北の海の魔女41.0~50.0
41.0~50.0
†††41.0
少年たちは都に着きました。道には一般人があふれています。
「おふれとか出さなかったの?道を開けとくように、とか」
「んー、まあ、必要ないからね」
そう言って魔法使いことホルトゥンは手を振って兵士長に合図した。
「盗賊を捕らえた!町民は道を開けよ!」
兵士長が一声叫ぶと町民はことごとく道の脇に退いた。あれほどの人間がどこへ行ったのかと思わなくもない。
そんな調子で一行は魔法使いについていって軍の施設が立ち並ぶ地帯まで来た。
「さあ、もう一息だ」
そう言ってホルトゥンは建物の一つに入っていく。中は監獄か留置所だった。檻が並んでいる。
兵士長がなにやら看守と会話した後、兵士長が合図し兵士たちは連れていた盗賊たちを次々と牢に入れていく。
ふうーっと少年とホルトゥンは大きく息を吐いてその場にへたりこんだ。
「ははは、こ、腰が抜けちまったよ」
「ぼくもですよ、はは・・・・・・」
そして盗賊たちがざわついていることに少年は気づいた。
そんなことにはまるで頓着無く立ち上がり座り込んだため服についてしまった埃を払うホルトゥン。
その姿を見ているうち少年は気がついた。
先ほどまで盗賊たちを連行していた兵士たちの姿が見えない。一人として。
少年のあぜんとした顔を見てホルトゥンが不適な笑みを浮かべる。
「わかったかい?これが僕の魔法さ」
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おさらい
①盗賊に化けて洞窟に侵入。
②少年を認識させなくする。
③洞窟から出ていった盗賊たちを丘の上で柵と兵士を出現させて捕縛。
④そのまま連行。
というのがホルトゥンの一連の魔法でした。
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「僕の魔法は『幻影』。詳しくは言えないけど幻影を見せる魔法だよ」
少年の開いた口がふさがりません。
「じゃ、じゃあ、さっきまでいた兵士は?」
「幻影」
「丘の上に現れた柵、盗賊の腰から消えた武器、盗賊の手を縛っていた縄は?」
「それも全部幻影だよ」
盗賊たちはそれを聞いて呆然としていました。当然でしょう、自分たちは本当は何も拘束などされていなくて、その気になれば逃げられた、ということなのですから。
「・・・・・・まあ、僕の幻影を破れるのは凄腕の魔法使いくらいなもんだよ。君たちに破れたはずもない。落ち込むことはないさ」
魔法使いはそう言って監獄を後にしました。
†††43.0
少年も監獄の外に出るとホルトゥンが待っていました。
「君はこれからどうするの?」
「あの男の人に会いたいんだけど・・・・・・」
「馬車ごと崖から落ちたって言うあの男かい?」
「そう」
少年はあの男に会って話をしたいと思っていました。
「わかった。君を彼のところまで案内して僕は帰るとしよう」
少年と魔法使いは城下町を通って男の所へ向かいました。少年にとっては初めての町だったので、どうしても目移りしてしまいます。
「気になる?」
ホルトゥンはそんな少年の様子に気づいて聞きました。
「うん。こんな町初めてだから」
「来て良かった?」
「・・・・・・どうかな」
少年は少し考え込みました。
「僕はさらわれた妹を捜して旅をしてるんだ。だからそんなことが無ければ旅に出ることもなかった。町に来ること自体はいいんだけど・・・・・・」
「妹がさらわれるのはごめん?」
「そう。当たり前だけど」
「そうか・・・・・・」
ホルトゥンは遠くを見やりました。
しばらく歩くと屋敷ばかり建ち並ぶ区域にやってきました。
「ほら、着いたよ。この家だ」
ホルトゥンは立ち並ぶ屋敷の一つの前で立ち止まりました。他の屋敷に比べても大きい屋敷でした。
「え、ここなの・・・・・・?」
「そうだよ。・・・・・・この子がさっき言った子供だ。客として丁重にもてなした方がいいぞ」
ホルトゥンはその屋敷の門番にそう言って少年の背を押しました。
「じゃあ、僕は仕事があるからこれで。また会おう」
ホルトゥンはくるりと少年に背を向けて立ち去りました。
†††44.0
「さ、どうぞ」
門番が屋敷の入り口まで着いてきて呼び鈴を鳴らした。するとすぐに執事らしき人物が扉を開けた。
「この子が例の子だそうだ。旦那様の所まで案内して差し上げてくれ」
「わかった。・・・・・・ようこそおいでくださいました。どうぞお入りください」
