【転機のタロット】1.№0「愚者」

 投稿に時間がかかってしまい申し訳ありません。こんばんは、リョーです。
 シリーズ小説というのに憧れてはいたのですが、実際書こうとすると色々とつまずいてしまい・・・これからが少し危ぶまれそうです。
 最後の方が少し滅茶苦茶な気がします。そして相変わらずの駄文です。そこだけは承知しておいてください。
 それでは、どうぞ。

 来たる『転機』より六年前のこと――

流浪の途中で

 自由は好まれて然るべきもの。それが本当に正しいかどうかを俺が疑いだしたのは、いつのことだったろうか。
 あの騎士団を抜けて旅に出るその日、俺が別れを告げたある奴はこう言っていた。
 ――何故です!? すべてを守れるほどの力を持ったあなたが、どうして騎士団を抜けるなどと……。
 すべてを守れる力、か。思えばそいつは入団して間もない頃から、ただそれだけを求めていたような気がする。
 ――今の騎士団に、お前がそれを求めるだけの強さはあるのか?
 そう言い放つと、奴は途端に口篭もってしまった。どうやらあいつも俺と同じように、騎士団の堕落を感じ取っていたらしい。
 ――……旅の中でだって、何かを守ることは出来る。
 その言葉があいつとの最後の会話の幕切れだった。あの時は本気でそう信じていて、勿論今でもそれは変わらないが、あれだけ偉そうなことを言っておいて、今日まで続けてきた俺の旅ははたしてそれに見合うものだっただろうか。
 何の目的もなく、ただ各地を訪れては仕事をこなし渡り歩く日々が続いている。今もその途中で、ある砂漠の中に点在する町に向かっているところだった。
「巡礼の護衛、か。それも砂漠を横断しながらの」
 あまりにも危険が過ぎると思う。事前に集めた情報によれば、この砂漠のどこかには盗賊団のアジトがあると聞くし、凶暴な魔物たちだっているはずだ。俺は前者には今のところ出くわしていないものの、後者の方はすでに十数体くらい倒す羽目になってしまっている。だからこそ護衛を雇うのだろうが、信仰というのはそこまでするものなのだろうか。俺はそういうのにそれほど詳しくないから、正直よく分からない。
 ……まあ、雇われ護衛にその理解はなくても構わないはず。仕事さえしっかりやれば、少なくとも文句を言われることはないだろう。
「あれか」
 砂漠のど真ん中、信仰の町〈メオリス〉。それはもうすぐそこに迫っていた。

〈メオリス〉の現状

 思い出してみると、俺は幼い頃から自由を求めていたような気がする。
 今いる地点から見て北西に〈イベール〉という王国がある。その平民街のごく普通の家で俺は生まれ育った。物心ついたときから父親はいなかったが、母親だって別に変わったところはない普通の人だったと思う。
 ……あの家――あの国で、変だったのは俺一人だけだ。
 この世界には魔法がある。不思議な現象だって存在する。ただそれらは、たとえどれだけ人智の幅を超えていたとしても、いずれは解明される兆しがあるものだった。
 けど、俺が生まれつき持っていたこの力だけは、それではなかった。おそらくそういった知識を全く持っていなかったはずの俺の母親であっても、一目見ただけで異質だと理解できるものだったらしい。それを持った俺の存在を外に漏らしたくなかったのだろう。力の存在が認められてから母親は俺を家から出さなくなり、さらには空気、光、音といった外界との関係が全て断たれた部屋の中へと閉じ込めた。
 幼い俺は外へ出たがった。しかしその度に母親は笑顔を見せて、「また今度ね」と俺をやさしくなだめた。当時の俺はそれを信じて、いつか外へ出られる日を心待ちにするようになった。
 ある日のこと。その日は不思議なことに、朝から一向に母親は姿を見せなかった。俺はおそるおそる部屋の外へ出て、その影を探した。
 それから数分後、机に突っ伏している母親の姿を俺は見つけた。今だから分かるが、あれは自殺で間違いない。それを証明するように、辺りには大量の丸薬が散乱していた。
 そんな姿を呆然と見つめ、自由への喜びと現状への悲しみとで俺は気持ちの整理が付かなくなって――
 間髪入れず、視界が暗転した。


「……嫌な夢だな」
 寝台の上で仰向けに横たわりながら、俺は腕を額に押し当てたまま怠そうに呟いた。
「仕事初日だってのに」
 ゆっくり体を起こし、少しの間ぼーっとしてから支度を開始する。支度といっても、昨日の時点で長期の砂漠生活に向けての準備は一通り終えているわけだからそれほど面倒なものではなく、さっさと終わらせて宿を出た。
「西門だったっけ」
 巡礼に向かうキャラバンはそこで準備をしているらしい。出発は昼ということだから、ゆっくり街を見物しながら向かうことにした。
 〈メオリス〉は砂漠の中にある街だが、ここから少し南にある港町との交易もあるためにそれほど寂れているわけでもない。ただそれは、あくまで表向きの顔という話でもある。
 今俺がいるのは街中央の市場。ここは至って普通に明るい平民街の一部だ。この街には闇もある。それが、街の隅に位置する貧民街だった。
 昨日宿を探して、間抜けにも迷ってしまった俺はあちこち歩き回ってそこへ辿りついた。そこは薄暗く、整備もろくに行き届いていない空間で、何より暮らしている人々の目に光がない。それを目の当たりにして俺が最初に抱いたのは疑問だった。
 神の前では全てが平等――この〈メオリス〉で信仰されている宗教において最も大切な教えらしいが、これではまったくそれが反映されていない。信仰の街と呼ばれていながら、この街の支配階級共は一体何をしているのだろう。貧富の差というのはそれほど珍しいものでもなく、確かに〈イベール〉にもそれは見られた。しかし珍しくないからと言って、それは決して好まれるべきものではないはずだ。
 ――巡礼云々の前に、これをどうにかしようとは思わないのか。……などとは、まあ所詮雇われた身の俺に言う権利はないのだろうが。騎士団にいた頃、俺が本当に救いたかったのはこういう人々だったのに。堕落した騎士団ではそれを成すことが出来なかったから、こうして自由の中で生きることを選んだ。……だが、
「これじゃ、今も昔も変わらないよな……」
 しばらく無言で歩き、西門に到着する。そこには、慌ただしげにラクダ車やら積荷やらの準備を進めている人々の姿があった。
 ――何だ?
 その隅で豪華な甲冑に身を包み、酒瓶を片手に談笑している何人かの姿が見られた。もしかするとあれがこの街の支配階級にある連中なのだろうか。先ほどまであのことを考えていただけに、その光景には自然と苛立ちが募ったが騒ぎを起こすのもまずい。一睨みしてからその場を去った。
 まあせめて、奴らにはその身なりに見合うだけの活躍を期待するとしようか。
「……しかし、分からんなあ」
 この現状を放っておいたままで向かう危険な巡礼。それをする必要が、やはり俺にはまったくもって理解できなかった。

