短刀にまつわる話でした。

序章

「壊して、早く。」
苦しそうな女の声。
はっきり深く表れる血の色。
その色は褪せることを知らない。

「うぜぇ。」
朝から大量の死霊に話しかけられて機嫌が悪い。
面倒だから全部無視して振り切ろうとしたが、まだ追っかけて来るやつがいやがる。
「また遅刻か…。」
不良に拍車がかかるなどと思いながら走ってる。
俺は幽霊が見えるだけの普通の…高校一年生。
宮坂克樹(みやさかかつき)、金髪、ピアス。
一見してただの不良、そして今日も遅刻。
決して不良だから遅刻するわけじゃない。
この幽霊どもがいなけりゃまっすぐ学校に着けるのに。
走りながら曲がり角を曲がると勢いよく人とぶつかった。
「悪い!急いでて。」
俺はその人の手を掴んで転けるのを防いだ。
「何をそんなに急いでいる。」
「げっ。」
ぶつかった相手は、同じクラスの斎宮亜貴(さいぐうあき)。
言葉数少なくクールな二枚目とかなんとか女子が騒ぐ男だ。
何かとこの男、俺の傍にいやがる。
「学校に決まってんだろ。」
俺は幽霊を誤魔化しながら、そういえば幽霊が消えていることに気づく。
「ああ、手を繋いで仲良く登校するのか。」
そう言われてまだ手を離していないことに気付く。勿論振りほどく。
「馬鹿か、野郎同士で。」
こいつがいたから、追われなくなったのか。
神社の家である斎宮は、霊を突き放す力があるのだろうか。
そこらへんは俺にも分からないが、とりあえず今日も疲れた。

「あんた、朝追いかけられてたろう、あの世のモノにさ。」
着物の女が下校中の俺に話しかけてきた。
当然知り合いではないし、俺以外には見えていないだろう。
「同じ類いに言われたくないね。」
「まぁ、そう冷たくお言いでないよ。別に話をするくらい、何かを削るわけじゃあるまいしさ。珍しいのさ、あんたみたいな人間がこっちからすると。」
女は笑いながらふわふわ俺に着いてくる。
「…何の用だ。見える俺に話しかけるってことは、何かあるんだろ。」
「ただの暇潰しと言いたいとこだけど、あんたに人探しを頼みたいのさね。」
嫌な予感しかしない。こういうパターンは駄目なやつだ。
「断る。俺にメリットはないし、あんた自身が探しきれないって事情があるはずだろ。」
俺は速度を早めたのだが、後ろから声がした。
「宮坂、一人で何をしている。」
斎宮は怪訝な顔をして近づいてきた。
こいつ、見えないのか。
それほど、この霊の力は微々たるものなのか。
すると女はさっきよりも口を緩ませて、
「見つけた。」
そう言うと見えなくなった。
まずい、と瞬間的に思って斎宮の腕を掴む。
「おい、今何か感じなかったか?」
「何かってなんだ。なぜそんなに慌てている。」
斎宮はとても落ち着いた様子で、とりあえず異変はないらしい。
「斎宮、着物の女に心当たりないか。赤い髪が少し混じった長い黒髪に、美人だ。」
女の特徴を伝えるものの、斎宮は首をかしげる。
「知らないな。宮坂の言う美人がどういうものか興味はあるが。」
「んなことはどうでもいい。まずいな、お前の親父にお祓いしてもらえ。」
そう言って俺は斎宮の家に歩きだす。
「さっきからなんなんだ、いったい。」
「お前に何かあると面倒だろうが。」
もとはといえば、俺が霊を見えるせいなんだ。
俺の近くにいる人はみな、俺に巻き込まれていく。

