終わり逝く光

 朝起きたら、目が見えなくなっていた。突然で最初は部屋が真っ暗なんだと…思った。でも違ってた…最初は家族は、僕が悪ふざけでそうしてると思ったらしい…学校へ行きたくない言い訳だと…でも真剣な僕の訴えに病院へと連れて行かれ、そこで医師が下した診断は後天性の失明だった…。



 昨日まで普通に見えていた世界はとても明るくて本当に輝いていた…色や景色があたりまえすぎて気づかなかった。今僕に見えるのは真っ暗な暗闇だけ…もう二度と僕は、この世界を見ることが出来ない…。目を閉じても、開いても…もう何も見えない、家族の顔も、親友の顔も、好きなあの子の顔も見ることができない…もう二度と…。暗闇の世界だけが僕の居場所で、ただ一人取り残された。



 当たり前の事ができなくなった。僕はもう一人ではどこへも行けなくなった。誰かに力を借り無ければ生きていけなくなった。家にあるトイレにすら…もう僕は一人で行けない。食卓で椅子に座る僕には、目の前に…どこに何があるのかわからない。手探りで僕は目の前にある食器を探す。声だけが聞こえる。少し迷惑な様な家族の声…それは同情でも無く疲れている声だった。何も悪い事なんてしていないのに、僕は責められていた。



 惨めで…悔しくて、胸がいっぱいになる。どうして…どうして僕が責められるのだろう。見えなくなったのは僕のせいじゃない。頬を伝うものが落ちていく…僕が泣いているのを見て母が泣いている声が聞こえた。



「ごめんね…ごめんね…」



 泣きながら母がそう言った。…そうじゃない僕が泣いているのは、そうじゃない。もし僕の目が見えていたなら、こんな思いをさせなくてすんだ。でも僕はこの暗闇で何も出来ない世界に閉ざされてしまった。無力な自分が悔しかった…惨めだった。両親は共働きだ。でも僕の為に母は学校へと送り迎えをする。続けていた仕事は朝早いものだったが、僕のために仕事を変えた。僕が居なければ良かった…僕なんて居なければ良かった。僕さえ居なければ父も母も普通に生活出来る。でも…もう僕が居るからそれはできない。



 学校でも僕は世界が変わってしまった事を知った。…当たり前の様に見えていた黒板はもう見えない。ノートを取る意味も無くなってしまった…いやどこにノートがあるのかペンがしっかりと文字を書けているのかすら、もう、わからない。休み時間僕は友達からもの珍しそうに声をかけられた。声の位置から友達の声を探しあてる。でも、おそらく僕はちゃんと友達の顔なんて見ていない。

 僕は突然腕を捕まれて先生に連れられて、職員室に呼び出された。先生は僕に転校を進めた。僕と同じように見えない人達が学ぶ為の学校へ行くようにと…。

 もう僕はみんと同じように学ぶ事はできない…もうここにいる事が出来ない。暗闇に僕は一人…世界は僕の居場所すら奪おうとしてる。そして僕はそれに抗う事すらできない。



「やはり無理がある…お前には悪いが授業に出せる状態とも思えない…これが続くのは問題だ、ご両親のお願いで一日だけ様子を見ると言う話だったが、結果的に言えば全部お前の為にはならない」



「なんで…僕だけ…」



「大変だけど…負けるな…お前以外にも障害に立ち向かう人達は居るんだ」



先生はそう言った。



 悲しかった。悔しかった。惨めだった。当たり前だと思っていた。違っていた。無力だった。そして…寂しかった、苦しかった。誰にも言えないことが辛かった。叫んでしまいたかった。でもどうにもならない事がわかっていた。もし願いが叶うなら…もう一度だけ、失われた景色を見たかった。



 頬に暖かい日差しがあたる。



「…夕日ですか?」



 僕の質問が先生にはわからなかったようだ。



「今、ここに夕日が差し込んでます?」



「ああ…見えるのか?」



「いいえ…でもこの日差しだけは変わらないですね」



「そうか…ああ、いま職員室は真っ赤な夕日で照らされてる」



「きれい…なんでしょうね」



「そうだな…」



「ちゃんと見ておけば良かった…当たり前すぎて気づかなかったです」



「…編入の話をご両親にしておいてくれ」



「わかりました…」



 僕以外にも…障害と立ち向かう人達…先生はそう言った。…目が見えなくなって学校に来られるなんて思ってなかった。でも父と母がそんなお願いをしていたなんて…でも先生の話を聞いてわかった。きっと認めたく無かったんだ…僕の目が見えない事を…障害を持ってしまった事を…信じたくないんだ。僕は一人暗闇に居るのに…父も母もまだ僕が目が見えると信じていたいんだ。食卓の事を思い出した…孤独だったんだ。