星空の少女

 ――旅が始まって一日目の夜。まだ盗賊団のアジトがあると予想される区域には入っていないものの、どうやら運がいいようでこの日は魔物に襲われることもなく終わった。
 巡礼に掛かる日数は、盗賊団の襲撃などで生じる遅れも考慮したうえで十日ほどは掛かるという。魔物に関しては俺を含めた護衛の力で何とでもなるだろうが、この先にいくつ予想外の障害が待っているかは誰に予想出来たものではない。予定日数の倍ほど掛かるか……最悪は砂漠の中で息絶えることにもなり得る。しかしそれも覚悟の上でなければ、そもそもこんな無茶な旅は出来たものではないということなんだろう。
 夜の砂漠はただ静寂を守っていた。キャラバンも今は眠りにつき、周りを囲うようにして俺を含めた護衛たちだけがただじっと目を開けていた。今日のような日なら大した疲れもなくこうして見張りの仕事に精が出る。いずれ来るであろう盗賊団の襲撃の夜のことを考えるとゾッとしないこともないが、雇われた身である以上俺たちはそれに文句を言えた立場ではないし、そういった無理をする覚悟もしてきている。それでも弱音を吐く奴がいたとしたら、そいつにただちに護衛業を止めろと言ってやりたい。
「星はよく見えますか?」
 死と隣り合わせになると言っても過言ではない護衛業の中で、そんな暢気なことを言っている奴も同様だ。一度精神を鍛えなおしてこいと――
「……ん?」
 気のせいか。今後ろから声がしたような……って、いやいやそんなことあるはずがない。自分で言うのもなんだが、こう見えて俺はなかなか腕の立つ剣士だ。そう易々と誰かに背後を取られるような気構えでは、この先が思いやられるというもので・・・・・・
「あの……」
「ッ!!」
 そっと肩を叩かれる。これには驚いて即座に振り返った。
 ――どうやら、俺もまだまだ未熟らしい。
 背後には確かに一人の女が立っていた。ウェーブの掛かった長い金色の髪に端整な顔立ちが印象的だが、それ以外に至って変わった所などない。だが不思議と、気配はまったく感じなかった。
「そんなに驚かなくても……」
「あ……悪かったな。ちょっと自分の甘さを痛感してたところで……」
「?」
 駄目だ。しばらくなかったことだけに気が動転しているらしい。思わず出た余計な言葉に彼女は首を傾げている。
「何でもない……それはそうと、お前巡礼者の?」
「え、あ、はい。一応は」
「一応って……違うのか?」
「いえ。巡礼者です……一応」
 一応一応って、流行りの語尾でもなかろうに。
「分かった。じゃあこれだけ確認しとくが、怪しい奴ではないな?」
「それは、見れば分かるでしょう」
 少しムッとされてしまう。まあそれも無理はないだろう。別に彼女は目立った武装をしているわけでもないし、言う通り見た目は安全と判断できる。それでも何かするつもりなら、少々手荒くなるがいつでも拘束することは出来そうだ。
「悪かったよ……それはそうと一体何してんだ? 夜中に出歩くと危ないぞ」
「え。あの、それは」
 途端に彼女は口篭もってしまう。
「怒ってるわけじゃない。用件を話せと言ってるんだ。それを済ませる間は警護してやるからさ」
「・・・・・・星を」
「?」
 声が小さすぎて聞こえない。首を傾げてそう表して見せると、彼女は俯いて言い直した。
「星を見たかったんです。ここなら、向こうの空まで見渡せるから」
「・・・・・・」
 キャラバンは現在、大岩の影に隠れるようにして止まっている。確かにその内側からでは、大きく空を見渡すことは出来ないが――
「お前、名前は?」
「シークです」
「ふぅん・・・・・・シーク、ね」
 一呼吸置いてから、俺は声量に注意して言い放つ。
「危ないだろ」
「ひっ・・・・・・!」
 一瞬びくりと肩を震わせ、上げた顔をまた俯かせてしまう。それほど声は大きくなかったと思うが、表情が怖かったか? だが、それでもそんな理由だけでこの危険な砂漠の中へ踏み出してくるというのは、正直危険への意識が薄すぎる。
「つーか、星なんてどこでも見られるだろうが。それとも単にそこまで好きなだけなのか?」
「・・・・・・わ、私は」
 肩を震わせたまま、それでも彼女はもう一度顔を上げて、
「星が好きで・・・・・・毎日見てはいましたけど・・・・・・ずっと、憧れていたんです。外の世界の星空に」
「・・・・・・」
 強く輝く瞳が向けられる。それこそ、この砂漠すらも覆い尽くす、あの星々のような。
 ――何となく、文句を言う気も失せてしまった。
「分かった。許可するよ」
 溜め息混じりにそう言ってやると、またシークの瞳の輝きは強くなる。
「ほんとですかっ?」
「ただし、あんまり長くなるな。もしもの危険は何とかするが、過ぎた夜更かしは体に障る」
「はいっ」
 満面の笑みを浮かべると、シークは数歩進み出た。俺はまた溜め息をついて、怠そうに腰を下ろす。
「・・・・・・そういえば、あなたの名前は何というのですか?」
「聞いても今後のためにならないと思うが・・・・・・アルトだ」
「覚えておきますね」
 今後のためにならないと言っているのに・・・・・・どうやら少々天然のようだ。
「アルト。星が綺麗ですよ」
「そりゃ良かったな」
 見てみるように促され、俺はキャラバンの外側に向き直る。
 ――といっても、俺はさっきまでずっと見ていたわけだが。
「調子狂うよなぁ・・・・・・」
 思わずそんな呟きを漏らしてしまうが、どうやら聞こえなかったらしい。もっとも満点の星空を前にしている今の彼女には、何を言っても大丈夫だとも思える。
「・・・・・・」
 ――外の世界の星空に憧れて、か。
 星はどこでも見ることが出来る。しかし閉じられた世界の中から見るそれと、開けた世界の中で見るそれには大きな差があるようにも思えた。勝手な想像だが、もしかすると彼女もまた、自由に憧れてしまうような日々の中にいたのかもしれない。
 少し語り合うべきなのだろうか。そうこう考えているうちに時間は過ぎ、結局一方的にあれこれ話した後、彼女は帰ってしまった。

不本意な使用

 ――翌日、また翌日と、シークは夜中にのこのこ出て来た。そしてその度に一方的な話をしては、俺がしっかり聞いているとでも思っているのか笑顔で帰っていく。俺はといえば最初こそ聞き流していたものの、彼女がする話はいつも同じようなもので、気付けば無視しきれずに大方を暗記してしまっていた。まったくどこまでも調子を狂わされてばかりだ。
 そうこうしている間も旅は順調に進んでいく。予定よりも少し早く足を運べているという中で、一行は七日目の夜を過ごしていた。
 ひょっとしたら大きな問題もなく旅を終えられるかもしれない。そう思った奴も、おそらくはいたことだろう。
 しかしそれを考えるのはまだ早い。何故なら俺たちは、まだ大きな難所を残していたからだ。
 ――そして八日目の昼すぎ、一行はとうとうそれを向かえる。


