シムーン第二章 ~乙女達の祈り~ 第二話 【帰還】(二次創作)

シムーン第二章 ~乙女達の祈り~ 第二話 【帰還】(二次創作)

大空陸と言う世界では、全ての人が女として生まれ、17歳で性別を決めて男・女に分かれる。
だが、宮国の神・テンプスパテウィムに仕える神の巫女・シュヴィラは永遠の少女だった。
そんな少女たちが、空に祈るために乗る『神の乗機・シムーン』を狙って、礁国と嶺国と言う二つの大国が、力ずくで宮国に侵略して来る。
シュヴィラ達は国家の命令で、否応なしに戦争に駆り出され、シムーンに乗って戦うが、たくさんの少女が空に散り、アーエルとネヴィリルは敵に囚われてしまう。
だが二人は、神の国・宮国のシュヴィラを尊敬する嶺国の巫女に助けられ、伝説の「翠玉のリ・マージョン」によって、遥かな時空へと旅立って行く。
しかし、戦争に敗れた宮国は、礁国と嶺国によって二つに分断され、やがて両大国は、宮国の領有権を巡って争う事になるのだった。

シムーン第二章 ~乙女達の祈り~ 第二話 【帰還】(前編)

シムーン第二章 ~乙女達の祈り~ 第二話 【帰還】(前編)

私もすっかり年老いた。外を歩く事さえままならない。
こうして椅子にもたれて、窓から見える空を見上げていると、あの日の事が脳裏によみがえる。
私はあの日の出来事を…あの日見た光景を…いまだにはっきりと覚えている。
数え切れないほどたくさんの乙女たちが、風に乗って大空に羽ばたいて行ったあの日の事を…
あの日、空に大きな虹が掛かった。乙女たちは、まるで白鳥のように舞い上がって、虹の橋を渡って行った。
高く、高く、どこまでも高く…そして、乙女たちは伝説になった。人々は去ってしまった乙女たちを恋慕った。
愚かな人は、失ってから、それがどれほど愛おしいものだったかに気づく。かく言う私もその一人に違いない。
罪深い私の人生の最後に、あの伝説の少女たちの事を記録に残しておこうと思う。

 執務室のドアをノックする音がした。
 私は椅子から立ち上がり、歩いて行ってドアを開けた。そこには嶺国の宮女が立っていた。
「あのう、グラギエフさんでいらっしゃいますか?」宮女が尋ねてきた。
「そうですが…何か?」私は答えた。
「これをあなたにお渡しするように頼まれました」そう言って宮女は、一枚のメモのような紙を差し出した。
「ありがとう」私が礼を言うと「確かにお渡ししました。じゃあ、失礼いたします」と、言って彼女は立ち去った。
(何だろう?)そう思いながら、私は折りたたんである紙を開いてみた。
 そこにはこう書かれていた『アルクス・プリーマでお待ちしています』
 アルクス・プリーマ…懐かしい響きだ(でも沈んだ船で会いたいなんて一体誰だろう?アヌビトゥフはもういないはずだし…取り合えず仕事が片付いたら行ってみるか。昔の仲間かも知れないし)
 私はその当時、宮国の首都にある大聖堂の嶺国総督府で、雇われ書記官として働いていた。
 事実上の降伏とも言える礁国や嶺国との和平締結後、宮国の大聖堂は嶺国大法院の管理下に置かれていたのだ。
 すでに宮国の宮守や上位の女官たちは追放され、大聖堂は今では嶺国の主神アニムスの祭殿となっている。
 戦後、宮国の聖職者の多くは失業し、私も食べる事に困っていた。
 そんな私を、嶺国の先代の宮守が、総督府の現地雇い書記に推挙してくれた。
 ネヴィリルとアーエルが私たちの目の前で消えたあの日に、アルクス・プリーマで立ち会っていた嶺国の宮守がだ。
 多分、デュクスの経験を持ち、宮国の宗教事情をよく知る私を、戦後の宮国の宗教管理をする上で役に立つと考えたからだろう。
 案の定、旧宗教体制から新宗教体制への移行―つまり嶺国占領地の宗教を、テンプスパティムからアニムスに改める手配をするのが私の主な仕事だった。

