take off the...
【化粧水・メイク落とし・クロッキー帳】
人で賑わう週末、昼下がりの繁華街。若者が激しく出入りするファッションビルの壁に背を預けて、流れる人を漫然と眺めた。鍵編みのニットとチュールスカート、ウエッジソールのサンダル。道行く人たちに、自分はどんなふうに見られているのだろう。
「そこの彼女、かわいいね~ひとり?ヒマなら俺らと遊ばない?」
不意に、視界に「いかにも」といった感じの二人組の男が現れた。体ごと視線を逸らす。
「ちょっと、ちょっと~無視はひどいんじゃない?」
男が頭の悪そうな声を出しながら視界に割り込んでくる。こういう輩にはほとほとウンザリする。人に声をかける前にセンスの欠落したファッションと、内容量の小ささが滲み出ている顔面をどうにかしろよ。
「何して遊びます?」
満面の作り笑いと、低い声で答えた。男たちの顔色がみるみる変わる。
「俺、男ですけど、問題ないですよね?」
男たちは呪文のように言い訳を口走りながら、青ざめた表情で文字通り退いて行った。
物心がつく前から容姿が「女の子みたいだ」と言われ続け、それを何の屈折もなく素直に受け入れて育ってきた。物心がついたころには、自分がそこらの女の子よりかわいいことを自覚していた。心まで女の子というわけではないが、それに近い感情を持ち合わせている自覚はある。後ろめたさは全くない。両親は咎めるどころか俺に似合いそうな服を買ってきてくれる。学校では普通に「男子生徒」をやっているが、週末はそのほとんどを「女装」で過ごす。目的があってそうしているわけではないが、単純に楽しんでいた。違う自分、違う誰かになりきることを。
心が体に作用したのか、体格もあまり男らしくなく、女子の平均よりやや高いくらいの身長と、男にしては頼りない華奢な体つきに育った。声変わりを終えても、意図的に低い声を出そうと思わない限り、ボーイソプラノくらいの高い声で、自分から言い出さない限りこれまでに女装を見破られたことはない。
帰宅して、しっかりとメイクを落とす。メイク落としが顔の上を滑るたびに、「俺」が露わになるほどに、微かな切なさがこみ上げる。化粧水を付けて完全に女装を解くと、さよならという言葉が口をついて出た。
別に女になりたいわけじゃない。男に不満があるわけでもない。でも、俺はいつからか、俺以外の何かになりたがっていた。自分じゃない誰かになりきっているときが一番自分らしくいられる、というのは矛盾しているが、まさにそんな感じだった。
「なぁ、こないだ貸したスカートまだ履く?」
ドアを開きながら声をかけると、バタバタと何かを取り落す音が聞こえた。
「ちょっと、お兄ちゃん。ノックしてから入ってよ。」
中学に上がったばかりの妹は最近何かとプライバシーを主張してくる。落としたクロッキー帳を拾ってやったのに、「勝手に見るな」と取り上げられた。
「スカートならもう履かない。今日干してあったからもう乾いてるよ。」
苛立った様子で俺を部屋から追い出すと、勢いよく扉を閉めた。
反抗期というやつだろうか。妹は妹で、違う何かになろうとしているのかもしれない。ともすれば、俺も反抗期なのだろうか。妹とは違ったやり方で、何かに抗おうとしているのだろうか。干された洗濯物をぼんやりと見上げる。俺は、自分ではない何かになりたいと思いながら、自分以外の何にもなれないことを、心のどこかで知っている。取り込むために手を伸ばしたスカートが、俺から遠ざかるように風になびいた。
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