段ボールガール
00
出会った日は小雨の降る日だった。
掠れゆく意識に聞こえる雨音と冷たい感覚。
おかしなハーモニーだななんて、異様なほど能天気な自分に笑いさえ出てくる。
こんなとこで役目を終えてしまうのか。
なんと悲しき最期だろう。
自分の力だけでは動けない現状、救いの手を差し出してくれる人がいなければ本当に終わりだ。
もう、目を開けているのも辛くなってきたな…。
そんなこと考えてるといきなり、雨が止んだ。
でも、音は聞こえている。
最後の力で目を開けるとそこには彼がいた。
傘で雨を遮って、濡れた体を手で擦ってくれた。
私はそのお陰で私は生き延びることができた。
そのとき思ったのは、彼に命尽きるまで仕えよう、だった。
01
俺は今、熱い視線で見つめられている。
だがそれは決していいものではなかった。
視線の主は、俺が歩くと後ろをついて歩き、止まると同じように止まった。
ストーカーみたいなのだが、ある意味、ストーカーより質が悪い。
何せそいつは、現在進行形で俺の真後ろをぴったりくっついているのだから。
百歩、いや二百歩譲っても超絶可愛い女の子なら許そう。
しかし、そいつは小学三年生くらいであり、頭に段ボールを被っているのだ。
この子は何者かとか、何で後ろをついてくるんだとか、そんなのは後でもいい。
何故、段ボールを被っているのか。
それが一番気になった、イヤ無性に。
「おい。」
俺は意を決して声をかけた。
「は、はい!」
高めの声で返事をしたそいつは、俺の呼び掛けに体全体を跳ねさせた。
「お前誰。何でついてくるんだよ。」
「あ、申し遅れました!私はキャベツと申します!ダンナに助けていただいたご恩を返すため、ダンナに忠誠を誓い、この命尽きるその日まで使える所存であります!」
こいつ、キャベツとか言うやつは力強くそう言いきった。
「待て。俺はお前を助けた覚えはないぞ。」
俺はキャベツの前に手のひらを制するように突き出す。
「そんなはずないのであります!小鳥遊奏斗さまであることは、このキャベツが間違える筈がないのであります!」
「何で、俺の名前…。」
「そんな細かいことはいいのであります!キャベツは旦那の忠実な僕。何なりとお申し付けください!」
俺の言葉を受け流し、キャベツはキラキラしているであろう瞳で見つめているのだろうが、それは彼女の被っている段ボールに遮られている。
「気になっていたんだが、それ何なんだ。」
俺が指差したのはキャベツが被っているやつだ。
「何って、段ボールであります。」
「それは知ってるっつーの。何の為だってことだよ。」
「これは、キャベツのソウル、そしてアーマーであります。肌身離さずいることでキャベツの戦闘能力が左上がりなのであります!」
「左上がりじゃ下がってんだろ。」
キャベツの言葉についつい溜め息が零れる。
「まぁ、俺は学校に行かなければならない。」
「はい、存じております。」
俺はキャベツの返事を聞かず歩き出したのだが、後ろをついてきているのがわかる。
「ついてくるな。」
「そう言うわけにはいかないのであります。キャベツはダンナの忠実なっ…ぶっ!」
喋っていたキャベツの前でいきなり歩を止めると思った通り、俺にぶつかった。
「いきなり止まらないで欲しいのであります…。」
段ボールの中に手を入れ顔を擦っているキャベツ。
「言っとくけど、俺はお前を助けた覚えもダンナってのになった覚えもない。遊びならよそでやれ。」
しゃがんで目線を合わせ、俺はキャベツにそう言った。
立ち上がり、何も言い返さなくなったキャベツを見ず歩き出した。
「…でありま…。」
微かにキャベツの声がしたが、無視して歩き続ける。
「キャベツは、雨の日に助けてくれたダンナに感謝しているのであります!絶対、ぜぇっーたいに、ダンナに認めてもらうのであります!」
その叫び声の後、遠ざかる足音が聞こえなくなったが、俺は特に気にすることなく学校へ向かった。
段ボールガール