 大空陸の嶺国に始まり、礁国北部までを南北に貫く、アルトゥム山脈の中間にある宮国は、礁国や嶺国とは比べものにならない小さな国だ。
 国土は起伏に富んでいて、多くの山々が連なり、人々は谷あいの狭い土地で、牧畜や果樹園などを営んで暮らしている。
 山間部には、金属鉱などを産出する鉱山もあり、平和な時代には、酪農製品や果実と共に、宮国の貴重な輸出品となっていた。
 そんな穏やかで、信心深い人々が住む、もの静かで平和な宮国には、他の国にはないものがあった。
 かって『神の民』がいたとされるこの地には、彼らが残したと伝えられる数多くの遺跡がある。
 そこから出土するヘリカル・モートレスは、信仰の対象であると同時に『神の乗機・シムーン』の心臓でもある。
 ヘリカル・モートレスは、螺旋状の二つの車輪が必ず対になっていて、シムーン宮と呼ばれる発光球と共に掘り出される。
 二つの車輪はシムーン宮を通して、片方が空間、片方が時間を制御すると言われるが、その構造は現代の科学では解き明かせない。
 ヘリカル・モートレスを模造したシミレ機関が作られたが、不思議な事に二つ取り付けても動かなかった。
 どうやら特定の少女(シムーン・シュヴィラ)が、シムーン宮を通して制御しなければ、対では起動しないらしい。
 単体のみのシミレ機関は燃料を必要とするが、従来のエンジンよりはるかに効率が良く、多くの交通機関などに使用されている。 しかし、宗教上の制約もあり、シミレを含むヘリカル・モートレスは、長い間輸出が禁じられて来た。
 やがて科学が進歩し、人々の欲求が増して来ると、多くの国々がヘリカル・モートレスを欲しがるようになった。
 特に大国である礁国と嶺国は、露骨にその野心をあらわにして、小国である宮国に侵略して来たのだった。
 長い戦いの末、宮国は敗れ、国は二つに分断されて、礁国と嶺国の支配を受ける事になってしまった。

 乗り気のしないいやな仕事が一段落すると、私は嶺国に沈没させられた懐かしいアルクス・プリーマへと向かった。
 借りてきたボートを漕ぎ出し、船に横付けにすると、私は客室へと続く通路に登った。
 壁はあちこちが錆付き、手すりは朽ちていたが、かっての豪華客船はその名残りを留めていた。
 今は帰らぬ平和な時代―この船はテンプスパティムの巫女と大勢の観覧客を乗せて、大空を舞っていた。
 船から飛び立ったシムーン・シュヴィラたちは、神に捧げる祈りのリ・マージョンを大空に描き。人々を祝福した。
 争い事もなく、誰もが穏やかで心の豊かな時代だった。
 そして、あの戦争が始まった。
 アルクス・プリーマはシムーンの戦闘用母艦として、戦いに駆り出された少女たちを乗せる事になった。
 懐かしい思い出が、昨日の事のように脳裏によみがえって来た。
 アヌビトゥフがいた。コール・カプトや、コール・ルボルの少女たち。そして、忘れもしないコール・テンペストの少女たち。
 ネヴィリルとアーエルが踊っていた。それを見ているパライエッタの側には、カイムが寄り添っていた。フロエが泣きべそをかいていた。アルティがそれをなだめていた。ドミヌーラが幼いリモネの手を引いていた。お澄まししたロードレアモンがいた。物思いにふけるユンがいた。勝気なヴューラがいた。
 それからマミーナ…ああ、あの子は死んでしまった。ネヴィリルと嶺国の巫女たちをかばって―葬式すら出してやれなかった。
 モリナスは、あれから整備士のワポーリフと一緒になったが、そのワポーリフは徴用されて、嶺国に行ってしまったらしい。
 私は階段を上がって、展望台の大ホールに出た。テーブルや椅子は倒れ、窓にはちぎれたカーテンが掛かっていた。
「おーい、誰かいるのか~。私だ、グラギエフだ」私は呼んでみた。
「グラギエフ」物陰から誰かの声がした。私は声がした方に振り向いた。
 壊れて朽ち果てたピアノの傍らに、二人の人物が立っていた。私は一瞬目を疑った。
「ネヴィリル!ネヴィリルじゃあないか。それにアーエルも…」
「グラギエフ、呼び出したりして済みませんでした。でも私たちは街の中へは入れないので…」ネヴィリルが言った。
「分かっている。君たちはまだ指名手配中だ…それにしてもよく無事で帰って来た」
 私は二人をまじまじと見た(きっと随分苦労した事だろう)しばらくは声も出なかった。
「君たちはあの日私たちの前から消えた。翠玉のリ・マージョンで…あれからどこにいたんだい?」
「私たちは過去…」何事か言い掛けたアーエルをネヴィリルが制した。
(今は言わない方がいい。言ってもグラギエフには分からない。かえって混乱させるだけだから)その時は、ネヴィリルはそう考えたのだ。
「あれから四年か…済まない。君たちを戦争に巻き込んだのは我々大人の責任だ。せめて、あの時誰かが…」
「いえ、それよりここに来る途中で、古代シムーンが私たちに向かって来ました。戦争はまだ続いているんですか?」
 済まなさそうにしている私に、ネヴィリルはそう聞いて来た。
「それにたくさんの町や村が燃えているのを見たよ。大勢の逃げ惑う人がいて、銃を持った兵士たちが戦っていた。あれから何があったの?」
 長い空白の間に何が起こったのか?アーエルも知りたがっていた。
「そうだな…君たちが旅立った時には戦争は終わっていた。だが…」
「だが…どうしたんです?」
「また戦争が始まってしまった。今度は嶺国と礁国だ。今宮国を二つに割って争っている」
「宮国が二つに分かれたんですか?」ネヴィリルとアーエルは、信じられない。と言うような顔をした。
「同じ宮国の人間が敵味方に分かれて戦わされている。今や宮国は戦場だ。大勢の人が戦争の犠牲になっている。ひどいもんだ」
「みんなはどうなりました。無事なんですか?」ネヴィリルが心配そうに尋ねて来た。
「還俗した君たちの仲間も大勢兵隊に取られた。男を選んだシュヴィラは貧乏くじだったな。だけど、女を選んだ子も気の毒だ。夫は兵隊に取られ、家を焼かれたり、子供や家族を亡くした子も多い」
「そうですか…そんな事になってしまっていたんですか」
 ネヴィリルとアーエルは、ただ唖然として顔を見合わせていた。
 私は倒れていた手近なテーブルを起こし、椅子を揃えて二人を座らせ、自分も椅子に腰掛けた。
 それから、今までに起こった出来事を彼女たちに話して聞かせた。

