10のマイナス44乗秒後
私と彼は食事をしに、カフェに入った。
軽食をウエイターに頼むと、彼は綺麗な仕草で水と暖かいおしぼりを置いて下がった。
私は手を拭きながら彼に話しかけた。
「神様が宇宙を作ったって本当かしら」
彼は当たり障りのない応答をする。
予想はできていた。
彼は無神信だけど、科学的でもないから。
「10のマイナス44乗秒後って分かる?『0.』の後に44個0が付くんだよ。
宇宙ができてから10のマイナス44乗秒後に、宇宙はどうだったか。それを人間は知っているんだって。
科学ってすごいよね。一瞬よりも短いかもしれないよ。
でも、宇宙ができた瞬間以前のことは誰も知らないの。宇宙の前には何があったのか、もしくは何もなかったのか」
彼が相槌というよりも、悩んで無意識に出てしまったような声を出す。
「でももし神様が宇宙を作ったんだったら、いくら調べたってそんなことわかるわけがないよね。
だって私たちを超えた存在なんだもの。創造物が創造主を超えるなんてありえない。
私たちが血眼になって研究しようがなんだろうが、きっと煙に巻くに決まってる」
ウェイターがフォークやナイフの入った籐の籠を、自然なタイミングで置いていく。
決して、私たちの会話を邪魔したりはしない。まるで、そうプログラミングされたサイボーグのように。
ふと窓の外を見ると、ワーゲンが走り抜けた。
すると、彼が私に質問を投げかけた。
私は答える。
「そうだと思うよ。宇宙よりも大きな力なんて、人間の科学じゃどうにもならないに決まってる。
もしそれがわかったとしたら、」
私は言葉を切る。
「ハンバーグセットのサラダになります」
無言で手を上げた彼の前に、ガラスの器が置かれる。
会話はない。
だって彼は人間で、ウェイターはサイボーグだから。
干渉は無し。正確に言うと、干渉する必要がない。
宇宙における私たち人間もちょっと似ていると思う。
宇宙は大き過ぎて、人間なんか気にしない。どうでもいい存在。
彼はフォークを取り出すと、私に続きを求めた。
「もしそれがわかる時が来るとしたら、神様が私たちを見捨てた時だよね」
サクリ
フォークに刺されたレタスが、小気味良くて能天気な音を立てる。
10のマイナス44乗秒後
2006年の作品だと思われる。
ので、今ではもっと科学が進んでるかも。
でもやっぱり、宇宙ができる前のことは、人類は知り得ないに違いない。