 キャラバンは大混乱に陥っていた。これまでの旅路の中で数体の魔物に襲われたこともあったが、それでもここまで雰囲気が乱れたことはなかった。
 しかしそれも当然だろう。魔物はその大半が大した知性を持たない。そこをついて翻弄してやれば案外倒すのは簡単だ。多くの護衛を連れたこのキャラバンなら、そんなことくらいではビクともしなかっただろう。
 だからこの旅最大の難所となるのが、砂漠に巣食う盗賊団の襲撃となるわけだ。
「――! ――!!」
 あちこちで怒号やら何やらが上がっている。キャラバン本体を後方に留まらせ、護衛たちは盗賊団を迎え撃っていた。当初の作戦としては、まず一部の護衛たちによって盗賊団の隊列に亀裂を入れ、そこへ半ば無理矢理に本体を通す運びになっていた、それが出来ず混戦状態になるようなら残りの護衛も投入し、数で一気に掃討するつもりだった。
 ――予想外だったのは、盗賊団の数だ。
 護衛の数に対して、盗賊団はその二倍近くの数で向かってきた。戦いはすぐに混戦状態となり、残りの護衛も投入されたがそれでも状況に変化は起こらない。護衛たちはただ後ろに盗賊団を通さないようにするだけで精一杯になってしまっていた。もちろんそれでは、数で勝る盗賊団の有利に変わりはない。突破されるのは時間の問題で、それは思ったよりも早く訪れた。
 まず崩れたのは護衛の壁の右側。その大半は後から止む無く参戦した護衛たちで、多くを支配階級が占めていた。出発前に目についた奴らもそこにいたと思う。それが引き金となって、護衛の壁は段々と崩れていった。盗賊団はそれを突破し、いよいよ本体に手を伸ばしかける。護衛たちの中には逃げ出す奴も見え始め、残った連中もただ後退するばかりで、戦いはいよいよ決着に向かっていた。
 俺はまだ剣を振るっている。知性を持たない魔物より厄介な人間相手とはいえ、一人一人なら難なく倒す自信はあった。しかしこれほどの混戦状態ともなれば話は別。一人一人をゆっくり相手取っている暇もない。今のところ大した傷は負っていないが、これではいつ命を失うかも分からない。だから、
 ――使うしかないのか。これを。
 この力を使えば、おそらくは本体を通すくらいの隙は作れる。しかし何より俺自身がそれを嫌っていることもあって、出来れば使いたくない。今までもいくつか命の危険はあったものの、これを使わない前提で行動を考えやり過ごしてきた。今回も出来ればそうしたいと、この期に及んでもその考えは変わらない。
 ――けど、仮にこれを使わないまま俺だけが生き残って、あいつは・・・・・・
「・・・・・・今回だけだからな」
 不満げに呟いて、俺は剣の刃に手を当てる。
 そして光を帯びていく刃。直後巻き起こった強風はいとも容易くそんな現状をひっくり返し、そして静まった。

二人の『アルカナ』

 かくしてキャラバンを襲った危機は過ぎ去った。しばらくぶりの使用だったせいか威力の抑制に少々難があり、結果盗賊団の列に隙間を入れるだけに終わらず、その大半を吹き飛ばしてしまうという事態となった。
 ――まあ、ただの強風だから命までは奪ってないと思うが・・・・・・ありゃ味方の何人かも巻き込んじまったかな。
「二度と使わねえ・・・・・・」
 そう独り言つ。とりあえずこうでもしないと気が収まらない。おかげで消耗まで予想以上に大きくなってしまったが、それでも雇われ護衛は変わらず見張りを強いられる。あの後キャラバンはとにかく急ぎ戦闘の場から距離を取ったが、それでもまだ盗賊団が出るという範囲から完全に出られたわけじゃない。だから、今は疲れた体に鞭打ってでも、それに励む必要があるわけだ。
「アルト」
 また不意に声を掛けられる。――そうか、もうそんな時間か。
「見張りご苦労様です」
「・・・・・・おう」
 まずいな。この体力じゃ、今晩はこいつの一方通行話に付き合いきれる自信がない。
「今日も星空が綺麗だ。見とれて声も出ないんじゃないかってくらいに」
 というか、今日は是非そうしてもらいたいところだが。
「いえ、あの、今日はちょっと話があって・・・・・・」
「・・・・・・いつもの一方通行話じゃないのか?」
「そうじゃなくて・・・・・・って、ええっ!? いつもそんな感じで話してましたかっ!?」 
 ――無自覚ってのも、意外と怖いもんだ。
「いやその・・・・・・あれだよ。話が素晴らしすぎて、こっちが大した返事を返せなかったというか」
「それほど関心を惹かれているようには見えませんでしたけど」
「分かってたのか・・・・・・じゃなくてっ。とにかくあれっ、今日の話ってのは何なんだよ?」
 一瞬正直な言葉が出かけてしまった。もちろんそれが聞こえていなかったというような都合のいい展開にはならず、シークは少し悲しそうな顔をしてから、またいつものように隣に腰を下ろした。
「今日の話というのは・・・・・・その、今日の昼間のことなんです。アルトのおかげで助かり・・・・・・」
「――何の話だ?」
 言葉を遮ってから気付くが、今の俺の態度は少しわざとらしかった。おそらくシークは、昼間の出来事をどうにかして見ていたのだろう。それで、その中を生き残った俺が何かしら事態の終息に関与していると見ている。しかし俺としては、彼女には何としてもばれたくない。
 ――ん?
「あれは運が良かっただけだ。どこぞの誰かが魔法でも使ってくれたおかげだな」
「・・・・・・アルトでしょう?」
 ――会ったばかりで間もない。そんな彼女にこの力が知られてしまうのを、何故か俺は酷く怖がっている。
「冗談じゃない。俺は魔法も使えないただの剣士だ」
「いえ。あれは魔法ではありません」
 そう言い切られてしまい、俺は額に汗を浮かべた。
「どうして、そう言える?」
「私も同じ力を持っているからです」
「!!」
 反射的に立ち上がってしまう。そして激しく後悔する。
 ――これじゃあ、白状したも同然じゃないか。
「やはりそうなのですね」
「・・・・・・」
 今にもこの場から逃げ出したい。途端に俺の心は、そんな欲求で満たされていった。


 砂漠に聞こえるのはキャラバンの喧騒のみ。それは、昼間の件で大きな怪我を負った護衛たちの手当てなどによるものだった。今更ながらに思うが、シークはどうやってこの中を潜り抜けてきたのだろう。
 ――と、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「・・・・・・参った」
 俺に変な力なんてない。そう誤魔化しきれる自信は正直最初から薄かった。彼女の目はずっと確信に満ちていたし、何より俺自身に妙な動揺があったからだ。
「すっかり引っかけられた」
 そう苦笑しながら顔色を確認すると、何故かシークは少し嬉しそうだった。その表情から不気味がるような気は感じられない。
「引っかけたわけではありませんよ。私も同じ力を持っているというのは本当です」
「何で分かる?」
「今のアルトに、昼間発動した力の痕を感じます。・・・・・・と言っても、普通に接していればあまり気付かないもののようですね。力の発動に伴って、『アルカナ』同士はお互いの存在を認識できることが出来るそうなので」
 『アルカナ』・・・・・・この力を持つ奴らの呼び方か。もし今の話が本当だとしたら・・・・・・これはいい機会なのかもしれない。
「お前はどこでそんなことを知ったんだ?」
「本です。・・・・・・と言ってもかなり古いもので、おそらく知っている人は少ないと思いますが」
「読書も好きなのか?」
「はい」
 幾つもの質問が溢れてくる感覚。それを整理するため一呼吸おき、そして、
「聞かせてくれないか? お前が知っている、この力のことを」
 嫌うしか出来なかった力だが、俺はあまりにもその詳細を知らなさ過ぎる。
「・・・・・・はい」
 話を聞かせてくれ。その言葉が嬉しかったのか、彼女はまた目を輝かせた。
 本当はこんな風に話を聞いていてほしかったのだろうかと、今になって俺はそんなことを思っていた。


