おしっこ王子とうんこ大王(7)
七 デザート
しばらくすると、
「ハヤテ、ドーナツがあるぞ」
お父さんの声だ。お父さんは、いつも飲み会の時に、お土産を買ってくる。そのうち、九十パーセントの確率でドーナツだ。今日は、飲み会じゃない。お父さんは早くから帰ってきていた。どうした風の吹きまわしか。でも、僕には、そんなことは関係ない。大好物のドーナツが食べられれば、それでいい。
「すぐ、下に降りるよ」
済ませた宿題のプリントや明日の授業の教科書などをカバンに詰め込んだ。今から、夜の休憩タイムだ。本棚から、これまた大好きなマンガのコミックを一冊取り出すと、リビングに向かった。部屋には、コーヒーの匂いが漂っている。皿の上には、黒やピンク、黄色い砂糖の粒をまぶした色とりどりのドーナツが並べられていた。その傍には、オレンジジュース。テーブルの上は、まるで虹の輪が集合したみたいだ。
「いっただきまあす」
ドーナツをひとつ掴むと、ソファーに座る。本当は、寝転がりたいのだけれど、さっき行儀が悪いと注意されたからやめた。ひと口、ほうばる。美味しい。でも、少し、口の中がぱさぱさする。ソファーの傍に置いたジュースに手を伸ばす。甘味に、甘味が乗っかかる。甘味の二重の塔。あまあまだ。幸せも二倍、二倍。これで、一日の頭や体の疲れもふっとぶ。僕よ、僕の頭よ、僕の体よ、堪能してくれ!だけど、ひと口飲んだところで、今朝のおしっこ王子の言葉を思い出した。「夜、遅くに、オレンジジュースを飲みすぎちゃいけないよ」だったっけ。おしっこ王子の言葉は、僕の言葉だ。オレンジジュースから、牛乳に変え、最後の一杯は、麦茶を飲んだ。でも、やっぱり、三杯は空にした。まあ、いいか。明日の朝、おしっこ王子に謝ろう。
「やっぱりきたか」
「待ってました」
「準備万端です」
「すぐに消化活動に取り掛かります」
固体と液体の家来たちは、先ほどのおなら姉妹との壮絶な戦いの疲れも何ともとせず、早速、消化活動に備え、道具を構え始めた。時間はそんなにかからず、栄養素と老廃物と分け、栄養素を吸収し、老廃物は廃棄口に放り込んだ。老廃物のタンクの蓋をゆっくりと持ち上げ、中を確認する。おなら姉妹がもどってきやしないかと少し心配だったからだ。でも、中は空洞だ。持ち場の担当者は、安心して、ドーナツのかすを放り込んだ。また、オレンジジュースと牛乳と麦茶から、栄養分を吸収し、余分な水分を取り除いた。
「これで、ようやく一日が終わったな」
大王は、一日中、立ちっぱなしだったことを思い出した。
「お疲れさま」
「お疲れさま」
家来たちは、お互いに、今日一日の健闘を讃え合った。
「よし、今日は、無事業務終了だ。みんな、ゆっくりと休んでくれ。ただし、主人が、喉が乾いて、水を飲むかもしれないから、リキッド班を中心に、夜勤体制を組んでくれ。よろしく」
「はい、わかりました、大王。私から、リキッド班に指示します」
おしっこ王子は、自分の家来たちを集めると、当番表に基づいて、見張りを立てた。
「また、明日も頑張ろう」
「おー」
残りの家来たちは、それぞれ、自分の寝場所に戻って行った。自分たちと主の明日の成長を夢見て。
「おやすみなさい」
僕は、ドーナツを堪能した後、歯を磨き、お父さんやお母さんに挨拶をすると、ベッドに潜り込んだ。手には、さっきのコミックの本。まだ続きがある。でも、ふとんの中にはいると、目にまぶたのふとんが覆いかぶさってきた。このふとんは、少し重すぎる。普通のふとんじゃない。めくり上げようにも、ひっついて離れない。もう、駄目だ。まあ、いい。今日は、このへんにしておいてやろう。訳のわからないことを、漫画の本に語り掛ける。まくらに頭を乗せたまま、足を延ばす。体を起こし、かかとのところの敷布団のシーツに鉛筆でうっすらと線を引く。昨日と同じ場所だ。でも、一年前よりも、五センチは伸びている。成長している証拠だ。明日も、もっと食べて、もっと飲んで、大きくなるぞ。そのためにも、お腹さん、よろしく。僕は、お腹を撫でながら、眠りについた。
おしっこ王子とうんこ大王(7)