電球の少女(まぼろしシリーズ)
電球の少女
浪人生のタカシは、Y予備校の掲示板に張り出された模擬試験の結果に肩を落とした。
後ろから三番目…これではとてもT大になんか行けるはずがない。
「お~い、タカシ。スタバでお茶しないか?」友人のアキオが声を掛けて来た。
アキオはいつも20番以内に入っている。大して勉強もせずに遊んでいるのに、根っからの頭のいい優等生だ。
「ごめん。オレ家に帰って勉強しなきゃならないから」タカシはそう言って断った。
「なんだ、付き合い悪いなぁ~。閉じこもって勉強ばかりしてると、頭が変になるぞ~」
「あぁ、でもオヤジやオフクロがうるさいから…」
「そうか~、じゃ、しょうがないな」
(みんな気楽でいいなぁ…それに引き換え、オレは家と予備校の往復ばっかりで、青春なんてどこにもない)
タカシはそう思いながら、仲間たちと遊びに行くアキオをうらやましそうに見送った。
重たい気分のまま家に帰ると、夕食の準備が整ったテーブルには、オヤジとオフクロが座っていた。
「あぁ、お帰りタカシ、模擬試験どうだった~?」オフクロがそう尋ねて来た。
「うん、まぁまぁ…だった」と、タカシ笑ってごまかした。
「期待してるぞ~。オレみたいに三流大学出だと、昇進コースから外されるからなぁ~」
と、開いて読んでいた新聞を閉じて、オヤジが言った。
オヤジは官公庁務めの公務員だ。いつも学歴が低いために出世できない事をぼやいている。
「お座りタカシ。今日のオカズはイワシにしたのよ~。DHAがたくさん入ってて頭が良くなるって言うから」
「う~んと食べて、がんばって勉強して、T大を出てもらわなきゃなぁ~」
我が家の食卓はいつもこんな話ばかりだ。タカシにはプレッシャーになるだけだった。
「ごちそう様」
針のむしろのような食卓では、食事もおいしくはない。タカシは箸を置いて、立ち上がった。
「あら、もういいの?」オフクロが、そんなタカシの気持ちも知らずに言う。
「うん、模擬試験で引っ掛かった所を、もう一度復習しなきゃならないから」
「おう、がんばれよ~」オヤジが、さらにプレッシャーを掛けて来る。
タカシは、夕食をそこそこ済ますと、二階の勉強部屋に上がり、窓を開けて新鮮な空気を入れた。
勉強机に座って参考書を開いてみたが、模擬試験のショックからか、今日は集中できそうもない。
そうして、勉強に集中できないままに、いつしか時間は過ぎてしまった。
(疲れた~…家と予備校の往復ばっかりで自由が無い、これじゃ、まるで籠の鳥だな~)
タカシがそんな事を考えていると、ドアをノックして、オフクロが部屋の中に入って来た。
「お夜食、どこに置いとこうかしら?」オフクロが、持って来た夜食の置き場所を尋ねた。
「あぁ、机の端にでも置いといて」タカシはそっけなく答えた。
「それじゃ。がんばってね~、タカシ」オフクロは夜食を置くと、部屋を出て行った。
(取りあえず、夜食でも食ってから気合を入れてやるか~)
タカシは、落ち込んでいる気分を入れ替えようと、オフクロが持って来たラーメンを食べた。
食べ終わると、再び机に向かったが、食後の満腹感の上に、疲れていたせいか、ついうとうとしてしまった。
しばらくして目を覚ますと、辺りはぼんやりとしていた。まだ頭がシビれたままではっきりとしない。
目の前の電気スタンドの電球だけが、やけに明るくて、何かがチラチラして見えた。
(アレッ?電球の周りに虫でも飛んでるのかなぁ~?)
奇妙に思ったタカシは、電球に顔を近づけてみた。
電球の周りには何もいなかった。どうも電球の中で、何かが動き回っているらしい。
(おかしいなぁ~、虫が電球の中に入れるはずはないし…?)
