世にも奇妙な女の夢 第2夜 ラスト・バラッド

「世にも奇妙な女の夢」の第2夜です。今回も幻想的な作風です。また当シリーズには、この作品よりストーリーテラーが登場します。その人は、誰かに似ているかも…?

世にも奇妙な女の夢 第2夜 ラスト・バラッド

これは、アビゲイルがいつか見た夢である。

 彼女が夕暮れの街を歩いていると、出入り口がシャッターで閉ざされた古びた建物の横で、グレーのトレンチコートを着た、黒縁眼鏡の男性が露店を開いていた。

 アビゲイルは、珍しいものを見るかのようにそれを見ていると、「想い出のCD 販売中」と書かれた板が目に止まった。
「すみません、この、『想い出のCD』って、何ですか」
 グレーのトレンチコートの男性は、彼女の顔を見ると、穏やかに言った。
「はい、『想い出のCD』でございます」
 答えとは思えない返答をした男を不思議に思ったが、彼女は別の質問をした。
「いや、だから、何で『想い出のCD』なの?」
「それはお買い上げにならない限り、知ることはできません」

 この人は妙な商売をするわねと思いながらも、もしかすると一種のサプライズを込めた商品かもしれない。アビゲイルは、その謎めいたCDが欲しくなった。
「おじさん、このCD、いくらですか」
「100ドルでございます」
「えええっ、そんな値段!?」
 露店の男性は、さっきまでの穏やかな顔を一転させて、少し厳しめに言った。
「その値段と決められております」
「値下げしていただけませんか」
「値段に関する交渉はご遠慮願います」

 これ以上の交渉は無駄だと判断したアビゲイルは、いよいよそのCDを買うことにした。
「おじさん、これ、買います」
 すると、彼は懐から何かの束を出して言った。
「お客様、こちらもお付けします」
 見ると、1束のペパーミントだった。しかも、枯れていないものだった。

 おまけを見て苦笑いしたアビゲイルは100ドル札を渡し、CDとおまけの1束のペパーミントを受け取った。露店の男性は、再び穏やかな顔に戻って言った。
「ありがとうございます。どうぞよい1日を」


 アビゲイルは帰宅すると、早速そのCDのパッケージを見た。透明なミントグリーンのケースには、ピンク色にも紫色にも見える色で、「想い出のCD」と書かれてある。CDケースの後ろを見てみた。普通なら、そこに曲名が書いてあるはずなのに、それがどこにも書かれていない。
「変なCD買っちゃった…。それも100ドルなんて、何て衝動買いしちゃったのかしら…」
 彼女はそう独り言をもらしたが、CDの収録曲が気になり、それを聴くことにした。

 彼女はCDをプレーヤーにセットし、再生ボタンを押した。どきどきする。いったいどんな曲が入っているのかしら。そう思っていると、ギターの優しい音が聞こえてきた。彼女の大好きな、大好きなバラッド曲である。世界でも有名な歌姫と、ベテランのロック歌手の異色なデュエットである。

 アビゲイルはこの曲を聴きながら、いろいろなことを思い出した。カフェで愛するマシューと2人でプリンパフェを食べたことや、彼の家の庭にある木製のブランコに揺られながら愛を囁き合ったこと、水族館へ遊びに行ったこと、どこかのビーチで泳いだりはしゃいだりしたこと、自分たちと彼女の姪っ子のシャーロットとの3人で戯れたこと ― マシューは子ども好きな青年だったので、シャーロットもそんな彼によく懐いていた ― 彼女の目から涙があふれ出て、しばらく止まらなかった。

 その優しいバラッドを5回ほど聴くと、彼女は停止ボタンを押した。ソファーの上にしゃがみ込み、ただただ泣いた。そのとき、彼女は「何か」に呼ばれた気がして、ソファーを下りた。1束のペパーミントを手にして、家を出た。


 アビゲイルは、「何か」に導かれるままに街中を歩いた。その途中、通ったことのない道を通り、しばらく回ったあとに元の道に戻ったりした。違う道も通ったが、さっき通った道にまた戻ったこともあった。それを何度も繰り返した。空は既に夜に支配されている。午後8時、9時ぐらいだろうか。

 アビゲイルは迷走している(いや、させられている)うちに、彼女がいつも通う教会に併設された墓地に入り、四角形に十字架の付いた墓標の前で立ち止まった。夜の墓地も、今の彼女にとっては怖い場所ではなかった。携帯電話を懐中電灯代わりに、その墓標を覆う暗闇を照らすと、その主の名前がわかった。彼女は再び涙を流した。
「相変わらず、方向オンチなんだから…。疲れたでしょう…」
 そう言って、彼女は自分が着ていたキャラメル色のコートをその墓標に掛けた。そして彼女はそれを背もたれに両足を伸ばして座り、静かに目を閉じた。

 以前、彼女が墓標のそばに置いた、カメラ目線で満面の笑みを浮かべて抱き合う2人の写真のすぐ前に、彼女の手にあった1束のペパーミントが落ちてきた。


ストーリーテラー登場

最後に一つ。「想い出のCD」は、既に品切れです。そのおわびと言っては何ですが、1束のペパーミントは、あなたに差しあげます…。

世にも奇妙な女の夢 第2夜 ラスト・バラッド

あとがきというよりはネタ解説に近いかもしれませんが、この作品に登場したペパーミントの花言葉は、「温かい思いやり」だそうです。露店で商売をしていたおじさんは、これを知っていたのかもしれませんね。また、主人公の恋人が方向音痴だったという設定も、某有名アニメのキャラクターを意識したものです。

世にも奇妙な女の夢 第2夜 ラスト・バラッド

1人の女性が、露店で謎の紳士からある品物を買って…。彼女は何を買ったのでしょうか。ネタバレかもしれませんが、ラストは、ちょっと悲しいです。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青年向け
更新日
登録日
2014-03-04

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