たとえば一人の天才がいたならば
たった一人の天才がいた。
彼は文字通りの天才だった。
生まれてすぐに言葉を話した。
何故と問えば、胎内で学んだと。
三歳で他国語を学びたいと言った。
何故と問えば、母国語では不足だと。
五歳で学問研究をしたいと言いだした。
何故と問えば、違う考え方を学びたいと。
六歳で幾ばくかの発明をして特許を取った。
何故と問えば、偶然出来てしまったからだと。
八歳でただ学問をするにも飽きたと言いだした。
何故と問えば、努力さえすれば誰にでもできると。
十歳で誰かと本物の恋愛をしてみたいと言い出した。
何故と問えば、人の心に理屈をつけられないからだと。
十二で人と恋愛をすることには飽きてしまったと言った。
何故と問えば、人が誰も彼も自分より愚かに見えるからと。
十四で人間として生きるのに己は適さないのだと言い出した。
何故と問えば、人の間で生きる為に必要な物を持たないからと。
十六で己のことを人間失格と呼び始め他人をひたすら羨みだした。
何故と問えば、人であることと人間であることは決定的に相違だと。
そうしてこの世に生を受けて二十になる前に彼は己を死に追いやった。
何故と問えば、きっと彼はこう答えるのだろう。己は人ではなかったと。
たとえば一人の天才がいたならば