 すぐには受け入れ難い話というものは、おそらくこの世界に数多くあると思う。今彼女から聞いた話はまさにそれだ。
「タロットの力を宿す二十一人の『アルカナ』。それが世界の運命を支える役目を担っていて、俺やお前がそう・・・・・・ってことでいいんだよな?」
 伝えられたことを口頭で繰り返し、隣で黙って聞いていたシークに再度確認する。
「はい。おおよそその通りです」
 聞き間違いはなかったと安心し、とりあえず唸りながら結論を言ってしまう。
「呑み込みにくい話だな」
「・・・・・・といわれても、それが本に書かれていたことなんです。興味を惹かれて何度も目を通していましたから、間違いない・・・・・・はずですけど」
 言いながらシークは肩を落とす。慌ててそれを何とかしようと言葉を探した。
「いやいや、何もお前が間違ってるって言ってるわけじゃないんだ。その話を完全に信じられないわけでもないし・・・・・・ただ、それを受け入れるだけの覚悟が足りなかっただけで・・・・・・」
 物心ついた時から俺に宿り、色々な面で苦しめて来たこの力。それがいきなり世界の運命を支える役目を担っているなどと言われて、「はい、そうですか」と軽く納得できるはずがない。同じ『アルカナ』だというシークだって、その本に初めて目を通した時はこんな心情だったのではないだろうか。
 会話はしばしの沈黙を挟む。この話は一旦止めようと考え、俺は何か別の話題を探した。
「タロットカードって確か二十二枚あったよな。『アルカナ』が二十一人なのはどうしてなんだ?」
「確か、二十二枚目に当たる『世界』のカードが、この〈セブン・テーリング〉そのものに宿っているからだったと思います」
 文字通り、『世界』というわけだ。
「とすると、俺やお前には残り二十一枚の内のどれが宿ってるんだろうな。どうにかそれが分かる方法はないのか?」
 適当な話題ではあったものの、俺自身気になっていないわけでもなかった。
「そうですね・・・・・・属性、でしょうか」
「属性?」
「はい。『アルカナ』たちはそれぞれ単数、あるいは複数の属性を扱うことが出来るそうなんです。その組み合わせによって、判別が出来るかもしれません」
「全部覚えてるのか?」
「はいっ」
 自信満々にそう答えてくれる。それはつまり、二十一の組み合わせ全てを記憶しているということだ。よほどその本を繰り返し読んだのか、あるいは相当な記憶力を持っているのか・・・・・・ともあれ、どうやら話題のすり替えには成功したと言えそうだ。
「知っといて損はなさそうだし、俺もやってみるとするか。・・・・・・ちなみにお前は何だったんだ?」
「私の場合はこれ――」
 言いながらシークは手を持ち上げ、直後そこに光が灯る。それは紛れもなく、俺が力を使う際に剣に灯るものと同じものだった。同時に特殊な感覚が胸に浮かび始める。これが『アルカナ』同士で反応しあうということなのだろうか。
 直後光が揺らぎを見せ、それが破裂した直後顔に水滴が飛ぶ。
「冷たっ!」
「す、すみません。力の制御がまだ上手く出来ていなくて・・・・・・でも、これが私の属性の一つである[水]です。もう一つ[光]の属性も使えるので、私の宿すタロットは『恋人』『星』『月』のどれかになりますね」
 なるほど。断定までは出来ないにしてもある程度絞り込むことが出来るのか。――さて俺の場合は、
「[風]、[光]、[火]、[地]と・・・・・・あと[闇]も使えたと思う」
「[風]と[光]と・・・・・・」
 五つの属性を繰り返し呟いた後、シークは言った。
「それなら一つだけに絞れますね。アルトが宿しているタロットは『愚者』です」
「『愚者』、か」
 しかしこれは、名前を言われたところでカード一枚一枚のことをよく知っていないとどうとも言えそうにない。俺は各カードの名前なら全て言えるが、意味の方はほんの少ししか覚えていない。
「ちなみに、カードの意味とか――」
「全部覚えてます」
 また自信満々・・・・・・しかしこれではっきりした。彼女はとにかく記憶力がいいらしい。
「確か『愚者』は良い意味として『自由』・・・・・・悪い意味として『わがまま』などがあったと思います」
「・・・・・・そうか」
 前者はまだいいにしても、後者はいかがなものだろう。まあ確かに、それぞれのカードは悪い意味を必ず一つくらいは持っていたと思うが。
「私は・・・・・・まだ分かりませんね。自分が『アルカナ』だというならせめて、そのタロットの名前くらいは知っておきたいものです」
 そう言ってシークは少し悲しそうに俯いてしまう。だが俺は、それが何だかおおよそ分かる気がしていた。
「『星』、じゃないか?」
「・・・・・・え?」
「好きなんだろ」
「確かに好きですけど、それはあまり関係ないような・・・・・・」
「――いいや」
 今言った理由はあくまで冗談に過ぎない。判断材料としてはもう一つの方が大きい。
「お前最初に言ってたな。外の世界の星空に憧れて、とか」
「それは・・・・・・」
「『憧れ』ってのは、『星』が持つ意味の一つだったはずだ」
 思わず多分と言いかけたが何とか飲み込む。今の言葉で何か反論を言おうとしていたシークが閉口し、間違ってはいないと分かって安心する。
 また沈黙を挟んでしまうようにも思えたが、シークはすぐに微笑んで、
「そうですね。『星』、ということにしておきましょう」
「そうしとけ」
 俺も微笑みを返した。シークは少しの間何度か自身の宿すタロットの名を呟いてから、顔をあげて言った。
「今日はもう戻ります。キャラバンの方も落ち着いたようですから」
「みたいだな」
 いつの間にか辺りは静かになっていた。疲労の割に長く話をしていたらしいと自覚して、思わず苦笑いする。
「今日はありがとうございました。おやすみなさい」
 そう言って、シークは背後のキャラバンへと戻っていった。
「さて・・・・・・仕事――」
「アルト」
 またびっくりさせられる。その声は、てっきり戻ったと思っていたシークのものだった。・・・・・・相変わらず感じにくい気配だ。
「その・・・・・・明日また話したいことがありますから、聞いてくださいね」
「お、おう」
 改めて言われるのもどうだか。それに明日も来ることは大体分かっていたことだし。振り返ると、そこにもうシークの姿はなかった。
「明日はどんな話をするのかね」
 そう呟いてはいたが、自分がそれほど嫌と思っていないことに気付いてまた苦笑する。
 ――まあいい。今日は色々なことを知ることが出来た。その礼もしないといけないことだし、少し長い話の相手くらいならいくらでも付き合ってやろう。
「・・・・・・今日はもう限界だけどな」
 思わず呟きが漏れた。
 ――しかし、翌晩の話が少し長いだけで済まないものだということを、この時の俺は知る由もない。

