裏の裏は表

二度目の方はこんにちは、初めての方は初めまして。桜、亜麻色。です。
今回は友達のリクエストもあり、部活の友達の子をモデルとして書かせていただきます。
フィクションはフィクションですが、まあ、その子には楽しんでいただこうかなと。

相変らずの駄作ですが、付き合っていただければ幸いです。

序章

私は、どうすればいい?
こんな事になってしまうなんて。私は、何か間違った事でもしたのかな?
ずっと夢だったから。だから、ここに来たのに。
私は何か間違ったことを選んでしまったの? ここには、来るべきではなかったの?

真実などどこにもない。腐りきった闇の世界。
それでも微笑みだけを浮かべて、愛想を振りまく吐き気のする仕事。
フラッシュの音と眩しいほどの光が私たちを包み込む。
手を繋いで、肩を組んで、たまには頬にキスまでして。まるで夢のように仲の良い私たち。
でも、これが終われば、きっと彼女たちは私を突き放して何処かへ行ってしまうのだろう。
行かないで、と叫んでも、これはもう仕方のない事なのだ。

痛いよ、怖いよ、切ないよ、悲しいよ……
どれだけ叫んでも、この声はもう誰にも届かない。

第一章 永川瞳

まるでフランス人形のように小顔で、くりくりとした瞳が可愛らしくて、サラサラの髪が一枚の紙の中で輝いている。
雑誌をぺらぺらと捲りながら、相沢香奈は期待に胸を膨らませていた。
香奈は、今日から夢であり目標であった「モデル」の仕事をすることになっている。
幼いころからずっと憧れ続けていた。
一冊の雑誌の中で可愛らしくも美しい、モデルの人々を。あの輝かしい笑顔を。
元々顔立ちは良い方だったので、後は応募するという勇気だけだった。

そして、今。香奈は、事務所の前に立っている。
ずっと夢見ていた仕事。まさか合格するとは思っても見なかったが、合格しモデルになったというからには、頑張らなければいけない。
誰しもがなれる仕事ではないのだ。誇りと自信を持って、これからはやらねばならない。

「見ない顔だね」

背後から、突然声を掛けられたので、思わず短い奇声を上げてしまった。
クスクス、と小さな笑い声が聞こえる。羞恥心から、顔がまるで茹蛸のように真っ赤に染まった。
そんな私の肩にポンと手を置き、微笑みかける少女。

「そんなに驚かないでも。ねえ、見ない顔だけど、もしかして新しいモデルの子って君?」

彼女は、本当に美しい顔立ちをしていた。
長い漆黒の髪は高く結い上げられており、艶やかで柔らかだ。
大きく丸い瞳は茶色に輝いており、薄い唇はリップを付けているのか淡いピンク色に潤っている。
細く整った眉、可愛らしく巻かれている長い睫。
一つ一つの整ったパーツが、小さな顔に施されている。
こんなに可愛らしい少女は、正直初めて見たといっても過言ではない。
沢山のモデルを見てきたが、彼女はどこか別格な感じがした。

「は、はい! 相沢香奈、中学二年です!! よろしくお願いします!!」

「ハハハ、無駄に元気だね。そんなにかしこまらなくてもいいよ。僕は永川瞳。中学三年生で、この事務所は小学三年くらいの時くらいからお世話になってるんだ。
 それにしても可愛いね、香奈ちゃん。なんか面接だけで一発合格って聞いてたけど、なるほど確かに納得だ。
 きっと笑ったらもっと可愛いんだろうね。まあ、撮影の時を楽しみにしてるよ」

一人称が僕なので少々驚いたが、おっとりとした優しい口調に少し硬くなっていた体が軽くなっていく。
永川瞳と名乗ったその少女は、にっこりと香奈に微笑みかけた。
優しげなその微笑み。その微笑を見て、ハッと気が付く。