「何も憑いてはいないようだけど。」
斎宮の父親、貴幸(たかゆき)さんは不思議な顔をする。
「宮坂君が亜貴に憑いてるかもしれないっていうのを疑うわけはないよ。でも、亜貴にその気配はないみたいだね。」
おっとりとした性格の貴幸さんは俺にお茶を出しながら言う。
何故斎宮の父親と面識があるのかというと、別の話になる。
ただ以前世話になって、それから俺を斎宮の友達と認識してるらしい。
「亜貴の心配をしてくれてありがとう。宮坂君は優しいね。」
「いえ、そういう訳では…。」
お茶菓子まで出してくれている貴幸さんは、俺のことを見た目で判断はしない。
「何故亜貴に憑いてると思ったのか、教えてくれるかな?」
優しい顔して問いかける。斎宮が珍しく笑ったときの顔に似ている。
「女に話しかけられて…その女、斎宮を見て見つけたと言ったんです。」
それから消えて見えなくなったことと、斎宮自身女が見えていないことを話した。
「それは、少しまずいかもしれないな。」
貴幸さんは、髪をかきあげる。
端整な顔が少し曇る。やはり、あの女は良くないものらしい。
斎宮はそんな貴幸さんを見ながら問う。
「親父、何か知っているのか。」
「お前は一応霊が見えるはずだろう。なのに、見えなかったということは相当力弱いか、その人には見えたくないかのどちらか。後者だとすれば亜貴、お前に良くないことだ。」
ただ、今のところ異変はない。
何かあれば貴幸さんが対応してくれるだろう。俺は帰ることにした。
「何かあったら貴幸さんに言えよ。」
「お前には?」
「は?」
「お前には言わなくていいのか。」
訳のわからないことを言いやがる。除霊は専門外だ。
「俺が斎宮にしてやれることなんて何もねぇよ。俺はお前にわざわいを持ってきただけだ。」
帰ろうとした。なのに、肩をつかまれる。
「宮坂、明日昼屋上な。」
「…言われなくても俺の場所だ。」
俺は肩から手をどけると歩き出した。

中Ⅱ

いつものように学校に遅れていくと、斎宮が席に座っている。
昨日は何もなかったようだなと胸を撫で下ろす。
斎宮が無表情なのはいつも通りであるし、特に変わった様子もないようだ。
お昼になり、屋上に向かう。
斎宮はフェンスに寄りかかり座っている。
「なんか変化はあったか?」
俺は3mくらい離れて座る。
「いや、特には…。」
そう言いながら斎宮は目をこする。
「寝不足か?寝られなかったのか。」
「ちゃんと寝た。少し霞むだけだ。」
俺は立ち上がって斎宮の顔を覗く。
「目見せろ。」
目をこすっている手をどけさせ、目の中を見る。
「特に異変はないか…。他には?」
「何もない。…らしくないな。」
「あ?」
斎宮は瞬きしながら、俺を見た。
「俺がお前の心配をしてることか。」
「まぁ、そうだな。」
そう言いながら斎宮は弁当を食べ始める。
「罪悪感なら、必要ない。」
卵焼きをほうばりながら喋る斎宮。罪悪感だと?
「そんなものない。」
「あるだろ。お前と関わってるから俺が目をつけられたとか思ってるんだろ。そんな考え捨てろ。」
購買で買ってきたパンを一口かじる。
なんか食べる気が失せた。
「あの女の思うようにはさせねぇから。」
そう言って俺は屋上から出ようとする。
「宮坂っ!」
後ろで声がしたあと、倒れる音がした。
斎宮が方膝をつき、目を押さえている。
「斎宮!どうした、見えないのか。」
「かすみが、ひどくなった…お前のせいだ。」
「…。」
「黙るなあほ、嘘に決まってんだろ。」
斎宮は俺の襟をやみくもに掴んで引き寄せる。
「お前と居ようが居まいが起こることの原因にはならない。」
「そんなことない。俺と居たから不幸になったやつもいるんだよ。」
掴まれている手首を掴む。さすがに強いな、こいつ。離れねぇ。
「宮坂、俺がお前の傍で不幸にならなければ問題ないな?」
「なに言って…。」
「あの女見つけろよ、もう今見えないんだ、目が。」
少し笑みを浮かべながら斎宮は手を強める。
もう不幸にさせてしまっているじゃないか。
「なんで笑ってんだよ。目が見えなくなってんだろ!怖くないのかよ。」
「宮坂が近くに居るのが分かってる。怖くはないな。」
こいつ可笑しいんじゃないのか。俺のせいでこんな目に合っているのに。
「帰るぞ、そんなんじゃ授業も受けれねぇし。」
斎宮の腕を掴む。見えていないのなら俺がこいつを連れていくしかない。
早くあの女を見つけないと。
早くしないと。
俺は無意識に手を強めていた。
斎宮はそれに気づきながらも黙ってついてきていることを知らずに。