自由の選択

 翌日の夕方。キャラバンは大岩の影に入って停止した。このあと少しの間は護衛にも自由行動の時間が与えられ、少し疲れていた俺はとりあえず辺りをぶらぶらしていた。
「・・・・・・いよいよ明日ですね」
 あるラクダ車の前を通り過ぎる時、不意に声が聞こえた。無視して当然のはずのそれがやけに気になり、ラクダ車の影に隠れながらその後ろ側へ回る。
 ――あれはこのキャラバンの責任者の・・・・・・確かクロードとか言ったか。
「ああ。巫女を泉に沈め、それで我々の権威が保たれるというわけだ」
 うわぁ、あからさまに悪そうな顔してやがる。何か企んでるってのは誰にでも分かるな。
 ――にしても・・・・・・巫女を泉に沈める、か。
 それがこの巡礼の目的ということになるのだろうか。だとしたら少し物騒に聞こえなくもない話だ。しかも権威とは――
「あー・・・・・・なるほど」
 頭の中でおおよその筋書きを立て、合点がいってまた呆れてしまう。あのクロードって奴も支配階級の人間で間違いないと思うが、結局はこういうものなのか。
「つくづく腐ってやがる。その巫女さんとやらも可哀想に――」
「アルトさんじゃないですか!」
「っ!」
 突然後ろから声を掛けられる。驚いた俺は飛び退くように馬車の傍を離れた。
 ――今の失態は目の前の光景に集中しすぎていたせいだと、そういうことにしておいてもらいたい。


「・・・・・・はぁ」
 その後全力疾走で馬車から距離を取り、ようやく呼吸を落ち着かせてゆっくり振り返る。そこには、さっき声を掛けたと思われる若い男が立っていた。
「ど、どうかされたのですか?」
「どうもこうも・・・・・・っと、何でもねえよ」
 とりあえず誤魔化すことにした。一応話を聞いていたということがばれると厄介ごとに発展しかねないため、これは仕方ない。
「・・・・・・で、あんた誰だ?」
 微妙に見覚えがあるような気がした。まあ九日間も旅を共にしていたわけだから、お互い顔を見たことぐらいはあったのだろう。しかしどうやら、相手の方はこちらの名前も知っているらしい。
「こちらにおわせられるのはハルーン家のご子息、ラシッド・ハルーン様でございますっ!」
「!?」
 質問に応じたのは若い男の背後からの声。その直後、彼の背後から三人の中年の男たちが飛び出してきた。
「まずは礼を言わせてください。先の魔物たちとの戦闘の際、よくぞラシッド様を助けてくださいました」
「先の・・・・・・あー」
 どうりで見覚えがあったわけだ。
 今日の昼のこと。キャラバンはまたちょっとした危機に陥った。これまでの旅の中で出会ったものの内で比較的大きな魔物に出くわしてしまい、昨日の一件で大きく消耗していた護衛たちで前進し、かろうじて倒せた。そして確かにその戦闘中、俺は危なかった護衛の一人を助けはしたが。
「あれ? 俺名乗ったっけ」
「今回旅に同行する護衛の方々の顔と名前は記憶していました」
 答えたのはラシッドだった。
「とくにアルトさん。私はあなたの剣術に感動し、かねてよりお話をしたいと思っていたので」
「大袈裟な・・・・・・」
 先ほどから思っていたが、ずいぶんと礼儀正しい奴だ。ハルーン家というと〈メオリス〉の支配階級の中でもかなりの位置に立つ大貴族のはずだが・・・・・・こんな奴もいるというわけか。
「少しお時間をいただけますか?」
「・・・・・・」
 断ることは簡単だ。今日もまた夜に話の相手をしなければならないわけだし・・・・・・だが、先ほどから妙に彼の背後からの視線が痛い。尊敬する主になめた態度を取っているとでも思われているのだろうか。この上断ると面倒なことになり兼ねない。
「少しだけなら」
「ありがとうございます!」
 その代わりしっかり部下をいさめておいてくれよ・・・・・・などと、彼に言ってどうなるものでもなさそうだ。
 こうして大した疲労の回復も許されないまま、俺は夜を迎えることとなってしまった。


「だ、大丈夫ですか?」
「・・・・・・あんまり」
 またいつも通り隣に座ったシークが、心配そうに顔色を窺ってくる。おそらく蒼白だったと思うが、俺はもう強がる体力も残っていなかった。
 ――まったくここの奴らと来たら、どいつもこいつも長話が過ぎる。
「昼間の魔物退治のせいですか?」
「それもあるけど・・・・・・いや、いい。さっさと本題に入ろう」
 そう言ってやると、急にシークは表情を引き締める。俺もそろそろ本調子に戻らなければならない。
 おそらく今日の話は、繰り返されてきたこれまでの会話の中でも比べ物にならないほど大事な話になる。――まあ、今までの会話の大半が重要と呼ぶに乏しいものだっただけかもしれないが。
「それでは、始めましょう」
「・・・・・・あ、ああ」
 緊張に思わず唾を飲む。第一声がこれだった。
「私、星が大好きなんです」
 場の雰囲気が一気にずっこける。こいつはまさか――
「お前はあれか。もしかして話題を初日に引き戻すつもりなのか?」
「え? いえあの、そんなつもりはありませんけど・・・・・・」
「・・・・・・あ」
 まずい。緊張と疲労ゆえに気が急いてしまったか。
「すまん・・・・・・続けてくれ」
 気まずくなってたまらず視線を逸らしてしまう。シークは可笑しそうに笑って続きを話した。
「私はあの〈メオリス〉の街で生まれました。七歳のときに『アルカナ』としての力を初めて発動させてしまって、それを神に選ばれた者の証だと言う大人たちに、巫女として生きることを申し渡されたんです」
「・・・・・・ああ」
 シークがそうなってしまった理由は今ここで聞いたこと。しかし、彼女が巫女だということはもう知っている。そしてこの後、彼女がどんな目に遭うかということも。
「十四歳になるまでの七年間。私はほとんど部屋を出ることを許されず、暇さえあればひたすら本ばかり読んでいました。夜になれば星が出ますから、部屋の窓にへばりつくようにして見続けました。・・・・・・巫女は神のお告げを聞いて伝えることだけが仕事で、外の人々と関わってはいけないとされていましたから」
「・・・・・・それで、外の世界の星空に憧れるわけだ」
「はい」
 彼女もまた力のために自由を奪われた。『アルカナ』といえど人間なのに、ただ特殊な力を持っているというだけで俺たちは、他と違う扱いを受けなければならないというのか。
「十四歳になって、私はこの巡礼の旅に同行するように言われました。〈メオリス〉の西方に位置する聖地〈イレーム遺跡〉へ向かえ、と。この巡礼の目的は巫女の魂を神の元に返し、〈メオリス〉の街に更なる恩恵をもたらすこと。・・・・・・私が死ぬことで、この巡礼は初めて成功と言えるんです」
「・・・・・・泉に身を沈めるってやつだな」
 思わず言ってしまった言葉にシークは驚いたような顔をして、
「ど、どうしてそれを?」
「あー・・・・・・その辺で話してるのを聞いたんだ。お前の名前は出てこなかったけど」
 苦しい言い訳のようにも思える。そもそも巡礼の最終目的は上位の人間しか知らないことらしく、もしそうならその辺で話されているわけもない。ただ幸い、シークはそれ以上追及をしなかった。
「この旅が終わったとき、私はようやく解放されます。・・・・・・アルトとも本当のお別れになってしまいますね」
 シークは寂しそうに微笑む。たまらず俺は言ってしまう。
「それでいいのか?」
「え・・・・・・」
「死ぬことで自由になるなんて結末が、本当にお前の望みなのか? 第一お前の力は――」
「分かっています」
 シークは言葉を遮って続ける。
「私が死んだところで、〈メオリス〉の民が救われることはきっとないでしょう。・・・・・・でも皆はそう信じていますし、何より私自身、もう覚悟は出来ていますから、これで・・・・・・いいんです」
 シークはまた笑顔でそう言う。傍から見れば、それは何も恐れていないような表情にも見えるだろう。しかし俺には、
「違うだろ」
 命はいつか死を迎える。人がそれを恐れてしまうのは当然と言っていいことだ。
 ――なら、その恐怖を隠すには?
「俺の旅の経験から言う。死をすぐそこに控えて笑顔でいられる奴ってのは、大抵他の気持ちを隠してるものなんだ」
 俺の母親もそうだった。きっと自分の子供が異質だと知った時からこの世が嫌になって、それからいくら笑顔を見せていたとしても、結局最後には自ら命を絶った。幼い俺はそれを見抜けなかったが、今の彼女を見ているとよく分かる。
 子供を拒絶する感情を笑顔の裏に隠し、俺にそれを見抜くことをさせなかった母親。だが、二度も同じ手にはまってなどやらない。
「お前にとって俺は知り合ってから間もないただの護衛でしかない。けど、それでも全部話してくれないか。・・・・・・他人としてじゃなく、同じ『アルカナ』として」
 そう言ってからいくら沈黙が続いたかははっきりとしない。そしてそれが永遠のように感じられたその時になって、シークは静かに頷いた。


