見上げる空の幸せ

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見上げる空の幸せ

   見上げる空の幸せ


                                                   氏名 金平糖(こんぺいとう)

 プロローグ 「春の台風」

 夏の暑さが終わりを迎えた九月中頃。
 私ことリュウチョウアヤメは現役高校生だ。
 人間が人生で一番楽しい時間、それが高校時代だ。
 私も途中まで、それを身に感じながら生きていた。学び舎で勉学を励み友達を作り好きな場所へ遊びに行く。
 それに他の人と違うのは恋が混ざっていた。
 その恋、私は普通の恋だと当時は考えていた。しかしちょっと考えれば子供っぽ過ぎて大人になった時の笑い事に収めたいほどだ。
 山の上にある高校を目指して歩く一学生。性別は男、細めだが顔はイケメンで同学年では一、二を争うほどである。
 その男の子が私の恋する相手で絶賛片思い中なのだ。
「待って~、相馬君」
「おお、美緒じゃないか。どうしたんだ」
「どうしたんだ、じゃないわよ。一緒に学校行くって付き合うときに決めたじゃないの、もう忘れちゃった?」
「ああ、そういえば……」
 とぼける男子高校生に呆れ顔の女子高生。普通の彼氏と彼女の関係がそこにはある。
 ありふれた高校生の一ページ。
 それを長髪の茶色い髪が風に揺れながらも観察する一人の女の子、つまり私には妬ましいという気持ちがある。
 なぜならば私はイケメンの彼、相馬君。その彼女がいる男の子が好きになってしまったのだ。
 片思いの相手に彼女がいるのは一見不幸ではあるが、その方が私は燃える。
「もう明日からはちゃんと時間合わせてね?」
「ああ、わかった」
 ネクタイの色や、制服で同じ学校だとわかる三者。いやもう一人登場人物を増やして四者が正しい表現だろう。
「今に見てなさい絶対別れさせてやるんだから」
「もう止めとけってアヤメ。あいつらいいカップルじゃないか」
 監視(かんし)している私の後ろからだるそうに自分の髪の毛を触り文句を浴びせる人物。
 先ほどの男とは、ランクは落ちるが至って普通の顔に髪は染めておらず若者より堅物の印象がある。しかし見た目と違って行動力はかなりあり、思いついたらすぐ考察して動き始める……天然だけど。
 成績も期末テストで上位に名を連ねるほどの成績を取っている……天然だけど。
「うるさいな。中学時代からの勉強行動バカ。相馬君から美緒を一刻も早く引き離す作戦を立てなさいよ」
 相馬君を手に入れるために頭のいいこいつを作戦参謀に加えて最良案がないか探っている最中である。
「そうは言ってもな無理なものは無理だぞ」
「またそれ。やってみなければわからないでしょ」
 口癖のように返す言葉に熱を込める。
 無理だと諦めるなら、最初から狙いはしないし作戦参謀などを字軍に向かい入れてないだろう。
 それを全く理解していないのかやる気は感じられない。
「わかったよ、ちゃんと考えてみるよ。でもどうせ顔だけで選んだんだろ?」
「それでなにか文句ある?」
 いつものぶっきら棒な顔が真剣になり、先程までやる気のない男の雰囲気が変わった。目は真剣になり少し体を乗り出してこちらを見た。
 明らかな変化に私はたじろいでしまう。
「どっ、どうしたのよ?」
「たぶん後悔するぜ、それ」
 唐突な強い言葉に疑問と不安が襲いかかった。
 彼の本質は別に存在し、掴まえたという感触は全くの偽物だったのかもしれない。
 それと後悔は今までした事がない。それゆえ未知に立ち向かえるほどまだ心の成熟はまだだ。
「なによ、知っているような口ぶりね」
 危険のシグナルは、その先を知っているから出せるのだ。後悔するという彼の言葉はそれ以上踏み込むな、俺みたいになるぞという実体験込みの忠告だろう。
 なんだこの堅物でも恋は体験していたのか、それなら猶更大丈夫だろう。やはり私の人選は間違ってはいなかったようだ。
「……なんでもねーよ。とにかく手は貸す。それでいいだろ?」
 ニカって元気よく笑う印象が常にある。ポジティブさが彼の売りだから一緒にて気分を害する事はほとんどない。私が感情がマイナスな方向に進み、彼に愚痴を零しても紳士に聞いてくれる。
 ありがたかった……その強さは私にはまだなかった。しょうがないと言えばその通りなのだが、ほんと馬鹿だったんだな。
 その後、相馬君から美緒を引き離すために様々な行動をし始めた。
 私は相馬君を手に入れたい、その一心で動き周る。
 本人達に嫌な噂を流したり、両方が同時期に相手を誘惑した。
 彼が思いついた作戦を実行する私。その中には、破天荒で当然成功するわけのないものも混じっていたのだが不思議と嫌ではなかった。
 なぜだろう?。
 たぶん、この時には私の心もう「彼」に変わっていたのだろう。
 つまりだ、相馬君から心引き離されたのは私の方だったのである。
 面白い、ああ面白い。今の境遇を考えれば、ただの可愛い戯言のように見える。それこそ、どこにでもありそうな恋の物語だ。
 一緒にいてくれる人を元気にしてくれる彼、普通の男の子とのとても充実した高校生活。
 しかしだ、それが崩壊したのだ。いわゆる事故Xデーが私達に訪れた。
 生きていれば何億分の一の確立で起こってしまう、ありえない日。命があればまだましな時。
 その日によって「今まで」この回想している五年後の深夜二時の段階まで充実しなくなった。
誰だって望んではいない。自ら、全身が引きずり込まれそうな絶望に片足を入れる人など、どこにいようか。
 ここまで長々話して実際になにがあったって?。
 ふむ、急かす気持ちもわかる。
 よかろう君達のために話す。でも辛いことだったので一行でいいかい?。
 すまない、ありがとう。
「菖蒲猛がトラックに轢かれたんだ」
 あの、普通の男の子でいつも助けてくれていつの間にかパートナーになった男。そして好きになってしまった男子。
 そのまま病院で……。
「おっと、ごめんよ。感情をそのまま書いてしまったようだね、でも安心してくれ死んではいないと私は信じている」
 本題に入る前に喋り過ぎてしまった。これ以上は、自分で読んで確かめてくれないか。未来の子孫たちよ、そして二度と起きないようにしてくれ。
 頼むぞ、若人よ。
 著作者名(ちょさくしゃめい)、リュウチョウアヤメ。

