潮干狩り

続編のあるものを書きたくて

貝食べたい

 春眠暁を覚えずとはよく言ったもので、この時期になると妙に瞼が重くなるものだ。バラック小屋の隙間を潮風が駆け抜け、その喧しい音を目覚まし代わりに起床する。午前5時。本日は快晴なり。

 私の狩場は小屋から徒歩7分といったところ。今日の干潮時間は13時。潮干狩りに適した時間はその前後2時間であるので、時間をフルに使うならば10時から始めれば良いことになる。だがこの狩場、口コミで年々観光客が訪れるようになってしまい、その頃には大勢の人でごった返してしまう。私は人混みが嫌いであるので、私の場合はその30分前、9時半に始めるのだ。

「こんなものか」

 私は手早く仕度を済ませ、狩場へと向かう。私は先ほど「徒歩7分」と言ったのであるが、私はそのような時間の浪費はしない。今年で78になる老体に鞭を打ち、疾風の如く全速力で駆け抜ける。潮風如きに遅れはとるまい。「駆け足3分」である。

 さて、時刻は5時4分。息を整えて狩場である砂浜を見通す。潮は引いておらず、波が轟と押し寄せるのであるが、私は何も今から潮干狩りを始めるわけではない。私がここに来て最初に行うこと、それはゴミ拾いである。

 訪れる観光客の数が増加するのに比例して、狩場に残されたゴミも増えてきている。私が昔から通っていることもあり、この愛着のある狩場をインモラルで汚されては気に食わないのだ。

「さて」

 私は深呼吸、そして艶やかに跳躍。イナバウアーもかくやという強烈な蝦反りを日の下にさらけ出し、この瞬間の為に鍛え上げた腹筋の神々しさを十全に引き出す。そして両の手で地面を思いっきり押しのけ、さらに跳躍。ハンドスプリングである。

「はぅあぁっ!!」

 そして見よ。私の肉体美に耽溺したゴミ共が釣られたように空中へ躍り出たではないか。これは古代文明の遺したオカルト的な超科学「ヨガ・システム」によるキャトルミューティレーションである。心が洗われるが故に、この場に巣食う不浄なものを排斥しようとしている。自然の摂理であるのだ。私は空中で3回転、上半身を捻りつつ厳かに着地。ゴミは忽ち空中で分子レベルまでに分解される。

 塵芥となり海へと還るゴミに対し、何とも言えない感情を持った私は、小波の音を聞き黙祷を捧げる。海というのは、全てのものが還る場所であるのだ。地球で最初に発生した生物も海で育まれ、土に成り果てたものもやがては海に削られ沈んでいく。海から発生した雨雲が雨を降らせ、地上に川を作る。川から流れた水はそのまま海へ。全ては巡っている。なのにこうして海を蔑ろにするのは如何なものか。

「すみません」

 声をかけられた。私は振り向いて相手を確認する。若い女性だ。

「早く着き過ぎたみたいで……。今からでも獲れますか?」

 私は腕時計に目をやる。なんともう10時近くになっているではないか。

「ええ。潮が引いた場所ならば」

 私が答えると女性は礼を言って小走りで去っていった。近くに荷物を置いていたらしい。私も時間の無駄を取り戻すべく、狩りを始めるとしよう。素早く荷物から熊手を取り出す。そして当たりをつけて鮮やかに一掻き。大きな蛤が顔を出す。


 ――これは遥か未来。貝殻を粉末にして生成する燃料で車が走る時代。狩りを初めて60年のベテランが、がむしゃらに時代の流れに追い縋って行く物語……

潮干狩り

続きます

潮干狩り

タイトルのままです

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-13

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