ねぎ

どこかの悩める女子の為に。ちょっとイイ事、差し上げたい。

「いってらっしゃい。」
そう言って目の前に差し出し出されたお弁当に
見向きもせずに、彼は玄関を出て行った。

昨日の夜、大喧嘩をした。
仲直りのつもりで早起きして作った唐揚げを
私はゴミ箱へ投げ捨てた。

付き合って5年。同棲して7年。
倦怠期も過ぎたと思っていたのに
最近になって言い合いが増えた。
仕事が終わってまっすぐ家に帰る事が嫌で
習い事や美容に時間を費やすようになっていた。

全身脱毛をする為、先月60万で契約した事が
彼には許せなかったらしい。

「60万なんて大金を自分の為だけに使おうなんて、おかしいと思わない?」
「俺は、二人の将来を考えて貯金をしてる。」
「そんなんじゃ、この先は不安だよ。」

立て続けに吐き出される不満を私は受け入れられなかった。

「高校時代の友達はみんな結婚しちゃった。」
「赤ちゃん産むには、そろそろ限界かなぁ。」
「老後は二人で外国に住むのもいいね。」

私が彼に話す、将来の事。
返される言葉はいつも空っぽだった。

彼のことは嫌いじゃない、むしろ好きだけど
自分の将来を考えたら、このままでいいのかわからない。
彼はもしかしたら、もう私の事は好きじゃないのかもしれない。
明日捨てられて、一人になってしまうかもしれない。

私は流し台に弁当箱を置き、そのまま呆然と立ち尽くした。
涙がぼろぼろ流れていった。



大人になっても、こんなに涙が出るんだな。
傍らに冷静に客観視している自分もいるけれど。

不安になって。悲しくなって。大泣きして。
それでも、仕事には行かなければ。



私は泣きながら、朝食のうどんに入れるねぎを取り出した。
プールの中にいるみたい。全てがぼやけて見えた。
まな板に涙を垂らしながら、ねぎを切った。

輪切りにされたねぎの輪っかが、タイヤの様にころころと転がった。

パタンと倒れこんだ断面が、ふやけた視界に現れた。
見慣れない模様を確かめたくて、手の甲で涙をぬぐった。

「なにこれ。」

指先で拾い上げた"ねぎの顔″は、笑っていた。
切られていない方の"ねぎの顔″も、笑っていた。

私は思わず、ねぎを切り続けた。
包丁が動く度に、ねぎ達は勢い良くまな板から飛び出していった。
何個も。何個も。何個も。

いつの間にか、そこには"ねぎの笑顔″が散らばっていた。
その一つを手の平に乗せた私もまた、笑っていた。


全部うどんに入れて食べたから
同僚にきっと、ねぎ臭いと言われるに違いない。
ねぎさん、ごちそうさまでした。ありがとう。

ねぎ

泣きながら、今日もがんばっていこう。

ねぎ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-13

CC BY-NC-ND
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