「永川先輩、もしかしてひとみんですか!?」

「ひとみん」というのは、雑誌で紹介されている言わばあだ名のようなものだ。
そうだよ、と笑う彼女。確かに、その微笑は雑誌に載っているいつもの彼女だ。
いつも目を細めて笑っていることが多いので、あまりよく分からなかった。
近くで見れば、美しさは倍増する。やはり、実物の方が可愛らしい。
他のモデルよりも可愛らしいと思ったのはやはり事実で、先月の雑誌では堂々と一人で表紙を飾っていた。
着飾ることなく、派手なメイクも何もなく、ただ内面の美しさが滲みだしているかのような彼女は、かなりの人気で、雑誌ではトップクラスだったはずである。
まさか、初対面のモデルが彼女だったとは。幸運もここまでくればただの奇跡である。

「入らないの? 僕はもう時間だから入るけど。良かったら、中を案内してあげようか?」

「そ、そんな、永川先輩に案内なんて。恐れ多いです」

「ハハハ、僕を一体何だと? ただの人間じゃないか。それに、位と言ったら同じようなもんだよ。
 それに、人の好意は素直に受け取るのが常識だよ」

そう言いながら、瞳は香奈の手を握り、ぐいぐいと引っ張って中に入っていった。
細く長い、傷一つない美しい手は柔らかで、滑らかだ。
同じ人とは思えない。それに、ここまで優しいと、もう恐ろしいの分類に入る。

こうして、香奈は「生き地獄」に足を踏み入れたのだ。
足の引っ張り合いの激しい、泥沼の世界に。

第二章 宮川愛

「こんにちはー、永川ですけど、新人の相沢香奈ちゃん連れてきましたー」

連れてこられたのは、撮影場所と思われる狭い部屋。
大きなカメラが何台も並べられており、フラッシュの光で目が痛い。
香奈は思わず、短い感嘆の溜息をついた。

ここが、憧れの場所。ずっとずっと夢を見続けていた、光り輝くステージ。
全てが夢と希望で包まれるような、そんな感覚。

「こんにちは、永川瞳。相沢香奈を連れてきてくれたことに関しては感謝します。しかし、時間厳守なのは知っているでしょう?
 さっさと着替えて撮影に移りなさい。相沢香奈は色々と説明がありますので、こちらにいらっしゃい」

ビシッと黒いスーツに身を包んだ女性は、ニコリと微笑むこともなく瞳に言い放った。
細身の彼女はきっと二十代後半かその程度なのだろうが、口調や雰囲気からか、とても大人びて見える。
長い茶色の髪を邪魔にならない程度の高さで束ね、整ったその顔を薄い化粧でまとめている。
美しい。美しいのだが、やはりどこかきつい感じがする。彼女の放つその冷たいオーラがそれを物語っていた。
少しでも微笑めば少しは違うのだろうが、微笑まないその無表情な表情は、どこか寂しげな感じがした。

「プロデューサーの宮川愛。鬼女で、絶対笑ったりしないんだ。僕、目茶苦茶苦手。って言うか、もう人間として見ていなよ。
 でも、こいつに気に入られたらたいして可愛くなくても上にいけるって噂。だからまあ、嫌われないようにね」

香奈の耳元で、決して聞こえないように囁いてから、瞳はニコリと宮川愛に微笑みかけた。
その微笑は、負の感情を無理矢理抑え込んだような不器用な笑みで。
見ていて吐き気がした。可愛らしいのに、あの笑みでは台無しだ。
怪訝そうに眉を顰める香奈の肩に手を置き、愛は微笑むことなく言い放つ。

「早く来なさい、時間がありません。貴女は今日からでも撮影に参加していただかなければいけないのですから」

はい、と首をまるで亀のように竦め、香奈は愛の後をついていく。
彼女は歩くその姿勢から美しかった。ぴんと張った背筋に揺れる髪。なんともまあ、絵になる。
それにしても、気のせいだろうか?
先ほどの口調、永川瞳に対していっていた口調とは、少し柔らかくなっていたような気がする。

「こちらに」

座るように促され、香奈は元気よく返事をしてゆっくりと座る。
柔らかな革製のソファは、ほのかな花の香りがする。きっと、常に何かのスプレーを振っているのだろう。
愛のその几帳面と思われる性格から考えれば、そう驚くことでもないだろう。

「改めまして、こんにちは相沢香奈。私、今後様々な関わり合いを持つことになるであろうプロデューサーの宮川愛です。
 貴女とは、面接以来の対面になるでしょうかね。まあ何はともあれ、合格おめでとうございます」

