満足に吐けているのか自信が持てない。
もう彼女はすぐそこまできている。
一声。たった一声出せれば、この状況を打破出来るはずだ。
根拠のない一縷の望みも虚しく、自分の声を耳にする事は叶わない。

ふっと、彼女の存在が消えた。
それと同時に、あの大量の灰色達も消えている事に気が付いた。
終わった?
ふいに訪れた安堵。
全身の力が抜け、震えもおさまる。
だが、いまだに金縛りは解けていなかった。


はぁー。


なんだよ。
終わったんじゃないのか。
鳥肌にまみれ、全身の毛が逆立つ。
自分の左耳が捉えた感触は、彼女の生暖かい吐息だった。
悲鳴をあげれればどんなに楽か。
恐怖を外に吐き出せない歯がゆさとむずがゆさは、内容された恐怖心を一気に肥大させていく。
恐怖はピークに達していた。

(消えろ消えろ消えろ消えろ!)

ただただ、もうそう願う事しか出来なかった。
そして彼女は、ぽつりとつぶやいた。


「ひろ子じゃない。」


彼女はそう言い残し消えていった。
金縛りは解け、自由が訪れた。


人違いかよ。

お迎えにあがりました

お迎えにあがりました

毎晩金縛りに悩まされる良太。 いい加減うんざり感じていたその夜の金縛りはいつもとは何かが違った。 実体験です。

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-15

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