そう言って執事は少年を中に入れた。
執事に連れられて豪華な廊下を歩く。長い廊下にいくつも部屋が並んでいて、そのうちの一つで執事は立ち止まり、ノックした。
すると中から男が扉を開けた。
「旦那様は?」
執事がその男に聞く。
「今は起きていらっしゃる」
「わかった」
執事が部屋に入り、部屋の奥にある扉の前で止まり、
(こちらです)
と手で示している。少年がその扉の前に立つと、
「旦那様、よろしいでしょうか」
「なんだ?」
「件の少年がいらっしゃっています。お会いになられますか?」
「もちろんだ。お通しせよ」
執事が扉を開け、お辞儀をする。少年が入ってもいいのか、と執事の顔を見ると、執事は軽くうなずいた。
「ああ!来てくれたのか!」
『旦那様』は部屋に入った少年を見るとそう言った。
『旦那様』は大きなベッドから体を起こしていた。体中に包帯を巻いている。
少年はあわてて駆け寄った。
「あああ!横になって寝ていてください!ええと、旦那様」
『旦那様』は素直に横になった。そしてくっくと笑うと、言った。
「気を使わなくてもいいよ。君には命を救われた恩がある」
「わかった。じゃあ、他の人と同じように接します」
『旦那様』、いや男はその言葉にうなずいた。
「あなたは何者なんですか?」
少年は気になっていたことを男にずばり聞いた。
「私は君が設定したようにこの国の貴族で、正に王様の家臣だ」
「じゃあ、僕のついた嘘は・・・・・・」
「嘘ではなく本当だった、というわけだ」
そこで男はハハハ、と笑った。
「びっくりしたよ、全く」
快活そうに笑う男につられて少年もははは・・・・・・と力なく笑った。
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「王様にお伝えすると言っていたことは本当なの?」
男は西の国南西の街ランフェンの郊外に軍が結成されつつある、ということを王様に伝えねばならない、と嘘をついていた。
あの嘘も本当だったのか少年は聞いているのだ。
「・・・・・・本当だ。私は西の国へ出向いた施設団の一人だ。我々はランフェンでの軍結成の報を受け、すぐにも王様へお知らせせねばならなかった。そして、私の母が危篤だと西の国を偽って伝令のために帰ってきたのだ」
「ランフェンで軍が起こると・・・・・・この東の国と戦になるの?」
「まだわからないが、その可能性は高い。東と西の軋轢は今に始まったことじゃない。長年にわたるものなのだ。それが今吹き出そうとしているのかもしれない」
「王様にはもう・・・・・・」
「お耳には入れた。じきにこの国は警戒態勢に入るだろう」
「そう・・・・・・」
「ところで」
男は少し重くなった空気を変えようとしたのか声色を変えて言いました。
「君はどうして都に来たかったんだい?」
少年は妹が『北の海の魔女』にさらわれてしまったこと、少年は妹を捜して旅をしていることを伝えました。
「北の海の魔女、か・・・・・・。あれに関してはあまりいい話は聞かないな」
「知ってるの?」
少年はこの旅で初めて魔女を知っている人間に会ったので興奮して聞きました。
「ああ、奴は文字通り北の海の島の一つを根城にしている魔法使いだ。長年にわたり人との接触を断ち、悪事を為していると聞く」
「悪事?」
「ああ。詳しくは知らないがなんでも強大な魔法を作り出そうとしているとか」
「東の国は何かしてるの?」
「魔女に対してか?昔はしていたんだが、島に行こうとする者は皆ひどい目にあったそうだ。以来奴は放置されている」
「・・・・・・どうすれば島に行けるかな?」
「さあ、こればっかりは・・・・・・。・・・・・・王様にお会いしてお聞きするか?」
「えっ?そんなことしてもいいの?」
「私を助けてくれたんだ、それくらいはいいだろう。こう見えても私はけっこう偉い臣下なのだよ?」
そう言って男はにやりと笑いました。
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「よし、そうと決まれば早速使いを出そう。王様はお忙しいが数日のうちにはお会いできるだろう。それと」
男は少年の方に少し近づいて優しく聞きました。
「あと何日かは待たなければならないが、どうする?この屋敷に泊まっていくか?」
お金をほとんど持っていなかった少年は、
「はい!」
と即答しました。
「ははは・・・・・・。こんな時は子供らしいな」
そう言って男は執事を呼び、王様への使いと、少年を部屋へ案内するよう言いました。
