Rain

【地球・飴玉・瞳】

 カーテンを少し上げて様子を窺うと、怯えたようなわずかな唸り声が聞こえた。小さな影が退くのがわかる。私は弱りきって情けないため息をついた。
 雨の中、不自然な場所に置かれた段ボールを見つけたのは、今日の昼前のことだった。早朝からのスーパーの品出しのアルバイトを終えて外に出ると、文字通り大雨だった。いつも通る川沿いの道が心配になり、私は少し遠回りして帰路に着いた。
 そのダンボールを見たとき、直感で中に何が入っているのかわかった。だから、一度は見て見ぬふりを決め込んだ。しかし、何の音も、鳴き声すらも聞こえない箱が逆に不安になって、結局戻って箱を開けてしまった。
 箱の中は空っぽ、なんてことはもちろんなく、警戒心を剥き出しにした大きな瞳がこちらを見ていた。予想外だったのは、その中身が一匹だけだったことだ。てっきり複数匹でぐったりと衰弱しきっている様子を想像してしまっていた私は、拍子抜けした。そして、一匹なら、という気持ちでその子を連れ帰ることにした。
 警戒心を剥き出しにして唸っている割には、簡単に私の腕の中に納まった。小さな温もりに、緊張なのか、興奮なのか、身震いを覚えた。
 そうして私は、子猫を家に連れ帰った。名前は何にしようか、必要なものはどこで買い揃えようか。そんなことを考えながら雨の中を歩いた。
 帰宅して、ネット通販の段ボール箱に一番古いひざ掛け用の小さな毛布を敷き、茹でて身をほぐして冷ました鳥ササミを入れた皿と、水を入れた皿を置くと、わき目も振らずにササミの入った皿に顔を突っ込んだ。
 私は安堵して自然に頬が緩むのがわかった。が、すぐに時計を見て慌てた。次のバイトに出かける時間だ。帰りには子猫のエサや飼育に必要なものを買いにいかなければならない。私が立ち上がると、子猫は驚いたように丸い瞳で私を見た。綺麗な地球色。私はそう思って、それからすぐに、出かける支度にとりかかった。窓を叩く雨音は弱まる様子がない。小さく息を吐いて、雨合羽を羽織り、家を出た。
「いい子にしててね。」そう言った後に、少し迷って
「アース。」
 と付け加えた。少し安直かとも思ったが、声に出してみると案外しっくりきた。
 ホームセンターでレジ打ちのバイトを終えて、子猫の飼育に必要なものを買い揃えた。従業員割引で少し安くなったことに満足しながら帰路に着く頃も、雨はしっかりと地面を叩いていた。ぽんっと勢いよく開いた傘に当たった雨粒が音色を変える。
 不意に、空から飴が降ってくる、という内容の絵本を思い出した。ずっと昔に読んだはずなのに、子供たちが傘を放って降り注ぐ飴を掴む絵まで鮮明に思い出した。ためしに手を伸ばしてみたが、当然降っているのは飴ではなく雨で、手の平に大粒の滴が当たっただけだった。
 少しがっかりしながら再び歩き出す。家に帰ればアースがお腹を空かせて待っているだろう。湿った空気をたくさん吸い込むと、かすかに甘い香りがした。

Rain

Rain

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-05

Copyrighted
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