サプライズ

 クリスマスやバレンタイン。恋人たちのイベントのたびに、ああ、わたしはひとりなんだなと思う。よくある話だけれど、小学生の頃は中学生になったら恋人ができるものだと思っていた。中学生の頃も、高校生の頃も、同じように次への期待を膨らませていた。でも、そんなの嘘。恋人は、自然とできるものではなかった。そんな当たり前のことに気づいたのは、今。そう、大学生の今だった。

 街はきっと賑わっているのに、わたしはひとりで家にいるのか。何だか虚しい。でも仕方のないことだ。ため息をつきながら、わたしは講義室を出た。きょうは5限まで。日も暮れてきた。ポケットに手をつっこんで、さあ帰ろうと前を向く。右ポケットに入れていたスマホを、いつもの癖でチェックする。すると、めずらしい人から連絡がきていた。
 『講義終わった?』
どきりとした。なんだろう。わたしは少し手を震わせながら、返信した。
 『はい。終わりましたよ』
わたしは、いちばん気になっていた「用事は何ですか?」が聞けなかった。なんとなく、聞きすぎるのは無粋な気がしたのだ。ちょっとすると返信がきた。
 『このあと予定がなかったら、よかったら駅で落ち合わないか』
会える。どんな用事かはわからないけれど、会えるんだ。思わず口元がほころんだ。
 どきどきしながら駅へ行くと、彼は柱にもたれて、スマホを操作していた。姿は見えていたけれども、大きな声で呼ぶのがはばかられて、近くまで行ってお疲れさまです、と声をかけた。彼はちいさく頷くと、この近くに雑貨屋はあるかと尋ねた。いいえ、このあたりはありません。電車でふた駅ほど行かないと、とこたえると、じゃあ行こうかと、改札を通っていった。

 ここまでで、わたしはなぜ彼がわたしを呼び出したのか全くわからなかった。しかし、彼のことばをつなげていくと、ようやくその意図が見えてきた。つまり、わたしの友人のためにプレゼントを贈りたい、といったことだった。なんて素敵なのだろう。わたしは、彼のちょっとしたサプライズに協力できることを心から嬉しく思った。しかし、わたしは役立たずであった。いちばん重要な、友人の住所を知らなかったのだ。これでは役に立てない。せっかく誘ってもらえたのに。わたしは悔しかった。彼が代案を考えている間、わたしは同じく代案を考えているふりをしながら、自己嫌悪に陥っていた。
 「わかった。こうしよう。名簿をつくる係になったから、住所を教えてって言う。あとは検索したらなんとかなるだろう」
確かに、わたしと友人は同じ学科に所属しており、その学科の会の仕事だと言えば自然だ。これでわたしは自己嫌悪の渦から抜け出すことができた。彼はとてもアイディアマンだ。このときだけではない。いつも彼のアイディアは新しく、実現できるものばかりで、感動すらおぼえる。こうして何度も助けられてきた。今回もだ。

 友人から住所を聞き出すと、プレゼントを買いに向かった。きょうはクリスマスイヴ。周りはカップルだらけだ。そんな中、わたしは彼の歩調に合わせ、少しはや歩きで街を歩いた。人ごみの中、はぐれないように気をつけて。
 「あ、あれ懐かしいな」
彼が何かを見つけ、呟いた。
 「何かありましたか?」
 「あの店のコロッケ、高校時代よく帰りに食べていたんだ」
 「コロッケですか!冬とかほくほくでいいですよね」
 「そうそう。冬は毎日食べたくなるから、逆に見ないようにしていたんだ」
 「ふふ。見ないようにするのも大変ですね」
こんなたわいもない話をしたのは、もしかしたら初めてかもしれない。サークルではいつも単なる連絡しかしないし、大学は別。学年も上だ。接点はサークル内ではきっと多い方なのだけれど、彼はわたしが苦手なのか、雑談をすることはなかった。でも苦手ならこんなことに誘ったりしないわよね、そうよね、と思いたいけれど、なかなか「彼はわたしを苦手だなんて思っていない」とは言い切れないでいた。これは、今でもそうである。

 話を戻して店の前。降りた駅からずいぶん歩いた。あとからわかったことだが、実はひとつ先の駅の方が近かった。その店で友人へのプレゼントを買い、先ほど降りた駅へ戻った。にぎやかな街を、たわいもない話をしながら、ちょっとはや歩きで歩く。彼にもわたしにも、きっと恋愛感情はないのだけれど、なんてどきどきすることなのでしょう。わたしは、とっても満たされた気持ちで、その時間を楽しんでいた。

 電車に乗って、友人の家の最寄駅まで来た。わたしたちがプレゼントを買いに乗った駅と同じ駅だ。そこからまたしばらく歩く。行きしなにあった思い出の地での話や、今学んでいることの話。いろいろ話していたら、友人の家を通り過ぎてしまった。引き返して友人の家に到着すると、彼は友人への手紙を書いた。内容が気になるところだが、秘密らしいので見ないようにした。

 ここでまた問題が生じた。友人の家のドアノブにプレゼントをかける予定だったのだが、玄関で部屋の人に開けてもらわないことには、ドアノブにはたどり着けないようになっていたのだ。彼はきょう、サンタクロースだ。誰が渡したのかわかってしまってはいけない。わたしたちは少し考えて、わたしが近くを通ったから立ち寄ったことにし、友人の部屋の前で立ち話をする。終わって部屋のドアが閉められたら、そこにプレゼントをかけることにした。友人は多少困惑しつつも、玄関を開け、部屋の前で話をさせてくれた。

 ミッション成功。全てうまくいった。もうすぐ楽しいクリスマスイヴが終わってしまう。わたしはとても寂しかった。もっといっしょにいたい。もっとお話したい。恋愛感情ではないのに、なんだろうこれは。楽しいけど寂しい。そんな気持ちを抱えながらも、またたわいもない話をしながら駅まで歩いた。わたしの家はその駅から歩いてすぐだが、彼はあと1時間ほど電車に乗らねばならない。つまり、わたしたちの分かれ道は駅なのだ。あっという間に着いてしまい、寂しさはあったが、やはり楽しい時間を過ごせた喜びは大きく、自然と笑顔が出ていた。それでは、と別れようとしたら、彼はちょっと待ってと言い、鞄の中から小さな袋を差し出した。
 「付き合ってくれたから、お礼」
一瞬ことばが出てこなかった。ごくりと息をのみ、ふっと吐いた。そうしてやっと
 「ありがとうございます」
とひとこと言い、笑顔を向けた。最高のクリスマスイヴになった。なんて素敵な日だろう。横断歩道を渡ろうとすると、彼があっ、と呟いた。
 「手紙に差出人、書くの忘れた」

サプライズ

サプライズ

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-02-17

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