蘇る太陽
登場人物 ・岡倉浩一・・・この小説の主人公。日本の裏社会で活躍する殺し屋の五本指には入るという実力者。 神戸で大手ブラック企業の社長、松田を殺すように依頼されるが、裏切りにあい負傷、東京行きの夜行列車の中で知り合った少女、明子に介抱してもらうがいつまでもくっついてくる彼女を厄介払いしようとしている。 しかし自分のせいで明子も狙われていることを知ると、彼女を守るべく闘いに出る。
・長山明子・・・東京都立の高校に通う17歳の高校生。明るい性格とその美貌で、誰とでも仲良くなれる。一人神戸に旅行に出た帰り、夜行列車の中で出会い、介抱した岡倉に一目惚れし行動を共にする。 またその出生に知られ秘密が・・・
・二階堂春樹・・・岡倉同様、五本指に入る殺し屋で普段は探偵を装い情報の収集を行っている。 岡倉の依頼人、神崎に岡倉を消すように依頼されるが、明子の存在を知り岡倉に協力する。
・神崎直人・・・岡倉に松田殺しを依頼した大手ブラック企業社長。 明子の出生の秘密を知っていて、自分に不利な情報を持つものをことごとく消そうとする。
・鼠・・・神崎が岡倉を消すために雇ったもう一人の殺し屋。 金髪のオールバックに高く突き出た頬骨を持つ「虚空坊」と「石原達也」の中間のような顔立ち、素早い動作とナイフ技が持ち前。 あまり喋らず、いつもどことなくニヤついている。乞食のような格好でショッピングセンターに張り込み、エレベーター内で岡倉と死闘を繰り広げる。
・長山和典・・・明子の父親を名乗る男。 岡倉に対して不信感と不満を抱いている。 彼もまた、明子の出生の秘密を知る一人。
序章 出会い
真っ暗な夜道を今東京に向かって夜行列車が走っている。三両目の列車に乗っている岡倉浩一は、撃ち抜かれた肩の痛みと眠気に襲われていた。 ポケットに無造作に突っ込まれた白かったハンカチは、血に染められて赤くなっている。 裏切り者がいたのだ。 神戸での仕事の時、彼を裏切れたのは依頼人の神崎だけだ。 しかし、なぜ? そんなことを考えていると、何者かが岡倉の前に座った。 とっさに刺客ではないかと睨んだ岡倉は、思わず服の下のガン・ホルスターに手をかけたが、それは刺客ではなく、一人の少女だった。 短めの黒い髪を持ち、澄んだ目を持った、17前後の少女で、きちっと帯をしめたセーラー服姿で軽く腰掛け、熱心に赤川次郎の「晴れときどき殺人」を読んでいる。 そんな彼女の姿を見ていると、いつもは小説など手にも取らないような岡倉も妙に小説が読みたくなり、ふと傍らの小さな鞄の中を探ると、驚くことに横溝正史の「犬神家の一族」が入っているではないか。 やった! 内心ガッツポーズをとっている岡倉は、いそいそと小説を取り出し、読み始めた。 しかし普段慣れぬ作業をやるというのは予想以上に難しく、開いてから20分足らずで、岡倉の飽き度は限界に達していた。 「好きなんですか?推理小説。」 そんなときふと誰かが岡倉に声をかけた。 ハッとして声のする方を見ると、それは合席の少女だった。 澄んだ目をいっそう輝かせ、岡倉の答えを待っている。 「いや、特別というわけでは無いんだが、なんだか君のことを見てたら、読みたくなってね。」 突然のことに岡倉がドギマギしながら言う。 「私、結城明子って名前なんです。 変な名前でしょ? あなたは?」 少女、明子が言った。 「俺は岡倉浩一。 ありがちな名前だろ?」 岡倉がそう笑いながら言った時、ふと彼が肩を押さえた。 撃たれた傷が痛んだのだ。 「大丈夫ですか? まあ。」 傷口を見た明子は、思わず口を押さえた。 「ちょっと待っててください。 今手当てしますから。」 そう言って明子は鞄からガーゼを取り出すと、岡倉の傷口に当てて血を止めると、消毒をし、包帯を巻く。 「これで大丈夫。 あなた、職業は?」明子の眼が、こころなしにか疑いを持った眼になる。 「俺は・・・掃除屋だ。」 「掃除屋・・・ やっぱり・・・」 二人の間に沈黙が起こる。 「え~ 列車は間もなく東京に入ります。」 二人を割くように、アナウンスが入った。
一章 同業者
岡倉が駅に降りると、人をかき分けるようにして明子も降りてきた。 「色々とお世話になったね。」岡倉が言う。 「ううん。 いいんです。 気にしないでください。」 明子が答える。 そして岡倉は西へ、明子は東へ歩きだしたその時だった。 人の群れの中から、一人の男が離脱した。 ベージュ色のトレンチ・コートを羽織り、同色のツマミ帽の男は、サングラス越しに岡倉を睨みつけると、コートからコルトの銃口を覗かせ狙いを定めた。 パシュンッ 弾は岡倉には命中しなかった。 銃口には消音器がつけられていたため周囲の人間は気付かなかったが、プロである岡倉の耳は、サイレンサーの小さな音も聞き洩らさなかったのだ。 コートの男は何事もなかったように銃をしまうと、また人ごみの中に紛れ込んでいった。 一方岡倉も、いっそ警戒を強め、歩き出した。
