ミント味の落雷

ミント味の落雷

 死ねばいいよ。みんな、みんな死んじゃえ。

 言葉を聞かず、勝手に決めつける理不尽な教師も、
 ネットで悪口を書きまくり、あざ笑う不細工な女子も、
 親友だと思っていたのに裏切ったあの子も、

 みんないなくなっちゃえばいいんだ。そしたら世界は平和になる。

 そんな言葉だけが心の中から止めどなく溢れ出てきた。私はそれを止めることができず、はんば走りながら立ち入り禁止の屋上へ向かう。息が荒くなり、目頭がじんわりと火照った。

 もう、この世界なんて大っ嫌いだ。
「うわああああああああああああっ」


 雲一つない空の下で私は叫んだ。もう誰が聞いていようが、なんと思われようが、どうだっていい。
 ただ、このグルグルと渦を巻いて、腹の底から煮えたぎってくるモノを止めたいだけなんだ。

 けれどそれは大粒の雫となって頬を流れた。底を知らないようにいくつもボロボロと。

「もう、やだ……」
 自分をいじめる世界が嫌だ。
 そしてそれに抗えない自分が嫌だ。

 熱くてやけどしそうな涙が屋上のコンクリートにしみ込んだ。じゅわっと音を立てて蒸発していく。
 そのとき、誰もいないはずの屋上で気配が近寄ってきた。

「そんなに嫌なら、自殺でもしちゃえば?」
 無表情で、なんの感情もこもっていない声。なぜか身震いするような恐怖が背を走った。
「そしたら楽になれる。苦しいことも悲しいことも全部、消えてなくなるんだ。まあ、なんて素敵なことでしょう?」
 お芝居がかかったように少年は笑った。なんとも鮮やかで色めいた笑みだった。

 確かにそうだ。この世界や自分が嫌いなら、私から壊してしまえばいいんだ。
 けれど、私は思考とは逆に抗議の声を上げていた。

「何言ってるの! そんなに簡単に死ねるわけないでしょ!?」
「簡単じゃなきゃいいの? よーく考えて、決心して、遺書残せば死んでいいの?」
「それはっ……、でもやっぱり自殺なんて良くない。悲しむ人が必ずいるんだから!」

 自分は一体なんでこんなにムキになっているのだろうか。
 ただ少年は私が呟いた言葉を聞いて提案してみただけなのに。

 少年はただ無言で私の主張を聞くと、少し間を開けて口を開いた。

「じゃあ、君は生きる?」
「当たり前よ! こうなったらもうなにがなんでも強くなって、復讐してやるわ! なんであの時の私に自分はあんなことしたんだろう、って思うぐらい強くなって」
 強く、とう意味は暴力行為での強くなるではなく、相手より優れた相手になって、見返してやるという意味だった。

 その意味が分かったのか、いきなりたくましくなった私を見て少年は苦笑した。
「うん、そっか」
 爽やかでミントの香りがするような笑顔だった。もう先ほどの冷たさや無感情の音色は混ぜられていない。ひどく優しい顔。

 私は、雷に撃たれたように一瞬で恋に落ちた。

 
 今思えば、彼は気づいていたのかもしれない。

 私の気持ちの奥底に、死にたくない、生きたいっていう気持ちがあるのに。
 その時の私は、ただ悲劇のヒロインを気取りたかっただけなのかもしれない。誰かに「大丈夫、あなたは悪くないよ」って言ってほしかっただけなのかもしれない。
 けれど彼は逆に「じゃあ死んじゃえば?」とつき離し、私の本当の意志を引き出してくれたんだ。

 それから私は人が変わったように猛烈に勉強して、親友との縁もざっぱりと切った。
 縁を切った直後は一人でいることも多かったが、だんだん今まで話したことのなかった子と仲良くなりはじめた。
 そして有名な大学を首席で合格。顔もあか抜けしたように化粧をしたら、黙っていても男性が近づいてくるようにまでになった。
 
 そしたらあの時、私を散々、上から目線で見てきた教師や、女子生徒、親友までもがすり寄ってきた。まるで(てのひら)を返したように。

 けれど今の私には知恵も地位も、信頼のおける友達も、愛しい人もいる。もう彼らは過去の人だった。



 午後一時、ぬるいコーヒーのカップを両手で抱えながら、私はベンチに座っていた。今日は彼氏とのデートだ。
 もうそろそろ来るかな、と時計を見たとき、後ろからいきなりぎゅうっと抱きしめられた。ミントの香りが鼻をつついて、相手が誰なのかすぐ分かる。
「ねえ、あの時の事覚えてる? 私たちの衝撃的な屋上での出会い」
 私はふいに尋ねた。いきなりの事すぎて彼は一瞬首をかしげるが、ああ、とつぶやく。
「もちろん。でもまさかあの時はこんなに君が愛おしい相手になるとは思わなかったけどね」
 彼はくすりと笑って、優しいキスを落とした。

ミント味の落雷

ミント味の落雷

苦しいときもあるけれど。そう簡単にはあきらめられないよ。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-02-15

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