 嶺国と手を結んで戦争に勝った礁国は、長い間の念願だったシムーンを手に入れた。
 だがシムーンは、シュヴィラがいなければ、動かす事はできなかった。
 それで、シュヴィラを引き渡すように嶺国に求めたが、先回りした嶺国は、宮国のシムーン・シュヴィラ全員を還俗させてしまった。その上、礁国の男尊女卑の制度が改まらない限り、自国のシュヴィラも礁国に赴かせる事はできないと突っぱねた。
 さらに、宮国を共同統治する約束だったが、嶺国は宗教上の理由を盾に、大聖堂のある首都ソムニアへの礁国軍の進駐を拒んだ。
 礁国は同盟を結んだ相手が、かっての宮国と何一つ変わらない事に気づいた。テンプスパティウムがアニムスに変わっただけで…
『約束が違う!』と、嶺国を非難したが、もう遅かった。腹を立てた礁国は同盟を破棄して、占領していた宮国南部を礁国領にしてしまった。
 冷静に考えれば、燃料を節約するシミレ機関を使えば、礁国は公害汚染を軽減できるはずなのだが…贅沢ばかり望む礁国は、せっかくのヘリカル機関を、ターボに改造して台無しにしてしまった。
 欲に執着して、互いに張り合っている者たちのお陰で、いまだに戦争は収まる事なく続いている。

