開けども開けども
どれだけ扉を開ければ私の世界は見つかるだろうか
■ドアを開けると、ひらけた世界は傘屋だった。
おそらく店員であろう若い男は、ドアを開けた私を見て、
「いらっしゃい。」と低い声で言った。
まるで花屋のようだった。
いくつもの傘が、花束のように丸い筒に収まっている。
流行りの傘は広げられ、高いところに置いてあった。
なんとなく店内を見て回っていると、一人の紳士がドアを開けた。
若い男は「いらっしゃい。」とは言わなかった。
「傘が壊れてしまったのですが、直せますか?」と紳士は若い男に聞いた。
手には、確かに複雑骨折している黒い傘をもっていた。
若い男は、低い声で「新しいのを買っていかれては?」と言った。
紳士は、折れた傘をみつめながら、「とても大事な傘なんだ。」と言った。
若い男は「濡れて帰るのも、悪くないですよ。楽しいですよ。」と笑って言った。
紳士は「それもそうですね。」といって、ドアを開けて店を出て行った。
□ドアを開けると、ひらけた世界は水族館だった。
女性が一人、ガラスの向こうの世界を、表情もなく眺めていた。
「私はね。」と急に女性が話し始めていた。
「ホントはあっちの世界で暮らしてたんだよ。」
ガラスのむこうに、泳いでいるものはなかった。
「惜しかったなあ。もうちょっとだったのに。」
”お手を触れないようお願いします”と書いてある看板を無視して、
女性はガラスに触れて、頬を寄せた。
「まだ次のドアがさ、出てこないんだ。」
私には見えているはずの次のドアが彼女には見えていなかった。
向こうの世界はぎらぎらしていた。眩しくないのに、目がくらんだ。
■ドアを開けると、ひらけた世界は道場だった。
床が冷たくて、自分が裸足であることに気づいた。
「お主も座ったらどうだ。」と道場の真ん中から声がした。
目をやると、一人の侍が、正座していた。
正座嫌だなあとおもって、侍の隣に膝を抱えて座った。
「お主はまだ探しておるのか。」と、侍は私に聞いてきた。
私の方を見ていなかった。
「ならば、早くいきなさい。」と侍は、静かに言った。
侍は目を閉じていた。
さっき座れっていったくせに、と思ったが言わないでおこう。
此処が彼の場所なのだろうか。
彼の顔が、なんとなくさびそうにみえたのは、気のせいだろうか。
■ドアを開けると、ひらけた世界はなんだかぼろいアパートの一室だった。
家具はなにもなく、私は狭い部屋の真ん中にぽつんと立ち尽くしていた。
部屋は暗く、外から吹く強い風が部屋の窓の隙間を通り抜けて、
もがり笛のような音をだしている。
突然、ドアが開いて、気だるそうに男が入ってきた。
手にはコンビニの袋を下げて、口にタバコをくわえていた。
部屋の明かりをつけて、私に気づいた男は、
タバコを床に落として、目を見開いて、固まってしまった。
部屋のあかりは切れそうで、ちかちかしていた。
私の存在もちかちかしているようだった。
「なんで・・・、」と男がぼそっとつぶやいた。
「これは・・・・夢か?」と男がまばたきを繰り返して言った。
「これは・・・夢ですよ。」
とりあえず、そういっておいた。これは、夢なんだろうか。
次のドアが現れた。
■ドアを開けると、ひらけた世界は、祭りの最中だった。
私は、人ごみに紛れるのが好きだった。
私はちゃんと、紛れているのだろうか。
小太鼓の音が、横笛の音が、頭の中で響いていた。
この人ごみにいると、私という存在を忘れられた。
「ねぇねぇ」と袖をひかれて、したをみると、女の子がいた。
手を取られて、女の子に人ごみから引っ張り出された。
からんからんからんと下駄が軽快に音を立てていた。
ああ、もういかなきゃいけないの?