岡倉は事前に借り入れておいたアパートに入ると、荷物類をまとめ、銃の手入れに入った。 果たしてあの銃声は自分を狙ったものなのか? あの駅にいると言うことは、電車に乗っていたということである。 そうなると、神戸からついてきた刺客だろうか? 岡倉はゆっくりと記憶を呼び戻し、車内の人間の顔を思い出した。 そう言えば、自分の後ろ、三番目に座っていた男、探偵風のトレンチコートを着て、ベージュのカウボーイハットを深々と被り、眠ったように動かない男。 その男の目は、鋭く爛々と輝く、殺しの眼であったのだ。 奴に違いない。 しかし岡倉は、長くこの世界に居るがそんな男は見たこともないし、もちろん名前も知らなかった。 そんなことを考えながら、岡倉は台所へ行くと、氷をたくさん入れたコップにウィスキーを注ぐと、グイッと一杯飲み干す。 カーッと胸が熱くなるのを感じながら、岡倉はベッドに横になると、ウトウトと眠りこんでしまった。
どれくらい寝たのだろうか? 彼は耳元でけたましく鳴り響く携帯電話の音で目を覚ました。 見ると、電話の画面には見慣れない番号と、非通知の文字がある。 恐る恐る電話に出ると、電話口から低い男の声が聞こえた。 「お目覚めかな? 酒臭いぞ。」 岡倉はぞっとした。 もちろん電話口で臭いが分かるはずがない。 相手はどこかから彼を見ているのだ。 岡倉はそっと手を伸ばすと、ピストルを手に取って明りを消す。 「電気なんか消してもムダだぜ。 俺の眼は万物を見る目だ。 豹の眼だぜ。 試しにお前さんの銃を当ててやろう。 ワルサーPKK、護身用ピストルだな?」 なんと、相手は暗闇にまぎれた黒いピストルの名前を、ピタリと言い当てたのだ。 「おい、誰だか知らねえが、冗談はよせよ。 お前さんのトリックは分かってるんだぜ。 アンタが居るのはここから数メートル離れた丘の上だな。 そこからアンタは赤外線双眼鏡で豹の眼を演じた。 試しにここのカーテンを引いてみようか?」
なるほど、岡倉のいる四階の部屋がくっきりと見える丘の上に、人影が見える。 岡倉がカーテンを引いく。 「どうだね。 俺の姿がめっきり見えないだろ? そろそろ降参しろよ。」 岡倉の声に相手が少し間を開ける。 「ははは、さすがは裏社会の五本指だぜ。 同じ五本指として恥ずかしいばかりだな。」 五本指と言う言葉に、岡倉がハッと構える。 「お前、誰なんだ?」 「おい、アンタらしくない台詞だな。 俺はな、お前さんを殺すためにわざわざ神戸から上京した殺し屋さ。 また近いうちにアンタの前に顔を見せに行くから、用心してるんだな。」 そうとだけ言うと、相手は電話を切ってしまった。
電話が切れた後、岡倉の頭の中を、あの男の「裏社会の五本指」と言う言葉が駆け巡った。 果たして、数少ないエリート殺し屋の中の、相手はいったい誰なのか?
二章 デイト
翌日、岡倉を起こしたのは電話の着信音ではなく、外で鳴る呼び鈴の音だった。 さっとベッドから起き上がった岡倉は、肩に掛けたガン・ホルダーから銃を抜き取ると、ドアに近づき、覗き穴から外を覗き、驚いた。 どう調べ上げたのか、明子が少し恥ずかしそうにドアの前に立っているのだ。 「はい。」 岡倉が声を掛ける。 「あ、明子です。 岡倉さん、お暇?」 岡倉は明子の声の調子から、脅されている様子がない事を確かめると、ドアを開け、明子を中に入れた。
それから数時間後、明子と岡倉は遊園地の観覧車のゴンドラに居た。 「じゃあ君は、一人なのかい?」 「ええ、お父さんもお母さんも早くに他界して、育ての親だった祖母も、二ヶ月前に他界したので。 今は祖母の残してくれた財産で、何とかやりくりしてます。」 「そうか、大変だね。 でも、どうして俺の家の住所がわかったんだい?」 岡倉の質問に、少し明子が口を紡いだのを、岡倉は少し不審に思った。 「もしかして、見知らぬ男じゃないのか?」 岡倉の声に、明子が小さく頷く。 「だめだ、俺に着いていちゃだめだ。」 岡倉は昨日の話を思い出して、出来るだけ冷たく言う。 「なんで、何がダメなんですか?」と明子。 「だめなんだよ、俺といちゃ。 俺と居ると、君まで危険にさらすことになるかも知れ・・・」 そこまで言って岡倉ははっとした。しかし明子は、すでにすべてを悟っていた。 「狙われているんですね。 岡倉さん。 でも、私、岡倉さんとなら・・・」 そこまで聞いていた岡倉は、たまらなくなって、思わず怒鳴り声になる。 「何を勘違いしているんだ。 俺なんかに構わないでくれ、いいな!」 そう言ってしまってから岡倉は、心の底から「後悔」という感情が湧きでて来た。 気付くと、明子は泣いていた。 ゴンドラの端に体を小さくうづくめ、しくしくと泣き声を上げているのだ。 岡倉は心が引き裂けるような衝動に駆られ、彼女を慰めようと声を掛けるが、口から出て来たのは、驚くような感情とは正反対のひどい言葉だった。 「何泣いてるんだ。 そうか、泣きたいなら泣けよ、もっと泣け。」 ゴンドラはもう地上に近づいていた。