 しばらくすると母が迎えにきた。疲れたような、申し訳なさそうな声で職員室に入ってきた。



「すいません…ごめんなさい仕事で遅くなりまして…」



「いえ、良いんです…ところでお母さん…」



 先生が僕にした話をした。



「無理なんですか?本当に無理なんですか?!」



「お気持ちはわかりますが、学校に盲人を受け入れる準備も援助も体制が整っていないんです」



「でも…」



「盲学校への編入手続きをお願いします」



 その言葉に母は泣き出した。…それは僕の考えた通りの涙だとハッキリわかった。僕以上に認めたく無かったんだ。泣き声を上げるの聞きながら僕は改めて一人であることを知った。心が冷たくなっていくのがわかった。



「帰ろう…」



 僕の声に母はひとしきり泣いた。僕の為に泣いてる訳じゃない。それは不幸な息子を持った自分の為に泣いていたのだ。僕は一人暗闇に閉じ込められているのにも関わらず。それが現実だった。



 学校から戻り母が父に編入の話をした。



「せっかく頑張ったのにな…」



 疲れた様な、呆れたような声で父は言った。



「行くよ…」



 僕のその言葉に母は泣いた。



「わかった…」



 今にもため息が漏れそうな父の声と母の泣き声…陰鬱な食卓だった。少し前まで一緒にテレビを見ながら冗談を言い合い笑っていた家族が、僕の失明から壊れていく。僕のせいで壊れていく。辛かった。心の奥底にしまいこんだ感情がわき上がってくる…『死にたい』という感情が…。僕が生きていくのには家族が必要だった。でもそのせいで迷惑をかけている。それが辛かった。



 壁伝いに自分の部屋へと戻る。朧気な記憶の部屋。好きな漫画、ゲーム、どれも意味のない物になってしまった。唯一残った音楽だけが僕に残された物だった。もう帰れない…その現実だけがある。誰にも言えない言葉がどんどん僕の心を押しつぶしていく。真っ暗な部屋に僕一人。布団にくるまり泣いた。帰らない物が多すぎて…失ったものが多すぎて…ただ泣いた。温もりの無い冷たい暗い部屋。布団を濡らしていく涙と自分の泣き声だけが響いていた。



 夢を見た…景色も人も消えて行く…黒く塗りつぶされていく夢をみた。全て消えて行く…何もかも消えてしまう…そんな夢だった。



 朝起きると、寝る前と同じように僕の目からは涙が溢れていた。…今が朝なのかそれとも夜中かもわからない。今更になって怖かった。見えないことが苦しかった。暗闇に一人でいる事が寂しかった。優しい声が聞きたかった。笑い声が聞きたかった。…もう疲れた声や呆れた声や泣き声なんて聞きたく無かった。残された音だけの世界が辛かった。見えるよりもハッキリとした世界が…耐えられない。もう…耐えられなかった。



 記憶を頼りに机からカッターナイフを探り当てる。無機質な感触が手に伝わる。カチカチという音が響く。指で探る刃が冷たかった。刃を手首へと当てる。冷たい感触から突き刺さる様な痛みが手首に走る。…不思議と痛みが少なかった。暖かいものが手首を覆う。刃を首筋へと当て引き抜いた。吹き出す様な感触した。首筋から暖かいものが伝う。再び布団へと戻る。手にしたカッターナイフで何度も何度も斬りつけた。痛みより伝わる温かさが心地よかった。布団が少しずつ熱を帯びていく。…それはまるで夕日の中にいるかのような心地良さだった。自然と笑みがこぼれた。欲しかった温もりがあった。体を覆う暖かさで自然に笑みがこぼれる。



 …でもしばらくすると急激に寒さが襲ってきた。暗闇とあまりにも非常なほどの冷たさが全身を襲う。体の震えが止まらない。



 光が見えた。まぶしいけど瞳を閉じても刺すような光が僕を包んだ。もう寒くも無い。安らぎにも似た眠りだけがあった。



静寂と光と安らぎ…僕は笑う事ができた。

終わり逝く光

昔の作品が落ちていたので拾って貼ってみた…がどうもイマイチですね。

終わり逝く光

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2010-10-12

CC BY-ND
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