アオイハル

アオイハル

推薦で大学入学が決まり、後は卒業式を残すのみとなった高校三年生の春休み。
私は暇を持て余していた。

アルバイトでもしようかな…と言った私に、商店街に新しくオープンするパン屋さんがアルバイトを募集していたよ、と母が嬉しそうに言った。

「私はパンよりごはんが好きなんだけど」
「お母さんはどっちも好きよ」

母の売れ残ったパンを持って帰れると言う魂胆が何と無く透けて見えたけれど、他のアルバイトを見つけるのも面倒くさいので私はその募集に応募した。

そのパン屋さんは変わっていて、食パンの専門店だった。パンにあまり興味の無い私はビックリして、食パンしか売っていないの?買いに来る人いるの?と不安になった。

店長である女性は、すごく良い人そうだったけれど、それが余計に私を不安にさせた。

販売で採用された私はオープニングスタッフとして、接客の仕方や器具の消毒の仕方を教わった。製造スタッフの中に私と同じく推薦で大学入学の決まっている高校三年生の男子がいた。

蒼井ハル。

ひょろひょろしていて、頼りなさそう蒼井は、不器用にパン生地を捏ねていた。
この店大丈夫かな…と本気で心配しながらも、晴れて食パン専門店はオープニングの日を迎えた。

思った通りに客足は少なかった。同じ販売のパートのおばさんも苦笑い。
閉店後には大量に食パンが余っていた。
店長も、みんな好きなだけ持って帰ってね、と苦笑い。
私は一袋だけ持って帰ろうとしたけれど、蒼井は大量に持って帰ろうとしていた。

「蒼井、どんだけ持って帰るのよ」図々しい奴だと思った。
「近所に配って宣伝しようと思って」蒼井はニッコリ微笑んだ。

持って帰った食パンを母が軽くトーストしてくれた。バターがとろけてすごく美味しかった。
「すっごく暇だったんだけど」ボヤく私。
「すっごく美味しいこの食パン!やっぱり専門店は一味違うわ〜。オープンしたてだから仕方ないんじゃない?」美味しそうにパンを頬張りながら母。
「大体食パン専門店なんて流行るのかな?」またまたボヤく私。
「今はパンが好きでスーパーのパンじゃダメだとか拘る人が多いから、大丈夫じゃない?」呑気な母。

オープンしてから二週間位はかなり暇を持て余していた。そうこうしている間に高校の卒業式が近づいてきた。蒼井の学校の卒業式は私よりも早くて、蒼井は卒業式前日に大量に食パンを店長に注文していた。
「皆に配って宣伝しようと思って」蒼井はまたニッコリ微笑んだ。止めてよ、そんな事されたら私も店の宣伝しなきゃならなくなるじゃない、と思いながらも蒼井の行動に関心する。店長は蒼井と私にドッサリ食パンをタダで持たせてくれて、しっかり宣伝してね!と楽しそうだ。何だが私も楽しくなってきた。

オープンして一ヶ月近く経った日、初めて食パンが完売した。
パンよりごはんが好きな私には、食パン専門店なんて不思議だったけれど、パンが好きな人にはたまらないんだろうな、きっと。

大学に入学したら、別のアルバイトを探そうと思っていたのに、このまま続けてみようかな、と思い始めていた。

「店長とプレーンな食パン以外に、チーズとか小豆とか入ったのを試作中なんだ」蒼井はまたまたニッコリ微笑んだ。

蒼井ハル、アオイハル、青春だな。

アオイハル

アオイハル

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-02-22

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