俺の中に眠る悪魔 第1話「春」
「というわけで、どうだいアウスローゼは!!」
「いや、どうだいって言われましても・・・」
「そうか、まだ迷いがあるか・・・。でも大丈夫、アウスローゼに入ればそんな迷いはすぐ消えるさ!!」
いや、そういうわけじゃないと思うんだが。
俺は心の中で突っ込みながらもどうしてこうなったのか過去を修正したい気分に駆られる。
「大丈夫だって綾太、お前ならやれる!!」
後ろから悠二が俺の肩に手をおき、満面の笑みで俺の顔を覗き込む。
ボコッ!!
「俺今すげぇお前の事を殴りたい」
「いや・・・、殴ってから言うセリフじゃないよな、それ」
あ、ごめんな悠二。気づいたら言葉より手の方が先に出てたわ。
「で、どうするんだ綾太。マジで決めろよ」
「ああ・・・」
っつてもなぁ。
俺は本当にどうしてこうなったのか思い返してみることにした。
春。桜が舞い散る季節、俺は今日この日ここクロノス学園に晴れて入学する。
ミッション系の学園で全日制、私立で全国から入学者が集うため寮がある。学園の敷地は日本一広く、学園内には大中小合わせて5つもの"森"があるほどだ。
正直言うと俺は別にクロノス学園に入りたかったわけではない。
本当は龍仙寺学院という高校に入りたかったのだが、受験当日に流行り風邪にかかってしまい受験失敗。仕方なく滑り止めとして受けたクロノス学園に入るはめになったというわけだ。
俺も流石に最初は受験失敗に気落ちしていたがもう終わってしまったことにくよくよするわけにもいかず、仕方なく無駄に元気に今日はクロノス学園に初登校したというわけである。
俺は学園の校舎に向かう、まるでどこかの豪邸みたいな並木道を歩きながらあたりを見回す。
エルフ・吸血鬼・龍族・人狼。その他様々な種族が楽しげに並木道を歩いている。
クロノス学園は少し変わった学園だ。
一つは世界初の「人間と他種族が共に通う」学校というところ。全寮制で大学も兼ねているため下は15歳、上は30歳を超えているのもいるらしい。まぁ今では、クロノス学園のような「人間と他種族が共に通う」学校はかなり増え、現在では日本で6校、世界では50校を超えるとかなんとか。
また寮も他とはかなり違っている。人間以外の様々な事情をもった種族と暮らす、そのために人間と近い生活の出来る種族は俺達人間と同じ寮に入り。吸血鬼や人狼、夢魔などの様に人間と共に暮らすことに困難な種族はその種族専用の寮がある。
そしてこのクロノス学園で最も変わったところが「学園抗争」だ。
学園抗争、それは高等部に通う生徒だけでチームを組む。チームは一チーム10人までで種族は問わない。チームは5月から12月までの間に学園抗争を行い、最も勝率の良かったチーム4チームが決勝トーナメントへと進むことのできる。
学園抗争はその名の通り"抗争"、つまりは殴り合いなどの戦いのことで。毎週火曜日と金曜日に学園の中央にあるコロシアムで試合が行われる、ようはその試合にでて勝ち決勝戦にでる、ということらしい。
「ま、俺には関係ないよな」
この学園抗争は人間のために作られた制度ではない、むろん今は人間と言っても様々な人間がいるから当てはまらなくもないが。もともとこの学園抗争は「他種族と共存するために、競い合い互いを高め合う事を目的とした」制度だ。もっと突っ込んだことを言うと「戦闘を好む種族のために作った制度」という事だ。
ま、360°どこからどう見ても普通の好青年にしか見えない俺には関係ない話だが。
「おおい、綾太!」
後ろから大声で俺を呼ぶ声が聞こえる、俺は聞き慣れた声に多少浮ついていた心が収まる。
「悠二」
こいつは俺の中学からの親友でエウルフィー・V・悠二。エルフ族で結構優等生らしい、俺からしたらただのバカにしかみえないんだがな。
「お前何組だった?」
「俺は2組、お前は?」
「近いな、俺は3組だ」
「隣じゃんか」
「おうよ、会おうと思えばいつでも会えるってやつだ」
「いや、俺に男趣味はないんで遠慮しときます」
「今の発言のどこにゲイ要素が含まれてた!?」
「いや、おれの第6感が危険信号を、な」
「お前の第6感鈍ってんじゃねーノ?」
楽しい。
率直な感想である。こいつとは3年くらいの付き合いになる、もう生まれたころからずっと一緒につるんでたみたいな感じだ。
こういうのを悪友っていうんだろうか?