 第1章 人形とシュガー  

 眠らない町に、高層ビル。そこから下を覗けば未だに車が通り明かりがあちらこちらに見える。
 如何にも都会な町並みに飽き飽きしながらも仕事だからと住み着く人。
 ここに住所を移転して田舎から成功を掴もうとする人。
 どんな人にもそれぞれの思惑はあるだろうが、最終的には生きる為のお金稼ぎからは外れないだろう。
 真下の店では外で声かけをしている化粧の濃い女、それに釣られるお酒の入った男達。
 キャバクラ前で呼び子の甘い言葉に釣られた呂律の回らない仕事人間の本性。
 だらしがないと言及するのは簡単だが、日中汗水垂らして働いていたのだから少しくらいはハメを外してもバチは当たらないだろう。
「あれが普通なのだろう」
 ポツリと呟く一人の女性。
自分の世界は普通じゃなかったその女性の言葉には重みがある。しかし彼女は「普通」と愚痴にした事を戒めた。
 それは個人の問題で、店に誘われた人には全く関わりなどないことなのだから。
風に髪が揺れそれを右手で整えて月に映し出された顔はとても美しい。
 黒いスーツに身を包み、体のフォルムを明確に表していた。
 スラっとはしているが適度に筋肉がついていて、それは課せられてきた任務を忠実に遂行するために必要なもの。
 今日も任務の真っ最中だ。
 腕時計で時間を確認して、耳に付いたヘッドホンから伸びたマイクでパートナーに声を伝えた。
「時間よ、計画通りにお願いね」
 体が向けられた先は、別のビル。今、自分がいる場所と対になっているもう一つのビルで、音を聞くまで物音をわずかにも出さないで息を殺してきた人物。
 しかし、発せられた言葉からそいつは起動した。そう、機械のように立ち上がり目は真っ直ぐ対象物を捕らえて離さない。
「了解、任務開始」
 標高250mはあろうその場所。だが、金網に身を乗り出してそれは飛んだ。
 その姿は一匹の鳥のように。
 安全用のロープもないし、下に衝撃吸収用のマットもありはしない。普通に考えればただの自殺行為。
だけどそれはつまらない人間の常識だ。起こりえるかもしれないとそれを念頭に考えていない人間の慢心。
 そんなのは非常識と、ありえないと、勿体ないぐらい捨ててしまいその場で思考が留まってしまう労害。それでは物事は語れない、それこそスポンジのように吸収し続けるぐらいの気概がなければならない。
 さて、落ちた鳥は裏路地に降りたときには獣に変わってた。
 吐き出される呼吸、溢れる殺気。
 体の状態を確かめたのだが特注の衣装には傷はまったく付いておらず頑丈性が半端じゃない。
「問題ない、検査終了。迷わず続行」
 姿が消えて、目視が困難なスピードで道を滑走する。  
 いくらお酒が入っているとはいえ、さすがに常人を超えたそれに風が通ったようにしか思えないだろう。
 皆が憧れる速さを求めて「与えられた」体を存分に生かして目的を達成する。それは人類の渇望であり英知(えいち)を集めた集合体。
 走る音すら鳴らない高速移動。
 五分足らずである小さな建物に着いた。
「やれやれ、『着いてしまった』のが正しい表現だ。あの衣装の実験が成功してしまったらもっと激しい任務がくるな」
 はぁと溜め息が出てしまう。
 後は彼に任せて見守るだけの自分。
 「彼」は使い捨てのモルモット。今後のどうなのか末路が見えてしまう。人体実験で壊された連中は果てしない。
「それだけは絶対にさせない」
 実験によって壊される可能性が一日一日近づいてくる。
 だから早く、彼を襲った犯人と組織を抜け出す算段を立てないと。
 高ぶってしまい手袋をはめている手に軽く汗が出てきた。
「しまったな、もうこの手袋は使えない」
 今日だけで二つもやらかしてしまうとね、どうやら気持ちが焦っている。これは昔を思い出してしまったからだろう。
 とにかく今回は「安全だけど重要な任務」だから慎重にクリアして欲しい。
 双眼鏡で見てみると、外にいた警備員が倒れていた。眠っているだけだろう、それはしっかり打ち合わせをしている。
 時間を計りながら待っていると裏口からひっそり体が抜けた。
「おっ、もう終わったか。寸分の狂いもない」
 でも一秒のズレがないのは、嬉しさの中で寂しさがある。
 もう五年も仕事をしているのだが、割り切れない。だから直属の上司に「シュガーちゃん」って呼ばれているのだろう。
 だって認めたくはないんだ、「人形」だって。大事な人が変わってしまったとしても魂はそこに存在している。だから言い方だけだろうと大事にしたい。最低でも私だけは彼を人だと思いたいのだ。
「お嬢様お待たせしました」
「うん、お疲れさん。じゃあ帰ろうか」 
 ブツを手に入れて合流し、いつもの家に戻っていった。
 作戦実行開始してから、わずか十分。
 報告は一眠りしてからでいいや、緊張を切らした後は布団に逃げたい衝動に駆られる。
 いつも気を張っているわけことは到底できない。だから現実から目を背けるときが必要で、私はたまたま温かい布団でぐっすり寝ることだった。
 寝室で、目を瞑っているもう一人。私の護衛も一緒に寝る理由に含まれているのだけど、それだけではない。
 「彼」の息吹を傍で感じたいんだ。
「お休み、私のパートナー」   
  