淡々と言葉を並べていく愛。
滑舌の良さとしゃべり方のスピードの速さには、驚くことしかできない。
よくもまあ、こんなに完璧なエリートのようになれるものだ。
香奈はありがとうございます、と小さく礼をし、また愛と向き合う。
鋭く力強いその瞳は、見ているだけでまるで囚われてしまったかのように体が動けなくなる。
きっと、まっすぐな性格の持ち主なのだろう。曲がったことは嫌い、そんなタイプだ。

「貴女のあだ名は先輩である誰かが勝手に決めるでしょう。私には関係ありませんので、誰かに決めてもらってください。
 その他詳しいことは、このプリントに全て記してありますので確認しておいてください。
 いちいち説明はしませんが、守れない場合は即刻辞めていただきますのであしからず。
 規則が守れないのは人間のクズです。例え可愛くとも、それでは社会では通用しませんので」

その通りである。言い方はきついが、言っていること全て間違っているわけではない。
渡されたプリントはびっしりと文字で詰まっている。
香奈はプリントに一通り目を通すと、カバンの中に突っ込んだ。見ているだけで頭が痛い。
了承ととらえたのか、愛は立ち上がり扉を開けた。

「では、早速仕事に入りましょう。まずは体で覚えるべきですから」

第三章 田中颯希

体で覚えるべきだ、と言われ、半ば強制的に連れてこられたのは、小さな部屋。
服などがびっちり左の奥の方に詰め込まれ、右側には鏡が数十枚並べられている。
と、奥から三番目に目を向けてみると、そこにはもう見事としか言いようがないほどに着飾られた瞳が座っていた。

可愛らしいブランド物のワンピース、上質な皮で出来た茶色のブーツ。
首にかかっているのは、大人っぽい金色のペンダント。
そして何より、端正な顔立ちを一層美しく彩る、プロの手によるメイク姿。
潤った唇はラメ入りのピンク色のリップが塗られ、頬には桜色のチーク。
元々長い睫をさらに長く見せる、マスカラ。瞳をさらに大きく見せる、紅色のアイシャドウ。
目は……カラーコンタクトでも入れたのだろうか。茶色からピンク色に変わっている。
全身ピンク色だ。まあ、それも仕方がないだろう。今年の流行は、何よりもピンク。
正確に言えば桜色なのだが、きっとそれを意識したコーデなのだろう。
それにしても、よく似合う。漆黒の髪も、おろしているだけで一気に大人っぽく見えた。

「あ、香奈ちゃん。さっすが宮川、手を回すのが速いねぇ。うん、まあ、お疲れ様。
 じゃあ僕これから撮影だから、頑張ってね香奈ちゃん。応援してるよ」

香奈の肩をトンと叩き、手を振りながら瞳は姿を消した。
まるでドラマのワンシーンかのようだ。本当に、絵になる。

しばらく見惚れていると、後ろから一人の女性に肩を叩かれた。
振り返ると、そこにはおっとりとした雰囲気の女性。宮川とは大違いだ。
微笑みを浮かべて、香奈の方をじっと見つめている。

「え、あの」

「ああ、ごめんなさい。私、田中颯希と言います。貴女を担当する者だから、これからよろしくね。
 それにしても可愛いわねぇ、面接で一発合格って言ううわさは聞いていたけれど……。
 貴女、きっと大物になるわよ。香奈ちゃん、だっけ? まああだ名はそのままカナ、とかでいいんじゃないかしら。
 まあとりあえずこちらにいらっしゃい。今日は肩慣らしの撮影体験みたいな感じだから、固くならないでね。
 はいはい、じゃあ始めますよ。とりあえず貴女にはショートパンツが似合うかしらねぇ。髪短いから。
 でも綺麗な髪してるのね、アレンジのし甲斐があるわ。ああ、肌も綺麗! きめ細かいのねぇ、メイクノリきっといいわよ。ああ、早くメイクしたい!」

それにしても、よく喋る人だ。
ペラペラ、ペラペラと、休むことなく口が動いている。
と言うか、よく噛まずに言えるな、と、それだけが感想だった。
宮川もよく喋るが、それは雑談とかそういう類のものではなく、マニュアル通りの台詞、と言った感じだった。
だから、落ち着いているし言っては悪いが無感情だ。
しかしこの人は、全てにおいて雑談に近いので、自分のペースで勝手に喋っていた。