その夜、少年はよく眠れなかった。
少年は起きあがって窓から外の町を見た。
眠れないのはいつもとは違うふかふかしたベッドが合わないからなのか。
違う、と少年は首を振る。
魔女に、妹に少し近づいた気がするからだ。
数日待てば確実に魔女に関する確かな情報が手に入る。
そうなれば魔女までは一直線だ。
待ってろよ、もうすぐ行くからな。
少年ははるか遠くの妹に向かって誓うように右腕を差し出した。
†††47.0
「へっくしゅん!」
「風邪?大丈夫?」
アリスがくしゃみをした少女に尋ねます。
「ううん、大丈夫。きっと誰かがあたしのこと話してるだけよ」
一緒に倉庫で魔女に隠れてパンを食べているときに少女はくしゃみをしたのです。
「最近魔女が出ていくことが多いわよね」
パンをかじりつつ少女はアリスに聞きます。
「そうね。昼に出かけることも多いわね」
「じゃあ、その時間にここに来るってのは・・・・・・」
そう提案した少女の言葉に、しかしアリスは首を横に振りました。
「ダメよ。魔女の帰ってくる時間が全然予想つかないもの。倉庫にいるときに帰ってきたら大変よ」
「今だって危ないんじゃないの?」
「この時間に魔女がいたことは無いのよ。一度もね。だからここに来るならこの時間なの」
「一度も?」
「一度もないわ」
アリスはパンをかじり、ごくりと飲み込みました。
「魔女って今何してるのかしら」
「何でしょうね」
翌日、アリスと少女は昼の掃除をしつつ、雑談をしていました。
「・・・・・・ねえ、魔女って何ができるの?」
「え?」
アリスは予想外の質問だったようで驚いた声を出しました。
「ふと浮かんだのよ、魔女って何してるんだろうって。で、」
「・・・・・・何ができるのかって?」
アリスが少女の言葉の続きを代わりに口にした。
「そんなのあたしも知らないわよ。別に助手ってわけじゃないし。でも逆らわない方がいいとは思うわ」
「どうして?」
「どうしてって・・・・・・。あなたをさらってきたのは魔女よ?その相手に逆らうなんてどうかしてるわよ」
「そうかしら・・・・・・」
†††48.0
「ねえ、魔女が呼んでるわよ」
アリスと少女が魔女について話してから、数日後のことです。いつも通りこっそりとパンを食べた後でアリスが夜に少女の部屋にやって来てそう言いました。走ってきたからかいつもより顔色が悪く見えます。
「魔女が・・・・・・?」
少女はぞくっと背筋に悪寒が走るのを感じました。
「そう。早く行った方が、・・・・・・いいわよ」
アリスはそう言ったものの本当は行くべきじゃない、と言いたそうな表情でした。
「・・・・・・。わかった。行くわ」
少女はそう言って起きあがると着替えを始めました。
†††49.0
「来たのかい、お入りよ」
少女が部屋の前に立つと中から魔女の声が聞こえ、扉がぎいぎい鳴って開きました。少女が腹をくくって中に入ると、
「そこに立っておくれ」
そう言って魔女はなにやら床に書いてある図形を指さしました。少女が大人しくその陣の中に立つと、
「そのままじっとしていなさい」
そう言って背を向けて準備の仕上げを始めました。なにやらごそごそと材料を選んだり、つぶしたり、混ぜたりしています。
「そこで待っていなさい」
しばらくすると魔女はそう言って部屋を出ていきました。
少女が、どうすればいいのかしら、と考えているとドアの隙間にアリスの小さな顔が見えました。
「アリス!」
少女は小声で友達の名前を呼びました。
アリスが音を立てないようそうっと部屋に入ってきました。
「これは魔法陣ね」
アリスは少女の立っている床の図形を見て言いました。
†††50.0
「魔法陣?」
「そう、魔法陣。魔法の力を引き出すためのものよ」
「あたしなんでこんなところに立たされたの?」
「なにかの魔法をかけようとしたのよ」
そう言いつつアリスはポケットから小さなナイフを取り出した。
「これで魔法陣に傷を付けるわ」
「それで上手く行くの?」
「行くわ」
アリスはかがみこんで魔法陣を床ごと切り始めました。
床にナイフをぎりぎりと突き立てて陣に傷を付けます。
陣の線を横断するようにナイフで線を引くと、
「これで大丈夫。あたしは行くわね」
「えっ、魔女が来たらどうするの?」
少女がそう言ったときにはアリスはもうドアに手をかけていました。
「大丈夫。何も起こらずに魔法は失敗するわ」
アリスは出ていってしまいました。
†††
北の海の魔女41.0~50.0