 町郊外にある、木々に覆われた幽霊屋敷。そこが我が家だ。
 仕事を始めて3つ目の根城で元々は病院だったらしく、意味不明な溶液は廃棄(はいき)したのだが未だに手術用具が棚に中にそのままで残っている。
 明らかに不気味なので怖がらない子ども達の間で話のネタにされ、肝試しの場所に選ばれているらしい。だからそういう子達には人が住んでいることを内緒にしてもらって丁重に返している。
 だって波風は立つのはしょうがない、気になる衝動は抑えようがないのが人間という生物だ。
 危険な仕事もこなしている身としては、大人の噂にならなければいいのだ。
 上司への報告はパソコンでテキストファイルに書いて、インターネット電話のツールで報告している。
「いい時代になったもんだよ」
 ジワリとくる新世代のツールに感謝しながら、マウスで発信ボタンをクリックした。
 二回ほどで繋がったのか、向こうからの声が聞こえてくる。
「やぁ、シュガーちゃん。おはよう」
 若くて高い声。とても感じの良さそうな感じだが、絶対に気を許してはならない。
 この声の主が私の上司なので命令をクリアすることでお金が銀行口座に入る予定だ。
 今回の依頼は特注スーツの試し使用テストで、ビルの上から落ちても壊れないかというのを極秘に検査してくれと言われたのだ。
 生のデータが欲しいと「彼」を実験用に指名した。それにしても耐久性が悪かったら大惨事になっていただろう。
 これを頼んだ人たちは「彼」を本当に「お人形」にしか思ってない。
 しかし否定しようと私一人が言っても「人」だ「人間」だと一人の女が吼えたところでなにも変わらないのはわかっているから、従うしか生きる道がない。
 ノーと首を横に振っては長生きさせてはくれない世界なのだ。
「おはようございます所長。今からデータを送りますね」 
 手早くファイルを転送して姿勢を正した。
「では、見させて貰うよ」
 相手の顔が右端の小さな、窓から見えているので読み終わったのがわかる。速い、とにかく読むのが速いんだ。
 始めて仕事の報告をしたときはひどく驚いたもんだ。
「長くやっているとね、自然に身に付いたんだ。職業病ってやつかな?」
 本人はそう言っているけど、コーヒーでも入れようかと思ったらもう終わっているのだから休む余裕がない。
 感覚的にも現実的にも早いのだ。 
「なるほど、完璧だね。ああ、今回の仕事で手に入れた情報は君達にあげるよ……ってタバコはやめなさい」
「丁度吸いたくなったんです。それに一本ぐらい許してくれてもバチは当たりませんよ」
 私は区切りに喫煙を嗜む。
 女だからって仕事で組まされる相手や企業の連中に下に見られることがあるので吸わないと舐められてしまう。
 もちろんファッションの意味合いもあるが、基本仕事の為だ。
「これからは気をつけてくださいね」
「はいはい、わかりましたよ所長。今後は目の前で吸わないようにします」
 かなり御座なりな物言いだけど、実力が自分にあると自負している。だから傲慢の態度をとっても問題ない感じてしまう。
「本当に君という人は。指令はクリアしているし裏社会で重要な人材なのはわかりますが、それでも一応僕は形式的でも上司なのですから自重してくださいよ」   
「まぁ、あなたのおかげで彼が生きていられるのですから感謝はしています。ただのガス抜きだと思ってください」
「わかりましたよ、ではまたシュガー君」
 ヘッドセットを顔から離して一服を楽しんだ。