口には出さないがこいつと出会えたことは俺の人生にとって一番良かったことかもしれない。
「そんじゃ、また放課後な」
「おけ」
教室に着いた俺たちは各々の教室へと入っていく。
ガラガラ
教室のドアを開けると既にほとんどの生徒が集まっていた。
ぱっと見人間は10名ほど、クラスは全部で46人いるから30名以上が他種族ということになる。
なかなか楽しそうなクラスだ、みな他種族関係なく話をしている。
俺は黒板に書かれていた自分の席につく、窓側の後ろから2個目の中々の席だ。
窓から外を見ると桜が舞いとてもいい景色だ、こういうのを風流って言うんだな、うん。
「よ、ちょっといいか?」
声がかけられる。
「ん、ああ、いいぜ」
「よっしゃ」
声をかけてきたのは赤い髪をオールバックにまとめ一見ヤクザな感じの人狼だった。
「俺、お前の後ろの席の夜威ってんだ、よろしくな」
「俺は織葉綾太、人間だ」
「知ってるさ、人狼は鼻がいいからな、臭いでわかるんだ」
「へぇ」
流石は人狼、というべきだろうか。まぁ、前にも同じような他種族に同じこと言われたけどね。
「そうだ、紹介するよ。俺らの席の周りの連中」
夜威は後ろを向きそこにいた少年少女の紹介を始めた。ちなみに人間はいない、全員他種族だ。
「右から綾太の前の席の・・・」
「アポロ・ディケーティー、竜族だ。よろしく頼むよ織葉君」
「おう、よろしくな」
一応アポロの外見を言っておくと、金髪で柔らかな顔立ちをしている高感度の高い青年だ。俺ほどじゃないけどな。
「次に・・・」
「あんたの右斜め前の席の凛紅麗や、コウでええで」
凛紅麗、名前からすると中国の人だろうか?瞳の色が左右違うところをみると魔族みたいだ。
「お、おうよろしく。って関西弁?ってことは関西人?」
「ああ、うち関西人やないで?」
「は?」
いや、そんな流暢な関西弁使ってらっしゃるのに、関西人じゃない?
そないアホな・・・。
「うちゲーム大好きなんやけど、ゲームのキャラに関西弁のやつが出てきてな。そいつの真似しとったら関西弁になってもうたっていうわけや」
「な、なるほど」
「だけどホンマの関西弁やないから変な関西弁になるんやけどな、そこは堪忍や」
いや、これで本物じゃないって。意外と奥が深いんだな関西弁・・・。
「んで、こいつが・・・」
「織葉君の隣の席のマリエル・ナティカルだよ、よろしくね」
「おう、1年間よろしくな」
「こちらこそ」
マリエルは手を差し伸べる、俺はマリエルと握手をする。
な、なんて律儀でいい子なんだ・・・。
マリエルは栗色でウエーブのかかった髪に金の瞳が特徴の妖孤だ。妖孤は大体が金色の瞳をしている、まあわかりやすいっちゃわかりやすいな。
「ちょ、俺が説明しようとしてたのに。なんでお前ら俺の邪魔すんのよ」
さっきから途中で言葉を遮られ続けていた夜威が不満を漏らす。
「あんた、うちらの名前覚えてないやろ」
「ギクッ」
「口に出しとる時点で終いや、あんた記憶力がなさすぎるんや」
「初対面でそこまでいうか普通?」
「言うだろ」
すかさず俺は凛に助け船を入れる。
「いやいや、そこは凛じゃなくて俺にフォローを入れるところだろ!?」
「ああすまん、つい知り合いに接する時と同じにやっちまった」
夜威があまりにも悠二に似ていたから錯覚しちまった。
「綾太、ナイスフォローやで!!」
凛が親指を立ててポーズをとる、俺も親指を立ててポーズ。
「どこがナイスだ!!」
「や、夜威くん、みんな見てるよ?」
マリエルが消えそうな小さな声で夜威に忠告を入れる。いつの間にかクラスの視線は全て俺達に向けられていた。
うん、これは全部夜威を罵倒する視線だ。そうに違いない、そうでも思わないとこれから先クラスで上手くやっていく自信が無くなる。
「「「うん、これは全部夜威を罵倒する視線だな」」」
「3人で同じ考え!?」
奇跡。俺・凛・アポロがそろってこの視線を説明した。
「ちょ、いきなりいじられキャラ定着かよ・・・」
うなだれる夜威に俺はそっと肩に手を置く。
「大丈夫だ夜威」
「りょ、綾太・・・。おまえだけが頼りだ」
「いじられキャラじゃなくてサンドバックキャラだから」
「意味わかんねぇよ!!」
本来ならばおれは突っ込みの方が好きだ、だが夜威と悠二に関してはボケに回るとしよう。
登校初日の今日、いきなり授業はあるはずもない。入学式とHR、学校は午前中で終わってしまった。
悠二と玄関で待ち合わせそのまま学園を少し見学して寮に戻ることにした、玄関を出ると既に上級生が集まりなにやら部活勧誘"らしき"ものをやっていた。