中Ⅲ

「亜貴、何も見えてないか?」
「真っ暗だ。目が開いているのに変な感じがする。」
貴幸さんは俺に向き直ると、口を開いた。
「宮坂君、今日うちに泊まれるかな。亜貴のこともあるし、宮坂君に何かないともいえないし。家の人には私が連絡しよう。」
「いや、俺は大丈夫です。斎宮を、何とかしてやらないと。探さないと、あの女を。」
立ち上がろうとした俺を貴幸さんが制した。
「宮坂君落ち着いて。亜貴に影響がある以上、亜貴の近くに女がいる可能性が高い。だから、私が手がかりを探す間は亜貴の傍にいてやってくれないかな。」
「俺も一緒に探します。俺があの女を連れてきてしまったようなものだ。」
貴幸さんは俺の頭に手を乗せた。
高校生相手に頭を撫でてくる。でも、その手はとても優しく避ける理由もない。
「気負ってるのかな。君の過去に何があるのか私には分からないが、その必要はない。宮坂君は亜貴の目になってくれるかな。何も見えないと不便だしね。」
貴幸さんの声は落ち着く。
俺は納得して斎宮の傍にいることになった。

中Ⅳ

目の前に座る黒髪の端整な男は、肉じゃがを食べようとしては、落としてを繰り返す。
「お前、それ食えてないじゃん。」
「見えないというのは、食べるのもやりにくいのな。」
感心するように、やっと口にできたじゃがいもを頬張る。
「左手前魚、右前味噌汁な。それご飯。」
「ん。」
「あ、まて。骨だけとってやる。」
さすがに見えない初心者に魚は危ない。
俺は魚の骨を丁寧にとっていく。斎宮はもそもそ味噌汁を食べながら言う。
「母さんみたいだな。」
斎宮の母親は、ずっと前に亡くなったらしい。
写真だけ見せてもらったことがある。
「あんな綺麗な人と一緒にするな。」
俺がそう言うと、斎宮は微笑んでもくもくと食べ続けた。

