宇佐川クリニック

1.初めての街

商店街のアーケードを抜け、大通りの交差点を左へ曲がり二十步ほど歩けば、そこに「宇佐川クリニック」はある。
宇佐川クリニックはどこにでもある普通の心療内科の診療所である。
雑居ビルの二階にある一般的な弱小クリニック。
しかし、このクリニック、実は色々とおかしい。
例えば...あっ! 済まないが、今院長に呼ばれちゃったからこのことは後に話すよ。

2月21日晴れ。
佐村佳子は東京駅の構内で右往左往していた。
彼女は精神科医を目指すため、上京に来ていた。
東北の片田舎で生まれ育った彼女にとって、東京駅は迷路の様なものであり、大きな脅威だった。
彼女は地元の大学で精神科の勉強をしているが、この日は憧れの精神科病院に行くために遥々東京までやってきたのだ。
目当ての病院へ行くには、オレンジの中央線に乗車しなくてはならない。
彼女は気が強いから、顔はクールさを保とうと口元をきゅっとしめているが、足つきは誰がどう見てもおぼつかない。
柱に貼られた構内地図を見ながら、暫く考え込むと、彼女はいきなり顔を上げ、全てが分かったかのようにすたすたと地下へ降りていった。
彼女が向かったのは総武快速線ホーム。
そう、彼女は極度の方向音痴なのだ。

2.新天地

ふがぁ…ふがぁ…
ふがぁ.....ん?

「しまった!寝過ごした!」
彼女は飛び起きて、声に出して言った。
三秒ほど待って自分の状況が頭に戻ってきたところで彼女は気がついてしまった。
窓を覗けば見渡す限りの田園風景。
周りには乗客は誰一人いないのにも関わらず、
ただ残酷に走っていく電車。

「まさか、、、、。」
車内の路線図を目を見張るように見続けた彼女だったが、目的の駅の名は自分に乗っている路線には見つからない。
彼女は焦った。
約束の時間は「1時」。
恐る恐る右手を見る。
針はすでに2時を指していた。
出発前に母が言っていたことを思い出す。
「あんたはおっちょこちょいなんだから気を抜くんじゃないよ」
だめだ。あたしは全然ダメだ。
初日からこんなんなんてダメダメだ。
彼女は小さなため息をついた。


どうしようも無くなった彼女は次の駅で下車した。
聞いたことのない町。
駅前は意外にも賑わっていた。

宇佐川クリニック

宇佐川クリニック

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-14

CC BY-SA
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