事実は小説より奇なり 第一話 「トンネルの怪」
事実は小説より奇なり 第一話 「トンネルの怪」
これは作者が酒場を経営していた頃の、お店にまつわるエピソードです。
ある日、人の良さそうな、小ざっぱりした中年紳士がお店にやって来ました。
見たところ、作者と歳が同じくらいで、なかなかロマンス・グレーのナイスミドルです。
聞くと、彼もお店をやっているらしく、とても気が合い、いつしか客とマスターの垣根を越えて大の友人になりました。
ある日その彼が、「今度の休みの夜に面白い遊びをするから、付き合わないか?」と、言いました。
休みの日は、どうせ朝から晩まで一日中暇だし「あぁ、いいよ」と言って、私は彼の遊びに付き合う事にしました。
約束の休みの夕方、彼は私の住んでるアパートまで、車で迎えにやって参りました。
見ると年の頃25,6の若い女性を連れています。髪の長い細面の、たいそうスタイルのいい娘でした。
(こいつもやるなぁ~)と思いながら、一緒に車に乗ると、彼は街の郊外に向かって走り出しました。
途中のレストランで、彼の奢りで夕食を済ませ、山の麓にある〇〇バイパスまでやって参りました。
中国縦貫から街まで物資を輸送する通商路、〇〇バイパスには山を貫くトンネルがあります。
彼はトンネルの脇の林の小道に車を乗り入れ、何やらゴソゴソしながら一眼レフのカメラを取り出しました。
一方の連れの女の子は、車の陰で浴衣に着替えて、バイパスのトンネルの入り口まで下りて行きました。
そして、トンネルの前でいきなり浴衣の帯紐を解いたのです。
夜のトンネルにフラッシュが瞬き、彼は肌もあらわになっていく彼女の写真を撮り始めました。
女の子は少しづつ浴衣をずらしながら、色々とあられもないポーズを取っています。
見ている私は周囲の様子が心配で、気が気では無く、若い女の子のヌードを楽しむどころではありません。
「おぃおぃ、こんな事をしてたら、誰かに見つかりゃ~せんか?」心配の余り、私は彼に言いました。
「なぁに、いつもの事だから…」と、彼は意に介さずに写真を撮り続けています。
案の定、トンネルの向こう側から、車のヘッドライトの灯りが見えて参りました。
「来たな…おい浴衣を着ろ!隠れるぞ~」彼は女の子にそう言って、三人は林の中に隠れました。
やって来たトラックは、トンネルを出て少し進んでから停車し、運転手が窓から顔を出しました。
後ろを振り返りながら、何やらキョロキョロしていましたが、そのまま走り去って行きました。
「このスリルがまたいいんだよなぁ~」肝を冷やした私に、彼は平然とそう言いました。
それからしばらくして、ネット・サーフィンをしていた私の目は、とある記事に釘付けになりました。
その記事にはこう書いてありました。
「〇〇バイパスのトンネルに女の幽霊が出る!!」と。
どうも彼は、夜な夜なあのトンネルで、女の子と何度もいかがわしい事をして、遊んでいたらしいのです。
それをかいま見た、車の運転手たちの噂が噂を呼んで、大騒ぎになってるみたいでした。
それから程なくして、お店にやって来た彼に、私は言いました
「お~ぃ、騒ぎになってるぞ~。まだあのトンネルで遊んでんのか?」
彼は、トンネルの出来事が大騒ぎになっている事を知っていました。
「あぁ、あそこは見物人が多くなってなぁ~。使えんようになった。別の場所を探すわ」
さて、人々は何を見物しに来ていたのでしょうか?
若い女の子のヌードなのか?それとも幽霊なのか?…私には、未だもって謎のままです。
「あんまり、あっちこっちで妙な騒ぎを起こすなよ~」と、私は笑いながら彼に言いました。
今だからこそ言えますが、その頃はその「都市伝説」の真相は、口が裂けても誰にも言えませんでした。
こうして私は、初めてロマンス・グレーのナイスミドルが、実は「露出狂」であった事を知ったのです。
世の中には、外見から見ただけでは分からない人がたくさんいます。
現に、世の模範たるべき大学教授や、学校の先生、公務員などが、いかがわしい事をして捕まったりしています。
私はつくづく思いました。
死んだ幽霊よりも、生きている人間の方がよっぽど恐いと…
事実は小説より奇なり 第一話 「トンネルの怪」