彼は引き出しから虫眼鏡を取り出した。小さく書かれた注釈などを見るために用意して置いたものだ。
タカシは虫眼鏡を電球に近づけてみた。何かが電球の中でしきりに飛び回っているみたいだった。
「あっ!」タカシは、虫眼鏡の向こう側に見えたものに驚いた。
電球の中では、背中に薄い羽根を生やした小さな少女が踊っていた。
(もしや、ティンカー・ベル!?)
彼は一瞬「ピーターパン」に出て来る妖精「ティンカー・ベル」を思い出した。
でも、それはティンカー・ベルではなかった。もっとず~っと小さかったのだ。
タカシは、もっとよく見ようと、虫眼鏡を電球に近づけた。とたんに虫眼鏡が電球に当ってしまった。
驚いたのか?電球の中にいた羽根の少女は、一瞬踊るのをやめた。そして、じ~っとタカシを見た。
「ゴメン、悪かった。踊りの邪魔をして…」タカシは少女にあやまった。
少女はニコッと笑うと、再び電球の中でくるくると踊り始めた。
タカシは虫眼鏡をかざしたまま、電球の中の羽根の生えた少女が踊るのをじっと見ていた。
次の日も、タカシが勉強をしようと電気スタンドを点けると、やはり電球の中の少女は踊っていた。
それからは毎晩、タカシは受験勉強も忘れて、虫眼鏡をかざしながら、ただ少女の踊る様を見つめていた。
じっと見ていると、時折、少女は勢い余って電球のガラスにぶつかり、しりもちをついていた。
(ちっちゃな電球の中じゃぁ狭いよなぁ~、もっと広い場所だったら自由に踊れるのに…)
まるで籠の鳥…タカシは、この自由に飛べない羽根の少女を可哀そうに思った。
そして、何とか出してやれないものだろうか?とあれこれ考えた。
(でも、もしかしたら外の空気に触れたら、死んでしまうかも知れないしなぁ~)
電球の中の少女は、そんなタカシの思いなど知らぬげに、ただ楽しそうに踊り続けていた。
(よし、いつか電球の中から出して自由にしてやろう、こんな狭い籠の鳥じゃ可哀そうだ)
そう思いながら、タカシは電気スタンドを消して眠りに着いた。
そんなある日、タカシはアキオに誘われて、いやいやながらコーヒーショップに行った。
コーヒーショップのマスターは、カウンターにある大きなサイフォンでコーヒーを沸かしていた。
タカシの目は、その大きなサイフォンに釘付けになった。
(そうだ、これだ!)
タカシは思った。これであの子のために蛍光灯の家を作ってやろう。
(熱にも強いし、二階建てで広い。あの子なら狭いチューブの中でも通れるはず…上は踊る部屋、下は眠る部屋)
そう思い立ったタカシは、貯めていた小遣いで、サイフォンと大きな電球型蛍光灯を買って来た。
そうして、オヤジやオフクロに見つからないように、こっそりと勉強部屋に持ち込んだ。
電圧の安定器や、電気の配線などの材料はホームセンターで…後は中に入れるアルゴンガスがあればいい。
こうして考えてみると、理科の受験勉強もたまには役に立つもんだ。
それからは、毎日予備校から帰ると、受験勉強そっちのけで、サイフォンの蛍光灯作りに熱中した。
オフクロが夜食を持って来る時は、材料を押入れの中に隠して、勉強をしている振りをした。
別に罪悪感はなかった。な~に、理科の実地勉強をしているだけだ。タカシはそう思った。
電球型蛍光灯を分解して、芯を手作りの安定器に繋ぎ、それから電灯用に改造したサイフォンに取り付ける。
後は、アルゴンガスをサイフォンに注入して、電球から羽根の少女を移すと同時に密閉すればいい。
だいぶん配線は雑になったが、準備は整った。これで彼女に自由に踊れる大きな住まいを与えてやれる。
