practice(53)


五十三







 そんな風に見えるのは幼い時に自分で作れる料理として,特別な朝に食べていたからかもしれない。卵料理をジュワッと作るママに向かって,「今日は私が用意するわ!」なんて言えば,パパのお皿に盛られるパン以外の美味しいものはサラダも含めて,量だけ増えた。テーブルについて対面するパパは困った顔で「何かあったのかい?」と聞き,私は「あったわ!だけど,教えない!」と言ってシリアルに注いだミルクとスプーンを運んだ。口の中で冷たく広がる,あんな甘い味はあの時分のものだと思う。その理由は何も出来ないところに見つけられる出来ること,というところだろう?と今朝は不在の中途半端なパートナーが評するだろうけれど,そんなところだろうか。弟が大きくなったら座ることになる隣の席に,その時も置いたカエルのコミカルな縫いぐるみは口を開けて,お喋りをしているようだったし,私と一緒に点いたテレビに夢中になっているようだった。ベビーベッドは静かだったし,灰色のニュースペーパーはいつも同じ顔。使ったフライパンだけは先に洗って,ママは席に着く。香る匂いは,パパが注ぐものだった。
 思い出した今朝のメモには,私が書き足すものがなさそうだった。貼り付けられた数枚のメモにはそれぞれに買い足すもの,ご要望のもの,その帰宅時間(今日は早い)に気を付けなければいけない,迫り来る順番通りの消費期限が「!!」と一緒に大きく書かれていた。そうだっけ?と思い開けた冷蔵庫の灯りは嘘を付かない。ワンパックの牛乳はいくらか安くなったものを買っていた。一日過ぎで,まだ飲んでも大丈夫だと思ったけれど午後の予定を考えると,念のために飲まない方がいいし,シリアルに注いだりもしない方がいい。テーブルの上にもう出してしまった深皿には,保存が効く作り方を料理本で調べて作ったサラダを盛ることにした。パンもあったし,卵もあった。
 簡単に作るまえに,付けた今朝のラジオでは外国の皇太子の婚約と昨夜のニュースのおさらい,主に国内の経済政策の効果について話されてから近辺の渋滞情報,利用していない電車の遅延が伝えられてCMに入った。早口でまくし立てるアナウンサーは直ちに優しい声音の女性に早変わり,新しく開設した病院(クリアな歯科,と言っていた)のダイヤルナンバーを伝えている。それが終われば,流れた曲はヒットチャートを賑わすと評判が高い新人アーティストの曲には「電話をかけてよ!」ということが甘い歌声で繰り返した。なら,ニュースペーパーには『電話』という単語が書かれているのかもしれない。
 邪魔にならないように,フライパンを先に洗ってから大皿の端に乗せていただけのスクランエッグをフォークと一緒に手で寄せて,パートナーが残していたマッシュポテトと並べて綺麗に盛り付けた。先にオーブンの上で焼いていたパンはまだ出来ない。焦げ目は付いた方が好きだから,出来上がりの『チンッ』が鳴っても三十秒ぐらいは放置する。再度メモを見て,三種類のチーズは二種類だけ買ってくると決めて,オーブンの時間を確認。冷蔵庫を開けて,オレンジをパックで取る。牛乳のは,あとにする。思い出したからもう一度開いて,ドレッシングを取る。サラダが入ったボウルを取る。
 大皿に乗せたパンに何も塗らず,ラップされたボウルごと手に持ってテーブルの上で深皿に盛る。それをキッチンに置いたままにして,オレンジはドレッシングとともに持っていく。最後にコップを水切りカゴから取り出して,濡れていないことを確認してから席に着く。キャップを開けて,オレンジを注いでから一口,もう一口と飲んで屑を出さないようにパンを齧って,天気を見た。
 雨をいつも待っているような,何回かのやりとり。