「アルトは世界中を旅してるんですよね?」
「世界中ってほど大袈裟でもない。まだその半分も回ってないからな」
 〈イベール〉にまだ未練でもあるのだろうか。どれだけ歩みを進めても、俺はまだあそこからそれほど離れられていない。自由を求めながら、俺はまだそれを手に入れられていない。
「それでも正直羨ましいです。私はずっと、外の世界で生きていくことを夢見ていましたから」
「今も変わらないんだろ?」
「・・・・・・はい」
 ――そう。それが彼女の本当の心。本当に望んでいること。
「偽ろうとするな。それでいいんだ」
 求め追うことを止めてしまえば、やがて人は自分すらも見失ってしまう。いつか巡ってくる好機にさえ気づけなくなる。まして死んでしまえば、解放云々の前にもう何をすることも出来なくなってしまう。
「・・・・・・一つ質問だ」
 彼女は今、たとえ小さくても一つの好機に近づいている。それに気付いたとして、あとは彼女がそれに手を伸ばすかどうか。
「もし今望みを形に出来るとしたら、お前はどうする?」
「?」
 首を傾げられる。・・・・・・これは具体的に言う必要がありそうだ。溜め息とともに言い直す。
「だからその、なんだ。外へ出たいなら、俺が動くことも出来るって話で――」
「・・・・・・?」
 鈍感な奴だなぁ――もう言い切ってしまうか。
「この巡礼がどうなろうと、俺は旅を続ける。お前がもし望むなら、連れていってやることも出来るってこと」
「・・・・・・っ!?」
 数秒沈黙してから、シークは急に顔を赤くし俯いてしまった。遅れて俺も目を背ける。
 ――まさかこんな反応をされるとは。
 会って間もなく、ろくに素性も明かしていない男にこんな誘いを掛けられれば、いくら天然な彼女にでも反射的に警戒されてしまうと考えていた。しかしこの反応・・・・・・もしかして変な誤解でもしてるんじゃないだろうな。他意はまったくないつもりなんだが。
「・・・・・・駄目なんです」
 呟くような声が聞こえた。シークは変わらず俯いたまま続ける。
「アルトのお話は嬉しいです。でも、許されないんです。たとえ嘘でも、街の人々はこの旅に希望を求めています。これまでの旅路の中で私を守ろうとして、アルトや他の護衛の方々を大変な目に遭わせてしまっています。今更、私だけが逃げることは許されないんです」
「・・・・・・そうか」
 彼女は本気でそう思ってしまっている。本当はそうじゃないんだが・・・・・・ここでそれを言ったとしてもはたして素直に信じるかどうか。
「・・・・・・」
 脳裏にある計画が浮かんでいる。その全てが上手くいけば、シークを納得させたうえで彼女を生かしてやることができるはずだ。
 だから今言っておくことは――
「最後だ。一つだけ覚えておいて欲しいことがある」
「?」
 シークは首を傾げる。俺は一呼吸おいて言った。
「俺はいつでも動ける。だからお前が心の底から自由を願ったそのときに、もう一度返事を聞きにいく。たとえどんな状況でもな」
「・・・・・・」
「死ぬ直前までしっかり考えとけ」
 もしそんな状況になったとして、そのときシークの考えは変わっているだろうか。そこはもう賭けるしかない。
「・・・・・・はい」
 微かにシークは肩を震わせている。俺は隣でただ黙っていた。
 ――その涙はきっと、溢れだした彼女の真意だったのだろうから。

決着

 十日目の昼すぎ。盗賊団の襲撃に遭ったにも関わらず、キャラバンは予定していた日数で〈イレーム遺跡〉に到着した。
 俺たち護衛をはじめとするその他の人間は、現在特大級の大岩の前で待機させられている。その根元辺りに一つだけ空いている穴の中に、先ほどシークを連れてクロードと数人の神官が入っていった。穴のすぐ傍に見張りが立っていて、以降中に入れるのはクロードに匹敵する家柄の人間のみ。
「ちょっといいか」
「? はい」
 人混みの中であの男を見つけ、俺は即座に呼びかけて彼を人混みから連れ出した。その護衛たちも一緒だったが、とりあえず気にはしないことにする。
「こいつはちょっとした相談なんだが――」
 約束した通り、あいつが死ぬまでに俺はもう一度答えを聞きに行くつもりだ。ただそれには彼らの――ハルーン家の子息であるラシッドたちの助けがいる。
「・・・・・・それは願ってもない申し出ですが、しかし何故あなたが――」
「その辺の追及はしなくていい。とりあえず、引き受けてくれるってことでいいんだな?」
「え、ええ」
 まあ疑問を持つのも無理はない。彼らから見れば、俺は完全に部外者のはずだし。
 ――ほんと、何でここまでしてんだろうな。会ってまだ一週間と少しのあいつのために・・・・・・。
 今もまだその疑問はある。ただ、死ぬことを解放されることと一緒にしてしまうことで納得しようとしているあいつを見ていたら、どうにも気持ちが落ち着かなくなった。
 とりあえずは、それで納得しておくことにする。


《SIDE CHANGE》


「シーク様。準備はよろしいですか?」
「・・・・・・ええ」
 後ろに立っているクロードの言葉に小さく頷く。今私の眼下には大きな泉が広がっていて、手は後ろで縛られなおかつ重りまで付けられている。今の私が出来る動きといえば、ただこの一歩を踏み出すことだけ。
 ――とうとう来てしまった。
 後ろで神官たちが儀式の言葉を唱え始める。これが終われば私の体は宙へと投げ出されて終わりだ。・・・・・・結局最後の最後まで、私は自由でいられなかった。
 私はずっと、死ぬことで自由になれると思ってこの十日間を過ごしてきた。でもアルトと出会って、それさえも忘れてしまうくらいに楽しい時間を体験した。だからもう、ここで終わってしまっても構わない。
 ――死ぬことで自由になるなんて結末が、本当にお前の望みなのか?
 なのにどうして・・・・・・私は彼のそんな言葉を思い出してしまう。
 ――お前がもし望むなら、連れていってやることも出来るってこと。
 望みたくなんてないのに。
 ――だからお前が心の底から自由を願ったそのときに、もう一度返事を聞きにいく。
 私はどこかで、まだ彼のことを待っている。
「時間です」
 クロードがそう言い放つ。でも体が固まってしまっていて、私は一歩を踏み出すことが出来ない。
「シーク様?」
「・・・・・・嫌」
 もう堪えることが出来なかった。そして気付く。私は今までその言葉を心の底に隠していたんだと。
 ――生きて、この世界をもっと見てみたい・・・・・・!
「・・・・・・ふん。ここに来て決心が揺らいだか。それでは仕方ない」
 後ろから迫る足音。今の言葉に恐怖を感じて、振り返ることが出来ない。
「っ・・・・・・!」
 背中に感じる衝撃。直後私は宙に投げ出されていた。
 ――すみませんアルト。やっと自分の本当の思いに気付けたのに・・・・・・今あなたに、この答えを言いたいのに・・・・・・もう間に合わない。
「ありがとうございました・・・・・・アルト」
 別れの言葉を空に放ち、私はゆっくりと目を閉じた。