やがてゴンドラが地上に着くと、明子は岡倉を押しのけ、あふれる涙をこらえながら、どこかへ走って行ってしまった。
残された岡倉は、一人ゴンドラから降り、そんな明子の後姿を見送るほかなかった。 と、岡倉の胸のポケットで携帯電話が鳴り響いた。 見ると、昨夜岡倉を起こした、あの電話番号である。 恐る恐る岡倉が電話に出ると、あの憎い声が聞こえて来た。 「やあ、岡倉君。 すっかりあの子を怒らせてしまったようだね。」 「貴様、どこに居るんだ。」 「俺かい? 俺はいま目が回りそうで大変なんだ。 あまり長電話はしたくないんでね。 あばよ。」 そう言って男は電話を切ってしまったが、岡倉にはもう男がどこに居るか分かったらしく、ぱっと「マグ・カップ」の方を見る。 人気の少ないマグ・カップに一人、帽子を目深にかぶり、トレンチを着た男が居る。 あの男に違いない。 岡倉がその男の方に一歩近づくと、男はとっととカップを降り、暗闇に姿を消してしまった。
三章 探偵殺し屋
アパートに戻った岡倉は玄関のポストに置き手紙があることに気付いた。 差出人を見ると、明子からだった。 さっそく中には行って封を切ってみると、手紙には以下のようなことが書いてあった。 「岡倉さんへ 先日はどうもすみませんでした。 あまり年上の人とお付き合いしたことがなく、つい気が動転してしまっていて、本当にすみません。 もし岡倉さんさえ良ければ、来週の土曜日にバレーの試合があるので、観戦に来てください。 場所は中央体育館、時間は朝九時からです。 明子」 岡倉はその手紙を丁寧に折りたたむと、机の引出しにしまい込んだ。
時は過ぎて土曜日、岡倉は中央体育館の二階通路から、バレーボールの試合を観戦していた。 明子はなかなか強いらしく、仲間にも的確な指示を出している。 岡倉がプレーを見ながら思わず頷いた時、ポケットに入れておいた携帯のバイブが鳴った。 見ると、またあの男からだ。 「おい、何の用だ。」 岡倉が電話口で言う。 「そうかっかせず、前を見ろよ。」 ハッとして前を見ると、反対側の通路に、昨日会った探偵風の男が、電話を片手にニタニタと笑っている。 「やっとわかったようだな。 今そっちに行くよ。 心配するな、丸腰だ。」 そう言って電話が切れてから約二分して、男は岡倉の隣に居た。 「おい、禁煙だぜ。」 横に居るトレンチの男が煙草を出すと、岡倉が注意する。 「話に聞いていた通り、堅いな。」 そう言って男が煙草をしまう。 「確かこの国の殺し界の五本指には、探偵のような身なりで情報を収集する凄腕が一人いるって聞いたが、それがあんたか?」 岡倉が聞く。 「凄腕はちと言いすぎだが、確かに俺だよ。」 「名をまだ聞いてなかったな。」 「俺は二階堂春樹、変わった名前だろ?」 「ふん、で、お前さんが何で丸腰でここに来た。」 「アンタとじっくり話をするためだよ。 俺も初めはアンタをやるように神戸からよこされた。 でもな、あの電車の中で、あの小娘を見て気が変わったんだ。」そう言って二階堂が明子を顎で示す。 「煙草が吸いてえや。 ここじゃなんだし、外へでねえか?」 そう言って二階堂が一歩先導を切ったので、岡倉もそれに続く。 そんな様子を、試合中の明子は不思議そうに見つめていた。
「やっぱり外はいいな。 せいせいするぜ。」 外で一服つけた二階堂が言う。 「でもお前さん、裏切ったらヤバイんじゃないのか。」 「そうかもな。」 岡倉の忠告にも、至って二階堂は余裕の様子だ。 「もしそうだとしても、ヘボな刺客に消されるような俺じゃ、今頃こんなとこに居ないさ。」 そう言って二階堂は大きな欠伸をする。 「もう一つお前を逃がしたのにはな、理由があるんだ。 あの小娘、本人は知らんようだが大きな秘密を握っているらしくてな。」「なに、秘密?」 「まだ詳しい事は言えねえがな、調べる価値はあるぜ。」 二階堂はそう言うといきなり立ち上がり、背伸びする。 「そんじゃ俺は仕事があるから、またな。」 そう言って二階堂は手を振りながらどこかへ行ってしまった。 それとほぼ同時に、試合を終えた明子が戻って来た。 「やあ、来てくれたんだ。 今の人は?」 明子が聞く。 「ああ、あれか。 あれは俺の友達だよ。 古い友達。」 二階堂の歩いて行った道を見つめながら、岡倉がぼそっと言った。