ようやく斎宮は食事が終わり、一息ついた。
貴幸さんはどこへやら探し物をしているようで姿が見えない。
俺も一緒に探しにいきたいのはやまやまだが、こいつの傍を離れるのはどうかとも思う。
「落ち着かないのか。」
「人の家だしな。目…どうだ。」
斎宮は目をあけるが見えている様子ではなく。
「駄目だな。………。」
「?斎宮?」
斎宮はいきなり俺の腕をすごい力で掴んだ。
「っ…いってぇ。」
「見つかっちまったよ…早かったね。」
腕を掴んだまま喋るそれは斎宮ではない。
「この子、あたしを通しているせいで目が見えなくなってるんだね。可哀想に。でもこのままいれば目だけじゃすまないかね。」
「お前…早く斎宮の目を戻せ。目だけじゃすまないってなんだ。」
「そんな怖い声で言わないでおくれ。ただ、この子の中途半端な力は余計に己を追い込むという意味さね。あたしはある意味で怨念だからさ。」
女は手を離し、立ち上がる。
「復讐のためだけにこの世に止まった…早くしないとこの子つれてっちまうよ?」
女は口元を弛ませにやりと笑うと女の気配が消えた。
つれていくってことは、つまり。
動揺を隠せない。
「俺はいつ立ち上がった?今意識が途切れたような。」
やっぱり俺の近くにいるやつはみんな…。俺のせいで。
「宮坂、いないのか?宮坂。」
見えていない斎宮は目の前で座り込んでいる俺に気づかない。
そうやって、もう俺のことなんて気がつかなければいい。
「なぁ宮坂。」
そういうと斎宮は手を差し伸べてきた。
見えてないはず。俺が今ここにいることも分からないはず。
だけど、斎宮は確かに俺に向かって手を出した。
「…なんだ、その手。」
「やっぱりいるんじゃないか。返事しろよ。」
「見えてないんだよな?なのになんで。」
俺の疑問に斎宮は首を傾げる。
「お前がここにいないわけない、だろ?」
そのことばは妙に納得できるような、意味深なそんな気がした。
なんかムカついた。から、手を強く引っ張って座らせる。
「危ないだろ、そんな引っ張りかた。」
「何が危ないんだ、俺がいるだろうが。」
なかば自棄になる。そんな俺を見て斎宮が緩く微笑む。
そんな顔すんな。なんか、やるせない気分になる。
「斎宮、貴幸さんとこいくぞ。何か見つかったらしい。」
「ああ、わかった。」
斎宮の手を掴みながら俺らは貴幸さんを探した。


「ああ、丁度良かった。見つけたんだ、多分これだと思うよ。」
家の奥にある倉庫で手掛かりを探していた貴幸さんはその手に短刀を握っていた。
「この刀、少しいわくつきでね。私としては手離したいものなのだけど。霊が宿るとしたらこれだ。」
貴幸さんは短刀の鞘に手をかけるとそのまま引き抜いた。
刃はこぼれ、黒ずんでいる。相当古そうだ。
「その短刀とあの女に関わりが?」
「うん、この刀ね、巫女を刺したんだ。」
貴幸さんは話始める。それは300年ほど前だという。
「正確な年は分からないんだけどね、ずっとこの家にあった短刀なんだ。殺人があったその日から。」
300年ほど前、この神社には正当な巫女がいた。
つまり遠い先祖なわけだが、その巫女は力があるゆえに恨まれ殺された。
その時使われたのがこの短刀というわけだ。
「けれど、どうして今になってその巫女が亜貴に。」
ドタッ
振り向くと斎宮が膝をついていた。
「どうした。」
「いや、目眩が。」
「貴幸さん、時間がないかもしれません。その巫女はさっき目だけでは済まない、連れていくかもしれないと言いました。復讐のためだと言っていました…。」
握りしめた拳、掌には少し血が滲む。
「宮坂君、手を開いて。駄目だよ、自分を傷つけるようなことをしては。」
貴幸さんの手が、固く閉じた俺の手をあける。
「亜貴からあの巫女を離すにはどうすればいいか考えよう。亜貴、お前はあまり動かない方がいい。横になっておきなさい。」
黙りこむ斎宮の手をとり歩き出す。
「宮坂…。」
「布団に寝てろ。お前、歩くのもふらふらじゃねぇか。」
「だが、俺の問題だろう。それに…」
言いかける斎宮を布団に倒す。
「戻ってくるまでおとなしくしてろ。お前の役目は死なねぇことだ。いいな。」
「分かった。宮坂…無茶するなよ。」
俺はそれには答えず貴幸さんのもとへ戻る。
「宮坂君、亜貴と友達でいてくれてありがとう。」
「いや…彼が友達でいてくれてるんです。」
俺らはあの巫女を消さなければならない。
その方法を早く見つけなければ。

短刀にまつわる話でした。

短刀にまつわる話でした。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-02-27

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 序章
  2. 中Ⅱ
  3. 中Ⅲ
  4. 中Ⅳ