「――おいおい。どんな状況でもって言っただろ?」


《SIDE CHANGE》


 昨日ラシッドから聞いた話を要点だけしぼって思い出してみる。

 ――シークという少女は幼くして巫女に任命されました。我々はあの子から自由を奪ったのです。

 ――クロードは多くの神官を束ねる大貴族ですが、同時に黒い噂も多く流れている男です。我々は密かに彼の周囲を探っているのですが、なかなか決定的な証拠を見つけることが出来ないでいます。

 ――そもそも巫女を沈めるなどという巡礼は、彼がその地位に就くまでまったく行われていませんでした。

 つまりシークは、あいつに上手く利用されていたわけだ。だから俺は言う。

 ――今更、私だけが逃げることは、許されないんです。

 その責任を背負うべきは、お前じゃないんだって。


「よっ・・・・・・と」
 宙をまっすぐに飛び、落下中のシークを空中でキャッチする。・・・認めたくないが、この力がなくては出来なかった事だろう。
「アルト・・・・・・!」」
「どうにか間に合ったみたいだな」
 腕に乗った状態でこちらを驚いた目で見つめるシークに、俺はそう言って笑いかける。
「第一段階成功っと。・・・・・・そんじゃ、とりあえず上がるぞ」
「?」
 首を傾げたい気持ちは分かるが、今はゆっくり説明もしていられない。そろそろラシッドたちも配置に付いただろう。
 足に込める力を強め、生じた風に押されて俺たちは上昇した。


「なんだと・・・・・・っ!?」
 驚きに満ちた顔でいるクロードたちの頭上を飛び越え、俺たちは崖の淵から見て反対側に着地する。
「き、貴様、どうやってここへ・・・・・・」
 神官の一人の問いに、俺はシークを下ろしながら笑って答えを返す。
「そんな驚くことないだろ? これがお前らの言うところの、神に選ばれた者の力ってやつだよ」
 この《イレーム遺跡》は周りを大きな岩の壁に囲まれているだけで、上から見ればドーナツ状になっている。俺の持つ『愚者』の[風]属性の力を上手く使ってやれば、先ほどのようにして空からの侵入が可能だったというわけだ。
「そこの大嘘つきを痛い目に遭わせてやれってのが、その神ってやつの意思ってわけだ。・・・・・・分かってるよな? クロード」
「・・・・・・さて、何のことやら」
 そう簡単に口を割るとは思っていなかったが、さてここからどれだけ長い尋問になるかな。
「この旅はかなり危険だった。前線で戦ってた俺が言うんだから間違いない。凶暴な魔物や盗賊団の徘徊する砂漠の中を横断し、その先にあるこの聖地で儀式を行い、〈メオリス〉の街に神の恩恵をもたらす。こんな巡礼が成功したとなれば、街の住人たちはそりゃ感謝するだろう。命を懸けた巫女と、それを見事に遂行した教主に。これであんたの地位を疑う者はいなくなる」
「・・・・・・」
「けどこれがおかしな話でな。そもそもこんな内容の巡礼、あんたが今の地位に就くまでなかったんだとか」
「え・・・・・・?」
 ここでシークが反応する。狙い通り。あれだけの覚悟を固めているぐらいだから、彼女もおそらくそう思っていたはずだろう。
「ど、どういうことですか? だってクロードは、私にこれが伝統ある巡礼だと・・・・・・」
「!?」
 クロードの表情が変わる。いい反応だ。
「また変なことになってきたな。何でそんな大事なことを、今回の巡礼で重要な役割のこいつにまで伏せておく必要があるんだ?」
 そう俺が言うと、クロードは間髪入れず怒鳴り返してくる。
「何を馬鹿なことを言っている! 余所者の貴様が言うことなど、一体何を以て信じることが出来るというのだッ!!」
 俺は少し笑いながら答える。
「じゃあ今までに生贄にしされてきた巫女の名前、一人でもいいから言ってみろよ。そんでそいつが実在したって、物的な証拠も提示してみせろ」
「っ!」 
「出来ねえならそこまでだ」
 これでチェックメイト。それは分かっているのか、クロードは口を閉ざしたまま動こうとしない。
「・・・・・・ま、色々と黒い噂のあるあんただ。まさかこんなガキでも出来るような、初歩的な方法で全部吐かされるとは思ってなかったろ?」
 こんな簡単なことのはずなのに何故誰も出来なかったのか。それが奴の黒い噂の正体。存分に権力を振るえば、自分に都合の悪くなりそうな奴らなどは幾らでもどうにか出来る。例えばそいつらを傘下に取り込んだり、とか。だがそんな方法は、全くの余所者である俺に到底聞くはずもない。そもそも奴は俺のことをまるで気にしていなかったわけだし。他に証拠の捏造という方法もあったかもしれないが、これほど街から離れてしまっては完全なそれを造れるかという所に不安が残ってしまう。
 つまり、今奴が取れる唯一の手段は――
「・・・・・・どこでそんな情報を拾ったかは知らんが、それではただで帰すことも出来ぬな」
「だろうな」
 先ほどの悔しそうな顔から一転。そこには、明らかに悪役のような不気味な笑いを浮かべているクロードの姿があった。
 そして今、この場は殺気に支配されつつある。
 今までどこに隠していたのだろう。クロードを取り囲んでいた十数人の神官たちが、一斉に物騒な武具を構え始めていた。
「やる気ってわけか。俺の力はお前も知ってのことだと思うが・・・・・・こりゃ少しまずったかな」
「アルト?」
 シークの方を振り返ると、彼女は首を傾げた。
「いいかシーク。実は俺はあんまりこの力は使わないようにしていてな。それが祟ってか、たまに使うときに威力を抑えきれなくなる」
「はい」
「今使うと、この場にいる全員をここから落下させてしまう危険性がある・・・・・・俺やお前も含めて」
「・・・・・・あ」
 ――そのまま納得しておいてくれ。ここからは一歩間違えれば台無しになってしまう。
 シークにそう言い聞かせた後、俺はクロードに余裕を装った口調で言う。
「あんたに信頼を置いている街の奴らを裏切ったうえで、まだこんなことしやがるのか? つくづく腐ってるな」
「ふん。あんな連中は最初から私の道具としか思っていない。この巡礼を終えれば、奴らは本当に都合よく動くだけの人形になるはずだった。それをお前のような野良犬に邪魔されては困るのでな。恨むなら自身の軽率さを・・・・・・」
「――突然だが、この中で魔法を使える奴はいるのか?」
 クロードの言葉をまるっきり場違いな発言で遮る。当然その場は静まり返る。俺は構わず、わざとらしい大声で続けた。
「あんまり見たことないんだが、聞くところによるとかなり便利なんだよな。今みたいな状況もどうにか出来ちまう。戦闘用・・・もしくは」
「?」
「録音用・・・・・・とかな。――ラシッド!」
「は、はいっ」
 ――これで、作戦完了だ。