「はい、この服着てね。着終わったらメイクするからこっち来てね。
 それにしても、さっき永川ちゃんに見惚れていたみたいだったけど? 憧れなの?
 そうね、あの子は確かに大物だわ。可愛いし、一つ工夫するだけで雰囲気をがらりと変えてくるから、モデルとしての才能はピカイチよ。
 まあ、初心者の子はみんなあの子に見惚れてしまうものなのかしらねぇ」

香奈はさっさと服を取ると、着替え室に逃げ込んだ。
あの人の話を聞いていたら日が暮れてしまう。おっとりとした顔立ちとは裏腹に、よくしゃべる人だ。全く。

それにしても、と、香奈は改めて渡された服を眺める。
可愛らしい。いや、可愛いというよりかは、格好がいいと言った方が正しいかもしれない。
白色の英語がプリントされたシャツ、短めの黒色のジャンパー。
そして何より、太ももの半分ほどしかないほどの黒色のショートパンツがインパクトがあった。
生足でこれを着ろというのは、かなり無理がある話である。
その代わり膝ほどまである少し長めのロングブーツで隠すことはできているのだが……それでもやはり、少し恥ずかしい。

しかし、我儘など言ってはいられない。
香奈はさっさと着終わると、着替え室から出て先ほどの部屋に戻った。

「あらあらあらあら~、よく似合っているわよ、香奈ちゃん。やっぱり足長いのね。それに細いわ。
 貴女よく服で足隠してない? 全く勿体ない事するんだから。まあいいわ、座って座って」

せかされ、思わず急いで席に座る。
大きな鏡が香奈を映し出す。

「うん、じゃあ色々アレンジしてあげるわね。はい、動かない」

後は、本当にされるがまま、だった。
ペラペラとずっと喋っていたようだが、それでも腕だけは確からしい。
次々、スピーディーに事が進んでいく。
休む間もなく変わっていく自分の姿に、ただ驚くことしかできなかった。

「……ねえ香奈ちゃん。本当に貴女は、永川ちゃんはトップモデルだと思う?」

突然の質問。正直呆然としていた香奈にとっては不意打ちだった。
思わずびくりと体を震わせる。
田中は笑いながらごめんと謝ると、また作業を進めた。

「瞳さんは、凄い人だと……思います。綺麗だし可愛いし、才能もあって」

「うんうん、そうね。確かに綺麗だし可愛いし才能もあると思うわ。でも、私はあの子はそれだけだと思ってる」

突然、田中が真剣な表情になる。
この人もこんな顔をするのだと、正直香奈は心底驚いていた。

「才能に溺れて、本当にすべき事を失っているように見えるわ。モデルとは一体何なのか……あの子はもう全てを忘れてしまっている。
 嘘で塗り固められた笑顔。溢れかえってくる自信。何の中身もない行動。……きっと愛は、全てを見抜いている。
 でも世間はあの子をトップモデルだと称して世の中にどんどん放り投げていくのでしょうね。
 でも、中身のない人間は、いずれ飽きられる。きっと世間の使い捨て人形で終わるわ。
 私も愛も、最初は止めようとしたのだけれど……あの子はもう目の前が見えてない。
 可哀想な事ね。まだあんな幼い子供だっていうのに……全てが分かった瞬間、あの子は一体どうなってしまうのかしら……」


香奈はこの時、田中の言った本当の意味が分からなかった。
ただ、違うそうじゃないと心の中で批判することぐらいしかできなくて。

それが思い知らされたのは、この日から約一年後――……

第四章 違和感

ドレスアップ、メイクアップされた香奈は、本当に別人のようだった。
元々きめ細やかな肌をしているのだが、田中の手により今は光にあたると美しく反射して輝いている。
プロの者が手を加えるだけで、こんなにも人は変わるものなのか。
正直、内心叫び声をあげたいほど驚いていた。