「ばいばい」と女の子が笑って見送ってくれた。
小太鼓の音も、横笛の音も、人ごみもなくなっていた。
「これは・・・・夢ですか。」と私はつぶやいた。
■ドアを開けると、ひらけた世界は・・・・ぼやけていて、
よくわからなかった。
私は泣いているのだろうか。
雨が私の顔を殴っている。
そんなに私が嫌いなのか。
泣いているんじゃなくて、雨が目に入ったせいだ。
頬をつたう雨は冷たかった。
目の前に長方形の物体があった。
目をこすったら、なにもなかった。
雨の音がとてもうるさい。なにも聞こえないじゃん。
両手で頬をたたいて、強く目を瞑り(つぶり)、大きく開いた。
雨は止んで、目の前に・・・だれかがいた。
「濡れるのも、たまにはいいだろ。」とだれかがいった。
■ドアを開けると、ひらけた世界はプールだった。
日差しがつよく照りつけていて、また何度目かの目眩に襲われる。
プールサイドには、雑草がところどころでとびでていた。
足の裏が熱くてたまらない。罰をうけているかのようだ。
雲ひとつない空。虫の叫びがまったく聞こえない。
プールに水は透き通っていた。
そういえば、私は水の中で目を開けられなかったな。
しゃがみこんで、手をつけてみた。
あんなに透き通っているのに、生ぬるい。
水族館にいた女を思い出した。
彼女に次のドアは現れるのだろうか。
――何かに手を掴まれて、肩までプールに引きずり込まれた。
ばしゃんっと水がはじけた。
「あんたはこっちの人間かとおもったけど、ちがうのか。」
水が喋った。
□ドアを開けると、ひらけた世界はホールだった。
ピアニストが表情なく、鍵盤を叩いている。
客はみんな泣いていた。
感動しているのか。悲しいのか。悔しいのか。
私の隣の席に少年が座っている。
「なんだよお前。」と囁かれた。
少年も泣いていた。
私はここにいてはいけない気がした。
私も泣けばいいのか。
演奏に感動すれば、悲しいことを思い出せば、
こみ上げる悔しさをはきだせば、
泣けるだろうか。私も。
気がつくと、また。誰もいなくなっていた。
あるのは、舞台の上のドアだけだ。
■いつまで、いつまで、ドアを開ければいいだろう。
ドアノブから、人のぬくもりを感じる。
そのぬくもりを追いかけて。追いかけて私はドアを開ける。
私はどこに行きたいのか。
誰を追いかけているのか。
ドアを開けることに意味はあるのか。
わからないけど、わかる日がくるだろう。
目が覚める日がくるだろう。
これは夢だろうか。
夢であってほしい。
夢でありませんように。
■ドアを開けると、ひらけた世界は灯台の下だった。
上を見上げると、灯台の展望台にひとがいた。
その瞬間
私は弾かれたように灯台の中の螺旋階段をかけ上がった。
はやく、
はやくしないと きえてしまう。
そんな気がしたのだ。
展望台まで一気にかけあがり、
登りきったら、もう動けなかった。
必死に息をして、
ぐらぐらする頭に鞭をうった。
私の大切な人はもう
いなかった。
ああ、空は灰色だ。
海は荒れていた。乱れていた。
塩の風が痛かった。
いっそここから落ちてしまおうか。
灯台の白い壁によりかかって頬を寄せた。
冷たくて暖かかった。
そろそろドアを開けなきゃ。
□ドアを開けると、ひらけた世界は森の中だった。
いつかの紳士が私に背を向けて立ち尽くしている。
手には
複雑骨折した傘があった。
紳士の向こうに、誰かいた。
怖くて見たくなかった。
雨は降っていないのに、
紳士の傘から雫が落ちた。
強い風が吹いて、木々が騒ぎ出す。
もっとあったかい世界にいきたいな。
雨が降りそうだった。
傘はもう開かない。
開けども開けども