四章 父親
その日、岡倉と明子はデイトへ出掛けていた。 岡倉は車の助手席に明子を乗せ、特別な日の祝いとして洋服屋に行き、明子に好きな服を選ばせる。 明子が選んだのは白のブラウスに緑のスカート、それに白のパンプスで彼女に良く似合っている。 岡倉は家に行く前に、少し寄りたいところがあると言って明子をある別荘に案内した。 小さな木造の別荘は、東京の風景の中に以外にも馴染んでいる。 「これは俺からのプレゼントだ。 何か嫌なことがったら、いつでもここに来るといい。」 そう言って岡倉は、明子に小さな金の鍵を握らせる。 「ありがとう。」 明子は小さな鍵をじっと見つめると、大事そうにポケットにしまった。
明子の家に着いた岡倉は、強引な彼女の誘いでコーヒーを飲んでいた。 「申し訳ないね。」 岡倉が少し照れて言う。 「ううん、いいんです。 あれだけいろんなものを買ってもらっちゃって、これくらいのお礼はしなくちゃ。」 コーヒーを飲み終わり、岡倉が長山家を後にしようとしたその時、チャイムが鳴った。 さっと二人の動きが止まる。 カメラを見ると、見知らぬ中年の男が、苛立っているようにしきりにチャイムを押している。 岡倉は明子の方に人差し指を立て、「シーっ」の合図を送ると、拳銃片手にドアを勢いよく開けた。 「明子、居るだろ。 今すぐに会いたいんだが。」 男はそういて岡倉を押し抜け、明子の元に近づくと、いきなり頬を殴った。 「何しやがんだ。」 すかさず岡倉が男の胸倉をつかんで怒鳴る。 「君こそ何だね。 私はこの子の父親だぞ。」 その言葉を聞いて岡倉が唖然としているときに、男が彼の手を払う。 その時、二人を押し抜けるように明子が走り抜け、家を出て行ってしまった。 「おい、どこへ行く。」 すぐに岡倉が走って追いかけようとするが、ドアを開けた瞬間、誰かに勢いよくぶつかった。 二階堂だ。 彼はあまりの衝撃で気絶してしまったらしく、床に伸びている。 それを引きづってくる岡倉を見て、男は不満げな顔をする。 「あの娘は追わなくてもいい。 すぐに戻るさ。」 男が座り、言う。 「何でアンタにそんなことが分かる。」 「言っただろ、あの娘の父親だからだよ。」 「ウソを言うな。 あの娘の親父は死んでるんだぞ。」 「あの娘がそう思い込んでるだけさ。 厳密にはそう聞かされていたという方が正しいがね。」 「なに。」 「全てはあの娘のためなんだよ。 確かにあの娘に母親はいない。 私も死んだことにしてある。 だからこそあの娘は幸せに生きてこれたんだ。 分かったらこれ以上は何も聞かないで、出て行ってくれ。」 男がそう言った時、二階堂が目を覚ました。 「おい、あの娘さん、出ていっちまったぜ。 探しに行った方がいいんじゃないのか?」 何も知らない二階堂に、男が言う。 「アンタもか。 もうあの娘にはかまないでくれ。」 「ちょい待ち、お宅誰だ?」 「私か、君は知らなかったな。 長山和典、あの子の父親だ。」 「ほう、父親か。 だったらなおさら娘が心配なんじゃないのか。 おい、岡倉、行かねえのかよ。」 「俺はいいさ。」 二階堂は悔しそうに唇をかんで言った。 「なら分かったぜ。 俺一人で行かせてもらうよ。」 「ちょっと待て。 私も行こう。」 和典が立ち上がる。 「なら俺もだ。」 そう言って岡倉も立ち上がった。
家を飛び出した明子は、一人さっき案内してもらった別荘に居た。 中にあったCDプレーヤーで音楽を聞きながら、頭の中をゆっくりと整理する。 確かに父は死んでいるはずだ。 しかしさっき父を名乗る男が来た。 しかも写真で見た父と、瓜二つであった。 しかしこの時ヘッドホンで音楽を聞いていた明子は、別荘の階段をゆっくりと降りる足音に、全く気付いてなった。
五章 初めの刺客
明子は一瞬、心臓が凍りついた。 彼女の背中には冷たい銃口があてられ、後ろから低い声が聞こえてくる。 「じっとしてろ。 俺たちは空き巣なんかじゃない。 ゆっくり、こっちを向くんだ。」 言われたとおりに明子が後ろを振り向く。 かなり長身の男だ。 例えるなら、「二キータ」のヴィクトルがいい例だろう。 その後ろには、小柄の男がニヤニヤと笑っている。 二人ともサングラスを掛けているため人相は判らない。 「岡倉浩一を探しているんだ。 どこに居るか知っているね。 俺に教えてくれないか?」 しかし明子は首を横に振った。 「ウソを言っても無駄だぜ。 こいつが岡倉とお前さん一緒に居るとこを見てるんだからな。」 そう言って大男が小男を見る。 「思い出させてやろうか?」 そう言って大男の手がものすごい速さで動き、明子の頬を叩き、彼女の体を飛ばす。 「どうだね、思い出したか?」 