『ふん。あんな連中は最初から私の道具としか思っていない。この巡礼を終えれば、奴らは本当に都合よく動くだけの人形になるはずだった』
 俺とシークの後方にある岩陰。そこから姿を現したラシッドの部下の一人が、その手の平の上に円形の術式を展開していた。そこから聞こえてくるのは先ほどの会話。ここに俺が来たところからの会話がばっちり録音されている。先ほどまで余裕という顔をしていたクロードの表情が、急速に焦りの色を増していく。
「ラシッド・・・・・・貴様ッ!」
 直後クロードが部下に指示を下す。それは俺やシークをそっちのけに、ラシッドたちを攻撃するというものだった。
 ――しかしこの状況では、その指示は焦りによるミス以外の何物でもない。ついでに言っておくと、さっきシークに言ったことはすべて嘘だったわけで。
「はぁッ!」
 強風で吹き飛ばしたわけではない。[風]属性の力によって追い風を生じさせ、高速で移動しながら一人一人に気絶する程度の一撃を加えていく。ラシッドたちが加わる暇もなく、状況はいとも簡単にひっくり返された。
 ――まったく今回の旅はこの力に頼りっぱなしだ。最後まで何と不本意なんだろう。
 十数分後クロードたちはラシッドに拘束され、ひとまずこの一件は終わりを迎えた。

『愚者』の提案

 それからの出来事は次の通りだ。一件の終息後、ラシッドはクロードの真実を証拠を交えてキャラバンに参加している人々に発表した。しばらくの混乱のあと彼によってキャラバンは纏め上げられ、俺たちは帰り道に付いた。まだ動揺が冷め切っていない様子のシークはそのラクダ車から顔を出すことをせず、帰りの道中にあいつとの長話は一切なかった。・・・・・・こっちには、まだ言いそびれてることがあるってのに。
 ともあれその間は大したことも起こらず、十日も経たないうちにキャラバンは〈メオリス〉に帰還したのだった。


 それから数日滞在した後、俺は〈メオリス〉を旅立とうとしていた。そのことをどこからか聞きつけたラシッドにハルーン家の屋敷に招待され、現状に至る。
「今一度お礼を言わせてください。あなたのおかげでクロードを捕え、〈メオリス〉の平穏を守ることが出来ました」
 ラシッドが深々と頭を下げた。こういうことをされると何となくこそばゆくなってしまうのだが。
「あれぐらいのこと、俺じゃなくたっていつか誰かがやってのけたさ。だから頭上げろよ。時期教主にこんなことされちゃ、街の人間に怒られちまうよ」
 そう。クロードを捕えた功績に加え、元々奴に匹敵するほどの家柄であったハルーン家がその役目を継ぐことになったのだという。現当主である彼の父はもう殆ど寝たきりとのことで、実質彼がその座に就いたと言ってもいいらしい。実に真っ直ぐで正義感の強い彼であれば、この〈メオリス〉を正しい方向に導くことが出来ると俺は思っている。この街の現状は少し気にしていたのだが、これで安心もできる。それを証明するように、先ほど彼は長々と自身の決意を語ってくれていたのだった。・・・・・・実に二、三時間ほど。この街に来てからというもの、俺はこんな風な長話の聞き手ばかりを強いられていたような気がする。それは彼に対しても、もちろん彼女に対してもそうだ。
「ところで例の件。反対はしないのか?」
 実はラシッドの招待を断らなかったのは、単に話の相手をするためではなかった。現在この街の最高責任者となった彼に、実はある提案をしに来ているのだ。
「・・・・・・最終的な決定権はあの子にあります。賛成も反対も、私が答えられるものではないでしょう」
「あいつ、この街に身寄りとかはいるのか?」
 そう尋ねると、ラシッドは表情を曇らせて答えた。
「あの子を巫女として迎える際、実はちょっとしたいざこざがあったらしいのです。元々あの子には母親しか家族がおらず、母親は彼女が巫女になることを強く拒んだそうなのですが、結局無理に引き取られたことで病に伏すようになり、間もなく亡くなったそうです」
「・・・・・・そうか」
 その立場に立ったことのない俺には分からない。しかしきっと親というものは、たとえ自分の子がどんなであっても、それが傷つくことを嫌がるのではないだろうか。
 特異な力を持ったシークや俺。シークの母親はおそらく、巫女となれば彼女が孤独に耐えることになるだろうと思ったうえで、彼女を守ろうとしていた。今まで極力考えないようにはしてきたが、俺の母親の本心はどうだったのだろう。
 どんな形であれ、他から大きく外れた特徴を持つ者なら孤立してしまう危険性がある。俺たちのように、しっかりと確認されていない力を持っているのなら尚更そうだ。結局最後までというわけにはいかなかったが、俺もまた守られていたのかもしれない。・・・・・・もしそうなら、母親は自らの子を非難される思いにどれだけ苦しんでいたことだろう。それを知らずに俺は憎しみを覚えていたわけだが、そんなのは酷にも程がある。
 ――せめて、きっちり謝っておきたかった・・・・・・か。遅すぎる話だ。
 幼い頃を監禁という方法で守られ、おかげで俺は傷ついてこの世界を憎むことなく、憧れと自由を持って今を生きている。
 トントン
 不意にノックの音がした。扉の方を一度見つめてから、ラシッドは席を立つ。
「私は席を外します。もしあの子があなたの提案を受け入れたなら――」
「・・・・・・」
 ラシッドは頭を下げた。
「そのときは、どうかよろしくお願いします」
「・・・・・・ああ」
 その答えを聞いたラシッドは微笑み、部屋を出ていった。入れ替わるように彼女が姿を現す。その顔には未だ曇りがあるが、
「そんな顔してないで、とりあえず座れよ」
 俺が孤独から救ってやる――そんな恩着せがましい言い方をする気はない。
「いつも通り、また話を聞かせてくれ」
 ただ一言、憧れを形にしていこう、と。あの人たちのおかげでそれを抱くことが出来た俺たちなら、きっとそれが出来るはずだから。

【転機のタロット】1.№0「愚者」

 ありがとうございました。重ね重ね駄文かつ滅茶苦茶な文章で申し訳ないです。
 次はもっとしっかりやりますので、どうかよろしくお願いします。

 ちなみにですが、各タロットに設定した属性は、占星術における対応関係についての惑星説を次の通りにひねったものです。

 木星説、土星説、地球説→[地]  水星説、海王星説→[水]  太陽説、火星説→[火]  天王星説→[風]
 金星説、月説→[光]  冥王星説→[闇]
 ※ヴァルカン説、アポロン説、「未知の惑星」説などは含まないこととします。

【転機のタロット】1.№0「愚者」

――『愚者』とは、二十二枚のタロットカードの内、もっとも初めに位置するカード。正位置では『自由』などの意味を表し、また逆位置では『愚考』という意味も持ちます。これより紐解かれるのはある少年の物語。その長き流浪の中で、彼が導き出した答えとは。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-02-24

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 1
  2. 流浪の途中で
  3. 〈メオリス〉の現状
  4. 星空の少女
  5. 不本意な使用
  6. 二人の『アルカナ』
  7. 自由の選択
  8. 決着
  9. 『愚者』の提案