初恋 2
・第3話・
「梓、飯ありがとな!あと、俺の携帯とか、服ってどこ?」
おかゆを全て平らげて薬を飲んだ大地はベッドの上からそう声をかけた。まだ体を起こすのは辛いらしく、顔色も目を覚ます前よりは良くなったもののやはり青白い。
「服は洗濯してます、それから、携帯とお財布はそこのサイドテーブルの引き出しに入れてますよ」
「ごめんな、何から何までやってもらって。」
「いえ、勝手にやったことですから」
笑いながら会話していると、奥のほうからピー、と無機質な音が響いた。洗濯機が乾燥まで全て終わらせたようだ。
「丁度洗濯おわりましたよ!」
「ありがとう、じゃあ俺帰るわ~」
「.....?え?」
「多分あいつらも十分俺に仕返しして、もう弟帰してると思うし。てか、返さなかったらあとでどうされるかあいつらもよくわかってるだろうから」
また、寂しそうな顔で笑う。
梓が口を開いて何かを言おうとしたその時、急に大地の携帯が震えながら、ブーブーと音を出した。
「もしもし?_宋爛(そら)?大丈夫か?___うん、うん_そう_うん__ごめん_わかったわかった。_今から帰るから_うん_それじゃ」
1分もたたずに通話を終えると携帯をサイドテーブルに置き、財布を持った。
「じゃ、俺帰るわ。服持って来てくんねぇかな?どこにあるかわかんねぇし。この服、また洗濯してから返しにくるから着てっていいか?」
そう言いながら無理をして体を起こしていた。腕に巻いた包帯からうっすらと血が染み出してきている。
「_駄目ですよ!そんな体で歩けるはずがないです」
「大丈夫だから、服、持ってきてくんない?」
「絶対駄目です!」
「じゃあいい、自分で取りに行くから。場所勝手に探すけどいいよな」
梓の静止も振り切って勝手に歩き出してしまう。けれど、壁に手をつきながら、頼りない足使いで今にも倒れそうなぐらいふらふらである。それに加えて右足首を捻挫していたから、ひょこひょこと、少しずつしか進まない。
「_じ、じゃあ、服は持ってきますから、その代わり帰るときは誰かに迎えに来てもらってください」
壁に手をついたままこちらをゆっくりと振り返る大地の顔は、なんとも言いがたい弱々しい顔だった。
「迎えに来てもらおうにも場所しらねえだろう?誰も」
「電話して、教えてあげればいいじゃないですか、そしたらマンションの下ぐらいまでなら出ときますし」
「家、親いないから迎えに来れるヤツいないの」
「.........ごめんなさい、そんなこと言わせちゃって。」
「いーよいーよ、別に親いないって言っても施設の親父さんとかいるしさ。俺は運よく双子だったから一人ってわけでもないしな!」
「双子_なんですか?」
「おう!一卵性なのに俺と正反対なヤツでさ~、頭はすっげーいいんだけど喧嘩がもう絶望的で。でも俺がこんなんだからよく絡まれてて。ほんと、宋爛には悪いことしてると思うんだけど、いくらこっちが喧嘩する気がなくてもあっちから吹っかけてくるし。あ、宋爛って弟の名前」
「宋爛、さんって言うんですか」
申し訳ない気持ちでいっぱいだったので、少しでも気を紛らわそうと笑いながら話題を振ってみると、大地は弱々しいながらも笑顔を見せ、頷いた。
「宋爛さんに迎えに来てもらったらいいじゃないですか?」
ふと、思ったことが勝手に口に出ていたらしい。あわてて口を押さえて大地のほうを見た。
「あ~、まあそうなんだけど........そうだな!うん、宋爛に迎えに来てもらおう!」
何かを言いかけたらしい大地だったが、なんでもなかったかのように携帯を取り出した。開いていくつかのボタンを押し、耳元に携帯を持っていく。
「....あ、もしもし宋爛?今どこにいんの?_悪ぃんだけど、ちょっと迎えに来てほしい。__うん、ありがとう。_場所?_えーと、ここら辺で一番有名なマンションあるだろ?_そうそこ。そこの下まで着てくんねぇかな。_下のホールで、背中の半分ぐらいまでの長さの黒髪の子が制服着て立ってるから。_また説明するから切るわ」
どうやら了解を得たらしいので、何も言わずに玄関へと向かう。
_勿論、大地をベッドに押し戻してからである。
・第4話・
・第4話・
下に降りて15分ぐらいたった後、高校生らしき人影が外に見えたので、管理人さんに言ってドアを開けてもらった。
人見知りなのでどう声をかけたものかと思案していると、向こうの方から話しかけてくれて少しほっとする。
「あの、広海梓さんですか?」
大地とは違う、聞いているだけで少し安心するような暖かさをもっている声。
「はい。えと、藤崎宋爛さんですよね?」
「申し訳ないです、兄が大変お世話をかけたようで」
「いえ、とんでもないです、私が勝手に連れてきちゃっただけなので。こちらこそ勝手にお兄さんをこんな所につれてきちゃってすいませんでした」
「そんなことないですよ。あの、早速なんですけど兄のところまで案内していただけますか?」
「ごめんなさい気が利かなくて、こんなことで立ち話なんて失礼にもほどがありますよね」
焦ってごまかすようにあはは、と笑った。
そのままエレベーターまで行って乗ると、あまり心地のいいものではないエレベーター特有のあの浮遊感がついてくる。改めて宋爛の顔を見ると、やっぱり双子だ、と思うような顔つき。目は、大地の少しつり上がったものよりも下がり気味で、黒縁のメガネをかけていた。目の色も深海のような深い青。あとは、ほくろが左目の下と唇の右側に一つずつ。
「あの、何か?」
梓の身長からすると少し斜め上にある宋欄の顔をみていた。相手からすると顔をじっと見られて気持ちのいいことはないだろう。
「っごめんなさい!何もないです。なんか、双子だからやっぱり顔似てるなぁって思って」
また勝手に口が動いていた。
「ああ、そういうことですか。そういえば、梓さんは高校生ですか?その制服、正十字学園のやつですよね」
「はい、高2です!宋爛さんは?」
「ああ、僕も高2ですよ、正十字の」
「えー!?そうなんですか?じゃあどこかであってたかも知れないですね!」
「かもしれないですねー」
なかなかに会話も弾み、エレベーターの中の浮遊感はもう感じなくなっていた。
40階につき、寝室まで宋爛を案内すると、もう大地が立ち上がろうとしていた。
「悪いな梓に宋爛、迷惑かけた。」
申し訳なさそうに眉を寄せて笑う。
「いえ、全然。新しいお友達も増えたことだし」
梓の本心。それに対して宋爛は冷ややかな笑みをうかべていた。先ほどのエレベーターの中の笑顔とはまるで似つかない氷の微笑。実はS?
「兄さん?兄さんから吹っかけたんじゃないとしても、喧嘩はやめてってあれほどいつも言ってるよね。施設に迷惑かけるだけならまだしも、初対面の、それも女性にまで迷惑かけて。」
微笑を崩さないまま少しずつ大地を追い詰めていく。
でも、
「どれだけ僕が心配したと思ってるの、兄さん。いつもなら喧嘩終わったらすぐ帰ってくるのに、今日は変だし、何回かけても全然でないし、挙句の果てに出たと思ったらマンションに迎えにこいって言うし、自分で帰れなくなるぐらいの怪我なんてしないで...?」
でも、やっぱり心配だったんだろう。端正に整っている顔を泣きそうにゆがめながら必死に言葉を紡いでいる。
それを聞いて、大地は困ったように笑いながらごめん、なんて言ってる。
初恋 2