「な、なんだあれ?」
「何だお前知らないのか、あれは学園抗争のためにチームに新入生を引き込もうっていう勧誘だよ」
悠二がさらっという、そのキザな顔にイラッときたのは言わずもだろう。
「って、そんな適当に集めて平気なのか?無能力者とかきても勝てないだろ?」
俺がフトした疑問を投げかける、それに悠二はさらにイラットくるドヤ顔で答えた。
「いいんだよ、チームメンバーの最終決定書提出期限は4月の最終日。つまりそれまではチームを整えるための準備期間ってわけ」
「へぇ、ってなんでおまえそんなに詳しいんだよ」
「あれ、言ってなかった?おれの兄貴去年ここ卒業して、そんとき色々聞いたんだ」
そういやこいつには歳の離れた兄貴がいたな、名前は確か冬馬さん。
「あそ」
「あそって、おまえなぁ」
「で、悠二はどっかチームに入るのか?」
「よくぞ聞いてくれたッ!!」
いきなり悠二は俺の両肩を思い切り掴み、そして興奮冷め止まぬ顔を近づけてきた。
「実はさ、ネットで噂になってるチームがあんだよ」
「へ、へぇ」
「そのチーム毎年新入生が集まらなくて入ったら即メンバー登録されんだって!!」
まるで欲しかったおもちゃをようやく買ってもらえる子供のような顔で悠二は話す、俺の両肩を潰す勢いで掴みながら。
「わかったから、悠二」
「ん、なんだ?」
「肩、つぶれる」
「え、ああ!!」
ようやく悠二は俺の肩を潰しかけていたことに気づき手を話す、あとちょっと遅かったらマジに潰されていたかもしれない。
「悪ぃ悪ぃ、つい夢中になっちゃって」
「俺の肩を潰すのを?」
「違ぇよ!!」
「はいはい。で、とりあえず行ってみるか?」
「行くって、どこに?」
「どこって、そのお前が入りたいチーム」
どうせおれもついてこいとか言うんだから、俺から言い出した方が何かと楽だ。
昔から悠二は一人で行動するのを極端に嫌う節がある、理由は「怖いから」「寂しいから」などという男には絶対に言われたくない気色の悪い理由からである。かわいい女の子に言われるならばともかく、男に「寂しいから一緒に来て?」などと可愛い子ぶって言われてもただイラッとくるだけである。
わかってくれるだろうか?
「おーい、行くぞ」
「はいはい、待てって」
俺は悠二と一緒に本校舎の裏手へと向かった。
本校舎の裏手は小さな森になっている。
他の森は立ち入り禁止なのに対してこの森は立ち入り禁止ではない、「学園生活に癒しの空間を」という名のもとに作られた森らしく危険な場所は一切存在しない。さらに手入れも行き届いていて小動物も少なからず生息する。
「いいところだよなぁ」
俺は森の木々の間から差し込む光に何とも神秘的な感動を覚える。だが隣の悠二はそうでもなさそうだ。
「たしかにな、なんていうかロマンを感じる」
「そこまでかよ」
だが悠二の言うこともわかる気がする、とても神秘的な場所だった。
森の木々には小鳥が止まっている、ほとんどが見たことのない鳥だった。
俺はしばらくバードウォッチング気分で森を歩いた。
「お、ついたぞ。ここだ」
いつの間にか俺たちは森の真ん中にある小屋についていた。扉の横にはひらがなで「あうすろうぜ」と書かれている、たぶんかっこつけて平仮名にしたんだろうナ。
「はいるぞ」
「ん、おう」
悠二は多少緊張しているようで一回胸に手を起く、そして勢いよく扉を開けた。
「こんちわーっス!!!」
誰もいなかった・・・。
「え?え?」
人っ子一人いない、本当に無人だった。いや、そもそも誰かが使っている形跡もなかった。
本棚には雲の巣が張り、机の上にはいくつかのネズミの死骸があった。そして何より、壁にかかっているカレンダーは9年前の2月のままだった。
「誰かが使ったような跡が無いな」
「そ、そんな・・・」
「ホラ、もう帰るぞ悠二」
俺は早く帰りたかった、帰って早く寝たかった。春休みとは難儀、学生さんのほぼ9割は夜更かしをしてしまうのではなかろうか?俺もその一人だからよくわかる。まぁ俺の場合は昼夜逆転っていう駄目人間の良い例なんだけどね。
「・・・」
「悠二、いい加減にしろって。無いチーム探したって無いもんは無いんだよ」
「・・・」
返事はない、悠二はただ茫然としているだけだ。仕方なく俺は悠二を無理やり引きずって帰ることにした。
「ホラッ・・・、帰るぞ・・・」
お、重い・・・。こいつ、結構筋肉質だからな。だが俺はめげない、帰って寝るんだからなッ!!!
