アンドロイドと子ども
「私はあなたが好きなのかしら」
ギギ。音がした。彼が戸惑ったときに出す音だ。
空に向けていた視線を横に移せば、機械でできた能面が私を見つめていた。
兵士型アンドロイドTC-R1、それが彼につけられた名称だった。体はとてつもなく大きい。高い塀に座った私の目線が、ちょうど彼の目線の高さだ。有事の際にヒトの盾となれるようにらしいが、そんなことはどうでもいい。
「好き、なんだとは思うんだけど、それが恋なのかそれとも別のものなのか、私にはわからない」
彼は黙ったままだった。
「……なんか言いなさいよ」
ギギ、また音がした。今頃彼の頭に組み込まれた電子回路がこの事態にどうしたものか演算しているのだろう。
「ワタシもあなたが好きです」
「マジか」
「マジです」
何の表情もあらわれない顔が私を見つめる。
「それってどういう好き?」
「おかしなことを気にするものですね」
ただつるんとした彼の顔が、笑ったような気がした。兵士型に、戦う・守る以外の能力は必要ない。ヒトと近い容姿にする必要もなければ、感情のキビに対する知識だっていらない。だからこの容姿だ。むき出しの機械でできた卵型の頭に、猫背気味の体がくっついて鈍く光っている。
「あなたを守りたいと思います」
「それはそういう命令を受けているからでしょう」
彼の任務は、この塀で囲まれた小さな町を守ることだ。私の住むこの町を。
三度目のギギ、を聞いた。それから彼は急に話し出した。
「あなたの笑顔を見たいと思います」
口を挟もうと思ったのに、彼は止まることがなかった。
「あなたがワタシのところにいない時は、生きているのか不安に思います。泣いていないか心配します。あなたの小さな体を抱きしめたいと思います。けれど、あなたに触れてはいけないとも思います」
静かに、音もなく彼は私に向かって手をのばした。どんな武器でもたやすく扱えるその手は、ヒトで言うところの指が2本しかない。
彼は私の髪をなでようとして、やめてしまった。力なく手がおろされる。
「ワタシはあなたに恋しています」
嬉しくないかと言われたら、それは嘘だった。とても嬉しい。でも彼の言葉はあまりに恥じらいがなさすぎて、直截的すぎて、やはりアンドロイドなのだと思わざるをえなかった。感情のキビがないのだから仕方がない。
「それは勘違いよ。アンドロイドが、人間に恋をするなんてありえないんだわ」
「そうですか」
彼は私を否定も肯定もしなかった。ただ目も鼻もない顔が、鈍く穏やかに光っているだけだった。
それからしばらくして、彼は戦死した。
私の住む町を守って死んでいったそうだ。私が寝ている間に戦いは始まって、目を覚ましたら終わっていた。朝食をとって、町を出歩くころには戦いの痕跡なんてどこにも残っていなかった。つまり、彼の存在を思わせるものはもう何も残っていない。つるんとした顔も、体の一部でさえも、どこかで処分されてしまっていた。町に新しいTC-R1がたくさんやってきたけど、彼はどこにもいなかった。
私はどうしても彼の頭が欲しかった。彼の頭を腕に抱いて、静かに眠るように死ねたらどんなに美しいだろう。もう手に入らないのだと思うと、もう触れないのだと思うと、胸が張り裂けそうに痛んだ。
なんて愚かだったのだろう。あの人は私を失うことを恐れていた。私だって好きだったのに。この気持ちは、確かに恋だったのに。
本当に失わないとわからないほど、私はひたすらに子どもだった。
アンドロイドと子ども
女子高生と人外っていいよね。
敬語かぶってしまった。