ニンゲン
手にしたナイフから血が滴り落ちる。感触が消えそうにない衝動を、埋めるために新しい獲物をさがす。誰だっていいのだ、目につけば襲い刺し殺す。女がいた。髪が肩まで伸びた女性だった。こちらに気づいて走り出す、何か喚いているが、もう遅い。こちらの本気を知らないから、そんなヒールで走って逃げ切れると考えているのだ。あっという間に追いつき、手にしたナイフを突き立てる。何度も何度も突き立てる、力なく倒れ落ちる。容赦などしない。倒れ落ちた後も何度も突き刺す。
『ニンゲンハフヨウ』
悪魔の意志の元に獲物をさがす。警察きた。誰かが通報したのだろう、だが、腰の銃を抜くことができない警察など畏怖の対象ではない。かまわず襲いかかる。抵抗するまもなくナイフで体に穴を開けられた男は倒れた。拳銃を回収しパーカーのポケットに入れる。
いくつ消したのだろう、奪えど奪えど、もう衝動が収まりそうにない。獣はささやき続ける。
『モットダ、モットダ、タリナイ、タリナイ、モット、コロセ…』
全身は既に多くの返り血に染まっていた。子供がいた。自分と変わりないぐらいだ。ギョッとした表情を見せ走り出す。逃げ切れると思っているのか、その程度の走りで、本気で逃げ切れると思っているのか。怒りが沸いてきた。全身が爆発するような勢いで駆け出す。髪を掴み地面に押し倒す。耳障りな声で鳴く、激しく蹴りを入れ続けた。そのたびに鳴く、パーカーのポケットから拳銃を取り出し、頭に打ち込んだ。
パン!
乾いた銃声とともに、頭に穴を開け動かなくなった。かまわず蹴りを入れ続ける。それを見た男がなにやら喚いて、こちらに来たが、血にまみれた姿を見て一瞬立ち止まる。油断など見逃してやるつもりはない。手にしたナイフを突き立てる。鈍く思い感触が手に伝わる。手が止まると、勢いよくナイフを引き抜き、また突き刺す。何度も何度も何度も繰り返し、男は膝から崩れ落ちる。
パン!
乾いた銃声がした。見ると警官が空に銃を掲げている。威嚇射撃…怒りが沸いた。
『威嚇された…ニンゲンに…』
その事実が頭の芯を激しく焼いた。パーカーのポケットから拳銃を取り出し、引き金を引いた。崩れ落ちる警官に襲いかかる。右手のナイフを何度も突き立て、ゴミから拳銃と弾を回収した。
そこら中にゴミが散乱していた。目障りなゴミが散乱していた。悲鳴があがった。見る、女だ…すこし遠い…手にした拳銃で狙う。
パン!
崩れ落ちた。ゆっくりと近づいて行く。ナイフを懐に収める。行く途中にあった、下に丸いコンクリートの重りがあり、棒の先に看板が付いた物を手にした。すこし重いがそれを担ぎながら、倒れてあがいている女に近づいた行く。耳障りな悲鳴を上げている、それが余計に怒りをかき立てた。未だ耳障り鳴き声を上げる女の頭に、コンクリートの重しを打ち下ろす。妙な感触が手に伝わり、それとともに女の鳴き声は止んだ。女の頭は奇妙な形で崩れていた。かまわず打ち下ろし続けた。手に激しい感触が伝わると、頭の無いゴミが出来上がっていた。
気がつけば肩で息をしていた。だが衝動は収まりを見せない。もう終わりなのだ。露呈した結末は背徳と理性からの解放だった。
学校から帰宅したボクに母が追求を始めた。誤魔化せるつもりが、激しく頬をぶたれた。獣が牙をむく。それは、すべて知られていた事の怒り、沈黙を保っていた怒り、追求された怒り、気がつけばリビングに母だったゴミが転がっていた。手にしたナイフからは血が滴り落ちていた。そこからは衝動のまま行動していた。もう誤魔化す必要はない。解放感とともに激しい衝動が溢れていた。心地よい感覚は、日が沈み始めた町に終焉をもたらした。