「りょ、綾太・・・」
「なんだよ?」
「あ、あれってひ、人・・・だよな?」
悠二はゆっくりと震えながら小屋の中を指差す、綾太は目を細めながら悠二の指差す方をみる。
そこにはほこりに被ってよくはわからないが、確かに人のような姿をしたものがそこにはあった。
「ひ、ひと・・・だな」
「だ、だよ・・・な」
「し、死んでんのか・・・?」
「た、たぶんそう・・・だろ?」
俺と悠二はゆっくりと目を合わせる、悠二は今にも泣き出しそうだ。って、こんなとこ人に見られたら俺らヤバいんじゃ・・・。
「君たち、なにしてんの?」
突然声をかけられる、男の声だ。
俺たちは恐る恐る後ろを振り向く。そこには魔族の伝統的な装束"アローフィ"を纏った男がいた。
「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」
綾太と悠二は悲鳴を上げる、その悲鳴に驚き周りの鳥たちが一斉に飛び立つ。
「お、俺達何も見てませんから!!なっ!?」
「そ、そうそう!!埃まみれの死体なんて全然見てませんから!!」
「そうそう、埃まみれの・・・。っておい悠二、隠せてねぇからソレ!!!」
「え。あ、ホントだ」
「もう、お前にはガッカリだよ・・・」
終わった、完全に終わった。
多分俺はこの後警察に身柄を拘束されて、そんで取り調べされて・・・。って悠二の方がもっとヤバいか、確かエルフって警察じゃなくて神官たちに連れていかれて一生地下牢に入れられるんだっけ。
「あぁ、もしかして君たちあの人形を見たの?」
「い、いえ!!ぼ、僕たち人形なんてこれっぽっちも・・・。え、人形?」
「そ、人形。あそこの小屋にある埃まみれのやつだろ?」
「は、はい・・・。ってあれ人形!?」
「そ、でもずっと放置してたから埃かぶっちゃったんだな」
男は小屋に入る、そして人形の埃を落とす。確かに人形だった、顔無しだけど。
「で、君たちはどうしてこんなところにいるの?」
男はアローフィのマントをひるがえしながら聞く、どうやら悪い人ではなさそうだ。
「え、えっと俺達アウスローゼっていうチームに入りたくて」
悠二が説明をする、俺は説明とかそういうの苦手だからな。
「それでここにアウスローゼのアジトっていうか、そういうのがあるって聞いて。こ、ここじゃないですよね?」
「あぁ、うんそうだよ。ここがアウスローゼの本部」
「やっぱ、そうですか・・・」
悠二は俯き小屋を後にしようとする。
「いやいや待てって!!!」
俺はこの人の話を聞いていない悠二を引き留める。
「なんだよ・・・・」
「お前は今の話の何を聞いてたんだ!?ここはアウスローゼの本部だって言っただろ!?」
「あぁ、だからアウスローゼの・・・って、ええ!?」
こいつ、話聞いてなかったな絶対。
「もしかして加入希望者?」
男が瞳をキラキラさせて近寄ってくる、そして俺と悠二の手を取り強引に握手をする。
「新入生だよね?いやぁよかったよかった、今年も加入希望者がこないんじゃないかって心配してたんだよ!!」
「えっとあの、加入希望者はこいつで・・・」
「そうかそうか。あ、僕の名前はギルフィード。ギルフィー・クルーディー、アウスローゼのリーダーだ、よろしく!!」
「あ、えっと。よ、よろしくおねがいします・・・」
「それじゃあ早速面接を始めるよ!!」
そうして俺たちは本校舎にある上級生専用の談話室へと連れて行かれた。
俺の中に眠る悪魔 第1話「春」