不思議の国の少年少女(2)
第二章「不思議の国で会いましょう」
踊り狂ったドラゴンがピョートルに襲いかかる。
「ひっ」
ピョートルは怯えながらも右に全力で跳び、かろうじてドラゴンの猛攻を避ける。
だが――
(次はない……)
この一回だけでも奇跡のようなもの。それが二度続くことを期待しては罰が当たるというものだろう。
「へえ、すごいね、ピョートル。でも――次はないよ!」
エリザベータがドラゴンに指示を下す――ドラゴンが再び襲い掛かる――
(どうする!? このままじゃ殺されちまうぞ!?)
悩むピョートル。だが、時間がない。
ドラゴンの牙が、ピョートルに――――
「出でよペガサス!」
誰かの叫び声。そして現れるペガサス!
「なっ」
声の主はペガサスに跨がり、ピョートルの首根っこを掴むと空高くへと飛び出した。
「貴女は誰なんだ?」
ようやく落ち着くと、ピョートルは自らを助けだしてくれた少女に名を尋ねた。
「私はヴィクトリア。数年前にこの“不思議の国”に迷い込んだ者よ」
ブロンドヘアーで碧眼の少女――ヴィクトリアは即答する。
「“不思議の国”?」
「ええ、そうよ」
「は、ははは。俺はおかしくなったのか? それともおかしいのは貴女なのか? 訳分かんねえよ……」
ピョートルはうなだれる。
「……無理もないと思うわ。現に私も最初はそうだったもの。けど――それならこのペガサスは何だというの?」
そう言ってヴィクトリアは自らがまたがるペガサスを指差す。
「それは……」
言葉を失うピョートル。
「今すぐに全てを理解しろとは言わないわ。けど、おいおい理解していく必要はあるわよ」
「……分かった」
ピョートルはしぶしぶ頷いた。頷くしか無かった。
「――ところで、今は何処に向かってるんだ?」
「私たちのコロニーよ」
「“たち”?」
「ええ。私たちは私、メアリ、アン、チャールズ、ジェームズの五人で来たの」
飛ぶこと数時間。ピョートルとアンナがたどり着いたのは不思議の国の不思議なお城。
「何だこれ……」
「ふふふ、凄いでしょう?」
ピョートルが城を見たのはこれが初めて。驚くのも無理は無い。
「Hey ,Victoria. Who is he?」
ピョートルが城を眺めていると中から男性が一人。
「?」
彼がしゃべっているのは英語。ロシア人のピョートルには当然ながら何て言っているのかわからない。
「Charles, please speak in Russian.」
ヴィクトリアも英語で話す。もちろんピョートルには分からない。
「ああ失礼。君はロシア人か。で、君は誰だい?」
男性――チャールズは、ピョートルにも分かるようにロシア語で尋ねた。
「俺はピョートル。ついさっき、ヴィクトリアに助けてもらったんだ」
「ほう?」
アン、チャールズ、ジェームズの三人も呼んできてもらってからピョートルはヴィクトリアのサポートを受けながら自己紹介した。
「なるほどねぇ……僕らの他にもここに来ることがあるんだ」
そう言って、高身長で痩せ型、短髪の青年――チャールズが嘆息する。
「まあ、俺達だけに特別何かがあるわけでもないし、そういうこともあるだろうな」
こちらはジェームズ。彼はチャールズとは対照的に背が低くてぽっちゃりで長髪。失礼ながらちょっと気持ち悪いとピョートルは思ってしまった。絶対に口にはしないが。
「ところでさ、どうしてみんなロシア語話せるの?」
どうしても気になって仕方がなかったのでピョートルは尋ねた。それも当然。なんと、ここにいるイギリス人達はみんなロシア語がペラペラなのだ。
「ヴィクトリア、あんた教えてあげてないの?」
ヴィクトリアをジト目で見つめるくせっ毛の長髪の女性、メアリ。
「だって、面倒だったし……」
ヴィクトリアがブツブツと言い訳している。
「貴女はいつもそうなんだから……。では、代わりに私が説明しましょう」
何だか随分と几帳面そうなストレートなショートヘアーの女性、アン。
これがこの城のメンバーだった。全員ヴィクトリアと同じく金髪碧眼。ちなみにピョートルとエリザベータは髪も眼もどっちも灰色。
「この世界では何でもできるのです」
「な、何でも……?」
アンがはっきりと断言するが、ピョートルは疑わしそうな声を上げてしまう。
「だよねー。やっぱそれが普通の反応だよね~」
と、チャールズ。
「全員が通ってきた道だ」
ジェームズも感慨深そうにうなずく。
「はい。自分が想像できることならなんでも出来ます」
「私がペガサスを出したのもそれよ。要は、自分で想像できさえすればなんでもできるの。今私達がロシア語を話してるのも、“ロシア語を話している自分”を想像しているだけ。細かい文法だの単語だのを知らなくてもそうするだけで喋れちゃう。便利なものよね~」
「……ミス・ヴィクトリア、私が説明するといったのですが?」
アンは随分と不機嫌そうだ。ヴィクトリアを睨んでる。その目が、怖い……。彼女が何かを説明するときには絶対にその約を奪わないようにしよう……と密かに誓うピョートルだった。
「そんなアバウトでも良いんだ。ってことは、エリザベータがドラゴンを出したのも!?」
「ええ、おそらくね。あなた達、まだこっちに来たばっかりなんでしょう? なのに、いきなり“クリエーション”が使えるなんて凄い子もいたもんね。私たちは一年くらい経ってようやく気付いたってのに」
どうやら先程の技術を、彼女らは“クリエーション(創造)”と名づけたようだ。そのままと言えばそのままだが、名前なんてそんなものでいいのだろう。凝った名前なんてつけたって分かりづらいだけだ。
「“クリエーション”……脳内にイメージを創り、それを顕す……」
ピョートルがイメージを創造する。
(それは白い。それは長い耳を持つ。それは小さい。それはニンジンを好む。それはウサギ……!)