「さあ、こちらにいらっしゃい。撮影、体験してみようか」

ぐい、と腕を引っ張られ、まるで押し込まれるかのように入れられた、撮影所。
その中心に立つのは、フラッシュの光に包まれた一つの花。
輝いているその花は、きっと踏まれたことなんて一度もないのだろう。
のびのびと微笑むその花は、全てを支配している女王のようだ。

しかし。どこか、違和感があるのは気のせいか。
胸の奥の何かが突っかかっているような、そんな不快感。
見ているだけで、苛々する。
美しすぎて嫉妬しているのだろうか? ……それも、どこか違う気がする。

と、すぐ隣を見てみると、壁にもたれかかって瞳を見つめている宮川がいた。
不愉快そうに眉を顰めて、瞳の方をただ見つめている。
何故かいてもたってもいられなくなって、香奈は宮川の元へ駆け寄った。

「あの、宮川さん」

「……相沢香奈ですか。とても似合っていますよ、その服装。さすが颯希。センスがありますね。
 ちゃんと見ておきなさい、彼女の事を。これから先、大先輩になる人間ですから」

無表情で淡々と、宮川はそう告げた。
しかし、ここにも違和感が漂っている。まるで着飾っているような、そんな言葉。

こんな事を言ってしまったら、どうなってしまうのだろうか。
怖い。しかし、言わずにはいられなかった。

「ありがとうございます。……あの、永川先輩についてなんですけど。
 何か、その。違和感って言うか不快感って言うか、何て言うか……分かんないんですけど。何だか、見ていて苛々するんです。
 あ、その、別に嫉妬とかそう言う訳じゃなくって、永川先輩が嫌いとか、そう言う訳じゃなくって……その」

どういえば分らないため、どうしてももじもじとしてしまう。
宮川はそんな態度がきっと嫌いなはずだ。香奈は怒鳴られることを覚悟し目を強くつぶった。

しかし、宮川は何も言おうとしない。
思わず目を開き、宮川を見る。すると、宮川は驚いたように目を見開いていた。
いつも、無表情で顔を整えていた宮川。しかし、その彼女は今、その表情を崩し香奈を見つめている。

「……相沢香奈、貴女がまさかそんな事を言うとは思いませんでした。
 そうですね。貴女の言う通りです。何も怖がることはありません。私も同意見ですよ。
 相沢香奈、貴女にとってモデルと言う仕事は一体何ですか?」

唐突な質問。思わず、気の抜けた返事をしてしまった。
急いで表情を整えて、コホンと咳払いすると、深く考えてみる。

モデルとは何か。根本的で、基本的な事なのに、考えてみると難しいものだ。
しかし、浮かんでくる答えは一つ。
無邪気で無垢な、瞳輝かせて雑誌を読んでいた、昔の自分と重ね合わせて。

「私の生きがい。私が大好きな仕事です」

自然に零れる笑顔。溢れ出る、夢や希望。
すると、宮川は口元に柔らかな笑みを浮かばせた。
それを見た瞬間、呼吸が止まってしまうかと思った。

一言。美しい。
冷え切った世界が一瞬にして温かく包まれたような。そんな、笑み。

「それが分かっているのなら、もう貴女は大丈夫です。いいですか、その思いを決して忘れてはいけません。
 モデルとは、人に夢や希望を与える仕事です。決して、自己満足の世界ではない。人のためなのです。
 人のためにならない仕事なんて、この世には一つもありませんからね。
 頑張りなさい、香奈。貴女ならきっと、永川瞳を超えられる」

そう言い残して、返事さえ聞かずに。
宮川はその場から立ち去った。その姿は勇ましく、それでいて美しく。
一瞬聞こえた、自分の名。フルネームではない、その名。
心の底から嬉しかった。彼女に喜んでもらえた、ただそれだけが純粋に嬉しかった。
人を幸せにすることがこんなにも心地が良い事なのかと。
ただ、嬉しかった。

そんな香奈の姿を冷えた目で見つめる女が……一人。

「宮川に手を回しだしたか、あのブス……。僕に勝てるとでも思っているのか」

吐き捨てるようにそういう女。
ピンク色の服と黒色の髪が、風で揺れていた。

裏の裏は表

裏の裏は表

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-11-13

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 序章
  2. 第一章 永川瞳
  3. 第二章 宮川愛
  4. 第三章 田中颯希
  5. 第四章 違和感