右へ

こんなに遅くなるつもりなんてなかった。
クライアントを適当に楽しませて早々に引き上げるつもりでいたのに。
新しく組む事になった真田という男が、顧客との話を長引かせていた。
なぜか、あえてそうしている様にも感じた。
帰りたい素振りをしていたつもりはなかったが、態度に出ていたのだろうか。
そんな私に対する戒めのつもりだろうか。
そうだとしたら、上司に説教されているようで気分が悪い。

真田は信用ならない。行動も突飛で何を考えているかわからない所がある。
『田舎暮らしサポート計画』なんて企画も真田が突然持ち込んだ事案だった。
あれよあれよという間に話が進み、こんな山奥まで連れて来られた。
正直この企画の内容は視察地を離れた瞬間から、頭の中から消えていた。
早く泥臭さから解放され都会の煙に包まれたかった。
帰りたい気持ちがアクセルを強く踏み込ませた。
「あ。」
足に力を入れた瞬間、急におなかが痛くなってきた。
あいつが腸を降りてくる感覚があった。
このままでは危ない。私は慌てて辺りを見回したが暗闇ばかりで明かりひとつなかった。
(コンビニもないのか。なんて田舎だ。)
民家があれば即座に家に上がりこもうと思う位、もう限界に近かった。

私の額から汗が吹き出てきた。
やつは、もうすぐそこまで来ていた。
(ここで果てるわけにはいかない!)
私は必死で明かりを探した。
と、遠くにポツリと黄色い点が見えた。
(助かった!)
私は神様に感謝をしつつ、さらにアクセルを踏んだ。

明かりが近づくにつれ、何やら看板らしき物体が見えてきた。
私は車を止めて、窓を開けてそれを見上げた。
「右へお進みください。」
声に出して読んでみたが、なんの事かさっぱりわからなかった。
だが、黄色い看板に書かれた矢印の方角にしか車が通れそうな道は左にはなかった。
私は右へ進んだ。
さらに、数メートル進むと、今度は白地に赤い文字で書かれた看板が現れ、また右へ行けと促す。
私は仕方なくまた右へ曲がった。
と、また黄緑色の看板のオレンジの文字が、同じように右へ誘導する。
(何だこれは。)
いくら右折を繰り返しても元の位置に戻る事はなく
見えてくる看板は、それぞれ違う色をしていた。
ハンドルを切る度に、あいつがでてきてしまいそうで恐ろしかった。
その恐ろしさが苛立ちに変わってきた何回目かの右折の後
ヘッドライトの先に長方形の白い箱が現れた。
箱には扉が付いていた。
私は瞬時にそれが捜し求めたゴールだと解った。

軽くドリフトする程荒いブレーキをかけ、私は車を飛び出た。
右手で肛門を押さえて、箱の扉を乱暴に開いた。
私は涙が出そうなほどの喜びを抑える間もなく
ぴかぴかに白く輝くドロップ型の陶器に腰を降ろした。
と同時にあいつは嬉しそうに水の中へと飛立っていった。
あいつは一人ではないようだった。
何人も何人も、連なるように流れ出ていった。
最高に気持ちが良く幸福感に包まれた私は
恍惚の声を思わず漏らし、目を閉じた。

瞳を開いた私は絶叫した。
「そんなあああああああああああ!」
いつ路肩に車を泊めて寝入ってしまったのか。
目覚めた私の下半身はいつの間にか露出をしており
苦労して買ったポルシェのシートには
強烈な臭いを放つあいつらがぶちまけられていた。
人気のない田舎道で、私の悲鳴がいつまでも響いていた。

真田はこうなる事を予想して、あえて私を拘束していたのだろうか。
やはり真田は油断ならない男だ。

右へ

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-03-02

CC BY-NC-ND
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