 二人は黙って私の話を聞いていた。大人たちの醜い争いの有様を…
 しばらくして私が話を終えると、ネヴィリルはポツリと言った。
「父はどうしていますか?」
「ああ、君のお父様はお元気だよ。今は政界を引退されて、悠々自適の毎日を送られている」
 私はそう言った後で、しまった!と思った。心配させまいと嘘をついたが、勘の鋭いネヴィリルは、私の表情を読み取っていた。
「嘘は言わないで!グラギエフ。本当の事をおっしゃって下さい」
「済まないネヴィリル…あの後、ハルコンフは戦争の責任を取らされて政界を追放された。財産も取り上げられてね…それからは、あのメッシスのワウフが面倒を見てあげていたようだ」
「そうでしたか…やはり」ネヴィリルは、すべてを見通していたように言った。
「時々会いに行くと、君の事を心配しておられた。すっかり痩せてね…去年亡くなったよ。だから君には帰る家もない…済まない。辛い話を聞かせて」
「いえ、いいんです…権力を望んだ父が自ら招いた事です。むしろワウフにお礼を言わなくては」
「ワウフはあれからモリナスやアルクス・プリーマの人たちを雇い、メッシスを使って、北部でコンテナ運送業をやっていた」
「それで、今はどこに?」
「戦争前に礁国が運送業者を求めていたので南部に移った。そっちの方が稼ぎがいいらしくてね。今は南部で軍の物資輸送をやっていると思う」
「南部ですか。南は礁国の領地になっているんですよね。会えないのかなあ…」ネヴィリルは残念そうに言った。
「そうだねぇ…南部と言えば、アーエルも実家が南部だったね。何でも妹さんがいるとか?」
「はい、私がシムーンの訓練生になって家を出た時は、まだ子供でした。もう大きくなっているだろうな~。たった一人の姉妹です」
「そうか、無事だといいね。何でも礁国の支配地域では、だいぶん宗教が取り締まられているらしいから」
「そう言えば、アヌビトゥフはどうされました。あの方も南部のご出身だと聞きましたが?」と、ネヴィリルは尋ねて来た。
「アヌビトゥフは礁国に徴兵されたよ。あれだけ腕の立つ飛空士を放っとくはずもない。今頃は礁国の飛空船にでも乗っているんじゃないかな」
「そうでしたか…みんな戦争のために散り散りになっちゃったんですね~」二人はガックリと肩を落として落胆した。
 私はアヌビトゥフの事を思い出していた。かってのアルクス・プリーマの同僚。そしてシムーン・シュヴィラ時代の最愛のパル。
「それはそうと、シムーンはどうしたんだい。あるんだろ?」
 私はアヌビトゥフの思い出を振り払って、ネヴィリルとアーエルに尋ねた。
「ええ、格納庫に隠そうとしたんですが、壊されていたので、覆いを掛けて甲板の上に」ネヴィリルはそう答えた。
「あの型のシムーンは、もう宮国にはない。嶺国にみんな取り上げられてしまったからね。見せてくれないか?」
 私がそう言うと「ええ、それじゃ甲板に出ましょう」と、ネヴィリルは誘ってくれた。
 そうして、私たちはみんなで一緒に、アルクス・プリーマの甲板に出た。
 意図的に壊された格納庫の前に、破れたシートやカーテンの継ぎはぎで覆われたシムーンがあった。
 私は、その可変式ヘリカル・モートレスを撫でながら、つぶやき混じりに言った。
「懐かしいなあ…でも、ここじゃあ、嶺国の連中に見つかってしまいそうだな」
「でも、私もアーエルも他に行く所がないので…」ネヴィリルは困った顔をしていた。
 私はしばらく考えた…(一か八かになるが、策がない訳でもない)元々、二人の居場所を奪ってしまったのは、我々大人だ。
 私たち大人が起こした戦争のために―言わば、ネヴィリルとアーエルは戦争の犠牲者になってしまったのだ。
「私にいい考えがある。ここは私に任せてくれないか?君たちの居場所を作れるかも知れないから」
 私がそう言うと「でも、嶺国は私たちの行方を追っているんでしょ?」と、ネヴィリルは不安そうに尋ねて来た。
「うん、一年くらいは血まなこになって探していたが、戦争を始めてからはそれどころじゃなくなった。今は逆に…」
「逆に…何かあったんですか?」
「今は詳しく説明できないが、ひとまず、遺跡に隠れていてくれないか」
 私がそう言うと「遺跡に…ですか?」と、ネヴィリルとアーエルは怪訝そうな顔をした。
「あそこなら、シムーンを隠す洞窟もあるし、嶺国の連中がシムーンを掘り出した後の小屋が、そのまま残っているはずだ」
「嶺国が!やはりシムーンを狙っていたんですね。神聖な遺跡を荒らしたんですか?」
「ああ、洗いざらいね。私たちは聖地を穢さぬよう、慎重に一台ずつ掘り出したが、彼らのやり方は無茶苦茶だった」
「ひどい!私たちの大切なテンプスパティウムの聖地を…」
「荒らされた聖地だが、しばらく居てくれ。食料は私が運ぶ。お風呂は泉を使うといい。夜は寒いが、昼間なら入れると思う」
「でも神聖な泉で入浴なんて…」
「もう神聖でも何でもない。嶺国の発掘作業員が汗を流すのに使って汚してしまった。だからもう、ユンも来ない」
「ユンが来ないって?」ネヴィリルは怪訝そうな顔をした。
 私は思った(そうだった…ネヴィリルとアーエルは、あの後の出来事は、まったく知らないのだ)
「うん、ユンは泉の大宮煌になった。今はオナシアがいた場所に立っている。最近はすっかり大宮煌らしくなって来たよ」
「ユンが泉の大宮煌になったんですか…じゃあ、テンプスパティウムの泉はそのままあるんですね」
「そうだよ。泉だけは嶺国も手が出せなかったらしい。人々の性別が決まらないと兵隊にも取れない。子供も産まれないしね」
「そうだったんですか…それじゃ、私たちはこれから遺跡に行って隠れる事にします」
「ああ、そうしてくれるとありがたい。見つからないように気をつけて行くんだよ。ネヴィリル、アーエル」
 もうすっかり日が暮れて、辺りは暗くなっていた。私は二人と別れると、ボートを漕いでアルクス・プリーマから離れた。