男が明子に近づき低い声で言う。 しかしまた首を振る明子。 「そうか、もっと苦しい思いをしないと思いだせないか。」 そう言った大男が小男に眼で合図を送ると、小男が物凄い力で明子を押さえつける。 その間に大男が慣れた手つきで明子の両手足を縛りあげ、口に猿轡をはめてしまう。 大男が自分の鞄から一枚のCDと高級そうなヘッドホンを取り出す。 「こいつは俺のお気に入りの『三文オペラ モリタート』ちゅう歌だ。 こいつを聞くには安物のヘッドホンじゃ駄目だ。 あんたにもぜひ聞いてもらいたいね。」 そう言って男はCDをセットし、ヘッドホンを差し込むと、明子の耳に装着し、再生ボタンを押す。 静かに、歌手の男の高い声が伝わって来る。 大男は冷たい目で明子を一睨みすると、プレイヤーの音量調節ツマミを押さえ、一気に最大まで回す。 その瞬間、明子の耳に伝わったのは男の高い声ではなく、地獄のような訳の分からない音だった。 思わず身も縮むような大音量に、明子は畳の上を転げ回った。 しかしどんなに暴れても、ヘッドホンのジャックの部分は、大男が意地悪く抜けないように押さえているので、抜けるはずがない。
数分後、大音量の「モリタート」を立て続けに三回も聞かされた明子は、気力を失い、魂の抜け殻のようになってしまった。 頭の中で響く頭痛のほかは、なにも感じられない。 男達の声も今は聞こえず、全てがパントマイムのように見える。 そんな可哀そうな明子の髪をつかんで、大男がぐっと顔を近づける。 「まだ思い出さねえか?」 声は聞こえないものの、口の動きがそう言っているのはわかった。 明子は相変わらず首を横に振る。 男は明子を離して立ち上がると、腰から拳銃を取り出し、また演説を始めた。 「世の中には二つのリヴォルバーがある。 シングルとダブルだ。 使い勝手がいいのはダブルだか、俺はシングルが好きだ。 なぜだかわかるか?」 男は明子を見つめて言うが、明子は答えられない。 「分かるかって聞いてんだ。」 男が怒鳴り散らす。 ビックとした明子が、首を横に振る。 「まあそうだろうな。 教えてやろう。 それはな、おめえさんみたいな強情な野郎に存分に死の恐怖を味あわせてやるためだよ。」 そう言って男は拳銃から薬莢を取り出すと、一本だけ手に取り、無作為に装填する。 「ロシアンルーレットだ。 知ってるだろ? おめえさんが死ぬ確率は六分の一だが、それは始めだけだ。 最後までかぶとを脱がなければ、いつかは死ぬんだ。 どうだ、言うか?」 男が明子の額に銃口を当て、聞く。 明子はまた首を横に振った。 撃鉄がカチリと上がり、一気に引き金が引かれる。 カチン 音こそは聞こえないが、明子にも衝動が伝わって来た。 助かったのだ。 しかし喜ぶのもつかの間、大男はまた撃鉄を上げ、明子に「言うか?」と尋ねる。
これを五回繰り返し、ついに最後の一発となった。 明子の体は水を浴びたようにぐっしょりと濡れている。 「今までは運が良かったがもう助からないぞ。 言うか?」 しかしついに明子は首を縦には振らなかった。 男は一つため息をついて、撃鉄を上げる。 明子はついに覚悟を決めて、目をつむった。
その時、救いの手を差し伸べるように、今の電話が鳴り響いた。
六章 闘い
岡倉たちは途方に暮れていた。 明子が現れそうなところはすべて回ったが、どこにも彼女の姿は無かった。 「おい、君。他に思い当たる節は無いのか?」 娘を心配する和典の声が荒くなる。 「ああっ、あそこだ。 おい、二階堂、俺の別荘に行ってくれ。」 岡倉が運転席に居る二階堂に言うが、彼は黙って電話を取り出しただけだった。 「おい、何してるんだ。 あの娘にもしものことがあったらどうするんだ? おいっ。」 岡倉が二階堂の胸ぐらをつかむが、二階堂はぱっとそれを払った。 「おい、お前こそ冷静になれ。 もし敵方があの娘をさらったんなら、目的はお前だろ。 向こうに素直に行っては、相手の思うつぼだぞ。」と二階堂。 「番号だ。 別荘の番号。」 岡倉が別荘の番号を言う。 それをプッシュすると、二階堂が一息ついて電話を耳にあてた。
別荘で電話に出たのは、大男だった。 「もしもし、貴様は誰だ? そこにお嬢さんは居るのか?」 二階堂の質問をあざ笑うと、男は「岡倉に代れ。」 と言った。 黙って二階堂が電話を岡倉に渡す。 「俺だ、代わったぞ、岡倉だ。」 「アンタが岡倉か。 先に電話とは、頭がいいな。 要求を言うぞ。 今から別荘に来い。 金は要らない。 じゃあな。」 男はそういて電話を切ると、床に散らばっている薬莢を装填し始める。 「奴がこっちに来てくれるんだ、手間は省けたってもんだぜ。」 男は薬莢を装填し終わると、また小男に合図を送り、玄関に回る。
