practice(58)



五十八







 『バスタブの栓を抜いておいたよ。』というメッセージを受け取って,固形の石鹸に買い直した人は包む紙にシールで貼られていた名称をポンプ式のものでも見たことがあったし,今まで使っていたものとそんなに変わりはないかと判断した。一個は二百円以内,二個が丁度その人の手に収まる。レジに行く途中で見つけた健康食品コーナーの中に混じる縦長のブルーベリーのクッキー(?)を指で挟んで,その人が支払いに要した数分はレシートとともに返ってきた。その人は聞く,今のでポイントはもう縫いぐるみと交換出来るらしい。差し出した一覧表を見せながら,お姉さんがその人に言った。その人はそれをオットセイと思った,けれどセイウチなんですと予め直された。その人が受け取ってから見ればその牙は白くて小さく,ビニール袋は新しくなかった。その人はそこで思った,「いつ破いてもいいけれど,いつ破こう」。
 その人が出れば店外で慌てて洗濯物を手渡す,これは洗ったものだからと男性は別の男性に言って自動で開く貸衣装店に戻っていった。受け取った男性もすぐに走り出して,あっという間に走り去って行く。そして片っぽの手袋が一つ残されて,街に周囲というものがそこで出来た。午後の最初の便が,上空を飛び始めたところだった。今にして思えば,それが見えていたのか,器用に屈んで片っぽの手袋を拾った着ぐるみのその犬は,カラフルな風船とともに貸衣装店に入っていこうとしたところを付き添いの同僚と思われる女性に止められて,彼女が代わりにその手袋を渡しに店内へ入っていった。するとやっぱりその男性はまた出て来る,きっと渡しに行こうとしているとその人も思った。それでそのまま走って行こうとして,彼女が二,三言を男性と交わした。そして今度の彼女は『その』代わりとなって走り出し,力強いスタートダッシュでその人のすぐ側も駆け抜けて,先の高架化している別路線の線路をトンネルとしてあっという間にくぐり抜けて角をすぐに,曲がって消えた。それを見届けて,立ち止まった私と男性とその犬となっていた。ただし男性はすぐに店内へ戻った。
 着ぐるみであるその犬の顔に合わせて正しくいうのなら,その人と犬は見つめ合っていた。三色でカラフルな風船をたくさん持つからとあるセールへ向けて配り始めるために,他店とか,他の何処からその犬は出てきたばかりかもしれなかった 。
 互いに交わした軽い会釈があったまま,その犬は赤と黄色の風船を一個ずつ別に分けながらその人に近付く。オーバーオールの姿で,微笑み絶やさずの口を開け,その間をカートが通った。おそらく時間通りの配送を終えて,配達員は定時連絡を済ませている。その配達員の帽子は型崩れなんてしない生地も丈夫なもので,濃いめの紺色,会社名が刺繍されていてもきっと遠くからでは目立たない。もしかするとその犬にあったらもっと様になるのにと,その人が思ったのだった。足りない,というのは勿体無いというより正しいくらいに。その人は,ポンプ式のものを捨てたあとで空いたスペースに何か置かなければいけないから。それは石のように硬いものでなくて,原色であるところが強くなり過ぎたりしない,備え付けられた台からはみ出ずに収まり,用いるから必要と首肯できるものを。一例のアヒルのように浮かせて,あるかもしれないオットセイの玩具のように潜らせたりすることが出来たりするものを。
 『買って置いて。』と言わないから,その人が買うものを。
 今かもしれない,提げているお店の小さいポリ袋の中を見れば,固形の石鹸の上に眠るセイウチは新しくないビニールに梱包されている。縦長のブルーベリーのクッキー(?)が乱雑に入れられて立って,つぶらな瞳が見上げている。牙が白くて目立っている。その人に,別のメッセージが届いた音が上着のポケットからなったところでその人が,たった一歩だけ踏み出す。代わりにセイウチは袋の口から高い高い,また行く空の巡航を見上げていた。袋の中の,袋の中で,そして花を上げるように犬は膝を折る真似をして,その日最初のキャンペーンにしていた。赤と黄色は確かに,細い紐で括られて結ばれていた。
 二個は特別なのかもしれなかった。それを受け取り,それを渡して,風船というものが辺りを飛んでいなかったのは事実だった。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-09

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