九尾の孫【絆の章】 (2)
九尾の孫 【結の章】 (1) からの続きとなります。
会合
中司優介(なかつかさ ゆうすけ)中司家の二男、36歳、独身で、探偵。
助手席で歌を歌っているは、相馬優子(そうまゆうこ)26歳。
優子は、とある理由から印を受け それを神と妖狐達に消滅させて貰った。
相馬家に禍を成し、何を企むのか、その全ての野望を打ち砕く為に優介と優子は、戦いを挑む事を決意した。
昨日、妖狐の中の天狐である白雲より電話が有り 一旦、神戸に集まり作戦を立てる事となり、神戸港に向かう為、武庫川近辺を 愛車 GT500 で43号線を西へ走っていた。
愛車は、今日も順調だ。
長野県から戻った優介と優子は、敵の本拠地を調べる為に京都、奈良、和歌山、兵庫と近畿を回り、先々の地にひっそりと暮らす妖達と妖狐の力を借り、協力しあって調査を行って来た。
妖達の中には、力を貸そうと言う心強い味方も有り、順調に勢力は拡大して行った。
そんな中、妖達の選りすぐりが、数名集まると言う運びとなった。
今朝、長野の山で神様から頂いた神器を運びだす際に誤って触れた優子は、10分程、体が痺れて動けなくなり「私、死ぬかも」と言っていたのだが、今、助手席でCDを入替えたりしながら助手席で歌を歌っている。歌は、好きなだけに上手い。ジャズでも平気で歌い切ってしまう。優介は優子の歌うジャズが好きだった。
今日、集まる連中とは、一度は、会ってはいるが、はっきり言って有象無象のたぐいである。
妖狐達や、信貴の土蜘蛛の連中とは、特に仲が良くなっている優子は、また会えるよ~と昨晩、はしゃいでいた。私も普通じゃないよね~、友達に自慢しちゃおうか? と優介に言った時、(いや、あんた 最初から普通じゃないって)と思うが、口に出せなかった。
43号線を西に走り、阪神高速魚崎を越え六甲ライナーを潜ると松原交差点が有る、その交差点を右折して直進すると2号線に、2号線を左折して一つ目の交差点を右折すると左手に本住吉神社があり、直進してJRを潜り室ノ内交差点を直進すると今度は、阪急電鉄の高架が見えてくる、これを左に折れると阪急御影駅に出る。
GT500を駅の近くのコインパーキングへ乗り入れ、優介は、神器の入った護符を貼ったケースに腕を通し大きな鞄と一緒に肩に担ぎ とドアを閉めた。
ここから目的地まで歩いて10分弱、俺と優子は、手を繋ぎ、目的地の弓弦羽神社(ゆづるはじんじゃ)へ向かう。
弓弦羽神社(ゆづるはじんじゃ):
伊弉册尊(いざなみのみこと)、事解之男命(ことさかのおのみこと)、速玉之男命(はやたまのおのみこと)の熊野三社の大神様を御祭神とし、神功皇后(じんぐうこうごう)が三韓征伐(新羅、高句麗、百済)に大勝し、それより後は諸々の願い事は、全て御心のままに叶ったと言われがある。六甲山を背にした拝殿は、勇壮であり社務所の上にこの神社のシンボルでもある八咫烏が飾られている。拝殿を右から迂回し本殿を抜けると樹齢450年と言われる楠(くすのき)があり、この木をパワースポットと紹介もされている。
弓弦羽神社、弓弦羽ノ森(ゆづるはのもり)の一部を 十二社、松尾社の裏手を黄泉津事解之男神 ( よもつことさかのをのかみ )より借りれたので、ここに集まる事にした。
血の結界が妖達を滅してしまうので優介は、少し離れた楠を超えた辺りに陣取る事にした。
優介の横に優子が座り、十二社の裏に集まる妖達を見ていた。
天狐、白雲の元、その弟子5名が、忙しく動き回っている。
白雲と白澤は、中司家の【結】の封書をどこかに入れているのだろう、俺から一番近い場所に陣取っている、その向こうに先祖に48天狗の一つ、役小角(えんのおづの)の式神 前鬼、後鬼の孫に当たる五鬼継(ごきつぐ)五鬼助(ごきじょ)の各一族を率いる天狗が各1名、その向かいに葛城の土蜘蛛の長、大蛇の長 沼御前(ぬまごぜん)、その手前が、白澤である。
俺は、6名の長(おさ)達に頭を下げた、優子も同じく下げている。
6名も頭を下げた。
作戦の計画、進行は、白雲、参謀に白澤 と全一致ですぐに決まり、白雲が、
「我々、妖狐は、優介殿の露払いを全力を持って行います。優介殿は、その神器を持って玉賽破(ぎょくざいぱ)と対決して下さい」と告げると 五鬼継の長は、
「奴の背面を取らねばなりませぬ、我々は、搖動と言う事に成りますかな」
「そうですね、妖狐様達が小物を全て引き受けて頂けるならそれが良いでしょうな」五鬼助の長が言う。
「我らもその任、引き受けよう。搖動は、多い方が何かと好都合だしのぉ」土蜘蛛の長が言った。
「我々の術、役小角様の守護の元、精一杯致しましょうぞ」五鬼継の長が言った。
「さて、私は、どうしたものかのぉ~」沼御前が言うと五鬼継の長が、
「結界同化の術式を中司家に施術して貰い、優介殿を奴の背面に連れて行くのは、どうじゃろ」
「幸い主(ぬし)達は、大きく長い、頭だけを背面に向ける事が出来る」
「うむ、主(ぬし)にしか出来ない事じゃ」天狗達が、口々に言うと
【主にしか出来ない事】を受けて嬉しくなった沼御前は、その色気のある肢体をくねらせ、
「ほんにそち達は、女を乗せるのが、上手い」とまんざらでもなさそうに言う。
「あの女、乗せられてますね」と優子がこっそり優介の耳に囁く。
優介は、「沼御前様、一番 危険かも解りません。運んで頂けるのはありがたいが、友をそこまで危険には、更したくありません」と言った。
「危険なのは承知じゃ、わらわは、どうしても優介殿の力になりたい、いや、力に成らせて欲しいのじゃ」と言いうと、懐から3匹の白蛇が顔を出して来た。「こやつらの為、一族の為に」
「解ってくりゃれ 優介殿」と言った。
優介は「ありがとうございます 沼御前様」と 頭を下げた。
優子も同じく頭を下げた。
「頭などさげぬでも良い、そちは、わらわを友と呼んで呉れたではないか。それに様は、余計じゃ、魏嬢(ぎじょう)で良いわ」
「ここに居る者、全て優介殿に何かと世話になっておる者達じゃ、気兼ね等、不要じゃ」
白澤が、一番美味しい所を持って行った。
心の中で(さすが白澤様、参謀です)と思ったが、それでも嬉しかった。
「背後と言っても あの尻尾、中々の曲者」白雲が言った。
「一つ一つ妖力の質が違うから同じ停止結界では、簡単に破られてしまう」
「数種類の停止結界を用意しようにも質がわからぬと・・間違えると又、破られてしまう」
優介は、停止結界【五行束縛符】、9本分をこちらで用意しましょうと言った。
「どの尾がどれ と言う目印が要るな」
「五行の妖を順に放つのは どうじゃろ」
「良い案じゃ、9本有ろうが 妖力、五行のいづれかに該当する」
「白澤様、御用意頂く事 相成りませぬか」
「絶世の美女に言われると断れんのぉ」
白澤が引受けた。
「これでほぼ 作成は、完了したと思いますが 何か有りませぬか」白雲が言い、暫くして
「一つ、妙案が有り、連絡係りとして戦闘に加われぬこの者達を2名づつ、各々方の布陣へ参らせたいのですが如何でしょうか?」と問いながら
青狐を始めとする少年達を紹介した。
「噂に聞く 【葉書き】を使用すると言う事ですか」
「左様、あれなら少々複雑な作戦も絵も瞬時に届きます故、変幻自在の作戦が可能になります」
「妖狐と戦って負けるのは、其れが有るからのぉ」白澤が髭(ひげ)を撫でながら笑い、「集団戦闘となると怖い存在じゃて」と言う。
「ありがたい。異存は無い」と口々に言い、作戦会議は、無事終了した。
各長達は、襲撃に備えて付近に配置していた者たちを解散させ帰って行った。
帰り極に優子が各長に本家の神酒の入った瓢箪を大きな鞄から取り出し手土産ですと手渡して行った。
優介と優子は、本殿に場所を借りた礼をしに神酒を持って詣で、優子の勧めで三ノ宮へ行き中華街で昼食と高架下では買物を楽しみ、2号線を東に向かい帰宅した。
理由
青森県むつ市の西部、平舘海峡に面した位置に奇勝、奇岩で有名な仏ケ浦がある。
約2kmに及ぶその稀有な景観は、歌にも詠まれている。
その仏ケ浦から少し西へ陸内へ入った所に大石沢を挟んで縫道石山と言うこれも巨大な石山として有名で東北百名山にも数えられている。
最近、この地域がおかしいとむつ市から国道 338号線を西に向かった松ケ崎の石上神社近くに住む狐から連絡があったと白雲が、報告して来た。
仏ケ浦(ほとけがうら):
文人であり、登山家・紀行家の大町桂月が、「神のわざ 鬼の手つくり仏宇陀 人の世ならぬ処なりけり」の和歌を詠み奇観を賞した事で有名である。平舘海峡に面した峻険な海岸沿いに2キロメートル以上に亘り、奇異な形態の断崖・巨岩が連なる凝灰岩が波や風に浸食された海蝕崖地形で、奇勝によって浄土のイメージを重ねて「如来の首」「五百羅漢」「極楽浜」などの名がつけられた岩もあり、90メートルを超える断崖もある。現在、天然記念物に指定され下北半島国定公園の一部、仏ヶ浦海中公園等に指定され保護されている。
縫道石山(ぬいどういしやま):
オオウラヒダイワタケ(天然記念物に指定・保護されている)といわれる氷河時代からの生き残り、生きた化石と言われるコケが群生している 標高350mの岩山である。
石上神社(いしがみじんじゃ):
国道 338号線沿いの海に面した所に小さな鳥居が立ち、その奥に成長する石と言われる石、石神様を祀る神社で祠には、巨大な石が、縄を掛けられ祀られている。
下北半島の西端に位置する仏ケ浦から天ケ森に掛け妖が集結して来てると言う。
途中の縫道石山の山頂、平になった所で 9本の尾を持つ金色の狐とそれを囲む様に数匹の悪狐(あこ)を見たと言う報告もある。
今、優介と優子は、岐阜の本家に居る。
神器を自宅に置いていると家電製品が壊れたり、部屋の照明が点滅したりとその症状は、日に日に酷くなって来たからだ。
「俺の力を神器が、ゆっくりと吸収していってるから」と優介は、説明していた。
優子は、本家の露天風呂に一人、浸かりながら思い出していた。
この冬、色々な事を知った。
最初は、胡散臭い奴と思っていた優介と一緒に大洗や諏訪で神の声を聞き、その技を見た。妖狐達や、土蜘蛛等の妖が、実際に居たと言う事実。
でも そんな世界でずっと、神代の時代から見て来た中司一族、その一人と出会い、愛しく思い 恋をした。その気持ちを受け止めてくれた彼に感謝している。何も出来ない自分を庇(かば)い、優しく接してくれる。これから彼が、挑もうとしている不安は、自分に伝わって来ている、何より凄いのは、その気持ちを臆面もなく曝(さら)け出している勇気が、凄いと思う。それは、多分、仲間や、友と成っている妖達にも伝わっている。だからこそ皆が彼に命がけで尽くそうとしているんだと思う。
ゆっくりと湯の中で両手を交差しながら伸びをした。
私が好きになった人は、私達の知らない世界でこんなにも過酷な試練を生き抜いて来た人だったと今更ながら思う。
「私、何が出来るだろう。何が役に立てるんだろう」と言いながら湯船を出て脱衣場に向かった。
優介と中司家当主である兄の雄一郎は、雄一郎の部屋で白雲からの報告と合わせて作戦内容を相談をしていた。
雄一郎が笑いながら
「場所は、間違いなく其処(そこ)に居るだろう。理由は、国津神の連中が、われらの役だなと揃いも揃って言っているからだ、国津神の連中は、間違い無く居場所を知っているはずだ。作戦は、私も聞いていた、まるっきり南総里見八犬伝だな、玉梓(たまずさ)が玉賽破か。八犬伝は、玉藻御前を題材にされた物だから間違ってはいないとは思うが、何かが足りない」
俺もそう思っている、それがさっぱり解らない と優介が言う。
二人で頭を捻っている。
そこへ優子が、入って来た。
「優介、風呂出たよ~、はいっちゃいなよ~、優介 得意の気分転換!」
ソファの前のテーブル横に立って優子が言った。
「兄さん、風呂行こうか」と腰を上げた。
優子は、御手伝さんや、修行中の分家の人に聞きながら屋敷をウロウロしながらようやく修行棟へ着いた。入口で服部洋介夫妻に逢い、ここに来た主旨を話す。
「優介さんと一緒に戦いたい、けど、何から始めたら良いんですか」
「優介さんか、全然、レベルが違うからな~、私らでも足手まといなんですよ」洋介が言う。
「優子さん、自分を守る術ぐらいなら何とかなるんじゃない」妻の順子さんが、言う。
「私、神器も持てないし、諏訪に行った時、立てなくなっちゃったんです」
「自分の生命エネルギーを引っ張られたのね、多分」
「それなら何とかなるかも知れない、こっちへ」
言われて優子は、後を付いて行った。夫妻は、優子を連れて階段を上って行く。
3階に着いた時、優子は、息を切らせていた。夫妻は、涼しい顔をしている。
優子は、その違いに思い出した。
「優介は、諏訪の山奥で10m程、坂道を雪かきしてたけど息が切れて無かった」
「ここの修行が終われば貴女も3mぐらいだったら大丈夫になるわよ、この階段も苦も無く上がれる様になるし、何より体の中が、満たされてる感じになるわね」と順子さんは、言った。
「さぁ、此処よ」と言い扉を開くと
「あ、先生」と言いながら10才前後の子供達が、集まって来る。
「子供達にこのお姉さんも今日から皆と一緒に修行しまーす」と順子さんが言った。
優子は、え、ここ? 児童預かり所みたいじゃん?とキョトンとしていると
「お姉ちゃんこっちだよ」と優子の手を持って奥へ引いていく。
「ここに座って」言われるがまま座った。
「息を吐いて、吸ってー・・・違う違う、息を吸う時にお腹をぺちゃんこにして息を吐く時にお腹をぷっくらさせるの」順子さんが、言うと 子供達みんなで、
「すーうぅーーーーぅ、はくぅーーーぅ」を繰り返しだした。
たったそれだけの動作でなにがあるんだろうと思っていると しだいに体が、ぽかぽかして来た。
しばらくすると額から汗が、浮いて来た。
「何か、暑いです」と言うと
それが、【気】と言うのが、溜まってきた証拠ですよ と微笑みながら言っている。
一時間程、言われた動作を続けていると
「優子さん、良いわよ。修行、終了」唐突に順子さんが言った。
優子は、「え、修行完了? これで神器も持てる様になったんですか?」
「ええ、体が【気】の取込み方法を勝手にしてくれる様になってるはず、後は、場数」
微笑みながら順子さんが言って 今、貴女、立てないでしょ と言うので 立とうとするが、動かない。
「あ、あれれ・・・」それを見て順子さんは、
「立てる様になったら言って」と 他の子供達と遊んでいる。
10分程して 優子が、よろよろと立ちだすと
「みなさーん、拍手」子供達が、手を叩いて喜んでくれている。
「さぁ、みんなで玄関にいくよー」と全員で玄関へ向かう。
優子は、壁や柱、階段の手すりを持ちながらゆっくりと付いて行く。
2階に着く頃には、普通に歩けるようになった。
「おねえさん、何か歌ってー」「歌ってー」と子供達が、寄って来てせがむので
最近のアニメの曲を口ずさむと
「あ、俺知ってる」「わたしも」と言ったので 優子は、声量を上げ歌う。
子供達も一緒に歌う
皆で行進しながら歌っているとどんどん元気になって来た。
「優子さん、貴女、もしかして・・・、そ、そんな事ないよね」と誤魔化して
「さぁ、みなさん、さようなら」と言い、子供達を玄関から手を振りながら送りだした。
雄一郎は、風呂に浸かりながら
「優介、お前の奥さん、凄い能力を持っているな」唐突に言う。
「優子の事か、まだ 結婚してないっていってるのに」優介が隣で同じ様に浸かりながら言う。
「そうか、玉賽破、それが目的か・・・それであの親子を・・・。優介、お前の為だ、あの娘と結婚しろ、今すぐしろ」と勝手な事を言いだす。
優介には、さっぱり解らなかった。
雄一郎が、少し怒りながら
「あの、優子さんの歌だよ。一緒に居て気づかなかったのか」
「しょっちゅう聞いてるよ、優子のジャズ、最高に上手いんだぜ」
「そう、玉賽破は、その歌が、目当てで相馬家に取り入ったんだよ。多分、めぼしい家系に絞って何人かと契約した、印も糸もあの時に消滅して繋がりが無くなったから まだ、玉賽破は、優子さんの覚醒を知らない。この事実が、発覚する前に中司家に取り込んで諦めさせると同時に優子さんを完全な形で保護する。それが出来るのは、優介、お前だけだ」と言いながらさっさと脱衣場に消えて行く。
「力?優子に?そんな力があいつの歌に?」優介も慌てて湯船を出て後を追った。
発動
中司雄一郎(中司家当主)は、中司優介、相馬優子と服部夫妻を前に座っている。
ここは、雄一郎の部屋である。
風呂を後にした雄一郎と優介は、相馬優子と服部夫妻を部屋へ招き入れた。
服部順子に感じた事を聞いた。
「優子さんが歌を歌った時の事ですよね、私の感覚では、この屋敷の波動が、一点に集まりそれが子供達に分配され彼女、優子さんに集まり彼女の生体エネルギーが、一気に3倍ぐらいまで跳ね上がった様なそんな感じでした」と答える。
「私は、1階に居た時と時が同じかはわかりませんが、その時、部屋に居た3人は、一気に力が無くなり跪いていました」と服部洋介が、言った。
「優介、解るか? 優子さんの力がどんな物か?」雄一郎が言った。
「とんでもない物だな」優介が言う。
「私?私の力が、みんなのエネルギーを吸取る力なの?」と優子は、戸惑いながら言う。
雄一郎は、優子に向き直り、
「それが、玉賽破が、君の父上を利用してまで手に入れたかった力、恐らく力の可能性のある家庭全てに何らかの形で差し出す様にしむけていると考えるのが、妥当でしょう。周りの力を集めて自分や自分以外の誰かにエネルギーを与える事の出来る力。それが優子さん、貴女の力だ。訓練しだいで貴女は、貴女の望む相手に力、エネルギーを相手に与える事が出来る。ただ、力は、善悪どちらにも使える。貴女には、これからその責任が付いて回る。力の存在と大きさに責任を持って行動しなさい。」
「私、解りません、力があるって言われても 自覚が無いんです。人のエネルギーを吸取るなんて オカルトの魔女じゃないですか、私、魔女なんですか」うつむき背を丸めて頭を左右に振っている。
「自覚しないで発動し、その正体がこれと言われたらそうなるよね」と言いながら順子が優子の背中を撫でている。
「私は、少し他に用があるから席をはずす。彼女が落ち着くまでこの部屋を自由に使えば良い」と言い残して雄一郎が部屋を後にした。
「俺は、・・・慰める言葉を知らない・・・」優介がぼそりと言った。
洋介が立ち上がり拳を強く握り締めながら
「優介君、君が彼女を守らないと行けない。優子さん、優介は君を守って来た、それは君も良く知っている事だ。力が発現したからと言って君自身は、変わらない、そこに責任が、追加されただけの事だ。その為に君はすべき事がある、それは鍛練しか存在しない。魔女だと言って落ち込むのは、構わない、だが、訓練しだいでその力は、優介を助ける力となる。きみは、私達夫婦にこう言ったよね、優介と一緒に戦いたいと。望みが叶ったと考えなさい」と言った。
「あなたっ」慌てて順子が洋介の言葉を遮ろうとした。
優子は、それを片手を突出し、制止させると
「良い、良いの 私は・・・そう、叶ったと考えれば 私、本当に優介を・・・助けたい」泣きながら叫んだ。
「優子っ」優介は、優子の両肩を持ち名前を叫び、
「ありがとう」 持ち換えて優子を抱き締めた。
服部夫妻は、それを見ながら互いに顔を合わせにっこりとほほ笑み、この娘は絶対に闇に落とさせないと誓いあった。
廊下を曲がった先の応接室で一人、ソファに胡坐(あぐら)をかき 両手の掌を上に向けて目を瞑っていた 雄一郎は、「これで全ての駒が揃った」と呟いた。
次の日から修行棟の地下2階で優介が同席の元、優子の特訓が始まった。
地下2階と言っても本家は元々が川近くに建っているので窓があり、日は、十分に入ってくるので真っ暗には成らない。今朝早くからピアノが持ち込まれ準備が昼過ぎまで掛った為、午後3時から開始された。
優子は、準備の手伝いに積極的に参加していたが、一段落すると部屋の角で丸く蹲(うずくま)り 細かく震えながら訓練開始まで待っていた。
優子は、優介も初めて能力に目覚めた時ってこんなに怖かったんだろうか、じゃ、優介以上の能力を持つお兄さんは、どんなに孤独だったんだろう、私は、みんなに守られている、今度は私がみんなを助けると心が決まったのは、訓練開始の20分程前の事だった。
服部夫妻も来てくれた。妻の順子さんが、教官となってくれる。
彼女は、結婚するまでは、幼稚園の先生をしていたらしい。ピアノも得意だそうだ。
彼女は、優子に能力の発動の鍵は、歌と解っているので発動を貴女自身が認識する事から始めるわよ と言い、昨日の特殊呼吸法を30分程、行ってからピアノの伴奏を入れて好きな歌を歌わせた。
優介の好きな歌 オーバーザレインボーを歌い出した時、いきなり発動した。
順子が、ピアノを止めた。
発動した優子が、歌を止めたが、発動した力は、暴走し始めた。
優介が、優子の元へ走る。
服部洋介が、立っていたが、崩れ落ちる。
優介が、優子を抱きしめる。
ゆっくりと力が収まっていった。
優子は、唖然として優介の胸の中に居た。
「今の何? 今のが力? 私の中に光が集まって来た」優子が言う。
「貴方っ、貴方大丈夫」と順子が走って行く。
優介と優子が顔を向けその光景を見ると倒れた洋介を順子が起こしている所だった。
優介と優子も走り寄る。
優子が、「ごめんなさい、ごめんなさい」と涙を流し謝り、洋介の胸に置かれた手に手を合わせた すると合わせた手と手が白く光り洋介が、目覚めた。
「貴方、良かった 気が付いたのね」順子が言う。
「あー、びっくりした 大丈夫、大丈夫」洋介が言いながら手を振った。
「ごめんなさい」と優子が謝ると
洋介が、「覚悟してたから大丈夫だよ、これも訓練の一つだよ」と優しく言った。
「部屋を出て隣の会議室で休憩しよう。洋介さん、順子さん、優子 何を飲む?」
優介が言うと洋介は、エスプレッソのきつい奴と笑いながら言い、順子は、オレンジに炭酸を と言い、
優子は、「私、要らない」とうつむいている。
優介は、「だめだよ、ちゃんと休憩しないと」と少し怒ったような口ぶりで言うと
「コーラ」と うつむきながら小さな声で言った。
優介は、供え付けの屋敷の内線電話で内容を御手伝いさんに伝えると 洋介に肩を貸して優子の手をとり、隣の部屋へ移動する。会議室とは、名ばかりで調度品がちゃんと誂えられた旅館の和室の様な雰囲気の部屋だった。
4人は、その畳に座り込み、5分程して茶菓子と飲み物が到着すると其々に飲み物を一口飲み、優介が洋介にタバコを差し出し洋介が1本取り、優介も1本取りライターで火を点け互いに深く吸い込んで吐き出した。
「久しぶりのタバコだ、こりゃ、やっぱり止めれないな」と洋介が言うと
「別に無理して辞めなくて良いって言ってるでしょ」と笑いながら順子が答えた。
「優子ちゃん、気にしないでね」洋介が言うと
「・・・・はい」と小さな声で言う。
「いつもそのぐらい小さな声だと良いんだけど」と優介が言うと
「ばかーー」と大きな声で優介の頭をぽかぽか叩く。
「優子ちゃんは、そうでなくっちゃ。最初から上手く出来る奴なんて見た事がないよ」
洋介が大笑いをしながら言うと
「優介の時は、どんなだったんですか」優子が、聞くと
「小学校2年の時だっけ、優介」
「・・・言いたくないっす」
「じゃ、俺、言っちゃうね。あの時は、酷い目にあった。本家、分家の連中、全員動けなくしちまった」
「えっ」優子が驚く
「屋敷全体ですか?」
「そう、平気で動けたのは、当主だけでさ、優介のおやじ達も動けなかったよな。動ける様になったのは、15分ぐらいしてからでさ、全員、当主以外ね、その場で座りこんじゃって大騒ぎ。当時当主は、まだ子供だったのに状況を判断して優介の頭を思っきり殴っただけで解除しちゃて一件落着・・・。後からみんなでどうやって優介を止めたんだって聞いたら、一言、殴った。」
洋介は、思い出したかして一人で大笑いしている。順子も優子も笑っている。
「おにいさんの時は、どうだったんでしょうね」優子が訪ねた時、
福井和正が、部屋に入って来た。
「その分だと順調みたいだな、当主から聞いてたんで気に成って寄ったんだ。ん、優介、顔が暗いぞ」笑いながら言うと
「福井のおじさん、聞いてたでしょ」優介が言った。
「おう、聞こえるわな。廊下のむこうまで聞こえる」言いながら相変わらず豪快に笑う。
「お、そうそう、当主の時は、生まれてすぐに能力を使って一人で遊んでおった。優介みたいに人に迷惑は、掛けなかったなぁ」と又、豪快に笑いながら優介の肩をぽんと一つ叩いた。
「嬢ちゃん、初日の感想は」和正が言うと
「発動した感じは、わかりました。止め方が解らなくて」優子が言うと
「止め方なら優介に聞けばいい」優介以外の全員が、大笑いした。
「感じがわかっただけでも大進歩だ。その感じを覚えておけば良いだけだからね」洋介が言う。
「多分、その逆が、諏訪で起こったんだろうな」優介が言うと
「おい、なんだそれ」と和正が聞く。
優介は、諏訪の一件を教えると
「無意識で逆を発動か、もしくは、引っ張られて力が、開化し易くなったかだな。・・・多分、無意識での発動じゃないだろう。とすると武甕槌神(たけみかづちのかみ)様が、ついでに玉を込めたと考えるのが妥当と見るべきじゃないか」洋介が言うと、優介、順子、和正の三人が、うんうんと頷いていた。
「おっ、もう7時前か、食事に行こうか」福井のおじさんの一声で全員立上がり 食堂へと移動して行った。
五行
その物は、縫道石山(ぬいどういしやま)の頂上に居た。
報告に有った様に3匹の野狐(やこ)が回りに居る。
野狐は、其々違う方角を見て居り 時々、鼻先を上に上げたりしている。
「玉賽破様」、一匹の野狐が言う。
「何やらこの海を越えた辺りに動きがあります」
「ふん、放っておけ。どうせ要らね小物が、騒ぎ出したんだろう。国津神も手を出さん儂に小物が騒いだところで痛くも痒くもないわ」玉賽破様と言われた9本の尾を持つ金色の狐が言った。
「其れよりも どの位集まって来おった」
「およそ50は、下りますまい」と白い毛を持つ野狐が言った。
この3匹の野狐は、悪狐(あこ)と呼ばれる妖狐達である。
この3匹が、中心となって各地から妖達を集めていた。
その頃、国道339号線を南下し、五所川原市を東へ浪岡インターから東北自動車道を青森東インターへ走りみちのく有料道路を経由して十和田湖、八甲田山をぐるりと回り込む様に七戸バイパスから国道454号線を西に向かう 白のダッジナイトロがあった。
白雲の命を受けた4匹の妖狐と白澤である。
「白澤様、戸来山の南の迷ケ平(まよいがたい)で良いんですよね。誰と御逢いになるんでしょうか?」
「凍次郎、天狐じゃ、主ら聞いておらんのか? 迷ケ平居り、十和利のピラミッドを守って居るわ」