「何やっているの?」
その声に振り向くとそれはよく見たニンゲンだった。同じクラスの偽善者だった。
「どうしたの?」
すこしおびえているが、こちらにゆっくりと近づいてくる。
「怪我してるの?」
少しずつ近づいてくる。
『チカヅケルナ…』
獣がおびえていた。手にしたナイフを取り出す。
「それ、どうしたの?」
「…るな」
「えっ?」
「来るな!」
手にしたナイフを前に突き出す。それでもこちらにゆっくりと近づいてくる。その目には涙が溢れていた。
「…辛いんだよね」
「来るな、来ないでくれ」
「怖くないよ」
「頼むから来ないでくれ」
「大丈夫…大丈夫だよ」
『ダイジョウブダヨ…』
目から涙が溢れているのがわかる。手にしたナイフが震えていた。恐れず近づいてくる、それがたまらなく恐ろしかった。鳴き喚き、恐れ逃げ出すなら意図も簡単に奪いされた。あるいは同じように武器を手して襲いかかってくるなら、ためらうことなど無い。だが、恐れることなく何も持たずに近づいて来る、それが、そのことがとても恐ろしかった。
「ヤメロ!」
手にしたナイフで斬りつけた。苦痛に顔を歪めても、こちらから視線を外すことは無かった。
「見るな!そんな目でボクを見るな!」
「痛い…よね」
「来ない…でくれ」
「ここが…とっても痛いよね…」
そう言い彼女は胸に手を当てながら、立ち止まる。
「わたしね…毎日お父さんに叩かれてるの…」
そう言いながら、季節に関わらず着ている長袖をめくる。白く映える腕には紫色に変色した部分がいくつもあった。
「お父さんはね、わたしを叩く時とても怒っているんだけどね…私には泣いてるように見えるんだ…」
彼女は泣いていた。
「きっとね…泣けないんだね、だから怒っているんだとおもうんだ、だからいつもわたしが、かわりに泣いてるんだ、お父さんは叩かれて泣いてると思っているけどね」
そう言い彼女は弱々しく笑ってみせた。
「ユウスケ君も泣けないんだよね…」
そう言い彼女の瞳から涙が溢れてきた。
「大丈夫…私がかわりに泣いて上げるから」
弱々しい声でそういった。
「いっぱい泣いてあげるから…」
その声に手から力なくナイフが落ちた。
「でも、ユウスケ君…」
「…」
「泣いてもいいんだよ…」
そう言いボクに歩み寄り、ボクを抱きしめた。
「…う゛ん」
その言葉を待つまでもなくボクは泣いていた。ボクらは泣いた。声を上げ泣いた。
ボクは警察に捕まり、ボクの事はニュースで取りあげられた。『小学生が27人を殺害』どこもそのニュースで持ちきりになるほど。ボクは自分のしたことに苛まれていた。泣いても、どれだけ泣いても、事実が消える事などない。大人達はボクの責任について議論している。罪に問うべきか、問わないべきか…決まってる問うべきだ。断罪されなければ、ボクは自分の手で断罪しなければならない。だがボクがまだ幼い事に大人達は戸惑っていた。もしボクが大人なら即刻死刑だった。ボクも苛まれる事などなかった。だが、幼い命を奪うことに抵触するのか、未だにボクは生きていた。生きて苦しんでいた。ボクを哀れむ者もいた。ボクを軽蔑する者もいた…当然だ。ボクは彼らをニンゲンと呼んでいたが、ボクがニンゲンだったのだ。見下げ果てたニンゲンだったのだ。
ボクは檻の外から変わり続ける風景を見ながら、解放を待ち望んだ。泣き続け胸が痛み続ける、幾度も殺害する光景を夢に見続け、眠れない日々が続く。これが罰なら、受け入れよう。でもボクがしたことは消えない…永遠に。
幾重にも変わる景色を虚ろな瞳で眺めながら…。
ニンゲン
これも過去作品…あらだらけ;;