シムーン第二章 ~乙女達の祈り~ 第二話 【帰還】(後編)

シムーン第二章 ~乙女達の祈り~ 第二話 【帰還】(後編)

 シムラクルム大聖堂にある嶺国総督府は、ここ数日あわただしかった。大幅な人事の刷新が行われたらしい。
 情報筋から得た話では、礁国本土への攻撃に出撃した艦隊が全滅し、たくさんのシムーン・シュヴィラが死んだとか…
 嶺国の宮守・エルフリンデに会えたのは、だいぶん経ってからだった。
「私は忙しくしてるから、用件は手短にしてちょうだい。グラギエフ」会うなりエルフリンデはそう言った。
「負け戦だったそうですね。シムーン・シュヴィラもたくさん死んだとか」私は話を切り出した。
「どこでそんな事を…」
「隠したってすぐに分かりますよ。あれだけあちらこちらで大騒ぎしていちゃあ」
「そんな事を言いに来たの。グラギエフ」エルフリンデは機嫌を損ねたらしい。
「いえ、当面の苦境を打開する策をお耳に入れたくて」
「そんなのあるの?上位の巫女が4人も死んだのよ。一線級のシムーン・シュヴィラ、12神将の内の4人までもが」
「失礼を承知で申し上げるなら、あなたの国のシムーン・シュヴィラは一線級とは言えません。まだまだ未熟です」
「何ですって!」急にエルフリンデの顔色が変わった。
「聞く所によると、礁国の高速シミレに負けたとか。いかに相手が速かろうと、シムーンがシミレに負けるはずはない。宮国のシムーン・シュヴィラなら…ですが」
「一体、何が言いたいのグラギエフ!シュヴィラを侮辱する事は私が許しませんよ!」とうとうエルフリンデは怒り出した。
「シムーンだけが使えるリ・マージョンが完璧にできていない。だから敵につけ込まれる。でも、あなた方のシュヴィラに完璧なリ・マージョンをお教えできる人物を私は知っています」
「そんな人がどこにいるって言うの…まさか今更」
「そのまさかです。あなたが先代からお聞きになっている四年前の一件を不問にしていただけるなら…」
「二人のシムーン・シュヴィラが、みんなの見ている前から消えたとか言う?」
「宮国の最もすぐれたシムーン・シュヴィラ。ネヴィリルとアーエル」
「ふざけないで!二人はまだ手配中でしょ…まさか、あなた匿っているんじゃあ?」
 その時、ふいに蒼い目の金髪紳士が部屋の中に入って来た。
「まぁまぁ、そう怒鳴らんでもいいじゃないかエルフリンデ。なかなか面白い話だ。聞こう。グラギエフと言ったか」
 端正な顔に含み笑いをたたえ、鷹のような鋭い目をした紳士は、エルフリンデを諭すと、そう私に言った。 
「これはこれは、アルハイト様。いつこちらへ?」エルフリンデは、即座に腰をかがめて、その紳士に礼をした。
「今しがた着いた。王立議会の副総裁に就任してな…早速総裁に命じられて、わしがここの総督になった」
「それはそれは、おめでとうございます」
「めでたいか…祝うのは礁国に勝ってからの事だ。本国で聞いたが、我が方の巫女は負け続けてばかりおるそうな」
「はい、誠に申し訳ございません」エルフリンデは、すっかりアルハイトに恐縮していた。
「な~に、お前一人の責任でもなかろう。先代の宮守が、少し巫女たちを甘やかし過ぎとったからな」
「はっ、宮国国境に近い南部のご出身でしたから、冷徹にはなれなかったのかと…」
「今は一人でも優秀な人材が欲しい。お尋ね者であろうとなかろうと戦争に勝つ事が第一だ。そうだろう、エルフリンデ」
「はい、アルハイト様のおっしゃる通りでございます」
「そこでだ、グラギエフとやら…その二人は、わが国の頼りないシムーン・シュヴィラを一線級に鍛えてくれるのかね?」
 新総督・アルハイトは、私の方に向き直ってそう尋ねて来た。
「はい、お許しいただければ、すぐにでも手配いたします」私はアルハイトに答えた。
「よろしい。逃亡の件は不問にする。君の提案は承知した」
「ありがとうございます。総督閣下」私はアルハイトに礼を言った。
「戦時中でもある、何事も急がねばならん。その二人に至急連絡を取るように」
「承知いたしました総督閣下。下級官吏である私の提案をお受けいただいた事を深く感謝いたします」
 アルハイト総督は満足そうにしていた。私は思わぬ助け舟に恵まれた事を神に感謝して宮守の部屋を出た。
 それから総督府を出ると、止めてあったヘリカル車に乗り、ネヴィリルとアーエルが待っている遺跡へと急いだ。
 後ろを振り返ってみたが、大丈夫…後をつけてくる者は誰もいない。
 だがその頃、遺跡では大変な事が起こりつつあった。