「ふふふ、シュガーちゃんは相変わらずだね」
 持ってきた紅茶をさっきまでシュガーちゃんと会話していた男のために細長いテーブルの上に置いた。
「なにがですか?」
 あの二人組みに限って仕事をミスるとは思えない。だから気になってしまったのだ。
「だってタバコだよ? 本人はあれで大人になったと思っているのだろう。しかし人間はそうは変われない、というか人は一生そのままだ」
 自分の持論(じろん)に自信があるのだろう。
「だけれども……」
 反論する私の考えを汲み取ったのか、頭を撫でててくれた。
「それは反則です」
 隠し切れずに顔が赤くなってしまって、毒気が抜けてしまう。全く情けないこれでも天才って羨ましがられたこともあるのに。
「甘いんだよ、シュガーちゃんは。常人よりは凄いと思うんだけどあれでは届かない、もし喉元に食いついたとしてもそれから先は行けないだろうね」
 確かに、二人が追っている相手は多くの壁に囲まれている。だから相対したときにあのままでは妨害にあって止まってしまうのが関の山。
 捕まって反逆罪で存在ごと闇に消されるだろうさ。
「闇雲で吐き気がする。だってハズレを引く確率が低くともそれに縋っているんだ、これだけ化学が発達したご時勢ではナンセンスだ」
 あがきに質などあるのだろうか? そんな疑問にクエスチョンマークを頭に乗せながら。
「冷めないうちに」
 早く飲んで欲しいことを強調した。
 せっかく用意したのだ、美味しい間に頂いて欲しいと思うのは作り手の願望。
「頂くよ」
「ええ、どうぞ」 
 彼との関係は勤めていた場所の上司と部下なのが表向きだ。実際は屋敷の主と駒使いで、身の周りのお世話をしている。
 ゆっくり優しく紅茶を飲む姿に、育ちの良さを感じる。
 今、いる場所は彼の家なのだが世間一般的に豪邸の分類に入るだろう。
 お世話役は他にもいるのだが、古い付き合いだからだろう。自室に入れるのは私だけだ。そうやって気にして貰えるのは嬉しいのだが、そろそろ気づいていい頃だろうと思うのだが先に進まない。実際は彼のほうがシュガーなのだ。
「このニブチンが」
「ん、いきなりどうしたのかね?」
「いいえ、なんでもありません。これから屋敷の掃除がありますのでこれで」
 カップを片付けて、部屋を出た。
 ほんとシュガーちゃん達が羨ましい。

「では宝箱を開きましょうかね」
 右手に持っているメモリーディスクを仕事専用パソコンに差込み解析を始める。これのために今回の仕事をしたと言っても過言ではない……というか今までそれのために生きてきた。
 苦難の日々も一心で駆け抜けた。雲を掴むような感覚に(さい)まれようとも、血の涙を流しながら耐えてきた。
 だから、当たりであって欲しい。振動するライトハンドが表現する現状が我が心境を正確に伝えている。
 時間が遅く感じた、だって緊張してデータを開くのが遅れてしまっているんだ。
「落ち着け、こういうときは手に文字を書いて飲み込む」
 実際には効果がなくとも、迷信や願掛けに頼りたくなる。それほど「くる」ものがあるんだ、落ち着けは無理な話。
 作業を再開する。
 と、あるモードに入ったのかそれ以後は集中できた。たぶんだけどランナーズハイみたいな感じ。
 どんどん解析をしている中で気になる名前を見つけた。
「これかな?」
 カチッとクリックしたのだが。
「ちっ、外れか。後は社員名簿だけで特に気になる名前はないか」
 残念ながらこれも欲しい情報とは違ったようだ。
 そのとき壁掛け時計の音が鳴り響き、ぷつりと緊張の糸が途切れる。
