ブラックコーヒー

アルバイトの大学生のほんわか。

ミルクとシュガー

町のなかにあるカフェ。
客は多く賑わっている。
大学生の私はそこで午後からアルバイトをしている。
そして、あの人はいつも決まった時間にやってくる。
「コーヒーを。」
短い言葉で会計を済ませようとするところは、初めて来たときから同じ。
「ミルクと砂糖はいらないですよね。」
最近ではこっちから言うようになったこの台詞。
「はい。」
また短い言葉が返ってくるが、心なしか微笑んだような。勘違いか。
彼は決まって窓側はじっこの二人席に座ってパソコンを開く。
彼は知らないだろう。私と同じ大学であることを。
彼は別の学科だが、何かと目立っていた。
容姿といい、クールな性格といい、何人か振ったことが噂になっていた。
女子は何かと噂が好きだ。そんなのにも疎い私が知ってるくらいだ。
それくらい彼は有名だった。
彼の噂を知り始める少し前から、彼はこのカフェに来ていた。
このカフェに友人と来たことは一度もない。いつもひとりだった。
町にあることで、このカフェに同じ大学の生徒が来ることはあまりない。
来るとしたら私の友人くらい。
だから、彼が同じ大学だと知ったとき、自然とひとりになりたかったのかなと思った。
自分の知られていない空間。それは心地よいものだと思う。
ただ、私がいることにより彼のその空間が壊れるのではとも思うが。
でも、私のことなんて知らないだろう。有名人じゃないし、目立つタイプでもない。
だから、彼の空間を崩すなんてありえないのだ。
彼は一時間くらいすると、コップを返しに来て、
「御馳走様でした。」
そう言っていつも出ていく。
ただの店員とただの客。
どこにでもある光景。

今日も彼が来る日だ。
ただ、今日は来ない方がいいと思った。
珍しく大学の女の子たち6人がお茶していた。
彼が来れば女の子たちが気づくだろう。
彼は決まった時間に来てしまった。来てしまったというのは可笑しいが。
彼は気づいていないようでレジにやってきた。
たしかに同じ大学といえど、全員の顔を知っているわけがない。
「コーヒーを。」
いつものように注文をする。
「あの、窓側の席なんですけど、予約がありまして。」
私は思わず嘘を言っていた。
窓側の席は女の子たちのすぐ傍で、ばれると思った。
ばれてはいけないととっさに思った。
彼は一瞬怪訝な顔をしたのだが、
「右の奥は大丈夫ですか。」
そう聞いてきた。大丈夫だと伝えると彼はそっちに座った。
なぜ私はとっさにそんな行動をしたのだろう。
彼の空間を守りたかったのだろうか。

今日も彼が来る日だ。
でも今日はいつもどおりの日常ではないようだ。
「このあいだは…ありがとうございました。」
いつもの台詞ではない言葉がきた。
一瞬なんのことかわからないという顔をした私に彼は説明を加えた。
「俺らの大学の女の子が来てたから、わざわざあんなこと言ったんですよね。」
その説明で思い出した。
それに、俺らって言った?
「あの、私のこと…」
「知ってますよ。」
当然だろみたいな顔をする。
「ここに来るようになって、大学でも見かけたことくらいあります。」
ああ、なるほど。たしかにそうだなと思った。
大学で見知っていなくても、この限られた空間にいれば顔くらい分かるだろう。
「あんまり知られたくなくて、ここに来てること。それに気づいてくれたんですよね。」
「ええ、まぁ、そんな感じです。」
曖昧な言葉、曖昧な返事。
でも彼は静かな声で言った。
「コーヒーを。」
「ミルクと砂糖はなしですね。」
今度は勘違いじゃない、たしかに彼は笑った。

ブラックコーヒー

大学生の恋する手前を書いてみました。
互いに何の気なしに気づいている空間ってありますよね。
上手くいけばいいね。

ブラックコーヒー

コーヒーを。ミルクと砂糖はいらないです。

  • 小説
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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-02-19

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