やがて岡倉たちを乗せた車が別荘の前でとまる。 岡倉と二階堂は拳銃を持つと、和典に「ちょっとここで待っていてください。 合図するまでここに居てください。」と言って、左右から攻める様に玄関に向かって歩いて行く。 岡倉が二階堂に頷いて、思いっきりドアを開ける。 予想通り、弾丸が二人の横をかすめる。 「待て、撃つな。」 岡倉が前に出る。 「おお、よく来たな。 一人じゃないのか。」 大男が二階堂を見て言う。 「ああ、一人だとフェアじゃないからな。」 そう言って岡倉が笑うと、相手も少し笑った。 しかし次の瞬間、男の顔が真顔に戻り、「ほう、面白い。」と言ったかと思うと、構えていた拳銃の引き金を引いた。 鋭い銃声とともに岡倉の体が後ろに跳ね、グタっと動かなくなる。 その隙に男たちがダッと走り出し、外へ出る。 その時、車の外で拳銃を構えていた和典が、男たちめがけて発砲し、二人を仕留める。
「明子っ」 部屋の中に入って来た和典が見たのは、ぐったりして、「岡倉さん、来ちゃだめ」とうわごとを言う明子と、必死に声を掛ける岡倉、傍らに居て救急隊員にむかって怒鳴る二階堂の姿だった。
病院に運び込まれた明子は、集中治療室で手当てを受けていて、岡倉達は外で待たされていた。 そこへ医者がやって来る。 「先生、明子は、明子は無事なんでしょうか?」 娘を心配する和典が、医者にすがるように尋ねる。 しかし医者は首を振って、「状態は深刻です。 聴力が完全に失われているため、手術で耳の中に直接補聴器を埋め込むほか道は無いのですが、相応のリスクを伴います。 どうされますか?」と言った。 「なら、まず明子に合わせてください。」 和典の言葉に、医者はうんと頷いた。 「明子、父さんだ。 聞こえるか?」 和典が明子の手を握り、必死に声を掛けるが、明子はただ「岡倉さん、ダメ、来ちゃダメ。」 とうなされるだけだった。 和典は後ろに立っていた医者の方を向いて、小さくうなずいた。
待合室に戻った和典に、岡倉が声を掛ける。 「和典さん、あの娘のためにも、共に見えない敵と戦いましょう。」 しかし答えは彼の期待とは違っていた。 「何を言ってるんだ。 聞いたところでは、奴らの目的は君だったそうじゃないか? 君は防弾チョッキで傷一つ受けなかったが、娘はあんな目にあったんだぞ。 今すぐ明子の前から消えて、二度と戻ってこないでくれ。」 しかし岡倉はひかなかった。 「だからこそ闘うんでしょ。 違いますか? 娘さんがあんなことになったからこそ、その後ろの見えない奴らと戦うんでしょ。」 和典はそう言う岡倉を一睨みしていった。 「分かった。 君の言う通りにしよう。 しかし二度と娘をあんな風にしないと、君は誓えるかね。」 「ええ。 誓いましょう。」 和典はまた一つ小さくうなずくと、それっきり喋らなくなった。
そして一時間、手術室から出て来た医者が、和典を見て言った。 「手術は無事成功しました。」
七章 ショッピングセンター
手術が終わった明子は、一週間の入院ののち、無事退院することができた。 岡倉は明子を守るため、長山家に泊り込むことになった。 二階堂は調査があると言って手術のあった晩に出て行ったきり、一週間たっても帰ってこなかった。 二階堂は優秀な殺し屋である半面、変わり者でもあった。 探偵のように情報を集めるため、フラリと姿を消したかと思うと、またフラリと帰って来る、そんなことは年中で、有名な話だったが、そんなことは少しも知らない和典は、「岡倉君、あの二階堂とやらこそ裏切り者で、赤の手先なんじゃないのか?」と言っている。 「和典さん、あいつはいつもそうなんですよ。 心配することはありません。」と岡倉が弁解しても、表向きは納得するが内心は信用していないようだ。 そこへ明子が降りて来た。 「パパ、岡倉さん、おはよう。」 「おはよう、耳の聞こえはどうだい?」 和典が尋ねる。 「ええ、今まで通りに聞こえる。」 「よかった。 どこか行きたい所は無いのか?」 「じゃあ、ショッピングセンターに行きたい!」 明子が笑顔でこたえた。
