海に帰らない人魚姫
彼といると私も嬉しい。
言葉に表すことができないなら
気持ちで伝えよう。
「お前は、本当に悲しいヤツやな。」
彼女の両頬を撫でながら呟いた。
きょとんとしたつぶらな黒い瞳でこちらを見つめてくる。
大げさだが、動物のような無邪気さ、宝石のような神々しさを感じた。
彼女は口を少し開いたが、ヒューという空気の音がでただけだ。
そこからでるはずの”声”はない。しかし、これが彼女だった。
「ははは。」
形だけ笑っといた。彼女を見れば、泣きそうなほど眉を八の字にしていて、目がさきほどよりも水分を含んでいた。
「ちょ、泣かんでええよ。馬鹿にしとるわけじゃ……ごめん。」
悪気はなかったのだが、彼女を泣かせてしまったことに自分はなんて馬鹿なんだろうと思った。思わず肩が下がる。目をつむった。
ひんやりと冷たいなにかが、自分の頬に触れた。目を開けてみると、彼女が色白の手を自分の頬に当てていた。心なしかくすぐったい。
「どないしたん?……泣いとると思ったか?」
彼女は小さく微笑んだ。それがあまりにも綺麗で、額にキスをした。
「俺のせいじゃないって言いたいんやろ?ありがとう。……なんや?顔がリンゴみたいになっとるで。」
真っ赤な顔になった彼女は、パチッと軽く俺の頬を叩いた。
スピーカーから流れる音楽は子守り歌のようにゆっくりで眠気を誘う曲だ。彼女と出会った時、この曲がどこか近くの店で流れていた。
その時初めて聞いたのだが、ほんっとに眠気が襲っていた。場所は広い砂浜。隣には広大な海が広がっていた。
いつからその砂浜を歩いていて、どこまで移動してきたかは分からない。もともと、酔いを覚ます為に歩いていた。
人の気配がして、ピタリと歩くのを止めてみたら、麦わら帽子を被っていた人が、手を祈るようにして組みながら海に跪いていた。
こちらには気づいていない。一目見てわかった。美人だって。
「あ、あの……。」
ビクッとして、彼女はこちらに振り返った。口をパクパクさせている。
「こんなところにどうしたんですか。……夜はここら辺冷えますよ……ん?」
彼女は最初、「あ」という口の形をしたが、切なそうに両手を喉にもっていき、しゅんとしてしまった。
と、思ったら。右手で砂浜に何か書き始めた。
―――なんやなんや。
砂浜にはこう書かれていた。”ごめんなさいしゃべれません”
あ、っと息が漏れた。そうか、そうなのか。と、理解した。
頭の中では昔、親に読み聞かせてもらった人魚姫が浮かんだ。
「……何をしてたんですか。」
また彼女は砂浜に何かを書き始めた。
”ねがい事をしてました”
そこからは聞かない方がいいだろうと思った。
それから、何か他愛ない会話(?)をし、食事をすることになった。
手を差出し、彼女を立たせた。スタスタと彼女は歩いて行ってしまう。
な、なんかジャメヴ(既視感の逆、未視感。平たく言うとデジャヴの逆)。
「ま、待って!すごく待って!!」
ようやく彼女は振り返った。そして近寄って来た。
「ごめん。……えっとー。俺、そないに走れへんねん。いや、歩いとるけど。」
首をかしげるしぐさ。なんと伝えればいいか分からず、考えた挙句、俺はズボンのすそを上げた。彼女の顔がみるみる青白くなっていった。
そして俺の目を見つめる。
「……いやぁ、地雷ふんでしもうてな。しかも両足。なんとか義足で暮らしていけてるけど、思ったほどこれが難しいんや。はは……。」
そこにあったのは柔らかい人間の肌ではなく、重くまがまがしい色の金属があった。
「悪いけどゆっくり歩いてもらってもいいですか?」
コクコクと何度も彼女は泣きそうな顔で首を振った。
彼女が泣くようなことはなかったのだが。
まぁ、それとなくメモ帳と会話(?)をし、行く当てがないこと。音楽が好きなことを聞いた。
ならば、自分の家で一緒に暮らさないかと言えたのは自然だった。
「♪……♪♪…」
鼻歌のように子守唄を彼女は歌う。ただの空気の音だが、それでも彼女は歌う。
そういえば、俺は彼女を最初は人と判断できなかったなぁと、今思い出した。
月夜に照らされた彼女は、生気を感じなかったからだ。海から出てきたんや、とまでは考えなかった。
そう、人魚姫なのだ。人魚姫。どんな話だったっけ?
今の生活がとても気に入っている。
彼女と会う前まではこの足と向き合っていくのがとても嫌だった。
走れない。歩けない。と思い込んでいた。しかし、違った。走れないのではなく、走らなかったのだ。
彼女が手を差し伸べてくれるまで気づかなかった。
こちらからしたら彼女は女神だ、人魚姫だ、天使だ。
おかげで俺は救われた。
本当は人魚だったのではないのか。そう考えた時もあった。さすがに馬鹿馬鹿しかったが。
でも、本当だとしたら彼女は、この人魚姫は、声を代償に一体なんの理由があって不便な足を手に入れたのであろう。
考えすぎであろうか。人魚姫ね、人魚姫。俺もおめでたい頭を持つようになったなぁ。歳か?
ふと、彼女の歌が聞こえてこないことに気づき、部屋をうろうろしていると、彼女は庭にいた。
今日は日差しが強いため、外にはなるべく出るなと言っておいたのだが……。
ホースに麦わら帽子。何をしようとしているのか容易に想像できた。
「♪…♪♪♪………♪♪…♪」
体でリズムをとりながら、蛇口をひねる。
ブシャー
勢いよく、ホースがうねる。それにびっくりして、蛇口を少ししめる。まだ勢いがある。
何度かひねり、調節した後、下に生えている芝生に水をかけた。
もっとも、すでに先ほどのやり取りでだいたいの芝生は水浸しなのだが。それに、彼女の服も少しばかり濡れている。そんなことも気にせず彼女は水を与える。
「……♪♪…♪……♪♪」
満足げに笑いながら、歌いながら、水をぶちまける。それだけでもやはり絵になる。とっても綺麗で美人だ。自分の手に余る。
水と一緒に踊る彼女は先ほど自分で否定した人魚姫のそれだった。なんかデジャヴ(既視感)。
きっと彼女はナイフで愛する人を殺すのだろう。
それは醜い嫉妬などではなく、恋した人間を悲しみながら殺すのだろう。
自分が人魚に戻るため。
あ、
思い出した。
人魚姫は王子を殺さずに海のあわになったんだっけ。
「・・・なんとも哀れやな、人魚姫・・・。」
もしも、彼女が自分に会うために人間になったならば、
喜んで彼女と恋をしよう。
しかし、相手が俺じゃなくて、しかも彼女の恋が実らなかったら、
俺と恋をしよう。
海に帰らない人魚姫
こんにちわ。高梨 恋(たかなし れん)です。
季節先取りしました。←
今、とあるシリーズモノを書いております。相変わらずの駄文ですが←
飽き性の自分を今まで付き合ってきているのでたぶん完結までいけるとは思っておりますが。
とりま、これもシリーズの一つとして数えててください。
そのうちいろいろ最新していきます。
容姿とかあえて書きませんでしたが、皆さんのご想像する関西弁を話す男と、美人の女を想像して頂いて構いません。