タカシはワクワクしながら、スタンドから電球を外した。点灯していない電球の中には小さな点が見える。
どうやら彼女は眠っているみたいだ。サイフォンの蛍光灯の新居で目が覚めたら、きっと喜ぶだろうなぁ~
だけど、慎重にやらなければならない。急激な気圧の変化が、羽根の少女に害を及ぼすかも知れないからだ。
タカシは、サイフォンと電球をくっ付けると、慎重に電球を解体し、彼女をサイフォンの蛍光灯の中に移した。
アルゴンガスをサイフォンに注入して、すぐさま蛍光灯を密封した。やった!何とか成功したようだ。
タカシは、勉強机のコンセントに取り付けた、手作りの蛍光灯安定器のスイッチを入れた。
とたんにサイフォンの蛍光灯はピカッと光って、綺麗に輝き出した。
だが、どうも何か様子がおかしい?いつもなら中で踊っている彼女の影がチラチラするはずなのに…
タカシは、机の引き出しから虫眼鏡を取り出して、サイフォンの蛍光灯の中を覗いた。
サイフォンの蛍光灯の中では、羽根の生えた小さな少女がもがき苦しんでいた。
(しまった!何がいけなかったんだろう?そうか!アルゴンガスだ!環境が違ったんだ)
タカシは自分の間違いに気づいて、すっかりあわてた(すぐに助けなきゃ!彼女が死んでしまう!)
タカシは、ひとまず安定器のスイッチを切って、サイフォンの蛍光灯を消そうとした。
ところが、あわてていたせいか、手作りの雑な配線をショートさせてしまった。
火花が机の上にあったノートに飛び移って、ノートが燃え始めた。
でも、そんな事はどうでもよかった。今は少女を助け出す事が先決なのだ。
急いで電源を切ったタカシは、密封してあるサイフォンの蛍光灯をこじ開けた。
中からは蛍のような―いや、まるで火の粉のような発光した少女が飛び出して来た。
(よかった~!どうやら生きていたみたいだ)タカシは、ほっと一安心した。
机の上のノートから燃え出した炎は、すでに部屋の中に広がり始めていた。
羽根の少女は、燃えている部屋の中のタカシの周りを「ありがとう」と、でも言うかのように飛んだ。
そうして、開けてあった部屋の窓から外に飛び出して行った。
それはまるで、炎の中から生まれて飛び立って行く火の粉のようにも見えた。
(あぁ~、やっと自由になれたんだ、やっと自由に…)
タカシは、籠の鳥から解放されて、自由になった羽根の少女をうらやましく思った。
メラメラと燃える部屋の中で、タカシは羽根の少女が飛んで行った窓の外を見ていた。
階下からは、オフクロの悲鳴と、オヤジがわめく声がしていた。
そして遠くの方から、消防車のサイレンの音が聞こえて来た。
今は亡き、金城哲夫先生を偲んで…(作者)
第一話(完) 第二話は(http://slib.net/29120)にて公開
あとがき 「二人の偉大な先生への思い」
<魔法少女まどか☆マギカの作者「虚淵玄氏」もくぐった異世界への門>
昭和の時代「円谷プロダクション」に在籍していた私は、企画室で行われている討議が気になって仕方なかった。
それで仕事の合間を縫っては、自分で考えた「作品のプロット」などを携えて、しばしば企画室を訪ねる様になった。
当時の企画室は「金城哲夫先生」「上原正三先生」を始め「佐々木守先生」「市川森一先生」などのそうそうたる脚本家の方々が顔を連ねていた(Wikipediaで検索すれば、どれほど凄い人達だったか分かります)
そんな方々は、恐いもの知らずの若造の話を「君の発想は斬新だね~」「そのネタもらった」などと面白がって聞いて下さった。
今でも忘れはしないその日の事を…私は金城先生の所へ、自分で作ったプロットをお見せしに行った。それはこんな話だった。