 アーエルとネヴィリルはこの数日、やっと人心地がついた思いがしていた。
 嶺国の発掘作業員が使い捨てた粗末な小屋だったが、ひとまずは雨露もしのげたし、何よりも、追われる心配をせずに過ごせるのがうれしかった。
 この日、二人は泉で入浴を済ませ、身体の汚れを綺麗に落として、着替えをしていた。
 グラギエフが持って来てくれた着替えは、奥さんのものらしいが、アーエルには少し大きかった。
「やだぁ~、これブカブカだよ。ネヴィリル」と、アーエルは不服そうな顔をして言った。
「あら、私にはちょうどいいわよ。早く大きくなりなさいアーエル」ネヴィリルは笑いながら、アーエルをからかった。
「子供みたいに言うなよ~」アーエルはちょっぴりむくれた。
 それから、二人で笑い合いながら簡素なベッドに座り、足を伸ばしてくつろいだ。
「ねぇねぇ、ネヴィリル。グラギエフの奥さんってどんな人かなぁ~」と、アーエルが言い出した。
「そうねえ、結婚してるとは知らなかったわね。子供もいるらしいけど…気になる?」ネヴィリルは、逆にアーエルに聞いた。
「うん、会ってみたいね~。それに結婚生活ってどんなんだか興味沸かない?ネヴィリル」
 どうやら、アーエルは結婚する事に、とっても興味があるようだ。
「さあ、私は小さい頃から、ず~っとシュヴィラになる事を父に教えられて来たし、考えた事もなかったわ」
 ネヴィリルは、そう言ってはぐらかそうとしたが、アーエルは「でもさぁ~、いつかシムーン・シュヴィラをやめて、ネヴィリルと一緒に暮らせたら…って」と、真剣な目をして言った。
「気の早い事…私はまだ決めてないわよ。アーエル」
 ネヴィリルはそう言いながらも、そっとアーエルに顔を近づけた、そして、二人は照れくさそうに愛を確かめた。
 急に遠くの方から、何かが近づいて来るような音がした。それは、次第にはっきりと二人の耳に聞こえて来た。
「ネヴィリル、空の上から何かが来るよ!」アーエルが言った。
「何かしら…?」ネヴィリルも不審に思った。
 アーエルとネヴィリルは、窓を開けて空を見上げた。
 空には黒い航跡を引きながら、遺跡の方に向かって飛んで来る、礁国の高速シミレの一団が見えた。
 ヒュ~!ヒュ~!と、礁国の高速シミレが、何かを遺跡に落とし始めた。
 ドド~ン!ドド~ン!と、たちまち遺跡のあちらこちらで爆発音が鳴り響き、もうもうと土煙が上がった。
「伏せて!アーエル。爆撃されているわ」ネヴィリルが叫んだ。
「くそっ!礁国は何だって遺跡なんかを…」
 そう言って、アーエルがかがみ込んで伏せようした時、シムーンを隠してある洞窟の辺りに爆弾が落ちた。
「ああっ!シムーンが…シムーンが!」アーエルは、それを見るなり、慌てて外に飛び出した。
「待ってアーエル、今出てっ行っちゃ危ない!」ネヴィリルは、アーエルを引き止めようとして叫んだ。
 だが、すでにアーエルは洞窟に向かって、まっしぐらに駆け出していた。ネヴィリルも急いで後を追った。
 爆弾が振りそそぐ中を、アーエルとネヴィリルは懸命に走って、シムーンを隠してある洞窟にたどり着いた。
 息が切れてハァハァしていたが、ともかく、シムーンが無事かどうかを確かめるのが先だ。
 二人のシムーンは爆撃の土砂をかぶってはいたが、どこも破損してはいなかったようだった。
「危ないじゃないの、アーエル。もし怪我でもしたら…」
「だって、ネヴィリル。シムーンが壊れたら私たち…」
 すぐ近くで爆発音がした。とっさに頭を抱えたアーエルとネヴィリルの上に土砂が降り注いで来た。
「ここは危険だわ。もっと奥に隠れましょ」
「うん、そうしよう。ネヴィリル」
 アーエルとネヴィリルは、暗い洞窟の中を手で探りながら、奥へ入ろうとした。
 その時、ふいに二人の足元が崩れた。アーエルとネヴィリルは、土砂と一緒に暗闇の中に転がり落ちた。

