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五十七







 水道水が通って注ぐ,キッチンシンクの中の白い大皿と使い慣れたナイフは順番に泡を落とした。それを広々と置いた水切りかごに入れる,大小さまざまなスプーンの手元に近いものから手に取る。柄が赤々としているもの,小さいものの中には油を注ぐために使ったのもある気を付けて洗ってから,それから。
 しかし奥の寝室で電話の子機が鳴って,いつものようにエプロンを身に付けていなかったから,キッチンに備え付けの引き出しに掛けていたワインレッドのタオルで泡ごと手を全部拭ってしまって,小走りにそれを取りに行った。ドアは今も開けっ放し,整えられる前の掛け布団に膝から乗って,バックライトは薄暗さを押しのけた電話番号を表示する。登録していない人だ。しかし通話ボタンを押した。交わす言葉は分かっている。午後の八時,大丈夫。「うん,大丈夫。」。「そっちは?うん,」そっちは。
 出窓側に向く,あられもないラバー製のおもちゃの踊り姿は捲れた毛布の山の上だった,民芸品のぼんやりとした逆さまの姿で,きちんと昼夜を守って落ちている。もう直に見えない微笑み,絶やさない造り。ラインナップに意味を持たせて,並べられたら他のキャラクター商品が置けなくなった。ちまちま上げて,少しは飾った。付加価値付きのものはあげた。おかげで出来たスペースに,グラスケースが用途に分けられて二個と三個と並んだ。ペーパーブックも置かれたのだった。
 『見ないと分からないそれは,こちらがとても微笑むものだった。』と記述していた昨夜のものはどう続くものだったか,ベッドカバーのベージュはとても薄めで(だから白に近く),そして無害なものと奇妙な紹介をした家具屋の人の名前はグッドマンなものだったと,冗談で言っていたところだったのに。眠っている人を起こせないことを共通点とする彼らは,波打つような皺をベッドの端まで伸ばして,切るボタンを前に「じゃあ,また後で。」か「うん,じゃあね。」のどちらかを言うことになるのを,ニュースキャスターが知っていた。
『うん,じゃあ遅れるなら連絡して。』
 分かった,
「うん。」
 分かった。
 伝えた子機を戻して,洗い物はすぐに終われば片付けた。貰い物の箸,大皿,一度手を拭って,ナイフは最後にしてスプーンを様々な大きさで仕舞った。そして冷蔵庫は開く,中には父から箱で貰ったチョコレートの残りがあった。一個も噛めない程に硬くなっている訳がない,だから一個取り出し,歯で咥えて,もう一個はそのまま手に乗せた。相手の好みであるミントの味は嫌いじゃない。今は水も要らない,乾燥に強い鉢植えの月面みたいな植物を目の前にしてディスプレイの表示が上手くいかない本体も側に置いた,丸テーブルに肘をつく。電話帳が上に置かれた,読みかけのペーパーブックはまた別にあった。
 タイトルは随分とこなれている。『フェレットはまた気まぐれだそうだ。尻尾を横にもフリフリして,時間だって無駄にしない。』,開いたまま,受話器を取った。電話番号は見ないで掛けた。

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-07

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