「がはぁ~。疲れたしお腹空いたよ~」
 私の腹ペコ宣言を待っていたかのように、色とりどりの料理が並べられておりメニューは日本食だ。作っているのは「彼」だ。そういえば所長のところにはメイドさんの人いるんだっけ、一回会ったことある。たぶんだけどひどい言われようなんだろうな。
「これよこれ、やっぱり白米が一番!」
 ガツガツ食べる私を尻目に冷静に箸を伸ばす「彼」。
 金平牛蒡を口に運んだら、こちらの様子が気になったのか話しかけられた。
「お味はどうですか? 前にお召し上がりになったときにご不満がお有りでしたので作り方を変えたのですが……」
「えっ? 私そんなこと一言も言ってなかったような気がするけど」
 確かに少し塩が強かった気もするが、忠告するほどでもないなと思っていたような。
「顔に出てましたお嬢様」
「あちゃ~、嫌な感情を間髪いれずに外に放出するなんて自分らしくもない」
 仕事ではほぼ無表情を強いているのだが、気持ちが緩んでいたらしい。
 修行が足りないのか「彼」の洞察力が凄いのかわからないけど気にしておこう。
「多少なりとも異変が御座いましたら、すぐに申してくださってかまいません。特に食事はお嬢様の健康にそのまま直結しますので厳しくしてくれたほうがご自身のためにもなります」
「わかったわかった、了解」
 ここで会話が途切れた。
 今の話を聞いての通り「彼」は感情を持って喋るのだ。しかし必要なことを必要なとき意外は口を開こうとはしない。それがなんで「彼」を人形と他の人が呼ぶのか。
 それは単純に、ミスをしない人間などいないからだろう。無駄なことを喋るのも行動するも含めて「人」と認識するのならば完璧過ぎる「彼」の存在は人外であり精密機械なのだ。
 だから研究者や関係者を含めて「彼」と少しでも認識した人間は「人形」の烙印を押すのであろう。
 ただ一人、「リュウチョウアヤメ」を除いてね。
 高校時代の「彼」に戻すだけじゃなくてどうしてひき逃げ事件が起きたのかそして、犯人は誰なのか。そのためだけに無理を押し通して裏組織を利用してきた。
「もう5年になるのか、やれやれ」
 食後のお茶を飲みながらだけど最近、溜息(ためいき)が増えたような。子どものときがいいとは思わないが、おばあちゃんになりたいとも思わない。
 真ん中、最低でも今を維持したいね。
「女の子だからちょっとはいいよね?」
 十年前に流行った変身ポーズをとったのだが、余りにも自分の世界に入りすぎたのか「彼」がいることを忘れていた。
 まったく表情が変わらないし、アクションを起こしていないのだが恥ずかしさが込み上げてくる。
「なによ」
「いいえ、お嬢様したいのでしたらそのまま続けてても構いません」
 気が利かないのはご愛嬌(あいきょう)といったところ。
 もちろん怒っているいるわけではなく、体が反応してしまっただけ。
「ううん、私悪かったわ。んじゃ任せるね」
 自分では探しきれなかった事故の情報、それを手渡した。
「では、いつまで終わらせればよろしいでしょうか?」
律儀(りちぎ)ね、次の作戦までは時間がある。だから……命令があるまで空き時間で調べることを許可するわ」
「わかりました、ではそのように」
 立ち上がると、部屋に向かっていった。
 執事服を凝視していても後ろ髪に惹かれない。つまらない大人に私がなってしまったのかな?
「いいや、頑張ろう」
 気晴らしにカーテンを開けたら、外は青空だった。
「後、何回だろうか。ここから世界の片隅を見るのは」
 見上げた先はどこまでも広がり、にくいほど私を元気にした。