 どのくらい気を失っていたのだろうか。二人が気がつくと、ボーッとしたエメラルド色の光が辺りを照らしていた。
 石の壁と、何本もの柱の間に挟まれた、どうやら何かの回廊の中に自分たちは倒れているらしい。
「ネヴィリル大丈夫。怪我はない?」起き上がりながら、アーエルはネヴィリルに尋ねた。
「えぇ、何とかね…それより、ここはどこかしら?」ネヴィリルも起き上がった。
「洞窟の中じゃないね。何だか辺りがエメラルド色に光ってる…向こうはもっと明るそうだよ。行ってみよ」
 アーエルとネヴィリルは、よろよろしながら、列柱をくぐりぬけて広い場所に出た。
「石の柱がボ~ッと光ってるよ。それにここは随分広そうだね」アーエルは、薄明かりの中で周りを見た。
「きっと発光石だわ。私があの時もらったのと同じ…それに、古代の神殿はエメラルド色に光っていたって言い伝えもある」
 確信はなかったが、ネヴィリルがそう言うと「そうか~。じゃあ、ここは古代の神殿なんだ」と、アーエルは言った。
「そうかもね…でも、遺跡の地下にこんな神殿があるなんて、聞いた事もなかったわ」
 ようやく薄明かりに目が慣れて来ると、ネヴィリルは、もう一度周りを確かめた(ここはどうやら神殿の大広間らしい)
 床一面には、装飾された大理石が敷き詰められ、大広間を取り囲むように、何本もの発光石がはめ込まれた石柱が立っていた。
 回廊の壁一面には、様々な鳥や獣、海の生き物や、人々の生活の様子が、浮き彫りにされている。
 そして、石でできた丸い天井には、まるでリ・マージョンをかたどったような幾何学文様がいくつも刻まれていた。
(遺跡の建物がまだ建っていた頃は、こんな風だったのか。でも、祭壇はどこに?)ネヴィリルは考えた。
「ねぇねぇ、これ見てネヴィリル」アーエルが何かを見つけたようだった。
 アーエルが指差す先には、祭壇と思しきものがあった。
 当然、テンプスパティムが祭られている。と、ばかり思っていたネヴィリルには分からなかった訳だ。
 その巨大な石の祭壇の上には、大きな車輪のついたピラミッドが祭られていた。(*下に注釈有り)
 車輪は七重の輪でできていて、輪の中に七つの渦巻き文様が刻まれている。
 その下の台座に、輪を指し示す4人の巫女らしい人物のレリーフが刻まれ、さらにその下に、10人の巫女らしい人物がいて、その回りを、これまた大勢の巫女のような人々が取り巻いていた。
(これは何を表しているんだろう?)ネヴィリルは近くに寄って、そのレリーフを見つめた。
「ネヴィリル。この模様、何だか翠玉のリ・マージョンによく似てない?」
 アーエルが、七重の輪の中にある渦巻き模様を指差しながら言った。
(確かに…言われてみればそうだ。これは翠玉のリ・マージョンだ。でも、なぜ七つも?)ネヴィリルは不思議に思った。
 台座の下の方に、何か碑文のようなものが刻まれていた。
「何が書いてあるんだろう?ネヴィリル」
「ええ、何かしら?…見た事もない不思議な文字だわ」
 その文字は、アーエルもネヴィリルもまったく知らない―どこかの別世界の文字のようだった。
(この神殿は、いつ頃からあったのだろう?…もしかしたら、まったく別の世界から来たのかも知れない)
 ネヴィリルは、遺跡の時空がとても不安定になっている。と、聞いていた事を思い出した。
 その時、ズズ~ン!と、地鳴りのような音が上から聞こえて来て、足元がグラグラと揺れた。
 天井からは、バラバラと石のかけらが床に落ちて来た。
(そうだった。ここの上は爆撃されているんだった)
 アーエルとネヴィリルは、夢から覚めでもしたように、ハッ!と我に返った。
 段々と足元の揺れが大きくなり、列柱の石にはひびが入って倒れ、神殿の大広間は音を立てて崩れ始めた。
「まずいよネヴィリル。逃げよう!」
「そうね、回廊の方に出ましょう」
 アーエルとネヴィリルは、急いで回廊に跳び出ると、出口を探して走り始めた。
 古代神殿が崩壊する音を後ろに聞きながら、二人は無我夢中で回廊の中を走り続けた。
 走って、走って、ようやく、上に上って行けるらしい石の階段を見つけると、二人は懸命に駆け上がった。
 階段は途中で途切れたが、アーエルとネヴィリルは互いに支え合いながら、暗いトンネルを上へ上へとよじ登った。
 やっと光が見えて来て、二人は地上に転がり出た。そこは、最初に入ったのとはまったく別の洞窟だった。
 外ではすでに爆撃は止んでいた。アーエルとネヴィリルは助かったのだ。
 息がすっかり途切れて、もう立っていられなかったので、二人はそのままごろりと横になった。
 そして、アーエルとネヴィリルは、あの時の事を思い出していた。