すると、ピョートルの思い描いたままのウサギが顕現した。
「できた!」
なんとも拍子抜けするほど簡単なことであった。
「……マジかよ」
初めての“クリエーション”成功に喜ぶピョートルを、ジェームズはどこか畏怖の念を込めた視線で見つめる。
「え?」
ピョートルが周りを見渡してみると、彼に同様の視線を向けている者がジェームズの他に四名――つまり、ピョートル以外の全員が驚愕していた。
「……さっき、一年くらいして“クリエーション”の存在に気付いたって言ったわよね?」
ヴィクトリアがおずおずと言う。
「う、うん」
ピョートルには何故皆が驚いているのか理解できない。
「けれど、それを上手く扱えるようになったのはつい最近の話なの」
「――え? そ、そんなまさか……。だって。こんな簡単なのに――」
「は、ははは。こいつは凄えや。ねえ、もしかしたら僕達、帰れるかもしれないね」
「え、ええ」
そう言うチャールズとアン。
「へ?」
ピョートルには、何が何だかさっぱりわからない。だが、“帰れる”という言葉には敏感に反応した。
「元の世界に帰れる方法があるのか!?」
「こっちが知りたいわよ……」
メアリがため息混じりに答える。
「それを君に探してもらうんだよー」と、チャールズ。
「『だよー』と言われても……」
「まあ、どっちにしろ今までどおりでいいのよ。そうしていればそのうち帰れるわよ。…………たぶん」
「たぶんって…………」
ヴィクトリアの頼りない言葉に失望の念が表面化してしまう。
ピョートルたちが、ああでもない、こうでもないと話していると―――突如、轟音が鳴り響いた!
「何だ!?」
「今のは……チャールズ、ジェームズ、ちょっと見てきて!」
驚くばかりのピョートルをよそに、ヴィクトリアが二人に指示を出す。
「あわあわあわあわあわ…………」
こういう時にこそ活躍する―――はずの委員長タイプのアンは慌てふためくばかり。
「何の音かな~」
天然メアリは好奇心が抑えられない。
「とにかく見てくるよ!」
チャールズとジェームズが音のした方へと走って行く―――
「―――その必要はないわ!」
女性―――エリザベータの声とともに、轟音―――ドラゴンの雄叫びがピョートル達の間近で鳴り響く!
「エリザベータ!?」
突然の最愛の人の登場に驚くピョートル。彼はいつも驚いてばかりだ。こんな状況では仕方ないが。
「久しぶり、ピョートル。ああ、貴女は本当に美味しそう。さあ、食べておしまいなさい!」
エリザベータが手を振り上げ、それに呼応しドラゴンがピョートルの元へと襲いかかる!
「ひっ!」
(考えろ、考えろ…………!! ドラゴンを倒すためには、どうすればいい。何を“クリエーション”すればいい。何を……)
考えるピョートル。だが、時間がない。
(もっと速く考えるんだ。高速思考の俺を、“クリエーション”だ!)
ピョートルの思考が加速する。脳内の全ての引き出しを超高速で開け、手段を模索する。その解は―――
「…………それは竜を殺す。それは無敵の肉体を持つ。それは英雄。それはジークフリート!それは―――俺!!」
ピョートルの身体が光り、そして―――
「…………」
そこにいるのは紛れも無く大英雄―――ジークフリート!
「ふんっ!」
ジークフリートが跳ぶ。その手にはバルムンク。エリザベータのドラゴンの元へ一瞬で迫り、そして一刀両断する。
「オオオオオオオオオオオオン!」
ドラゴンが苦痛に耐えかね絶叫し、そのまま息絶える。
まさに無敵。まさに英雄。これがあのピョートルであるとは、普段の彼を知る誰にも想像が及ぶべくもない。
ピョートルの身体が再び光り、光が消えるとそこにいるのはいつものピョートル。
「はは、は。やったぜ、ドラゴンをぶっ倒してやったぜ!」
ピョートルがガッツポーズを決めながら勝利の雄叫びを上げる。
「う、そ…………」
その一部始終を見届けたヴィクトリア達は、ただただ驚愕するばかり。
「あはははは! あはははは! 流石ね、ピョートル。また来るから、その時まで御機嫌よう!」
そう言うと、エリザベータは箒を取り出し跨がり、笑いながら魔女のように空を飛んで去っていった。
それにも気づかず叫ぶピョートル。
喜びは深く止めどなく。
今はただただ勝利の美酒に酔いしれる。
「………………」
一方のヴィクトリア達はまだまだ固まっている。
彼女らのフリーズが溶けるのは、はたしていつのことやら。
不思議の国の少年少女(2)