「あの冷気妖術で有名な、凍次郎様!」
3匹は、ガタガタと震えだした。一番小さい青狐が、どうしたの?そんなに怖いの?と聞くと
3匹、口を揃えて「当たり前じゃ、一瞬で凍らされて砕かれる。怖いに決まっておろうが」
「坊」白澤は、青狐を見て言った。
「こやつ等は、白雲の手の者じゃ、白雲は、火焔を得意とする、一方、凍次郎は、凍気。灼熱と冷気、五行で言う 火と水じゃ。だから儂を連れて来おった ほっほっほッ」白澤が笑う。
「あ~、なるほど。中途半端に火を使えるから怖いってことだな、白澤様」青狐が言った。
「せ、青狐、お前、、」と一匹が、言う。「殺す」3匹が、口を揃えて言う。
「白澤様、おいらこっちの方が怖いよ」と半分 泣きながら言った。
「そろそろじゃ、十和利のピラミッドが見えて来た。」
ダッジナイトロは、迷ケ平駐車場に入って行った。
白雲は、佐渡へ団三郎狸を訪ねて来た。
団三郎狸は、越後の国(現在の新潟とされている)から佐渡へ渡った狸で変化を得意とし、現在は、相川町に二つ岩大明神として祀られている大狸であった。
今は、その何代目かに当たる権現狸と言う物に代替りしている。
属性が、金である権現狸の術は、体を丸くし、相手にぶつかる力技でその体は、非常に堅固で攻撃は、確実である。
白雲は、権現狸と古く朱色の剥げた鳥居や朽ちた無垢の木で組まれた鳥居がいくつも並ぶ二つ岩大明神の裏手で手土産にした中司家の神酒が入った瓢箪を間に置き力を貸す様に説得している。
「で、儂は、玉賽破の9本の尻尾全てに体当たりを食らわせれば良いんじゃな」
「左様になります」
「しかし、名高い主(ぬし)程の物怪(もののけ)が、肩入れするとは、中司の二男、優介と言っておったの、それ程の男か」
「私等、まだまだ、空狐 天日様や、白澤(はくたく)様が ぞっこんで。そこへ来て少彦名命(すくなひこなのみこと)様もそうですが、武甕槌神(たけみかづちのかみ)様までが 武具を用意された人物に御座います」
「なんとのう」権現狸は、ため息をつきながら、
「国津神と妖の連合軍で総大将が、人とな。誠、恐ろしきは、人じゃのう」と嬉しそうに笑う。
「相解り申した。わざわざ出向いて貰うたは、土産まで貰うて断る事など出来わせぬ」
「有り難き幸せに御座います」と白雲は、礼を言い 立ち去ろうとすると
「鳥居を潜って 後ろを決して振り向かぬ事ぞ、さらばだ」と権現狸は、更に奥に消えた。
「振り向くな か、あの噂は、誠か」独り言を言い白雲は、立ち去った。
団三郎狸(だんざぶろうだぬき):
淡路島の芝右衛門狸、香川県の屋島の禿狸と並び、日本三名狸に数えられている。人を化かしたり、悪さをしていたが、その一方で困った人に金を置いて行く等 人情味あふれる佐渡狸の総大将であったと言われている。
二つ岩大明神:
相川市街を見渡せる橋のたもとから続く道を上って行くと鳥居が立ち並ぶ場所に着く。鳥居の数は、最初は、一つだったが 建てた者が成功した為、あやかろうと次々に建てられていった。今は、いわくが付き帰りに鳥居を振り向くと何かを連れ帰る事になると言われる、心霊スポットと成っている。
狐が一匹、中司本家の門を抜け、玄関口の土間に座っている。
青狐である。彼は妖では無く普通の狐だから結界をモノともせずに入って来れる。
御手伝いの斉藤と刈谷が、玄関口を清掃している時に狐が入って来た。
斉藤が 内線電話を掛けて優介を呼んでいる時に 狐に異変が起きた。
刈谷の見ている前で、
突然、その場で倒れたのだ。
幸い、電話中であった為、優介は、異変を知り優子と共に駆け付けた。
優子が直ぐに倒れている狐を優しく持ち上げ、両手で抱くと
狐は、「ぎゃー」と一声鳴いて優子の顔を見た。
優子が、「ごめんね また遣っちゃった」と言いながら 狐を見ると狐は、自分がどうなっていたかわからず キョトンとした目で優子を見る。
「かわいい~」狐を離さずそのまま抱きしめた。
「優子、放してやれ」と優介が言うと けち~と言いながら静かに床に降ろした。
降ろされた狐は、優介の顔を見た。
「来たタイミングが、悪かったな すまんな」優介が言うと
狐は、封書を優介に渡した。
「お前、青狐だろ。しゃべれるはずだよな」優介が言うと
「わかります? 聞かれなかったら おいら、そのまま帰ろうと思ってたんですけど」
「母は、元気してるか?」優介が、言いながら
そばで見て居た斉藤さんと刈谷さんに 鶏肉を少しと笹の葉を数枚 下さいと言った。
「一寸、待ってろ」と狐に言いながら狐の頭を撫でると 横から優子が、
「ずるーい、私も撫でる」と言い 小さな声で かわいいなーと言い 頭を撫でている。
暫くして お手伝いさんが鶏肉を持って走ってきた。
優介がその袋の中に手を入れ一つを狐に食べさせると笹の葉に肉を包んで器用に繋いで行く。
「それ、何してるの」
「まぁ、見てな」
「へぇー、それで狐君の首に巻いてあげるんですね、器用貧乏だね ゆ・う・す・け」
優子がおちょくって笑う、斉藤さんと刈谷さんもわらう、
狐も嬉しくなって笑い、
「かあちゃん、元気だよ。有難う 優介にいちゃん、優子姉ちゃん、それに其処の2人の人。じゃねー」
と言い走って行った。
斉藤さんがびっくりして狐がしゃべってましたよね、今と言うと
「あー、あいつは、3年程前に病気で母子が倒れてたんで医者に連れて行っていた青狐ですよ」
と言うと
「あっ、あの時の子ぎつね君、気がつきませんでした」刈谷さんが口に手をあてて笑った。
優介は、受け取った封書をパラリと片手で振り両手で広げ、読み始めた。
「なんてかいてあるの?」優子が聞くと
「白雲からだ。火、水、金は、揃いました。後は土と木です」
「これが五行?と言う事?」優子が問う。
「万物は、5つの元素からなる と言う思想に基づいていて、上を木(もく)とし時計回りに火(か)、土(ど)、金(きん)、水(すい)と循環する自然哲学の思想なんだ。この時計回りの並びを相性と言い、この円の中に五芒星を書き込むとその辺に対しての関係は、相克と言われる物になる。木は土に勝ち土は、水、水は、火、火は、金、金は、木となり循環する。これが五行。この関係を利用しようと言うのが、今回の九尾対策になっている」と優介が、説明する。
「じゃ、それがこの世の真理、みたいなー?」優子が考え始める。
「たしかに五行の発想は、良いと思う。でも俺は、真理とは、思わない。世の真理は、人が決して触れては成らない所にあると思う。優子が、真理と言った事については、この五行、陰陽道にもあるし、神話の中でも諮詢(しじゅん)してる、インドには、ヴァーストゥ・シャーストラ、中国には風水もその考えから来ている。結果として多くに取り上げられている。多数決って言うのは、集団生活の大事な要素なんだけど、結局、人が勝手に決めた傲慢(ごうまん)な保守的考えから来ている物と俺は思っている。ただ、世に広まってしまっているから五行が、潜在的に頭のどこか存在してしまう。で、優子は、真理等と考えてしまった」と思うよ。
「理論的なんだ、ふーん、あったま良いー、でも金儲け下手で結局、貧乏。理論的でしょ、えっへん」
人が真面目に言って結局、落ちはここか と諦め、二人で大笑いした。
力量
「最近、見慣れぬ輩(やから)が、多いな」漆黒の体躯を持つ者が言った。
「この半年の間に相当な数の化け物が北に上がって来ております」赤茶色の体躯を持つ者が返す。
「お館(やかた)様、ほれ、あそこにも見慣れぬ奴らが、おります。」茶色の体躯を持つ者が言う。
「私が、参る」赤茶が走った。
「あ、待てっ」漆黒が止めたが間に合わなかった。
迷ケ平(まよがたい)駐車場に入って十和利山方向に向かう5人の者がいた。
他の観光客からも浮いていた。
スーツを来た男、パーカーにGパン Gパンには、鎖のアクセサリー、タイトスーツの女性、野球帽を被った少年、お腹まで白いひげを伸ばした老人。
彼らは、天狐 白雲の命(めい)を受けた4匹の狐と一匹の白澤(はくたく)。
十和利山に向かう登山道を使わず、七森の方へ入って行く。
白澤達が十三湖(とさみなと)に寄った来たのには、訳があった。
十三湖南部に高山稲荷神社に寄って凍次郎の居場所を聞く事が目的であったが それだけでは無い、いずれこの地に赴き、本陣を構える為の地形を知って置きたかった。
高山稲荷神社の本殿の向こう側、そうあの朱色の鳥居が、美しく乱立する明るい場所、あれこそが、妖狐のエネルギーの源に成り得ると考えたからである。神の力を授かった人間と妖の連合軍、妖の中で肝を握るのは、敵と同族の妖狐達、戦いの最中に妖気が枯渇する様な事は、全滅にもなり兼ねないと思い高山稲荷を尋ねた。
玉賽破の息が掛っていないかを確認し、この地を本陣とする許しを得る為に立ち寄ったのだ。
しかし、そこでの答えは、凍次郎に任せると言う回答しか得る事は、出来なかった。
凍次郎は、属性【水】凍砕と言う技を用いて絶対零度と言われる冷気を生み出す。こちらの連れている妖狐の属性は、【火】スーツを着たあの男は、白禅、炎の槍を使う。パーカーのこっちの男は、白隙 炎を弾丸の様に飛ばす。スーツのこの女性、白愁牙 炎の盾を作る、帽子の小僧は、化ける事の出来るただの狐。 もしも、拗(こじ)れたら・・・ 陸で自由に動ける【水】の属性を持つ者は、そう多くはない。拗れる訳には、ゆかぬ。この白澤、最初は、面白いと言う理由だけでこの戦い乗ってしもうたが、あの男、中司優介に惚れてしもうた。何千年も生きて来たが、あの様な男、中々いなかった、いや、出逢わなんだ。と考え事をしながら最後尾を歩いていた。
「白澤様、青狐、隠れろ」と白禅が言い、
「何者、いきなりとは、卑怯な」と言う。
「勝手に俺達の縄張りに入って来るんじゃねー」と来牙が言った。
「ぶっ飛ばしてやる」と白隙が 前に出ると掌に拳大の炎を作った。
来牙に放つ。
わずかに来牙の速度に追いつかない。
「速い」白隙が呟く。
来牙の速度が更に上がった。パートタイム的に瞬間移動を繰り返している様な動きだ。
右へ、左へ、右と思えば左
「どうする」白隙が考える
「良く見ろ、奴の周りを」白禅が後ろから声を掛ける。
来牙の動きに合わせて所々、景色が揺らいでいる。回りの草や地面に氷が付着している。
「蜃気楼、そうか冷気を使った幻術か」白隙が気づく、
白隙が炎の玉を放とうとした時、
「ばっかやろー」と言うどなり声と共に来牙が3m程飛んだ。
いや、飛んだのでは無かった、歩いて追いついた凍次郎が高速で動く来牙を殴ったのだった。
「待て と言ったろうが、この馬鹿っ、砕くぞッ」凍次郎が怒鳴った そして、にっと笑いながら
「てめえのちんけな技なんか一瞬でそこのスーツの兄ちゃんが見抜いてたぜ、槍で縫われちまうぜ、そしてそっちの兄ちゃん、いけねえな、そんな事したらこの辺り焼畑になっちまう」
「なっ何で解った、何者だ」白隙が言った。
「その方が、凍次郎だ」白澤が言った。
白澤を見て、凍次郎が跪いて
「こら、てめえらも跪くんだよ、何ボーっとしてやがる」
「は、はい」北渡が跪き、来牙は、口の周りの血を拭いながら跪ずいた。
「御無沙汰しております。白澤様」凍次郎が言う
「立ってくれ、話も出来ぬわ ほっほっほっ」白澤が言った。
凍次郎、北渡、来牙の3人が、立ち上がった。
「白澤様も人が悪い、連絡して頂ければ伺いました物を。して天日様は、御一緒では?」
「ん、野暮用でな、儂らと違う事をしておるわい」
「この来牙と申す者の御無礼を御許しください」と頭を下げる。
「主(ぬし)が止めに入って呉れて良かったわい、儂は、てっきり戦闘になるかと心配して居ったが、主(ぬし)、本に強うなったのぉー」
「止めて下さいよ、昔話は、」凍次郎は、照れながら頭を掻く
「まずは、紹介しておこう、このスーツの男、名を白禅」
「御初に御目に掛ります 白禅と申します」
「こちらが、白隙、あの別嬪さんは、白愁牙、この坊が青狐じゃ、みな白雲処の者達じゃ」
「ほう、火焔の白雲殿の」凍次郎は、ニヤリと笑い、「一度、手合せした事があったな、あの火焔は、凄まじい、一瞬で灰も残らねぇ、奴は、元気か」
「はい、只今、佐渡に行っております」
白禅が答える
「なに? あの権現狸のとこか、何故」
「其れこそが、我らが主を訪ねた理由、単刀直入に申す、これより始まる戦いの仲間になってくださらぬか」白澤が言った。
「一寸待ってくれ、直入過ぎてさっぱりだ・・・・、もしかして北に集まるあの妖共に関係がある?」
凍次郎が答えながら、質問する。
「あれらを集めておる者こそが、敵」白澤が言い切った。
「そっちの大将は、誰になります?」
「人間、名を中司優介と申します」今度は白禅が答える。
「人間、なんと・・・中司・・・あの中司か、にしても白澤様が下に着く等、考えられぬ」
「儂だけでは無い、空狐の天日、天狐の白雲、葛城の土蜘蛛一族、天狗 五鬼継一族、同じく五鬼助一族、大蛇の沼御前」
「錚々(そうそう)たるメンバーだな、名前を聞いただけで震えが来る」
「まだ、少彦名命様(すくなひこなのみこと)、武甕槌神様(たけみかづちのかみ)、武甕槌神様は、自分の武具を優介に貸し与えておる」
「何と、国津神のトップランカーでは ないか。と言う事は、国津神が総出と言う事だな。
それ程の男が、何で今まで無名・・・中司の名に隠れてしまっていたのか、たしか俺の記憶では・・・当主は雄一郎だったよな」
「はい、その弟であります」白禅が答える
「現、当主は、中司家歴代5位には入る化け物と聞いているが、その弟もなんですか?」
「いや、違う。我らの霊力を少々、上回る程度でしょうな、ほっほっほっ」
「ますます、わからん。優介と言う男、やはり力で先の妖共を味方につけたのか?」
「いや、彼らから、言うて来ました。優介殿は、危険だから辞める様に言うておったのぉ」
「・・・・・うーん、器か、そう見るべきだろう。力の当主、器の弟か・・・ますます中司家が恐ろしくなる・・が、・・・。相手は、誰かは、知らぬが引き受けよう。それ程の男、むざむざ死なすに惜しい。好きに使ってくれ」
「流石ですな、その胆力、北方の牙、凍砕の凍次郎と言われるだけがあるわ、ほっほっほっ」
「話が決まったところで、今日は、泊まって行けますかな、白澤殿、各々方」
「ありがたい、そうさせて貰うたら嬉しいのぉ、どうも車は、好かんわい」
「場所はどこでも構わんでしょ、おい、来牙、そこの白隙の兄さんと車を高山稲荷に持ってけ」
「な、なんで俺が」来牙が言う
「俺は、構わんぜ」白隙が言う
「喧嘩両成敗、文句あるか」凍次郎が、ニッと笑う 口の端に牙が見える。
「じゃ、行こうか、氷の兄さん」と言って駐車場へ歩いて行く。
「すまんな、白隙」白禅が声を掛ける。
白隙が歩きながら後ろを振り向かずに手を挙げた。
「して何故、凍次郎、主は、十和利なんじゃ」白澤が聞く。
「あの山は、特別でな、ピラミッドって人間が言ってるが、妖には、あれが妙に目立つから北に上がる目印になるのよ、あの山と恐山、いや、地蔵山を真っ直ぐ繋ぐと水戸、鹿島に行く 鹿島から富山の神通川方向に行くと尖山、これも儂らには、目立つ これが儂ら妖が北へ向かう道になる。そう言えばこの尖山もピラミッドとか言っておったな、これを外れて南へ下がると中司本家がる。丁度、真ん中で中司家に見張られておる、ちゅう事になるな、わっはっはっはっは」凍次郎が、言った。
白澤は、司本家が太古よりこの地に居る理由が解り、よう出来ておるわ と感心した。
「では、ここから我らの本拠地、高山稲荷に飛ぶ、おい、坊、俺に掴まれ」と凍次郎に青狐が掴まると、凍次郎が、飛んだ、上では無く、地面の下へ飛んだ。
青狐は、必死に凍次郎を掴んだ、叫ぶにも声にならない。
気が付いてふと周りを見ると朱色の鳥居がずらりと並んだ日本庭園の橋の上。
青狐は、手を離そうにも力いっぱい掴んでいたから痺れて指が動かなかった。
次々と橋の上に現れる仲間を見て安心し、気を失ってしまった。
高山稲荷神社:
京都の伏見稲荷と同じ祭神で宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)である。
青森県五所川原市の北北西に位置し、十三湖の南南西、七里長浜に面した丘にある。長い階段を上ると本殿があり、狐様と石を祀っている。ぐるりと山を回り込むと池と龍神宮、その左手に龍の様に紆余曲折しながら丘の上まで続く朱色の夥しい数の鳥居が並んでいる。丘の上には、また夥しい数の石工された稲荷が並んでいる。
斯眼
岐阜県の中司本家近くの竹林で話声が、聞こえている。
「うーん、あとは、【土】【木】か」
「誰に頼むかが問題じゃのぉ」
「【木】の候補は、新潟の妙多羅天女(みょうたらてんにょ)の七尾の斯眼(しがん)となろう」
「おー、あの化け猫か。そうじゃ、あやつは、たしか蔓(つる)や蔦(かずら)を用いておった」
「【土】で最強は、やはり土蜘蛛一族、長の胤景(いんけい)に頼んでみるか」
「誰が行く」
「相手は、猫族じゃ、」
「うむ、そこが問題じゃな、さて・・・誰を行かす」
「ねぇ、こっちに書いてるのと、こっちとこっち、書いてる事が、違う。どっちが合ってるの」
中司本家の優介の部屋である。書庫から本を持って来た優子が、騒ぎだし、机の上の本にぷんぷん怒っている。優介が パソコンで整理する為に文書を考えながら、
「全部、正解かもしれない」答えると
「・・・、意味不明~。古事記、日本書記に竹内文書、中司手記、ん~」
応接セットの机の上を睨む。まだ読んでないのは竹内文書半分と東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)。
「取り敢えず、全部に目を通す、それから自分の納得したストーリーを作る、それが自分にとっての正解だと思う。その考えを人と意見を交わし、合わない部分を修正して行く それで良いと思うよ。ただこの修正が出来る人、出来ない人を振るいに掛ける事になるから 其処はすなおに修正すべきだろうね」
「うーん、ここの書庫、図書館の本の数より圧倒的に数も種類も多いんですけど~、特に歴史書なんか物凄い事になってますよ~。刈谷さんに聞かないと どれがどれだかさっぱりだ」今度は、何故か蔵書の多さに怒っている。
「仕方ないだろ、中司家は、神代の時代から現在まで使命を受けて生き残っている唯一の家系なんだ」
「うーん・・・えっ、もう一つありまーす。天皇陛下の家系は?・・・違うの?」
「系譜を照らし合わせながら見ると疑問に思うよ、途中ですり替えられた形跡が無きにしもあらずって事。だからずっと世の中を見て来た中司家に伝わる古文書 そこの手記はそれを纏めた物だけどね、それが、一番 信頼出来る」
「天皇陛下も偽物?」
「偽物と言う訳じゃないが、学校の歴史で習ったと思うけど 曽我と物部、これも大陸系民族と土着民族の争いになる、この大陸系を更に遡ると天照大神が外せない存在になる。この女王が率いるのが、」
「わかった、天津神だー」
「そして土着民族の神と言えば、」
「馬鹿にしてる? 国津神だよ 前に言ってたじゃん」
「正解 そして、諏訪で会った神様の居た神社の名は?」
「んーとね、守屋神社・・・物部守屋神社だよね。 と言う事は、蘇我が天津神を信仰してて 物部が国津神って事だよね」
「そこが違うんだよな、そんなに単純で直線的じゃない。そこに計略があって、本当に物部が国津神信仰であるなら あの神社の荒れ方は、有り得ないと思わない?」
「そうね、本殿の中 空っぽだったし・・・逆な訳?、ん、逆でも同じ?、ん?」
「物部の系譜には、素戔男尊(すさのおのみこと)の存在があるんだ。天照大神と素戔男尊の関係は、古事記と日本書記とで違うが、まぁ、素戔男尊の登場初期は、天照大神側、のちに大国主側となっている神様なんだ。素戔男尊を信仰してる物部一族の中にも別に主を変えても良いんじゃないか、だって信仰している素戔男尊様だってそうだろって思ったかどうかは、別として、素戔男尊が選んだのは、大国主側だからって思う部族が出て来てもおかしくは無いと考えられる。と言う事は、あの神社を建てた物部は、天津神を信仰していた物部でその物部が諏訪に神社を建てた。だが、次第に衰えその一族が滅んでしまう。そこに元々居た民族は、当然、国津神を信仰している。どう考える? それっきりと言う事にならないか」
話を中断し、タバコに火を点けた後、
「大化の改新、これ自体も怪しいんだけど、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)が蘇我入鹿(そがいるか)を暗殺、蘇我氏本宗家をほろぼした。その後、いきなり律令制、天皇制に政治が変わった。これをどう思う?」
「そこで入れ替わったかもー、と考えるのが普通だね」
「天皇は、それまでもずっと居たからね、でも多分、この時期じゃないと思う。だって改革が起きてすぐに天皇筋が変わったら 良識者は、あれ?って事になるだろう。当時の天皇は、孝徳天皇で彼は、後に中大兄皇子とは、不仲になる。理由は権力闘争とか色々言われてるが、孤立してしまい亡くなってしまった。中大兄皇子は、皇極天皇を斉明天皇として即位させ、蝦夷を討伐に向かわせた。当時の蝦夷は、東北じゃなくて京都の向こう側から北の東日本、国津神達が、天津神達に追われた地域になる」
「そうか、斉明天皇からがカラクリの本命か~、やるな~中大兄皇子。戦略家だったんだね~」
「諏訪大社、見ただろ、諏訪には元々社と呼べる建物は、無かったんだぜ、御柱が4本有っただけで祀られていた。大社を作ったのは、天津神側、武甕槌神は、力が強いので沈めて自軍の仲間に仕立て上げる必要があった。侵略した相手の神を引き込めば、地元を平定するのが楽になるからね。神社で無く大社だからこの仮説も有効になる。ところが それなら天津神側が、その前に建てた建造物を利用したら良いじゃないか、利用出来なかったと見るべきだろう そこに建てたのが裏切り者なのだから」
「そうか、辻褄が合ってる気がする。そうやって見て行くとけっこう面白いね」
俺は、優子の目を覗きこみ 薄く笑いながら
「頑張って、読んでね」
「ほーんと、いじわるなんだから」優子がそっぽを向いて部屋を出て行った。
白雲は、新潟県の弥彦山に来ていた。
3月後半だが、まだまだ朝は、寒い。
この山頂の御神廟とか言っておったな 一人事を言いながら獣道を登って行く。
彌彦神社(いやひこじんじゃ)の奥の宮を目指していた。
山頂付近には、テレビ局や、FM局、警察無線中継所等の施設が北方向に並んでいる。
とたんに、中継所の金網に巻き付いていた蔓が、襲って来た。
間違いない近くに居ると思い、じっとしているとどんどん体に巻き付いて来る。
白雲の体が宙に浮きあがる。
それでも白雲は、動かない。
昼を過ぎても白雲は、動かない。
夕方、白雲の鼻が、ひくひくと動いた。
「何者だ」白雲に近づいた者は、言った。
「天狐の白雲と申します」
「げ、何、火焔のっ」と言い、脇目もふらず、逃げて行く。
「待って下さい、まだ、話を・・・・行っちまったか」
逃げた方向で
「ギャー」と声がした。
白雲は、蔓に巻きつかれたまま、やれやれと言い、蔓を焼失させ抜け出してしまう。
白雲が吊られていた場所には、蔓は無くフェンスから伸びる蔓が数本 風になびいていた。
白雲が声のした方に歩いて行くと斯眼の両手、両足が氷漬けにされて七本の尻尾をぶんぶん振っている。
白雲は、それを見て
「凍次郎、手荒なまねをしちゃいけないなー」
「こやつ、すぐに逃げやがるからよー、久しいな白雲」声を掛けられた者が答える。
「お、お前ら何時から仲良くなった。火焔の白雲と凍砕の凍次郎ぅー」斯眼が言う。
「だから、白雲の話を聞けっていってんだろ」
「・・・わ、わかったからこれ、何とかしてくれ、寒くっていけねぇ」
斯眼の左右に白雲と凍次郎が座り、凍次郎がその氷に手を触れると氷は、跡形も無く消えた。
「まだ、寒かったら温めて差し上げましょうか」白雲が言うと
「寒くない、だ、大丈夫だから お構いなく」斯眼が言う。
「まぁ、これでもと思いましたが、入りませんか」と神酒の入ったとっくりを持ち、片手で碗を取り出すとその碗に神酒を注いだ。
「何だい、そっちかよ びっくりさせるなよ」斯眼が言う。
凍次郎が笑いながら「俺にも一口」とその碗を取ろうとすると
「俺が先だ。なんたってひどい目にあったんだからな」怒りながらその碗を白雲の手から奪うと一気に飲み干した。
「うめぇーな、この酒、なんて酒だ?」
「そりゃそうだ、中司んとこの神酒だぜ」
「中司、ってあの中司家かよ」
「あぁ、あの中司だ」
「おめぇら そんな物持って何してんだ?」
「だってよ、焔の。説明してやんな」凍次郎が言うと白雲は、これまでの事、これから始まる戦いの事、誘いにきた訳を話した。
「おめぇら 正気か、あの玉賽破だろ玉藻御前の孫だぜ」
「あぁ、解っている。だがな、こんな戦い見てるだけじゃつまんないぜ。何百年、いや何千年に一度あるかないかだ。おれぁ、白澤様から誘いを受けた。こっちの焔は、少彦名命様だ。で、てめぇは、俺達2人だ。誘いを受けて断って妖仲間から笑われたいか、其れとも」と凍次郎がしゃべっていると
「やるよ、やる。笑われたかないからな。俺だって天女に祀られた先祖を持つ身よ。妙多羅天女の名に掛けてやってやる」
「ありがとうございます」白雲が言った。
「途中で逃げんじゃねぇぞ」笑いながら凍次郎が言うと
「おめぇら以外だったら逃げねぇよ」口を尖らせて斯眼が言った。
3人は、笑いながら代わる代わるに酒を回した。
雲が風に押されて南の雨乞山から抜けて行った。
覚醒
優子は 修行棟に居た。
傍らに優介がいる。
順子さんが 鍵盤を叩いて音を継ぐんで行く。
あれから、進歩しない。
苛立ちだけが募って行く。
優介に言うが 訓練しかないと言われる。
進歩の無い苦しみを 誰も解ってはくれない。
心の闇だけが 増殖して行く・・・・
「私も気分転換しよっかなー」優子が言う。
「風呂か?」優介が言う。
「買物した〜い。食べ歩きしたい。優介、連れてって〜、あっ高山でお肉食べようよ」
「今度の日曜な、此処に居るみんなで行こうな」
「ダメ〜、今から行く〜、イライラが溜まっちゃうよ〜」
「俺は、今から分家の人達とミーティングがあるから、絶対、無理」
「やだ、やだ、やだ」
「あらあら、優子ちゃんどうしたの」
順子さんが聞くと
「順さんと行こう! 順さん 買物と食べ歩きしに行こう!」
「気分転換したいらしくって」
優介が説明すると
「私なら空いてるわよ」
「さっすが〜、順さん」優子が抱き着く。
「じゃ、行こ、行こ。頼んでも連れてって上げないもんね〜、」
「順子さん すいません。御願いします」
優介が 頭を下げる。
優介と分家、数名のミーティングが 終盤に差し掛かった時、中司家に一本の電話が入った。
順子さんが、「優子ちゃんが 居ないの」悲痛な声で電話を掛けて来た。
電話口に出た 斎藤さんは、側に居た 服部洋介に伝える。
洋介は 優介に伝える為、廊下を走った。
優介と洋介が電話口に走って来た。
斎藤さんは、優介に代わる。
「今、何処に」
「高山です。駅の側です。探したんですが どこにも、ごめんなさい、ごめんなさい」
電話の向こうで、涙声になっている。
「すぐに行きます」
電話を斎藤さんに渡し、優介が家を飛び出し車に向かって走って行く。
洋介も後を追う。
異変に気付き福井和正も後を追い掛ける。
優介が GT500に火を入れた。
2人が崩れ込む様に乗り込んで来た。
V6 スーパーチャージャーが唸りを上げた。
後輪を滑らせながら加速して行く。
正門を抜けて森へ突き刺さる様に加速して行く。
GT500は、滑る雪道を推進トルクで前に出て行く。
国道の舗装路に入る。
後輪が路面を掴む。
更に加速をして行く。
連絡があってから1時間と15分が 過ぎようとしていた。
高いスキッド音を伴い高山の駅に到着した。
タイミング良く洋介の携帯に掛かって来た。
「妻からだ。何処に居る」
「優子ちゃんを守ろうとする人達と何かが戦ってるの、・・城跡に直ぐ来て!」
「優介、城跡だ。急げ」陽介が叫ぶ
再び、スキッド音と共にGT500は、橋を越え直進すると右手のスロープを登って行く。
車止めの手前で車を降りた3人は走って坂を上って行く。
この上だと優介が叫ぶ。
3人の視界に炎が玉になって飛んでいるのが見えた。
炎の壁も見える。
上では、妖狐達が何者かと戦って居た。
青狐が走って来た。
「洋介さん、3のタイミングで突っ込んで来てください。正面に敵がいます」
青狐が叫ぶ。
「1、2、今です」
妖狐3人が 優子を庇いながら後方へ3m程、飛ぶ。
優介は、呼吸を整え 結界を前方に集中した。
「アギャ、ギャ、ギャ」と声がした。
襲った相手は、身体中から火花を散らしながら優介の結界に捉えられて居た。
相手との距離は4m程だった。
やがてその者は身体のあちこちから青い炎を噴き出しながら黒い粉になって行く。
そして風に舞って消えた。
地面には、黒い影だけが残った。
青狐が 妖狐達と優子の居る場所へ走ると 順子さんが優子の手を持って走って来た。
優介と洋介 二人も走った。
優介は優子を、洋介は、順子を其々抱き止めた。
和正が 妖狐達に挨拶した。
妖狐達の服は所々、裂けて居た。少し、ふらふらしている。
「ありがとうございます」優子が礼をする。
優介も12、3m 離れたところから礼をした。
妖狐達の霊力は 座りこんで肩で息をしている。
妖狐達の著しく低下した妖力を感じた優介は、
「優子、お前の力で治してやれ、今なら出来る」と言った。
「福井さん、洋介さん、順子さん、青狐君少し離れていて」優子が言い
「ちゃんと出来るかわかんないけど・・・優介少し貰うね」と言った。
オーバーザレインボーの曲を夜空に赤ペラで響かせる。
優介は、座りながら タバコに火を点け、
「良い 歌だ〜」と独り言を言った。
順子は、うっとりとして聞いている。
青狐は、耳をぴくぴくさせている。
妖狐達は、何が起きるか解らなく、優子を見ている。
優子の体の周りがぼんやりと明るくなり、やがて歌がおわる。
優子は、ゆっくりと妖狐達の元へ行き、3人の手を取り 重ね合わせて自分の手でそれを挟む。
3人はビックリして優子の顔を見る。
妖気が回復して行く。
呼吸が整って来た。
傷が、治って行く。
衣服が元に戻って行く。
逆戻しするかの様にゆっくり修復されて行く。
妖狐達は、お互いを見て、
「何て力 ありがとう」
「ありがとう もう大丈夫です」
「スゲェな ありがとう」
3人の妖狐から礼をされた優子は、照れながら
「上手くいったよ。優介」
「その戻した妖気は、此方の霊力を借りました」
と 座ってタバコを吸っている優介を指差す。
「そんな事が出来るんですか、凄いですね」妖狐の一人、白禅が言った。
「まだ、内緒において下さい」優介が言った。
理由を理解した妖狐達は、無言で頷いた。
「行こうか」優介が言う。
「何か、お腹すいた~。みんなで食べに行こうよ」優子が言う。
福井和正が笑う。
服部洋介が微笑みながら順子を見る。
服部順子は、涙を拭きながら笑う。
優介が 噴き出す。
白禅は、口を押えて笑う。
白隙が、声を上げて明るく笑う。
白愁牙が、俯きながら横を向き笑う。
青狐は、飛び跳ねながら笑っている。
国道沿いのファミレスの駐車場に着いた。
服部洋介が、妖狐達に何やら渡している。
封書である。表に【結】と書いてある。
「これは、時間を掛けて効力を3倍程度上げてあります。各一人あります。当主から預かっていたんですが、中々、御逢い出来ませんでした。」洋介が言う。
「こんな大切な物、我々ごときが頂いても良いのですか」白禅が言う。
他の二人が頷く。
「現にこうやって優子さんを守って呉れたではありませんか」
「・・・ギリギリでしたけど・・・御恥ずかしい」白禅が照れる。
「其れを持っていれば、優介に2m前後ぐらいは、近づけますよ」洋介が言った。
「さぁ、行きましょう、【姫】が御待ちだ」笑いながら洋介が促すと、
「【姫】か、こりゃ良いや」白隙が笑う。
「ほんと、良く言ったもんだ。【姫】様だね~」くすくすと笑いながら白愁牙もファミレスへ入って行く。
テーブルは、通路を挟んで向かいに用意されていた。
優介は、窓際でタバコを吸いながら外を眺めて考え事をしていた。
優子は、4人の前に立ち、
「おそーい、早く注文しなさい」、とほっぺたを膨らませながらメニューを差し出した。
腹が減って、気が立ってる様だ。
「畏まりました。【姫】様」白禅が言う。
他の3人と洋介が、笑う。
「何それ?」
「これからは、そう呼ぼうとさっき決まったんですよ」洋介が言うと
「なんで?」優子が言う。
「あの様な力、神々しくって今まで見たいに【嬢】ちゃんって呼べないからさ」白隙が言う。
「ふーん、神々しいんだ。この力」じっと手を見る。
「その力、ここって時だけにしとけよ」優介が言う。
「うん、わかった」
「それと、そいつらが今、【姫】って言ったってことは、後、全員の妖達からもそう呼ばれる事になるぜ」優介が言う。
「そうなんだ・・・」
「だから、お淑やかにね、【姫】」順子さんが言った。
食事が、運ばれて来てみんなで食べ始めた。
洋介と順子は、妖狐達と世間話をしながら、
福井のおじさんは、青狐と話をしながら、
優子は、優介にあった事を話をしながら、思い思いに過ごしている。
「あのね、凄かったんだよ、戦い。私が下の雑貨屋で見てる時にいきなり手を掴まれて引っ張られたの。そしたら、いつからそこに居たのか解らないけど、白愁牙さんがその手を叩いて 引っ張った人を蹴っと飛ばしたんだ。カンフー映画みたいだった。かっこ良かったんだよー。それから蹴られた人が走って逃げるんだけど、白禅さんと白隙さんが、映画みたいに戦うの。回りの人は、何かのイベントかって思いながら時々、拍手したりして見てるんだけど、白愁牙さんが、私の手を引いて 駐車場に行く と言って引っ張るから一緒に走ったんだ。途中で追いつかれて白愁牙さんが私を庇いながら応戦してると 追いついた白禅さんと白隙さんが また そこで戦いだしたんだ。白愁牙さんが、私に上に行ってと言うから夢中で走ったらあそこだったの。上での戦いは、信じられないVFXの世界みたいで、こーんな火の玉が鉄砲みたいにバンバンバンって出たり、両手に火を纏って打ち合ったり、私の前では、白愁牙さんが 火で壁を作ってくれてた。白禅さんの炎の槍、かっこいいんだよ、~・・・」
・・・以下省略。
と自分の感想を織り交ぜ、ゼスチャーを入れながら状況を一生懸命に伝えている。
優介は、不思議でならなかった。
「なぜ、俺が居ないと知っていたのか、なぜ、優子がここに来る事を知っていたのか」
ある一つの回答しか導き出せなかった。
「まさか、中司家に内通者がいる? まさかな」
考えただけで背筋が、ぞっとした。
陰計
「あいつ、虎とも狸とも違うかったな」
「鳴き声も風が強い日に出る音に似てヒューだっけヒョーゥだっけ、薄気味の悪い声で鳴きやがる」
「あんな奴、居たか?」
妖狐達が、話しあっている。
「尾っぽが蛇みたいに うねってた」優子が口をはさむ。
「全く、切った張ったの世界じゃねぇって、あちこちの動物を足した様な奴だった」
ん、継接ぎだらけの体、虎、狸、蛇・・・、虎は、北東、蛇は、南東・・・意味がないか、!!!意味がない。・・・そうか、得体が知れない。それか、
「わかった。あいつが 鵺(ぬえ)だ」
なに?って顔で優子、和正、洋介、順子、妖狐達が優介を見る。
「あっ、んーとね・・・鵺の鳴く夜は、・・なんだっけ」優子が言う。
「あれは、トラツグミの仕業じゃないかって言われてる」 と言い、
「平家物語では、得体が知れない物って言うので出て来る。確か、黒い霧状か、雲だったかを纏っていたはずだ。やつには、火は、効かない。白禅達が苦戦しても何も可笑しくはない。そんな奴を相手に1時間以上も戦って時間を稼いで呉れた事に感謝する」優介が再度、頭を下げる。
「止してくださいよ。・・・鵺、奴がそうだったのか」白禅が言う。
「鵺は、人の弱さに付け込んで【恨み】を糧として何度でも蘇る。蘇る周期は、数百年」優介が言う。
「人ってのは、色んな物を作るからねぇ」白愁牙が髪を掻き揚げながら言うと、
「今度、中司の屋敷の傍で教えて下さいよ~」と優子が白愁牙に言うと
「えっ、何をだい、姫」
立ち上がって 拳を前に伸ばして エイ、ヤッとやりながら
「これ、・・・だって白愁牙さんが戦ってるのカッコ良かったんだもん」
「白愁牙、教えてやれよー」白隙が笑いながら言う。
白禅も 教えてやれと横で言っている。
この調子で又、話が逸れて行く。
優介は、ポケットからタバコを取り出し、火を点けると深く吸い込んで吐き出す。
妖狐の白雲が率いるこいつらが警護に当たっていると知っていて【鵺】を当てて来たと言う事は、ないか、もし、そうなら優子の力が覚醒しているのを玉賽破は、すでに知っている可能性も否定出来なくなる。
玉賽破がこちらの手の内を知っている こちらは、奴がどうやって妖気を集めているのかすら解らない、辛うじて場所だけしか解ってはいない。情報戦だけでこちらが負けている。これでは、実際、戦闘になれば不利この上無い。酷い負け戦になってしまう。
ぶるりと身震いして優介が、
「白禅さん、白雲様に連絡が取れるか?」
「優介様、すぐですか、何か解ったんですか?」白禅が聞く。
「大至急、会いたいと伝えて欲しい」
「解りました。伝えます。場所と時間は、この青狐に連絡係りに成って貰います」
「優介さん、いらっしゃいますか」狐が一匹、中司家の玄関に座っている。
高山での戦いの翌々日の昼前の事である。
御手伝いの刈谷さんが、あらあら、青狐さん いらっしゃい と言いながら出迎える。
「こっちへ上がりなさいな」と玄関脇の応接へ狐を上げると
「今、呼んで来ますからね。何か御飲み物 用意しましょうか?」と尋ねる。
「うーん、乳が良い」と尻尾をパタパタしながら返事をする。
「少し、待ってて下さいね。呼んできますね」と応接を後にする。
2~3分程して 応接が、開き 優介が、ノートと牛乳を手にして入って来た。
「字、読書き出来るか?」
「うん、ひらがなだけど良い?」
「上等だ」
「ここに書いてくれ、くれぐれも独り言は、無しだぞ」
「・・・」狐は、頷いた。
ノートに書き始める青狐、
(ないないとのことで ばしょを していさせていただきます)
(いいよ) 優介が書く
(ばしょは いだがわのあかいけじんめいぐう)
(いつ)
(ひが にかいしずんだのち)
(あさってか)
(あさって わかんない)
(いい つづけてくれ)
(いまぐらいのときに)
(わかった)
(はくたくさま てんひさま はくうんさま とうじろう ほかもくる)
(とうじろう だれ)
(とうさいのとうじろう ゆうめいなてんこだよ はくうんさまは かえんのはくうんてよばれてる)
したり顔だ。
(ほかには)
(ごんげんだぬき しがん たろうまる ざおうまる いんけい ぎじょう)
時々、上をみながら思い出して書いていく。
(ふえたな)
(みんな いちぞくのおさ)
(それぞれ ひとりか)
(たぶんちがう つきそいをつれてる)
(わかった ありがとう)
「牛乳、でも飲んでくれ、鶏肉いるか? 母ちゃんにお土産、持って帰ってやれ」
「いつもありがとう、俺達の事大事にして呉れて」
「なぁに、良いって。お互い様だろ。困った時には、助けるさ。一寸、待ってろ」
「刈谷さん、青狐にいつもの奴、お願いします」
「あ、はーい。繋げておきますね」刈谷さんが答える。
しばらくして刈谷さんがやって来て狐の首に鶏肉を笹で包んで繋がった物を首に掛けると
「お母さん 元気にしてる? 困ったら遠慮せず言ってね」優しく声を掛ける。
狐が玄関を出て門まで優介と刈谷さんが、見送った。
優介は、踵を返して屋敷の中に入り、訓練棟へ行く。
訓練棟に着いた優介は、優子を呼び、
「声に出して読むなよ」と言い、先ほどのノートに書いて行く。
優子は、静かに頷き、優介の書く文字を読む。
(誰かに聞かれるとまずい。明後日、高山に行くふりをして富山に行く)
優子は、頷き、
「明後日、高山の牛ステーキ食べに連れてってくれるんだ。やったね。修行頑張っちゃうからね。デートだ、でぇぃとだ」と言いながらピアノの傍へ行った。
優介は、こいつ歌、上手いけど 演技は、下手だなと思った。口に出せない心の声だ。
赤池神明宮:
富山市久郷にある、日枝神社に有り、武内宿弥が建立し、竹内文書を代々守り続けたとされている。現在は、赤池神明宮と言う神社は存在しない。日枝神社の裏手に回ると赤池白龍満堂があり、その立ち位置から日枝神社が拝殿、赤池白龍満堂が本殿にあたる。富山県富山市山王町にある日枝神社(山王様)の末社と言う扱いになっているのかも知れない。赤池白龍満堂は、神宝を祀って来たとされている。明治初期に治水工事により赤池は、井田川に埋没している。
朝7:00に中司本家を出発した優介と優子の乗ったGT500は、飛騨清見ICから東北北陸自動車道を北上し、小矢部砺波JCTで北陸自動車道へ入り北上、庄川を越え富山西ICを降りた。
その後、41号線を右折、古沢の交差点を右折し、62号線へ侵入する。
西本郷の交差点を直進し、小さな川を2つ越えて1つ目の道を左折すると井田川沿いの土手を走る道に出る。車を比較的道幅の広い所に止めると土手沿いに8台の車がすでに止まっていた。
優介は、優子に
「もう、みんな来てるぞ。急ごう」と言い、手を引いて裏へ回って行く。
狭い隙間を通り、コンクリートブロックに囲まれたところに赤池白龍満堂(赤池神明宮)があった。
そこは、優介の結界が、消滅する場所で特別な存在になっている。
こういった場所は、他にも数ケ所存在する。
中司家の人間は、こう言う場所には、近づかない。
無力になってしまうからだ。
優子は、初めて優介が他の妖と握手をしている貴重な現場に居合せた。
白雲が、礼をする。集まった者すべても礼をしてその場に腰を下ろした。
「取敢えず、もうすでに御逢いしている方も居られるでしょうが、全員に全員を
御紹介させて頂きます。
左から空狐の天日様、(おおーと声が上がる)白澤様 (又、声が上がる)続きまして 凍次郎様、太郎丸様、蔵王丸様、胤景(いんけい)様、魏嬢(ぎじょう)様、権現狸様、斯眼(しがん)様 そして私、白雲と申します。こちらに居られるのが、中司優介殿と相馬優子様で御座います。」
(声が上がる)
優介殿、どうぞ、
「集まり頂き、誠にありがとうございます」頭を下げる。優子も頭を下げる。
優介は、この集まった妖達に自分の懸念を打ち明ける。
「中司本家において 誠に残念ながら敵、玉賽破に肩入れしてる者が居る可能性があります」
一同に顔を見合わせながら驚く。優子も初めて聞く衝撃の一言である。優介は、続ける。
「何者なのかまだ、判明しませんが、先日、この優子が飛騨高山にて【鵺】なる物に襲撃を受けました。この【鵺】、炎の技では、倒せませんが、私が到着するまでの1時間強、白雲様の手の者達が、持ち堪えて頂きました。私の結界術によりその【鵺】は、消滅しました。が、私が優子から離れていた事、白雲様の手の者達が炎を使う者達と知って、【鵺】を当てて来た可能性があると考えた時、中司本家内部に連絡係、もしくは、指揮する者が居る可能性を察しました」
「大事の前じゃからのぉー」白澤が口を挟む。
「と言う理由から 私達は、中司家を暫し、離れようと思ったのですが、離れてしまうと逆に察知される事にもなり兼ねません。そこで、私への連絡係を青狐君専属として頂き、各々の一族でひらがなを理解出来る者を各々の連絡係として言葉では無く、文字にて連絡したいと考えます」
どよめきが、あった。
しばらくして、白雲が、
「太郎丸様、蔵王丸様、胤景様、魏嬢様の一族には、すでに私共の連絡係が各部隊に2名づつ伺わせております。凍次郎様、如何でしょう、貴殿の非戦闘員を私共同様、各2名、権現狸様、斯眼様に伺わせては、私達、妖狐は、【葉書き】が、使用できます。これを使えば瞬時に文字、絵等を送る事が出来ます。これを青狐君へ送り、優介殿への連絡手段とすると言うのは?」
「構わんよ、そうするか。相互間の連絡網がこれで出来上がるのぉ」凍次郎が言う。
「ありがたい。儂らはその様な物を持っておらんからな」権現狸が言う。
「でも怖いな、あの凍砕の凍次郎の部下だぜ」斯眼が少し震えながら言う。
「安心しな、仲間である内は、襲わせねぇよ」凍次郎が言う。
「斯眼様って怖がりなんですか?」優子が聞く。
「いえ、姫様、念には念をっていいやすか」と姿勢を但し、真面目な顔で答える。
優子が笑いながら、
「みなさん、良い方達ですわ。でも【姫】って誰に聞いたんですの?」
「白雲様の部下の白隙さんが言ってました」権現狸と斯眼が口を揃えて言う。
優介が 優子の顔を見て笑う。
優子は、笑っていたが、目が笑っていなかった。
優子は、あいつか~、今度会ったらおしゃべりめと言って蹴り飛ばすと誓った。
策略
旧鼠(きゅうそ)が潜入捜査を開始してから 優介の元に届く情報量が 格段に増えた。
今も優介の前に青狐が座って【葉がき】数枚並べて何やら書いている。
中司家に頻繁に出入りする様になった青狐の事を 優介は、文字を教えてるっと中司家と出入りする分家、御手伝いさん達に言ってある。
(すごいな きゅうそは)優介が書く
(そうだね しがんがすいせんするだけに)
「情報にあった あの学者の娘が本当に【能力者】なのか?」
縫道石山(ぬいどういしやま)の頂上で玉賽破(ぎょくざいぱ)が呟く。
「まだ、妖力を吸収する御つもりですか」傍らの野狐が聞くと
「妖力の源から少し距離があるからな 少しづつしか吸収出来ぬ。かと言って源に行くと感づかれる。あそこには、地蔵がおる」
「先程、中司弟めに【鵺】が倒されたと言う報告がありました」違う野狐が走って来て言う。
「【鵺】は、良い。元々、使い捨ての物。それよりあの娘の力の発動は 確認出来たのか」
「狭い山の上でございましたし、なによりあの中司が居ては、近寄れませぬ。ですが、流石、我方の物見、目で確認は出来なかったのですが、何やら歌が聞こえてたらしく【歌】と言いながら妖力が尽き死んだそうに御座います。」
「岐阜に居るあいつは、どう言っておる」
「岐阜は未だに動く気配無しとの事でございます」
「そうか、あの娘を襲わせたのにか・・・して我が母の手練れが居る九州は?」
「天津神共が 何やら騒がしく、動けぬ様に御座います」
「うーん、纏めて挟み打ちにしてやるまでも無いの・・・かも知れぬ」
縫道石山の垂直に切り立った壁に張り付きこの会話を聞いていた旧鼠は、
「斯眼ちゃん、やばいよ、これは」と思い、即座に姿を消した。
半時程して天ケ森に居る狐に【葉書き】を書かせ、それを直ぐに送る様に指示を出すと狐に貰ったキジの足をかじりながら妖達が集まる場所へと歩いて行った。
中司家から帰った青狐は、母にお土産を渡し、母の背中を優しく擦っていた。
この所、母は、衰弱して来ている。
「優介さんのとこから戻って来たのかい。私が元気だったらこんな危ないマネさせないんだけどね、
すまないね、青」と言いながら少しずつ嚥下していく。
「・・・良いよ、おいら達は、優介兄ちゃんにおっきな借りがあるからね」
巣穴の入口に人が居る気配がした。
「青狐ちゃん、どこ? 青狐ちゃん」と呼ぶ声がする。
「優子さんだ、母ちゃん、優子さんが来てる。一寸、行って来るね」青狐が入口の逆から地上に出る。
「青狐、お前、母ちゃんまた、具合 悪いだろ」背後から優介の声が降って来た。
「あ、居た 居た」優子が走って来る。
「え、そ、そんな事ないよ」
「嘘をつけ、お前の体から薬草の匂いがしたから付いて来たんだ。何で言わない。」
優介が少し怒りながらしゃべる。
「青狐のお母さん、出て来て下さい。お医者さんに行きましょうね」
優子が穴を覗き込みながら優しく言う。
「優介、青狐ちゃんを怒るんじゃないわよ。全く」優子が優介に抗議した。
そろそろと青狐の母親がフラフラしながら出て来た。
優子が「狐の抱き方知らないから一寸、我慢してね」と優しく抱き上げ、胸の前で抱き抱える。
母狐は、「・・・」優子の顔をじっと見る。
「初めまして、優子です。心配しないで、優介もそこにいるよ」母狐に語り掛けた。
「さぁ、病院に行こうか」優介が言う。
優介と母狐を抱えた優子、それに青狐は 竹林を抜け、中司の駐車場へ行った。
「うーん、肺炎と腹水が、少し溜まっていますね」太っちょの医者が優子に言う。
「治りますよね」優子が聞く。
「一週間程、入院の必要がありますが どうします?」
「どうするって、入院させて治るんなら入院させますけど」優子が怒りだす。
「いや、この狐、どう見ても野生でしょ、院内のエサ、食べるかな」
「じゃ、自宅療養は どうすれば良いんですか?」
「とにかく体を冷やさない様にして安静、これしか無いですね」
「解りました。毎日、病院に通って自宅で安静、薬を飲ませる。これで良いんですよね」
優子が、少し怒りながら言う。
「じゃ、そこの出た待合室で待っていて下さい。炎症止めと鎮痛剤、栄養剤を注射します。その後、薬を3日分、出しますので食べ物に混ぜて飲ませて下さい」
優子と優介、優介が抱いている青狐は、待合室に追い出された。
待合室で待っているとシェパードを連れたおばさんが、入って来て、
「見慣れない犬種ですね」と優介が抱いている青狐を見ながら言った。
「あ、狐です」
「えっ、狐って飼えるんですか」
「家の傍に住んでる狐で飼ってはいませんよ」
「・・・野生って事?・・・・大人しいんですね、其れに懐いている・・・」
一般人で 狐を初めて見る人は、こんな反応だろなと優介は、思った。
「相馬さん、どうぞ 御入り下さい」
「あ、はーい」優子が勢い良く立ち上がると シェパードがびっくりして立ち上がった。
「ごめんね、びっくりさせちゃったね」優子がシェパードに誤り、診察室に入って行く。
5分程して優子が母狐を抱き上げ出て来た。
「お母さん、注射打って貰ったから少し、フラフラしてるけど大丈夫だからね」
優子が優介が抱いている青狐にそっと言う。
シェパードが尻尾を振りながら近づいて来るので
優子が片手を伸ばし、人差し指を上げて左右にふりながら
「それ以上、近づいたらダメですよ。ここに居る狐さん達は、野生ですからね。喧嘩になっちゃいますよー」と言うと シェパードは、元の所に戻って行った。
「わ、私や、主人の言う事、全然聞かないのに・・・貴女、いや、貴方達何者?」
目を白黒させている。
優子が、「通りすがりのた・ん・て・いです」・・・何処かで聞いたセリフだな 優介は思った。
会計に呼ばれたので俺は、青狐を優子の横に座らせて会計をし、薬を貰う。
再び、優子の傍に行って青狐を抱くと
「さぁ、帰ろうか」
「うん、帰ろう。帰るよ お母さん」と母狐の耳元にそっと言い、頭を撫でた。
優子が優介の部屋に毛布と段ボール数枚が運び込んで来て その中心で何かをやっている。
応接セットのソファの上には毛布に優しく包まれた母狐が寝ている。
その横には青狐が座っている。
段ボールを3重に重ねて少し長い目の箱を作り、
「出来た。あとは、この中に毛布を敷いて、完成しますよ。うーん、中々の出来だ。どうだ!」
優子が どや顔でこちらを見ている。
優介が見に行くと段ボールの内側に毛布が貼られ、下の段ボールと毛布の間にプラスチック製のスノコが置いてある。
「青狐、相馬工務店が、住処を作ってくれたぞ。一寸、見に来いよ」優介が青狐を呼ぶ。
青狐が 恐る恐る中に入って行く。
「壊れないよね」青狐が言いながらごろごろと自分の匂いを毛布に着けて行く。
「母ちゃん治るまで此処に居て良いんだよね」
「良いよ。どうよ、気に入っただろ」優子が答える。殆ど押付けに近い。
優子が 母狐をそっと抱えながら、その段ボールで出来た巣穴の奥に寝かせる。
「良し、これで良い。完成~♪」優子が自慢げにはしゃぐ。
「優介さん、自分の住処に行ってあれを取ってくるよ」青狐が言う
「ああ、頼むよ」優介が優子を見ながら答えると青狐は、走って窓から部屋を出て門を抜けて行く。
門を潜った青狐が走って戻って来たのを見て優子が
「あ、戻って来た。走るの早いな~、あ、川 飛び越えた。凄い、凄い」はしゃいでいる。
窓から飛び込んできた青狐は、直にソファのテーブルの前に行き、器用にノートを開き、書き込んで行く。
優子は、それをびっくりしながら見ていた。
「狐が!・・・? うっそ~。まじで。錯覚? いや、違うよね。現実よね」
取り乱している。
優介が優子の口に軽く手を当てて 片側の手を握り、人差し指を立てて自分の口に当て、優子の目を見る。
優子は、目を真ん丸にしながら こくこくと数回頷いた。
良く見ると、口に咥えて来た葉っぱをノートの横に置き、それを見ながら書いている事がわかった。
優子は、頭の中で、あれが【葉書き】なんだ。と一人納得する。
青狐は、時々、上を向いたり、うーんと唸ったりしながら作業して行く。
数十分、過ぎた頃、そのノートを咥えて優介に渡す。
優介が目を通すとその場に座り込み 書き始める。
(わかった おそれざん から ようりょくを きゅうしゅうしてる)
(よくわかるね)
(あのばしょで じぞうがいるのは そこしかない)
(そうなんだ)青狐が鼻先で一ヶ所を指す。
(はさみうちか ぎふのやつか)
(りょうほう)
(ぎふは なかつかさないぶのことかもしれない)
(そうか)
(はさみうちは どうする)
(きゅうしゅうへいく)
(きゅうしゅう?)
(いって かんぜんにおさえてもらう)
(できるの)
(しなきゃならん このじょうほうを ぜんいんに つたえてほしい)
(わかった すぐ やるよ)
(たのむ)
青狐は、窓から飛び出すと凄い勢いで門を抜けて行く。
「青狐、速いな。GT500も真っ青だ」優介が感心する。
「青狐君ってもう大人だよね~、お母さんを大事にしてるよね」優子が優介の隣に立って青狐を見送っていた。
優介が優子に ノートを見せる。
優子がノートを見て、黙って頷いた。
神郷
優介と優子は、翌日、岐阜を出発し、大阪に行った。
中司家の者には、優子の実家の問題と税務署が相続税の事で相談がある事。ついでに実家を調べて来る と言い残し出て来た。
優子は、服部洋介夫妻と刈谷さんに青狐の事を頼んで来た。
車中で優介が、ルートを説明する。
「まず、大阪の南港からフェリーで日向灘を通って宮崎に行く。船は、19:00発、翌7:30着だったはず、そこから宮崎西バイパスを経由して東九州自動車道に乗り、都農で降りる。40号線に出たら右折して10号線に出て左折、日向に向う。
日向からまた東九州自動車道に乗って延岡JCTから北方延岡道路に乗り換えて北方で降りて218号線を右折、直進すると西臼杵郡高千穂に着く。着いたら一泊。大体解るよな」
「まぁ、それだけすらすらと出て来るもんだね~。スマホの地図アプリで追いか
けても大変だったよ。で、私は、高千穂の宿を予約してそのルート上で美味しい所を検索しとけば良いって事だね」
「美味しいとこってのは、ねー、」
「だめだな、どうせ食べるなら美味しい所でしょ。旅の醍醐味だよ。そことっても大事なんだぞ」
「任せた」
「あー、邪魔臭くなったんだ。今の言い方、絶対そうだ」
「最終目的地は、高千穂からさらに218号線を走った先の山都町にある幣立神社」
「スルーした。今のスルーしたよね。全く。あんだって? へいたてじんじゃ?」
「高天原とか言われてる。確かあの近辺には、旅館が2件あった記憶がある」
「高天原って、神の国? だって神様ってうろうろしてるから~・・・、わかんないな~、日本全土って考えりゃ理屈が通るよね」
「その通りだと思うよ。天孫族、天津神だね、彼らが降臨した地と言う意味合いだったんじゃ無かったのかなーって考えてる」
「だよね、そうでも考えないと全く辻褄が合わなくなって来るよね」
「日本全土って考え方は、竹内文書にあるんだ。殆どの歴史学者が偽物と言い切った歴史書にね。古事記、日本書記も対して変わらない程度に歪な書物なのにね」
「私も優介に感化されてるのかして、そう思う様になったよ。難しいよね、人其々だから・・・でも優介や、私みたいに神様の声を聞いたり、技?を見たりしたら考えも良い意味で変わると思うよ」
「ところが残念な事に人の世界感は、其々が違うんだ。たとえば、大阪市の北区1丁目が自分の世界の人と、もう一人は世界が自分の世界の人、話が合うと思う?」
「北区1丁目だけって、小っちゃいひとだねー」けらけらと笑いだす。
「言われてみれば、そんなひと、いるよね~」と又、けらけらと笑う。
もうだめだ、こいつ、一人で盛り上がるパターンに入ってるよ、優介は、溜息をつく。
優子が、一人でしゃべり出した。
「この町は、おれのまちだ!逆らう奴は、」と言い又、けらけら笑う。
「俺の町で好きにはさせん。何か有ったよねこのセリフ」また、笑う。
暫く笑っていたが、
「あ~、可笑しかった。それってすぐに暴力に訴える人のパターンだよ。薄いね~ぺらっぺらっだね」
と大笑いしながら
「優介、そんな奴が寄って来たらどうするの?」
「何も言わず、逃げる」
「それって、いつも言ってる【自分の時間】が勿体ないって事で良いのかな?」
「正解だ」
「優介らしい」と言ってまた笑った。
そうこうしている内に南港に着いた。
フェリーの時間を調べて特等室を選んで切符を買う。
まだ、1時間前に並んだとして 2時間ぐらいあるな 優介が思う。
「優介、この近くに美味しい所が確かあったよ」
「御飯にしようか」
「笑い過ぎて顎が痛いよ」にこにこしながら言いながら、
「思い出せないから ATCに行こう、GO!」
「了解しました~」
宮崎行きのフェリーに乗り込む時、見慣れた面々が居た。
妖狐の白雲、凍次郎、北渡、白禅、白愁牙、天狗の太郎丸、蔵王丸、大蛇の魏嬢(ぎじょう)である。
優子にそっと「凄い面子が同船するぞ」と言い、メンバーを言った。
「場所が場所だけに・・・それにしてもメンバーが凄過ぎだね」
「あぁ、顰蹙(ひんしゅく)を買わなきゃ良いけどね」
車を船に乗入れ、部屋に着くと荷物を置き、軽く呑もうと言ってレストランへ出掛けた。
テーブルに座り、食材が並んだバイキングテーブルからつまみに成りそうな物を選んでテーブルに着くと妖達もやって来て通路を挟んだ隣の席に腰掛けた。
優介が部屋割りを聞くと、
妖狐の4名は、1室、後は、各2名づつで全員、1等A室を選んでいた。
白雲、白禅、凍次郎、北渡と白愁牙、魏嬢に太郎丸、蔵王丸の組合せであった。
彼らは、本格的に食べる様で皿一杯の食材を乗せてバイキングテーブルから戻って来た。
優子が、太郎さんと蔵王さん、凄いです。今度で8皿目ですよ。小声で優介に言う。
「体格が違うよ」優介が言う。
「姫、そんな目で見ないでくださいよ、照れますよ」太郎丸が笑いながら言う。
良く見たら、全員、皿に乗っているのは、肉類しか無かった。
彼ら、元々肉食だからなっと優介が思っていると、
「肉しか無いじゃないですか、ダメですよ、野菜もちゃんと食べないと」優子が言い出す。
「姫、俺達、元々、肉食なんですよ。野菜、勘弁して下さい」凍次郎が真剣に困った顔で言う。
「あっ、そうか」優子が言いながら、小声で、狐に天狗と蛇か、納得して一人でうんうん言っている。
優介は、ビールを飲みながらメモに何かを書いている。
どうやら九州に入ってからのルートの様だ。
そのメモを優子に渡し、白雲に渡す様に言うと優子は立上り、白雲の席へ行き手渡す。
メモを見た白雲は、それを太郎丸から順番に回す様に声を掛ける。
そう言えば、このメンバー、土蜘蛛の胤景(いんけい)や、鐸閃(たくせん)が居ない事に気づいた。
じっと白雲が、優介を見て、
「気づきましたか、胤景は、海が、嫌いでね。陸伝いに現地に入ります」
「良く考えてる事が解りましたね」優介が言う。
「見てたらなんとなく そうじゃないかっと思っただけですよ」白雲が言う。
「こいつはね、心を読むのが、昔っから得意なんでさぁー」凍次郎が言う。
「そう言えば、あんた達、何時から仲良くなったのさ」魏嬢が、聞くと
「仲良く、うーん、仲良くねぇー」凍次郎が考え込む。
「そりゃ、仲が良すぎたんだぜ、こいつら、」太郎丸が言うと
「こいつらの喧嘩に巻き込まれてひでぇめに合った奴、一杯いるからな」蔵王丸が大笑いする。
「聞いてくださいよ。優介さん、こいつら半端じゃないんですって。辺り一面、焼け野原で挙句、池は、凍るは、でもうどうしようもなく荒地にしちゃうんですよ」魏嬢が言う。
「おめえん とこも遣られたか。俺んとこもだし、こいつとこも、土蜘蛛んとこもな」
太郎丸が蔵王丸の肩を持ちながら笑う。
「良い機会じゃない、ほら、白雲様と凍次郎、立って、立って」と 優子が立たる。
「何だい、姫」
「何だい じゃないわよ。ほら、頭を下げて、謝んなさいよ」
「もう良いよ」
「よくなーい、全然、よくなーい。ちゃんと ごめんなさいって言いなさいよ」
白雲と凍次郎が顔を見合わせて 頷き、一緒に「ごめんなさい」と言う。
「姫に掛ったら 形無しだね、妖の中でも一番怖がられてるこの2人を」魏嬢が笑う。
笑いながら席を立った 太郎丸と蔵王丸が、全員分のビールを抱えて来て
「これで乾杯しようぜ、姫が敵を取ってくれた」と言って全員に渡す。
「これで チャラだ」蔵王丸が、笑う。
「姫、あの、俺達に様付け しないで下さいね。何か尻が痒くなって。お願いし
ます」 凍次郎が 照れながら言うと、また、全員が笑った。
翌日、優介と優子は、朝7時にレストランに入り、昨晩と同様の席に座ると朝食
セットを食べ早々に甲板に出る。海の上は、まだまだ寒い、妖狐達と天狗達は、いたが、魏嬢が見当たらない。
優子が、魏嬢さんは?と聞くと海の上は寒いからやだと言って部屋から出なかったらしい。
優子は、蛇だしね、納得と独り言を言った。
舳先の向こうに陸地が見えて来た。
宮崎臨界公園が正面に見える。
船は、一ツ葉入江を経て宮崎港フェリーターミナルに着岸する。
船から順に車が出て行く。蜘蛛の子を散らすとは、こんな状態を言うのだろう。
GT500は、10号線を走り、25号線へ宮崎県庁の前を通過して10号線に出る。
正面左手にある宮崎西インターから東九州自動車道に乗り入れた。
ここから終点の都農までは、約1時間程度だ。
そこから更に北へ一般道10号線を走ると日向ICに着き、東九州自動車道を北へ延岡に入る。
朝の11時を少し回った頃に延岡に入った。
「宮崎って言うと~、ほら、答えて」優子が言う。
「鳥でしょ」
「せいかーい。良く出来ました。で、地鶏、みやざき地頭鶏の刺身。これなら妖
達も満足よね」
「そ、そうだな」優介は、笑った。
高速乗ってから悩んでたのは、それか。
「こちら優介号、応答願います」優子は、電話を掛けた。
「こちら白雲号、どうぞ」
電話の向こうで笑い声が聞こえる。
(白雲さん、何ですか それ)
(姫からなんだよ)
(姫からの電話は、こう取らないとおこられるんですよ)
(それにしても、ぷっぷっぷっぷっ)
何やら小声で話声が聞こえる。構わずに優子が、
「お昼は、鶏屋さんに決定しました。地鶏の刺身でぇーす」
「了解しました。後の車に伝えめす。どうぞ」
優子は、満面の笑みである。
ふむふむ、電話の応答も良くなってきているなっと独り言を言っている。
優介は、いや、その応対の仕方その物が間違ってるぞと心の声を上げる。
さんざん食べて堪能した一行は、五ケ瀬川沿いを走る218号線を走り、北方延岡道路を西へ走って行き、再度218号線へ出る。
この道は、神話街道と呼ばれる道で道なりに走れば高千穂に到着する。
優子が予約した宿泊施設は、街中の城山交差点の近辺であった。
2人は、チェックインするには少し、早いので高千穂神社に参拝する事に決めて神社の駐車場にGT500を乗り入れた。
高千穂神社:
宮崎県西臼杵郡高千穂町に鎮座する神社で、旧名は、十社大明神で三田井神社となり、現在の社名になった。主祀神は、高千穂皇神(たかちほすめがみ)と十社大明神で其々が、一之御殿、二之御殿と分かれている。高千穂皇神は、総称神で皇祖神とその配偶神6柱となる。十社大明神も神武天皇の皇兄、三毛入野命(みけぬのみこと)とその妻子神9柱とその御子神8柱の総称とされている。
南北朝時代に高千穂八十八社の総社と成りその後、阿蘇氏支配の下、高千穂郷総鎮守として祀られた。現在は、神階従五位下となり、神社本庁において別表神社となっている。
式礼
高千穂神社の駐車場で優介は、妖狐達の車が、入ったのを確認し、優子と共に境内へと向かった。
御神木は、樹齢800年の杉の古木である。他、境内には、夫婦杉が有り、大好きな人と3回、回ると願いが叶うと言われている。
2人は、鳥居を潜り参道を進むとライオンの様に鬣(たてがみ)のある狛犬の前を通って階段を上って行く。境内に入り 拝殿で参拝し、御本殿に向かう。右手に三毛入野命が鬼八荒神を退治している木彫りの像が印象的な印象を与える。ここでも参拝し、荒立神社と四皇子社も回る。
優子は、夫婦杉を見つけると優介の手を取り、「3周、回ろう」と言い、優介を引っ張って行く。
優介は、苦笑しながらも優子と3周回り、2人で参拝した。
最後に圧倒的な存在感のある御神木へと歩を進めた。
優介は、御神木の前に来るとその前で2礼し、その場に胡坐をかいた。
優子もそれを見て慌てて優介の右後ろに正座する。
優介は、上着のポケットから出した木彫りの碗に持って来た瓢箪から神酒を注ぎ、御神木の前に置き、色々な印を結び始めた。優子の見ている前で碗から神酒が無くなっていく。
優介が、「中司家次男、中司優介に御座います。唐突では御座居ますが、明日、正式に御逢いしたく思い、参上致しました。皆様への御配慮の程、宜しく御願い奉ります」
と言い、2礼し、碗に神酒を注ぎ、立ち上がる。
優子も立ち上がりながら「碗はそのまま?」と聞くと優介は何も言わず、頷いた。
優介は、座った位置から3歩下がり、再度礼をする。
優子もまねて礼をする。
優介が優子の手を持って境内を後にする。
優子は、(凄い汗、まだ寒いぐらいなのに よっぽど緊張してたんだ)と思った。
2人が、参道を抜けた時、優子が、優介を引っ張って土産物屋に行く。
優介が、店内を見て回っている間にゆうこが、両手いっぱいにB級グルメを買い漁っていた。
「くるみ味噌・焼きだんご・田舎ドーナツを其々、10本、10個で、袋を分けて欲しいんだけど良い」
「嬢ちゃん、いいよ。良く食べるなっと思ったら連れの分だね。小さい袋に入れていけばいいさ」
「おばちゃん、ありがとう。お金此処に置いて置くね」
と言って妖狐達の分まで買っている。
優介は、(おいおい、狐や、蛇ってそんなの食べるのかよ)と少し引き攣った笑になっていた。
駐車場に着くと優子は優介に袋を渡し、残りの袋を持ってダッジナイトロが停まっている所に行き、袋を開けると、ダッジナイトロの両側の車からも権現狸、斯眼、太郎丸、蔵王丸、魏嬢が降りて来た。
シボレーコルベットが魏嬢の車で、白愁牙が同乗し、シボレーキャプティバに太郎丸、蔵王丸が乗っている様だ。
彼らにも其々一つづつ笑いながら渡して行く。彼らも又、笑いながら何やら話して受け取って行く。
優介は、(彼女にしか出来ないコミュニケーションだな)と感心しながら見ていた。
暫く立ち話をする様なので優介は、タバコを取り出し、火を点け、吸うと煙を上に向かってゆっくりと吐いた。一本吸い終わる頃、優子が戻って来て
「どう、緊張解れた?」と聞いてくるので何で解ったと聞き返すと手の平、すっごい汗かいてたよとあっけらかんと言ったので優介は、自分の手を見て思わずズボンで拭いて
「ありがとう」と素直に優介は、返した。
「次は、高千穂峡でも行くか? 寒いと思うけど大丈夫か?」
「うん、行こう」
優介と優子は、GT500に乗り込んだ。
駐車場の出口までの間にシボレーコルベットが止まっている。その脇を通る時、魏嬢さーん高千穂峡に行きますよ と優子が、声を掛けると車の中でサングラスをした魏嬢が、片手を上げて合図した。
シボレーコルベットは、LTI型6.2L V8エンジンを搭載している。その心臓部からは、460馬力63.6Kgmを叩き出し、時速60Kmまで3.8秒で到達する。目を引くのは、可変バルブタイミングで巡航時に4気筒を休止し、燃費を稼ぎ出す。6速オートマチックと7速ミッションの両方が用意され、魏嬢のコルベットは、ミッションであった。重量バランスも優れており、FRレイアウトながら50:50の理想的なバランスを有し、コーナーリング最大横Gは、1.3Gを誇るコーナーリングマシンの一面も合わせ持つ。
「魏嬢さん、かっこいいですよね、真っ赤なボディの速そうって感じのスポーツカーですよね」
「実際、速いよぉ、事件が解決したら乗せて貰うと良い。二人乗りだけどね」
「え、2人乗り。2人しか乗れないんですか、なんか勿体ないですよね」
御塩井駐車場には、時期が時期だけに車が全く見当たらなかった。
その上、残念な事にボート乗り場も休業していた。
「ボート、出てないですよ」文句を言う優子。
GT500の横にコルベットが止まり、その横にシボレーキャプティバ、ダッジナイトロとアメ車がずらりと並んだ。その4台を見比べて 優介は、(GT500がやっぱり最高だな~)とにやけている。
「姫、橋を渡って左に遊歩道があるので上から真名井の滝が見れますよ」太郎丸が声を掛ける。
「ありがと~太郎さん」と優子が返事をすると太郎丸は、照れくさそうに(た、たろうさんだって)と独り言を言いながら こちらもにやけている。
その様子を見て、呆れて「太郎さん、行きますよ」と蔵王丸が声を掛けると
「てめぇが太郎さんって言うな」と真剣に怒っている。
まさに珍道中だと優介は、笑を堪えるのがやっとであった。
真名井の滝を橋の上から見て
「神秘的ですよね~」と優子が言う。
その横であっちのおのころ池は、昔は、河童が居てたんだよな、あいつ今、何してんだろうとか話す太郎丸と蔵王丸。
「寒いねぇ、あんた毛皮持ってないの」魏嬢が、白愁牙に聞いている。
また、優介は、(どっちが幻想的なのか神秘的なのか わからんな)と一人 くすくす笑っていた。
「そろそろ宿にチェックインする時間だな」優介が、笑を顔に張り付けたまま言い、
「魏嬢さん、白愁牙さん、優子と一緒に露店風呂に入って上げてくれませんか」と聞くと
「良いよ」と快い返事が 返って来た。
「こんなに良い空気なんだから部屋の風呂より露店風呂が良いだろ」優介が言うと
「ありがと、広いお風呂に入りたかったんだ。魏嬢さん、白愁牙さん 御願いします」
声を掛けて礼をする。
「姫、礼なんていいって。なんなら優介も一緒にどうだい」魏嬢が笑いながら答える。
「俺はダメか?」蔵王丸が言うと
「絶対、ダメ」と優子、魏嬢、白愁牙の3人が口を揃えて言ったので、そのタイミングの良さに全員が笑った。全員が満面の笑顔だ。
駐車場に戻り、優子の予約した旅館にチェックインした一行は、直ぐに全員で風呂に向かった。
体の大きい太郎丸と蔵王丸は、宿のおかみさんの計らいで特別に相撲取り用の浴衣を用意して貰って大喜びだ。
「俺、温泉で浴衣着るの初めてだ」
「いや、それは違う。そもそも温泉旅館に泊まる事が初めてなんだから」
と一番後ろを歩いている太郎丸と蔵王丸の会話を聞いて前を歩いている優介、優子、妖狐、魏嬢がくすくすと笑いながら通路を歩いていく。
風呂の前の廊下で女性陣と別れて奥の男湯へ崩込むと太郎丸と蔵王丸がまた、
「温泉ってなんで温かいか知ってるか」
「大勢が下で火を焚いてるんじゃないか」とか訳の分からん事を言い出したので今度は、凍次郎が湯船のへりに仁王立ちして、教えてやる。
「温泉が温いのは、地面が温かいからだ」と正解の様な不正解の様な事を言い出す。
先に風呂に入ってた別の宿泊客が、ぽかーんとして聞いている。
「兄ちゃん達、どっから来たんだ?」客の一人が聞いて来た。
「俺は、北だ、んー、とにかく北だ」凍次郎が答える。
「東北、青森です」と北渡がフォローする。
「遠いとこからだのぉ」と返すと
「じいちゃんは、どこからだ」今度は、太郎丸が聞く。
「儂か、儂は、この地元じゃよ。そろそろ、お先にの、ほっほっほっほっ」と言い、湯船から上がり、
「中司の、明日、仰慕ヶ窟(ぎょうぼがいわや) に来なされ、連れのこやつ等は 天安河原(あまのやすかわら)で待たせるが良い」と言って風呂から出て行った。
全員、慌てて湯船から出て じいさんの出て行った方を向いて土下座し、お辞儀をした。
「お、俺、何か天罰落ちるよな」と顔面蒼白になり落ち込んでいる凍次郎に
「知らぬとは言え、じいちゃん呼ばわりだからな」白禅が追い打ちを掛ける。
優介は、「聞いてなかったのか、天安河原(あまのやすかわら)に入る事を許されたんだぞ。天罰など、落ちるものか」と言うと、
凍次郎は、泣きながら「怖えーよー」と優介を見ながら号泣していた。
「北方の牙が、泣くな」と太郎丸が、湯船に凍次郎を掴んで入れ、自分も浸かる。
風呂から出た男連中は、優介以外全員、項垂れて待合で座っていた。
こちらは女湯、優子、魏嬢、白愁牙が、夕暮れに照らし出される山々を眺めながら優雅に風呂に浸かっている。魏嬢、白愁牙は、流石に人に非ざる者でその美貌とプロポーションは、同じ女性である優子から見ても絶句するほど綺麗だ。特に魏嬢に至っては、醸し出している色気の次元が、全く違った。
優子は、(卑怯ですぅ、そのプロポーション)と思っているので、景色どころではない。じっと湯を見ている。
「姫、優介とは、いつ結婚するんだい」白愁牙が聞く
「この事件が解決したら速攻、しますよ」優子が少し、怒りながら言うと
「なぁに拗ねてんだい、姫、あたしらのプロポーションが、気に成るみたいだね」魏嬢が言うと
「そ、そんな事ありません。だって、変化出来るんですから、卑怯です」優子が言う。
「あら、図星かい、これは仕方が無いんだよ、姫」魏嬢が返す。
「あたしは、蛇で、蛇の性(さが)なんですよ」
「こっちは 狐ですから これも狐の性なんですよ」
「ところで姫、ちょいと小耳に挟んだんだけど会社、長期休暇出してんだって?」魏嬢が言う
「はい、多分、もう辞めようと思ってます」
「じゃぁさ、あたしん所においでよ。嫌じゃ無かったらさ」魏嬢が言う
「え、会社してるんですか」優子が問う
「化粧品の会社なんだけどさ、・・・・って言うんだ」
「超大手じゃないですか」優子はびっくりした。
「こっちの白愁牙も会社、やってるよ」優子は、更に驚く。
「止めてくださいよ、姐(あね)さん」白愁牙が言う
「向こうの男連中も、土建屋にやくざに証券会社に不動産屋に居酒屋まぁ色々だよ」
「そうなんですか」
「私らって寿命が長いから人が思いつかない長期計画が出来るし、臭いでダメかどうかが判断出来るから殆ど事業しても失敗しないのさ。それに大きくなったら社員も一々会長の顔まで覚えてないしね」
「超卑怯ですよね、それって」優子が笑う。
「だよね」魏嬢、白愁牙も笑う。
「だからね、姫、結婚式には、相応の物、あたし達から持たせてあげるからね、遠慮何かしたら怒るよ」魏嬢が言った。
「だって、私達って優介と友達だし、姫とも大事な友達だしね」白愁牙が言う。
それを聞いて、優子は、涙が止まらなかった。
こんなに近くにこんなに親身に言って呉れる友達は、居なかった。
人よりも彼ら妖達の方がずっと暖かい気持ちがある様に思えた。
優介は、彼らと心の交流をずっと大切にして来たんだと今更ながら思える。
彼の生き方に感動すら覚えた。
心の中で (優介、ありがとう)と言った。そして、
「ありがとう」と泣きながら2人に抱き着いた。
「あたしらも人と友達になんて成れると思ってもいなかったよ、礼を言うのはこっちだよ、姫」
魏嬢も優子を抱きしめる。
「うんうん」と貰い泣きして言葉に成らない声を出して白愁牙も抱きしめた。
女性陣が風呂から出ると男性陣が待っていた。
男性陣のまわりの空気が、暗く、重い。
「おまたせー」と明るい声で優子が言うと
「ちょっとぉ、何この空気感、止めてよね。感動が一気に覚めちゃうじゃないのさー」
白愁牙が言うと
凍次郎が、「俺、もうダメかも」と言いながら顔を上げると目から滝の様な涙が流れている。
「何がもうダメって言ってんのさ。滝見たからってマネする必要ないわよ」
また、白愁牙が言う。
「お、俺、神様にじいちゃんって軽口叩いちゃったよぉー」と又、泣き出す。
「あー、うざい。白雲、どう言う事か説明しなさいよ」と白愁牙が怒りだす。
「湯船に浸かってる時に神様に会って、神様だと知らずにこの馬鹿が、じいちゃん呼ばわりしちまったんだよ。それも神様の座ってる前でこいつ、仁王立ちのままでさ」白雲が言うと
優介以外の男性陣、全員が、うんうんと頷いている。
「だから、お前ら全員、天安河原(あまのやすかわら)に入る事を許されたんだって言ってるだろ」
優介が言うが、聞く耳を持っていない。
「こんなとこじゃ何だからとっとと飯行くぞ」魏嬢が見かねて言うと
「へい」と優介以外の男性陣が立ち上がってすごすごと女性陣の後を歩きだす。
優介は、(まったく、これだから・・・)と思いながら最交尾を歩き出した。
部屋に着くと膳が並べられ、妖達に勧められて優介は、しぶしぶ上座に付き、優子がその左隣に座った。
優介から見て右手に白雲、凍次郎、白禅、北渡、左手に魏嬢、白愁牙、正面向かいに太郎丸、蔵王丸と座ると宿のおかみさんが、挨拶に来られ、全員に酒やビールが渡ると優介が、乾杯の音頭をとり、食事が始まった。ごはんの入った御櫃(おひつ)が、あっと言う間に5つが空になり、部屋の給仕を担当している中居さんは、大慌てでお代わりを運んで来る始末で、先程までの空気が、一掃された。
「凍次郎、腹減って泣いてたんだろう」魏嬢が言うと、思い出した様にとっくりを一本そのまま飲み干して 「焼け食いに決まってんだろ」と言った。
優介は、「みんな、聞いてくれ、さっき、風呂で神様の1柱が、先に来られて折、明朝、俺と優子が、仰慕ヶ窟で面会する事になった。そして残りの者は、天安河原への立入りが認められた 」
と言い、続けて
「過去、天津神が、妖にこの地、天安河原への立入りを認めた事は、一度足りとて無かった。これは諸兄の心根を見定めて頂けた証と言える」と言うと、
凍次郎以外は、おぉーっと歓声を上げた。
凍次郎は、未だに拗ねている。
優介は、見兼ねて、凍次郎に聞こえる様に白雲に「この拗ねてる奴、燃やすか」と言うと
凍次郎は、顔を上げて「勘弁しておくんなさい」と優介に頭を下げた。
優介は、白雲に凍次郎に解る様に説明して上げて欲しいと頼むと凍次郎へ向き直り、説明を始めた。
凍次郎が理解した時には、食事は、終わっており、皆でバーに行こうと話が決まった頃であった。
バーでも優子に怒られ、ごめんなさいと言う凍次郎の声が夜の山々に染み込んで行った。
三貴
朝の5時過ぎ、優介、優子は、仰慕ヶ窟(ぎょうぼがいわや)の鳥居の前に居た。
優子は、まだ眠いらしく此処へ来るまでの車の中でも何度も欠伸(あくび)をしていた。
昨日は、ほぼ貸切状態で旅館のバーで騒いだ。カラオケ大会になって、オーバーザレインボーだけは、決して歌いたくなかった。何故か、この曲だけが力を発動させる。優介の好きなこの曲は、優子自身 歌い出すとどうしても優介の事を思い歌ってしまう、それが気持ちを具現化し、力に変換して行くと優子は、理解した。でも、それは、優介が常に傍に居て呉れたからそうなったのかも知れない、いざ戦いになると優介は、最前線に行ってしまう。その時、いったいどうすれば役に立てるのだろう。それに敵味方と入り乱れての攻防戦、力を発動させた時、敵はもとより味方の妖力をも吸収してしまうと敗退する可能性は少なく無い。敵だけを認識して力を発動出来ればかなりの確率で勝利する事も可能になる。
最近、こんな事を良く考える様になった、
「あーぁ、やっぱり修行しないとだめなのかな~、試したらみんなに迷惑掛けちゃうし・・・」
優子が、独り言を言い、ため息をつく。
優介が、小さく「来る・・御出増しになる・・・誰だろう」呟いた。
右斜め後に居る優子にもその緊張が伝わって来る。
優介が、跪く。優子もそれを見て慌てて跪く。
凄まじい経験のした事の無い冷気が正面からやって来る、まるで竜巻が襲って来るそんな印象すら覚える。
優子は、(国津神の前では、こんな凄まじい勢いは、無かった)と思った時、優介が優子に「何も考えない方がいいぞ」と囁(ささや)いた。優子は、自分が思った事を優介が解った事に驚く。
暴風冷気の中、光る物が、あった。それは、一つ、また一つと徐々に増えて行く。
真ん中に一番大きな光が突然、出現した。
それは、他の光とは圧倒的に次元が違い、しかし暖かく包み込むような母の光であった。
優介の口から「うっ」と呻(うめ)き声が上がり、「こ、これは」と明らかに驚愕しているのが目にとれる。優子は、その様を見て予想外の神様が出現した事を理解した。
優介は、更に頭を下げ、地面に額を擦りつけた。
優子もそれを見て額を地面にあてる。
「もそっと、顔を上げぬとわらわから見えないではないか、緊張する事も恐れる事もないわ 中司」
と美しい女性の声、凛とした張りのある其れでいて重量感が声にはあった。
優介が、45度くらいまで上体を上げる。
優子も同じ様に真似る。
「中司、ヌシが此処に来た理由、解っておる。玉藻の下僕達を抑えろとの事であろう」
「は、恐縮に御座います」
「ヌシ達は、あの様な外道を何故、滅さぬ、早々に滅っしておけば良かった物を」
「外道と言えど、命。軽々しく人が命を奪う等、以ての外と思い」
「その返答、わらわは、好きじゃ、ホッホッホッホッ」
「嘗(かつ)てわらわにも弟がおっての、乱暴者であった、が、中々良い所もあってのぉ、罰を与えても滅するまでは行かなんだ、ホッホッホッ。ヌシを慕っておるあの妖共の性根は、昨晩、闇淤加美神(くらおかみのかみ)より十分に聞き及んでおる。其れを持ってヌシを図り此処に呼んだ。ヌシは、中々、評判が良いではないか、闇淤加美神だけではのうて他にもヌシの噂をする者もおってのぉ、一度逢うてみたいと思うたのじゃホッホッホッホッ」
「有難き幸せに存じ奉ります。三貴神様の事、重々相存じております。昨日は、闇淤加美神様と知らぬとは言え、御無礼を働きました事此処に御詫びと少々ではありますが、神酒を御持ち致しました」
と、光の一つが、昨日の老人の姿になり、
「ありがとう、儂の酔狂での、あの者にも良く言っておいてくれ、迷惑掛けたのぉ」
と。神酒の入った瓢箪(ひょうたん)を受け取った。
「御無礼を働いたにも関わらずこの様な御取り計らい痛み入ります。ありがとうございます」
と頭を下げる。
「そこな女子(おなご)、われらの中でその方(ほう)に渡して置きたいと言う者が居っての、受け取るが良い」
また一つ、光が、今度は、薄い羽衣を纏った全裸の女性が現れ、手輪を持って優子に近づいて来た。
優子は、頭を下げ、両手を前に掲げると、その羽衣を纏った神は、優子の左手を優しく取り、腕に手輪を差し入れると
「汝は、わらわの術の一つを持つ者ぞ、その手輪はその証じゃ」
と言い、舞う様に先程の闇淤加美神と同じ位置まで下がった。
「有難き幸せに存じ奉ります」優子が言い、頭を下げると
「天宇受売神(あめのうずめのかみ)様、御久しゅう御在居ます、格別な御計らい感謝に堪えません」
と優介が、付け加えると 羽衣を纏った神は、にこやかにほほ笑みながら「良い良い」と優雅に頷いた。
「さて、ヌシの願いじゃが、この者が直に成敗すると言うて聞かぬ、この地まで来ておるが、如何する」
と言うと凄まじい冷気の塊が、優介の背後に突然現れた。
「姉者、済まぬ。また、我儘を聞いて貰った。じゃが、どうしてもあ奴ら許せぬ」
優介は、その勢いで前に2m程飛ばされ転がってしまう。
優子は、横に3m程、はじき飛ばされた。
「もっと優雅に現れる事が出来ぬか、皆転げてもうたではないか」
「済まぬ、姉者、天安河原(あまのやすかわら)に居る物達が怖がるのでつい此処に飛んだんじゃ、済まぬ中司、それに女子(おなご)」
「こ、これは須佐之男神(すさのおのかみ)様、御久しゅう御在ます」
弾き飛ばされた位置で須佐之男神から見て横を向きながら頭を下げる。
光の声の神、2柱に挟まれた状態になっている。
「なんじゃ、知り合いか、なら話が早ようて良い、どうじゃ、中司」
「過用な御計らい頂き恐悦至極に存じ奉ります」優介が、姿勢を正して頭を下げ言う。
「何を言う。みなの噂に成っている者に逢えてわらわも嬉しいぞ。足労を掛けたな。さらばじゃホッホッホッホッ」
「優介、任せろ。さらば」須佐之男神が言い消える。
「ではまたのぉ、あの物に宜しくのぉ」闇淤加美神が消える。
「ではな、大切にな 見ておるぞ」天宇受売神が羽衣を舞わせゆっくりと消えていく
優介と優子は、深く頭を下げ、2礼する。
優介が立ち上がり、優子の元へ歩くと手を差し伸べ優子を起こし、立ち上がらせる。立ち上がって手を繋ぐと天安河原へ歩き出した。
道中で優子が
「最後まで優介、名前を言わなかったね」
「言える訳、ないだろ」
「もう、言えるでしょ、せーのーで、」
同時に「天照大御神(あまてらすおおみかみ)様」と言ってにっこりほほ笑んだ。
「でも飛ばされたのには、びっくりだったね、それに天宇受売神様の力の一つだったんだねこの力、セイレーンの魔女じゃなくって良かった」
優介を見ながら優子が笑う。
優介と優子、二人の姿を見た妖達は、全員、立ち上がった。
太郎丸が手を振っている。
優子が走って行き 魏嬢と白愁牙に抱き着く。
白愁牙は、優子の左手に嵌っている輪っかを見てどうしたのと聞くと
「天宇受売神様に貰った~」と言うと 魏嬢と白愁牙は、すっごーい、優子すごいね、見せて見せてと一緒になって喜んでいる。
優介は、(まさかここで最高神に逢えるとは思っていなかった、びっくりだ)独り言を言いながら妖達に合流すると一人、川辺で石を積んで拗ねてる奴が居た。凍次郎である。
「凍次郎、昨日の神様と逢ったぞ、闇淤加美神様、龍神様だ。気にしない様に言っておいてくれと伝言を頼まれた」と優介が言うと全員が「おぉ~」と歓声を上げ、凍次郎も「兄貴~、ありがとう。本当にありがとう」と泣きながら優介に頭を下げた。優介は、(優子が姫で、俺が兄貴か)溜息を付、今度は、優介が微妙に落ち込んだ。
妖達は、天岩戸神社の駐車場で優介と優子の参拝を駐車場で待って居た。
駐車場に2台の車が進入して来た。1台はハマーH2、もう一台は、ウニモグU5000。ハマーH2から降りたのは、土蜘蛛の胤景(いんけい)と鐸閃(たくせん)。ウニモグU5000からは、胤景と鐸閃の部下10名が運転席、助手席と荷台から降り、車の横に整列した。
ハマーH2は、全幅2mを超え、5.987L、242馬力、50.5kgm。車重は、2903kgと3t近いが基本的には、アメリカ軍の軍用車として開発されておりアーノルドシュワルツネッガー氏の熱望により一般市販される様になった。その機動性、耐久性は、折り紙付である。
ウニモグU5000は、ベンツで有名なダイムラー社が製造販売する世界でも稀な多目的作業トラックで複数のアタッチメントにより用途が様々に変更出来る所にある。登坂最大傾斜角は、45度とトラックとして驚異の性能を誇り、このU5000に至ってはオフロード走破性能を極限にまで高めることに結集され、森林火災や福島の災害地等の大規模災害で貢献している。
太郎丸が、胤景と鐸閃に今から出入りでも始める気かと聞くと、胤景が右手を上げ挨拶して
「おう、かなりヤバイ相手だと聞いてな、家(うち)の精鋭とこっちの精鋭を連れて来た」と鐸閃を指しながら言った。
「もう、話は付いたぜ」さっきまで落ち込んで居た凍次郎が偉そうに言うと
「どうなった?」
「締めたのか?」と物騒な質問をして来る。
「いや、俺達は、手を出さない」
「じゃ、このまま見逃すってのか」
「代わりに須佐之男神様が成敗して頂ける事になった」
「か~、奴ら終わったな、エグイからなあの方は、徹底的だからな」鐸閃が言い、続けて「じゃ、こいつら用がねぇな、どうする」と胤景に聞く。
「まぁ、ちょっと待てって。優介殿と姫は・・・中か?」
「そうだ、優介の兄貴が、天照大御神様に話を付けたんだぜ」
「益々、凄い御人だ。おう、野郎共、御二方が戻っていらしたら超丁寧に御迎えするんだぞ、超だぞ、超」とウニモグU5000の横に立並ぶ10人に声を掛けと「了解しました」と踵が鳴ると同時に一斉に返事をし、敬礼している。
まるっきり軍隊だ。
優介と優子が、参拝を終え、天岩戸神社から出て来るといきなり
「御務め御苦労様です」と立並ぶ10人に敬礼され、驚く。
駐車場の周りに居る観光客も遠くから見る者、走って逃げる者等様々だ。
「おい、胤景、そいつら如何にかして呉れ、頼む」と優介が言うが、
優子がその10人に近づき、「ずっと運転して来たんだよね、しんどく無い、一寸待っててね」と声を掛けて優介を手巻きする。
優介は、苦笑しながら優子の傍に行くと「お土産物屋に行こ」と声を掛け優介の手を引っ張って行く。
妖達は、その姿を目で追う。
「姫、またあたし達の分まで何か買ってくるよ」
魏嬢(ぎじょう)が、傍に居る白愁牙に言う。
「ええ、多分。気を回し過ぎなんだよ姫は」白愁牙が頷く。
「でもそういう気配り、あたし、好きなんだけどね」魏嬢が言うと
「実は、わたしもです」白愁牙が答えた。
売店に着き、うーんと頭を捻りながら優子は、饅頭2種類20ケづつとゆで卵20ケを注文する。
3つの袋に入れて貰い、優介が2つの袋を持つ。
優子が、優介の手を引いて駐車場に戻り、
「優介、此処に居て」と言うとウニモグU5000の横に立並ぶ10人に饅頭20ケとゆで卵10ケを渡し、優介の元へ走って戻って又、袋を一つ持って今度は、 胤景、鐸閃、白雲、白禅、凍次郎、北渡、太郎丸、蔵王丸、白愁牙、魏嬢に其々饅頭2ケとゆで卵1ケを渡して行く、途中で足らなくなってまた優介の元へ取ってかえすとまた袋を持って行き手渡す。最後に優介に饅頭2ケとゆで卵1ケを渡し、自分も両手に饅頭2ケとゆで卵1ケを持つと「お疲れ様でーす」と饅頭を食べ始める。
「姫、頂きます」と口々に言いながら皆が食べ始める。
「美味しいね、立ち食いも此処までの人数で食べるとまた、格別だね」
満面の笑みを浮かべる優子。
途中、凍次郎と北渡、それに白禅が コーヒーとジュース、お茶の入ったクーラーを車から出し、皆に配り始めると
「凍次郎、やるね~、気が利くね~、りっぱだよ」と優子が言う。
「姫、ありがとう御座います」と照れながら礼をする。
「あー、良いなー、褒められてる」太郎丸が言うと 皆が笑った。
蔵王丸がビニール袋を持出し、皆のごみを集めて行く。
「偉いな~、蔵王さん」と優子が関心すると
また太郎丸が「良いなー」と羨ましがった。
優介は、たばこを取り出し、火を点け深く吸い込みゆっくり吐き出しながら(姫様か、段々、様になって来た。懸念してたより上手く事が運んだのは、やっぱり優子が居て呉れたからだろうな。それに妖達もここまで心を開いてくれるのは、優子が居る御蔭だな)と思い、天照大神様、須佐之男神様、天宇受売神様、闇淤加美神様に感謝の念を捧げた。
「さぁ、つぎは、幣立神社、ここも朝に詣でる事になるからまず、参拝して明日だね。今からゆっくりトンネルの駅に寄ってから現地に行こうか」
優介が、優子に言う。優子は、饅頭を口に含んだまま無言で頷く。
天岩戸神社の駐車場を出て7号線を戻り218号線を過ぎ高千穂の町中に抜けると右折左折を繰り返し、高千穂警察署前を通過すると325号線に抜けた。しばらく走ると九州横断鉄道が工事を中止し、現在酒蔵として利用されているトンネルの駅に着いた。入口脇には高千穂鉄道で使われていた車両を置き、観光バス駐車場の傍に滝がありその前には、馬が酒樽の乗ったリヤカーを引くオブジェ(荷車を引く黒馬の像)が在り、トンネル内は、数千本の樽の並ぶ酒蔵として使用されている。
駐車場に着き、優介と優子は、取り敢えずうどんを食べようと車中で決めていたので向かう。
トイレに向かう者、酒を欲しそうに見ている者、すでに買い、その場で呑んでいる者、様々にリラックスしている。
優介と優子は食べた後、売店や酒蔵を見て回り、時間を適当に潰す。
優介は駐車場の一角を見て、(目立つなー)と一人呟き、妖達を見て(こっちも目立つなぁ)と見ていた。
バラバラの様相を醸し出しながらも、しっかり目立っていた。
325号線を戻り、高千穂市街地へ入る道を右方向、高千穂バイパスに乗り218号線を五ケ瀬に向かう、五ケ瀬を通過して山都町に入り右手の218号線に向かうと右手に幣立神社(幣立神宮)が鎮座している。
幣立神社(幣立神宮):
創建約1万5千年前からの起源があるといわれている。主祭神は神漏岐命・神漏美命(かむろぎのみこと・かむろみのみこと)であり、大宇宙大和神(おおとのちおおかみ)、天御中主大神(あめのみなかぬしおおかみ)、天照大御神を祀っている。
社宝は、火の玉、水の玉、五色神面で、世界一の巨桧・天神木その脇には、伊勢の内宮と書かれた石柱があり、、双子杉、東御手洗・東水神宮は、八大龍王が鎮まる所とされ、北辰妙見の大神が祀られ、中国の始皇帝は不老不死の霊薬を求めたと言われています。五色人祭りは、現在では世界中から人が集まる祭になっている。
槃蔵
優介と優子は、幣立神社に居る。
妖達は、駐車場で待機している。
高千穂により神様達に便宜を図って貰い、彼らのテンションも上がっている。
駐車場を出て行こうとするとウニモグU5000から降り立った土蜘蛛10人衆が、又もや、
「優介の兄貴、姫様、御気を付けていってっらっしゃいませ」と大声で言う物だから他の観光客から稀有な目で見られ、離れて歩かれる存在と化してしまった。
鳥居を潜り、長い階段を上って行くと途中で空気の雰囲気が変わる、神様と会合した時の様な凛とした雰囲気に似ている、これはここに参拝する殆どの人が、体感する。
長い階段を上がり両側に銅瓦の灯篭を過ぎると境内である。正面に社殿がある。優介と優子は、ここでまず参拝する。健磐龍命(たけいわたつのみこと)の宮と水神宮にも参拝する。本殿を左から回り込み階段を下りて行き東御手洗社が鎮座されているので参拝する。竹を通して流れ出る湧水を頂き、2人は、伊勢の内宮を目指す。
到着すると優介は、鳥居の手前に胡坐をかく、優子は、その右後に正座する。
鳥居の下に建ててある石碑の向かって左横に木の椀を置くとそこへ神酒を注ぎ、両手で印を結び始める。椀の酒が減った。
「明日、朝、正式に御参拝させて頂きたく存じ上げ奉りたく 本日参上致しました。何卒、宜しく御(おん)、奉ります」
と言って立ち上がり、2礼すると3歩そのまま後ろへ下がり1礼する。優子も同じ様に礼を正す。
鳥居から現れた優介と優子を見て、土蜘蛛10人衆が挨拶しようとした時、
胤景が、「兄貴が、もう辞めろって言ってただろ、空気読めよ、空気」と挨拶を止めている。
優介と優子も声が掛から無かったのでほっとして駐車場に向かった。
権現狸と斯眼は、白隙と来牙と共に岩手県遠野市の砂子沢の長松寺、しだれ栗の木の下、遠野の狐の関所に天狐を訪ねていた。この地の天狐は、名を槃蔵(はんぞう)と言い空狐天日の弟子であった。
天日から【葉書き】を貰って詳細を理解していた槃蔵は、
「武具を揃えるとは、聊(いささ)か面倒になる、取り敢えず貸しを返して貰うか、まずは、八雷神(やくさいかづちのかみ)様に逢いに黄泉に行かねばなるまい」
「なんと、黄泉の地とな」権現狸が言う。
「失敗したらどうなるんだい」斯眼が聞くと
「そりゃ、切り殺される」とあっさり槃蔵が言う。
「・・・それでも遣るか」斯眼が聞く
「許より」白隙と来牙が同時に言う。
「解った。よし、行こう。案内してくれ槃蔵殿」斯眼が言うと
「ほぉー、もっと臆病かと聞いていた」白隙が笑いながら言う。
「誰から聞いたか解るわい、どうせ火焔の白雲か、凍砕の凍次郎だろ」
「お、やつらを知ってるのか」槃蔵が聞くと
「おらぁ、あの2人が一番嫌なんだ。だのに俺にこの話を持って来たのはあの2人がツルんで来やがった。あん時は、ひでぇ目にあった。けど、奴らが持って来た酒は美味かったなぁ」
舌舐めずりしながら答える。
「そりゃ良い、わっはっはっはは」槃蔵が膝(ひざ)を叩いて笑い、
「あー、おかしいのぉ、しかし、奴らがツルむって・・・そうか天日様の差し金か流石に我が師匠殿じゃ、それに儂の所に狐と狸と猫が来るとは思わなんだ。これも何かの計略かのぉ、わっはっはっ、では」、一頻り笑い終えると、真剣な眼差しでぐるりと全員を見て、
「行こうかの。こっちじゃ」と言い、後に用意した3本の刀を背に担いだ。
栗の木の下に在る石碑が乱立している。
土手の下へ降りて行くと一つの石碑に手を添えると 文字の掘られた真ん中辺りに黒い穴が出来、全体に広がりだした。
「こっから向こうが黄泉の地、黄泉の国だ。儂も行こう」と言い、さっさとその穴に入って行く。
斯眼、権現狸、白隙、来牙と続く。
「ほれ、これを持て」と言って白隙が権現狸に狐火を渡す
「ありがたい、わしゃ、斯眼と違って暗い所、こうも真っ暗だと見えぬ、歳じゃの、若い頃はこうでも無かった」と感謝する。
来牙は、およそ3m置きに木の枝を壁に氷で固定し、白隙がそれに狐火を移して行く。
「逃げる時、便利だろ、斯眼」と来牙が笑いながら言うと
「てめぇだろ。あんま意地張ってんじゃねぞ」斯眼が不機嫌そうに言う。
先頭を行く槃蔵が 「此処からしゃべるなよ、黄泉の湖に出る。出たらとにかく俺の後を全力で走れ、振り向くなよ」と言うと 正面にぽっかりと空間が広がる。
「走れ」槃蔵が小さく言う。
5人は、全力で走った。
曲がり道で権現狸が滑って転んだ。
転んだ権現狸を白隙が蹴る、
その地面を来牙が術を使って氷の道を作る。
転んだ権現狸の上にちゃっかり斯眼が乗っかると権現狸が両手で斯眼を持つ。
狐の速度について行けない2人は、こうして辛うじて同速になった。
それを斜めに見て槃蔵が更に速度を上げると白隙がまた蹴る
湖の外周をぐるりと半分程回った所に社があり、その前の鳥居を潜った所で止まった。
「白隙と来牙、良くやった。まさかその手があったか」槃蔵が言い、更に
「権現狸、背中、大丈夫なのか、カチカチ山になっとらんだろうな」と笑う。
「背中だけ金剛に変化したから大丈夫だ、火傷してたら治して呉れんのかい」
権現狸が笑いながら斯眼の首の後を持ちながら地面に降ろす。
「さぁこっからが本番じゃ、伊邪那岐神が天尾羽張という大きな剣でカグヅチの首を切った時に石の神、剣の神、火花の神、雷神が誕生なされた。その神剣、天尾羽張の剣を持って長篠一文字(ながしのいちもんじ)、骨喰藤次郎(ほねくいとうじろう)、千鳥(チドリ)この3本の刀に霊力を再度吹き込んで頂く」「いくぞ」槃蔵が言うと、4人が黙って頷いた。
槃蔵が、社の向かって右に立ち
「八雷神様、御願いが在って参りました。しだれの槃蔵に御座います」
「よう参ったの、まぁ、上がれや」社の奥から聞こえた。
「連れの者も4名おりますが」槃蔵が答える。
「珍しいな。まぁ良いわ、此処は黄泉だからの上とは違う」
「では」槃蔵が答え、皆を促し社に足を掛け、5段の階段を上がり障子戸の前の廊下で正座する。
他4名は、槃蔵の後に回り正座したのを見て「御無礼致します」と障子戸を片面いっぱい開けると、一同、頭を下げる。
「良い、入れ」声がして 槃蔵、斯眼、権現狸、白隙、来牙の順に入り、槃蔵がセンター位置に座り残り全員、槃蔵より一歩下がった所に横一列に並び座る。そして一斉に頭を下げた。
「頭を上げて顔をみせよ」声がした。
一斉に頭を上げると簾(すだれ)の奥に人影が見える。
「簾を上げてくれ」人影が命じるとするすると誰もいない筈なのに勝手に上がって行く。
人影は、蜷局(とぐろ)を巻いた炎の蛇だった。八雷神の正体は、炎の蛇だった。
「頼みとは」蛇が言った。
「は、此処に用意した刀に霊力を頂きとう御在ますれば有難き幸せに御座います」
「ふむ、如何にして」
「天尾羽張にて」
「何を企む」
「玉賽破、玉藻御前の孫に相成りますが、上の世の混乱を企てて居りますれば、某、其れを阻みとう御座います」
「ふむ、武甕槌神より聞き及んでおるあの件であったか。してお主等、妖狐が何故其処までする。玉賽破とて主等と同族ではないのか」
「同族故、このままには出来ぬ次第に御座います」
「ふむ、何故」
「この者達の願いで御座います」
「願いとは、後の者、答えよ」
「人との約束に御座います」白隙が答える。槃蔵が白隙に前に出る様に促す。
「化物が、人とな。愚弄するか」蛇の頭の部分の炎が膨張した。
「ひっ」斯眼が声を漏らす。白隙が前に出て一礼する。
「滅相も御座いません。この人物に我が一族の長並びに我等好いております故、その人と共に戦いとう御座います」
「人、・・・武甕槌神もその様な事を言って居ったわ。同じ人であるか」
「は、恐らく。名を中司優介と言う者に御座います」
「中司の家に主等 下ると言うのか」
「この優介と言う男、個人に我等は従う所存に御座います」
「武甕槌神と言い、主等と言い、逢うて見とうなるな。相解った。ここは、槃蔵の顔を立てようぞ」
「有難き幸せに御座います」一斉に頭を下げた。
「刀をこれへ」と八雷神が言うと 槃蔵の前にある刀3本が八雷神の前へするすると飛んで行き、飛びながら其々が抜き身になって柄を下に、歯を上に垂直に立って等間隔で並ぶ。
すると何処から出たのか刃渡1m程の大刀がその刀3本の背の部分に歯を充てる、ちょうど王の字を横にした様な形である。赤や緑、青、紫と玉虫の様な色の光を放つと先程現れた大刀が姿を消した。
「これで良い」八雷神が言うと槃蔵の前に又、するすると飛んで戻り、目の前で其々の鞘に収まり元の位置に戻った。
一斉に頭を下げ礼をする。
「御手を煩わせ、真に有難き幸せに御座います」槃蔵が言う。
「もう良い、またのぉ。さらばだ」
一同、再度、礼をして廊下に出ると正座し、一礼して障子戸を閉め、階段を下がり、振り向き一礼した。
槃蔵が、「では、また走るかな」楽しそうに言う。
「参りますか」白隙が言う。少し緊張した面持ちで権現狸が斯眼を持ち上げる。
「今度はどっち周りで行く」来牙が権現狸の行動を見ながら薄笑いしている。
「こればっかりは、運だからな。同じコースで帰るか。行くぞ」槃蔵が走り出す。
一斉に走る。だが権現狸が遅れる。
白隙が権現狸の後へ回った時、黄泉醜女(よもつしこめ)が前方から襲って来た。
槃蔵が黄泉醜女の足元に滑り込みながら足を払う。
黄泉醜女が倒れる。その隙に権現狸が斯眼を前方に投げる。
黄泉醜女が立ち上がると槃蔵が後に飛ぶ。
権現狸が体を丸めて黄泉醜女に体当たりする。
黄泉醜女が飛ばされて水辺に落ちる。全員が湖を見る。
その時初めて黄泉の意味がわかった。水が黄色く淀んでいたのだ。
伊邪那美命と思わしき亡骸から黄色い水はコンコンと湧き出ていた。
黄泉醜女がぬるぬるとする湖の水と戦っている間に全員が出口に走った。
まるで伊邪那岐神が黄泉平坂を駆け上がって逃げているかのごとく、全員走る。
権現狸が斯眼を抱き、「白隙、来牙頼む」と声を掛けて仰向けになって前方へ飛ぶ。
「まかせろ」白隙と来牙が叫ぶ。
来牙が氷のカーペットを敷く、白隙が権現狸を思いっきり蹴る。
槃蔵、来牙、白隙が狐の姿に戻る。
3匹は、いきなりトップスピードで駆け出す。
入って来た通路に着く又、来牙が氷のカーペットを敷き、白隙が権現狸を思いっきり蹴る。
槃蔵、来牙、白隙は、狐の姿のままだ。
斯眼を抱いた権現狸が石碑から飛び出て来る。
続いて槃蔵、来牙、白隙も飛び出る。
槃蔵が、石碑に空いた穴を埋め戻す。
「あ~、良かった。皆、無事だな」人の姿に戻った槃蔵が言う。
「ありゃ、いったい」
「黄泉醜女だ。何が有っても絶対死なない奴だ。だから さっさと逃げる」槃蔵が笑う。
「さぁ、祝い酒でもするか」来牙が笑う。
「近くの狐達も呼ぶか、多い方が楽しいからな」槃蔵がわらう
「襲うな、食うな、齧(かじ)るなって言っておいてくれよな」斯眼が言う。
「お前、狐をそんな目で見てるのか」白隙が笑いながら斯眼の背中を叩く。
「じゃ、狸も呼ぶか」権現狸が言うと
「収集つかなくなるから」と来牙が言い掛けると槃蔵、白隙、斯眼が口を揃えて
「だめだ~」と叫び、全員が顔を見合わせて笑った。
狐狸
槃蔵が 刀を見ていく。それを白隙、来牙、権現狸、斯眼が正面に座り見ている。
「ゴクリ・・」斯眼が緊張のあまり唾液を飲み込む。
長篠一文字は、その特徴である【乱れ映り】が外見上で変わっていた。
【乱れ映り】とは地の部分に映りという影焼きが刃文の乱れに沿って映る福岡一文字の特徴で、槃蔵が妖気を加えて持つとその部分が、青く輝いた。
骨喰藤次郎は、粟田口 吉光(あわたぐちよしみつが、大坂夏の陣に回収した薙刀を打ち直した脇差だが、槃蔵が妖気を加えて持つとその歯は、80cm程に伸び、刀身がうっすらと赤く輝く。
千鳥は、古称名で、現在では、雷切(らいきり)と言われて立花道雪が雷神を斬ったなどと噂された刀でこれも槃蔵が妖気を加えて持つと刀身が黄色の輝きを帯びた。
「誰にどれを持たせるかな」槃蔵が呟く。
「・・・・思ったのですが、それらの刀、妖気との相性が有るのではありませんか?」
白隙が聞くと、
「うむ、確かに・・・白隙は、炎を操るんじゃったな、来牙は、冷気・・・、刀の力、試して見ようかの」
槃蔵が言い、白隙、来牙に刀を1本づつ渡し、住処を出る。
白隙には、骨喰藤次郎、来牙に長篠一文字である。
「白隙、抜いて一振りしてみろ」槃蔵が言うと 白隙が、抜き、上段の構えから一気に振り下ろす。
ごぉぅ、と言う音がして刀身が火を纏う。
火が蛇の様に刀身に纏っている。
火の蛇が、柄から白隙の腕に絡み付く。
生き物のようだ。
腕に絡み付いた火が炎に変わり、一気に白隙の体を覆った。
「おわぁ」と白隙が叫び、刀を放すと体を覆った炎は、刀身に吸い込まれる様に消えた。
「なんだ、今のは?この俺が燃えちまう所だったぜ」白隙が言う。
「うーん・・・次、白隙、遣ってみろ」槃蔵が言う。
来牙が少し、ビビりながら剣を抜くと深呼吸をして白隙と同じ様に上段に構えると一気に振り降ろす。
刀身が、青く輝き、刀身に氷が張りついてやがて消える。
「うん、大体理解した。白隙、来牙 てめぇらそのまんまじゃ使えねぇな。根本的に妖力が足りねぇんだよ。白隙は力のコントロールに無駄が多い。来牙、おめぇは、致命的に妖力その物が足りてないってこった」
槃蔵が言いながら千鳥を手にすると槃蔵の体の周りがユラユラと陽炎の様な物が出来る、
一気に刀身を抜き放つと刀身が電気を帯び、無数の火花が刀身がら出てチリチリと音を立てている。
槃蔵が両手を水平にし、ゆっくりと上段に構えると一気に振り下ろす。
刀身から”く”の字に曲がった電撃波が打ち出された。
それは30m程離れた枯れ木に衝突し、その枯れ木を燃やし、粉々に吹き飛ばす。
地面には、一直線に電撃波の走った後が切り裂いた様に抉られていた。
「すっげー」斯眼が大きく目を開いて叫ぶ。横で権現狸が、
「槃蔵殿、面白い事を思い付いた、試して見たいが良いかな」と言うと
「どう言う事だ」
「いや、何、その電撃波を儂に当ててくれぬか?」
「何を馬鹿な、権現、貴様、死ぬつもりか」槃蔵がびっくりして言う。
「何するつもりか解らんが、洒落になんねーぞ」斯眼が抗議する。
「まぁ、見てなって。あのでかい岩でいいか、一寸、待って呉れ槃蔵殿、場所を移動する」
権現狸が走って自分の体の倍以上の大きさの岩の前へ走って行き、其処から槃蔵までの丁度、真ん中ぐらいに立つと「おぅ、良いぞ。旦那、遣ってくれ」と大きな声で言う。
槃蔵から権現狸までが30m程、更に権現狸から岩までがまた30m程だ。
「しょうがない奴だ、死んでも知らんぞ、恨むなよ」槃蔵が大きな声でいう。
「構わねぇよ、思いっきり遣ってくれ、旦那」権現狸が言いながら自分の腹を叩く。
「ポン」
それを合図に槃蔵が千鳥の刀身を抜き放つ。先程と同じ、無数の火花が刀身がらチリチリと音を立てている。
ゆっくりと上段に構え「参る」と言うと一気に振り下ろす。
刀身から電撃波が打ち出される。まっすぐに権現狸を襲う。
権現狸がぴょんぴょんと跳ねた。
斯眼が目を瞑り両手で目を抑える。
電撃波が権現狸に当たる瞬間、権現狸が岩に向かって斜め上に飛んだ、空中で丸く成った権現狸に電撃波が襲いかかり、当たる。その衝撃で権現狸の飛ぶ速度が、上がる。そのまま岩に向かってもの凄い勢いで飛んで行く。岩に激突した。
「ドォォォーン」と物凄い音と地響きが辺りを包み込み、砂煙が舞い権現狸はおろか、岩も見えなくなる。火花がバチバチを光っている。
「やったー、ホゥ、♪、すっげーぞこの技、コラボレーション最高、♪、コングラッチュレーション」
煙の向こうで権現狸の大喜びする声だけが聞こえる。
やがて砂煙が収まり、視界が開けて来ると槃蔵、白隙、来牙、斯眼の目に驚愕の色が浮かぶ。
深さ3m、直径10m程の丸い穴が空き、その真ん中で権現狸が大喜びで飛び跳ねていた。
「今、ロープを下すから一寸待ってろよ」槃蔵が穴の下の権現狸へ声を掛ける。
「やったぞ、ちくしょう、凄ぇだろ」権現狸がその腹を両手で押さて飛びながら言う。
「砂煙で見えなかったよ。上がって説明しろ、この狸」槃蔵が悪態を付ながらにこにこ笑う。
腹にロープを巻いた権現狸を4人掛かりでようやく上げた。
「はぁはぁ、狸、お前、重いわ」槃蔵が言う。
「疲れた~・・・」斯眼が言いながら頷く。白隙、来牙も無言で頷く。
「凄い技だろ、技の名前、何にしようか。狐と狸のコラボだからな・・・うーん」1人だけ元気な権現狸は、テンションも最高潮にあった。
「説明しろ」槃蔵が言う。
「えー、おっほん、儂は、属性が金なんじゃ。電気には強い耐性を持っておる。それに体を金剛に硬化する事も出来る。諸君、御解り頂けるかな」権現狸は、どや顔で其々の顔を見渡す。
「そうか、なる程、そう言う事か」斯眼が言う。
「こっからが良いとこ何だから 言うなよ。で、金剛化して空中に浮いた儂を後からスピードに乗った電撃波がぶつかる、と、どうだ、儂は電撃波の電気を帯びてそのまま高速で標的にぶつかる事になる。まぁ人間の作った電磁砲の様な事になる。普通にぶつかるよりも2倍も3倍も大きな力でぶつかる事が出来る。これぞ、究極の大技。【狐と狸の電磁砲】が完成するのじゃ」有頂天になっている。
「まんまの名前だな」
「ネーミングセンス無さ過ぎ」
「かっこ悪い名前」ブーイングに晒されている。
「白隙、来牙、おめぇら修行しろよ」あんまり言われる物だから権現狸は、怒鳴った。
「言われなくても遣るわい」白隙、来牙が言い返す。
「槃蔵殿、修行をさせて下さい」と槃蔵に向き直り頭を下げる。
「こんなの見せられたらそう成るわな、わかった。ところでお前らはどうする」
権現狸と斯眼を見ながら言うと
「帰っても取り敢えず遣る事無えしな」2人は、顔を見合わせて言い、
「修行が終わるまで見てるよ」と返答した。
「狐と狸の電磁砲、だから、狐狸砲(こりほう)、何か肩こり見たい」と胡坐をかいて真剣に悩みだす。
「お、そうだ、視点を変えてみるか、大事な事だよな、発想を変えるってのは、ハイカラに英語だと Fox、Raccoon dog、Electromagnetic gun だな、確か、FREM-SHOT てのもイケテルかもな」
「お、それ良いな、フレームショットか」斯眼が言う。
「だめだ、もっとこう、何て言うか、インパクト、そう、インパクトのあるのが良い」
権現狸が言う。
2人の様子を呆れて見ていた槃蔵が、
「おい、あっちで修行開始だ」と白隙、来牙を連れて行った。
朝の5時を回った頃、凛とした冷気が佇む幣立神社の伊勢の内宮前に優介と優子に座って居た。
優介は印を結びだし、「神漏岐命(カムロギノミコト)様、神漏美命(カムロミノミコト)様、大宇宙大和神(オオトノチノオオカミ)様、天御中主大神(アメノミナカヌシノオオカミ)様、天照大御神(アマテラスオオミカミ)様方に在られては此度、身に余る御助力を頂き、謹んで御礼申し上げ奉り候」
「こに置きまては某、何の迷いも無く事に専念出来る事之有難き幸せに存じ奉り候」前に置いた椀の酒が無くなると注ぎながら 勤請再拝、勤請再拝、天つ御祖 神産霊の神 天つ御璽の 瑞の宝を 振由良加して、・・・・と歌いあげていく。
「わらわじゃ、中司」いきなり声が響く。
「ヌシに渡さねばならぬ物を先程は、忘れておってな。これを受け取るが良い」
一対の扇が、優介の目の前に出現した。
「かような物、勿体のう御座います。身に余る光栄に御座います」優介が頭を下げながら礼を言う。
「縁(えにし)じゃ、2人で一つづつ持って居れば良いのじゃ」
一対の扇から一つが優子の目の前に滑る様に飛んで来た。
「有難き幸せに存じ上げ奉ります」
「働き、しかと見て居る由にの。さらばじゃ」
2人は深く頭を下げ 地に額を接した後、扇を両手で捧げ持ったまま 立上がり其の儘後へ3歩下がり一礼して立ち去った。
北上
帰路に着いた優介と優子。
土蜘蛛の胤景(いんけい)を説得し、みんなでフェリーで帰る事になった。
説得したのは、優子、だから説得と言う言葉は、間違いかも知れない。
来た時と同じく宮崎港から帰る事にした一行は、まず切符を手に入れる為に乗船場へ向かった。
優介と優子は、来た時と同じ特等室、妖狐の4名は、1室、後は、各2名づつで全員、1等A室
10人集は、1等B室を選んだ。
ここでも一悶着があったが優子が、強引に決めさせた。
一旦、フェリー乗り場フェリーの出航時刻は、夕方6:45 それまで3時間もあった。
切符を買っている間に優子が携帯で検索して近くのステーキハウスを予約するとその人数でしたら貸切になりますと言われ嬉しそうに妖達に自慢していたが、支払いの事でまた一悶着起きて結局、其処は胤景に押し切られた様でしぶしぶ優子、魏嬢(ぎじょう)両名は、承諾した。
ステーキハウスに入ると胤景が、全員に宮崎牛サーロイン300gとセットを注文し、足らなかったら同じ物でもフィレでも構わないと大判振る舞いをしていた。
2人を除く総勢18人全員が、優介を兄貴と呼び、優子を姫と呼んでいるので店のマスターが、何者なのか解らず緊張した面持ちで接待していた。
「マスター、車海老も焼いてね」優子が言うとマスターが店内を走って来て「はい、畏まりました」と姿勢を正している。着席位置が優介が一番奥となり、その横に優子、席を4つ空けて妖狐連中、魏嬢、土蜘蛛と並んでいる。マスターは、椅子を空けている意味が解らなかった。
「この横を空けておられる意味がわからないのですが」端に座っている白雲に聞くと
「我等が横に座るなど以ての外、恐れ多い」とその隣に座っている凍次郎が言う。
「あの御2方は、どういった方なんですか」
「我等の主(あるじ)殿達じゃ」今度は、胤景の向こう側に座っている鐸閃(たくせん)が答える。
「若しかして組関係の方じゃないですよね」恐る恐るマスターが小声で白雲に聞く
「全然、違いますよ」と答える。
「でしょうね、あちらの女性の方なんですが雑誌で見た覚えがあるのですが」マスターが聞くと
「おい、魏嬢、マスターがお前さんを見た事があるってよ」凍次郎が言う。
「あら、嬉しい」と何時に無く色気むんむんで答える。
「あの、貴女もなんでしょうね」恐る恐る聞く
「そうよ、特に姫、だーい好き」魏嬢が言うとその横から
「あら、姐さん、私もでーす」白愁牙がこれも色気むんむんで言った。
聞けば聞く程、何者か 図り兼ねたのかそれっきり会話をして来る事は無かった。
その会話を聞きながら優介は、やっぱりファミレスにしとけば良かったと後悔する。
「みんな、呑んでるか~」優子が言うと妖達は、ジョッキを上に掲げ、
「はい、頂いております。姫」と立ち上がって答える者、座ったまま答える者とこんな調子であった。
優子が手ぶらで魏嬢と白愁牙の席へこっそり行き後ろから二人を抱きしめ「私も二人共、大大大好き~」と言っている。こうなるともう手が付けられなくなると判断した優介は、
「そろそろ出るか」と言い立ち上がる。
胤景がすかさずマスターを呼び、勘定を済ませ、玄関に近い者から順に店を出て行く。
店の駐車場に並んでいる車を見て挨拶に出たマスターは、更に驚いた。
他の店員も出て来て全員が驚き、その中をシェルビーGT500、ダッジナイトロ、シボレーコルベット、ハマーH2、ウニモグU5000の順で出て行く。
店内に戻ったマスターや店員達は、何者だったかを推理するが誰にも見当がつかない。
相変わらずフェリーの中でも飲んだり食ったりで優介は、呆れて物も言えなかった。
凍次郎は、変わらず「姫、お代わり持ってまいります」とか言いながらせっせと点数稼ぎをしている。
優介は、こいつ以外と小心者なのかと吹き出しそうになる。
これからの話になった時、凍次郎が このまま北上しましょうと言うので一行は、凍次郎の本拠地である高山稲荷神社へ向かう事になった。
高山稲荷神社で全員が集合し、十三港から一気に津軽半島を超え、平舘海峡を越え攻め入る計画を立てた。十三港の半島の反対側に蟹田港が在り、そこからむつ市脇野沢へ就航しているフェリーがある。蟹田発14:00に乗船すれば15:00には脇野沢に到着する。脇野沢からは、338号線で仏ケ浦に直接行けるが、玉賽破が地蔵山から妖気を吸収しているのでこれをまず抑える目的から338号線を東へ走り、むつ市庁舎のあるむつ市内へ行き46号線を北上し、湯野川温泉へ向かう作戦とした。
宿敵玉賽破の居る縫道石山と恐れ山の地蔵山の丁度中間位置に陣を引く事が可能になる。
縫道石山と湯野川温泉の間には、有象無象の妖達の集団が集まる天ケ森が存在する事になる。
「いよいよだね」優子が言う。
「怖い? 怖いよね、俺もどきどきしてる」優介が答える。
優介は、優子に「これまでの短い様で長い時間、一緒に居た妖達を信頼している。もちろん優子を一番、信頼している。でも何が起こるか解らない。敵も何の策も無い筈が無い。一番怖いのは、仲間との信頼が揺らぐ事が一番怖い」と言った。
優介には、懸念している事実が一つあった。
優介は考える。(中司内部に居る敵の動きが全く見えない事だ。九州の敵の応援部隊は、須佐之男神が向かってくれる。九州の敵は、完全に壊滅するだろう。しかし、一体、誰が・・・中司内部の誰なんだ・・・可能性のある人間が思い浮かばない。もしかして、まさかな)と考えた時、ぞっとした。
車の中はエアコンディショナーで快適で有るにも関わらず寒気が襲った。
優介は「休憩するか、次のサービスエリアが良いな」と言うと
「多賀SAだね」優子が答え、白雲に電話をして伝えた。
「中司本家に寄らなくちゃいけない。停止結界【五行束縛符】が必要だ」
「大丈夫、それ、内部に居る敵に感ずかれ無いかな」優子が言い、暫く考えて、
「ねぇ、順子さんに持って来て貰うってのはどう?高山で遊ぼうって誘ってさ」
「そこまで信用できるか?」
「順子さんなら出来ると思う。だって私が行方不明になった時、涙流しながら必死に探して呉れたんだもの」と優子が力説し、「うん、大丈夫だよ」と頷きながら言う。
「そうだな、優子の能力開発も手伝ってくれたしな」優介が納得した。
「じゃ、順子さんに電話して洋介さんに御願いして貰おう。で、お兄さん、洋介さん、順子さんだけが知ってる状況になるよね」優子が言い、今日は、高山泊まりだねと呟くと携帯でメールを打ち、返信を見て、良し、と呟き、ホテルを予約した。その後、白雲に行動を伝えると
「良し、良し、これで大丈夫」と言った。
白隙、来牙は、修行を終えた。
何度も妖力を失う寸前まで行き、その度に権現狸が担ぎ、斯眼と一緒に長松寺の脇を流れる川を越え愛宕神社前を通って続石の所へ運び、薬草を与え看病した。
2人の顔付も変わった。
「中々、しっかりした顔付になったじゃねか」斯眼が言うと
「御苦労を掛けました」と白隙、来牙が感謝する。
「一応、扱える様にはなったが、まだまだ先は長いの」槃蔵が言った
「師匠、ありがとう御座いました」と又、白隙、来牙が感謝する。
「何か、人が変わったと言うか狐が変わったと言うべきか」斯眼が言うと
「言うな、斯眼。成長したんじゃよ」権現狸が言う。
槃蔵が「其れはそうと、全員、高山稲荷神社へ集合せよと先程、葉書きが届いたぞ」
と伝え、儂も行こうと全員に言う。
一行は、高山稲荷神へと向かった。
胤景は、携帯で一族に戦闘態勢を整え、京都大久保より、へ向かえ、ヘリは、第6高射群第22高射隊脇の広場に急行せよ。と伝え、三沢基地へも連絡を入れる。兼ねて打ち合わせ通り待機せよ、と伝え、大湊海上自衛隊へ巡洋艦の出撃待機命令を出す。
鐸閃(たくせん)も一族に戦闘態勢を整え、航空自衛隊奈良基地より、大湊航空基地へ向かえ、ヘリは、第6高射群第22高射隊脇の広場に急行。と伝えた。
軍隊の様な規律を持っていたウニモグU5000は、まさに自衛隊の車両であった。
ウニモグU5000内部でも 緊急無線により 土蜘蛛一族、至急の出動要請。
高山稲荷神社へ向かえと連絡を入れ、特殊特別突撃部隊、全員これより攻撃待機に入ると言い、迷彩服を着用した。
白禅は、白雲の顔を見て携帯を取り出し、「これより高山稲荷神社へA班を向かわせ、B、C班は、湯の川ホテルで戦闘待機せよ」と言い通話を切る。
北渡も計画通り、本拠地に半数集合し、青森市内へ半数潜伏待機せよと連絡を入れた。
魏嬢(ぎじょう)は、1/3を高山稲荷神社へ向かわせ、2/3を湯の川ホテルに向かわせ、「あ、そうそう、連絡係の狐ちゃん達、元気にしてる?いつも言ってるけど預かった子達だから大切扱いなさいよ。怪我なんかさせるんじゃないよ。それとあの子達も湯の川ホテルに向かわせね」と言うと通話を切った。
天日は、「白澤殿、儂らは、中司の動きを見張らぬか。儂らが動くと察知され兼ねんからのぉ」と言い、「青狐も、母の事がある」とそのまま待機する事とした。
拉致
優介と優子は、順子と会う為に高山駅に居た。
順子は、夫である服部洋介に頼み、優介の兄で有る中司雄一郎から停止結界【五行束縛符】と【結界同化術式符】を預かり、それらを持って一人、高山に向かった。洋介が同行しようかと言うと「優子ちゃんが、出来るだけ一人で来てって言うから」と理由を付け同行を拒みレクサスLFAに乗り、現地へ向かった。
レクサスLFA 往年の名車トヨタ2000GT と同じくエンジンは、ヤマハ製となっている。V10 4.8L 560馬力 48.9kgmのトルクを生み出すエンジンにアイシン製SA6型トランスミッションを搭載している。車重は、1480kgと驚くべき軽量化を実現している。ネックとなるのは、クラッチでトルクの割に小径の乾式単板となっているがレイアウトを考えると仕方の無い事と言えるかもしれない。前後重量バランスは、48:52とFRとしては、やや後方寄りだが、重心位置が極めて低く地上高450mm(2人乗車時)となっている。
高山駅駐車場に静かに進入したレクサスLFAは、駐車待機場で停車した。順子がドアを開け、姿を見せると、すかさず発見した優子が駆けて行く。優介から順子までの距離約、40m。優介は、優子を止めようと声を掛けたが間に合わなかった。妖狐達の乗った車は、駅の反対側に居る。
優子が順子に駆け寄る2m程手前で 順子の手が動き、停止結界【五行束縛符】数枚と【結界同化術式符】数枚を優子の目の前で撒く。優子が立ち止まり、撒かれた封書に目が行ってる間に順子のもう片方の手がハンカチを持ち、優子の鼻、口に当てる。優子の体から力が抜けると同時に優子の体を助手席に引きずり込むと ボンネットを滑り、運転席に潜り込んだ。
優介が走るが、間に合わない。優介が後、3mと言うところでスキッド音を発し、レクサスLFAが発進した。
優介は、撒かれた封書を全て急いで回収し、GT500に向かいながら、白雲に電話する。
白雲が、白のレクサスLFAが踏切を越えて来たのを発見し、其れを追跡する。
優介もGT500に乗り込み、携帯をフリーハンドにし、後を追う。
レクサスLFAと白雲の乗るダッジナイトロでは、明らかに運動性能が、違い過ぎた。
優介は、魏嬢(ぎじょう)に電話を入れる。
「優子が攫(さら)われた。今どこだ。相手の車は白のレクサスLFA。今、白雲が追っているが、車の性能が違い過ぎる。高速の飛騨清美に向かってる」と大きな声で言う。
「えっ、ひるがのサービスエリアよ。取り敢えず、荘川インター手前で待つわ。どっちに行くか解らないものね。同乗してる凍次郎に電話を入れる、それと|胤景(いんけい)にも連絡するわ。優介さんは追って」
魏嬢が答える。優介は、流石に頭が良い、そこまで読んでいなかったと後悔する。
レクサスLFAは、高山国分バイパスを抜け、高山清美道路に入った。
高山の入口は、左曲がりのスロープになり、右に曲がって本線に出る。
そのスロープを後輪を滑らせた状態で上って行く。VSC(横滑り防止装置)を切っている様だ。
ダッジナイトロは、SUVである為、一般乗用車より少し早い速度でしか曲がれない。
ドンドン差が開く。
「どっちに行くかだけ見極めて」魏嬢から凍次郎に電話が入る。
「性能が違い過ぎて・・・すまん。解った。あ、優介さんだ」凍次郎が答えると電話が切れた。
ダッジナイトロをGT500が追い抜いて行く。
「どっちに行くか言って、このまま電話繋いでおくから」優介に魏嬢から電話が入る。
「解った。今、どこ荘川インター手前で停車してる」
レクサスLFAが、高山西インターを越える。飛騨清美インターまでは、4km前後。
少しづつGT500が追い上げて行くが、インターが、目の前に迫る為、速度を落とす。
料金所を通過したレクサスLFAが白鳥方面へ向かうのが見えた。
「魏嬢、白鳥方面、そっちに行った」優介が叫ぶ。
「OK、一旦 降りてUターンして待つわ。電話切るよ」魏嬢が返事をする。
赤のシボレーコルベットが一旦、高速を降り、料金所を通過するとUターンして再度 料金所を潜り反対車線へと出て行く。
「胤景、そっちは、どう。そっちに行くよ」魏嬢が胤景に電話する。
「狙撃する。ウニモグで連れて来た奴らは特殊部隊だぜ、スナイパーとして3名を準備させた」
「ち、ちょ、一寸待って、姫が乗ってるのよ」
「ああ、解っている。前輪左右の内側のオイルクーラーを狙う。レクサスLFAのブレーキは、分割型 ダブルウィッシュボーンに隠されて弾は当たり憎い。撃ち抜けば、オイルが冷却されないばかりか上手く行けばオイルが無くなる。オーバーヒートでの停車を狙う」
「荒っぽいわね、全く。任せるわ、その代り姫に、」と言い掛けたところで甲高い音を耳にした。
魏嬢は、通話を切った。
魏嬢の横で白愁牙が、狙撃するなら速度を何とか落とさせないと と言う。
「行くわよ、姫を助けるんだからね」魏嬢が、掻き消す様に言うと速度を上げて行く。
GT500は、中速から高速域の強力なトルクを生かしてレクサスとの距離を詰めて行った。
レクサスとGT500は、高速コーナーを後輪を滑らせながら回る。
優介の腕が、路面の振動を読み取って行く。
超高速のカーチェイスだ。
わずかにレクサスのコーナー脱出スピードが、勝り差が開く。
パワーウェイトレシオの差だ。
TVS2300スーパーチャージャーが甲高い音を出しながら唸り、トルクを絞りだす。
強力なトルクで前へ出てまた差を縮めて行く。
優介は、まもなく魏嬢と合流だなと考える。
赤のコルベットのテールが前方に見えた。
シボレーコルベットの速度が上がる、130、160、180km/h
「レクサスが来た、後ろをGT500、優介が張り付いている」魏嬢が叫ぶ。
「レクサスの前に出るわよ」
4速にギヤを落とし、アクセルを一杯踏み込んでレッドゾーンへ叩き込む。
5速、6速とシフトを上げて行く。
コルベットの速度が跳ね上がる 190、210、230、240、260km/h
レクサスよりスピードが速い状態で追い越し車線に出る。
レクサスが来る。
コルベットは、アクセルだけを緩めて行く。
レクサスがパッシングした。
速度が落ちる。
GT500が走行車線に出て横に並ぶ。
レクサスは、身動きが出来ない。
「優介さん、この先、ひるがのサービスエリアと高儂インターの間で胤景達が、オイルクーラーを狙撃する。レクサスにスピードを落とさせるわよ」魏嬢が優介に電話を入れる。
ひるがのサービスエリアを越える。ヘルメットを被り、迷彩服を着てトランシーバーを持っている人間が、進入する車を止めている。
シボレーコルベットがシフトを落とす、ブレーキを踏む。
レクサスがブレーキを踏む、180、160、130、110、100、90、80km/h まで速度が落ちる。
前に片手を上げている迷彩服の男が居る。
魏嬢がアクセルを少し踏む。
優介がブレーキを踏む。
レクサスの前後左右が空く。斜め前方からレクサスの前面が全て見える状態になった。
バシュっと言う音が3つ鳴った。
レクサスが少しふらついた。
優介がアクセルを踏んでレクサスの左に並ぶ。
3台がそのまま通過して行くとバックミラーに鐸閃(たくせん)の姿が見えた。
手を上に挙げ丸文字を作っている。
「魏嬢、優介だ。鐸閃が丸文字を作っていた」電話を入れる
「OK。じゃあ、白鳥ジャンクションまで持たないね。このまま80km/hでだらだら行こうか」
と言いながら片手を上げて白愁牙とハイタッチをする。
レクサスがパッシングしながらクラクションを鳴らし左右に車を揺する。
82号線と交差する辺りまで来て、レクサスは、停車した。
シボレーコルベットとGT500も停車する。優介がレクサスに走り寄ると順子が運転席を開けて出て来る。抵抗する気は、無い様だ。優介は、レクサスの後へ順子を連れて行く。魏嬢と白愁牙が車を降りてレクサスの助手席を開け、優子を抱き抱えてGT500の助手席へ連れて行く。
後ろからハマーH2が走って来た。胤景と鐸閃だ。胤景と鐸閃がレクサスを押して路肩に寄せる。
順子をハマーH2に乗せ、全員が其々の車に乗車する。
レクサスを残し、3台が走り去る。
白鳥ジャンクションから白鳥西インターを出て158号線でUターンするとまた、高速に戻り、そのまま飛騨河合パーキングエリアまで行き、停車する。
途中で優介は、白雲に電話をし、騨河合パーキングで待つ様に言った。
河合パーキングエリアに3台が、入ると、ダッジナイトロとウニモグU5000がすでに止まっており、ハマーH2が停車したのを見てウニモグから迷彩服を着た男達が、降りて順子を後の荷台に乗せる。
順子は、奥の椅子に座らされ、後ろ手にして左右の親指どうしをインシュロックにより拘束されている。
荷台での作業を終えると男達は、ウニモグの前方に回り60cm程の等間隔に背中合わせで2列にならんで行く。胤景と鐸閃も車から降り、ウニモグの荷台を確認した後、荷台後部左右1m程空けて後方を見張る形で待機する。
ダッジナイトロから降りた白雲、白禅、凍次郎、北渡達は、GT500の周りに集まった。
GT500から降りた優介は、まっすぐにウニモグU5000の荷台を目指し歩いて行く。
優介が目に入った順子は、
「いつの間にこんなに周囲を固めてたの・・・」と聞く
「順子さん、貴女でしたか、洋介さんは、この事、知っていたんですか?」
「洋介は、何も知らないわ、私は、私の親を貴方達に殺されて その復讐の為にしてるの!」
「復讐?中司家が?何があったんですか?」
そこまで聞いた時、河合パーキングエリアに物凄いスピードで進入して来た車があった。
その車は、目の前でブレーキを掛けると行き成り停車した。
優介と順子は、荷台からその車を見る。ブガッティヴェイロン16.4だ。
ブガッティヴェイロン16.4 排気量8.0L トルク127.5kgmのW型16気筒 4基のターボチャージャーにより1001PSを発生するエンジンを積み、0~100km/hまで2.5秒、0~400m 7.5秒で走り、最高速度は、407km/h 世界最速のスペックを誇っている。
ブガッティヴェイロン16.4の運転席から降りて来たのは、中司咲子だった。
中司優介の兄、中司雄一郎の妻である。
車を降りるとにこやかに周りの妖達に挨拶をしながらウニモグU5000に近づいて行く。
咲子は、いつも見る着物姿では無くタイトスカートの白色のスーツを着ていた。
手には、クラッチバッグを持ち、悠々とゆっくり歩み寄る。
荷台の傍に着くと両手を左右に開き肩位置まで上げ 左右に居る胤景と鐸閃に目で促すと胤景と鐸閃が無言でその手を下から掬い上げ、咲子を荷台に乗せる。
「優介さん、どう、大丈夫」と咲子が聞くと
「ええ、俺は大丈夫ですよ、でも優子が」
「そうね、優子さんには悪い事したわね」感情が籠っていない。
優介が、(ん)と怪訝な顔をすると
「そんな意味じゃないわ、少し、離れてて下さらない」落ち着いた声で咲子が言いながら 順子の髪を無造作に掴み、顔を上に上げさせる。
「順子さん、貴女の事は、当家に来た時から解っていましたよ。余り、中司雄一郎を舐めないで頂きたいわ」抑揚のない冷たい声で話掛け、
「貴女のお父様は、怪猫だったでしょ、それを中司家の恨みに変えられてもねぇ・・・実際、貴女も半妖だし・・・・どうしましょうかね」と続ける。
順子の反応を見ている。冷たい目だ。人を見る目では無かった。
「知ってますか、半妖はね、人みたいに死ぬんですよ」咲子が続ける。
「・・・・・」黙って咲子を睨んでいる。
「待って、咲子姐さん」荷台の下から優子の声がした。
優子は、魏嬢と白愁牙に支えられ|漸(ようや)く立っていた。
「その言い方だとまるで、殺すって言ってる見たいですよ」優子が怒った口調で言う。
「あら、優子ちゃん、そうですよ、半妖ですもの」咲子が感情の籠っていない声で答える。
「それは・・・・聞いていましたけど、半妖って言っても生きているんですよ。それに今まで悪い事何にもしてないじゃないですか、そりゃ、さっきは、一寸、びっくりしましたけど・・・結果、私は、無事なんですよ。私は、彼らに逢ってから・・・これからだって妖(あやかし)だの、半妖だの、人って区別する生き方は辞めたんです。現に今も魏嬢さんや白愁牙さんに支えられて立ってるんです。皆で立って前を向いて歩いて行ければ良いじゃないですか。それを一寸、道を外しただけで・・・悲しい事、しないで下さい。言わないで・・・」優子が、声を張り上げて泣きながら訴え、魏嬢の肩に顔を埋める。
「ゆ、優子ちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」順子が泣きながら謝る。
「・・・・ふぅ~、やれやれ」と言いながら荷台の端に歩いて行き、胤景と鐸閃に目を向ける。
胤景と鐸閃が、手を上に上げ、手のひらで咲子の手を支えると咲子が地面に向かって飛ぶ。ゆっくりと胤景と鐸閃が手を降ろし、衝撃を緩和する。地面に降り立った咲子は、荷台を振り向き、また、前を向くと「優子ちゃんに救われたね、お互い」と呟きながらブガッティヴェイロン16.4に歩いて行き、乗り込むとゆっくりと発進して出口へと消えて行った。
優介が、荷台から飛び降りた。太郎丸が飛び乗り泣き崩れている順子をお姫様だっこして抱えるとシボレーキャプティバの後部座席に静かに座らせ、扉をロックした。
優介は、優子に「咲子姐さんは、殺す気は無かったんだ、優子、お前が庇う事も解っていた筈だ。あの女(ひと)は、巫女なんだ。それも小薄の弟子だった女、だから殺す事は出来ないんだ」と言い、優子をお姫様だっこして抱えるとGT500へ向かって歩いていく。
その後姿を 太郎丸、蔵王丸、胤景、鐸閃、魏嬢、白愁牙が見送り、GT500から少し離れた位置で白雲、白禅、凍次郎、北渡が見つめる。
その眼差しは、妖(あやかし)独特の目では無く、人の持つ温かい目であった。
友達
GT500、ダッジナイトロ、シボレーコルベット、シボレーキャプティバ、ハマーH2、ウニモグU5000の6台の車は、一列に並び、順調に航行を続ける。
優介は、服部洋介に電話を掛け、北陸自動車道 有磯海(ありそうみ)サービスエリアに順子さんを迎えに来て欲しいと伝える。洋介さんは、あれ、高山じゃなかったのと、案の定、聞いて来たので 事実を話すと、済まなかったとかなり落ち込んだ。優介は、もう済んだ事だと言い、兄と咲子さんと洋介さん、順子さんで後の事は、頼むよ、俺達は、何とも思っていない、ただ、魔が差しただけだろと言った。
「優介、私、言い過ぎたかも」珍しく謙虚にでたなと優介が思い、
「ん、何が」と答えると
「咲子さんにだよ」と運転している優介に向かって怒りながら言う。
「気にしなくて良いよ。姐さん、去り際に(お互い優子ちゃんにすくわれたね)って言ってたよ」
「そんな事・・・言ってたの」優子が答え、「あ~お腹空いた~。有磯海だったよね、焼き立てピザと白エビ!、これだよこれ、富山と言えば、白えびだね♪~白エビコロッケ~♪」と歌いながら、白雲に電話する。
「こちら、え~、優介号、応答願います」
「あ、こちら白雲号、どうぞ」返事を聞いて満面の笑顔で優介をどや顔で見て、
「次は有磯海サービスエリアで休憩、トイレ、食事、あ、ちょっと待って、うん、給油にしま~す」
「了解しました」白雲が切る。
ダッジナイトロ内では、クスクスと笑いが起こり、
「いやー、白雲さんも一寸嬉しそうにしてましたね、実際、あの応答、気に入ってます?」
北渡が言うと、白雲は、「おい、後ろにも電話しとけよ」とぶっきらぼうに言った。
サービスエリアに入り、一般車の列の一番手前から6台目にGT500を停めると、その横に次々と他の5台が並ぶ。ウニモグU5000から6人が降りて 4人が残った。交代で見張る様だ。
それを目にした優子が、また、
「ねぇ、ねぇ、お腹空かないの」と聞くと
「私達は、これが任務ですので。気を付けていってらっしゃいませ姫様」と無下に断られていた。
魏嬢と白愁牙が、「姫~、行くわよ、早く早く」と急かされ
「何か買ってくるね」と言いその場を離れる。
レストランに直行し、食券を優介が買っている間に優子と魏嬢と白愁牙が白えびコロッケを大量に購入して、全員に2ケづつ配っていた。
優介は、順子さんを同じ席に座らせているのを見て優子が、
「やるね、優介、アフターケアだよね」と耳元で囁く。
優介が、「洋介さんを此処に呼んでるから一緒に帰ったら良い」と言うと
「合わせる顔が無いんです」と小さな声で順子が返事をする。
「洋介さんには、後は、雄一郎、咲子さん、洋介さん、順子さんの4人で話合って決めて欲しい。俺達は、もう何とも思ってないから決まった事に準じるよ」と言う。
「お腹いっぱいになったら帰れるよ、それも勇気だね」優子が言う。
優介は、(さすがだ、人の気持ちにずかずかと入って行く)と思い、優子を見ると、
「また~、そんなに見つめちゃって」と話がまた何処かに逸れて行く。
「優子、一寸、俺、後ろの席で用事があるから暫く一人にしておいてくれ」と言いながら
上着のポケットから【結界同化術式符】と【五行束縛符】を取り出し、別の席へ移動し、それに手を当てて何かをしている。見ているとバラバラになっている護符を2つの山に分けている様だった。
分け終わると、「うーん」と良いながら、全員の顔を見回して胸ポケットから筆ペンを取り出し、一つの山の護符全てに【絆】と書いて行く。もう一つの山には、【破】と言う文字を書いて行く。中々の達筆だ。【破】と言う文字を書いた束を左の内ポケットに仕舞い、立ち上がると
「優子、済まないが、これを彼らに渡してくれないか」と言った。
「うん、良いよ」と優介のテーブルに来てその束を持ち、行こうとすると
「白雲さん、白禅さん、白愁牙さん、以前、御渡しした封書をこっちの封書と交換しますのでテーブルの上に置いて頂けませんか」と言いい、「優子、頼む」と言って座った。
全員に渡し終えると優介が、戻った【結】の封書を持っておもむろに一番手前に居た蔵王丸の肩に手を乗せた。この場に居る妖(あやかし)全員が、固まった。
「ね、もう大丈夫でしょ」と優介がにこやかに微笑んで全員を見渡すと
「蔵王丸が滅されたと思った」と太郎丸が言うと
「お前もその距離だとダメだろ」と蔵王丸が返す。
「あ、そうだな。そりゃぁそうだ」と太郎丸が言うと全員の顔から緊張が無くなった。
「あ、兄貴、俺らもこんな大事な物、頂いてもよろしいんで」凍次郎が言う。
「此処にいる皆は、俺は友だと思って信じている。俺はこの気持ちをこの封書に込めた。皆、受け取って貰えるか?」と優介が聞くと
「勿論です」と一斉に声が返って来た。
優介は、目が、熱くなって、何も言えなくなってその代わりに深く頭を下げた。
「ありがとう」やっとの思いで出た言葉だった。
優子が、「注文したの来たよ」と皆に言い、「お腹空いてたら涙が出るね」と言いながら指先で涙を拭いていた。皆、口々に「姫の言う通りだ」と言いながら食事が始まった。
食事も無事終わり、優介が「中司家から使いの者が、やって来て順子さんを連れて帰ってもらう。使いの者って言うのは、順子さんの旦那さんなんだが、丁重にお迎えして、順子さん共々、丁重に御見送りの程、皆さんに御願いします」と言うと「わかりました」と心良い返事が返って来たので順子さんに微笑んだ。優介は、時間があるので其れ迄、カフェに行く事にした。
優介が立ち上がりカフェに歩いていると、優子、魏嬢、白愁牙が、後をついて来て魏嬢が、「優介、やっぱりあんた良い男だよ~、惚れ直したよ~」と言い後から抱き着いた。
「一寸、姐さん、私にも抱き着かせてよ~」白愁牙が言うと
「優介は、私の旦那さん何ですから気安く抱き着かないでください」と真剣に怒って優子が優介の腕を引っ張る。魏嬢が、「何だい、けち~」、「けちじゃありません」と大騒ぎをするので優介は、さっさとカフェに逃げ込んだ。
席に着くと全員が、カフェに入って来て「いやぁー、兄貴とこうして席を一緒に出来るたぁ思いませんでしたよ」と正面に凍次郎が座り、その横に白雲が座った。優子は、こっちが気に成りながら魏嬢、白愁牙、順子と一緒に座っている。
こうして時間が、過ぎ、服部洋介が顔を見せた。
優介が、「洋介さん、こっちこっち」と手を上げると洋介が走って来て
「すまなかった、優介」と言うので
「良いよ、無事だったんだし、其れよりコーヒーでも飲む」と聞くと
太郎丸が、「此処に」と言いながら洋介の前にごつい手でコーヒーを置き、
「熱いので御気をつけてください」と言う。
優子が、太郎さん、すごーい、偉いねーって言ったので、太郎丸は、えへへ、褒められちゃったと有頂天に喜んでいる。優介は、若干、頭が痛くなった。
「この周りの連中、みんなそうなのか?」と洋介が、優介にこっそり聞くと
「へい、兄貴にぞっこんの連中ばかりでさぁ」と凍次郎が答えた。
「あぁ、前に座ってるのが2人共、天狐でね」優介が、答えると
「御初に御目に掛かります。中司家に奉公に参っております。私、服部洋介と申します」と挨拶してる。
「まぁ、御掛けになって御気楽になさってください」白雲が言う
「優介、と言う事はだよ、ここに居る連中は、相当な方々ばかりだよな、やっぱり」と一人で頷いて納得している。「挨拶しようかな」とボソッと言うので「止めておいた方が良い、店に居れなくなるから」と優介が、助言する。
「じゃ、そろそろ行くわ、優介、悪かったな」洋介が言い、「順子、帰ろうか」と手を取る。
「兄貴、私らもそろそろ行きますか」凍次郎が言い、優介は、そうだな行こうと返事をする。
全員が一斉に店を出て駐車場に向かう。
GT500の横にGTRが停まっていた。洋介は、GTRの助手席を開けると順子を座らせ、運転席に回り、隣に停まっている車に乗り込もうとしてる優介に声を掛けて静かに走って行った。
給油の為、GT500、ダッジナイトロ、シボレーコルベット、シボレーキャプティバ、ハマーH2、ウニモグU5000は、ガソリンスタンドに入り、全車6台満タン、ハイオクでといつの間にか降りていた胤景が、カードを出して店員に渡して店内に入って行った。
それから先も順調に目的地に近づいて行った。
途中、新潟亀田インターで降り、新潟近くのホテルで一泊し、次の日の晩には五所川原市の温泉ホテルに泊まっていた。
集結
五所川原市のホテルを出た 優介達は、一路 高山稲荷神社へ向かった。
いつもは静かな神社で参拝者で満員になる筈のないこの場所が、騒がしい。
駐車場は、人で溢れていた。
喧噪の中、先頭をダッジナイトロが、駐車場へ乗り入れる。
シェルビーGT500、シボレーコルベット、シボレーキャプティバ、ハマーH2、ウニモグU5000
次々と車が、入り停車する。
車の中から其々が、出て来ると人波が動き始める。
白雲、白禅を前に並ぶ者達
凍次郎、北渡を前に並ぶ者達
太郎丸、蔵王丸を前に並ぶ者達
胤景(いんけい)鐸閃(たくせん)を前に並ぶ者達
魏嬢(ぎじょう)を前に並ぶ者達
優介と優子は、圧倒され、茫然と佇んでいる。
槃蔵、白隙、来牙、権現狸、斯眼もじっと見ていた。
優子が、白隙を見つけ 唐突に顔を平手で殴った。
「あんたねぇ、人の事、姫って言いふらして 男の癖に口が軽いんだよ」と啖呵を切る。
その様子を見て斯眼が、「姫、怖ぇ~なぁ~」と驚くと
権現狸が、「ま、あやつの事、何かしでかしたんじゃろ」と平気な顔で見ている。
「あー、すっきりした」と言い、優子は、
「あら、すいません。御初に御目に掛かります。私、優介の妻の優子と申します」と槃蔵に挨拶する。
槃蔵は、あっけにとられ、「あ、ぁ、儂は、槃蔵と申します」と返事をする。
5m程離れて、優介が礼をした。槃蔵も礼を返した。
白雲が優介と優子を全員に紹介するが、詳しい事は、各々の族長に聞いて欲しいと付け加えた。
「凄いね、優介」優子が言う。
「あぁ、そうだな・・・・完全に立場を・・・自覚しないといけないな」ボソッと言い、
「皆、嫌、誰一人として失いたくないな」はっきりと言葉にした。
その言葉を聞いて槃蔵は、何故、この人間にここに集まった族長が、入れ込んだのかを理解した。
(なるほどのぉ、こう言う【人】もいるのだ)槃蔵は、呟いた。
その後から、「槃蔵よ、久しいのぉ」と声を掛けられ驚きながら振り向き、
「こ、これは、師匠、御無沙汰しております」とその場で正座して一礼する。
「立ってくれ、儂もここに集まった族長達と同じ立場の者、優介殿に従うまでじゃ」
声の主は、天日だった。
天日の横に白澤も居た。
槃蔵は、聞いてはいたが、我が目で見るまでは信じられなかった。
「本当だったんですね」槃蔵が呟く様に言った。
白雲が、「集まったは、良いがこれでは高山稲荷様に御迷惑であろう。各々の部隊は、各々の裁量に任せて解散しようと思うが、作戦の細かな部分、例えば移動。これは、玉賽破に気付かれたくない。あくまで先制攻撃、奇襲にしたいが、どう考える」と言うと
胤景(いんけい)が、ヘリは、第6高射群第22高射隊脇の広場に数機、待機させた、武器、火器弾薬は、大湊海上自衛隊脇の倉庫からトラックで運び出せる様に手配を完了したし、同じ大湊海上自衛隊へ巡洋艦の出撃待機命令を出してある。また、三沢基地からミサイルを積んだ戦闘機6機を待機させた。
鐸閃(たくせん)が国道279号線と338号線は、吹越から北と、六ヶ所北分署消防署から北は、特別管制を引いて立入りを禁止させ、住民を避難させる手配を行ってある。
優介は、ここにイージス艦なんか出て来たらおどろくな、それにこれだけでも簡単にテロを起こせそうじゃないか、と優子に言うと「本当に兵隊さんだったんだー」とびっくりしている。
白雲は、部隊を3つに分け、1/3は、此処にいるが、2/3は、すでに現地、湯の川ホテルで戦闘待機している。と告げ、魏嬢(ぎじょう)も1/3を此処に来させて、2/3を湯の川ホテルに待機させた。
北渡は、計画通り、此処に半数と青森市内に半数潜伏させていると言う。
太郎丸は、「俺達は、ここに2人と後、五鬼継(ごきつぐ)の皆と五鬼助(ごきじょ)一族は、むつ市から4号線で地蔵山横の剣山に向かわせてある」と報告すると、蔵王丸もうんうんと頷いた。
斯眼は、聞いて居て「すっげー、軍隊かよ、それに巡洋艦にヘリ、戦闘機、出鱈目じゃねーか」
権現狸が「それだけ準備に時間が掛かったと言う事じゃ、最善を尽くす案じゃな」
「一寸、待ってください、胤景さん、鐸閃さん、軍の戦闘機でナパーム落とすつもりですか、巡洋艦から砲撃するつもりですか、そりゃ、人は、全員、避難出来ると思いますよ、じゃ、現地近辺にいる動物、小動物、そして彼らが、食物としている木々、それらはどうやって避難させれるんですか。敵を一掃出来たけど、辺り一面焼け野原なんて せめて、自分の住んでいる国がそんな事を平気で出来るとは、思いたく無いし、させたくありません」優介が、言い、「胤景さん、鐸閃さんが、真剣になって作戦と準備をして呉れた事、嬉しいですけど、何も住めない荒廃した土地にする事だけは、さけましょうよ」と言った。
胤景、鐸閃は、「・・・」茫然と優介を見つめると、
唐突に、胤景、鐸閃が、拍手した。周りで聞いていた妖達も皆が拍手した。
優介は、戸惑いながら尚も続ける事を決意したかの様に右拳を握り締めて喋る。
「我々、日本人、妖の皆さんも含みます。世界でも稀な自然と共存する知恵と勇気がありました。丁度、貴方方の言う古き良き時代と言う物と同じだと考えています。我々は、あの頃を知っています。聞いています。ですから我々の手でそれを壊す様な事だけはすべきで無いと思います。絶対的な火力があっても使わないと言う事は、其れだけ戦闘も苛烈を極めるかも解りません。私は、貴方方を一人でも傷つけたく無いのも事実です。ですが、自然を壊滅する事には、賛成出来ません。」
更に拍手は、大きくなった。
「流石は、我が主様、実は、この作戦を立てた時、これで良いのだろうか、話に聞くベトナムやアフガニスタンの様な愚行を行って良いのか迷いました。ですが、我々は、軍人です。最良の案を述べ、其れに対しての英断を聞きとう御座いました。主様を試す様な愚行を御許し下さい」
胤景、鐸閃が跪き頭を下げた。
(うーん、空狐様や白澤様が惚れたと言うだけの事は有る。早々に儂も挨拶せねば)と槃蔵は、考える。
「どうじゃ、槃蔵、どうやら決心がついた様じゃのぉ、ほっほっほっほっほっ」空狐が言う。
「はい、あの方に従いましょうぞ」槃蔵は、空狐に頭を下げながら言った。
「優介~ぇ~、かっこ良かったよ。流石だね」優子が言う。
「優介殿のああ言う青臭い所、昔から好きなんだよね~」魏嬢が言う。
「ダメですよ、魏嬢さん、私が奥さんなんですからね」優子が魏嬢を怒る。
「ですが、主殿、初回攻撃は、如何されます」胤景が問うと
「儂と槃蔵様、それに白隙と来牙に任せてもらえんでしょうか」権現狸が言うと
「しかし、主(ぬし)達は、玉賽破の尾の属性を調べる役目があろう」白澤が言った。
「儂と槃蔵様のコラボレーションの必殺技、EM砲、と白隙には、炎蛇と来牙には、凍蛇がある」
「EM砲? なんじゃそれ」白澤が顔を顰(しか)める。
凍次郎が、「おめーら、そんな事して遊んでやがったのか」
「遊んでたなんて槃蔵様に修行を御願いして刀を手に入れ、技を磨いていたので御座います」っと震えながら来牙が土下座して頭を下げる。
「強くなったのかい。でも無理しちゃいけないよ」白禅が白隙に声を掛ける。
「はい、ですが、必ず御役に立てると信じております」白隙が頭を下げる。
「白澤殿、権現狸殿との合せ技、権現狸殿の案でやってみたんじゃが、とてつもない物での。ま、名前が名前だけに信用出来なくはないが、実際 我ら見ております。先発に加えては頂けますまいかのぉ」
槃蔵が頭を下げるが、権現狸は、(名前、カッコ良いと思ったのにな~)と囁きながら落ち込んでいる。
「白澤様、白隙も来牙も以前に比べると顔付が変わっております。私からも御願いで御座います。彼らの活躍の場を与えてやって貰えませんか」白雲が頭を下げた。
「で、どうやるのさ」魏嬢が口を挟む。
「まずは玉賽破を丸腰にする。その為に天ケ森の奴らを叩く、そして平行して情報じゃ、玉賽破がどうやって妖気を集めておるのかが解らんが、太古の技術を持って行っておる事には変わりは無いじゃろうからその装置を壊す。それから進撃する。大まかに言えばこうじゃのう」白澤が答えると
「アンタ、何か知ってるね。まぁ、良いか。良し、解った。天ケ森上空まで我らが運んで遣るよ」魏嬢が言い、優介と優子の方へ歩いて行く。
(ふぅ~、・・・流石に沼御前殿、鋭いわ)白澤が額の汗を拭う。
優介の傍には、優子、胤景、鐸閃、太郎丸、蔵王丸が座っていた。
「胤景さん、あたしら、フェリーに乗ってちんたら行かなきゃならないのかい?」魏嬢が言うと
「い、いや、御希望であれば、ヘリで行かれるが、よ、よい、宜しいかと」かなり焦りながら答える。
「魏嬢さん、色っぽ過ぎ~」優子が、指を刺して指摘する。
「あ・り・が・と・う、胤さん」魏嬢が返事する。
「あー、いけないんだー、女の武器、使いすぎー」また、優子が、指刺す。
「CH-47Jは、装備、弾薬、武器等の火器運搬に大湊海上自衛隊に寄りますが、けが人等、救助用のUH-60Jを御用意します。乗員は、5名ですが、T700IHI-401C型のターボシャフトエンジンですので235km/hでの飛行が可能になります」と答える胤景。
「其れは何機あるの」優子が、聞く
「はい、姫様、5機用意させて頂いております。相手の手の内が解りませんのでCH-47Jの場合、巡航速度が200km/hとなり、機体も大きく、大勢の者が乗り撃墜されると多大な損害を被る可能性がありますので少人数づつの移動が懸命かと考えております」
胤景が答えると、今度は太郎丸が、「俺達も其れに乗れるの」と聞いたら
「太郎丸さんと蔵王丸さんは、装備運搬の手伝いを御願いしたいのと体が大きいのでCH-47Jです」
とはっきり言われた。「蔵王丸、俺達。撃墜されちゃうんだって」と悲しそうに言うと「そもそも 乗る前から撃墜されるって決まってないわ」と蔵王丸が言った。
優介、優子、胤景、鐸閃、が、笑う。
優介が、白澤を見ると、目が合って、白澤が、移動して来る。
「優介殿、大体の編成が、決定しました。後ほど、書面にて御渡しします。今日の所は、そろそろ暇させて頂きます」と言うので
「ありがとうございます。面倒な役目を押し付けて申し訳無く思っております。どうぞ御ゆっくりなさって下さい」と姿勢を正し、頭を下げる。
「今日は取り敢えず各自このままばらけて指示は、各族長にお任せして明後日、行動を開始します。本日、只今より、目立つ行動は、避け、敵に知られない様に気配を最小限に抑えていてください。解散します」
白禅が 大きな声で告げた。
奸計
「玉賽破様」白い毛を持つ野狐(やこ)が呼び掛ける。
「海の向こうが騒がしいと言うのであろう」玉賽破と呼ばれた美しい金色の家を持つ物が答える。
「昨日、一日では無いか。何かの集会であろう」と続けた。
「かも知れませぬが、南方の妖共の消息が途絶えました」白い毛の野狐が答える。
「婆の元、側近達か、あの様なじじい共、最初から宛にもしとらぬわ」
「いえ、それが気配、痕跡ですら感知できませぬ。其れに物見に行かせた者もまだ帰って来ておりません」
「大方、あの十和利の漆黒の者、名をなんと言うのであったか」
「凍次郎でございます」
「そう、あやつが十和利で最近、北に上がって来る者相手に暴れておる故に、遣られてしもうたんじゃろ。漆黒ごときに遣られる者等、要らぬ。戦力にも成りはせぬ。其れより、半妖は如した、能力者を早く見つけろ!」玉賽破は、苛立ってその尾の一本で野狐を弾き飛ばす。
「直ちに」と言い、飛ばされた野狐は、そのまま消えた。
集会を終えた五所川原市のホテルの喫茶室に優介、優子、白雲、魏嬢(ぎじょう)、権現狸、斯眼(しがん)、太郎丸、蔵王丸の8名が座っている。権現狸、斯眼が、先程、優子を通して【絆】と書かれた護符を貰い優介の近辺に座る事が出来た。
魏嬢が2人の女性と後を向いて何かを話している。
魏嬢の側近の獨雅(どくが)と賽嬢(さいじょう)である。
「玉賽破が行っているらしい太古の術とやら、白澤が、何やら知って居る様だ。あの白澤と言う奴、其処まで話す気にはなって居らぬ。主等2人、あの辺りの古代の遺跡、知っておる事は、ないか」
「・・・・・」獨雅(どくが)と賽嬢(さいじょう)が、顔を見合わせる。
「姫様、以前雑誌で見た情報なんですが」
獨雅と賽嬢の横に控えていた賽蛇(さいだ)が口を挟む、獨雅と賽嬢が横を向く。
魏嬢が 良い、申してみよ と言い、2人を牽制する。
「あの恐山と言われる地形、外輪山は鶏頭山、地蔵山、剣山、釜臥山、大尽山、小尽山、北国山、屏風山、の八峰からなって折り、中に宇曽利山湖と言われる湖があります。其処から胎蔵界曼荼羅の中台八葉院、もしくは、チベット仏教の金剛界曼荼羅が、連想されます。これらの山々を高野山と同じく外八葉とし、その内に古(いにしえ)の物を用いて内八葉を作ると合わせて16葉、これを金剛界曼荼羅の十六大菩薩に相当させると蓮の花を象徴する曼荼羅が完成します。装置としてはかなり大がかりには成りますが、大き過ぎて逆に発見され憎いと言う利点も生じます。古代の遺跡と言う言い方を白澤様が申しておられましたが、姫様と話された後、異常な量の汗をかいて居られました。この事から古代遺跡と言う物は無いと私は推測します。高野山は816年ですので年代的には、古いですが、古代とは、言えません」
賽蛇が言うと、魏嬢が、獨雅と賽嬢に賽蛇を連れて現地に飛べと言いながら、少し待っておれと言った。
魏嬢は、胤景に電話を入れ、今から3名を乗せて恐山上空を飛べぬか と聞くと
「ん・・・、そうか古代遺跡が解ったのか、直ぐ準備する。こっちに着く頃にはすぐに飛べる様にして置く」と言い、電話も切らずに、「整備兵、UH-60Jの整備と機内の清掃を急げ、それと監視用カメラも2機セットしておけ」と叫んで電話を切った。
魏嬢は、賽嬢にコルベットのキーを渡し、第6高射群第22高射隊脇の広場に行く様に指示し、ヘリに装着されているカメラと軍事衛星の座標を合わせた写真もしくはビデオを撮って来る様に指示した。
指示された3名は、小走りに走り去った。
魏嬢は、前に向き直り、タバコに火を点け、テーブルのコーヒーを一口飲んだ。
斯眼の横にいつの間に現れたのか旧鼠(きゅうそ)が大の字になって寝ている。
魏嬢と目が合った斯眼は、「こいつは、喰うなよ。こいつは、あの絵本百物語に載せられた程の鼠(ねずみ)だぞ」と思わず言うと、
「食べないわよ、そうなのあの親無しに成った子猫を育てたって言う奴なんだ」と返す。
優介は、「江戸時代に書かれたあの絵本百物語か」と言うと
「だから最初に言ったじゃないですか、(あいつは良い奴だ)って」斯眼が言う。
「感謝しているよ。旧鼠が居なかったら九州の情報も解らなかったしな」優介が言うと
「でもさ、此処って喫茶だろ、そんなでかいネズミ、どうするんだい」魏嬢が言うと
「そうだな、忘れてた。猫とネズミ、こうして置く」白雲が斯眼と旧鼠の後から右手、左手を其々の頭に乗せ、ぶつぶつと何かを言うと2匹の体がスライムの様になり、やがて人の形となって再生した。
「すっげー、これで何処でも堂々と言葉をしゃべれるな、今度、遣り方教えて呉れよ」
斯眼が自分の腕や足を見て喜ぶ。旧鼠は、昨日から走り詰めで疲れたのか変身したまま寝ている。
「すっごーい、あんな感じで変身するんだ」優子が興奮して寝ている旧鼠の傍に行って指先で突つく。
「蔵王丸ぅー、妖が、真言密教なんて使えるのか」太郎丸がビールを呑みながら聞く。
「使える奴も中にはいるかもな、見た事ないけど坊主の妖とか」蔵王丸がボソッと言う。
「・・・、そうか、坊主か、地蔵が居る。魏嬢、呼び戻せ。今の3人、死ぬぞ」優介が叫ぶ。
「え、なんで・・・地蔵菩薩・・・そ、そうか」魏嬢が、すぐに携帯を取り、胤景に電話をした。
「ヘリを停めて、発進させないでね。罠よ、トラップよ」
「まだ、来てないから止めよう」胤景が言う。
魏嬢が、電話を切りすぐに獨雅に電話を入れる。
「はい、姫様」すぐに電話に出た。
「引き返して これは罠よ」魏嬢が言う。
「賽嬢、Uターン、姫様が読んでいる。忘れ物だと」
「・・・解った」賽嬢が中央分離体の継ぎ目の手前で追い越し車線から横半分走行車線にはみ出し右にハンドルを切ってサイドブレーキを引いた。
コルベットは、後輪を滑らせながら急旋回する180度回ったところで真横に滑り中央分離体の間を抜けて、反対車線に滑り込んだ。
後ろから後続車が迫る。
賽嬢がハンドルとサイドブレーキを戻し、ギヤを2速に落とすとアクセルを踏んだ。
後続車がブレーキを踏む。
だが、間に合わない、後2m、1m、
コルベットは、長いスキッド音とゴムの焼ける臭いを残しロケットの様に加速して行く。
後続車の運転手は、唖然とした。
五所川原市のホテルの駐車場に滑る様に赤のコルベットが停車する。
獨雅と賽嬢が車から降りてドアを開け、トランクを開け「さぁ、行こう」と言い手を差し述べると
「う、うん」賽蛇が答えてその手を掴んで飛び降りる。
「え、ここホテルじゃない」賽蛇が言うと
「そ、姫様が、忘れ物だって」獨雅が言いながら賽蛇の手を取り、先を行く賽嬢を追いかけていった。
ロビーに入ると 優介と魏嬢が立ち上がり、奥の席のテーブル席に移ったところだった。
獨雅と賽嬢に賽蛇の3人は、魏嬢の元へ走り寄る。
魏嬢の後に3人が並ぶ、魏嬢がタバコを右手に 灰皿を左手に持ちながら立ち上がる。
魏嬢の尾骶骨が、静かに伸びて行く。
綺麗な白色と銀色の光沢の鱗を纏っていた。
伸びた尾骶骨は、賽蛇の後ろに回り込み、立ち上がって行く。
獨雅と賽嬢に賽蛇の3人は、気が付かない。魏嬢の言葉を待っている。
賽蛇が気付く、しかし もう遅かった。
賽蛇の後ろに回り込み立ち上がった尾骶骨は、賽蛇の首に巻き付き、体ごと引き上げて行く。
「貴女、いつから向こうに付いてたのかしら」魏嬢が言う。
「えっ・・・なんで」賽蛇が呻く。
「聞こえなかったのかしら」魏嬢が言う。
抑揚のない機械的な物の言い方だ。
聞く者を氷付かせる様な響きを持っている。
目は爬虫類の持つ金色に光っている。
「私を罠に嵌めるとは、良い根性をしてるわね。この小娘」
「解らなかったんじゃ、いつ、いつ解ったの」賽蛇が叫ぶ。
「・・・・・良いわ。獨雅と賽嬢、連れて行きなさい」
賽蛇を降ろすと吊り上げていた尾骶骨は、スルスルと元の様に戻って行く。
タバコを一口、吸い込んだ後、椅子に腰かけ、背を向け煙を吐き出し、片足を組んだ。
片手で肘を付きオデコを支え、俯いている。
「姫様、それで処分は如何致しますか」
獨雅が言うと賽嬢が袖を引っ張って震えながら指を刺す。
指が刺された方を獨雅が見ると、
其処には白黒の鱗の形の首輪が黒い靄の様なものを漂わせながら張り付いていた。
「ひっ」短い声を発し獨雅が言い。2人が頭を下げ、引きずる様にホテルの外へ連れて行った。
「向こうの席へ戻ろうか」優介が魏嬢に声を掛ける。
「無様ね、身内から裏切り者を出すなんて・・・申し訳ございません」魏嬢が優介に頭を下げる。
「事前に解って良かった。さて向こうでコーヒーでも飲みながらまた、考えよう」
優介は、手を差し出して魏嬢の手を取り、元の席に戻って行く。
「あ~、あ~、浮気だ、優介が浮気だ」優子が騒ぎ出す。
優子の隣へ魏嬢を座らせ、優子を挟んで優介が座る。
「あのなぁ、こんな堂々とした浮気があるか?」優介が言う。
「だって、手、繋いでたもん」優子が優介の方を向いて言う。
優子の背中に魏嬢がオデコを軽く当てる、優子がはっとして「うん良いよ」と呟く。
「優子、ごめん、一寸このままにさせて」と呟いた。
「姉さん」その横で白愁牙が呟いた。
優介と優子は、裁く者の辛さを魏嬢の中に見た。
人と違い妖達は、裁かれる=死に直結するのだ。
一族としての義務、掟、責任、けじめ。
裁く者は、それを永遠に背負わなければ成らない。
だから彼らは強い。強くなければ成らない。
それを知っている妖達の族長達は、何も言わず、見つめていた。
装置
昨日は、ホテルのバーが閉まってからも優介の部屋で呑んでいた。
優介は床に座りベッドにもたれて寝ていた。目を覚ますと自分のベッドの上には優子、魏嬢(ぎじょう)、白愁牙が寝ている。
隣のベットには、白雲と凍次郎が、頭を逆にして寝て居る。
ドアが開いて部屋と廊下の間で太郎丸が寝て居る。クローゼットの前で蔵王丸が寝て居る。蔵王丸にもたれて権現狸、斯眼(しがん)、旧鼠が寝て居る。酒ビンや缶、つまみの袋が一面に散乱している。
優介は、立ち上がって部屋を見渡し、深い溜息を付き、タバコに火を点けベットの端に腰を掛け、ホテルの清掃関係者に心から懺悔する。
すぐ傍には、優子の寝顔と魏嬢の寝顔、それに白愁牙の寝顔があった。
優介は、優子の頭に優しく手を置き、煙を吐き出し、「ごくろうさま」と呟き、立上ると、(これだけの猛者が居てるなら大丈夫だな)と呟き、部屋を出て、1階の喫茶でコーヒーを飲みながら考える事にした。
優介は、手にしたノートを読み返す。
青狐と一緒に記録して行ったノートだ。
どれだけ考えても玉賽破が恐山から妖力を得る方法が思いつかない。
視点を変える、相手は獣、妖。
手間の掛かるまわりくどい事は、しない。
最短で効率が良く、安全な方法を取る。
玉賽破は、常に同じ場所で発見されている。
ノートを読み返して解った。
何故、奴はいつも同じ場所なんだ。
何か違和感がある。
動かない。いやそうじゃない。
動けないのかも解らない。
動けない理由がある。
そう、理由があるはず。
今迄は、恐山だけを考えていた。
恐山から見て玉賽破の居る位置・・・
西の方角・・・
十干十二支に置き換えて見る・・・
西は、酉の方角・・・酉、ん、・・・
時間にして17:00〜19:00、涅槃、いや違う・・・逢魔の刻、そうか逢魔か、恐山から見て逢魔の方角、偶然か? いや、意図しているはず、恐山に妖が入れる時間、干渉出来る時間、すなわち 干渉出来る方向か、そうか、そう言う事か、物理的には妖気を集める装置は存在し無い、玉賽破が溜まった妖気を取りに行く。いや待て、自分で取りに行くと地蔵菩薩が居る。・・・何か自分の物を置いて置ければ、・・・依り代の様な物・・・相手は九尾だ、考えろ・・・依り代だ・・・
そうか、分身、分身を置いて置けば自分には自動的に妖気が入る。其の為の酉の方角か。
常に恐山に干渉出来る方角に居るから分身も消えずに恐山に存在出来る。
装置は、奴の位置と奴の分身って事か。
成る程、古(いにしえ)の術式、陰陽五行に乗っ取っている。
これか、間違いない。
優介は、解った瞬間、目をノートから離して前を見ると優子と魏嬢と白愁牙が ジーっと見ていた。
優介は驚いて「うわぁ」と叫ぶ。
「やっと、気付いた」白愁牙が言う。
「もぅ、優介、美女3人をベッドに残して何処行くのよ」優子が言う。
「本当、昨日の晩は激しかったね〜」
魏嬢が 輪をかけて問題発言。優介は(勘違いされますよー)と心で叫ぶ。
優介は、周りの出張中のサラリーマンや観光客達の視線が痛く突き刺さるのを感じながら、(ココで焦るとこいつら付け上がる)と考え、平然と対応する事にした。
「おはよう、モーニングにするか」
「テーブルの上」優子が言いながら指刺しながら、「集中してたよね~」と言う。
見ると入れ直したコーヒーとトレイの上には、サラダ、トースト等が用意されていた。
「あ、ありがとう、其れに玉賽破のカラクリが漸(ようや)く解った。奴め、効率の良い方法で誰にも解らない方法を取っている」
「解ったんだ〜」優子が言う。
「あぁ、ヒントは、奴の居る場所にあった」
「流石、探偵さんだね〜、推理なら任せろってね」優子が言う。
いつの間にか、周りのテーブルは、妖達が占拠し、優介の話に聞き耳を立てている。
「こう言うカラクリに成っている。奴の居る位置は、恐山から見て西、つまり酉の方角、つまり逢魔の時間位置に当たる。奴が恐山に対して唯一、干渉出来る方角に成る。一方、恐山には地蔵菩薩様が見て居られるから直接、妖気を取りに行けない。どうするか、他の動物に自分の分身を貼り付けて持って行かせた。これで恐山から妖気を吸収する装置が出来上がる。奴が移動すると術が解ける、だから奴は動かないじゃ無く、動けないんだ。この術式、正に 古(いにしえ)の陰陽五行を使った装に成っている」
「そうか、其れで恐山に意識が行けば、玉賽破の位置に目が行かない様に仕向けられる」白愁牙が言いながら魏嬢の肩を抱く。
「じゃ、玉賽破の位置を1回でも動かせばその装置としての機能は消滅って事だよね」
優子が言うと優介が
「其の通りだ。奴の分身を破壊するか奴を移動させるか どちらかしかない」
「白雲、しばらく天日様と白澤様に【葉書き】を送らないで。あの2人何かをしようとしているから注意して、そうね、監視しておいて」魏嬢が言うと
「信用出来ないと」白雲が聞く
「信用出来ないんじゃ無い。何かを隠している。取り敢えず、あの2人、本物かどうか確かめて」
魏嬢が言うと白雲が
「昨日、会った時におかしいと思い、尾行させました。良く解りましたね。流石です」と返事する。
優介はこの2人、常に冷静だなと感心する。
白雲、魏嬢、凍次郎、権現狸、斯眼、太郎丸、蔵王丸、胤景(いんけい)鐸閃(たくせん)の9人の族長達は、お互いに顔を合わせて静かに頷いた。
優子と白愁牙も頷いた。
凍次郎の携帯が鳴った。
北渡からだ。「お館様、青森市内に潜伏してた うちの若い者が、白雲の旦那の部下らしき者が追っている2名を捕らえました。何者か解りませんが、茶色に白の毛の混じった野狐2匹です」
電話を受け、凍次郎が、「おい、白雲、今、お前の部下が追ってた2匹、うちで捕まえたそうだ。茶色に白の毛の混じった野狐だと。間違い無く昨日、天日様と白澤様に化けていた奴らだぞ。どうする?」
「まだそんな所に居たって事は、報告されてないな」と白雲が言うと
「あぁ、まだだろな」凍次郎が返すと 白雲は、親指で自分の首の所を横に動かした。
凍次郎は、再び電話に向かい
「白雲には了解を貰った、白雲の部下、立会の元、何も聞かずに速攻、殺せ」と告げ、
「白雲、お前の部下、立ち合わせるぞ、いいな」と言い電話を切った。
「魏嬢さん、御聞きの通りになりました。懸念頂きありがとう御座います」白雲は、魏嬢に礼を言った。
「魏嬢さん、白愁牙さん、御昼ごはん、ラーメン何てどう? 津軽名物だって」
優子が、言うと 「良いね、味噌なんだろ、温まるよ」白愁牙が答えた。
「よし、みんなで行こう」優介が言う。
優介も優子が考えている事を理解した。この殺伐とした空気を少しでも変えたかった。
当然、戦闘状態になれば、そんな甘い事は、言ってられない。でも今は、何かを皆で楽しみたかった。
「今日は、私が全部出資しよう」魏嬢が、膝を叩いて立ち上がると
「いや、俺が出す」胤景、「今度は、俺達だ」太郎丸が立ち上がる。
優介が、「でも、俺は、今から朝飯を食う」と言うと
立ち上がった3人は、思わず顔を見合わせ笑う。
優子は、優介の行動を見て(ほんとに優しいんだから)と泣きそうになった。
優子は、優介、白雲、魏嬢、白愁牙、凍次郎、権現狸、斯眼、太郎丸、蔵王丸、胤景、鐸閃、皆の笑顔をもう一度、いや、この先も何度でも見たいと心底願った。
それは、ここにいる妖達も自分達より遥かに寿命の短いこの2人の人間に悲しい思いは、させたく無かった。戦闘が終わっても友達は友達、いつでもこうやって会いたいと願った。
どんなに苛酷な戦闘になっても此処に居る皆が居ればきっと良い思い出に変えて行けると信じ、胸内に携えた封書の【絆】の文字を思い、明日を迎える覚悟を固めて行った。
九尾の孫【絆の章】 (2)
【絆の章】(2)完了です。
九尾の孫【勇の章】(3) に続きます。