ここは都内のショッピングセンター。 前に並んでいるのは明子と和典で、少し距離を開けて岡倉が続く。 ふと、明子の足がゲームセンターの前でとまる。 「ねえ、パパ。 ゲームしない。」 明子の猫なで声に、和典がウンと頷いてしまったのも無理もない。 ゲームセンターで和典と明子が3Dのアトラクションで遊んでいるころ、岡倉は一台のゲームと格闘していた。 背の低いそのゲーム機は相当に年期が入っているらしく、所々が剥げた真っ赤なボディに、黒い液晶画面の中の赤い壁の迷路を、岡倉が操る白い球が通っている。 岡倉がこのゲームに目をつけたのは理由があった。 この「赤い迷路」ゲームと岡倉は、彼が小学五年生のころからの宿命であったのだ。 いつも岡倉を悩ませるのはレベル25で、この15年間、岡倉はこのレベル25と戦い続け、未だクリアしたことがないのだ。 岡倉の額から汗が落ち、眼は食い入るように画面に向けられている。 画面右のタイムはもう残り10秒を切っている。 ゴールまで一直線。 今まで鍛え上げた岡倉のレバーを握る手が、順調に球を誘導している。 とその時、岡倉の操る球がゴール目前で、「バクダン」の仕掛けにはまって、あえなく散ってしまったのだ。 彼の前に残ったのは、画面いっぱいに現れた、15年前も今も変わらぬ、真っ赤な「GAME OVER」の文字だけだった。 15年前も今も変わらぬ悲惨な終り方に茫然とする岡倉に、けたましく携帯電話が鳴り響いた。 見れば二階堂からである。「もしもし。」 「もしもし、俺だよ。ちょっと気になることがあったんで、神戸まで戻ってお前さんが殺った若社長の所有している土地を片っ端から調べたら、あの小娘に関する面白い情報があったんだよ。」 それから約25分、岡倉の頭の中は真っ白になり、混乱していた。 「おい、それはホントか? お前、どこに居るんだ。」と岡倉。 「俺か? 俺はもう東京に戻っているよ。 ○○ショッピングセンターだ。」 「何? ○○ショッピング? 俺たちと同じ場所だ。 今すぐ会って話がしたい。」 「だめだ。 今はまずい。 ここには怪しい奴がうじゃうじゃ居るぜ。 今こうやって電話を掛ける前にも、俺は三人も見つけたぜ。 もしかしたら奴らの目的はお前だけじゃないかもしれないからな、せいぜい気をつけることだ。」 そうとだけ言うと、二階堂は電話を切ってしまった。階段に一歩足を踏みかけた彼は、とっさに感じた殺気で右へ体を避けた。 予想通り、彼の体めがけてナイフが飛んできて、壁に刺さった。
八章 死闘
さっと二階堂が陰に隠れる。 やはりつけられていたのだ。 足跡が一歩、二歩と近づいてくる。 と、その時二階堂がバッと立ちあがり、刺客の顔面にパンチをくらわせる。 勢い余って壁に激突する刺客。 ふっと笑って二階堂が刺客に近づくが、油断していたところに蹴りを一発、二階堂が思わず怯む。 サクッと立ちあがった刺客が二階堂に強烈な拳を一発。 しかし二階堂も負けじと回し蹴り。 相手が倒れたところを狙って、二階堂が思いっきり脇腹に蹴りを入れ、伸びたところを確認すると、背負いあげ、掃除用具のロッカーにしまい込んだ。
岡倉はいつの間にか居なくなった明子達を探していた。 周りを見渡し走り回る岡倉を見て、愉快そうに笑っている男が一人いる。 身なりはまるで乞食のように汚らしく、金髪のオールバックの髪は、『伊賀忍法帖』の「虚空坊」と『TRICK』の石原達也を想像させ、高く突き出た頬骨が、どことなくニヤついている。 彼は岡倉がエレベーターに乗るのを確認すると、次いで自分も乗り込んだ。
岡倉はあまり良い気はしていなかった。 見知りぬ乞食と二人きりでエレベーターに乗ってしまったのだ。 その時、岡倉はかすかに、乞食がナイフを出す音を聞きつけ、身を避けた。 案の定、乞食は岡倉めがけてナイフを振りかざしてきた。 「鼠!」 鼠と呼ばれた男はニヤニヤと笑い、ナイフを振りかざす。 岡倉はナイフを避け、右へ左へ、隙を見てついに鼠の手からナイフを落とす。 武器が無くなっても鼠は不敵に笑い、岡倉に突進する。 さっと岡倉が避けると、鼠も向きを変え、立ちあがる。 バコンっ 岡倉の拳が鼠の顔を打ち、唇から血が出る。 鼠も負けじと岡倉を殴りつけ、激しい殴り合いが始まる。 数分後、勝負はほぼ決まりつつあった。 動きが素早い鼠が岡倉を組み伏せ、殴る、殴る。 岡倉はダウン寸前だ。 と、その時、岡倉の目に鼠の落としたナイフが目に着いた。 必死に痛みをこれえて、岡倉がナイフに手を伸ばす。 「鼠!」 岡倉に言われて鼠が彼の方を向く。 「これで最期だ。」 そう言って岡倉が鼠の背中に思いっきりナイフを突き刺した。
エレベーターが一階について、岡倉が出てくる。 中に死んだ鼠を残して。
九章 真実
「クソっ。 居ねえか。」 長山邸に戻った岡倉と二階堂は、親子が消えたことを心配していた。 「どう思う?」 二階堂が声を落として尋ねる。 「どうって、どういうことだ?」と岡倉。 「どこかで、惨い目にあってねぇかって話だよ。」と二階堂。 「あの娘には、秘密があんだろ? そいつを話すなら、お前ならどこで話す?」と岡倉。 「俺だったら、あの娘の秘密が埋められた墓場で話す。」 「そこだ、二階堂。 車を回せ!」 岡倉がそう叫んで、外へ出て行った。