 戦いに敗れ、アルクス・プリーマで囚われの身となっていたアーエルとネヴィリルは、宮国のシムーン・シュヴィラを尊敬する嶺国の巫女に助けられ、やっとシムーンに乗って空へ飛び立った。
「行きましょう、アーエル。自由になれる場所へ…」ネヴィリルが言った。
「そうだね。ネヴィリルと二人で…」アーエルも答えた。
 しかし、すでに後ろからは、4機の嶺国の古代シムーンが迫って来ていた。
「追っかけて来るよネヴィリル。急がなきゃ捕まってしまう!」
 アーエルは、ネヴィリルにそう言いながら、シムーンの速度を上げた。
 ところが、アーエルとネヴィリルを追ってきた古代シムーンは、ふいに翼をひるがえすと、空に航跡を描き始めた。
「待って…あれは朝凪のリ・マージョン」
 それは旅立って行く友を送るために、空に描く友情のリ・マージョンだった。
 アーエルとネヴィリルは、心で結ばれた同じ少女たちに見送られながら、空に幾重ものカーブを描き始めた。
 それは『翠玉のリ・マージョン』 宮国に伝わる謎に包まれた伝説のリ・マージョンだった。
 シムーンのヘリカル・モートレスの回転は極限にまで達し、時間と空間は次第に融合して行った。
 そして、ついに無限なる世界への扉が開いた。
 すべてを飲み込むものすごい閃光と共に、辺り一面が真っ白い世界に変わった。まるで何もない無の世界。
 ~ただ、アーエルとネヴィリルだけが存在する世界~
 二人の乗ったシムーンは、その白い世界の中を、ただひたすらに突き進んで行った。
 眼下には地上の景色が見え隠れした。違う世界の様々な町や村が、山や海の風景が…
 そして、それらの景色は、矢のようなスピードでまたたく間に通り過ぎて行った。
「アーエル…アーエル…」どこかから、懐かしいリモネの呼ぶ声がした。
(あぁ、ドミヌーラと一緒に、どこかの世界に行ってしまったリモネの声がする…どこだろう?)
 しかし、アーエルとネヴィリルの意識は、次第次第に遠のいて行った。

第二話 【帰還】 終了 次回 第三話は(執筆中)

シムーン第二章 ~乙女達の祈り~ 第二話 【帰還】(二次創作)

シムーン第二章 ~乙女達の祈り~ 第二話 【帰還】(二次創作)

二つの大国、嶺国と礁国によって引裂かれた宮国は戦場と化し、少女達は再び戦いに身を投じる。 祈りの乙女、シムーン・シュヴィラの苦難と悲しみはいつまで続くのか? 又、希望の大地を求めて飛び立ったアーエルとネヴィリルの運命は?アニメ『シムーン』の続編二次小説です。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • アクション
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-02-22

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. シムーン第二章 ~乙女達の祈り~ 第二話 【帰還】(前編)
  2. シムーン第二章 ~乙女達の祈り~ 第二話 【帰還】(後編)