<古代の地球には、別の種族が住んでいて平和に暮していた。今の人類はその種族に侵略戦争を仕掛け、強引に地球を奪ってしまった…以下は長くなるので省略>
そんなプロットだったが、金城先生の目が急にキラキラ輝き出だしたのを、今でもはっきりと覚えている。
私は「人間の醜い欲望」を描いたつもりだったが、先生は、幼い頃体験された「日米に蹂躙された沖縄の悲劇」に重ねられた様だった。
私のプロットは、先生の手によって「ウルトラセブン」の「ノンマルトの使者」として脚本化され、シリーズの中でも、高い評価を受けた事は嬉しかった(他にも色々あった様な気はするが、はっきり記憶に残っているのはこの作品)
「人類の側を悪役にした物語」は、当時は無かったらしく、どうやら私が最初の発案者だったようだ。
金城先生の故郷「沖縄」は古来より、度々日本人(ヤマトンチュー)の侵略を受け、太平洋戦争では本土の盾にされ、悲惨な目に遭った(今現在も、なお本土のツケ(米軍基地)を払わされている)
先生の母上は、戦争の戦火に巻き込まれて足を失われ、不自由な体で先生を育てられ、東京へ送り出された偉大な母君であられた。
後に金城先生は、その天才的な発想で「円谷プロダクション」の名を一躍世に高らしめた「ウルトラシリーズ」の原作者となられた。
そして、政府主催の「沖縄海洋博覧会」の企画委員に選ばれ、沖縄と本土の架け橋となるべく活動の最中に、若くして事故死されてしまわれた事が残念でたまらない。
一方の上原先生は、鬼才とでも呼べる様な方だった。正義感が強く、舌鋒鋭く、秀でた才能で理不尽な不正や悪を糾弾された。
胸を患っておられる中で執筆されながら、それでも、ヤマトンチューの子である私の拙い駄文に目を通して下さった。
後に「仮面ライダー」や「ゲッターロボ」など、たくさんのヒーロー物の脚本を書かれ、多くの少年・少女達に正義を教えられた。
余談だが、私の在籍中に先生は「円谷プロのマドンナ」とも言われた大変美しく可愛い女性(お名前は伏せる)と結婚された。
ご自身も日本人離れしたイケメンで、お似合いの美男・美女のカップルだった。
今にして思えば、東京の砧にある「円谷プロダクション」は「異世界への門」が開かれている様な雰囲気のする不思議な空間だった。
当時から脚本家や監督さん達を始め、スタッフの方々には、どこか浮世離れしたコアな人々が多かったのを覚えている。
一世を風靡した「魔法少女まどか☆マギカ」や「Fate/Zero」の作者「虚淵玄氏」も、若き頃「円谷プロ」に居たそうである。
「ははぁ~、貴方もあの「異世界への門」をくぐってしまった一人か」と思った。道理で妙に同族の匂いがするはずだ(笑)
待てよ?そうなると虚淵さんは、言わば円谷プロの後輩…と言う事になる(こんなだらしのない先輩が言うのも申し訳ないが)
「ならば、毒を喰らわば皿まで…一人でも多くのファンを「異世界」に引き込み、我々の同族をたくさん増やしていただきたい」(笑)
虚淵玄先生の「金城哲夫」「上原正三」両先生を超える今後のご活躍を、心からお祈りさせていただきます。
沖縄で生まれ、幼い頃に悲惨な戦争を体験された両先生ではあったが、その後の姿勢は、まったく違っていた。
権力や戦争の悪を徹底的に糾弾していく上原先生と、それでもなお、それを許し更生させようとする金城先生。
悪は斬るべきか?斬らざるべきか?許すべきか?許さざるべきか?私はいつも両先生の心の狭間で揺れ動いている。
ファンタジーあり、SFあり、ホラーあり、様々な要素を含みますが、作中にある両先生の心を汲んでいただければ幸いです (作者)
電球の少女(まぼろしシリーズ)