「パパ、こんなとこで話って何?」 都心から離れた霊園に和典と明子は居た。 「明子、よく聞いてくれ。 大切な話があるんだ。」 そう言って和典が一息つく。 「実はな、明子。 父さんはお前の父さんじゃないんだ。」 「え?」 「お前の父さんは、どこかのチンピラ野郎で、お前の母さんはあの岡倉君を裏切った男、神崎の娘なんだよ。」 「そんな・・・」 明子の体がショックで震える。 「あの大企業の社長の娘が、チンピラ野郎なんかとの間に子供を産んだなんて、大スキャンダルだ。 そこでそれを世間に隠すため、神崎は精神病の娘の主治医だった私にお前を育てる様に頼んだ。 謝礼ももらってね。 しかしある程度の時が経つと、それを探り出す奴が居たんだ。 それが岡倉君の殺したあの若社長だった。 そいつは神崎の鼻を明かしてやろうとして、お前の秘密を種に奴を揺すったんだ。 しかし揺すられた神崎は、岡倉君を雇って奴を殺した後に、秘密を知った可能性のある岡崎君も殺そうとしたんだ。私たちも危ないと思った私は、お前をおばあさんに預け、しばらく姿を隠していたんだ。」 そこまで言った時、何者かが和典を殴りつけた。 「パパ、しっかりして。」 明子は和典を殴った人物を見て、唖然とした。 なんと、その男こそ、黒幕の神崎だったのだ。 神崎は明子を押さえつけると、軽々と車に乗せ、走り去ってしまった。
「しまった。」 神崎と入れ違いにやって来た岡倉達は、倒れている和典を見て全てを悟った。 「私に構うな。 明子を、明子を助けてやってくれ。」 痛みをこらえながら、とぎれとぎれ和典が言う。 それを物陰から銃口が狙っている。 車のミラーに映った銃口を見て、刺客に気付いた二階堂が銃を抜き、刺客を倒す。 岡倉は刺客の方へ走って行き、急所を外され怪我を負った男の襟首をつかみ、怒鳴りつける。 「神崎はどこだ! どこに行った!」 「社長は、神谷城の、廃墟に。」 男からそこまで聞いた岡倉は、乱暴に男を突き放すと、二階堂に「先生、頼んだぞ。」と言って車に飛び込み、勢いよくアクセルを踏んだ。
十章 決闘場~終焉
岡倉が追跡を続けているころ、神崎は明子を連れて神谷城の廃墟に居た。 神谷城はもう数百年も前に無くなり、今はただ広い土地が広がっているだけだった。 「もうパパから聞いたんだろ?」 神崎がいやらしく笑う。 「俺はな、アンタのおじいちゃんだ。 世の中で一番、誰よりもアンタを憎んでる人間だよ。」 そう言って神崎は明子の手をぱっと離すと、肩から掛けていたウィンチェスタ銃を手に取って、その銃口を明子に向ける。
キューン どこからか飛んできた弾丸が、神崎の手から銃を落とす。 ハッとして音のした方を見た神崎。 そこに立っていたのは、もちろん岡崎であった。 「女の子に銃を向けるとは良く思わないな。 ましては血を分けた孫なのに。」 岡崎は落ち着きを払ってゆっくりと階段を降り、神崎の銃を拾うと、球をすべて抜き、空の銃だけを彼に渡す。 そして明子には、ポケットから取り出した真っ赤なホイッスルを渡す。 「俺たちが弾を入れ終わったら、笛を三回吹くんだ。 神崎、三回目が聞こえたら、俺を撃て。」 そう言って神崎の足もとに弾を一つ投げる。 弾を込め終ったのを見計らって、明子が思いっきりホイッスルを吹く。 高い音が空に消え、緊張で空気が張り詰める。 明子の二回目のホイッスルの音で、二人がコッキングレバーを引く。 太陽の光で影の伸びた二人が、お互いにじっと相手を睨みつける。 真昼の決闘だ。 明子は思いっきり息を吸うと、目をつむって最後のホイッスルを吹いた。
パパーン ほんの数秒遅れで、二発の弾丸が飛び交った。 勝負がつくのは早かった。 勝ったのはプロの岡倉だ。 明子はほっと一息ついてホイッスルを落とすと、緊張からの疲れと安心でその場に倒れこんでしまった。 「大丈夫か?」 岡倉が明子に駆け寄り、その体を優しく抱き上げる。 「もう心配することは無い。 全部終わったんだよ。」 ゆっくりと目を開けて岡倉を見た明子は、その言葉に小さくうなずいて、小さな子供のように眠ってしまった。
「おい、大丈夫か~?」 そこへ和典を乗せて二階堂が来るまでやって来た。
「今までお世話になりました。」 三日後、身の安全を考え渡米する親子を送るため、岡倉と二階堂は成田の国際空港に居た。 「いえ、どうかお気をつけて。」 彼らそうとだけ言葉を交わすと、別れを惜しむように飛行機へと乗り込んだ。
終章 小さな不幸~新たな人生
それから二年、岡倉は散歩がてらコーヒーを買おうと立ち寄ったコンビニで、新聞を食い入るように見つめていた。 一面を飾っているのは脱法ハーブの中毒者が乱暴運転で事故を起こした記事である。 『死亡したのは、東京都の長山明子さん19歳で、帰国後家に帰る途中に巻き込まれ・・・』 岡倉は溢れだしそうになる涙をこらえ、新聞を置くと、店を後にした。
蘇る太陽