 昨夜の電話で話した限り,弟は予定より一日遅れで到着するようで,にもかかわらず「僕が来るまで,始めないでよ!」と強く言われた。「分かってるわよ。」と返したけれど弟は「姉さんは信用できない」と言う。「なら,私にお願いごとなんてしないほうがいいわね。」と突っぱねたら,弟は「これを通じて姉さんのことを信用したい。」という希望を述べた。それから二人で知ってるママのこと,パパのこと,私たちのことも話して電話を切った。夜の帳,デスクライトで丸く切って,一方だけが覚えているということはやっぱり多い。それはまた二人の時間の配分で,あるいは私たちのした記憶違いの思いの表れでもある。弟は自分の部屋で眠る前のことを覚えていた。二人のどちらか,あるいは二人ともどんな様子かを見に来て,まくらをポンっと叩く。弟はそれを合図に眠ることもあれば,わがままを言って本を読んでもらったり話をしてもらったり,抱っこしてもらったりした。私は寝つきが良かったので,眠る前に二人のことを見たことがない。だから二人は寝つきが良くなかった弟が眠る前に,弟の部屋を訪れていたのだろう。そして眠ったことを見届けて,その後で,私の部屋を訪れていたのかは分からない。そうだとしても,私はすでに眠りについていたから。
 立ってラジオを消して,テレビをつけて,でもボリュームは大きくしたくなかったから下げていって,途中,面倒くさくなってリモコンで消音にした。三分の一,二枚目のパンをそれだけ残してお皿,コップ,深皿にボウルと流し台に運ぶ。水を流し,オレンジとドレッシングを持って冷蔵庫に向かう。貼り付けられたメモ。真ん中あたりの字。開けて閉まって,ここからも見える映像ではメインキャスターがロケに出ている新人のアナウンサーに何かを笑顔で語っていた。ピジョンの鳴き声。時々,ここのベランダに翔んで来るからパートナーともども気にしている。私は残したパンをお皿と持って,ベランダのドアを開けた。留まる一羽,初めて見るような顔をしているようで,前にも来たことあるような顔だった。食べやすいように千切り,食べやすいように手に乗せて,啄ばまれる。今朝のラジオが伝えていたように降水確率は目に見えない。紫外線にも,注意したい。
 ピリリッ!
 と,鳴るのは羽織るカーディガンのポケットの中。送られて来た一通のメッセージ,目の前のピジョンに一言謝って,パンも乗せずに空いた手で携帯を開く。中途半端なメッセージは大事になるチケットが取れたことだけを伝えていた。発つのはここで,また帰って来るのもここだとしても,日時が分からないと困る。すぐの返信は感謝と具体的なことを教えるように求めた。待ちきれないと翔び去られた後で,再送信はランチの約束みたいになった。
 レターセットを探すより,買った方が早いと判断して最後の後片付けを済ませて,冷蔵庫のドアを開けた。パックの牛乳を取り出して,半分をこぼした。中も濯いで,畳んで捨てた。
 
 



 外国の皇太子の婚約について,インタビューアーの街頭質問に答えて。
「このニュースを聞いて,どう思いますか。」
「そうね,まず何があっても大丈夫。どうせこれから何かが毎日のように起こるのだからね,それを助け合うのが二人のこれからすること。また当然,喧嘩だってするのでしょうから早めに解決することね,特に男性から。これは私の長い経験から,また世の中の賢い殿方たちが経験していることよ。多分,二人の大事な王(キング)だってね。それから子供は二人,まずは女の子。それから男の子。神様に任せることだけど,お願いしないに越したことはないわね。すくすくと育てて,元気に育てて。それからたまには,顔を見せに来るといいわ。それを喜ばない日はないと思うの。」
 インタビューアーは笑って,あえてもう一度質問をする。
「あなたはまるで,二人の祖母(クイーン)のようですね。」
「そうですよ,だから彼らは幸せなのです。」






 24cmの足のサイズは記憶している限り,ママと同じサイズ。ヒールを履かないところは違う。でも,ベージュを好むところは似ている。

practice(53)

practice(53)

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-02-27

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted