九尾の孫【結の章】 (1)

探偵 中司優介と相馬優子との出会い。
これが全ての始まりだった。

出会

夜の1:00を回った。
机で眠っていた。
中司優介は、探偵である。
【神】や【妖】によって禍を受けた人間との間に立ち解決をして行く。
日本神話の時代から続く中司家の二男、36才、独身である。

空腹で目覚めた優介は、寒い中、コンビニへ行く決意をする。
そこへ1本の電話が掛って来た。


携帯電話が鳴り、優介は、電話に出た。
電話の向こうから若い女の声が 聴こえた。
「夜分遅く 申し訳御座いません・・・。わ、私、相馬優子と申します。今、近所のコンビニ前から電話しておりますが、今から御伺いさせて頂いても宜しいでしょうか?」
「コンビニに行く所だったので、コンビニで御合いしましょうか」
「解りました。寒いので中で待ってます。」
優介は、引出から財布と小銭入れをズボンのポケットに押し込んだ。空いている左手は、ダウンジャケットを掴み取り、部屋を出るとエレベーターに乗り込んだ。
外は、かなり冷え珍しくみぞれに近い水雪が 降っていたが、傘も持たずに、コンビニへと急いだ。

この近くのコンビニと言えば、事務所を出て大通りの信号を超えたところのただ一件しかない。
コンビニの中は、暖かく若いカップルが奥のパンの陳列棚の所で物色しており、レジには、ビールをカゴに数本入れてツマミを握りしめた 少し、顔の赤いおじさん、雑誌のところにショートカットで細っそりとした体型にスリムなジーンズ、ピッタリとしたヒールブーツを履いた若い女性が いるだけだった。
優介は、雑誌の置いてあるショートカットの女性の側に行くと名刺を差出しながら、「失礼ですが、相馬優子さんですか?電話を頂いた中司優介と申します」 挨拶をした。
すると女性は、優介を見て「すいません、こんな時間に御呼びたてしまして。相馬優子と申します」頭を下げる。
「職業柄、時間に関係無く来られる方が多いので、気にしないで下さい」
「他の探偵さんや神社の宮司さんの方々に聞き、中司さんだと 皆さん 口を揃えて仰るものですから 連絡先を教えて頂き、電話させて頂きました。あっちこっちを探して回っていたのでこんな時間になってしまいました」
優介は、相馬優子の話を遮り、
「まぁ、詳しい話は、事務所の方で伺います。事務所に何も置いてないので 飲み物、食べ物を 少し 買って来ます。飲み物、リクエスト有ります?」
「すいません。私も食べる物を買います。昼からずっと食べて無かったものですから御一緒させて頂いてもよろしいでしょうか」
「もちろん。カゴ、取ってきますね」
買い物も終わり、2人は、レジに向かう。
カゴの中身は、のりデラックス弁当2つとホットコーヒー3本、ミルクティー1本、お茶1.5リットル1本、唐揚げ、アメリカンドック2本。
「あっ、私、払います」
優子が財布からコンビニ専用のカードを出して支払いを済ませてしまった。
コンビニを出た二人は、いつの間にか、雪に変わった寒空の下、事務所に急いだ。
事務所の中は温かった、つけっぱなしになったヒーターが、頑張っていた。
優介は、優子にソファに座る様に言い、キッチンへ行きコップを2つ取って来て、ソファーの前の机に置き、コンビニで買ったお茶を注ぎ、コンビニの袋から弁当を取り出し机の上に広げ、相馬優子と反対側の迎合せのシートに座った。
じっと黙って下を向いている優子に優介は、
「冷めますから先に食べましょう」と言いい 弁当の包装を2つ解き、唐揚げ、アメリカンドッグを開けた蓋の上に無造作に並べ、箸を優子に差出し、受け取るのを確認して食べ始めた。
しばらくすると優子も食べ始めたので、頃合いを見て、
「【不思議】【怪異】等に関係する事ですよね」と言うと優子は、
少し焦って噎せたように咳をし、コップ一杯のお茶を飲み流し込むと
「はい。・・・・」と言い、沈黙した。
「うん、間違い無く、俺の分野だ。落ち着いたら詳しい話を聞かせて頂きます。」
食事を先に終えた優介は、コーヒーを持ち、席を立ち、灰皿が置いてある窓際に行ってタバコを吸いながら待った。
(かなり、切羽詰まっている様だな。こういう時は、自分から話出すまで待つのが、懸命か、)と優介は、考える。


優子が話し始めた。
その内容は、父と2人きりの家庭だったらしい。母は、優子が 幼少の頃に亡くなった。優子の父は、大学の教授をしており、人間の脳波エネルギーの研究をしていたそうだ。
優介は、イメージで福来友吉博士が出て来て霊視?。超能力研究?
などと想像してると、どうも違う様だった。
脳波は、絶えず、他人と干渉し合ってると言う事らしい。それも干渉しあっている本人同士は、意識せず、勝手にそうなっているらしい。
博士 いわく、出会いとは、最初から脳波が干渉していた人間同士が 物理的に会っただけで、云々 だそうだ。
ま、それは、どうでも良い事なので、先へ進むと、
優子の父親である博士が、身体を壊して入院し、亡くなる前に 優子に
「すまない。私は、人ならざる者と契約していた。若かったあの頃、どうしても向こう側を知りたかった。
だが、其れは、人が、知っては、いけない事だった。
私は、調べた、なんとかお前を救いたいと、
この世には、人であって神や妖の中立を受け持つ人がいる。その人を探し出し、救いを求めなさい。
で無いと 優子、お前自身が涅槃の泥に没する事になる。
私は、愚かな契約をしてしまった。許しれくれ」と、言い残し 亡くなったそうである。
父の死後、自宅や職場で 一人の時に
「約束は、28才の誕生日だ。忘れるな」と、
何処からともなく声が、聴こえたり で、怖くなった優子は、職場に体調不良と言う事で長期休暇の申請書と病院の診断書を提出し、現在、長期休暇中とし、父の遺言に有った様に優介を探したと言う。


優子は、「私、今、26なんです。後、2年後、何があるのかわからなくって、不安で、さみしくて・・・・」
と、泣き出してしまった。
優介は、慌てて綺麗なタオルを取りに走った。
優子の手を取り、タオルを握らせ、その手を両手で優しく包んだ。
そして、優介は、自分の特殊な立場を語りだした。
「神代の時代から続く中司家の血は、神様達や妖達も近寄る事の出来ない強力な結界を形成してしまう。その為に中司家は、中立を保って来た。人に禍を成す物を消滅させる力がこの結界にある。だから、俺の付近に魔が寄る事が出来ない空間が出来上がっている。ここに居れば安全と言う事になるが、自由がない。真相を暴き、事件が解決する事に寄って貴女は、自由に成れるその為に協力は、惜しまないが、貴女の協力も当然、必要になる。だから事件が解決するまで行動を共にして欲しい」と言った。
優介が、コーヒーを勧め、一口飲むと落ち着きを取り戻した優子は、休暇を出してから優介を見つけ、此処に来るまでの事を語り出した。
「友達にも相談した。でも真剣にはなって呉れなかった。興味本位で聞いて来る者も中に居た。相談内容を打ち明けて 本当に心配してくれたのは、その分野は中司とこだ と 答えてくれた連中の中でも数人だけで、以前、に依頼依頼した人達だったんです。彼らも又、過去に禍を受けた者達だったから解ってくれた。その中には、神社の神主さんや色々な神事に携わる人達も何人か居ました。この事務所の場所は、同業の探偵さん、名前は、真宮寺さんに教わり、先程のコンビニまで連れて来て頂いたんです」
「真宮寺、あいつか、良く知ってるよ」
それからは優子はコーヒーをもう一口飲んで
「こんな職業があったなんて本当に私、知りませんでした」
「特殊すぎますからね」優介は、笑いながら答えた。
「でも、私、こんなにすらすらと事情を話せた事に自分自身驚いています」
時計は、朝の5時を回っていた。
優介は、仮眠する様に勧め、予備の厚手の毛布と枕を渡してソファーの一つをフラットにして、簡易ベット作り、電気をす。
机の上のパソコンのディスプレーだけが光を放っていた。
優介は、パソコンの前の椅子に浅く腰を掛け、足元にある段ボール箱に足を乗せ、そこで寝る事にした。
30分程すると、全てを話して 安心したのか、彼女の静かな寝息が、聞こえだしたので 優介も瞼を閉じた。
事務所兼自宅のその部屋は、2人の寝息だけをディスプレーの光が照らしていた。

山神

優介は、良い匂いで目を覚ました。
キッチンから美味そうな匂いが漂って来る。
慌てて椅子から飛び起きた優介は、優子と目が合う。
「探偵さん、おはようございます」優子が言う。
「お、おはようございます。冷蔵庫、何も無かったはずでは、」
優介が言い掛けると
「コンビニ近くのスーパーが開いてましたから少し、買い物して、キッチンを使わせて頂きました。御口に合いますかどうか、召し上がってください」
言いながらソファのテーブルに並べて行く。
食パン、スクランブルエッグ、生ハム、オレンジ、サラダ、コーヒー。
優介は、唖然となってそれを見ている。
ホテルの朝食バイキング状態になっている。
優介の反応にクスリと微笑んだ優子は、
「冷めますよ」と優しく促した。

食事に満足し、再び、パソコンに向かった優介は、
(まずは、声の正体を突き止めて・・・父親を誘導して娘を手に入れる・・・かなり手が混んでいる。それ程までしても娘を手に入れる必要があった と言う事になる、となると、人を惑わす程の力を持った魔の正体、そんな力を持った魔であるなら、自然界にも何らかの影響もしくは兆候があると考えられる。ここは、7次元の神様に聞いてみるか)と考えた。

「相馬さん、正体を知る為にまず、少彦名命(すくなひこなのみこと)を訪ねようと思う」優介が言った。
優子が、コーヒーを吹き出しそうになるのを手で押さえた。
「神様? 神様って信仰上の存在じゃなかったんですか? 会うって会えるものなんですか?」
「神様の今、居る場所を割り出してそこに行けば会えるよ」
「割り出すって?・・・誰かに聞くって事で良いんですよね」
「そうとも言えるし、俺の勘ってのもある」
「・・・そうなんで・す・か!?」
初めてこんな事を聞いた一般の人は、大抵こんな反応だなと優介は、思いながら、
「でね、茨城県の大洗磯前神社に詣でる事にしました」
「それって、勘?」
「って言うよりも、多分、お気に入りの場所っぽい」
「神様が?」
「少彦名命様が」
「・・・」
「胡散臭いよね、言ってる事が信用出来ないのは、良く解る。貴女が此処に来たって言うのは、少しは、信用したからでしょ、一ヶ所で良いから信用して一緒に来て欲しい。それに」優介は、続ける
「貴女が来ないと意味を成さない」
「何時ですか?」
「今からと言いたいけど、30分ほどしてから」
「一寸、待って下さい。私、何も持って来てません」
「じゃ、家に乗せて行くから用意して」
「解りました」
優子は、首を傾けながら「うーん」と唸っていた。
優介は、コーヒーを飲みながら現地のホテルを検索し、予約し、キャリーバッグに着替えと他を入れ用意を終わらせた。
2人は、事務所を出て駐車場へ向かう。
駐車場に着くと優介は、シャッターを開け車に乗込み、シャッターの建屋から少し出た所で止める。エンジンは、掛けたままだ。
建屋に戻りシャッターを閉じて車のトランクを開けバッグを中に放り混みトランクを締めると暖気するから一寸待っててと優子に声を掛け助手席を開ける。

優介の愛車は、シェルビーGT500、フォード製ムスタングをシェルビー社が、モデファイした車種で、年々、その馬力が、上がっている。2013年式、DOHCのV8、5.8L、TVS2300シリーズのスーパーチャージャー+インタークーラーで650馬力、最高速320km以上を誇り、鍛造のクランクシャフト、デュアルクラッチ、カーボン製のドライブシャフトを経てリミテッドスリップデフから鍛造のアルミホィールを経由して生み出される中速からの加速は、車重1747kgを軽々と加速させる。
その強大な駆動力を支えるのは、ブレンボ製6ピストンと15インチローターの組み合わさったブレーキシステムと減衰力調整式のビルシュタイン製ショックアブソーバーである。
少々、音は、アイドル時には、ガラガラとV8独特の音とダブルカムの少し高目の音で少し大きいが、優介は、このカラーリングが、気に入っている。
ボディ色、白にホワイトグレーのレーシングストライプ、この控えめなストライプが、優介のお気に入りだ。貧乏生活が、続いているので、走行距離は、購入後、1年弱で、いまだ、3000kM。燃費は、このクラスでは、抜群で、高速だと、8kM/Lは、保障出来る、はず、多分。


「あまり見ない車ですね。音も少し、大きい様な気がします。」
と言いながら 助手席に潜りこんだ。
優介は、タバコに火を点けながら長い禁煙時間が、始まる憂鬱と、愛車をドライブ出来る高揚感の狭間で、暖気が完了するのを待った。
相馬優子の自宅は、帝塚山だと言う。住吉区にある万代池周辺の高級住宅街だ。淀川を超え、梅田から阪神高速へ侵入し、玉出で降りて、左折して坂を上って行くと路面電車が、走っている交差点に差し掛かる、その信号を右折し、左側に寄せて停車した。
「さぁ、家は、どっち? 池の方か、駅の方か?」
「・・・、あ、はい、その次の筋を 右へ、入って土塀の家です。」
「良く道を御存じですよね。ナビもつかわないで。」
「まぁ、大阪市内なら 大抵の場所は、わかりますよ。一応、探偵ですから」と、少し、照れながら、車を発進させ、目的の家の前で止まった。
「ここで待ってましょうか?」
「いえ、怖いので、一緒について来て頂けませんか?」
「良いですよ。じゃ、行きましょうか。」
優子は、ショルダーバッグから鍵を取り出し、正面の引き戸を引いて家に入って行く。
優介も後に続いて入って行く。
日本建築だ。洋館よりはるかに金が掛ってるな~と、感心しながら玄関を潜っていった。玄関には、坪庭や、竹で編んだ目隠し等、料亭を思わせる佇まいを感じさせた。
玄関で靴を脱ぎ、優子の後ろをついて行くと優子は、左手の襖を開け、
「ここで、待っていて下さい。すぐに仕度して来ます。」
「急いでね。それと、シャンプー、リンス、歯ブラシは、ホテルにあるからね。」
「はい、急ぎますね。」と、言い、走って行った。
15分程して、キャリーバッグを引きずりながら、優子が、戻って来た。
「おまたせしました。行きましょう」
と、左手にビニール袋を持ち、「お菓子いいですよね」と、にっこり笑い袋を振った。
優介は、優子からキャリーバッグを預かり、二人は玄関を抜け、車へと向かう。

順調にクルージングを続け、名神高速、東名高速から首都高速を経由、常磐自動車道、友部JACを出て北関東自動車道へ入り、水戸大洗ICを出て、ようやく、大洗磯前神社の地元に辿り着いた。
途中、高速のSA(サービスエリア)で3回程、休憩を兼ねて、少し、仮眠したので、眠くは、ないが、隣の相馬優子は、けっこうばてている様だ。

GT500は、51号線の道沿いにあるファミリーレストランの駐車場に滑り込み、
「休憩と食事をしよう。その後、大洗ホテルに部屋を取ったからそこで今夜は、ゆっくりし、明日は、朝から大洗磯前神社へ行きます。」
優子は、「はい。お腹、空きましたね~。」と、とたんに元気になった。
(え、ばててたよね? 今、?)と、心の中で疑問符を浮かべながら、車外へと出て、2人で レストランへと向かった。
レストランへ入り、俺は、ハンバーグステーキ定食と、ドリンクバー、相馬優子は、カルボナーラとチョコレートサンデー、プリンアラモードとドリンクバー。
優介は、(お前、糖尿になるぞ)、と思いながら運ばれて来た食事を腹に収めて 少し、コーヒーを飲んで雑談した。
相馬優子は、優介が、なぜ、こんな仕事をしているのかを 聞いて来た。
優介の家系とその役割を簡素に伝えた。優子は、裏稼業ですよね、それって、一般の人、ほとんど知りませんよと感想を言うが、一般人が、知っても出来ないし、人手不足だからと言って、募集したところで、こなせる奴なんていないじゃんっと 真面目な顔して返事を返す。
優子は、ドリンクバーでお替りしたミルクティを吹き出し、大笑いした。
「そりゃそうだわ。まだ、一寸、胡散臭いって思ってますもん。神社や他の方々から聞かなかったら絶対やばい人って印象は、消えませんよ」
「最初は、その人達もみんなそうだった。良いよ。慣れてる」
少し悲しそうな目を窓の外に向けながら答えた。

大洗のホテルでチェックインを済ませた2人は、それぞれの部屋へ、向かった。宿泊階に到着して、優介が、部屋に入ろうとするとした時、優子が、非常階段を駆け上がって来た。
彼女の顔は蒼白になって、唇が、微かに震えている。
「声が、また、声がきこえたんです。こんなに遠くに来たのに~、声が、」
引き攣った声で優介に訴える。
優子の手を掴み、引き寄せて「大丈夫、もう、大丈夫。」と、囁きながら部屋に入れた。
「ここに居れば、良い。ここには、入っては、来れない。」
優子は、「また、また、っ」っと取り乱し、泣き出した彼女をベットに座らせて中腰になり優子の両肩を両手で掴み、
「明日、少彦名命と面会する。何かのヒントがあれば、相手が、解る。」
「相手が解れば、有効な対策が取れる。それまで、傍を離れない方が、良いかも知れない。」
「荷物を一緒に取りに行こう。今日は、この部屋で寝れば良い。俺の傍なら、、」
「ありがとうございます。結界ですよね。私、その結界に居れば、安心なんですよね。」
と、優介の膝に震える手を添えて涙目で訴えた。
優介は、少し、ドキッとして、目線を逸らせながら、「さぁ、荷物を」と 言いながら 立ち上がり、
彼女の手を取って、立ち上がらせた。



少彦名命(すくなひこなのみこと):
大国主の命の一派で、国つくりに貢献した神様の一人であり、医薬、医療、酒の神様で、山や丘の造物主でもある


大洗磯前神社:
856年に建立され、戦乱の世、荒廃したが、その後、水戸藩主等により再興された。
茨城県の太平洋に面した大洗町、岬の丘の上に鎮座する由緒ある神社で、大己貴命(おおなむちのみこと) と少彦名命の2柱が、祭られている。神磯の鳥居は、雄大な太平洋の磯に立っており、勇壮そのものである、町中にある大鳥居を抜け、正面鳥居をくぐり、階段を上り詰めた先に、鎮座している。


良く晴れた朝だ。太平洋と言えど 海沿いだけに風が、すごい。
中司優介と相馬優子は、大洗磯前神社の二の鳥居を潜り、階段を上り、随神門を潜って拝殿に参拝した後、優介は、境内の御嶽神社前に行き、持って来た酒瓶を開け、碗を取り出し、その酒を注ぎ、碗を供えて 前にあぐらをかいて座りこんだ。そして、優子を呼び、優介の右斜め後方に座る様に指示をした。
優介は、色々な印を両手で結び、氏名を名乗り、大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)、両柱の名を呼んだ。 
優子は、疑心暗鬼の中、ドキドキしながら待った。
しばらくして碗の中の酒が、無くなった。
優子は自分の目を疑った。
途端に周囲が、さらに冷え込んできた。だが、嫌な冷え方では、無かった。
凛と身が、引き締まる清涼感と言った類の冷え方だ。優子は 無意識に姿勢を 正した。
風が、止んでいた。
いや、この社の周囲、だけ、ぽっかりと台風の目のように風が、無くなっている。
向こう側の木は、相変わらず 風に揺れている。優介は、変わらず 正面の祠を見ている。
優介が、唐突に頭を下げた。優子もつられて下げた。
突然、声が響いた。
優しく力強く腹に響く声だった。
「久しいのぉ~、お主の事じゃから 山の気の動きを 察したか?」
「御無沙汰しております。少彦名命様、やはり、山の気、動いておりましたか。」
「実は、この者に取り付いている者の正体を探しております。何か、御気づきでは御在居ませぬか?」
「触手の痕跡がある。印を受けた様だ。」
「ん? それは、呪詛(じゅそ)では、ないか? 魔道に落ちた物のだな。」
「優介、お主(ぬし)、この呪詛の刻印が、見える様になったのか? それでワシの元を訪ねたのか?」
「いえ、私には未だ印は見えませぬ。ただ、自然界に少なからず、何らかの影響が、出てるのではと思い、参じました。」
「おそらく、その印、妖仙のたぐいでは、ないか? 中々、悪質な邪気を帯びておるわ、 ほっほっほ~」
「娘、もそっと 前へ」
優子が、固まっているので、俺は、優子の膝を軽く突いた、優子が、ハッとして俺の方を向いたので、優介は、横位置を刺し示し、小さな声で、「ここへ」っと指示した。
優子は、ずりずりと腰から下を引き摺るように移動すると、頭を下げてっと指示した。
優子は、深く、お辞儀をした。
優子は 突如、「あっ、あぁっ、」と小さく叫び、正座したまま、大きく後ろへ仰け反り細かく痙攣を始めた。
目は、白目をむいている。
腕は、力を無くしてだらりと下がっている。
口からは、泡を噴いている。
「相馬さんっ!」と 俺が、手で支えようとすると、
「触るでない」
「もそっとしたら、元に戻るわい。それまで、触れぬが、良いぞ。主(ぬし)の血は、術を狂わし、惑わすでの。」
「心配要らぬ、優介。呪詛は、取り除いた。それより、酒を注いでくぬか?」

優介は、慌てて自分の手を引っ込め、自分の手を見つめた。
我に返り「申し訳ございません」と言いながら酒を碗に注ぎ、
「ありがとうございます。」
と、礼を言った。
「この感じ、そやつ狐かのぉ、空狐か、天狐に逢うてみたらどうじゃ。」
「そうじゃな、天狐ならば、千里眼をもっておるし、空狐程、畏まらんでも良いじゃろうから、ほれ、これを見せてみればどうじゃ。」
と、何もない空間、優介の目の前に 丸い黒い2cmぐらいの玉が、浮かんでいた。
「酒も頂いたし、儂は、戻るでな、天狐には、主(ぬし)の元へ出向く様に言っておいてやろう。」
「では、またのぉ。息災での。ふぉほっほっ。」
優介は、深々と頭を下げ、玉を受取り、上着のポケットに入れた。
「ありがとうございます。酒瓶、ここに置いていきます。」と礼を言った。
瞬間、酒瓶は、俺の手から離れ、空中に浮き、消えた。
「わすれものじゃ、頂いていくぞ。ふぉほっほっ。」
優介は、一人、苦笑しながら立ち上がり、深々と礼をし、優子を見ながら、タバコに火をつけた。

しばらく後、優子は、前のめりになり、目覚めた。
「あれ、私、何してたんだっけ・・中司さん、今の、何? 何があったの?」
優介は、ポケットからタオルを差し出し、口の周りを拭うふりをした。
彼女は、口のまわりに残った泡をタオルで軽く叩きながら拭って愛らしい丸い目を向けた。
「神様だよ、詳しい話は、コーヒーでも飲みながら、話、してあげる。」
「大丈夫? 立てるかい?」
彼女に言った。
「ええ、大丈夫です。身体、軽いんです、気のせいかな?」
優子が立ち上がるのを待って 俺達は、祠を後にした。
優介は(さすがは、禁厭(きんえん)の祖神の一人、鮮やかな物だな)と一人、納得しながらも 何か、引っ掛かる物が、あった。

禁厭(きんえん):まじない、呪詛。日本在来の呪術のこと


大洗磯前神社を出て、5号線に出て高速の入口へ向かう途中で喫茶店が、あったので、そこへGT500を滑りこませ 店の中へ入ると一番 奥の椅子に座わった。
そこでコーヒーを二つ注文した後、祠前での出来事を 優子に話して聞かせた。
「中司さん、すごいです。本当に神様と話が・・出来るんですね。わっ、私、神様の声? テレパシー? 声ですよね、初めて聞きました。 私、その呪いから解放されたんですよね。あっ其れと胡散臭いって言ったの謝ります。ごめんなさい」
満面の笑顔で、話し、立ち上がって礼をする優子を見て優介は、解放されたが、まだ付け狙われてる事には、変わりはないんだ と答えた。
本人は、一人 盛り上がっている。
優介は そんな優子を 見つめながら、
「取り敢えず、天狐に逢わないと犯人が、わからん。獲物を諦める奴って余り、否いんだ。特に印を付けたって言う獲物には、たとえ、印が、無くなっても非常に近い関係になっているから いつ、接触してくるかは、解らない、きっと、直接、接触を試みて来る。」
「だから、今まで以上に危険になったかも わからない。」
「えっ、そうなんですか? 近づく人間、や、動物には、気をつけろって事ですよね。でも、もう、声は、聞こえないんですよね。」
「声は、多分、聞こえないだろうが、後、2年あった猶予期間が、印が、無くなった時点で 一気に0になった訳だから・・・ただね、気掛りなのは、あのいたずら好きの神様が、ただ単に印を消しただけともやっぱり、思えないんだよね・・・とにかく、注意するに越した事は、ないから気をつけようね。」
「え、そ、そうなんでか! ”0”なんですか! 更に危険になっちゃったと言う事ですよね!」
「どうしましょう、どうすれば良いんですか?」と、両手をパタパタと羽ばたきながら、唐突に立ち上がり店の中をウロウロしだした。店の中の他の客が、唖然としている。スプーンを落とす者、口に含んだ水を噴きだす者。
優介は、立ち上がって、優子の手をとり、落ち着く様に言い 椅子に座れせた。
店のマスターらしき人物が、近づいて来る。
そのおじさんが、「お客さん、静かにしてくれませんか?」とかなり怒っている。
優介は、「ごめんなさい。」と、立ち上がり、超丁寧にお辞儀をすると怒っていたおじさんは、
「い、いや、解ってもらえたら良いんだ。ごゆっくり」と言い周りを見渡して戻って行った。
優子は、すっかり大人しくなった。
コーヒーを飲み、タバコを2本、灰にしてから 優子に取り敢えず、天狐に逢うと告げた。
「じゃ、帰ろうか」と告げ、レシートを持って、立ち上がったところ、優子が、さっとレシートを取って経費は、私が、と言い、精算しにレジに行ってしまった。
残された優介は、テーブルのタバコと車のキーをポケットに入れ、追いかける様にそそくさと出口へ向かった。(やっぱり貧乏は、嫌だ と思いながら心で泣いた)

天狐

帰りの 500km、優介は、ドライブする喜びに酔っていた。
愛車は、快調そのものだ。
街中では、強力なトルクに振り回されるが、長距離クルージングでは、圧倒的なパフォーマンスが、体感できる。

事務所近くのガソリンスタンドに寄り、燃料を満タンにし、洗車をしてから車をガレージに入れた。
優介は、2人分のキャリーバッグを持って 落ち込んでいる優子を連れてガレージから事務所へと戻った。
車の中では、色々な話をして 笑ったりしていた優子は、車から降りる手前辺りから終始 黙っていた。
事務所に着いた優子は、誰に言うでも無く 無言でソファに腰をおろし、下を向いている。
俺は、窓極の灰皿の所で タバコに火をつけて
「さて、此処に居れば、天狐が やって来る。天狐の話を聞けば、漸く目処が立つだろう」
と、優子に話した。
それを聞いた優子は、
「えっ、まだ仕事をして頂けるんですか」
と言った。
俺は、ある意味 唖然として
「まだ、何も解決してませんよ。依頼者が安心して眠れる様になるまで・・、事件が完全に解決するまでが 仕事です。」
彼女の目が 輝き、まだ、一緒に居て良いんですね。と 明るく返事し、コーヒー、入れてきますと言いながらキッチンへ向かった。

(人の話を半分程しか聞かず、自分勝手に解釈する女性。だが其れだけならまだ良いが、問題なのは、マイナス方向に物を考える事。
何とか、プラス思考へと持って行かないと今回の件、完全に終了って事には、行かなさそうだ)と目の前に居る女性への対応を考えた。
マイナスへ物を考えると言うのは、それだけ魔を寄せる事になり兼ねないからだ。

優介は、パソコンのある机の前で、当面は、天狐。9本の尾を持ち、1000年生きている妖狐。
有名処としては、京都、伏見稲荷大社の小薄、いずれにしても稲荷神の神使であり、神ではない。上着の内ポケットから 少彦名命(すくなひこなのみこと)から貰った玉を取り出し、摘み上げ見つめたが、何もわからない。
残念ながら 優介には、そういったたぐいの神通力を持っては、いない。
(もっとちゃんと修行してたら見えるのか)溜息が出た。

2日間は、何事もなく過ぎ去った。
優子は、父親の友人であった野間とか言う弁護士に実家の売却と相続問題を依頼していた。
彼女、曰く、あんな広い家に一人で住めません。税金もバカみたいに来るし、相続税の問題もあるし、おまけに何時、私に近づいて来るか解らない魔物も居るわけだしと理由を言っていたが、やはり、少し、寂しそうな雰囲気を纏っていた。
この2日間、優介は、自分に掛って来る電話よりも彼女に掛ってくる電話の本数が、多い事が、情けなかった。
(此処、俺の事務所なんですけど~)と声にならない心の声で嘆いていた。

大洗磯前神社から戻って、3日目の昼過ぎに優介の携帯が、鳴った。
「天狐の白雲と申します。今、ビルの前に居るのですが、この結界、何とかなりませんか?」
「この結界、俺の自由には、なりません。血が、結界を勝手に張っているものですから」
「今、暫く御待ち下さい。天日殿に知恵を授かり、御連絡させて頂きます。」
「天日、あの失礼ですが『宮川舎漫筆』に出てくる空狐ですか? 実在されていたのですか?」
電話の向こうでクスッと笑う声が、して
「失礼しました。良く御存じですね、流石は、中司家と言ったところでしょうか。そう、その天日殿です。力を貸して頂けるかは、解りませんが、この結界の中へこのまま入ると私その物が、滅されてしまいますので、今、暫く暇を頂き、近く再度、御連絡若しくは御伺い致します。」
と、電話を切った。
優介は、優子に 今、このビルの前に天狐が、来ていた様だと言うと、彼女は、窓際へ、まっすぐ走って窓の中から下を覗いた。下の道では、ビルの反対側に帽子をかぶった男が、立っており、男は、彼女を見上げてにっこりと笑うと、優雅に帽子を脱いで、胸の前に持って行き、頭を下げながら、煙の様に消えた。
優子は、窓の下を指差しながら、「き、きえました、消えましたよ。本当に居たんだ。狐、あれ? スーツを着て優雅な振る舞いをしたお兄様って感じですね。此処へ来るんですか」
テンション高くしゃべりまくった。
優介が
「結界が、邪魔で入れないそうだ。空狐に力を借りに行くとか言ってたな。上手く借りれたら入って来れるはずだ。」
「中司さんの居てる世界ってすごいですよね今まで生きて来て見た事ないですよ。」
優介は、少し、照れ笑いをしながら、
「色々、見えてるはずだけど、彼らも空気の様な存在で 居るんだけど、人間の記憶に残る程の存在には、決してならないんだ。俺の結界の中に居るからはっきりと認識出来ただけだろうね。」
「天狐、空狐、って空狐の方が偉いんですか?」
「妖狐の世界は、天狐・空狐・気狐・野狐が、位の順と言われている。」
「天狐は、1000年以上、生きている。だか、空狐は、3000年以上生きている。位こそ下だが、妖力においては空狐が圧倒的に上で最上位になる。気狐や野狐は、人を惑わせたり色々、悪さをするようだが、天狐や空狐においては、それは無い。彼らは、時に神使、わかるかな? 神に仕える者として存在したり、今の天狐が、逢いに行った空狐は、名を天日と言い、正直者や、愚鈍で生活に窮している者を助けるためだけに術を使ったと言う記述も『宮川舎漫筆』って言う本の中に残されている。空狐のレベルになるともう位なんてどうでも良い事になっちゃうんだろうね。人でも聞くだろ、魂の位が、上がれば金の亡者に成らないし、自分が困窮してても困窮してる人を助けようとしたりって。」
「中司さんは、魂の位が高いんだ。だって、自分で貧乏って言ってる割りにこんな小娘を助けようとしてくれてるんだからっ!」と、手を叩いて飛び跳ねながら、何度も「中司さんすっごーい」とはしゃいでいた。
優介は、すっごく傷付き、同時にすっごく落ち込み、(俺のたとえが、間違っていたのか?
俺は、やっぱり貧乏なのか・・・、貧乏に見えるのか・・・) 自問自答していた。

天狐、白雲は、空狐である天日と会っていた。
天日は、
「中司家は、本当に特殊な存在じゃて。あの血の結界、儂も昔、見た事が、あるのじゃが、凄まじい力を持っておる」と言い続けて
「さて、どうするかのぉ。少彦名命(すくなひこなのみこと)殿の願いじゃから無碍にする訳も行かず、かと言うて、儂らごときの術では、返り打ちに逢うてしまう。」
「・・・うーん、困った。」天日と白雲は、頭を抱えて悩んでしまった。
「丁度、白澤殿が、客室に居られる。白澤殿に聞いてみようかの」
天日は、傍に控えていた子狐に白澤を呼びに行かせた。
暫くして、白澤が、やって来た。
「坊主から来る廊下で話を聞いたが、主(ぬし)ら、なにをしようとしておる。面白そうじゃから、儂も混ぜい」
と、天日、白雲の横に座り、天日が、使いに寄越した子狐に酒を持って来る様に言い、。
「中司家が、どうとか言っておったが、あの結界を破るのか? して、破ってどうする?」
「いや、違うんじゃ、少彦名命殿に頼まれ、中司家に行く事になっただけじゃ。」
「あの結界を抜けんと当然、面会も出来ぬ。と言う訳なんです。」と白雲が、補足した。
「それなら、中司の本家に 源翁心昭(げんのう しんしょう)の残した【八角ゲンノウ】があるはずじゃ。あれを借り、持参すれば良いだけの話じゃ。」
「なんと、我らと因縁の深い源翁心昭とな。恨み等無いがあれは、殺生石を砕いた物ではないか」
「そうじゃ、あれと中司家の正当後継者、当主じゃな、当主の書いた札があれば、出入りは、可能となる。」
「玉藻前(たまものまえ)、白面金毛九尾の狐の化身、いや玉藻御前(たまもごぜん)の石を砕いたあれか!」
「まぁ、玉藻御前が、人間に悪さを働いたので封印され滅された物怪では、あるな」
「この際、それは、それとして中司家に御願いしようと思うが、如何ですか天日様」
「そうじゃな、そうしようか」
「おもしろそうじゃ、儂も行こう」と、白澤が、同行を願い出た。


翌朝、(大洗磯前神社から帰宅して4日目の朝)
優介の携帯に電話が掛かって来た。
「中司優介さんですか? 昨日、電話した白雲と申します。昨日、天日と相談しまして、白澤殿と共に貴殿の本家へお邪魔したいと思うのですが、連絡を御願い出来ませんでしょうか?」
「それは、良いですが、どういった用件でしょうか?」
問うと、昨日の話合いの内容を伝えて来た。
優介は、
「【八角ゲンノウ】の貸出は、難しいかもしれません。御存知の様に 【あれ】は、その物自体、神通力の塊で触れる事が出来るのは、当主だけになっています。当主は、私の兄ですが、兄の結界は、私よりも凄まじいものがあります。」
・・・、優介は、一計を建てた・・・、
「考えが有ります。取り敢えず今から私達は、本家へ向かいます。白雲様と白澤様は、明日の夕刻に本家の正門に来て下さい。本家の離れを借りておきますのでそちらで御会いする事に致しましょう。結界は、此方で何とかします。信用して来て頂けませんか」と、聞いた。
「リスクが高いですね、下手をすると滅させられる恐れが、・・・」
白雲は、躊躇していた。
電話の向こうで
「良いでは無いか、面白そうじゃ、儂は、良いぞ! 行こう白雲!」
「そうじゃ、今更、腰を引くものでない。我らのメンツに関わるし、少彦名命(すくなひこなのみこと)殿の依頼じゃて。」
と、声が聞こえた。
「畏まりました。明日の夕刻、お邪魔致します」と 半分、震える声で返事が返ってきた。
「電話の側に天日様と白澤様が いらっしゃるのですか? 声が聞こえたもので、」
と聞くと
「ええ、今、御二方に囲まれて、蛇に睨まれた蛙の状態です。地元に無性に帰りたい気分です。」
「御心配なさらないで下さい。私には、あなた方の御力が、必要なんです。決して危険には、晒しませんと、御両人様に御伝えて下さい。明日、夕刻、御待ちしております」
電話を切り、本家に明日、大切な御願いがあるので、当主と分家数人に本家への在宅を 御願いし、計画を伝えた。


優介と優子の 2人は、事務所を出て一路 本家のある岐阜県高山市の北北西に位置する飛騨市に向かった。飛騨市から北北東の横岳に向かう位置に中司家、本家がある。
南に位山、北東に尖山、西北西に天柱石が有り、位山、尖山、天柱石は、ピラミッド伝説やピラミッドラインとしても有名で、竹内巨磨によって一時期 表舞台に上がった竹内文書等とも関係が深い場所である。
その3箇所の中心近くに本家が 存在する。


昼を少し回った頃、優介と優子の2人は、高山の町中、城山公園近辺の駐車場に止めた車から、高山駅方面へ散策しながら少し、旅行気分を味わいつつ、本家の準備が、整うまで時間を潰す事になった。
宮川を超える手前の大衆向けレストランで、 飛騨牛のステーキ定食 Aセットに舌堤を打ちながら、その油乗った柔らかな肉とを堪能した。
優子は、そのスリムな体型から想像出来ない食欲で
「やわやわで口の中でとろけそうなお肉でしたね〜、私、もう一人前いけちゃいそうでしたよ」
「帰りにまた、寄りたいな~」
「私達、周りから見て 恋人同士にみえませんかねぇ~」
と、旧家の町並みの続く道を歩きながら、 右手にチョコアイスクリーム、左手にクレープを持ち、はしゃいでいる。
(冬なんですが・・・寒いんですけど) 優介は思った。当然ながら、彼女の手荷物は 優介の手にある。
しかし、そんな事は、些細に思える程、今の優介は、機嫌が良い。
久しぶりに美味い肉が食えて、声に出せない声で スポンサー万歳を三唱していた。
どうやら、貧乏が板について来た様だ。

優介は、携帯を内ポケットから取り出し、本家の当主である兄に電話をした。
「兄さん、手間を取らせて悪いんだが、準備は、出来た?」
「あぁ、元気そうだな。また、こっちも頼みたい事が、あるんで構わんが、妖狐の連中、本当に来るのかが、心配だ。うちの家系とは、因縁がないから良いんだが、物が、物だけにな。」
「貸せないとは、言ってあるよ。」
「お前の言う通り、離れの地下に祭壇を祭って、【八角ゲンノウ】を、奉納してある。それと分家の連中にそれぞれ一方通行の札を持たせて結界を張らせる様にしてある。良く、思い付いたな」
「これならお前の結界程度ならかなり緩和出来る。私の結界は、狭めておく。恐らく空狐、天狐クラスの霊力であれば難なく出入りが出来るはずだし、私は、奥の自分の座敷からは、出ない方が良いから 代わりに妻を挨拶に向かわせる事にした。明日が、楽しみだな。何、この屋敷の中の事、部屋に居ても十分わかる。」
「ありがとう、兄さん」
「お前の連れている女性、私は、大己貴命(おおなむちのみこと)殿から少し聞いたんだが、かなり危ないらしいな。気をつけてやってくれ。それと、お前、変わらず、貧乏だろ」笑いながら言う。
「ほっとけ」
「本家からも経費を出す様に採決してあるから、明日、屋敷に来たら私の部屋へ来い。他にも渡しておきたい物もあるしな。」
俺は、自分の運の良さに神?に感謝した。
「何から何まで済まない。有難う。寄らせてもらうよ。予定通り、今日は、高山で泊まって、明日の昼頃に本家に入るから 分家の方々にもよろしく言っておいて下さい。じゃ、兄さん、明日」
と、電話を切った。
あいかわらず。能天気に飛び跳ねている優子に生温かい視線を向け、
「準備は、整った。車を取りに行こうか」と言うと、
「今日、ここで泊まるんですよね。さっき、ちらっと聞いて、スパ予約しちゃいました~。ついでにホテルも。久しぶりの旅行なんで、ボディトリートメントとか、フットリフレクソロジーとか、やっちゃいま~す。」
「場所は、あ、これが秋葉神社だ。だとすると、この橋を超えて左側のホテルです~ぅ」
橋の手すりの近くの石で片足バランスをとり、グラグラしながら指をさしている。
優介は、呆れながら (何が「す~ぅ」だよ。「旅行じゃねぇ」)と心が、さけんでいた。
( お前、相当、やばい立ち位置なんだぞ。
マイナス方向じゃないからまぁ、良いか)と色々考え、
「わかった。そうしよう」と言うと、
「明日、の服、上着とブラウスが、いる! いゃほぅ! 買い物、お買いもの」
勝手な歌を作って歌いながら 俺の手を取って上一之町の交差点方向にずんずん進んで行く。
上一之町の交差点の手前の筋を左折し、進むと酒造屋が有った、彼女は、酒造屋に入ると、「おじさん、冷やで これ2杯、頂戴」と元気よく叫び、地酒コーナーの一級酒を指刺した。
「おい、俺は、車が、」
「良いじやん、駐車場出てまっすぐ200mぐらいの所に泊まるんだから、ほら、景気付けに呑んで、呑んで、一杯だけだからさ。買い物してたら、覚めちゃうよーん」
呑む前から酔っ払いのおやじと変わらん優子に誘われるがまま 結局、二人向かい逢って、一気呑み。
店のおやじが、「仲、良いねー」と 笑いながら言うと、
彼女は、「はい、愛しあってまーす。明日、彼の実家に挨拶にいきまーす」
(実家に行くのは、間違ってはおらんが、かなり、意味が、違うだろ)と優介は思いながら笑うと
今度は、店のおやじが、「兄さんは、この辺かね」と聞くので 俺は、曖昧に「ええ」とだけ答えた。
店を出る時にも彼女は、「おじさん、またねー」と大きく手を振っている。
(酒のせいもあるのか、頭が痛くなってきた) 優子の後を歩きながら優介は頭を振り買い物に出かけた。当然、優介は、荷物持ちになる。
上着のブレザーや、ブラウス等 袋3つ分の洋服を買い、お茶処で コーヒーやケーキを食べ、雑貨屋では、小物を見て回り、ようやく駐車場に着いたのは、午後6時を回った辺りだった。
その後、ホテルでチェックインを済ませると部屋へ行った後、優介の手を引いてスパへ乗り込んだ。
「2人分、予約しちゃいましたからね。」と言い、小さな声で、「一人だと心細いし・・」
「いっくよ~」と促され優介は生まれて初めてのスパと言う物を体験した。
ホテルの中を移動する時でも優介の二の腕を掴み、ずっと離れずに優子がいた。
高山の夜は、更けて行きやがて、朝が来た。


ホテルの朝食を二人、向かい合って食べている。
優子は、昨日のテンションが、嘘の様に静かだ。
「怖いかい?」
「うっ、うん、少し」
「妖狐達に聞くだけだよ」
「まだまだ、解決まで先は、長いし、中司の面目に掛けて守れと兄貴に言われているよ」
「違うの、解決は、して欲しいけど、何か違うの。何かは、わかんないけど・・・」
「ここから本家までだと2時間弱ってとこかな、本家に着いたら兄貴の嫁が、全部、面倒を見てくれるよ。俺は、妖狐達を迎える準備をしないといけないから、会合まで、大丈夫だよね」
「うん、頑張る。それにね、それにぃ~、妖狐とかって近くで見るの初めてだから一寸、面白そうって思ってるんだよ、優介が、頑張ってくれてるんだから、私も頑張るよ」
(いつのまにか、中司さんから優介になっているぞ)、と思ったが、突っ込むのは、辞めた。
「昼は、本家で用意するって言ってたから、ホテルを出たら、真っ直ぐ向かうよ、其れともどこか寄りたい所、ある? 一時間ぐらいなら余裕が、あるよ」
「無いから良いよ。10時に出発だよね。コーヒー、お替りもらおっか?」
「貰おう」
2人は、ゆっくりコーヒーを飲みながら出発までの時間を潰した。
優子は、優介が、過去に熟して来た事件を話すと目をキラキラさせたり、時々、うーんと唸ったりしながら楽しそうに聞いていた。
「優介って凄いね、迷宮入りの事件って本当に無いんだ。でも、貧乏だね」っと笑いながら言った。
落ちは、そこか、と、ため息をつきながら腕時計を見ると9:40。
「そろそろ、出発しようか」
二人同時に腰を上げ、部屋に戻り、荷物を持ってホテルの駐車場へ向かった。

山道は、雪が、10cm程、積もっていて途中でチェーンを履かせ、丁度、2時間で到着した。
「あの竹林を抜ければ、正面玄関になる」
竹林を抜けて屋敷の正面が、見えた時、優子は、
「すっごーい本当に家じゃなく、屋敷なんだ。大きいなー、うちの家、すっぽり入っちゃうよ」
「坪数にして15,000ってとこじゃなかったっけ。東京ドームが、丸々一個入るはず」
「残念ながら、俺のじゃないけどね」
優子は、ケラケラと大笑いしながら、「だって優介、貧乏だもの」っと人の傷つく事を言っている。
取り敢えず、無視して呼び鈴を鳴らすと、
「はーい、ただいま 門を開きますので車の中で御待ち下さい」と声がするので、俺達は、車に戻った。
心の中で、この門の開閉を見て 今まで驚かなかった奴は、いないんだぞっとどんな驚き方うをするのか楽しみにしていると、門が、開き始めた。門の内側を流れる川に橋が門の下辺りから伸び始め、門が、全開になるのと同時に橋が、完成した。
「優子が、ちちゃい頃に見た番組の秘密基地だー」っと、手を叩いて喜んでいる。
(こいつは、そうだったな、普通「うぉ、」とか 「わっ」なんだけとな)と期待した自分が、馬鹿だったとガッカリした優介だった。
車を乗り入れ、駐車場に入れると和服の女性が、近づいて来た。
「優介さん、御久しぶりです事」と にっこり笑いながら挨拶して来たので
「御無沙汰しております。こちらが兄に電話で御伝えした相馬優子さんです」
「中司雄一郎の妻、咲子です。大変だとは、思いますが、雄一郎が、中司の名に掛けても御守りすると言っておりました。短い滞在とは、存じますが、どうぞ心を御気楽になさってくださいませ」
と、相変わらず丁寧な物言いで挨拶する。
「相馬優子と申します。以後、御見知り置き頂けますとさいわいです」
とこちらも丁寧な挨拶をして返した。
優介は、咲子さんが、彼女のテンションの起伏に着いていけるのか少々、不安になりながら、
「俺は、妖狐達を迎える準備が、ありますので姉さん、後、よろしく御願いします」
逃げる様にその場を立ち去った。
離れに近づくと、分家の方たちが準備に忙しそうに動きまわっていた。
「御無沙汰しております。御手間を取らせますが、よろしく御願い致します」
と、優介は、出来るだけ大きな声で挨拶すると、
「優介、ひさしぶり」「優ちゃん御無沙汰」等、あっちこっちから返事が、返ってくる。
分家を纏めている福井和正が、やって来て、
「優、久しぶり、祭壇の設置と【八角げんのう】の設置は、当主が、やっておいてくれた。準備は、ほぼ終わっている。あとは、ほれ、膳を運んで、終了じゃ。当主から聞いたんだが、この布陣、お前の発案らしいな。上手くいくかは儂らには、わからんが、当主は、大丈夫だと言っておった。それと相変わらず、貧乏しておるそうじゃの、わっはっはっはー」
(いとも簡単に人の傷口を広げる豪快な親父だ)と優介はうんざりした。
「これは、儂ら分家からの軍資金じゃ、受け取ってくれい。この間の借りもあるで」
「本家から頂く事になっていますが、」と言うと
「本家は、本家。これは、儂ら分家の気持ち」と言い、強引にポケットに突っこんでくる。
いつの間にか、優介は、分家の方々に回りを囲まれ、「受け取ってくれ」っとせがまれ、
「ありがたく頂戴致します」と、半分、泣きそうになりながら受け取った。
回りからは、「この間は、世話になった」、「助かったよ、ありがとう」等、様々に礼を言われ、
(貧乏でも生きてて良かった)っと四方八方にお辞儀をした。
福井のおじさんは、優介の肩を分厚い掌でばしばし叩きながら、
「向こうの広間に膳を設けた。本家、分家合わせて昼にでもしようや」と歩きだしながら
「皆の衆、粗方終わったようなので、皆で飯にしようや」と大きな声で全員を誘った。
すると、「有り難い、飯だ飯だ」と言いながら、皆でぞろぞろと広間に移動を始めた。
広間に着くと、床の間に向かって左奥から2つ目の膳の前に優子が、座っていた。
優介は、その奥の床の間側に腰掛け、福井のおじさんは、優介の反対側の向かいの席に腰を下ろした。
あとは、決まった席に皆が、ぞろぞろと座り、座ると床の間横の引き戸が、開かれ、咲子さんが、
顔を覗かせ、その前を当主、中司雄一郎が、現れた。
当主が、座り、咲子さんが、その横にすわるとざわざわしていた広間は、水を打った様に静かになった。
当主、雄一郎が、皆に挨拶をし、今回の主旨を簡単に話し、事の重要性を伝えると共に相馬優子さんを紹介した。、集まった全員が、うんうんと静かに聞き、頃合いを見て、当主が、食事にしようと言うと、
静かに食事が、始まった。
優子が、「この料理、すごいですね。有頭えびの煮つけ、ひれとんかつ、鮑(あわび)の刺身、鮪(まぐろ)に透明な烏賊(いか)とハマチと鯛(たい)の造り、ほうれん草、蓮根のお浸し、それにじゃこの佃煮、お吸い物。何処かのお店で頼んだのでしょうか?」と小さな声で俺に囁くと、
咲子姉さんが、「全部、我が家で作った物ですよ」と、向こうから返事が、返って来た。
「すっごい、家庭料理なんですか、これ全部。あっちゃー、優介さん、私、嫁に来れないよ~」
と、訳のわからない事を言いだした。
すると向かいの席から、「嬢ちゃん、大丈夫だわい。優介は、次男じゃて この家から出て行った奴じゃ、嬢ちゃんは、こいつに惚れてるのか?」っと大きな声で返ってきた。
すると広間全体から笑い声が、し、みんな口々に
「優介、べっぴんさんに惚れられたー」「良かったなー」「目出度いのー」とか口々に騒ぎだした。
「みなさん、ありがとうございます、私、がんばります」と、訳の分からない事を言いながら口をへの字にし、こぶしを握りしめて立ち上がって礼をしている。
優介は、それこそ【貝になりたい】っと真剣に思った。
「優介それでお前、何時に無く真剣にこの事件をしてるのか」と 兄までもが、笑いながら言っている。
「優介さんのお嫁さんになったら時々、手伝いに来てくださいね」と姉さんまでもがー・・・。
そうこうしている間に昼食も終わり掛けた頃、末席側の襖が開き、割烹着を着た女性が、3人現れ、当主から順番に茶を注いで周りだすと、
「お、お手伝いさんが、いるんだ、やっぱり、こんなに大きな屋敷、掃除が、大変だろうなーって思ってたんです、私、」とまた、しゃべりだした。
「料理もお手伝いさんが!」っと言いだした時、前に茶を運んで来た女性が、「当家の食事は、全部、奥様が御用意しております」と、答えたので、相馬優子は、絶句して固まってしまった。
優介は横で笑いながら、茶を口に運ぼうとした時、兄が、手招きしたので 兄の横に移動すると、兄は、着物の左に手を入れ、これを妖狐達に渡してから家に入るようにと表に結【結】と書いた封書を3枚差出して来たので優介が、天狐と白澤の御二方だけと聞いていますよと言うと、いや、違う、空狐様もいらっしゃってると言い、昨日、夜半過ぎから3名が、いらっしゃっている。と言うので、3枚を受け取った。
「さぁ、皆様、手筈通りによろしく御願い致します。」と言い残すと、兄は、席を外し、奥へと消えて行った。
広間にいた分家連中は、それを聞くと其々が決められた場所へと移動しながら各々が、手に和紙の封書を持ち、ぞろぞろと広間から出て行くと残った 優子に咲子さんが、こちらへと、優子を誘導し、離れへ向かった。
優介は、分家の福井のおじさんの孫と共に、玄関へと向かい、正門を開け始めると共にその孫に札を渡し、これを妖狐様、白澤様の方々、其々に持って頂くように御渡ししなさいと指示を与え、離れへ急いだ。


天狐、空狐 白澤は、昨晩から屋敷の様子を伺っていた。
昨晩は、この近所に住む狐の母子の所に邪魔していた。
そこであろう事か、中司優介の話を聞いた。
4年前、その母子は、三重県の名張市赤目に住んで居た。
当時、その地域は、人間の都合によって大規模な再開発を行っており、彼らの住処であった竹林を追い出されてしまった。意を決して移動を開始した彼らであったが、病気を患っていた母と共に名張川を渡り、国道165号線に出て近くの自動販売機の裏で、疲れて寝てしまった。
目を覚ました時には、遅かった、人間の男が、病気の母を抱き上げようとしていた。
母は、抱き上げられ、迷いうろうろする事しか出来なかった子狐もすぐに捕まえられ、車に乗せられた。
男は、そのまま、近くの医者の所に行き、母狐に注射を打つように指示し、薬を2週間分受け取り、この地へ連れて来られた。当時、子狐であった彼は、何事があったのか解らず、車から降ろされた時に男の手を思いっ切り噛んだ。男は、にっこり笑いながら「遠い所まで連れて来てしまってすまない。この地にも四十八滝と呼ばれる所もあるし、この竹林なら生涯大丈夫だ。薬は、ここに2週間分ある。しばらくは、この先の屋敷から鳥肉でも持ってこさせよう」と、言い残し、去って行った。
それから男は、2週間ごとに現れ、病気が治るまで母子狐の両方を近くの医者に連れて行った。
ある日、子狐は、屋敷の近くまで来て その男の名が、優介と言う事を知ったと言う。
「今の人間にしては、」と天狐の白雲が、言った。
「うーん、さすが、さすがに中司家、さすがに少彦名命(すくなひこなのみこと)様に好かれておるお方じゃのぉ」と空狐の天日も言った。
「・・・」白澤は、黙ってうなずいていた。
「おいら、あの人が、好きだよ。あの人なら信用出来るよ」と当時、小狐であった青狐が言った。

中司家本家の正門が、開き始めた。
男の子が1人走って出て来た。
男の子は、道端に1m程の棒が、刺さった所まで走って来て 大きく深呼吸をし、大きく息を吸った。
「天日様、白澤様、白雲様、ようこそ御い出下さいました」
また、大きく息を吸って
「これに持参致しましたる封書を 御持ちになって私の後に付いて来て下さいませ」
と大きな声で言った。
「なぜ、儂が来ている事を知っておる」と、天日は、言うと
「中司の当主の力じゃ、恐らくは、昨日より我らが来て見ておった事も解っておるわい」
と白澤が、言った。
「では、参りますか」白雲が言うと、
「行こう」と他の物も言って姿が、消えた。

男の子の目の前にいきなり姿を現せた3匹に驚いて
「ひっ」と声を飲み込んで尻もちをついた。
姿を現せた3匹は、それぞれ変化(へんげ)していた。
天日は、白髪が腰まであり、後ろで結わえた老人、
白澤は、白髪が、短いが、ひげが、お腹まである老人。
白雲は、帽子を被ったスーツ姿の青年。
「坊、驚かせてすまんのぉ、まぁ、立ちなさい」と天日が、杖を出すと男の子は、杖を握って立ち上がり、手にした封書の雪を払い、これをと差し出した。
「当主殿の封書か」とその【結】と書いた封書を受け取った。
「では、御三方、こちらへ」震える声で言うと門へと歩き出した 門の手前から門を抜けて離れのある道の両端に封書を道側に差し出し持った男女が、何やらぶつぶつと言いながらずらりと並んでいる。
男の子は、その中心に右手を後方に差出しながら後ろ向きに歩いて行く。
その後を老人2人と青年が歩いて行く。
やがて離れに着くと履物を脱いで御上り下さいと男の子が、礼をして去って行った。
履物を脱ぎ、座敷に上がると正面に床の間があり、向かって右に前に茶椀を置いて奥に男、手前が、女と並んで座り、頭を下げている。その向かいには、膳が、3つ並べられている。3人は、部屋に入って初めて気づいたが、部屋の中の襖の脇にもう一人、女が頭を下げ座っていた。
奥の男が、
「ようこそおいでくださいました。どうぞ順に膳の前へ御座りください」と頭をさげながら言った。
3人は、それぞれ奥から天日、白澤、白雲の順に腰を下ろしていった。
「御初に御目に掛ります。私が中司家次男、優介と申します。これに居るのは、相馬優子、あちらに控えておりますのは、現当主中司雄一郎の妻、咲子様に御座います」と優介が、紹介すると、
天日、白澤、白雲達は、飛び上がる様に驚き、咲子夫人に頭を下げる。
「当主は、御存じの様に霊力が、強く、御出迎え出来兼ねますので代わりに私が、御挨拶させて頂き、御尊顔を拝借させて頂きます。当主からも、御ゆるりと気兼ねなく御過ごし頂きます様、くれぐれも仰せ使っておりますのでよろしく御願い致します。あと、膳の用意も順次おこないますのでその時は、我が給仕の者が、御目を煩わせる事になりましょうが、御容赦頂きます様御願い申し上げます」
と咲子夫人が、言うと、
「御心遣い 痛み入ります」と天日が、返し、
「私が、空狐の天日で御座います。この隣が、白澤、訳あって同行願いました。その向こうが、天狐、白雲になります。以後、御見知り置きの程、よろしく御願い致します」と挨拶が、終わった。
「して、少彦名命様の命を受け此方にまかり越しましたのは、その女子(おなご)の事に相成りますかな?」と天日が、言うと優介が、それを受け、
「左様にございます。この者、少彦名命様によると何やら印が、刻まれており、その印は、少彦名命様の御好意により、消し去りましたが、その印を刻んだ相手とは、まだ繋がっております。そこで貴方様方にこの印を刻んだ者の正体を明らかにして頂きたい と言うのが、主旨に御座います」
「まず、白雲、見て差し上げなさい」と天日が、言った。
白雲は、短く「はっ」と答え、両目を大きく開くと、眉間に裂け目が出来、それが開き、目が、現れた。
その目は、金色の目を持ち、キラキラと輝いている、いつの間にか、3つの目は、獣の目となり、じっと優子を見つめるでも無く見ていた。
やがて3っの目が、閉じ、獣の目も元通りに戻ると、
「明らかに我が一族の仕業に間違い御座いますが、術を掛けた者は、黒い靄(もや)の向こうに居る様で何者か、判断出来ません」と天日に言った。
「うーん、面白い、儂も見てもよいか」と天日に言うと「うむ、見てやって下され」と言う
「少し、場所が、要るで天日殿、白雲殿少しばかり離れてくれんかの」
天日と白雲が、咲子夫人と同じ位置に移動した。
白澤は、目を瞑り、両手を合わせその手を胸の前に持って行くと、白澤の背中のすぐ後ろに金色の輪が出来、その輪は、輝きながらくるくると回り、徐々に大きくなっていく。両手を左右水平にし、立ち上がるとその手を囲む大きさの金色の輪が出来上がり回る速度が、ゆっくりとなった。その輪の中に6つの目が現れ、白雲と同じ様に眉間にも目が現れた、やがてその目は、息があったかの様に同時に9つ全ての目が、開きその目が、金色の光を放ちだした。やがてその光は、離れを覆うかの様に眩しく輝き出した。
離れの外で離れを守るかの様にいた札を掲げた分家達は、驚いたが、その口は、ずっとぶつぶつと念を送りつづけている。
優介は、横を向くと咲子夫人と目が合った。咲子夫人は、何事もない様なそぶりで茶を飲んでいる。
優子は、目を丸くしたまま 固まっている。
優介はこの二人を見比べ咲子夫人の豪胆さを思い知った。
やがて金色の光は、ゆるやかに収束して行き消えると同時に6っつの目も輪っかも消えていた。
白澤は、静かに座り、「天日殿、白雲殿、失礼した」と言うと天日、白雲は、元の位置に戻った。
「野狐にございます。9つの尾を持つ野狐の悪狐、該当ございますかな?」天日、白雲に聞く。
「今、9つの尾を持つ物は、我らを除いて4体、内、2体は、儂も良く知っておる」
「天日様、もしや、玉賽破(ぎょくざいぱ)では、」白雲が言った時、
「ん、おなご、優子さんと言ったか、様子がおかしい。どれ、」
と言いながら天日が、下座を回って優子の前に座る。
「気を失っておるわ、ほっほっほっほっ、どれどれ、」
と優子の手を両手で上下に挟み込み目を閉じる
挟み込んだ手が、キラキラと青や赤、紫、黄色と虹色の光を纏い出し、やがてそのひかりが、帯状に優子を包み込み優子の中へ消えていった。
「はっ、きゃ、」と意識が、戻り、自分の手が天日の手に挟まれている事に気づき手を引っ込める。
「良い、良い、これでその印に纏わる糸も完全に切れたわい、ほっほっほっほっ」
天日は、笑いながら自分の席へ戻って行き、
「玉賽破、奴か。有り得る。奴ならば、白雲にも見えぬ様に成れる。厄介な相手じゃのぉ」
「玉賽破と言う物、どの様な相手ですか」優介が、問うと、
「玉藻御前(たまもごぜん)、玉藻前(たまものまえ)の孫に当たる物じゃ」天日が、言った。
優介は、優子に
「玉藻前(たまものまえ)、良く言われる白面金毛九尾の狐、の事」だよと言った。
「妖力もそうじゃが、奴は策を労する。悪知恵の働く奴じゃ 先祖に似ての」と白澤が、付け加えた。
「その玉賽破、滅しても良い物でしょうか」と優介が、聞くと
「この際じゃ、我ら一族、優介につこう。ほうって置くと我ら一族に対しても碌な事にならんからのぉ」と天日が、言う。

「さぁ、これで互いに目的を果たされたのでは、ありませんか?膳の用意をさせて頂いてもよろしゅうございますね」と付け加えた。


咲子夫人は、にこにこしながら 柏手を2つ打ち、「膳の用意を」と少し大きな声で言うと
「はい、只今」と襖が、開き、料理の乗った盆を持って3人の着物に割烹着を着た御手伝いさん達が、入って来て、それぞれの膳に料理を並べて行く。
続いて、ひょうたんを持った御手伝いさんが、入って来て膳の上に乗った杯に酒を注いでいく。
咲子夫人が、襖寄りの中心に座り直し、
「お粗末ながら料理と神酒を御用意させて頂きました。御堪能下さい」と宴の開始を宣言した。



宴もたけなわになった頃、相馬優子が、あろう事か、天日、白雲、白澤の事を 其々、白のおじいちゃん、三つ目の兄貴、金ぴかじいちゃん 等と呼び始めた。
優介が妖狐、霊獣にちゃん付け?と呆れながら聞いていると、
咲子さんも一緒になって言っている。
5人が、楽しそう酒を酌み交わしているのを見ながら、優介は、軽い頭痛と嫌な汗を一人でかいている。

優介は、優子は、懸念してたけど、あの咲子姉さんまで、あんた、当主の嫁だろ!
心底、彼女達が、恐ろしいと思った。

天日様が、立ち上がり、優介の前に来て座り直して、
「お主、真面目じゃのう。おぅーっと、それと、お主には、礼をせぬといかんかったわい」と言う
かなり、酒が回っている様子だ。
優介は、「そんな、礼なんて 俺は何もしていませんよ」と言うと、
「あれだけの事をして貰ろうて、何もしてないとは、かー、惚れた、主に惚れたぞ 儂は、」と言いながら優介の肩に手を乗せてくる。
・・・完全に酔っ払いのじじいと化している。
更にその横に白雲様が、やって来て、
「人間にしておくには、もったいない」等と言いながら、瞼を押さえている。
これも酔っ払いの泣き上戸のサラリーマンと化している。
何故、泣いている?・・・泣き上戸なのか?・・・
優介は、心の中で あんたら、同じ化けるでもそっちかよと焦り、額には、更に変な汗まで浮かんで来た。
そこへさらに、やっかいな奴が、ちょこちょこと小走りに来た。
「白のじいちゃん、ダメですよ、私が、先に惚れてるんですからねーー。私が、妻です。きゃはっ!言っちゃった、言っちゃった。」と、一人で手を叩きながら優子が、また勝手な事を言いながら後ろから抱き着いて来た。
白澤様も来て、「お主は、まじめじゃのぉ、本に生真面目すぎるわい」
優介の後ろで咲子ねえさんまでもが、「あら、まぁ、持ててますねー、羨ましい」等と言いだす始末。
天日様が、姿勢を正して、頭を下げ、
「我が一族、に代わり、礼を申す。」と又、言いだした。
「だから、何もしてませんって」と言うと 金色の獣の目でじっと俺の目を見つめにっこり笑い、
「狐の母子の事じゃよ、覚えておるか?」と言いながら俺の髪をくしゃくしゃとする。
「名張から連れて来たあの親子の事ですか? あれは、たまたま、弱っていたから医者に連れて行っただけですよ。それと彼らの会話を聞いていると住処を追われたらしく。同じ、生きている者同士、気づいて自分が助けられる様であれば助けるでしょ、普通の事をしただけですよ。」と、言うと
天日様が、「泣ける、わしゃ、嬉しゅうて、泣けてきたわい」と言いながら大声で泣き出す。
「私も弱ってるんですけどぉ~」と言い、優子が、抱き着いたまま言っている。
天日様を見ると、その横で白雲様も泣いている。
優介は、また、頭痛に見舞われた。
白澤様が、その光景を見ながら 付いて来て良かった、良い話を聞けたわい、と言いながら咲子さんから酒を注いで貰っている。
優介は、(この終始、どうすんだよっ)と心の中で泣き叫びながら助けを呼んでいた。
同じ頃、離れの外の方々も 札を持ちながら、寒さに泣いていた。

時は、夕方を過ぎて8時になろうとしていた。
狐が、一匹、離れの玄関から入って来た。
狐が、「あんまり遅いので見にきました」と言いながら天日様と白雲様の後に座り、
「やっぱり、こうなりましたか。中司優介様、その昔、世話になった青狐と申します。其の節は、何も解らないとは言え、失礼を働きました事、御詫び申し上げます。」
と優介に頭を下げると 白雲様が、
「主の話をしていたところじゃ」と泣きながら狐の頭を撫でる。
それを見て 優子が、「可愛い~、狐がしゃべってる」と近ずこうとすると
白澤様が、「これこれ、今は、寄ってはならんよ」と優しく制すると、
「もう、この様な時間か、こんなに人と楽しく時間を過ごせたのも何年ぶりかのぉー、天日。」
「そうよのぉー、かれこれ、1000年か2000年ぶりになるかも知れぬ」と笑いながら
「咲子様、今宵、この様なもてなしを頂戴頂き、感服致しております。御当主様には、くれぐれも宜しく御伝え下さい。酒宴の席では、ありますが、我らに出来る事あらば、精一杯 尽力致します。また、優介様の警護、援助、我らに任せては、頂けませんか?」
咲子は、「私の一存では、決める事が、出来ません。当主の返答、書を持って御伝え致したく存じますが、それで宜しいでしょうか」と 言うと、柏手を2つ叩き、
「当主様が、文を認めておるはず、それを此処へ」と玄関先へ投げかける。
「はい、只今、受取りに参ります」と返事が、返って来た。
暫くして若者が、襖を開け、正座、一礼して咲子姉さんに文を手渡した。
咲子姉さんが、その文をそのまま天日様に差し出すと受け取った天日様は、その文を開き、
「おぉ、これは、今しがたの御返答、任せて頂けるそうじゃ、いや、さすがは、御当主、何もかも御見通しと言ったところ、益々、感服致します。ありがとうございます」と頭を下げた。
「天日、青狐が迎えに来おったんじゃ、そろそろ、暇をせぬか?」と白澤は、言った。
「そうじゃのぉ、名残りおしいが、本に良い時を刻ませて貰うたのぉ、これ、白雲、何時まで泣いておる。礼、以上の物を尽くして頂いたこの御恩、けっして忘れるでない。それと、明日からの優介殿と優子殿の警護、者を吟味して御守りする様にの。では、奥方様、優介殿、優子殿、また、御会いするまで息災であって下され。また、御当主殿に我ら一同、心を持って忠信すると申し伝え御願い致しまする。」
と言うと、頭を垂れ、立ち上がり、天日、白雲、白澤の三者とその後を青狐が玄関へと歩いて行く。
俺達、3人もその後へ続くと何時の間にか、正面玄関まで入って来た時と同様に道の両端にずらりと並んだ者達が居た。
「寒空の下、御苦労を掛けます。健やかな時を過ごせたのも貴方達のお蔭であり申した」と並んでいる者達に白澤が、礼を述べ、正面玄関を出た所で屋敷に向き直り、3者と一匹、頭を垂れた。
出迎えた時の小僧が、4つの風呂敷包を持って走って来て各々に手渡し、こちらへと来た時に立っていた棒のある場所へ誘導し、
「当主、中司雄一郎が、言われてました。その御持ちになった封書は、互いの友情の印として持っていて下さい。との事です。道中、御気を付けて御帰り下さい。」と大きな声で述べる。
「かたじけのうござる。坊も元気でな、こちらの青狐、この近くに住んでおるので逢う事もあろう、その時は、良しなに御願い致しますぞ。」と天日が、言い彼らは、屋敷を後にした。

優介は、救いの主は、青狐、お前だ。礼は、返してもらったぞ、と呟きながら遠く離れて行く彼らの後姿を見送った。優介の横で、優子が、大きな声で
「じいちゃん達、元気でねー、また、呑もうねー」と大きく手を振っていた。

本家

空狐、天狐、白澤の3名が、帰って、中司家本家の離れは、片付けする者、清掃する者が、忙しそうに動き回っている。その中で当主である中司雄一郎とその妻、咲子、福井和正、優介の4人は、離れの地下の【八角ゲンノウ】が納めてある祭壇の前に居た。
相馬優子は、酔っ払いながら、分家の福井和正の長女、祥子と、次女の明子と共に、屋敷内の大浴場で湯だっている。はずだ、多分。
当主、雄一郎は、儀式を終え、その巫女役の咲子と共に強力な邪気を砕く【八角ゲンノウ】を持って、屋敷の奥へと消えて行った。
2人で離れを出て、居間に向かいながら 福井和正は、
「優介なら解っただろう、あの【八角ゲンノウ】の力の正体」と言うので答えようとすると
「解っただけで良い、口に出すべきで無い事実が、そこにある」と、それっきり【八角ゲンノウ】の話は、言わなくなった。
居間の戸を開けると、他の分家の人間が、20人程、雑談しており、全員の目が、入り口に向けられた。
「福井さん、優介さん、こっちへ」と声がする方へ行くと席が用意された。
用意された椅子に深く腰を掛けると優介の右隣に座った分家の一人、服部洋介が、ビールを2つとキッチンの方へ向かって声を掛ける。
しばらくして服部洋介の妻、順子さんが、俺と福井のおじさんの前にビールの入ったジョッキグラスを置き、手に持った盆を胸の前で両手で抱え、
「お疲れ様、優介さん。私、初めて空狐、天狐、白澤をみました。」と言うと、
隣の福井のおじさんは、一口、ビールを口に運び、むせながら、
「儂の知る限り、今日、本家に詰めている者でこれ迄に見た者は、いないはずじゃ」と言う、優介は、
「姿、形は、彼らには、関係ないんですよ。次に逢った時、どんな姿をしてるかわかりませんよ。ただ、あの妖力の色や、形は、変える事が、出来ませんのですぐに解りますけど。」と俺は、言った。
「そうなんですか、てっきりあの姿のままかと・、」と、服部順子が、言った。
優介は、ビールを一気呑みしながら、目で頷いた。
居間の玄関が開き、当主が、入って来た。
「優介、おつかれ。分家の皆さん、寒い中、御苦労様でした。」と深く頭を下げる。
「当主、良いんですよ。それが中司家の分家である我らの務めですよ。こんな調子で御役に立てるならいくらでも呼びつけてください。でも一寸、寒かったなぁ」と洋介が、言った。
「遅くなると思っていたので、今夜は、皆さんの部屋を用意してありますのでどうぞゆっくりとして行って下さい。風呂は、大浴場は女性の方、裏の川沿いの露天風呂は、男性で使用して下さい。斉藤さん、皆さんを其々、部屋へ案内を御願いしますね。それと、咲子、皆さんに何か食べ物を、そうだな、温まる物が、良いかも、用意してあげて下さい」と当主の中司雄一郎は、言うと
「優介、就いて来てくれ」と言い、居間を出て行った。
「優介、行って来い。こっちは、勝手知ったる何とかでつまみのある場所までわかってる。こっちは、こっちで勝手にやってるよ」と洋介さんが、言った。
優介は、居間を出て、急ぎ足で兄を追いかけた。
兄の部屋は、居間の前の廊下を左に20m程、進み、同じ左側にある。
ドアの正面に側の壁に窓が2つ有り、右奥の壁とドア側の壁には、本棚が、壁一面に立っている。その奥の壁を背に大きな黒檀の机が、あり、机の前には、本革の応接SETが、置かれ、応接SETの机もまた、黒檀で作られている。どれも年代物らしく唯一この部屋で近代的なのは、空気洗浄器とエアコンだけの様でそのどちらもが、この部屋に合っていない。
窓の外は、真っ暗で屋敷の中庭の照明に照らされた部分だけが、見えている。
優介が、中に入ってドアの所で立ったままでいると 兄は、机の引出しから分厚いA4封筒を2つ折りにした物を出し、ソファーに腰掛けて、正面のソファーに腰掛ける様に言った。
兄は、そのA4の封筒を 取り敢えずの経費だと言って優介に渡した。
「取り敢えず、500万程、用意しておいた」と言いながら、着物の左脇に手を差し入れて【滅】と和紙に書かれた封書を差出して これをお前の将来の嫁に渡してくれとにやにや笑いながら言った。
「良い娘ではないか、私は、反対しないぞ」と言う。
目が、笑っている。明らかに優介の反応を楽しんでいる。
「咲子とも仲良くやれそうだしな」付け加える。
(あんた、宴会の様子、知ってるだろ、その霊力で全部、見えてんだろ)と思いながら、
ここは、平常心、平常心と優介は自分に言い聞かせ 
「これが、白澤様の言っていた物か?」と聞くと、つまらなそうに、
「白澤様の言っていた物よりも強力な結界を形成出来る。お前の持ってる結界の1/3程度なら十分に効力を発揮する」と言った。そして、
「頼みと言うのは、あるお方からの依頼とお前の今回の敵が、同じなんだよ」
「どういう事だ?」
「玉藻前(たまものまえ)の孫、玉賽破(ぎょくざいぱ)に関する事なんだ。彼を滅殺せよとの事で お前の依頼、んーっと、相馬優子、優子ちゃんの事件と被る。お前に玉賽破の滅殺を本家として正式に依頼する」
「この調査費の額は、そう言う事か。依頼されなくても滅殺に向かうが・・・」
「だからお前は、貧乏なんだ。生きて次の世代へ繋ぐのは、俺達の根幹を成す使命だ。生きて行く為には、金が要る。だからお前の事件を聞いて私は、これを御上に申し上げた。だから これは、すでに御上の命令となり、国が、バックアップの体制を取る事となった。その上での資金も提供された。」と、(つまりは、話を大きくしておいて財力のあるとこからボッタくる)、とそう言う事ね、と優介は理解し、「わかった。やってみよう」返事した。
一流のスナイパーになった気分だ。気分は、【暗殺のプロ】って思いながらタバコを取り出すと、
「ここは、禁煙だ」と現実に戻されてしまった。
「それにしてもお前のその運、狐を助ける→妖狐と仲良くなる→空狐の天日の友達が、白澤。すごい繋がりだな」
(やっぱり全部その化け物じみた霊力で見てやがった。自分の兄弟でありながら中司家始まって以来5本の指に入ると言われるその強力な霊力、恐ろしいな)と考えると優介の皮膚の表面に粟が、立った。
「今日は、兄貴、もう仕事は、ないんだろぅ? 一緒にみんなと少し呑んで、一緒に風呂に行かないか?」聞くと
「行くか、じゃぁ、居間へ戻ろう」と言って 二人同時に立ち上がり、居間へと向かった。

居間へ戻った俺達 兄弟は、12畳あった居間と隣の居間の壁を移動させて出来た合計24畳の盛り上がりの熱気に驚いた。
その熱気の正体は、やはり相馬優子、それに中司咲子の二人だった。
二人は、互いに向かい合って酒の飲み比べをしながら、歌を歌っていた。
回りには、爆笑しながら声援を送る分家の方達。
居間の入り口には、固まった俺達、兄弟。
やがて俺達に気づいた優子と、咲子姉さんは、俺達2人の手を取って、
「主賓のとうちゃーく、皆さん、ちゅーもーく」と輪の中心に引っ張って行こうとする。
分家連中は、回りの観客となりながら手を叩いていて声援を送る者、口笛を吹く者様々である。
携帯で、カラオケを流しながら、優子は、優介を、咲子姉さんは、兄を、其々、歌わそうとしている。
優介が やけになって歌いだすと兄も歌いだし、ついには、4人で歌いだす始末。
やがて観客連中や、御手伝いさん達も口づさみだし、合計30人程の大合唱団が、出来上がる。
何曲かを皆で歌い終わると、周りから拍手が始まり、やがてその拍手は、冬の夜空へと消えて行き、宴は、要約、終了した。

男達、全員で風呂へ行く事になり、男全員で露天風呂へ移動した。



本家の露天風呂は、巨大な岩山をくり抜いた中にある。
丁度、和歌山県の南紀勝浦温泉のホテル浦島の大洞窟風呂の様だ。
大洞窟風呂は、海に面しているが、本家の風呂は、谷に対して立っている。湯船から見える風景は、四季折々の顔を持つ。
湯は、この地方の温泉で単純硫黄泉で効能は、リューマチ、神経痛、皮膚病等に効能があるとされている温泉水が自然に湧きだした所に岩をくり抜いた湯船を設置し、使用している。また、風呂に浸かりながら川の音が、反射して聞こえてくる。分家でこの近くに住んでいる者は、しょっちゅう利用している。

中司兄弟と分家の男連中は、仲が、良く 互いに背中を洗いっこしながら世間話をしている者や、今日の出来事をしゃべっている者等、様々で、誰一人として今後の成り行きを心配している者は、居なかった。
これは、当主である中司雄一郎の圧倒的な霊力に一族が、頼り切り、その力を脅かす者等いない事を信じているからで有った。
実際、2年前に中国から仙狸(せんり)が、数百年ぶりかで再度、新潟県上越市で発見された時、当主、雄一郎が、赴き、仙狸に数十メートル離れた位置から指差しした所、仙狸は、黒い炭と化し、砕けて死にその魂までも粉々に打ち砕いた。それを同行していた分家の5人に聞いた他の分家も一様にその結界の力を変容させ、武器と化した雄一郎に盲信した。


仙狸 : 狸は、山猫を表し、一説には、猫又の原型とも言われている。主に化けるのが上手く、人間の生気を吸う妖怪とされている。その昔、同じ上越市において猫又が、暴れたと言う伝承が、残っている。中国の妖怪である。


雄一郎は、分家に自分を盲信するのを止めて欲しいと言うのが、口癖になっていた。
優介から見ても、兄、雄一郎は、まさしく化け物と言える。

先代の当主は、神一人であれば退ける事が、出来た。だが、雄一郎は、10体来ようが、何体来ようが、関係無く退けてしまうそれ程、凄まじい霊力の壁を作る事が、出来るのだ。歴代5位以内には、確実に入ると言われる程、膨大な量と圧倒的な力の霊力である。
だが、歴代の強い霊力を持った当主が、現れた時、敵対する妖も強い霊力を持った物が、現れるのは、中司家の歴史を紐解くと一目瞭然である、それを雄一郎は、懸念しているのだ。
実際、ここに、玉賽破(ぎょくざいぱ)と言う 玉藻前(たまものまえ)の孫が、登場して来た。
霊力は、修行しだいであるレベルまでは、向上すると言われている。分家の若者達も本家の修行棟で日夜、修行に励んでいる しかし、そのレベルを超えるのは、やはり血、血縁、血統と言わざるを得ない。
なぜなら、修行を殆どしていない優介のレベルですら彼らは、超える事は、不可能に近いのだ。
平和を意識して常に霊力の上を目指している人間であればある程、雄一郎の持つ力に盲信してしまうと言う悪循環を引き起こしいる。これは、人が人である限り、避けられない不協和の一つでもある。

人が人である限り、3次元を超える事が、出来ない。神と呼ばれる存在は、5次元から上の存在となり、言わば、中司一族は、太古の昔より、人でありながら7次元以上の力を有する一族であるからに他ならない。

以上の事実が、雄一郎の悩みであり、トラウマにもなりつつある。


優介は、雄一郎にそれを言われると掛ける言葉が、見当たらない。
「俺が、前を走る。兄さんは、守りに徹してくれ。強力な守りは、心強い。今度は、妖狐達も白澤(はくたく)様も俺達には、ついている。当然、神様達の協力も俺は仰ぐつもりだ。大丈夫だ、俺達、中司一族郎党は、其々に守る者が居る。絶対に負けない」と、
自分で言って恥ずかしくなるセリフを言ってしまった。
雄一郎は、それについて「お前の守る者とは、やはり、優子さんか」とにやにやと笑いながら言った。
優介は、「・・・・・」
そう来るか、今の状況でそう来る! と、唖然として自分の時間が止まった事を自覚し、
これからは、酒を呑んでから風呂には、絶対に入らないと心に誓った。

優介は、風呂から出て、居間でコーヒーを飲みながらタバコに火を点け、今日の事をじっくり考えていると、少彦名命(すくなひこなのみこと)様に貰ったあの【玉】の事を思いだした。
しまった。すっかり見て貰うのを忘れていた、どうする。奪われでもするとやっかいな事になりそうだ と思い、兄に預け、本家の先祖の霊が眠る霊廟の地下に設けられた宝物庫に預ける事にした。
居間を出て、兄の部屋へ廊下を走り、部屋の前に行くとドアをノックした。
中から「どうぞ」と言う声がしたので、中に入り、事の詳細を伝えると、
兄は「うむ、危険な物だな、消滅させる事も可能だが、預かっておこう。術を施した後、宝物庫に入れて置く」と快く預かってくれた。
優介は、「ありがとう兄さん。おやすみ」と礼を言い、取り敢えずは、一段落かとほっとしながら宛がわれた部屋、旧自分の部屋に移動した。

部屋に入ると、
「おっかえり~」と優子の声。
「なんでお前が・・・居る」と尋ねると、
「今までずっと同じ部屋で一緒に寝てましたって咲子姉さんに言ったら、じゃ、一緒にしなくちゃねって、同室になっちゃいました~。もう、これは運命だよね~、私、やっぱり優介の嫁だねっ」

(それ、その言い方、かなり誤解されてるぞ。いいのか俺、良いのかお前)
どんどん優子の策に嵌っていく自分を感じた優介で有った。

その晩、優介は、嫌な夢を見た。池に落ちてもがいている夢だ。
足が、重い。
顔の周りに水草が、引っ付く。
そこで、目をさました。
優子が、自分のベットから優介のベットへ移動して来ていた。
水草は、優子の後髪だった 動かない足は、優子の足が、足の上に乗っているからだった。優介は、ベットから出ると寒いと思い、諦めて優子の寝ている方の反対を寝返りした様に向いて再び、目をつむった。
気になって寝れないでいると、背中から
「優ちゃん、怖いよ、私、怖いよ」と、寝言を言っている。
優介は自分の中に何かが生まれたのを感じた。
日頃、馬鹿みたいに明るいのは、きっと怖さを隠す為に自分の心に嘘をついているからなのだろう。
優介は、優子の寝ている方へ向き直り、片方の腕を優子の枕代わりにしてやり、空いたもう片方の腕で布団の上から柔らかく抱きしめる様に腕を置いた。
「ふにぃ~」とまた、寝言。
優子の髪のにおいを嗅ぎながらまた眠りに落ちていった。

朝、御手伝いさんが、起しに部屋の戸を開けた。
「おはようございます。あらあら、仲がよろしいですね、御朝食の用意が出来ております。広間へ急いでくださいね」っと、一つのベットで2人で寝ているところを目撃された。
たしか、あの御手伝いさんは、仲間内で井戸端会議が、大好きな人だ、と気が付き、一気に目が、覚めてベットから飛び起きた。
部屋に備え付けの洗面所で顔を洗い、戻って来ると優子も目を覚まし、「おはよう、ゆうすけ~。ごはんだよね、10分で用意するから、一緒に行こうよ」
とズボンを履いてワイシャツのボタンを付けている優介に言う。
断る理由も思いつかず、御手伝いさんの口を封じる手段がない物かと思案中の優介は、
「あぁ、」と そっけない返事をしながらタバコに火をつけた。
「そっけないな~」と優子は、呟いた。
タバコを吸い終わり、優子が、優介の二の腕を両手で挟む様に持ち、
「お待たせっ、いこっ」と上機嫌で腕を掴んだままスキップしている。
優介の本能が、何かを訴えた が、成り行き上、そのまま、広間へ向かった。
広間に入るや否や、「優介、若いなー」「仲良いねー御二人さん」と、声が、掛る。すでに今朝の情報が、蔓延していた。
優子が、
「もう、昨日、抱きしめて寝てくれたの嬉しかったけど、優介、激しいんだもん」
こ、こいつ、問題発言!また、誤解を招く発言をーっ。
と優介は、心で叫んだ。
「朝から 抱きしめたやら 激しいだ のと若い者は、羨ましいのぉー、優介」 と、背中を軽く叩いて来る。
真後ろから豪快な声。声の主は、福井のおじさん。
周りからは 笑い声。
いや、これは、嘲笑。
目が点になり、頭が、真っ白、全身硬直 金縛り状態。
本能は、正しかった。
もう、皆さま、思いっきり誤解していらっしゃる。
自分を擁護する気力すら失せて亡霊の様にふらふらと膳に着くと中司雄一郎夫妻が、席に着き、
さぁ、頂きましょうと号令を掛け、朝食会が始まった。
優介は、味の解らないまま朝食を終えた。

天と国

中司本家から戻り、2日が過ぎた。
中司優介と相馬優子の2人は、優介の事務所兼自宅に居る。
この2日間、優介は、調べ、悩んでいた。
白澤(はくたく)から力を借りる様に言われた神が、武甕槌神(たけみかづちのかみ)である事に起因している。
日本の神の勢力は、2つの勢力から成っている。
いわゆる 天孫族と出雲族である。
天孫族は、天照大神を主とする天津神(あまつがみ)。
出雲族は、大国主命を主とする国津神(くにつがみ)である。
問題は、この勢力派閥にあった。
本家は、天孫族、出雲族の両方から中立で、そのどちら側からも知恵、知識、力を借りる事を要請出来る立場である。実際、本家は、双方に平等に接している。しかし、本家はともかく優介自身が、仲良くしているのは、国津神であって天津神とは、殆ど交流をした事が無かった。
今回、本社から依頼されたと言う事は、すなわち、国津神が中心となって行うと言う事に他ならない。
ましてや相手は、玉藻前(たまものまえ)の孫である玉賽破(ぎょくざいぱ)である。
そんな強大な敵と一戦交えるのにわざわざ優介に振る理由は、そこしかない。
交友関係を知り、本家の意図を汲み取れる人間、本家から見て中司優介以外に対応しきれる者は、いなかったのである。
武甕槌神(たけみかづちのかみ)は、確かに強大な武神である。
しかし、属しているのは、天津神の方であり、しかも、【国譲り】の事件の際に天津神側から見ると英雄であり、一番の貢献者である。【国譲り】の事件は、天津神と国津神の武力抗争のなれの果てで、抗争終局の最終形でもあった。
こんな背景の中、国津神側と仲の良い優介が、折衝に向かうと中司本家の立場にも影響を及ぼしかねないのである。
そんな訳で 中司優介は、悩み、考えている。

「コーヒー、煎れたよ~、難しい顔してたら貧乏神が寄ってくるぞ~」
優子が、顔の横で掌をこちらにむけて指をにぎにぎと動かしている。
優子は、事件を優介に依頼してからずっとこの部屋で寝泊りしている。帰ったのは、大洗磯前神社に行く前に荷物を少し、取りに行っただけである。

「この向かいのマンション、空きがあるんだよ。優介もこの部屋、事務所だけにして一緒に住もうよ~」と完全に優介の彼女になったつもりでいる。
優介は、考え事をしながらだったので、何も考えず、「うん」と 答えてしまった。
「やった~、そう言うと思ったんだよ~。来週、引っ越し屋さんが来て、うちの実家の荷物はこんじゃうから、そのついでにここの荷物も御願いしちゃったよ~」
「やっほ~、引っ越しだー、引っ越しだー」と飛び跳ねている。
優介は、騒がしさに はっと我に返り、
「えっ、引っ越し?」
「うん、優介に今、了解貰ったし、GO掛けちゃったよ~、もう取り消せないのだ~」
こちらを向いて腕をのばし、軽くげんこつを握り、人差し指を立て、人差し指を左右に振りながら、片目をつぶって仁王立ちしている。
優介は、自分の失態に気づき、また、やられた。この策士め。と背もたれに体を投げ出した。
彼女が言うそのマンションは、オートロックになっており、一階のロビーは、ガラス貼りになっており、コンシェルジュが常駐、応接SETが、4SETならんでいる。部屋の間取りは、10階は5LDK
11階は、6LDKと5LDK12階は、8LDK2部屋の12階建てで屋上には、ドッグランの設備が付いて湯は、地下から汲み上げた天然温泉、すべての部屋が分譲になっている高級マンションだ。
頭金は、今、振り込んだし~、ローンも大丈V(ブイ)、と言いながらスマホを左右に振っている。
この2日、外出したりしてたのは、これをやっていたのか と思い当たり、
完全に手の平で踊らされている。気分を変える為、優介は気分を一新させたくなり、外に出ないかっと言うと、「うん、散歩に行こう」と軽く乗って来た。

優子が優介の二の腕を両手で挟んでいる。俺は、もう慣れ始めたのか諦めたのかと少し、戸惑っていると、優子が、
「まだ、緊張する?」いたずらっ子な目で微笑んでいる。
優子は、そのまま道を渡り、今、話題にしたマンションの前に着くと
「りっぱだね~、ここに住むんだよ~」嬉しそうに笑っている。
その前を通過し、次の筋を曲がって右の緑と赤のストライプに彩られたテントの店を指刺して ここ、一回、入ってみたいんだ~と言いながら返事も聞かず、扉を開けた。
扉のすぐ横のテーブルに着くとメニューを広げ、
「どれにする?」と聞きながら返事も待たず、
「すいません、注文、御願いします」と言っる。
「まだ、決めてないぞ」と優介が言うと、
「大丈夫、任せて」 顔の前でVサインを作る。
「アペリティーヴォは、スプマンテ、アンティパストに生ハムとチーズ盛り合わせ、プリモ・ピアットは、うーんと、このポレンタとこっちのリゾット、コントルノは、要らないからドルチェにフルーツの盛り合わせ、カッフェにエスプレッソで以上、エスプレッソ以外は、各1つづつ、取り皿を2つ、御願いします」と店員に告げた。
優介は、唖然として全くわからない言葉の連続に彼女は、馬鹿なのか、賢いのかと訳が分からなくなっていた。
「あれで解るんだから、此の店、きっと本格的だよ」と中腰になって俺の耳に口を近づけて囁いた。
「俺には、さっぱりわからなかった」と言うと、
「優介は、良いんだよ」嬉しそうにクスクス笑う。
料理が運ばれてきた。
優子が、
「アペリティーヴォ、一般に言う食前酒。スプマンテは、発砲ワイン、スパークリングワインとも言うよね~、か・ん・ぱーーい」と説明しながら言う。
優介は あわててグラスを取り、乾杯とグラスを合わせた。
「アンティパストは、前菜。見てわかるよね、ハムとチーズだよ。このハムでどんな店かわかる人には、解るんだよね~」と言いながらフォークで器用にハムを丸めて突き刺すとフォークの端を親指と人差し指で軽く持って優介に差し出す。フォークを受取り、それを口にはこんで咀嚼すると、
「美味い、スーパーのハムと全然、違う」
優子は、にっこり笑いながら自分の口へとハムを運んで食べ始める。
「うん、美味しいね」と自分のチョイスに満足下にしてる。
二人ともにこにこしながらワインと前菜を平らげると店員が、
「プリモ・ピアットになります」と2つの皿と取り皿を運んで来た。
「プリモ・ピアットは、主菜って事になっているけど、こうやってスープや、ミニサラダも付いてくるのが、日本じゃ主流になりつつあるんだよ」と解説を入れながら取り皿にポレンタとリゾットを混ざらない様に器用に盛り付けして取り皿を一つ優介の前に置いた。
それらも美味かった。トウモロコシのミール状の物に浸かったソーセージもリゾットの味も中々の物だった。皿が、下げられ、最後にコーヒーとフルーツの盛り合わせを堪能しながら手持ち無沙汰にしていると 優子が、
「すいませーん、灰皿頂けますか」と聞いてくれた。
「この席だけが、喫煙なんだよ。店に入った時に表示されてた。気づいた?」
「そうなんだ、全然、見てなかった」
「優介、私の事しか見てないもんねー」と、今度は、ケラケラと笑いだす。
完全におちょくっている。
タバコに火を点けると
「難しい顔して何を考えてたの?」と聞いてくるので
「神達の派閥をね」
「派閥なんかあるんだー、初めて聞いたよ」と座り直して乗り出してきた。
「大きく分けて天孫族、いわゆる天津神と出雲族いわゆる国津神の2大勢力がある。天津神の代表は、天照大神で国津神の代表は大国主命なんだ」と言うと
「この間の神様、うーんと大洗磯前神社の少彦名命(すくなひこなのみこと)だ。どっち?」
「国津神になる」
「なんで悩む訳?」
「俺の懇意にしてるのは、国津神側になるけど、白澤様から聞いたのは、武甕槌神(たけみかづちのかみ)こっちは、天津神になる。」
「ふむふむ」
「本家からも依頼を受けた訳だけど 依頼された理由は、この事件、国津神側で処理せよって事になってる訳だよ」
「そっちもややこしいんだね。ガンバだね。気分転換になった?」
優介の行動を見抜いている
「そ、そうだな、ありがとう。帰るとしますか?」
「初めて御礼を言われた~、やったね~」
「初めてじゃないだろ
「だって、有難うって具体的な御礼初めてじゃん」と言いながらレジに行き、お愛想っと大きな声で店員を呼んだ。



国津神の最強は、やはり、大国主命、武神であり、国津神達を纏めあげている。
・・・・・
建御名方神(たけみなかたのかみ)に
頼んでみるか と中司優介(なかつかさ ゆうすけ)は、考えが至った。これも優子と共に気分転換に出掛けた賜物と優子に感謝する。
たしか、諏訪大社だったな、と自分の記憶を辿り、長野県の諏訪大社に出向くべく、動く事を決めた。


建御名方神(たけみなかたのかみ)
  大国主神と沼河比売(奴奈川姫) の間の御子神と言われている説もあります。
 古事記と日本書紀での扱いが大きく違い。竹内文書でもその扱いが大きく違います。
長野県の諏訪大社を始め、全国の諏訪神社に祀られており、長野県の諏訪大社の御神体は裏に鎮座する守屋山となっています。


優介は、優子に諏訪神社に建御名方神を訪ねに行くと言った。
優子は、一日、待って欲しいと返答し、
「今ね、野間さんから電話で書類が、揃ったから事務所に来て確認して欲しいと連絡が、あったの。野間一人、覚えてる?」
「あぁ、弁護士の人だろ、父親の親友だった人だよね」
「嬉しい、覚えててくれたんだ。でね、今日手が空く?」
「見ての通り、いつでも手が、空いてる」
「だよね~。一緒に来て欲しいんだけど良いかな?」
「断る理由もないし、護衛しないと心配だからな、何処かで食べ過ぎて腹を壊されると面倒だし」
皮肉を初めて口にした。心の中で(ざまーみろ、俺だってたまには、反撃するぞ)と優介が思った。
「【心配】だなんて、愛されてるわ、わ・た・し」と両手を叩いて飛び跳ねた。
優介は、最後の皮肉、聞いてないのかよ、最後までちゃんと聞けよ! 音に成らない声で叫んでいた。
「今から良い?」
「いいよ」と、少し凹みながら答えた。

2人は 梅田の高等裁判所の近くにある野間先生の事務所に向った。
事務所は こじんまりとしていて小さなビルの3階にあった。中へ入って事務員に名前を言うと直ぐに先生の居る部屋に通された。
優子は、説明を受けながらそれ等の書類に目を通し 捺印して完了した。
内容は、相続税で端的に言うと現物で清算する物納と言う形を取る事で決着したらしい、優子の父親のこれも親友であった税理士が便宜を図ってくれたらしく家屋対象としては かなり安い税金額になったらしい。因みに税務署の偉い人も父親の親友だったらしく、その3人は、葬式ですでに方向性を決め、親友の残した一人娘の擁護を決めていたらしい事を優子から聞いた。

優介は、持つべきは、人も神も妖も繋がりだな と一人大きく納得し、封書にあった【結】の意味を理解し、兄の力とその頭脳の高さを再度、痛感し、【結び】か と 独り言を言った。
帰りに梅田で少し買物をして事務所兼、現自宅に戻り 諏訪神社へ行く準備を2人で始めた。
準備が、終わると 優子は、インターネットで何かを探している。優介は、パソコンの画面の裏側から諏訪インターのレストランの馬刺し定食や丼、美味しいよ。とプチ情報を教えてあげると
「あっ それGETで! まず、一食ね」にっこり笑った。
テレビの天気予報を思い出した優介は、車のタイヤをスタッドレスに履き替える事を思い付き、
「この時期、凍結の危険が、あるからタイヤを買いに行こうか?」
「そうだね、行こっか。ついでにCDも欲しいし、優介の好きな音楽も聞いてみたい」
「じゃ、ついでに荷物を少し、トランクに入れて行こう」
2人は、キャリア2つを持って事務所兼現自宅を後にした。

大型のタイヤ販売店に着くと2階は、CDショップとレジャー用品、100円均一等の店が、入り、モール化した建物で 1階にカー用品の店と工具、裏に回ると大型スーパーになっていた。
GT500を表にタイヤが、積み上げられている店の駐車場に乗入れ、2人は、店に入って行った。
2人で店内をぐるっと一周し、優介の持つ結界の力で邪気を薙ぎ払い、
「浄化出来たよ」と優子の耳元で囁いた。
「安心だね」と相変わらず俺の二の腕を両手で挟んで俺の顔を見てにっこり笑った。
優介は、店員にフロント265-40ZR19 リア285-35ZR20 に該当するスタッドレスが、欲しいと言うと 店員は、車種は、何ですかと聞いてきたのでシェルビーGT500 と伝えた。
店員が、カウンターに駆けて行き、タイヤの該当表に目を通し、これ持っていきますと同僚に声を掛けて俺達の居る場所に駆けて来た。
「御待たせしました。MICHELIN X-ICE、GOODYEAR ICE NAVI6 等は、どうでしょうか? でもいずれもリム径を変更し、偏平率を上げる方向でないと装着は、出来ません。ですのでホィールとのSETになってしまいますが」と言う。偏平率の事は、覚悟していたので優介は、
「それで良いよ、合いそうなホィールを5種類選定して見て欲しい」
「こちらへ」俺達を誘導し、「この奥に並べられている10種類は、大丈夫です」と言うと
優子が、走って行って「うーんとね、あの車には、これか、これ、どっちかだよ」
また、勝手にと思いながら行くと、確かに合うかも知れないと彼女のセンスに驚き、
「どっちにする」と聞くと、「うーん・・・」真剣に悩んでくれている。
と、「やっぱり、これ!」と比べてるホィールの上に陳列してあったのを指刺している。
優介は、やっぱりな、そう来るのが、こいつだな と思い。
「じゃ、これで。タイヤは、MICHELIN の方が、コンパウンドが柔らかいので MICHELIN の方を」
「解りました。車は、そうですね、3番のピットに入れて下さい。私はそこのカウンターで見積書を作っておきます」と言い、ピットに向かって「ゼロサン、車はいりまーす」と声を掛けた。
優介は、車を入れ、カウンターで支払いを済ませて優子に
「一時間程、掛るそうだ。CD見に行こう」と言うとまた、優子が、二の腕を両手で挟んで引っ付いてきた。
CDショップでも優子に振り回され、CD5枚を買い込み、店を出てモール内の店でお茶をしながら、CDのアーティストのうんちくを言う。
一時間が、過ぎた頃、店内放送で呼び出しがあり、装着が完了したので2人は、タイヤショップに向かった。カウンターに行くと先程の店員が出て来て車のキーを差出し、ありがとうございましたと礼を言いピットへ案内された。車のバックシートにビニールが、掛けられ来る時に履いていたタイヤが、乗せられていた。
俺達は、車に乗り込みエンジンを掛けるとピットから出て店の外へと向かった。
ガレージに着いてタイヤを下ろし、時計を見ると午後8時を回っていた。
「遅くなったが、荷物を運び込み出発しようか」と言うと
助手席でCDの包装を解きながら「荷物ならもうないよ、いつでも出発OKだよ」と返事が返って来たので俺達は、諏訪大社に向けて出発した。
スタッドレスに履き替えた GT500 は、さすがに腰から下が、ふにゃふにゃしていてまるで旧車のアメ車に乗っている感覚だ。
「前より乗り心地良いね」優子は言う。
「でも これじゃアクセル踏めないね」
「良いじゃん、ゆっくり行こうよ。前に大洗磯前神社に行った時、初めて長距離乗ったけど、他の車をびゅんびゅん抜いて行くからちょっと怖かったよ」
「優子、お前も免許持ってんだろ」
「持ってるけど あれは、携帯買う時に便利だから取っただけだよ。それにね、AT限定なのだ」
偉そうに言っている、
GT500は、吹田インターから名神高速を北上し、「飲み物買いに行く」と優子が言ったので 大津インターで一旦停車した。優子は、売店でコーヒーと紅茶、チョコレート等の菓子を買い漁り ビニール袋を振りながらOKと言いながらこっちへ歩いてくる。俺との距離は、30m前後だ。
俺はそれを眺めながら建物の外でタバコを吸っていた。
優子に帽子を被った男が、近づき帽子を取って礼をした。
俺は、慌てて駆け付けようとしたが、その男は、腕を水平にして掌をこちらに向け、静止の合図を送るとこちらをみて再度、礼をした。顔を上げるとにっこり笑い、
「どちらへ?」と尋ねてきた。
優子は、その男に向かって
「あっ、三つ目の兄貴だ~」と言って飛びついている。
俺は、ほっとして
「白雲さん、どうしてここに?」
「どちらに行かれるのか、気に成りまして」
「諏訪大社に武甕槌神(たけみかづちのかみ)に御願いがあって向かうところです」
「わかりました。我々は、あの白のダッジナイトロで護衛についています」
「ありがとうございます」と俺と天狐の白雲の話が、終わると
「何人いるの?」優子が、聞くと
「私を含めて5名ですが、」白雲が答える
「コーヒーで良い?それともお茶?お酒はだめだよ」
「え、、お茶で」
「一寸、待ってて」と売店へ走って戻って行く。
暫くして優子は、袋を2つ持って白雲に一つを渡すと
「護衛の任務、御苦労様です」と敬礼をする。
「差し入れを頂いたぞ」大きな声で白雲が言うと ダッジナイトロから4名が、降りて来た。
パーカーにサングラスをしてズボンに鎖をジャラジャラと着けた男が、
「嬢ちゃん、ありがとなー」
Tシャツにスーツを着た男が、片手を挙げた。
タイトスーツの女性が、お辞儀をした。
Gジャンに野球帽を被った少年が、
「優介の奥さんだったよね、ありがとー」
優子は、「そうだよー、奥さんだよー」と答えた。
白雲は、「優子さん、相変わらずですね、今の少年が、あの時の狐、青狐ですよ」
「あの宴会に来た、き・つ・ね・く・ん? で、全員、きつね、さ・ん?」優子が、驚いた。
優子は、この世界の自分の常識が、ことごとく崩れていく様な気がした。今まで会った人達は、本当に全員、人間だったのか、何者だったのか、優介と出会ってからこの現実が、現実なのか幻想、夢なのか解らなくなった。とたん、こんな戦いの中で優介が、居なく無くなったらと考えると今まで以上に愛おしくずっと身体を抱きしめたり、抱き締められたりしたくなった。
「じゃ、優介さん、ここから先は、電話で連絡を取りたいと思います。この様に我々も共に行動している事をちゃんとわかって頂きたかったので、ただ、今まで機会が、無かった・・・では、これにて」
と、言うと姿が消え、ダッジナイトロの横に姿を現し、5人は、頭を下げた。
「優子、行くぞ」優介の声で我に帰った優子は、走った。走って優介に飛び付いた。
優子の目から涙が出て ほほを伝わり、優介のジャケットへと染み込んで行った。
優子は、嬉しかった、そこには、何にも変えられない気持ちがあった。
優子は、この【気持ち】を信じきろうと心に誓っていた。

神術

大津インターを出て 米原ジャンクションを直進、尾張一之宮のサービスエリアの手前を
時速100~130Km 前後で ミッション6速に入れっぱなしなので優介なりには、エコモードである。
その直後をダッジナイトロが、5人?5匹の狐を乗せて付いてくる。
「次のサービスエリアで食事~、」優子が、言いながら、電話をする。
「え~、CQ CQ、こちら優介号、応答せよ、三つ目丸」
「は、はい?」
「んー、ノリが悪いぞ、そう言う時は、こちら三つ目丸でしょ」真剣に怒っている。
電話の向こうで笑い声が、聞こえる
「次の手羽先、じゃなかった、一之宮のサービスエリアに入ります どうぞ」
「三つ目丸、了解しました」
「うん、よろしい」と言いながら電話を切った。
連絡したよ、とあっけらかんと言っている。

ダッジナイトロ内は、大笑い、
白雲様が、怒られてる~、わはっはっは~
スーツ姿の女性が、
「相馬優子、優子ちゃんだっけ、良いねー、面白いじゃないか、さすが、中司家の嫁になろうってんだから大した者だよ、天狐、白雲様と知ってて言う、普通、言えないよねー」
「空狐様に何て言ったと思う? じいちゃんだと」パーカーを着た男が言って又笑う。
天狐、白雲は、「彼女、中々の者だよ。中司の当主の妻も大した者だった」と静かに言う
「中司、当主は、天日様、白雲様、白澤様を 友 だと言ったんだろ」スーツの男が、言った。
そして 白雲は、「此処まで好かれたら尻尾に掛けて守る」と言うと
他の4人は、黙って頷いた。

サービスエリアに到着した。
優介が車内のごみ袋を手に持って捨ててるのを見ながら にこにこして待っている。
「偉いね、ちゃんと袋の中のごみ、分別して捨ててるんだ」
「これ以上、自然を壊されたくないしな」照れながら笑った。
建物の中に入ろうとした時、優子が、締まってるよ~、屋台6時までだって、と、残念がっている。
券売機に行き 優介は、「はい、これ」と言い、名物、鶏ちゃん丼の券2枚を渡すと
「優介、さっすがー、わかってるーと食品受渡し近くのテーブルに座った。
「この分だと諏訪インターも食堂締まってるかもな」と言うと
「そうだ、忘れてた、あぁ~、帰りに期待だなこりゃ」と嘆いている。
「そうだな、小牧で降りて近くのホテルに泊まれば、馬刺し、食えるな」
「そうしよう、馬刺しの為なら♪~」と歌いだす。
優子は、携帯で 「CQ CQ、こちら優介号、応答せよ、三つ目丸」
「こちら三つ目丸、どうぞ」と帰ってきたので優子は、満足げに
「優介号、小牧で降りて宿をとります。そちら、3部屋でOKですね」
「え、あ、はい、ありがとうございます」
「では、良い夢を。中司優介の名前で予約いれま~す」と電話を切る。
車のナビで調べ、ナビから直接、電話に切替え、天然温泉のあるビジネスホテルに、予約を入れた。合計4部屋。一つの部屋と他3つは、2階以上離してくれと言うと怪訝な声色で わかりましたと返答があった。
チェックインの時に俺は、4部屋分、封筒から支払った。
「優介、どうしたのそのお金」と聞くので
「前回の仕事料の半分と今回の本家依頼分の活動費」と答えた。

次の日、朝10時に出発した俺達は、一気に諏訪サービスエリアまで行って そこで昼食とした。
目当ての馬刺しに2人は、大いに満足した。優子は、
「一泊した甲斐が、あったね~」と満面の笑みだ。
駐車場を見ながら 俺はタバコを吸い、その横で優子が、缶コーヒーを上着の袖で持って飲んでいる。
「あ、いた。ほら、あそこ 三つ目号」と白のダッジナイトロを指刺した。
優介は、昨日は、三つ目丸だったとつっこみを入れたかった。が、
「うん、2台後ろをついて来てたね」と答えると
「何でわかるのかな~、私もそんな力、欲しくなっちゃうよ」笑いながら言う。
「諏訪大社、上社本宮は、ここからだと40分ぐらいだな」と言った。


諏訪大社:
諏訪湖周辺に4つの境内地を持ち、上社本宮、上社前宮、下社春宮、下社秋宮の4つである。上社本宮は、信濃國一之宮とも言い諏訪大社を代表する。最古の神社の一つで古事記の中では国譲りに反対して諏訪で国を築いたとあり、日本書紀には持統天皇が勅使を派遣したと言われている。
諏訪大社には本殿と呼ばれる建物は無く、秋宮は一位の木、春宮は杉の木を御神木、上社はその地形から守屋山と一説にはあるが、宮山、御山を御神体としている。神楽が連日行われていたといわれるが、現在では、絶えている。
有名なのは、諏訪大社七不思議と言われる物で、御神渡(おみわたり)、元朝の蛙狩り、五穀の筒粥、高野の耳裂け鹿、葛井の清池、御作田の早稲、宝殿の天滴であるが、上社と下社で七不思議が存在し、計11個が存在する。それと大晦日の大太鼓である。


諏訪インターで中央自動車道を降り、一旦、20号線を北上すると飯島の交差点に出る、それを左折して183号線に入り、宮川を渡り中央自動車道を潜った先が、神宮寺交差点になる。この交差点を右折し、次の交差点を左折すると正面に諏訪大社 上社本宮がある。
「一旦、上社本宮 一之宮に詣でてから車で152号線に行く、山道だが、それを上って行った先に物部守屋神社がある。そこが、目的地だよ」と優介が言うと
「単純に諏訪大社に居るんじゃないんだ。優介、本、書いたら? 題名は、【神様は、此処に居る】ってな感じで。貧乏から抜け出せるかもよ~ぉ~」言いながら ケラケラと笑っている。
「神様も一ヶ所にじっとしてないから無理だよ、いまは、物部守屋神社が一番近いけど次は、解らない。兄貴だと日本中の神様の現在位置が解る様だけど、俺は、近辺まで行って何処に居るかが解る程度だよ」
「すごいね、御兄さん、だけど優介もすごいよ、」
「数字になおすと多分、兄貴と俺の差は、桁が、3つも4つも違うんだ」
「え〜、そんなに違うんだ。優しそうな御兄さんなのに・・・」
「さぁ着いたよ」
俺達は、車を駐車場に入れ、参拝を済ませた。其の後、再び、車で 152号線をぐねぐねと登り、杖突峠を越え古屋敷(ふるやしき)に着いた。車を物部守屋神社の石積された脇に止めてトランクからディバッグと折り畳みのスコップを持ち、10段程の階段を上がって鳥居を潜った。優子を気遣いながら雪と氷で滑る階段を上り、拝殿に辿り着き、その脇を回ってまた、階段を上って本殿に辿り着くと
「大丈夫?」と優介が聞くと
「着いた?」優子が、はぁはぁと息をきらせながら聞いてきたので
「もう一寸先、ここからは、階段も何もないからこのスコップで雪を掻いてくるよ。一寸、休憩してて良いよ」と言うと、
「ありがと、一寸、休憩させてね、ごめんね」
「気にするな、これでも飲んでそこにいときなよ」と言い、上着からコーヒーを差し出した。
優介は、本殿脇の斜面の雪を階段状にしながらどけ始めた。
時々、タバコを吸いながら休憩して優子を見下ろすと 優子は、階段下をぼんやりと眺めていた。
ようやく御上燈に辿り着くとその右横を平らにしてデイバッグから防水シートを抜き取り、それを敷いた。
「出来たよ」優介は、上から優子に声を掛けた。
優子は、「ありがと、今晩、マッサージしてあげるね」言い、今しがた完成した歪な階段を四つん這いに成りながら登って来た。


優介が、ディバッグから燭台(しょくだい)と少し大きめの蝋燭(ろうそく)を取り出し、それを壊れた石燈籠に器用に置き、蝋燭(ろうそく)に火を点けた。
斜面に対して左に優介、優介が指示した右斜め後に優子が座った。
優介は、目を瞑り、大きく深呼吸を2度程すると 胸の前で手を組み 何やら印を結び始めて その印を色々な形に変化させて行く。口では、何かをぶつぶつ言っていた。
優子は、興味深くそれらの行動を見ながら今度は、何が起こるのか興味深々であった。
色々な印を結び始めそれが3周期を過ぎ始めた頃、山の奥から木の枝が左右に分かれ初めている事に気が付いた。
優子は、「木が、動いてる」心の中で呟き、その光景から目を離せないでいた。昔、父が借りて来た映画にこんなシーンがあったなと思い出し あれは、確か海が割れたんだっけ、でも今は、木が自分の意志で道を作っている様に見える。
また、物凄い冷気の塊が周囲を覆った、少彦名命(すくなひこなのみこと)と会った時の様な凛とした清浄感のある冷気。だか、あの時とは違って荒荒しさがどことなくあった。
優子は、意識して背筋伸ばし、姿勢を正した。
お腹に響く太く力強い声が、山全体から聞こえ、いや、響いて来た。
「主(ぬし)は、中司の者ではないか、何用が有って儂を呼んだ」
「力を御借りしたく 馳せ参じました」優介が答える。
「そこの女子(おなご)は、何故に連れて来た」
「この者にも関係が深く 私共中司当主の依頼にて庇護している者に御座います」
「敢えて儂を呼んだ訳は」
「国津神いや、出雲族切っての武の道を極めておいでなので罷(まかり)越しこした しだいに御座います」
「わっはっはっはは、まだ租の様な事を覚えておる輩がいたとは、嬉しい限りぞ。して力とは、それに由来する物か」
「日ノ本において再度、禍(わざわい)が訪れようとしております。その物は、かつて世を地獄に変えた物の末裔で名を玉賽破(ぎょくざいぱ)と申します」
「玉賽破、うーむ、妖狐か もしかして玉藻(たまも)の末裔か? ならば我らの用務じゃな」
「左様に御座います」
「この儂に何をして欲しい」
「某(それがし)が 成敗致します故、武具を御借りしとう御座います」
「種は」
「ここに」と 優介は言いながら何時の間に持っていたのか2m程の木に白く晒した和紙が巻かれた物をお辞儀をしながら頭の上へ両手で捧げ持った。するとその棒が3m程の高さまでゆっくり上って行く。
「弓を授かりとう御座います」
「あいわかった しばし間が要る」
「承知」優介が言いながら頭を下げる 優子も連られて頭を下げる。
棒がくるくると回り初め、しだいに音がぶーんと響いて来た。
やがて棒の両端が、白く光り空中に丸く円を描きだす。
円の中心から十文字の光がその輪に被さる様に現れた。
十文字の光が丸い円より少し大きくなった。
棒の動きが止まった。
光の輪と十文字は、そのままゆっくりと時計回りに回っている。
墨で書かれた様な少し青み掛った黒い神代文字(じんだいもじ)が、次々に現れそれが呪文の様に棒に吸い込まれて行く。
棒がゆっくりとしなりだす。
巻かれた和紙がタマムシ色に変化してその棒に溶け込んで行く。
依然、神代文字(じんだいもじ)が、次々に現れ吸い込まれている。
木の両端から蔓(つる)の様な物が現れそれが弓状にしなった丁度真ん中で結合した。
神代文字(じんだいもじ)が消え、全ての光が消えた。
ゆっくりと棒であったそれは、弓の形で優介の手に向かって降りて行き、優介の捧げた両手の手の平に落ち着く。
優介は、再び、頭を下げ、
「我が願い、聞き届けて頂き恐悦至極に御座います」と言う
「中司の事、互い様じゃ、さらばじゃ」
冷気が、去って行く。
木々が元に戻って行く。
優子は、一部始終、唖然として その変化と優介が手に持った弓をみていると
「帰ろうか、立てる?」と弓と弦の間に腕を入れながら言った。
「うん、あ、一寸待って、こ、腰が抜けてる、ごめん、立てない」と手を優介に向けて差し出す。
「この下まで負ぶろうか、無理しない方が良い」と言いながら優子の前にしゃがみ込む。
優子は、後ろから優介の首に腕を回し抱き着いて行く。
「弓に気をつけてね」と言いながら立ち上りしっかりした足取りで本殿の脇へ降りていく。
本殿脇に降り立った優介は、ゆっくり丁寧に優子を立たせ、
「一寸、待ってて」と言い残し、また上へ上って行った、やがて手にしたディバッグ、防水シートと燭台、蝋燭を手に持ち降りて来た。
防水シートを敷きその上にディバッグを置いて優子をその上に座らせると優介は、立ったままタバコに火を点けゆっくりと吸い込んだ。
吐いた煙が雪山に消えていくのを眩しそうに下から優子が、見ていた。


物部守屋神社:
守屋山の東峰に守屋神社奥宮の石祠が鎮座しています。石祠は、鉄枠で保護されており、文献には 昔、雨乞いに使用されたと記述があったりしています。物部守屋神社と守屋神社奥宮を直接繋ぐ参道も今は無く、鳥居を潜って上に上がると祠があり、その裏手にまた階段、それを上ると本殿があります。
その上に道は、無く御神燈と書かれた石碑が草木の中に埋もれて立ち その横手に屋根だけが残った旧旧本殿の残骸があります。この背景に神社の統廃合が絡んでいるのではと言う説もあり、定かになっていません。現在は、本格的な修復に至ってはいなく手を加えた程度になっており寂れた神社となっています。守屋神社奥宮の石祠には、剣もしくは弓矢を収めたと言う説もありますが、現在では、関係のない石柱が、入っているだけになっています。


神代文字(じんだいもじ):
江戸時代それ以前よりその存在が、問われています。紀元前600年前後にあるいはそれ以前より存在していたとされる文字で現在は、神社等の社、石碑、古施設に記載されていたり神事に使用されていたり、御札、お守り、符などにも一部使用されています。鎌倉時代中・後期の神道家の卜部兼方(うらべ の かねかた もしくは、やすかた)が神代文字についてはじめてその存在の可能性を示したのがきっかけとなり物議を醸しだしている。


物部守屋神社近くのバス停留所、古屋敷に一台の車が止まっている。
白のダッジナイトロである。
その車の脇で色々な服装の5人の男女が、口を開けて山の中程近くを見ている。
5人は、丸くなり、相談を始めた。
「あの様な力を行使出来る者を庇護出来るのか」一人が呟く。
「我らの力を遥かに凌駕している」
「優介兄ちゃん、凄いね」 等、口々に言葉にしている。
「白雲様、どう思われますか」スーツの男が言うと白雲と言われた男が、
「うーん、之程とは、庇護と言うのは、我らの思い上りであったな、露払いの間違いであった様だ」
「そうだ、相手は、あの玉賽破、あれがただ一匹で挑むとは、考えられないな」
「空狐様を初め、天狐様、繋がりのある仙狐様、我ら善狐一族は、これよりこの戦い、中司優介殿を棟梁と仰ぎ、前衛に立とうと思うが、如何でしょうか」
「空狐様もただ、守れとおっしゃっていたが、守る為に前衛に立つと言うのであれば承諾して下さると思う、また、空狐様は、これが最初から解っておっしゃっていたのかもわからぬ」
白雲が言うと 白雲の手元に一枚の葉が舞い降りた。
「ん?葉書きか、天日様からだ」
「何と」
「良い、好きにやれ」と白雲は、言った。
「聞いていらしたのだな」流石は空狐、天日様と白雲は、言った。


顔色も戻った優子を見て優介は、寒いな、帰ろうかと優しく言った。
「ありがと、大分 落ち着いたよ」と言うと 手を差し出した。
優介は、その手を取りながら優子が あの光の輪に少し生命力を引き摺られて持って行かれた事を知った。何もプロテクト出来ない人間には、辛かったなと改めて自分の力の貧弱さに悔いた。
「生命力が、一時的に少し減っている様だ。無理せずに・・・負ぶろう、負ぶされ」
と言いながら一旦立たせると荷物をディバッグに詰め込み、優子に背負わせた。
ディバッグを背負ったまま優子は、屈んだ優介の首に腕をまわしてくる。
優介は、立ち上がり、歩き出した。優子は、背中で
「ごめんね、迷惑掛けてるね、わたし・・・」と呟き、其れっきり黙ってしまった。
「普通の人間が、本物の神様の前に居たんだ。下手すると全部持って行かれ兼ねない、その程度で済んで良かったな」優介は、優しく声を掛けた。
優介は、ゆっくりと優子の心地良い温もりと重みを感じながら 階段を下りて行った。鳥居を潜り、社を出てすぐ脇に止めた車に近づき助手席を開けて屈むと優子を立たせた。
手を取り、優子を助手席に座らせると優介は、優子の柔らかなほっぺたを優しく撫で顎を支え 静かにゆっくりと唇に唇を重ねた。
優子は、驚いて目を見張り、やがてその目を閉じて優介の首に腕を回した。
2人は、そのまま長い口づけをした。
優子の目から涙が伝わり、優介が、優しく持った顎から優介の指へ伝わり 優介と優子の気持ちが一緒になりやがて2人は、穏やかな気持ちに支配された。

GT500 は、独特のV8サウンドを残し、物部守屋神社を後にした。

新生

中司優介と相馬優子は、引っ越しの終わった部屋のリビングに居た。
ソファに並んで座ってコーヒーとケーキを食べている。

壁際の神棚に祭られた弓をみながら
「不思議に思ってるんだけど、あの弓 矢が無いよね」
「なんであの時、神様は、弓矢とセットにして呉れなかっただろうね、なんでかな」と不思議がっている。
「矢は要らないんだよ、矢は、俺の霊力を使用する。その弓は、俺の霊力を糧にして悪鬼を打ち抜く」
「それじゃ、優介はどうなるの?」と言いながら優介に詰め寄る。
「心配ない、使った後、しばらく本家で療養すれば元通りさ」
「良かった~、優介、萎(しぼ)んじゃうって思った」
「風船じゃ、あるまいし」と笑い、背伸びをして「良い部屋だねー」と言うと、
「ずっと一緒だよ」優子が優介の耳元で囁いた。

優子の方をちらりと見てから優介は、
「準備は、整った。今度はお前の番だ 玉賽破(ぎょくざいぱ)、覚悟しておけ」と優介が言う
「おー」と優子が立ち上がり片手を握り絞め 上に向かって突き上げて叫んだ。
2人は、一緒に報復戦を宣言した。

九尾の孫【結の章】 (1)

【絆の章】 (2) へと続きます。

九尾の孫【結の章】 (1)

平安時代末期に人々に禍や、災厄をもたらした、白面金毛九尾の狐、その身は滅んだが、死しても尚、殺生石となり周りに毒を吐き 災厄をもたらした。源翁心昭により永久に滅殺されたかに思えたが、そのDNAは、滅んではいなかった。現生に孫を名乗る金毛九尾の狐が現れ、また災厄をもたらそうと画策する。 中司優介と相馬優子は、その野望を打ち砕くべく 神に逢い、妖狐、妖達を仲間にしながら戦いを挑んでいく。

  • 小説
  • 中編
  • 冒険
  • アクション
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-02-20

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 出会
  2. 山神
  3. 天狐
  4. 本家
  5. 天と国
  6. 神術
  7. 新生