世にも奇妙な女の夢 第1夜 最期の願い
「世にも奇妙な女の夢」シリーズの第1作です。このシリーズは、文字どおり5人の女性が見た奇妙な夢の物語です。また、彼女たちの夢には、必ず男性が登場します。それぞれの物語の主人公と男性の関係にも注目しながらお読みください。
世にも奇妙な女の夢 第1夜 最期の願い
これは、プリシラがいつか見た夢である。
プリシラは、窓際にもたれて、ベッドの中のジェラルドの少し青ざめた顔を見つめていた。彼は、半開きの目を彼女のほうに向けると、
「俺が旅立つときが来たようだ」
と小声で言った。プリシラは無愛想に尋ねた。
「本当に?」
30歳のスター劇団員は答えた。
「ああ、本当さ」
M字状に垂らした前髪(青年たちはM字バングと呼ぶ)が、彼の美しい顔をより美しくしている。
「ねえジェラルド、あなた、本当は旅立つのは嫌?」
彼は一瞬、眉間にしわを寄せると答えた。
「嫌じゃないと言ったら、うそになるな」
「あら、そう」
プリシラがどんなにそっけない反応を示しても、彼は優しい眼差しを彼女に向けていた。
「プリシラ、俺が旅立つ前に、お前に伝えたいことがある」
彼の声はさっきよりも小さくなっていたので、彼女は彼に自分の顔を近付けた。
「ごめんなさい?」
ジェラルドは、大きくまばたきをして言った。
「俺が旅立つ前に、お前に伝えたいことがあるんだ」
「どんなこと?」
「俺が旅立ったら、おまえはネイビーブルーの絹のドレスを着て、滴型の白真珠のイヤリングと白真珠のネックレスを着けるんだ。そして外にあるバラ園で軽快なファンダンゴをスキップするように。新月の夜、黄金色のらせん階段が現れるだろう…。それを登れ。最後の1段までな。あ、そうだ、銀色のヘアバンドを着けるのも忘れるなよ」
プリシラは、あまりの注文の多さに首をかしげたが、
「わかったわ」
と、一応承諾した。
彼女の返事を聞くと、彼はより一層小さな声で
「先に行く」
と言った。彼女はしばらく宙を見つめたあと、彼の名を呼んだ。しかし、彼が動くことも、話すことも二度となかった。彼女は、彼のあごの下をそっとさわった。それでも、彼はびくともしなかった。彼の状態を悟るや、彼女の胸は青く熱くなり、彼女は悲しみの叫び声を上げ、両手で顔を覆って泣いた。
やがて彼女は立ち上がると、別室でネイビーブルーの絹のドレスに着替え、滴型の白真珠のイヤリングと白真珠のネックレス1連を身に着け、さらに銀色のヘアバンドをした。そして外のバラ園に行き、軽快なファンダンゴをスキップし始めた。無論、彼女はファンダンゴなど踊ったことがなかったが、不思議なことに軽やかで美しいステップを踏むことができた。
夜の世界を優しく照らす満月と、その光に照らされて艶やかに咲いている色とりどりのバラたちだけが、情熱的に舞うプリシラを見ていた。
踊りながらバラ園を3周すると、彼女は疲れ果ててばったり倒れ、やがて目を閉じた。
どれぐらい時間がたっただろうか。彼女が目を開けると、目の前には金色に輝く広いらせん階段があった。彼女はその階段の美しさに息をのんだが、立ち上がってその階段を登り始めた。不思議なことに、あれほど踊ったにもかかわらず、彼女の絹のドレスは全く傷んでいなかった。
プリシラは階段を登るにつれ、何だか気分がわくわくするのを感じた。それの3分の2まで登った時、彼女はふと下を見た。建物や公園が非常に小さく見えた。
そのまま階段を登っていくと、広くて白い空間の中、階段のそばに1人の青年の姿が見えた。 ― そう、あのジェラルドが、そこにいた ― 彼は、プリシラのほうに向きを変えると、ほほ笑みを浮かべながら右手を差し出した。彼女は彼の手に自分の手を載せると、最後の数段を登り切った。彼らは穏やかな顔で見つめ合い、プリシラがジェラルドの肩を両手で抱くと、2人は熱い熱い口づけを交わした。
原作:夏目漱石 「夢十夜」 第一夜
世にも奇妙な女の夢 第1夜 最期の願い
面白かったですか。初期の作品なので、今読むとちょっと恥ずかしいです。さて、「世にも奇妙な女の夢」シリーズ、第2回は、「ラスト・バラッド」です。これは、少しダークな掌編作品です。今回の作品がお気に召した方は、ぜひお読みください。