 あれから1日がかりで「彼」に任せたが結果は私と同じだった。
 「彼」は先も言った通り人の理想が最大限詰め込まれている。当然だが、知能のほうもどんな人間よりも最高ランクにしてあり、つまりなんだ? お手上げってことです。
暗礁(あんしょう)に乗り出したか」
 口に出してはみたものの、100をゆうに超える失敗をしているのでがっかりはしない。でも期待したい気持ちはわかって欲しい。
 目の前にあるデータの入ったメモリそれを感情のままに壊したくなったが、やはりやめる。情報はいつ必要になるかわからない、たぶんだが名簿の入ったこれは持っていく場所に持っていけば高値がつきそうな重要な存在。
 適当な場所にしまって、久しぶりに音楽でも聞こうとパソコンを立ち上げたらポンと音が鳴った。
「誰からもわからない、相手からのメール?」
 おかしい、どうして霧に隠れた私のアドレスを突き止められたんだ。
 もちろんいきなり開かず警戒して、ウイルス対策用のソフトを当ててから慎重に中を覗く。
「はぁ? もしかしてたったこれだけ」
 書かれていたのは、仕事の依頼だった。名前の欄を見ても「コンダクター」とだけしか書かれていない。
 私は常に所長を通してのみでしか、依頼を受けたことはない。
 でもそうだな……停滞を破るには自分で動かないと駄目か?
 一応返信メールを送って、細かく話を聞いてからだな。
 頭の中で巡られる思考の分かれ道、考えうる最悪を常に想像しながら動こう。

見上げる空の幸せ

出来れば感想を書いてくれると嬉しいです。

見上げる空の幸せ

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-06

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